術式 『アイドルオタク』   作:まこーらいつもありがとう!

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もはや主人公、オタクってか狂人。(許して)

1話なので長めなのです。
感想、評価お待ちしてます。



第1話 呪詛師vs呪術師

 むき出しの配管と色落ちした壁紙を横目に、一人の男が数年前に廃墟となった商業ビルの中を進む。左手に持った海外規格のスーツケースが、荒れ果てたコンクリートの床を転がる度にゴロゴロと不快な音が反響する。

 このビルがバブル期に建造された当初は、近くの海辺から徒歩数分という地理も相まって、多くの物産店や飲食店が立ち並ぶ一種の観光施設として常に多くの観光客で賑わっていた。しかしながら、今現在ではその栄光は見る影もなく、むしろ海からの潮風によって酷く劣化しきっており、地元民ですら近寄らなくなっていた。

 

 

 

 歩く度に肌を撫でる陰鬱とした湿気とあまりの埃臭さに思わず眉をしかめつつ、男は目当ての部屋に辿り着く。

 

「チッ!……あーあ!こんな薄汚ねぇ場所に呼び出されるたぁな!呪詛師ってのはハウスクリーニングじゃねえんだぞ。……次からは割増だかんな」

 

 あえて不快感を隠さずに、()()()()()()()()()()()()()()()にも聞こえる様に愚痴をこぼす。すると程なくして、照明が壊れて薄暗くなっている部屋の空間が揺れる様に歪み、中から一人の――どことなく胡散臭さを感じさせる――柔和な笑みを浮かべた長身痩躯の男が出てくる。

 

「そう言わないでくれ、火鼠(かそ)。昨今は監視カメラだのなんだのと色々厳しくてね。こういった後ろ暗い話が出来る場所を探すのだって一苦労さ。……君だっていくら非術師相手でも警察関係者には睨まれたくはないだろう?」

 

 そう言われると――火鼠(かそ)と呼ばれた――男は、わざとらしくスーツに付いた埃を落とす様な素振りをしてみせる。

 

「それとこれとは話が別だぜ、窮奇(きゅうき)。こっちはしっかり仕事してんだ。なら、それに見合うだけの誠意ってもんがあんだろ?…………ったく、スキャバルのスーツが一着いくらすると思ってんだ」

 

「耳が痛い話だね。……とはいえ血生臭い職業に就いておきながら、その服装はどうなんだい?」

 

「案外役に立つんだよ。大衆ってのは肩書きに騙されるもんさ。高級スーツ着て堂々としてりゃ、ほとんどの奴らが勝手に勘違いしてくれる。楽なもんさ」

 

「なるほどね。…………それで、成果はどうかな?」

 

「上々。依頼内容の資産家一家、のべ5人と目撃者だった使用人の2人を殺ったぜ。証拠として横のスーツケースにそいつらの面の皮が入ってる、後で確認しな。……残穢に関しても最小限になる様にした。仮に高専側の連中が勘付いたところで、その頃には追跡は不可能だろうさ」

 

 窮奇は一つ頷くと、スーツケースへと目を向ける。意識してみれば、僅かな血の匂いが確かに感じられた。

 

「素晴らしい!やはり今回も君に頼んで正解だったよ。報酬はいつも通り……

 

 カラン

 

 呪詛師である2人を除いて誰もいないはずの廃ビルに物音がした。2人の呪詛師達は瞬時に自身の警戒レベルを最大限に引き上げると同時に、音が聞こえた方向から大きく距離を取る。

 

「誰だ!出てきやがれ!!」

 

 火鼠が大きく咆吼し、全身から呪力を漲らせる。既に窮奇の姿は見えない。術式を使用しつつ、いつでも援護に回れる様に警戒しているのが感じ取れる。薄暗いビルの中を息を呑む様な緊張感が支配する。

 やがて数瞬の沈黙の後、観念したかの様にその音の主がゆっくりと姿を表した。

 

 

 

 

「アッアッアッアッ……スゥーー。エッ、チョッ、オウフフフフwww。チョッ、コレ拙者が喋るターンでござるかww!?空気ヤバいでござるwww。【悲報】あまりの気まずさにコミュ障の俺氏、言葉が出てこない件についてwww」

 

 汗で額に張り付いた前髪、でっぷりと出たお腹、全体的に地味な色合いのコーディネート――そして何より、白地のインナーに桃色でデカデカとプリントされた「I love miko!」の文字列。

 この場において誰よりも不釣り合いな――まごう事なきオタクであった。

  

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 俺は高校生探偵。 幼馴染で同級生の女の子と遊園地へ遊びに行って、黒ずくめの男の怪しげな取引現場を…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

って、オィィィィィイイイイ!!!それっ、某江戸川少年の自己紹介だからぁぁ!!拙者の自己紹介じゃないからぁ!!違うからぁ!!そもそも遊園地に行く友人もいないからぁ!!アッアッアッアッアッアッ(アヘ顔ダブルピース)

 

 拙者、姓は末永(まつえ)、名を愛彦(よしひこ)と申す。東京都立呪術高等専門学校に通う、花の高校3年生である。とはいえ、その高校生活が輝かしいものであるかというとそんな事は無く……たった二人しかいない同級生がどちらも半グレの様な見た目をした半グレであり、現在1年近くの停学処分が下されている。

 ハイ、来年度までのボッチが確定しちゃったでござる。冗談はよしてくれ(タメ口)

 

 

 

 「教室に だれもいないの 本能寺」まつえ

 

 

 まぁそもそもあの2人に関しては、在学中でさえただならぬ雰囲気で、拙者には入り込む隙すら無くほとんど会話した覚えが無いのでござるが……。スロカスと美少女(男)しか居らぬ学校、一人窓からダンゴムシの産卵をながめる日々。う〜ん、チェンジで。

 以上の理由があって学園に嫌気がさした拙者は、現在、呪術師としての任務を多くこなす事で日々を過ごしている。もうかれこれ、数ヶ月は任務漬けであるため新一年との顔合わせすら出来ていない。まぁ、会ったとてロクに話せぬのでござるが。アッアッアッ

 

 

 

 

 そんな拙者は、今日も今日とて元気に任務中でござる!!

 任務内容は『呪詛師の捕縛、困難なら殺害』という代わりばえのしないものではあるが、なんとこの任務、実はミソジドクシンオーこと庵歌姫先生が担当するはずでござった!なんでも、交流会の準備に遅れが出てしまい、代打が必要になったとの事だが……。

 

 やったー!大当たりでござる!特賞でござる!この任務が終われば、報告ついでに歌姫たんに会えるでござる。ママぁぁぁぁぁ!!(ボヘミアン・ラプソディ)

 

 とは言え、正直これは悩み所である。ぶっちゃけ任務を達成するのは簡単だ。しかし、ここで任務に失敗し惨たらしく死亡すれば、あの優しい歌姫たんの特大の曇り顔を天国から見る事が出来る。う〜ん、曇らせか生存か。悩みますねぇ、クォレハ……。

 あまりに悩み過ぎたせいか、注意力が散漫になり、不意に物音を立ててしまう。壁の向こうでは先程まで尾行していた男が怒号を上げている。僅かだが、荒ぶる呪力の波動も壁越しに感じられる。

 

(これは戦いの避けようが無いでござるな……。歌姫(ママ)の曇り顔は惜しいでござるが、来月にはミコ様の生誕ライブがござるし……。ここはスマートにクールに終わらせるか常考……)

 

 

 

 

 

「アッアッアッアッ……スゥーー。エッ、チョッ、オウフフフフwww。チョッ、コレ拙者が喋るターンでござるかww!?空気ヤバいでござるwww。【悲報】あまりの気まずさにコミュ障の俺氏、言葉が出てこない件についてwww」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 突如として現れた場違いなオタクとその発言によって、窮奇と火鼠は一瞬呆気に取られてしまう。しかし、火鼠はその油断を一瞬にして霧散させ、さらに自身の警戒を強める。

 

 (物音の主は()()()だったか……!クソッ、顔を見られちまった!!……最初に奴を見た時、あのクソだらしねぇ身体つきから非術師かと思ったが……中々の呪力量じゃねぇか……!恐らく俺と窮奇を合計した分よりも多い!そして、逃げずにノコノコと出てきた事から実力に自信があるのは確かだろう。……チッ、非術師相手ならすぐに殺して終いだったんだがなぁ)

 

 注意深く相手の容姿を観察する。その情報を頼りに相手が誰で、何者なのかを推察する。

 

 (とりあえず、あの見た目で聞き覚えのある奴は居ねぇ。てことは超大物の線は薄いだろう。……そうなると、可能性としては大型新人(スーパールーキー)か御三家のお抱え部隊の隊長とかか?……年齢的には恐らく20歳を越えない程度…………どちらの可能性もあり得るな)

 

 そこまで読み取った所で僅かに安堵する。もし仮にここに来ていたのが五条悟などの特級や高名な一級術師なら即座の撤退も視野に入れる必要があった。

 

 

 (とりあえずは情報収集と交渉だな……)

 

 「なぁ、坊っちゃん。こんな所に何しに来たんだ?悪い事は言わねぇ、引き返した方がいいぜ」

 

 「イヤッ……あのっ、スゥゥゥーー。…………ゴホン。高専から来た末永でござる。投降するなら、今が最後でござるよ」

 

 「へぇ、若いのにご苦労だな。何級だい?」

 

 「……………………」

 

 

 (おしゃべりする気は無し、か。…………だが、コイツ相手なら問題ねぇ。()()()な)

 

 窮奇に向けて素早くハンドシグナルを送る。

 

 (窮奇はとある中国系マフィアに所属する呪詛師だ。普段は他の呪詛師相手に仕事を斡旋する仲介役を担っちゃいるが、奴自身も腕が立つ。低く見積もっても準2級術師程度には戦える。……そして、フリーの呪詛師である俺は戦闘と暗殺が専門分野だ。過去に依頼で準一級術師を殺した経験だってある。……仮にコイツが準1級か1級相当だとしても、俺ら2人なら問題ねぇ。経験と手数で上回れる。…………普段、呪霊共を相手してるバカに人殺しで負ける道理はねぇわな)

 

 

 

 

 「そうか…………。じゃあ、とりあえず死んどくか?」

 

 既にヤツの背後に回っていた窮奇が姿を現し、一瞬の内に頚動脈めがけて刃物型の呪具を振り下ろす。

 

 

 「アイエエエ!?ニンジャ!? ニンジャナンデ!?(発狂)」

 

 完全に無防備にも思えた末永が身体を捻り、発狂しながら回避する。

 

 (コイツ……!!完全な死角からの奇襲を、ノールックで回避しやがった!勘がいいなんてモンじゃねぇ。……いや、それ以上にあの身のこなし……コイツ、かなり()()()ぞ!!)

 

 

 「ニンジャ〜!? ニンジャナンデ〜!?(歓喜)」

 

 「…………これで私の顔も割れてしまいましたね。……火鼠!なんとしてでも、この男はここで殺しますよ!!」

 

 「そうだな。いい加減、俺もコイツの態度にゃうんざりしてたんだ。……コイツはここで火炙りにして殺すっ!」

 

 窮奇が姿を消すのと同時に火鼠が末永に向かって全力で肉薄し、二度のフェイントを交えた右拳での高速アイアンクローを繰り出す。それを末永はバックステップにて回避し、距離を取ろとする。

 

 「窮奇!!挟むぞ!!」

 

 再び姿を現した窮奇が末永の背後を取る。突然の挟撃により、末永の動きが僅かに止まる。

 

 (チャンスだっ!!)

 

 動きが止まった末永の左腕を()()とる。

 

 

 

 

 

 「アツゥイ!アツゥゥイ!!……人間の屑がこの野郎(憤怒)」

 

 「……チッ!」

 

 確かに火鼠の術式は発動していた。その証拠に末永の左腕には生々しい火傷痕が僅かに出来ている。しかし、そのダメージ量は――火鼠の期待に反して――激減していた。

 

 (俺がヤツを掴んだ瞬間、当て勘で左腕に呪力を集中させやがった!!……いや、それだけじゃねぇ。あの一瞬で窮奇に、カウンターの蹴りを入れやがった!……クソッ!お陰で取り逃しちまったじゃねぇか……!!)

 

 小さな火傷ごときで大慌てしている目の前の忌々しいオタクを睨みつけながらも、改めて敵戦力を冷静に分析する。

 

 (もはや認めるしかねぇ。あのクソ野郎、ふざけてやがるがかなりの実力者だ!呪力操作のセンス、体術のキレ、恵まれた呪力量に柔軟な対応力!舐めてかかって済む相手じゃねぇ。……俺一人だったら手も足も出なかっただろうな)

 

 そこへ窮奇が蹴られた箇所を押さえつつ、目の前のオタクから隠れる様にして火鼠に耳打ちをする。

 

 「……火鼠、あの少年の蹴りを受けてから身体の様子が変です。恐らく何かされました」

 

 「……()()()()()。俺もさっき、ヤツの腕を掴んだ瞬間から身体に違和感がある。恐らくは身体的な接触により発動する術式……」

 

 「違うでござるよ」

 

 

 「………………人の話を盗み聞きとは随分と趣味が悪いじゃねぇか。小さい頃母ちゃんに習わなかったか?……んで、一体どういうトリックだ?」

 

 「それに関しては、後でしっかりと歌姫たん(ママ)と話し合うので心配無用でござる。……ぶっちゃけトリックという程でもないのでござるが……。……まぁ、試してみれば分かるンゴ」

 

 そう言うや否や、先程とは比べ物にならない速度で末永が火鼠に接近する。瞬時に回避が困難だと悟った火鼠は、両腕を交差させた上で呪力を集中させ末永の拳打を受け止める。

 

 (ッッ早ぇ!まだ全力じゃなかったのか!!いや、今はそれ以上にっ!!……コイツの攻撃!()()()()()()()!!!)

 

 見た限りそれなりの呪力が込められていたはずの攻撃が、あまりにも軽かった事に驚愕する。体感にして半分程度のダメージ量だろう。それに驚愕し、その能力の分析をしようとするよりも早く、火鼠の全身に押し潰されるかの様な負荷が襲いかかる。

 

 (クソッ!やられたな……。まるで粘性の強い液体の中に沈んでいるかの様な……何気ない動作の一つ一つでさえ重く感じる。…………そうかコイツは……)

 

 「気付いた様でござるな。これは拙者の()()()()、人呼んで『沼』。この『沼』の呪力には、2つの特徴があるでござるよ。……1つ目の特徴は、呪力の攻防力。この呪力は攻撃性能に乏しく、同じ呪力量あたり半分程度のダメージしか与えられないでござるが、その分防御力に特化しているでござる。……そして2つ目の特徴は、デバフでござる。この呪力を肉体で受ければ受ける程、触れれば触れる程、泥沼に浸かるかの様な負荷が全身にかかっていき――――最終的には指一本さえ動かせなくなるでござるよ」

 

 

(……能力の開示による底上げか。ヤツの呪力のせいで普段通りの動きも出来ないとなると……いよいよ、こっちも覚悟を決めるしかねぇな)

 

 「どうでござるか?正直、殺害の任務でも無ければ人を甚振る趣味もないでござるので、ここらで投降しない?一緒にピザポテ食べよ?(愛嬌◎)」

 

 「はぁ……投降してどうなんだよバカ。どうせ一生檻の中だろうが。…………俺の術式は『危縷毘流(キルビル)』。対象を手で掴む事によって発動し、掴んだ時間に応じて火傷を与える。非術師なら1~2秒、格下なら5秒、同格相手でも7~8秒掴んじまえば瀕死に出来る。てめぇが相手ならざっと10〜12秒……いや、呪力特性からしてもっとだな。……窮奇。お前は逃げたきゃ逃げろよ」

 

 「そのまさかですよ。取引を中断して逃げ帰った事が知れればボスに殺されます。ここで彼を消せれば、全て上手くいくんですからそれに賭けますよ。…………私の術式は『隠秘路振(インビジブル)』。目をつむっている間、自身の姿と呪力を100%探知不能に出来ます。目を開けるか、攻撃行動を取ると自動で術式が解除されます。」

 

 

 「…………術式の開示でござるか……はぁ、やるしかねぇでござるな」

 

 「…………分かってるとは思うが最後に警告してやる。俺の術式は反転術式(ハンテン)泣かせだ。高専関係者に他者への反転が使える奴が居るらしいってのは聞いた事がある。……だが、いくらそいつに治療してもらえたとしても、火傷の傷痕までは消せねぇ。仮に俺らに勝てても残りの人生、グズグズになった見た目で過ごすハメなるぜ?」

 

 「拙者に限ってその心配は不要でござるよ。一通り歌姫たん(ママ)を曇らせたら後は自分で解決出来るンゴ。………なるべく不殺を目指すでござるが、殺しちゃったらごめんでござる」

 

 「ハッ、そうかよ。……ならまずはそのクソ生意気な顔面からグズグズにしてやるよ!!!」

 

 閑静な廃墟の中、呪詛師と呪術師による第2ラウンドが始まる。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 (チッ……窮奇は完全に沈められたな)

 

 火鼠の眼前で横たわり、もはや指一本すら動かせなくなった同業者に目を向ける。かろうじて意識は保っているが、少なくないダメージを負っているのがわかる。

 

 互いの能力を開示して以降の仕切り直しは、末永による完全なワンサイドゲームだった。というより、あれ以降こちらは末永に対してロクにダメージを与える事すら出来ずにいる。ヒットアンドアウェイによる小さな攻撃が、ヤツの『沼』が、徐々にこちらの肉体を蝕んでいった結果、連携が崩壊してしまい窮奇がタコ殴りにされ沈んだ。

 火鼠も戦闘自体は継続可能なものの、既に通常時の4割程度の動きしか出来ない状況にある。もはや勝算は絶望的と言えよう。

 

 (……こうなりゃ仕方ねぇな。残念だが窮奇(アイツ)は見捨てて、離脱に専念する。幸い俺にはまだいくつか『切り札』が残ってる。……とりあえずは全力でこの場を切り抜けて、しばらく身を潜めるしかねぇか)

 

 窮奇が負荷とダメージに耐えきれず意識を手放した瞬間――火鼠が自身に課していた『縛り』が発動し――呪力量と出力が大幅に増大する。

 

 火鼠は日常的に「仕事仲間か味方がいる時」に限定して自らの呪力を制限している。この縛りは自身が単独での仕事を好む性格であると同時に、同じ仲間であっても自分の「能力の底」を隠すという目的もある。

 そして今、窮奇が意識を失い完全に戦闘不能となった事でその制限が解除された。

 

 (よし。これで動きの方は少しマシになったな。後は…………)

 

 

 

 「完敗だ。俺たちの負けだ。……みっともなくあがくのは俺の趣味じゃねぇ。大人しく投降するぜ」

 

 ()()()()()()()()土下座をする。予想通り、それを見た末永が自身への警戒を緩める。

 

 「えぇ……ダサっ(小声)。……よわよわおじさん❤︎あんだけイキってて負けちゃったねぇ〜❤︎はずかしくないの〜?❤︎」

 

 思わず叫び声を上げそうになるのを堪えながら、ただその時を待つ。そして、それはすぐに訪れた。

 

 

 

 火鼠を中心に、老朽化したコンクリートの床がフロアごと崩壊する。

 

 術式『危縷毘流(キルビル)』の効果対象は、生物や呪霊だけに限定されない。呪具や一般的な無機物に対してもその効果を発揮する。

 火鼠は土下座の際、床に押し当てた両手を起点にしてコンクリートの内部からダメージを与え続けていた。そして、その蓄積したダメージがコンクリートという物質の限界点を越えた事により、ついに大規模な崩壊が生じる。

 

 

 空中にて体勢を立て直し、落下に身を任せる。目の前では、末永(オタク)が意識を失った窮奇を抱えながらも既に反撃の準備を整えつつあった。

 

 

 

 しかし、それでも今は自分の方が早い。

 

 懐から拳銃を取り出し、躊躇なく発砲する。

 

 一般的に呪霊を相手にする事の多い呪術師は、呪具以外の武器を持たない事が多い。しかしながら、裏社会に生き人殺しを生業とする呪詛師にとってはその限りではない。術師としてのプライドを捨てる事で、よりダーティーな戦術を取る呪詛師というのは()()()()()()()()

 

 

 咄嗟の銃撃から身を守ることに専念する末永を横目に、いち早く下のフロアへと降り立った火鼠は、拳銃を投げ捨てながら一目散に走り出す。

 

 (ヤツの呪力量と特性上、銃は有効打になりえないだろう。だが、足止めにゃあ十分だ!…………後はこのまま、ビルの窓を突き破って逃走する!ここは5階だが、俺には()()がある!)

 

 スーツの左ポケットから取り出したのは、小さな黒球。闇すら飲み込んでしまいそうな不吉な黒球には、一枚のボロボロのお札が貼ってある。

 火鼠がその札を躊躇なく剥がすと、黒球が消滅し代わりに一体の呪霊が現れる。全長1m前後のツバメの様な見た目をした小ぶりな呪霊ではあるが、これこそが火鼠の最後の切り札たる『逃走用呪霊』であった。

 

 等級にして3級に分類されるそのツバメ型の呪霊は、非常に脆く攻撃力も低い。しかし、人を抱えて飛べるだけのパワーと卓越した飛行性能を持っており、それに目を付けた火鼠はあらかじめこの呪霊を調伏した上で黒球の中に簡易的に封印し、常に呼び出せるようにしていた。

 

 

 

 ボロボロの窓ガラスを突き破ってビルから飛び出す。自由落下による重力を肉体が感じるよりも早く、調伏した呪霊が足で肩を掴み大空へと羽ばたいた。

 

 (いくらアイツが強かろうと、いくらアイツが速かろうと空までは追って来れねぇ……!このまま追跡を振り切って俺は逃げ延びる……!!)

 

 ふと後ろを振り返ると、窓辺から身を乗り出してこちらを見ている末永の姿があった。既に小さくなりつつある末永に向かって、中指を立てつつ獰猛な笑みを浮かべる。

 

 (……あばよ、クソ野郎。中々強かったが、まだまだ経験が浅かったな。……また会いたきゃ、そん時は地獄にしてくれ)

 

 風が自身のスーツを叩く音に耳を傾けながら、だんだんと高度を上げていく。足元に広がる大規模な空き地を注視し、どこか降りられそうなポイントがないかを探していたその時…………

 

 ゾブッ

 

 肉を抉る様な、肉に何かを突き刺す様な湿った音が頭上からした。

 

 「は?」

 

 自らが使役している呪霊の頭部に短く光る棒が突き刺さっている。

 

 (なんだ……コレは?()()()()()?なん……いや、そもそも呪霊にダメージ与えて……呪具?いや、こんなふざけた呪具がある訳ねぇ。……まさか!)

 

 攻撃に気付いた火鼠が後ろを振り向くよりも早く、超高速で投擲された2本目のペンライトが呪霊の頭部に正確に突き刺さる。

 

 パァン!

 

 弾ける様な快音と共に、呪霊の反応が消失する。突如として制御を失う肉体、そして急速に接近する地面。絶対絶命の状況で胸を占める感情は――――諦観だった。

 

 (あぁ、クソッ……。ミスったな……。よりによってこんな終わり方かよ)

 

 (……最後の最後まで術式出し渋りやがって、あの()()()()()…………はぁ、恨むからな)

 

 

 

 

 ゴチャリ

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ナイスピッチ〜!略してスピ〜!

 

 土下座をしたかと思いきや唐突に鳥人間コンテストを始めやがったオッサンが、赤いシミに変わっていくのをのんびりと眺める。しかし、心の甲子園は未だ大盛り上がりだ。

 

 (微かに呪力を感じる……ギリギリまだ生きてるでござるな。死後、呪いに変わられても面倒だったのでラッキーでござる。さっさと回収して、一緒に来ていた新田氏に診せねば。……半殺しのまま死なせずにキープする術式ってエグない?(素))

 

 ピッチングの際に邪魔だったので横に置いていた――()()()()()()()()である窮奇を抱え直して歩き出す。

 

 (逃げ出したあの男……大方、拙者が術式を持たぬか戦闘向きの物ではないと思っていたのでござろうなぁ……)

 

 ふと足を止めて、もはや聞こえてはいない相手に語りかける。

 

 

 「拙者の術式は三下相手に軽々しく使うほど安くないんでござるよ。……はぁ……拙者もまだまだ精進が足りんでござるなぁ」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 京都高専1年の新田新は、とある人物のバックアップとして任務に参加していた。

 

 (……末永さん遅いな〜。なんかあったんかな?)

 

 中国系マフィアとの繋がりを持つ本日のターゲットは、高専側にとって貴重な情報源となるため“生け捕り”の可能性を少しでも上げるべく、いつでも動けるようすぐ側で待機していた。

 

 (末永さん。今日初めて喋っただけやけど、そない悪い人には見えへんかったけどなぁ。…………まぁ、めっちゃ変わってるけど)

 

 補助監督の姉を持つものの、術師としてなりたての新田は、呪術界で密かに流れている末永の噂に内心ではかなり怯えていた。

 

 

――――曰く、ふざけた術式と人間性から五条悟の次に上層部から嫌われている男

 

――――曰く、任務には忠実な狂人

 

――――曰く、百鬼夜行の英雄

 

――――曰く、最強の一級呪術師

 

 (一体どんな怪物なんだって思ってたらアレだもんなぁ。……最初、一般人かと思いましたもん。思わず歌姫先生に確認の電話しちゃいましたし……なんか妙に嬉しそうやったけど)

 

 ふと目の前の廃ビルから人影が現れる。気絶した男を抱えながらグチャグチャになった血だらけの男を引きずる末永を見て、新田はすぐさま駆け寄った。

 

 「末永さん!大丈夫ですか!?お怪我は?」

 

 「おぉ〜!!新田氏〜!ご苦労でござるよぉ〜。うむ、拙者は大した傷は負ってないンゴ。……それより早速で悪いんでござるが、こっちのシミ損ないを頼むでござる。……死に損ない……シミ損ない……ブフォッwwwこれいかにww」

 

 「は、はぁ。とりあえずこっちの人助ければいいんですね?」

 

 (こういう所、京都校(ウチ)の先輩とは違った意味でカラミ辛いんだよなぁ。フランクに接してくれんのはありがたいんですけど……)

 

 内心戸惑いながらも、血だらけの男に対して術式による処置を終える。

 

 「……終わりました。呼吸も脈もありますんで、慎重に運べば命に別状はありません。……末永さんとそっちは?」

 

 「あぁ、こっちの男がターゲットでござるよ。それと術式は不要でござる。……変に元気になられても移送が面倒になるし、拙者に関しては本当に大した怪我は無いでござる」

 

 「そうですか。分かりました。…………それにしても、この血だるまの男も呪詛師ですよね?どうして2人も?事前情報だと1人で潜伏しているって話でしたよね?」

 

 「まぁ十中八九、上層部の嫌がらせでござろうな。拙者嫌われてるし、アッアッアッ(悲哀)。

 …………ここに来たのがママ(歌姫先生)じゃなくて本当に良かったでござる。ターゲットならまだしも、この男も相手するとなると……厳しいでござろうなぁ」

 

 先ほどの軽薄な雰囲気はナリを潜め、本気で歌姫先生の身を案じる末永は僅かに怒りを滲ませていた。

 

 (この人……確かに変わってるけど、根は優しいんかな?……自分以上に歌姫先生の事を心配してるし……なんやかんや呪詛師連中も殺さなかったし……)

 

 暗くなりかけた雰囲気を変えるために、新田は努めて明るく振る舞いながら話題を変える。

 

 「いや〜、でも良かったですよ!末永さんが早めに仕事終わらせてくれたお陰で無事に俺も参加出来そうです!……てっきり今年は任務で不参加だと思ってましたから」

 

 「参加?」

 

 「?この後、高専に寄るんですよね?てっきりその事かと思ってたんですが……」

 

 「寄るでござるよ?移送もあるし、直接報告したいでござるからな。……さっきから一体、何の話でござるか?」

 

 

 

 

 

 「何って、そりゃあ…………姉妹校交流会ですよ!」

 

 

 

 






ちょこっと一口

窮奇  2級呪術師の下位レベル。冷静に見えて激情型。趣味はウクレレ。

火鼠  準1級呪術師の中堅レベル。実は結構やり手。激情型に見えて冷静。甘いものが大好き。


黒球  モンスターボールと夏油の術式がモチーフ。交流会でもエレキおじいちゃんが準一級を調教してたし、甚爾クンもやってたし。割と本当にありそう。



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