世界経済新聞のお蔵入り記事について   作:今際野

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これは世界経済新聞の未完成記事(コード:R-NW-800)に関する資料の一覧です。
以下規約は世界経済新聞社に所属する社員、記者などの全ての関係者と当社との間で定めるものとします。

・当記事の内容に関する新規の取材、記事の作成の一切を禁ずる。
・以上の規約に違反している、または疑惑のある関係者が見受けられた際、直ちに本社に通達する。
・当記事にある島の関係者と思しき人物から接触があった際、直ちに本社に通達、または海軍に通報する。

追記1:
最近、当該記事担当記者を名乗る人物から不審物が送付される事件が発生しています。
その場合絶対に中身を確認せず本社の方に再送する、もしくはその場で処分してください。
また、その場で処分した際も当該物が送付された旨を本社の方までお知らせください。


プロローグ

「思うに、君の記事は上品すぎるんだよ」

担当編集はぬるくなったコーヒーを手持ち無沙汰にかき混ぜながらそう言っていた。

今はもう没になった原稿を、むなしく月光が照らしている。

 

私はフリーのライターだ。日々面白そうなネタを嗅ぎまわっては、出版社に持ち込むことを生業としている。

今日も記事は通らなかった。これで三本連続だ。言いようのない虚脱感に襲われる私の脳裏には、ずっと目を背けてきた「スランプ」の四文字がいよいよ鮮明に浮き上がりつつあった。

 

床に打ち捨ててあった先週号が目に入り、手にとってページをパラパラとめくる。

 

「■■国王女不倫疑惑 高まる疑念と臣下の語る“暴政”と“偏愛”」「西の海■■■国 海賊■■■■により滅亡! 残忍すぎるその手口」「大物海軍中尉■■■■を襲った“悲劇” 犯人と“クロスギルド”とのつながりとは」、などなど。下世話で、醜悪で、しかし目を引くキャッチコピーが次々と目に飛び込んでくる。

 

上品すぎる。

それは私が記事を書き始めてから数え切れないほど耳にした言葉だった。殺人、賄賂、不倫に陰謀。読者は我々ライターが思うより遥かに強烈な、時としてショッキングな程の記事を求めている。

会社中に立ち込める煙草の匂いに誘発されてポケットから煙草のケースを取り出し、真新しい一本に火をつけた。今朝方買ったばかりだというのに、箱にはもうあと二本しか残っていない。

 

壁に乱暴に背をつけ、煙をため息と一緒に吐き出す。

書きたい記事を書くのはこの荒れ狂う時勢が落ち着いた後、それが待てなきゃ自分の名前を売ってからでも遅くはないさ。そのためにはもっとあの編集や読者にウケる記事を書かなくては。彼らが求めるような、自分が思うより遥かに強烈なヤツを。

––––––読者は、常に刺激を求めているのだから。

 

……そもそも、そもそもだ。彼らが言う面白い記事ってのは一体なんなんだ? さっき読んだあの記事も、字面がそれらしいだけで実際のところ取材内容も薄っぺらもいいところ、構成だってメチャクチャだ。あんな、誰が書いてもウケるような美味しいネタを掴んでおいてその結果がアレか? もしも私だったならあんなお粗末な出来にはしなかったのに。

 

奥の部屋から忙しなく響くタイプライターの音と血管の中を巡るニコチン成分とがますます私の思考を悪い方向へと鋭利に育ててゆく、が、フラストレーションに支配された頭ではそれに歯止めをかけることもままならない。

 

ふと、もたれ掛かる壁の向こうから聞こえる会話が耳に入ってきた。この声は、多分社長のモルガンズの声だ。彼以外の声も聞こえるが、会話の間に妙なラグがあることから恐らく電伝虫を使っているのだろう。持ち込み先のトップに恐縮して身を起こす気力もないまま、私はぼんやりと盗み聞きを続行することに決めた。あわよくば良いネタが掴めるのではないかと期待したのだ。

 

「–––––お前がウチの愛読者で、おまけに頼んでもねェネタの提供までしてくれんのは大いに結構だ。だが、今回のヤツに限っちゃあ俺は降りる。お前が思ってるよりヤベぇ案件なんだよ、ピエトロ」

 

『グギギグギ! あンだよ、新聞王ともあろうお前が、たかだか一人のサイコパシー野郎に日和ってンのか?お前が足がすくんで出来ねえってんなら、俺が書いてやってもいいんだぜ』

 

「ほざけ! いいか、俺ァ余計なリスクは負わねえだけだ。お前としちゃあ“魚人のツギハギだけで人一人作っちまうような快楽殺人犯の犯行”だとでも思ってんだろうが、こいつはそんな簡単な話じゃねえ。いやむしろ、その方が良いぐらいなもんだ。分かったんなら……」

 

消えかけの煙草を持つ手が、かすかに震えている。謎の猟奇的な死体、それはまだいい。悲しいかな、激動の時代においてそんな話はありふれている。だがしかし、それは新聞王モルガンズでさえリスクを恐れて深くは追わないネタ。そいつは、どんなに。

 

気がつけば、私は新聞社を飛び出していた。手の中の原稿が握力と汗とでぐしゃぐしゃに潰れていくのを感じる。あっけなく没にされたそれに何を書いたかも、今はもう思い出せない。

 

 

読者は、刺激を求めている。

 

 

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