記録者:■■■新兵
通信場所:■■■■■■島北東部
通信時間:0時間42分30秒
概要:本記録は■■■■■■島在住の■■■■・■■さんの両親から■■■■一家全員の捜索願の届出、および■■■■■■島移住者の失踪事件多発に伴う捜索活動の関連記録である。
(通信開始)
[00:12]こちら■■■ ■■さん発見しました 一人です
[00:20]こちら本部 了解しました すぐに保護してください
[12:32]■■さん 海軍です 分かりますか
[12:35]ご家族の方から通報があって あなたを保護しに来ました
[12:36]:(咀嚼音に混ざって保護対象と思しき男性の声。解読不能)
[12:38]:(物を漁る音。)
[12:40]■■さん 一緒に来てもらえますか
[12:41](咀嚼音。時々えずくような声がする。)
[12:55]■■さん とりあえず え うわっ
[12:56](激しく嘔吐する音。)
[13:05]大丈夫ですか 落ち着いてください ■■さん聞こえますか
[13:07]あ だめなんだよ (解読不能)さまあ
(中略)
[39:10]こちら■■■ ■■さん保護しました これより帰還します
[40:02]さむい さむいよ
[40:05](解読不能 周囲の島民の声だと思われる)
[41:10]すみません通ります 道を開けてください
[42:30]ありがとうねえ
(通信終了)
追記1:
・13分7秒に保護対象が発した単語(オワエサマ、オアネサマ)については■■■■■■島で信仰される土地神ウワンネをさしているものと推察される。
・42分30秒に記録された男性の声については不明。
・保護対象には重度の過食傾向および内臓の損傷、脳の萎縮が見られる。
追記2:
・保護対象、一週間後保護室から失踪。ビブルカードが指す方角から■■■■■■島に向かったものと思われる。
夜。
海はここが新世界とは思えないほど穏やかに凪いでいた。そしてあの後、果たして海軍の船は突然方向を変え別の島へと消えてゆき、島からの出立はあくる日の朝へと引き延ばされた。
皆、久々に何も気にかけることなく腹一杯うまい食事にありつくことができたからか、ぐっすりと眠っている。チョッパーの蹴り飛ばした毛布をかけ直しながら、ブルックはただ一人眠れずにいた。
先のサンジの言葉が妙に気にかかって仕方がない。そもそも、何の理由もなくあの大の女好きの彼が贈り物を断ったりするだろうか?それも、仲間の代わりに。
「なあ、ブルック」
突然、寝転んだままのウソップが声をかけてきた。
「どうしたんです?眠れないのなら何か一曲……」
「ああ、いや、それもいいんだけどよ。……ジンベエが貰った箱の中身さ」
瞬間、悪寒が走る。まさに今考えていたことを言い当てられたからか、それとも。
「それが、何か?」
「あれ、結局何の肉だったんだろうな」
キッチンから張本人であるサンジが男部屋に戻ってきた。
「おう。お前ら、まだ起きてたのか?」
「あ、サンジさん」
帰ってきた彼からは、ほのかにスパイスの香りが漂ってきた。件の彼女から貰った肉を今しがた漬け込んできたところだという。その香りは、いやに張り詰めていたブルックの心をほんの少しだけ和らげた。
「結局あの肉何だったんだ?」
「その、サンジさんが見ても分からないんですか?」
それを聞いたサンジは少しだけ表情をこわばらせた後、おもむろに口を開いた。
「ああ、多分牛肉か何かだと思うぜ。断言はできんが」
そうかあ、とウソップはどこか納得のいかない表情でごろり、と体勢を変えた。
「いくらただの肉でもあんな箱中に詰められると、俺ぁちょっと薄気味悪かったぜ」
「……失礼だぞ。あのレディとしちゃあ、そんだけ腹一杯食って欲しかったんだろ」
その肉を。
その後に言葉を続けるものは、誰もいない。
本当は、皆気がついている。市場では魚しか売られていない、おまけに家畜を育てている様子もなかったあの島の住民が、どうしてよそ者のジンベエに箱いっぱいの牛肉を渡すことが出来るだろうか。
しかし、誰も指摘するものはその場になかった。その違和感を明言するという行為について何か、
「サンジさんがさっき言ってらした、その、お嬢さんの目がどうのって……」
男部屋の扉が叩かれる。
瞬間、静まり返る。時計の秒針の音だけが響きわたる部屋で、今にも叫びださんばかりの感情に襲われる。
「ゾロさんですかね。ヨホホ、私ちょっと開けてきますね」
「え、いや、ブルック……」
ブルックは扉の前に立つ。きっと、見張りをしていたゾロが戻ってきただけだろう。余計な心配なんて、する必要もない。
「ゾロさん?」
返事は、ない。扉はその間にも叩かれ続けている。
「ゾロさんですよね、開けますよ?」
ブルックがドアノブに手をかけた時、ふと気がついた。
扉をノックしている位置が、ずいぶん低い。先の冒険でモモの助と船を同じくしたときにも、彼が男部屋を尋ねてくることはしばしばあったが、その時よりもずっと低い位置が叩かれている。
それがかろうじてできる身長のチョッパーは、今まさにこの部屋ですやすや寝息を立てている。
「返事してくださいよ」
返事はない。
恐怖と戸惑いで鋭さを増す聴覚は、扉の向こうで絶えず鳴る木枯らしのようなか細い音をも拾う。
「……冗談やめてください、あ、もしかしてナミさん達ですか?」
返事はない。
扉を叩く勢いが強くなる。風の音もますます大きくなっている。
「いい加減に……!」
木枯らしの音も、扉を叩く音も、全ての音が止んだ。
次いで、ひゅ、と扉の向こうで大きく息を吸う音がする。その時、ブルックは頭のどこかで妙な冷静さをもって、そういえば今日は風なんか吹いていなかったな、と思い返していた。
そして、いく秒かの沈黙のあと、
「ちゃんとたべなきあ、だめなんだよお」
まるで大人の男が大げさに子供の真似をする時のような、これ以上なく不愉快で、粘ついた大声であった。
もはや、部屋の誰も声を出すことが出来なかった。
剣を取りに行かなくてはならない、が、足が一歩も動いてくれない。
呼吸が自然と浅くなっていく。
その時、空を切る音とぐえ、という間抜けな断末魔がほとんど同時に聞こえた。そのあと、どん、と扉が蹴破られる。果たして、向こうにいたのは抜き身の刀身を持ったゾロであった。
「ぞ、ゾロさん」
キャパシティを遥かに凌駕する恐怖と安堵で、ほとんど半泣きで縮こまる一同をしばらく見つめた後、いくらか戸惑ったような面持ちで言う。
「俺が死ぬほど寝ぼけてなきゃ、肉が動いてたな」
ゾロがつま先で、床に転がる二つに裂けた肉片を裏返した。すると、肉の裏に何かついている。白い、虫の卵。違う。暗闇の中で目を凝らしてみれば、それは見紛うことなき歯を携えた人間の口であった。唇にあたる部分は、ソースに塗れ不気味に光を反射していた。
程なく、寝ていた仲間も目を覚まし大騒動となった。残りの肉に加え島で手に入れた食料も、幾らかを残して島に置いていくことになった。ルフィは船が出発しても名残惜しそうに遠ざかる島と食料を眺めていたが、途中あっと声をあげた。
「あのおっさん、しゃべる肉食ってるぞ!」
おれたちの肉だぞ、と島に向かって腕を伸ばそうとするルフィはあっというまにナミの拳骨に沈む。
遠くなっていく港で、物陰から這い出ては次から次へと集まってきた魚人たちがまだ火も通されていない生肉を脇目もふらず口に押し込んでいく。
獲物に群がる蟻のようにも見えるそのさまを、皆呆然と見ていた。