世界経済新聞のお蔵入り記事について   作:今際野

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エピローグ

「彼の書く記事、悪くはなかったんですけどね」

 

担当編集だった男はさも残念そうに視線を落とす。

 

ウチにしょっちゅう出入りしていたライターが突如消息を絶ってからはや二ヶ月が経過しようとしていた。どこから嗅ぎつけてきたのか、昔ピエトロが面白半分に垂れ込んできたネタについて調べていたらしい。

 

先日編集が訪れた部屋は既にもぬけの殻で、件の島についての資料がそこらじゅうに散乱しており、異様な腐臭に包まれていたという。

「あいつ、ここ最近異常だったでしょう。ずっとあの島に取り憑かれてるみたいで」

 

「取り憑かれちまったんだろう、実際」

ライターの部屋に残されていた資料を拝借したが、まともに読めるのは半分以下、あとは妄言に近い殴り書きがほとんどを占めている。

 

くしゃくしゃになった資料の確認作業を進めていると、編集が溢すようにつぶやいた。

「結局、あの島に『ニクニク』はあったんですかね」

 

ニクニクの実。

遥か昔に図鑑で一度だけ記されたに過ぎない、ただでさえ希少な悪魔の実の中でもさらに目撃例の少ない、ほとんど伝説や噂に近い悪魔の実だ。

 

その実を食べた者はたちどころにその身の肉––––––細胞の全てを自在に操ることができるという実。そして、能力の真価は「他人に食べさせた時」、そして「その人物を捕食した時」に発せられるという。

あまりに抽象的で、しかし禍々しい記述は若い時分の感性には大いにセンセーショナルに映ったのを今でも覚えている。

 

そのニクニクの実が、件の島にあるのではないかという噂が、業界の間でまことしやかに囁かれた事があった。記者の誰しもが我先にと目をぎらつかせて飛びついたその話題は、半年もしない間に不可侵領域として扱われるようになった。若かったおれも例に漏れずそのネタに食いついて追っていたが、いざ島へ取材に向かおうと言った矢先に、勤めていた新聞社の社長に取材中止を言い渡された。

 

ずいぶん食い下がってみたが、決して話のわからない人間ではない社長が全て忘れろ、なかったことにしろと厳粛な顔をして言うのを見て、致し方なくおれは手を引いた。社内で同じネタを追っていた記者が行方不明になったのは、その一週間後のことだった。

 

追憶に浸っていたその時、乱雑に詰め込まれた資料の間から、何か黒いものが滑り落ちた。

べちゃ、という不快な音と腐臭に思わず飛び退く。それはほとんど腐りかけた生肉で、身のところどころに蛆が沸いていた。

 

大いに慌てた編集が拭くものを持ってきます、と部屋を飛び出していった。

ひとりになった部屋で、裏紙越しに肉を拾い上げる。想像通り肉の裏には人間の唇に似た亀裂が入っており、気味の悪ィ、と独りごち窓の外に放り投げた。

 

肉片が、海に沈んでゆく。すると、腹を空かせた魚たちがわらわらとよってきて我先にと齧り付いてゆき、あっと言う間に肉は消えてしまう。引きちぎられ、貪り食われるその最中にあの萎れた唇が、愚かな魚たちの身にこれから起きる不幸を喜ぶかのように引きつる。

 

そこまで思い至ったところで、オエッと大袈裟にえずく物真似をしてから部屋を出た。

 

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