リコリス・リコイル Brilliant Memories   作:ヤニカス

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8話

『時計を合わせろ凪。3分後に突入開始だ』

 

東京都江東区にあるコンテナ埠頭に凪は到着した。既に日が暮れて、空には月が出ていた。

 

凪の手には一丁の拳銃があった。

 

それはM1911カスタム。

特徴的なコンパンセイターは銃口を半ば囲むようにサメの歯のような棘がついている。

 

それは凪の戦闘スタイルに合わせたワンオフであり、近接戦闘での打撃を想定した作りとなっている。

 

「……ここか」

 

凪は呟いてから周囲を見回す。

 

コンテナ埠頭。大型クレーンが並び、巨大なコンテナが幾つも並ぶ場所だ。当然のように人気はない。

だが、何かいる気配だけは感じられた。

 

「…………」

 

凪は無言で周囲を警戒する。すると遠くから足音が聞こえてきた。

 

数は三つ。

軍靴のような重い音と、装備が擦れて奏でる金属質の音。そして荒い息遣い。

 

それらを聞きながら、凪は静かに銃を構える。

相手の姿はまだ見えない。

しかし、確実に近づいてきていることだけは分かった。

 

やがて、その姿が見える。

 

全身を包む装甲服、手に持ったアサルトライフル。それは、まるで戦車のような重武装をしたテロリストだった。

三人とも似たような格好をしている。恐らくは、彼らが件のテロリストなのだろう。

 

「おい、お前! そこで何をしている!?」

 

先頭にいるテロリストが声を上げた。どうやら、凪に対して警告を発しているようだ。

 

だが凪はそれを無視して引き金を引いた。乾いた破裂音が響き渡ると同時に、先頭にいたテロリストが倒れる。

 

即死だった。胸元に大きな穴が空き、そこから血を流して倒れ伏す。

それを見ていた後ろのテロリスト二人が慌てる。

 

「くそっ!」

 

一人が叫びながらアサルトライフルを構え発砲。

 

しかし、まるで弾丸が見えているかのように凪は動いていた。

 

「遅い」

 

言葉と共に凪はトリガーを引く。

再び響く発砲音。それと同時にもう一人が倒れた。

二人とも即死。

 

残った最後の一人が呆然と立ち尽くしていた。

 

「尋問は得意じゃないんだけどな。でも時間ないから、ごめんね」

 

そう言って凪は引き金を引く。

乾いた破裂音が響いて、その兵士の足に命中した。

 

「ぐっ、ぐがぁあああっ!!」

 

「敵の配置と荷物の場所、教えてくれるかな? 今ならまだ助かると思うけど」

 

そう言いながら凪は男に近づく。

 

「ひっ……」

 

男は怯えたように後退る。

そんな男に、凪は容赦なく銃口を向けた。

 

「ほら、早く言わないと次は死ぬかもよ?」

 

「ひぃいっ!! わ、分かった! 言う! 教えるから殺さないでくれぇええっ!!」

 

男が叫ぶ。それを見て凪は満足げに笑みを浮かべた。

 

「素直なのはいいことだよね。じゃあ案内して」

 

「うぅ……こっちだ」

 

男を先頭に歩かせ、コンテナ埠頭の奥へと進んでいく。

その間も、凪は周囲に警戒を払っていた。

 

「本当にこっちで合っているの?」

 

「あ、ああ……信じてくれ……」

 

男は怯えたように答える。

そんなやり取りをしながら進むこと数分。目的のコンテナが見えてきた。

 

「ここだ……ここに荷物が……」

 

男が指さす先には大きなコンテナが有った。

 

「この中?」

 

「ああ、そうだ……」

 

「ふぅん、それじゃあ開けて」

 

凪の言葉に男は戸惑った表情を浮かべる。しかし、逆らうこともできずにコンテナの扉を開けた。

 

奥で動いた人影に反射的に銃を構える。

 

「う、撃たないでくれ!」

 

「え?」

 

思わず驚きの声が漏れた。

そこにいたのは白髪で眼鏡をかけた老人と小さなリスの着ぐるみだったから。

 

凪は一瞬混乱したが、すぐに状況を整理して口を開く。

 

「どういうこと? 説明して」

 

粗い息の男に銃を突きつけて言う凪。

 

「そ、それは……」

 

男は言い淀む。

すると老人が代わりに口を開いた。

 

「ワシは……ウォール・ナットだ」

 

ウォール・ナット。

ネット黎明期から活躍しているとされる、正体不明のハッカーの名前でありリコリスの抹消者リストにも載っている有名人である。

 

「その横にいる子リスは?」

 

「ワシの倅だ……名前はクルミ」

 

「そう……」

 

凪は溜息をつく。

それからテロリストの男の頭蓋を撃ち抜いた。

 

「んで、なんでその凄腕ハッカーさんがこんな所にいるのさ?」

 

「それは……」

 

まあ確かに。ウォール・ナット程のハッカーとなればそこら辺の銃火器より危険なのだが。

 

「少し……日本に野暮用があってな。それで偶然、こんな事態になってしまった」

 

ウォール・ナットは溜息をついて言う。

 

「ふーん、そうなんだ」

 

凪は興味なさそうに答える。

それよりも彼らをどうするかの方が大事だ。

 

彼らをリコリスに突き出すべきだろうか、それともこの場で処分して報告するべきか。

 

『おい凪。中で何をしている。敵が集まってきているぞ』

 

「ういうい。すぐ行く」

 

『早くしろ』

 

ミカからの通信が切れた後、凪はウォール・ナットとクルミの方へ向き直す。

 

「一応聞くけど、あなた達DAに投降する気ある?」

 

「投降したとしても殺されるんだろう? リコリスのお嬢さん」

 

ウォール・ナットが怯えながら答えた。

 

確かに、リコリスは敵に対して容赦はしない。それは彼女たちの信念であり存在意義でもあるのだから。

 

「さあ、自分の胸に聞いてみて心当たりがあれば殺されるかもね」

 

凪は銃を向けたまま言うと、ウォール・ナットがクルミを庇うように前にでる。

 

「倅は関係ない。この子だけでも見逃してくれ」

 

懇願するようにウォール・ナットが言う。それに応えるように銃のトリガーから手を離す。

 

「んー、私の負けかな。二人とも逃してあげる」

 

「本当か……?」

 

「そうしないと二人ともDAに消されるし。それに私は子供と老人は殺さない主義なの」

 

凪は肩を竦めて言う。

 

「そうか……恩に着る」

 

ウォール・ナットは安堵したように言った。

 

『おいっ凪! 本当にまずいぞ! 早く逃げろ!!』

 

ミカからの焦ったような声に凪は「りょうかーい」と応える。

 

「しばらく外が騒がしくなると思うけど、大人しくまっててね」

 

「ああ、分かった」

 

凪はそう言うと踵を返して駆け出しコンテナの外へ出る。

すると、待ち伏せしていたのだろう。数十人の傭兵達が凪を出迎えた。

 

「これはちょっと分が悪いかな」

 

『だから言っただろうっ! さっさと逃げろ! 私が援護する』

 

ミカの声が響き、銃声が響く。それと同時に兵士の一人が倒れた。どこからか狙撃しているらしい。

 

「でもまあ、なんとかなりそうかな」

 

凪は余裕のある声で返すと身を翻し発砲する。それと同時に、周囲の敵が次々と倒れていく。

そのまま凪はコンテナの外へ出ると、ミカから指示された場所に向かって走り出した。

 

『おいっ! そっちじゃない!』

 

「あ、そうなの?」

 

『そうだ馬鹿者! まったく……怪我人をいたわれ!!』

 

そんなやり取りをしながら走ること数分。目的地に到着する。それはコンテナのすぐ側にある大きな倉庫だった。

 

「ここ?」

 

『ああ、そうだ』

 

ミカの指示でシャッターを開けると中には多数のコンテナが並んでいた。

 

「これ全部そうなの?」

 

『そうだ。コンテナには食料や水、銃器などが詰まっているはずだ』

 

「なるほど」

 

凪は中に入ると周囲を見回す。

 

「んで、どこに例の荷物はどこにあんのさ? 全然見当たらないけど……」

 

『……はぁ』

 

ミカの溜息が聞こえた。

そしてすぐに指示が来る。

 

『ラジアータの情報によれば、おそらく一番上の箱に入っている』

 

凪は言われた通りに箱をいくつか開けていく。

 

「爆薬……何するつもりなのさテロリスト共は」

 

『さあな。東京のどっかでドデカい花火でも上げるつもりだったんだろう』

 

「ま、どうでもいいけどね」

 

箱にTNT爆弾をセットして凪は立ち上がる。

 

「終わったよ。後は起爆すれば良いだけ」

 

『ああ、分かった』

 

ミカとの通信が切れる。

それと同時に鳴り響く銃声。爆発に巻き込まれないよう離れなければいけない。

 

「ちょっと銃借りるよー」

 

凪が手に取ったのはアサルトライフル。M16A4。それを構えると倉庫の外へ飛び出した。

 

「ミカ、そっちは大丈夫?」

 

『問題ない。援護する』

 

それを聞いて凪は安堵する。

 

『それよりも気をつけろよ? 外には奴らがいるんだからな』

 

「はいはい、わかってますよ」

 

そう言って凪はコンテナからコンテナへ飛び移っていく。

 

周囲には何人もの敵。

 

『タイムリミットまで残り一時間だ。やれるか?』

 

「当然。ファースト・リコリスの腕前、特別に見せてあげる」

 

凪は自信たっぷりに言うと銃を構え、降下とともに引き金を引いた。

 

「くそっ! なんでこんなところにいるんだ!?」

 

「いいから撃て! 撃ちまくれ!」

 

「当たらないっ! 弾が当たらない!!」

 

「なんだよこれ!? なんで当たらないんだよ!」

 

まるで未来を予知しているかのように、凪は敵弾を避けていく。

 

さらに彼女はアサルトライフルの弾薬が切れると、今度は腰に差していた拳銃に持ち替えて引き金を引いた。

 

放たれた弾丸は正確に相手の額を撃ち抜いていく。

 

「なんだアイツ……何なんだよ」

 

「あんな奴がいるなんて聞いてねぇぞ!?」

 

そんな声と共に銃弾の雨が凪を襲った。しかし、それでも彼女は止まらない。

 

凪は近くのコンテナに飛び移ると、そこに隠れていた兵士を射殺する。そして次のコンテナへ飛び移って距離を取ると、そこから更に別のコンテナへと移動する。

 

その間も彼女を狙った銃撃は続くが、一発も当たることはなかった。

 

「あれ? 逃げた方が良かったんじゃない?」

 

そう言いつつ、凪はコンテナの陰から身を乗り出した。そして近くにいた兵士を撃ち抜く。

 

「う、うわぁあ!?」

 

「くそっ! もうダメだ!! 逃げよう!!」

 

そう言って逃げ出す兵士達。だが凪はそれを逃さないと銃口を向けたところで動きを止める。

 

何故なら彼女の視線の先には対戦車ロケット砲がこちらを覗いていたからだ。

 

「……やば」

 

凪は小さく呟くと、反射的に横に飛んだ。直後に響く爆音と爆風。激しい衝撃に吹き飛ばされるが、なんとか受け身を取って立ち上がった。

 

「いっつー……」

 

『おいっ! 凪! 大丈夫か!?』

 

「大丈夫……だけどちょっとマズいかもしれない」

 

『なに?』

 

耳を切る風切り音。風圧で揺れる髪。そして、その風の正体はーーーー

 

『Mi-24……ハインドかっ! 奴ら日本で戦争でもするつもりなのか!?』

 

そう、それは攻撃ヘリであった。その特徴的なガトリングガンの銃口がこちらを覗いている。

 

「いやさ、ちょっとこれは予想外で死にそうなんですけど」

 

そんな軽口を叩きながらも、凪はハインドから全速力で逃げる。コンテナの上を伝って走る彼女の後を、ハインドが追いまわす形になった。

 

「やばいって! あいつ私のケツ追い回してくるんですけど!」

 

『何とかしろ!』

 

「あれは無理! ムリ! スティンガーか91式携帯地対空誘導弾でもないと落とせない!」

 

凪は必死に逃げ回るが、ハインドも逃すつもりはないようだ。しつこく追いかけてくる。

 

「くっそー! もう怒ったからね!」

 

そう言うと彼女は振り返り、ハインドに向かって発砲する。その動きに合わせるように、ハインドもまたミサイルを発射した。

 

「そんなんあり!?」

 

叫びながら爆風と煙で吹き飛ばされる凪だった。そしてそのまま受け身を取ることもなく地面に落ちていった。

 

『おいっ! 凪! 応答しろ!』

 

ミカの必死な声が聞こえてくる。しかし、それに答える余裕はない。凪はなんとか意識を保ちつつ立ち上がろうとするが、うまく力が入らなかった。

 

「あちゃー……これはちょっとまずいかも」

 

『おいっ! 大丈夫か!?』

 

「なんとかね……もう怒った。本気出す」

 

『え?』

 

凪は立ち上がると、ハインドに向かって拳銃を構えた。

 

そして引き金を引く。

 

だが、その動きは明らかに先程までと違ってたどたどしいものであった。

 

ミカはそれを見逃さなかった。

 

どうやら今の被弾で肩を外してしまったらしい。右腕がダラリと垂れ下がっている。しかし彼女は構わず撃ち続けた。

 

「そーれ!」

 

どこから取り出したのか手榴弾を投げた凪がそれを撃ち抜いた。

 

直接当たらずとも爆風によってハインドの機体が大きく揺れた。

 

その隙に凪は再び走る態勢に入って逃走を再開した。

 

倉庫まで追い詰められていた凪だったが、なんとか倉庫まで逃げ帰ることに成功した。

 

「あー……しんどかった」

 

『おい、無事か?』

 

「まあね……でも少しだけ厳しいかも」

 

『そうか』

 

ミカはどこかホッとしたような声で言う。しかし、まだ安心はできない状況だ。外では敵のハインドが追跡を続けているのである。

 

さらに敵歩兵が倉庫の中にはいってくる姿も確認できた。かなりの数が来ているらしい。凪を追ってきたのだろう。

 

「この爆薬量でTNTを起爆させたらどのくらいの影響が出るかな」

 

『……恐らく辺り一体は焼け野原だろうな。って、おい、まさか!」

 

「最終手段だよ。まだ終わりじゃないし、それにーーーー」

 

ウォール・ナット達を迎えに行かないとダメだしね。凪はそう言うと、倉庫を駆け抜けていく。

 

「いたぞ!」

 

「あそこだ!」

 

どうやら見つかったらしい。次から次へと銃撃が飛んでくるが、それをうまく避けつつ目的の場所まで駆け抜ける。

 

そして倉庫の一番奥にある大きな箱の前に到着すると中身を確認するためピッキングツールを取す。

 

「やっぱりあるよねー」

 

9K38 イグラ。

携帯式防空ミサイルシステム。つまるところハインドの天敵である。

 

凪はそれを取り出すと、安全装置を解除して装填する。

 

「さてと……鬼ごっこも飽きたし、そろそろ終わりにするかな」

 

そう言うと凪は倉庫から飛び出る。

 

ハインドもそれを追いかけてくる。

凪は走りながら照準を合わせると、そのままイグラを放った。

 

上空へと飛んでいくミサイル。ハインドも回避行動をとるが間に合わず直撃した。

 

轟音をたてて爆発が起きると、周囲に展開していた敵兵士を吹き飛ばしていった。凪もまた衝撃波を受けて吹き飛ばされるが上手く衝撃を逃がすことで地面に落下する軌道を変えることができた。

 

「いてて……ちょっとやり過ぎたかな」

 

『おい、凪。無事か?』

 

「うん、なんとかね。そっちは?」

 

凪がそう問いかけるとミカは少しの間沈黙していたがやがて口を開く。

 

『問題ない。見える範囲の敵影はなし。任務達成だ凪』

 

「おつかれさまー。後何分残ってる?」

 

『指定の時間まで10分だが、どうした』

 

「そっかー。しばらく通信切るけど心配しないでね。あ、あと楠木指令によろしく〜!」

 

『は? おいちょっとま』

 

ミカの返答を待たずに凪は通信を切った。そしてそのままウォール・ナット達が待つコンテナへ向かった。

 

ーーーー

 

「本当に何から何まですまないなリコリス」

 

あれから凪はウォール・ナットを連れて東京にあるセーフハウスに来ていた。

 

「別にいいよ。それにリコリスって呼ぶのはやめてね。私の名前は伊集院 凪」

 

「そうだな……すまない」

 

ウォール・ナットはそう言って謝罪する。

 

「別に怒ってるわけじゃないからいいけどさ……まあその話は置いといて、怪我とかしてない?」

 

「……ああ問題無い」

 

「これからどうするつもりなの? ここならDAにも見つからないし安全だけどさ」

 

「そうだな……落ち着いたらこの子に本当の故郷を見せてあげたい」

 

ウォール・ナットはそう言って眠る子リスを見つめる。静かに寝息を立てていた。

 

「そっか……ちなみにどこ?」

 

「北海道にある自然豊かな場所さ。この子はそこで産まれた」

 

「良い所だねー、私も行ってみたいかも。ジンギスカン食べてみたい」

 

「ああ、もちろん。お礼に君も案内してあげよう」

 

そう言ってウォール・ナットは笑う。その笑顔はとても穏やかであった。

 

「さてと……それじゃあそろそろ私は行きますよ。この部屋、好きに使っていいから。頑張ってね凄腕ハッカーのお爺さん」

 

「ありがとう、伊集院さん。この礼は必ず」

 

「だから凪って呼んでってばー!」

 

そう言って凪は部屋を出ていった。




次は息抜きの閑話となります。
喫茶リコリコと腹ペコサラリーマンのお話です。
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