リコリス・リコイル Brilliant Memories   作:ヤニカス

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閑話

「ほぅ、こんなところに喫茶店か」

 

たまたま、この綿糸町に仕事で来ていた男は思わず独りごちた。

 

腕時計を確認する。まだ次の取引の時間までには余裕があった。

 

そういえば少し……小腹が空いたな。

 

外観は和洋折衷と表現すればいいのだろうか。木造建で窓にはステンドグラスが嵌っている。

 

花壇の花はよく手入れされていて入り口にある看板も手書きで味わいがある。

 

ただ一つ、彼の目を惹いたのは扉に掛かったプレートだった。そこには――

 

『喫茶リコリコ』

 

それは何とも不思議なネーミングセンスだと感心しつつ男は扉を引いた。

 

カランコロンと懐かしい鈴の音。

同時に「いらっしゃいませー」とコーヒーの良い香りが鼻孔をくすぐった。

 

……ああ、これは良いお店だ。

直感的にそう思った。

 

店内もどこかレトロ調というのか木目が綺麗に見えるテーブルと椅子の配置。照明もいい具合に明るすぎず暗すぎない丁度よい明るさである。

 

流行っているのかお昼過ぎだというのにほぼ満席であった。

ちょうど一人用のカウンター席が空いていたため、腰かけることにした。

 

それにしても賑やかな客層である。

 

ボードゲームに興じる学生のような若い二人連れがいれば、いかにもベテランと言った風体の夫婦の姿もあるし子供の姿まで見えるではないか。

 

誰もかしこも実に楽しげで、見ているこちらも幸せな気分になる光景でもあった。

 

静かな店の方が好みだが、こう言った雰囲気もまたいいものだ。

 

メニュー表を開きながら、あれこれと考える。

 

コーヒーはもちろん、なるほど、この喫茶店は和菓子が売りなのか、タンゴやおはぎの名前もある。

 

男はうぅむと悩みこんでしまう。

 

そんな男の様子を眺めつつ店員の少女、千束がにっこりと笑みを浮かべて話しかけてきたのだ。

 

金色のショートヘアでアクセントに赤いリボンの小さなサイドテール。可愛らしく歳も恐らく16,7くらいであろう。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

接客慣れしているようで笑顔にも淀みが無い。まるで向日葵のように可憐な容姿と相まって思わず目を奪われてしまう。

 

いかんな、私はこんな年端も行かないような少女にまで見惚れてしまうようでは……。

 

頭を振りつつ改めて思考する。

 

そうだな、まずは王道のブレンドコーヒーは外せない。ここが珈琲屋ならばぜひ飲んでみたい一品だ。

後はどうしたものか。

 

あまり量の多い食べ物はあまり得意ではないのだが……。

 

「おすすめとかってあるかい?」

 

「うーん、それならやっぱりホットチョコレートパフェですね!」

 

千束に促されて見れば、なるほど。

期間限定ホットチョコレートパフェなんてものが可愛らしい絵と共に壁に貼っているじゃないか。

 

値段は1200円と少々値が張るが……。

 

「じゃあ、ホットチョコレートパフェを一つ頼むよ」

 

「はい! ありがとうございまーす!!」

 

千束はにっこり笑って厨房に向かってオーダーを告げに行った。

彼女の動きも実に軽やかで、見ていて心地よい気分になる。

 

「お待たせしましたーっ!」

 

しばらくして、運ばれてくるブレンドコーヒーとチョコレートパフェ。

 

「これは、うんーーーー」

 

いや違う。

これはそんな下品な物では無い。

 

程よい厚さのパンケーキという大地の上でトグロを巻き、こちらを威嚇するチョコレートソフトクリームの大蛇だ。

 

やってしまったと男は一瞬思った。

 

そして、そっと千束に視線を向ければ満面の笑みで暗に告げる。

 

美味しそうでしょう? 

と、自信満々に。

 

……まあ確かに見た目はアレだが、上から上品に掛けられたホットチョコレートの濃厚な香りは実に食欲をそそる。

 

ふむ。食べなければ分からない、か。

 

人生とは挑戦の連続だ。例え40歳という歳を数えようとも男はまだまだ挑戦を諦めるつもりは無い。

 

何より……自分のために一生懸命作ってくれたのだろう少女に対して、一口も食べずに逃げ出すのはいかがなものかと思うのだ。

 

さあ、いざ行かん!

とスプーンを手に取り大蛇の首を搔き切らんと一刀両断に叩き切る。

 

切り裂かれた大蛇はドロドロしたチョコレートクリームに戻りつつパンケーキと絡んで更なる混沌とした光景を描き出した。

 

「……おっ」

 

ああ、なるほど。なるほどね。

これは確かに美味いな。

 

口の中で濃厚なホットチョコレートソースが絶妙に混ざり合って、控えめなソフトクリームとの相性も抜群だ。

 

土台のパンケーキはふんわりとしていて、それでいてしっかりとした歯応えもある。甘味はそれほど強くはないが、それでもこの混沌としたカオスがまた病みつきになりそうだ。

 

「こいつは美味い」

 

食べる度に目まぐるしく二転三転する味わいには舌を巻くものがある。

 

しかも、このチョコレートパフェ。

 

ただ単に甘いだけではない。どこかほろ苦く……それでいて甘ったるいのだ。

 

コーヒーを口に含んで口の中をリセットしつつ、次の一口への期待感を高めてくれる。

 

ーーーー最適解。

 

男はその単語を脳裏に浮かべる。

なるほど、この味は確かに癖になるな……。

コーヒーを啜りつつパフェとの対話を楽しむ。

 

千束も最初は男の食べる様子を不安げに眺めていたが、美味しいと言ってもらえたことが嬉しかったのかニコニコしながら男に話しかける。

 

「お客さん、甘いもの好きなんですか?」

 

「ん? そうだな……嫌いでは無いが」

 

少し考える。

正直に言ってしまうとこの手の食べ物は苦手だった。だが今目の前で繰り広げられる未知の戦闘には胸が高鳴ることを否定することは出来ない。

 

ああ、そういえばそうだったなと男は思う。

 

午前はある企業の社長と商談をしていたのだが、どうにも話が噛み合わなくて疲れたのだ。

 

商談の内容自体はこちらの要望を向こうが受け入れるような形であったのだが、どうにも話が長いというか……お互いに譲歩をし合うという形がどうにも性に合わなくて、最終的には意見をぶつけ合うような展開になってしまっていた。

 

仕事だからと割り切ってはいたが、やはり疲れるものは疲れるものだ。

 

そして何よりも肉体的には健全であっても精神面で疲れを感じる。この年になると余計に感じるところがあるなと思う。

 

つまり、俺の脳はストレスという砂漠を彷徨う放浪者であり、糖分というオアシスを求めていたのだ。

 

それ故にこの喫茶店に運命の女神によって導かれたのだろう。

 

この少女もそれを見抜いていたのかもしれないな……と男は思う。

 

結局、商談は5時間にも及んでしまったが今日は有意義であったと思うことが出来るのもこの店を見つけたおかげだ。

 

「これは格別に美味しいよ」

 

「よかったね、たきな! 美味しいって!」

 

「……ん?」

 

「実は、これ。彼女が考えたメニューなんです!」

 

そう言って赤面した黒髪の清楚な感じの和装少女が前に出てきた。

 

なるほど、この子がこれを……。

 

男は少しだけ驚く。

まさかこんな可愛らしい子がこれを作ったのか?

 

いや、見た目で判断してはいけないな。人は見かけによらないとはよく言ったものだ。

 

「でも……こんなにお客さんが喜んでくれたのは今日が初めてなんです」

 

黒髪の少女、たきなは照れ臭そうに笑う。

その笑顔はまるでギボウシの花のようで彼女の純朴さを表していた。

 

ああ、この子は本当にこの店が好きなのだろうなと男は思う。

 

同時にそれは少しだけ男にとっては寂しくも感じられた。この店の味をこれだけ喜んでくれる客が今までいなかったということなのだから。

 

「ごちそうさま。……また来るよ」

 

男は財布から代金を取り出し黒髪の少女に手渡した。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

頭を下げるたきはに対し男も軽く会釈をして喫茶店を後にした。

 

カランコロンとドアベルの音が軽快に鳴り響き、男は喫茶店を後にする。

美味しいものを食べたからなのか、それともあの少女達のおかげか……不思議と元気が出てきた気がする。

 

喫茶店を出たところで携帯電話が鳴っていることに気付いた。

 

相手は次の商談相手だった。時計を確認すればまだ時間に余裕はある。

男は少しだけ考えて、通話ボタンを押した。

 

「もしもし井之頭です。ええこれから行きますよ。……ええ、もちろんです」

 

男は微笑んで通話を切った。

さあ行こう、と意気揚々に次の仕事へ向かう男であった。

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