リコリス・リコイル Brilliant Memories   作:ヤニカス

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挿絵注意っす。


10話

「千束が入院、ですか」

 

任務を終えてDAへ帰ってきた凪に楠木はそんな情報をくれた。

 

曰く、そろそろ限界だろうと。

 

ベッドの上で上体だけを起こして雑誌を読んでいた千束は、凪を見てあからさまに嫌そうな表情を作ると。

 

「どうもー、相変わらずお元気そうで」

 

と皮肉げに言うのだった。

 

「そんなこと言うなよ。お見舞いに来てやったってのにさ」

 

凪はその軽口を軽く流すと手に持っていた缶コーヒーとお菓子を差し出す。

 

それを見た千束は顔をしかめて首を振った。

 

「……要りません」

 

「そんなこと言わずにさぁ。ほら」

 

「本当に要らないですって……」

 

それは本心からのセリフだと感じた。千束はこちらを見ようとはしないし、いつもならよく回る口もその日に限ってはほとんど動いていない。

 

仕方なく凪はそれを棚の上に置いた。

 

「……それじゃ、ちょっとデートしようぜ」

 

「へ? いやいや、ダメですよっ私入院中ですよ!?」

 

慌てて拒否をする千束の肩を掴む。

そして顔をぐいっと近づけた。

 

「大丈夫だって。私、ファースト・リコリスだし。大抵の事は許されるのです」

 

その瞬間、少女の顔色が変わる。

そして諦めたようなため息をつくと小さく呟いた。

 

「……分かりました」

 

無断で借りた車椅子に千束を乗せる。病院を出る間際にはもうすっかり慣れてしまったこの感触にも、今ばかりは懐かしさと新鮮さが同居しているように思えた。

 

病院の外に出て、辺りを確認する。

今のところ人は疎らで、少し離れたところにある公園に人影があるくらいだろうか。

 

「ほい、これ。カメラ」

 

「……なんですか、これ」

 

千束は差し出した一眼レフのカメラを受け取ると、不思議そうな顔をしながら問いかけてくる。

 

「プレゼント。それで思い出をたくさん撮って、暇な時にでも見てればいい。これからも、たくさん写真が増えるんだろうしさ」

 

「ふぅん……ありがとう」

 

彼女は興味なさそうだったが、一応受け取ってくれるみたいだ。

 

そのまま何事もなく写真を撮り、特に何か面白いことがある訳でもない道を歩く。

 

ただ二人で歩いているだけでも十分楽しい時間ではあったが、まだ終わりたくはなかった。

 

やがて目の前には海が広がる場所が現れる。

そこで立ち止まり、海に沈む夕日に目を向けた。

 

潮風が強く吹くこの場所では二人の髪が乱れて視界を覆うが、それもまた気にならなかった。

 

きっと世界で一番美しい光景だろうと思ったから、それを目に焼き付けておくために遮られたくなかったのだ。

 

隣の千束は何やら熱心にシャッターを押しているようで、時々パシャッという音が耳に届いていた。

 

「ナギサー! ちょっとそこに立ってよー!」

 

彼女が指差す先にあった大きな岩に向かって歩いていき、そこに立つと千束は再び夢中で撮影を開始した。

その姿を愛おしげに見つめながら、凪は優しく微笑む。

 

 

【挿絵表示】

 

 

(ま、退院する頃にはアルバム一つ分ぐらいの写真になるか)

 

それから数分ほど経った頃、唐突に千束の撮影が終わった。

 

彼女の方を見ると、苦しげに胸元を押さえて背中を丸めている。

 

「千束!? 大丈夫か?」

 

慌てて駆け寄り、その身体を支えるように抱きしめると、彼女は小さく首を振った。

 

「……ごめん、ちょっと気分悪いかも」

 

「なら無理せず休もう」

 

そう言うと素直に頷いてくれる。

車椅子を押しながら病院に戻ると、千束はベッドの上にちょこんと座った。

 

凪は彼女のすぐ隣に座ると、背中をさする。

 

「ありがとう」

 

彼女は小さな声でそう言うと、少しだけこちらに体重を預けてきた。

千束の体温を感じながら、凪は窓の外を眺める。

 

「ナギサ」

 

不意に名前を呼ばれる。凪がそちらを見ると、彼女は何かを言おうとして口を噤んでしまった。

 

「どうした?」

 

「いや……なんかさ、このまま時間が止まっちゃえばいいなぁって思ったんだ」

 

そんな夢物語みたいなことを言う彼女だったが、その瞳にはただ諦念のみが浮かんでいて、それが本心であることを表しているように思えた。

 

おそらく千束は薄らと気づいていたのかも知れない。

二人が一緒にいる未来などないのだということに。

 

DAに戻った凪は電話をかける。

相手の名は吉松 シンジ。

アラン機関のエージェント。信用はできないが、千束の現状を知る人間の一人である。

 

コール音が数回鳴り響き、受話器が取られる音がする。

 

「君ならきっと電話してくると思ってたよ。随分と早かったね」

 

「……取引しましょう」

 

凪の言葉に、シンジは愉快そうに笑った。

 

「もちろんいいとも。それで?」

 

「千束を助けてあげてください」

 

「それは君の働き次第だ。詳しい話は行きつけのカフェでどうかな」

 

「……わかりました」

 

凪の言葉に満足したのか、吉松 シンジは通話を切った。

 

──翌日、吉松 シンジとの待ち合わせの場所に向かう。

 

「やあ、凪」

 

彼はそう言って手を挙げてくる。凪はそれに答えず、シンジを睨みつけた。

 

「千束は?」

 

「……手術の準備がようやく整ったところだ。アラン機関の叡智の結晶が、彼女のあらたな心臓となる」

 

「どんな風に?」

 

「人工心肺装置と生体機能拡張型心筋症の遺伝子を組み込んだ新素材。その二つを組み合わせることで、心臓移植に近い効果を期待できる」

 

凪は無言で続きを促す。

 

「そしてこの手術には私と、アラン機関のトップも立ち会う予定だ」

 

シンジはそこで一度言葉を区切ると、試すような視線を向けてくる。

 

「本当に良いのだね。本来ならこれは君に渡るはずの切符だ」

 

凪は即答する。

 

「覚悟の上です」

 

するとシンジは満足げに微笑むと、手を差し出してきた。

 

凪はその手を握る。

 

「では、錦木 千束の有効性を世界に示せ」

 

そして、千束を救うための取引が始まったのだった。

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