リコリス・リコイル Brilliant Memories   作:ヤニカス

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とある掃除屋の男と喫茶リコリコのお話。


閑話 

東京都墨田区にある綿糸町駅を出て5分ほどの場所にあるそこに、一人の男は立っていた。

 

黒いニット帽に丸いサングラス。

季節外れのロングコートに白のシャツ。

 

左手には大きな旅行用トランクを持っているが、その中はカラッポだ。

 

彼は駅で雑誌を購入していたのだが、それが読み終わって暇を持て余していたのだ。

 

そんな、見るからにちょっと怪しい風貌の男の目に一軒の建物が目に止まる。

 

閑静な住宅街にポツンと佇む古風な木造建築で窓にはスタンドグラス。

入り口の立看板には『喫茶リコリコ Open!!』と可愛らしい字で書かれていた。

 

(……ほう)

 

どうやら喫茶店のようだ。

こんな場所に隠れ家的な店があるものなんだなと男はまず驚く。

 

そして喫茶店の入り口の前に立ち止まり店内を覗き込むように見るとガラス戸の向こうには客が一人も居なかった。

 

平日ならともかくこの季節にこれだけ空いているとは……これは良い機会だろうと思い、男はドアノブに手をかけた。

 

ーーーーカラン、コロン。

 

ドアベルが鳴ると同時に店の奥で「いらっしゃいませ」という落ち着いた声が聞こえた。

 

男は店内を見渡しながら一番手前の席へと腰掛ける。

 

コーヒーの香りが立ち込める室内には、柔和な笑みを浮かべるラテン系の店主と目を丸くしてこちらを見る和服の女の他には誰もいない。

 

本当に隠れ家のようであった。

 

「ご注文は?」

 

そう言われメニューを手渡される。

男はひとしきりメニューを眺めてぼそりと呟いた。

 

「……ミルクは、ありますか?」

 

たどたどしい日本語で男は尋ねる。

 

すると店主はすぐに理解してくれたようで、「大丈夫です」と微笑んだ。

 

良かった、と思うがやはり気恥ずかしくて思わず顔を伏せてしまう。

 

席の端っこで肩を震わせながら「その見た目でミルクって……」と笑いを堪える女。

 

しかしミルクはカルシウムと体臭を消す為に必要な事であり決して彼が子供っぽい、とかそういうことではなく、あくまで仕事のためだ。

 

仕方がないのだと心の中で言い訳をしたところで顔を上げる。

 

店主は柔らかな表情をしていた。

まるで自分の子どもを見るような瞳でこちらを見てくるものなのだから男は困惑する。

 

「お待ちどうさま。ミルクとサービスのおはぎです」

 

テーブルの上にマグカップに注がれたミルクが置かれると、続けて可愛らしい皿に乗せられた薄紫色の固形物が彼の目の前に置かれた。

 

「……おはぎ?」

 

「はい。半殺しの餅米にペースト状の小豆を纏わせた日本の和菓子です。お口に合えばいいのですが」

 

男は恐る恐るそれを口に運ぶ。

もち米独特のモチモチとした食感に小豆の程よい素朴な甘味が口の中に広がり自然と頬が緩む。

 

「美味い」

 

少しの間黙々と食べていると視線を感じた。

 

顔を上げると店主がこちらを見てニコニコと笑っている。

少し恥ずかしくなって再び視線を下げてしまう。

しかし男は、何故だか嫌な気分にはならなかった。

 

「お気に召しましたか?」

 

「……あぁ」

 

男はミルクを飲みつつ店内を眺める。

もう日が傾いて、窓から入ってくる夕陽に照らされながら結婚雑誌を読む女の姿と店主が2人で他愛のない会話をする姿が何とも平和な光景に映るのだ。

 

(ここは……楽園だな)

 

男の直感にも似た思考がそんな言葉を弾き出した。

 

本当に良い店に巡り会えて良かったと安堵する反面、あまり長居するのも悪いなと思い時計を見る。

 

ーーーーカラン、コロン!

そう思った矢先にドアベルが鳴り誰かが入ってくる。

客かと思ったが、和服姿の二人組の少女だった。

 

「千束が帰って来ましたー!!」

 

元気よく扉を跳ね開けて現れたのは、 まるで童話の中から飛び出してきたかのような可愛らしい女の子。

 

金髪のショートボブで特徴的な赤いリボンで横髪を小さく纏めている。

 

「店長、頼まれていたものです」

 

その後ろに続くもう一人は千束とは対照的な子。

長い黒髪を両サイドで纏めており落ち着いた雰囲気と鋭い眼光はシベリアン・ハスキーのような風格があった。

 

「あっれー初めて見るお客さんだね。んんー?」

 

千束はミカと男を見比べた後、少し真面目な顔になってミカに耳打ちをする。

 

「どっちのお客さん?」

 

「リコリコの方のお客さんだ」

 

ええっー、ともう一度。

ミルクを静かに飲む男を見る。

 

「あの見た目は絶対殺し屋だよー」

 

黒いニット帽に黒いレンズの丸メガネ。

それに追い討ちをかける黒のロングコートは何かを隠してそうで男の異質さを際立たせていた。

 

ミカはやれやれと千束の頭をコツンと小突く。

 

「千束、お客さんに失礼だよ」

 

千束は納得できないのか、頭を摩りながら男の前まで移動すると、やや演技じみた声で話しかける。

 

「えぇっと……おじさんはどこから来たのかなー? お仕事はなにしてる人なの?」

 

早口に捲し立てる千束。

男は僅かに顔を上げてから、再びミルクを飲み始める。

すると千束は焦ったように厨房へ退避し、冷蔵庫に食材を詰め込むたきなに助けを求めた。

 

「た、たきな!あのお客さんとお話しして!」

 

「千束がすれば良いじゃないですか」

 

「だって見るからに怪しいし怖いんだもん!!」

 

ギャーギャー言い争う2人を見てミカは重い溜め息を吐く。

どうしてウチの子たちはこうも騒がしいんだ……

 

2人の心中など露知らず、男はミルクを飲み干し立ち上がる。

 

「美味かった。釣りはいらない」

 

懐から出した紙幣をテーブルに置くと、彼はそのまま扉の方へと歩き出した。

 

「あ……ありがとうございましたー!」

 

千束は慌ててレジの所まで駆けて行きお釣りを渡すが、男は何も言わず店を出て行く。

 

カランコロン。というドアベルが鳴り止むのを確認すると、ミカはまた溜め息を吐きながら2人の方へ振り向いた。

 

「…………で? どうするんだ?」

 

「どうと……おっしゃいますと?」

 

キョトンと首を傾げる千束に、ミカは呆れつつも言葉を返す。

 

「おつり、返して来なさい」

 

ーーーー店の外。

 

男は帰路を辿っていた。

 

日が落ち、辺りに宵闇が訪れ始めており辺りは薄暗くなってきているというのに人通りはまだ多い。

 

「おじさーん!」

 

ふと声をかけられて男は後ろを振り返る。

少女が居たので彼は少しだけ目を細めた。

金色の髪の少女ーーー千束だ。

 

「何か困った事があったらいつでもウチに、喫茶リコリコに遊びにきてね」

 

そう言うと、千束はこちらに何かを投げ渡した。

慌ててキャッチした男は手の中の物を見て首を傾げる。

それは先ほどの店で貰わなかった五百円硬貨だった。

 

チップのつもりだったのだが。

 

「なぜ?」

 

「えー?だってお客さんには優しくしなくちゃねー」

 

にひひ、と悪戯っぽく笑う千束を見ていると不思議と男も心穏やかになるような気がして思わず口元に笑みがこぼれる。

 

「ありがとう。今度は連れの女の子と一緒にくるよ」

 

「うん。待ってるからね」

 

男はそのまま踵を返すと、静かに歩いて行った。

その背中が見えなくなるまで見送った千束は、ふぅっと息を吐いた。

 

(優しい人だったけど……)

 

最後の言葉を思い出して眉根を寄せる千束の隣にいつの間にかたきなが立っていた。

 

ーーーー

 

「店長はやはり気づいてたのですよね」

 

尋ねるたきなにミカは静かに答える。

 

「まぁ……彼は裏の人間だろうね」

 

そう言ったミカは視線を上げずに明日の仕込みを始めている。

千束はそんなミカの背中をじっと見つめていた。

 

きっと昼間の男を思い出しているのだろう。

 

どこか疲れていて、それでいて何かを諦めているような顔。

しかしその中に微かに燻る何かも感じられるのだ。

 

……それは、千束にも覚えがあった。

 

あれはきっと自分に似た顔だった。

 

未来に希望を見いだせず、それでも前に進むしかないと歯を食いしばっていた頃の自分の顔だ。

 

そんな人間を見るとどこか放っては置けなくなるような気がしてしまうものだ。

 

「一応、DAに報告しますか。クルミにも調べてもらって……」

 

たきなの言葉にミカは首を振る。

そして作業の手を止めて、ゆっくりと振り向いた。

 

その表情はいつも通りの表情であったが、どこか優しげにも見える。

千束とたきなを順に見た後、彼は静かに言った。

 

「ーーーー優しい人だよ、彼は……きっとね」

 

願わくば彼らがこの地に根を下ろせる未来が来ますように。

そうミカは心の中で祈りながら、再び仕込みを再開するのだった




私ごとですが一年に一度見る映画がありまして、それはジャン・レノ演じる掃除屋とマチルダという少女の凶暴な純愛物語。

『レオン』って映画なんですけどもう27年前なんだねー。
もし見た事無いって人、ぜひ見てね。

そんな勢いで作ったifの物語なのですが好評であれば続くかも。

次からはまた本編となりますのでよろしくお願いします。
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