リコリス・リコイル Brilliant Memories   作:ヤニカス

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5話 

「千束の育成は順調か、伊集院」

 

楠木指令に呼ばれた凪は「はい」と答える。

 

「育成といっても、ただ普通に接して、普通に遊んでるだけですけどね」

 

そう伝えると楠木がフンと鼻を鳴らす。

 

「……そうだな。だが、それでいい。子供とはそういうものだ。親の真似をするか、周囲の真似をするしかない」

 

「え?」

 

「いや、何でもない」

 

「そうですか。ところで、千束は後どのくらい持ちそうなんでしょうか」

 

「…………」

 

沈黙の後、楠木が言う。

 

それはもうお前が一番分かっていることだろう、と。

 

そうだ。

自分が一番分かっていることだ。

 

先天性心疾患。

心臓の機能に欠陥がある状態で生まれた千束の寿命はおそらく持って半年。

 

同情しているわけではない。

 

ただ凪と似た病を患っている年下の少女に、色々なことをしてあげたかった。

 

例えば美味しいものをたくさん食べさせたい。

 

本を読んであげたい。

一緒にお絵かきしたい。

遊園地にも行ってみたい。映画館を見たりもしたい。

ゲームセンターに行ってガンシューティングをしてもいいかもしれない。

 

千束のためなら私の心臓を差し出したいが、しかしそれは叶わぬ願いだった。

 

「ファースト・リコリスが、そんな顔をするな」

 

楠木の声にハッとする。

いつの間にか自分は険しい表情になっていたようだ。

 

「了解ですよ、指令。じゃあ、私はこれで……」

 

凪はとびっきりの作り笑顔で敬礼すると踵を返し扉へと向かう。

 

「ああ」

 

それに気のない返事をした楠木は、窓の外へと視線を向ける。

外では桜吹雪の中に舞う花弁のように、子供たちの無邪気に遊ぶ声が響いていた。

 

指令の部屋を後にした凪はその足取りのまま屋外にある自動販売機へと向かった。

 

(何だかコーヒー飲みたい気分だし)

 

ポケットの小銭を取り出しコーヒーを買うと、すぐにそれを持って再び屋内に戻るためドアノブを握る。

 

そして室内に入るとそのまま窓際の席に腰掛ける。

窓から見下ろせる景色の中を通り過ぎる人たちを見ながらコーヒーを飲む。

 

今日は珍しく仕事がない。

千束も新しい教官との訓練で忙しそうなので暇である。

 

だから今から何をしようかと考えるのだが特に思いつかないのでぼーっと外の風景を眺めながら過ごすことにした。

 

(いい天気ねぇ……)

 

まるで心まで洗われるような麗らかな日差しに包まれた外を見下ろしながらコーヒーをちびりちびりと飲んでいると

 

「やあ。そこ座ってもいいかな」

 

他にも席はたくさんあるはずなのだが、目の前にいる男ーーーー吉松 シンジがそう言って向かいの席に腰を下ろした。

 

年は30代前半だろうか。

穏やかな印象の顔立ちで、短い髪をオールバックにして纏めている。ブランド物のスーツに身を包み、清潔感に溢れた爽やかな印象を受ける。

 

「やはりまだコレを受け取ってくれる気はない、か」

 

彼はそう呟き、梟の金細工が入った箱を卓上に置く。

 

「私には必要ないですよ、そんなもの」

 

凪は冷たく突き放すように言ったが、シンジはそんなこと意にも介していないようだ。

 

「君のその才能を眠らせておくのはあまりにも惜しい人財だ」

 

何度も聞いた口説き文句。

吉松 シンジはアラン機関のエージェントである。

 

全体の状況を把握して、ありとあらゆる可能性を計算し最適解を見出す。しかも無意識で。

まるで未来視のような『才能』を、それをアラン機関は見逃すはずがなかった。

 

「まあ私、天才ですからね」

 

「我々は君の能力を高く評価している。一度でいいから私の話を真剣に考えてみてくれないか」

 

「絶対に嫌だ」

 

凪は小さく溜息をつくとコーヒーを飲み干し、席を立つ。

そのまま部屋を出て行こうとするが……。

 

「そういえば錦木 千束ーーーー彼女も素晴らしい才能を持っているそうだね」

 

「……!」

 

シンジの言葉にピタリと足を止める。

振り返るとシンジは微笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 

凪はシンジを睨みつけると、ふたたび席に戻る。

 

「何が言いたいのですか」

 

「いや、ただ……。惜しいと思ってね」

 

シンジはそう言ってカップコーヒーを持ち上げると静かに啜った。

 

「錦木 千束は素晴らしい能力を持っている。しかしーーーーまだ完成とは言えない。それに、あまり時間が無いのだろう?」

 

「……」

 

「彼女はまだまだこれから伸びる。君と同様に、このまま終わらせるには惜しい存在だ」

 

「……千束に手を出したら許しませんよ」

 

ギロリと睨みつける凪を、シンジは涼しい顔で受け流す。

 

「君は勘違いしているよ。我々はただ救いたいだけなんだ」

 

シンジがカップコーヒーを置いて凪を見る。

その瞳の奥には昏い光が宿っていた。

 

ゾクリと背筋に寒気が走るほどの狂気を孕んだその眼差しを見て、凪は思わず息を吞む。

 

「千束をどうするつもりですか」

 

「どうもしないさ、ただ私は彼女に最高の舞台を用意してあげたいだけなんだよ」

 

「舞台?」

 

シンジの言葉の意味が分からず眉間に皺を寄せる。

しかしシンジはそれ以上何も言わずに笑みを深くしただけだった。

そんな彼の態度に凪は底知れぬ不気味さと狂気を感じ取る。

 

(この男は危険だ……)

 

そう確信した凪はこのまま会話を続けることは得策ではないと考え、早々に席を立つことにした。

 

「もしーーーーーーその気になれば電話したまえ。我々、アラン機関はあらゆる支援を惜しまない事を約束しよう」

 

シンジが手を差し出してくる。

凪はそれを無視して背を向けると、その場を後にした。

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