それを見つけたのは休日前の深夜。ベッドに寝ころびながらスマホでネットサーフィンをしている時だった。
ああ、いまどきはネットサーフィンなんていわないかね?
まあ俺は不惑もとうに過ぎたおっさんだから死語だって使うさ。
自殺の決意をする前に
どこのリンクをたどったのかは覚えていないが既視感のあるサイトにたどり着いていた。
緊張し震える指でスマホをタップしサイトに入る……。
科学技術が発展した世界
海賊が跋扈する世界
古代世界
剣と魔法の世界
やっぱり……。これあれだよな?
一気に心拍数が跳ね上がり、とんでもないことが起きているんじゃないかという感覚に襲われる。
「いやいや、そんなわけない。ファンの作ったジョークサイトだろ」
自分を落ち着かせるためか無意識に口から独り言がこぼれていた。
文言は間違いなく『異世界迷宮でハーレムを』の導入部分に出てきたあのサイトだ。
普通に考えればファンメイドのお遊び。
もしくは公式で水面下で何らかの企画が進行しており、情報解禁前のクローズドなサイトに迷い込んじまったってオチだろう。
……でも、もしかしたらもしかするんじゃないのか?
これまで生きてきたなかで超常現象に出会ったことなんてなかった。
それに、人生が変わるほどの幸運を味わう機会などついぞ訪れることはなくこんな年齢になってしまっている。
だが万が一、いや万どころか億が一や兆が一の幸運が目の前に表示されているのだとしたら……。
絶対にこのチャンスを見逃すわけにはいかない。
たとえこれがいたずらや釣りの類だったとしても個人情報さえ入れなければ時間を無駄にしたってだけの笑い話だ。
ガチだと思って全力で乗っかっていくべきじゃないのか?
……よし、そうと決まればこの先は慎重に進めよう。
まず、大前提として行くべき世界はミチオが転移したあの世界。
ただ、ウェブ版と書籍版。それに、コミック版やアニメ版でも微妙に世界が異なってるっぽいんだよなぁ。
ウェブ版とアニメ版ではルート分岐した世界の描写もあったし並行世界に転移している感じなのだろうか?
……まあ考えてもしょうがない。とりあえずパソコンの電源を入れ本棚から小説を十二冊とコミック九冊を持ってくる。
おっと。パソコンが立ち上がった。
なろうの『異世界迷宮で奴隷ハーレムを』のプロローグを開き、さらに別窓でまとめwikiも開いておく。
絶対に失敗するわけにはいかないからな。
各作品を確認しながら操作ミスがないように細心の注意を払って選択していこう。
世界観は間違いなく剣と魔法の世界だ。
慎重に選択すると次は種族設定の画面が開く。
人間だけがいる世界
人間とエルフとドワーフのいる世界
人間と亜人と獣人のいる世界
これもわかりやすい。作中のパーティーは人間、狼人族、ドワーフ、猫人族、竜人族、エルフがメンバーなんだから人間と亜人と獣人のいる世界だわな。
タップっと。
文化の数か……。
とても多い
多い
普通
少ない
とても少ない
ランダム
さて、ここからが問題なんだよなぁ。
ミチオはウェブ版、書籍版では文化の数とこの後の国の数をいろいろあったほうが面白いといっていた。
一方コミック版では選択している描写がなく言語の設定まで飛んでいてヒントにならない。
うーん……。とても多いか多いなのか?
でもなぁ。彼の過ごしていた範囲ではそこまで文化も国の数も多いように感じないんだよなぁ。
それとも別の大陸が複数あり、そこには様々な国や文化があるのだろうか?
……これはいくら悩んでも結論なんて出ないわ。色々あったほうが面白いって言葉を信じてとても多いか多いのどちらかを選ぼう。
えーい。ままよ!
多いを選ぶ!
続けて表示された国の数も多いで!
国の数を選ぶと次のページが開く。
戦争の頻度
画面は国同士が積極的に戦うから友好的まで五段階のチェックボックスがあり、その中から選ぶ形になっている。
ここは明確にウェブ版と書籍版で異なっている箇所だ。
ウェブ版では友好的より一つ戦争の頻度が高い世界だった。しかし、書籍版では友好的な世界となっている。
そして、コミック版では選択肢まで異なっており、先ほどの文化の数や国の数と同じ選択肢だった。
魔物や迷宮の脅威がある世界で国同士の戦争なんてやってらんないだろ。ここは友好的な世界だな。
よし。次だ次。
ダンジョン型
フィールド型
両方
ああ、コミック版の資源の数や男女比の選択は出なかったか。
ウェブ版か書籍版準拠なのか? いや、もしかしたら選択肢によって分岐しているのか?
まあいくら悩んだところで答えなんか出ないだろう。両方を選択っと。
使用言語の選択
これはもうブラヒム語以外ありえない。
作中に出てきたほぼ全ての商売人や施設の職員が話していた公用語であるブラヒム語が理解できないとなるとかなり厳しいことになる。
商品の売買や宿での宿泊、それからギルドでの取引にも支障をきたすだろうし最悪詰みかねない。
他にも他人に見られながらスキルを使わなければいけなくなったとき、詠唱が不完全なのにスキルは発動するなんてことが起これば間違いなく不信感を抱かれる。
それに、作中でロクサーヌやセリーにしていたように、パーティーメンバーのスキル詠唱にアドバイスができないのも地味に痛い。
ブラヒム語で決定!
ボーナスポイントの設定
ボーナスポイント21
ついに来た。
これこそが『異世界迷宮でハーレムを』の根幹をなすシステムでありミチオが現地人に対して圧倒的なアドバンテージが取れていた能力の源。
リセマラ上等だ! 何時間かかろうとも上限の99まで粘ってやるぞ!
おっと。その前にこの作業は時間がかかるだろう。なら先に持っていくものを準備するべ。
現在発行されている書籍版十二冊とコミック版九冊はマストだ。これは絶対に外せない。
俺はゲームをプレーするとき最初から攻略サイトを見る派。攻略本があるのに見ないなんて選択肢はない。
ちょっと面倒だがウェブ版の『異世界迷宮で奴隷ハーレムを』とまとめwikiの全ページを印刷して持っていこう。
アニメ版に関しては再生手段がないから置いていくしかないのが残念だ。
うっわ! これマジか!
印刷するためになろうの縦書きPDF機能を使うと予想外に多く三千ページを超えている。
両面印刷でも千五百枚以上で、両面2in1を使っても七百五十オーバーだ。
4in1の両面印刷しかないか。
まとめwikiの方はページ数が少ないし通常の両面印刷でいいな。
印刷が終わったら十センチのパイプファイルに綴り、余ったスペースはメモ帳代わりの白紙を限界まで詰めておこう。
白黒だけど持っててよかった自動両面のレーザープリンター。
それじゃあ印刷開始っと。
さて、印刷している間に他に持っていくべき物を確認しておこう。
ぐるりと部屋を見回してみる。
ロクサーヌのランジェリーフィギュアとキャミソールドレスフィギュア。それから抱き枕に各種ポスターやタペストリー。
彼女は人生で一番好きになったキャラクターだ。
この作品に出会ってから脳内妄想の舞台は『異世界迷宮でハーレムを』の世界になり、その相手は常にロクサーヌだった。
もし本当にあの世界に行くことが出来たら彼女に会えるかもしれない。
……しかし、我ながら人を入れられない部屋だな。
どれも大切なお宝だけど持っていくわけにはいかない。
他にも電化製品や消耗品。この辺は持って行っても大して役に立たないだろう。
服も嵩張るから着ていく物以外は現地調達で済ませるべきだ。
あ! 靴がいる!
どこに放り出されるかわからないが今のままだと裸足で過ごすはめになるわ。
気にしすぎかもしれないが画面から離れると権利失効するような気がして、設定画面が表示されたままのスマホを持ったまま玄関へ移動する。
買ったはいいけど新品のまま放置してあったウォーキングシューズを手に取った。
ここ数年、会社のメタボ検診に引っかかり続けて去年の健康指導で運動するように強く言われてしまった。
それで、一念発起したものの靴を買ったところで満足して一度もウォーキングをしないまましまいっぱなしだったんだよなぁ。
結局試し履きしかしておらず新品同様だ。
まさかこんな機会に初めて履くことになるなんてなぁ。
お釈迦様でも気づくめぇってなもんだ。
ついでに服も着ておくべ。
いくらなんでもトランクス一丁で転移はやばすぎる。
デュランダルを手にした半裸で頭頂部が薄いメタボなおっさんが魔物や盗賊をバッタバッタとなぎ倒す。
うん。絵面がひどすぎる。
一応パンツを替えてから肌着を着ておっさんファッションのド定番であるポロシャツとジーパンを身に着け、その上から念のため冬物のジャンパーを羽織った。
ここは八月だが向こうは冬の可能性もあるだろう。
靴下を履きそして今で靴も履いておく。新品で床が汚れる心配はないからな。
うし。服と履物はバッチリだ。
部屋に戻り準備を続けよう。
とりあえず大容量リュックサックは要るな。ファスナー式で完全にオーバーテクノロジーだけど両手をフリーにできるバッグはこれしかない。背に腹は代えられん。
それにミチオのジャージだってファスナーだったんだ。しかも最初の村で洗濯してもらっていたしそこまで注目されないかもしれない。
食料はおそらく必要ないだろうが炊飯器に残っているご飯でおにぎりを作る。
もう戻ってこられないかもしれないんだ。シーチキンとふりかけを過剰に投入した贅沢な逸品をラップにくるんでおいた。
念のため五百ミリリットルのミネラルウォーターを二本。
他にもっていくべきものなぁ。
電化製品と消耗品、食品を除いて必要になりそうなもの……。
電気を使わなくてある程度耐久性のある日用品かなぁ。
改めて部屋を見回すと机の上のペン立てが目に留まる。
ああ。文具だ。消耗品だけどこれは大事だわ。
それを確認すると鉛筆、シャーペン、替え芯、消しゴム、ボールペン、三色ボールペン、黄色とピンクの蛍光ペン、筆ペン、油性ペン。
他にも修正テープ、テープのり、はさみ、カッター、定規。
引き出しの中には予備の鉛筆が二ダース、鉛筆削り、シャーペンが二本、替え芯が二ケース、消しゴムが五個、ボールペンが三本、修正テープの替えが二個、テープのりの替えが三個、カッターの替え刃が一ケース、メモ帳代わりで使っている書きかけの大学ノートが一冊、未使用の大学ノートが一冊。
このうちで必要なのは鉛筆、鉛筆削り、シャーペン、替え芯、消しゴム、ボールペンあたりか。
ノートは白紙のコピー用紙で代用可能だし他もおそらく使うことはないと思う。
……うん。たぶんない。
わざわざ持っていく必要はないはずだ。
文具類をフリーザーバッグに入れてまとめておく。
おっと。コピー機の給紙トレーが空になったか。
紙の補充とついでに排紙トレーがいっぱいになりそうだからそれも移動しておこう。
さて、続きだ続き。日用品だったな。
プラスチックの割れない手鏡と爪切りは要るか。
工具類はたぶん要らないよな。ドライバーとかレンチを持って行ったところで適合するはずないし、そもそもネジとかボルトなんてあるはずがない。
金槌やのこぎりも現地調達できるはずだからなしで。
キッチン関係だと包丁にまな板、鍋類、お玉、フライ返し、ボウル、それにカトラリーあたりも現地調達。
作中では自作していたけど泡立て器は持っていくか。
こんなもんかな?
思いつくのは電化製品か消耗品ばっかりで他はなーんも思い浮かばないわ。
もし本当に転移した場合、絶対に『あんな重要な物を持ってこなかったなんて』と悔やむだろうがしょうがない。
とりあえず準備はここまでにしてボーナスポイントの設定に戻ろう。
……なんか楽しいな。
無駄なことをやっているという気持ちがあるのは確かだ。しかし、それ以上にもしかしたら奇跡が起こるかもと期待しながら準備作業をするのがたまらなく楽しい。
たとえただのジョークサイトだったとしてもこの非日常感だけでワクワクさせてもらっているし十分レジャー気分を味わえている。
逆にその場合はソロキャンプデビューなんてのもいいかもしれない。
よし! それじゃあボーナスポイントのリセマラ開始だ!
やり直しをタップ!
ボーナスポイント9
タップ!
ボーナスポイント34
次!
ボーナスポイント7
タップ、確認。タップ、確認。タップ、確認。タップ、確認。タップ、確認。タップ、タップ、タップ、タップ…………。
……タップ、確認。タップ、確認。
おっ。印刷が終わったか。
時計を見るともう一時間近く経過している。
その間のリセマラで出たボーナスポイントの最高値は87で、90以上は全く出ていない。
まだまだ長い戦いになりそうだ……。
よし。先に印刷されたウェブ版とまとめwikiを綴っておくか。
印刷したページとメモ代わりの白紙で千枚近くの紙にパンチをするという苦行の開始だ。
適当な枚数をつかんで折り目をつけてパンチ、綴る。折り目をつけてパンチ、綴る。折り目をつけてパンチ、綴る。折り目をつけてパンチ、綴る。
なんかボーナスポイントのリセマラより面倒な作業だぞ……。
あと少し、折り目をつけてパンチ、綴る。あと少し、折り目をつけてパンチ、綴る。ラスト! 折り目をつけてパンチ、綴る。
……やっと終わった。
これで持ち込む物は揃ったか……。
指差し確認でチェックするべ。
書籍版十二冊、コミック版九冊、ファイリング済みのパイプファイル、おにぎり、ミネラルウォーターのペットボトル二本、文具を一式、プラスチック手鏡、爪切り、泡立て器。
紙類はフリーザーバッグに入れて水対策をしておこう。そして、それぞれに緩衝材代わりのタオルを巻きつけてリュックの中へしまっていく。
詰め終わったリュックを背負ってみた。
いや、これきついわ。間違いなく十キロ以上はあるだろう。
こんなもん背負って戦闘なんて絶対無理だ。
戦闘のたびに下して戦闘後に拾うなんてやってる暇があるんだろうか?
奇襲を食らった場合はこれが拘束具になって即応できない可能性すらあるだろう。
絶対に迷宮に持って行くわけにはいかない。
住居を持つまでは宿に置きっぱなしにするしかないがこんなオーパーツの塊をそのまま置いて問題ないんだろうか?
いや、持ち込めるかどうかも未知数だし、そもそも本当に転移できるのかもわからないんだ。考えていてもしょうがない。
よし。リセマラの続きだ!
タップ、確認。タップ、確認。タップ、確認。タップ、確認。タップ、確認。タップ、タップ、タップ、タップ…………。
始めてから何時間かかっただろう。その時は突然訪れた。
ボーナスポイント99
「よっしゃー!」
金色で光り輝くその数字を見た瞬間、声を上げていた。
きた! やっときた!
これでスタートラインに立った!
この物語に出会って十数年。何度妄想しただろう。
俺ならこうするとボーナスポイントの割り振りをシミュレーションして最適解を探し続けた。
何の生産性もない不毛な妄想だったはずなのに意味を見出せるかもしれない。
まずは設定項目のチェックだ。
パラメーター設定は腕力、体力、知力、精神、器用、敏捷。
ボーナス装備の設定が武器、盾、頭装備、胴装備、腕装備、足装備、アクセサリー。
ボーナス呪文はワープ、メテオクラッシュ、ガンマ線バースト、自爆攻撃、等量交換、エクストリームドロップデッド。
自爆攻撃に等量交換、エクストリームドロップデッドか……。
ということはウェブ版ではないということになる。
どこかの設定で選択した項目で分岐したのか、それとも最初にこのサイトに入った段階で、既に決定されていたのか。
まあ悩んでも仕方がない。次を確認しよう。
ボーナススキルはクリティカル率上昇、必要経験値減少、獲得経験値上昇、結晶化促進、セカンドジョブ、MP回復速度上昇、値引交渉、買取交渉、鑑定、レベル制限解除、ダメージ限界解除、パーティー項目解除、ジョブ設定、詠唱短縮、キャラクター再設定。
この中で何をおいても絶対に選んでおかないといけないのはキャラクター再設定。
これがあるのとないのとでは難易度に天と地ほどの差が発生してしまう。
命がベットされてる状態で縛りプレーをするほど酔狂にはなれない。
……しかし、これは今後絶対に酒を飲むことができなくなるな。
酒をかっ食らって正体をなくした状態でキャラクター再設定を開くなんて考えるだけで恐ろしい。
キャラクター再設定にチェックを入れる。
ボーナスポイント98
次は装備関係。
初戦は盗賊を想定しておくべきだろう。
そうじゃないと英雄のジョブを獲得できない。
作中では英雄の獲得条件について初陣が盗賊でそれを倒す。もしくは初陣が盗賊かつ、それの撃退で活躍すると推察されていた。
もしかしたら初陣でレベル差のある盗賊を倒す。なんて可能性もあるかもしれないがいずれにしても盗賊が関わるであろうことは間違いないはず。
システマチックでゲームのようにデザインされたような世界観にあって初戦が魔物で、どうやっても英雄の取得が不可能なんてことがあるだろうか?
おそらく、どんな場所に転移したとしても、盗賊との戦闘が起こるはずだ。それを想定して動いたほうがいい。
作中の盗賊戦の描写を読むにデュランダルと決意の指輪ではオーバーキルだったような気がする。
デュランダルとフラガラッハの違いはMP吸収の有無だけだ。なのでここを変えるという選択もなくはない。
でもなぁ。原作ではデュランダルからフラガラッハに変えたら1確だったはずのニードルウッドが生き残っていた。
HPやMPの数字は表示されないが確実に存在している。同じように武器の攻撃力や防具の防御力といった項目も確実にあるだろう。作中の描写でそれは明らかだ。
おそらくデュランダルとフラガラッハではこの攻撃力に相当な違いがあると思われる。
同じく決意の指輪の攻撃力上昇、対人強化も盗賊レベル41のHPを一撃で全損させるのに貢献しているはずだ。
部位ごとにHPの減り具合が異なり首や心臓ならダメージさえ通れば即死という可能性もなくはない。いやその可能性の方が高いかもしれないがここを変えるのは相当に怖い。
……それに試してみたいこともある。ここはそのまま行こう。
武器にチェックを入れると武器二等項目が出現した。そして、それを武器六まで繰り返す。
ボーナスポイント35
アクセサリーにもチェックを入れ武器と同じように出現したアクセサリー二へチェックを入れる。
ボーナスポイント32
そして、重要なスキルである鑑定にもポイントを振っておく。
ボーナスポイント31
残りのポイントはどうするべきか……。
ミチオは必要経験値五分の一と獲得経験値五倍の組み合わせを設定していた。
あの世界はパーティーの人数やジョブの数での経験値分配型ではなく、パーティーメンバー全員のジョブそれぞれに同じ量の経験値が入る。それは複数のジョブ設定をしている場合でも適応されていた。
そして、入った経験値に対し獲得経験値上昇による倍率アップ効果がパーティー全体へ乗り、ジョブの経験値を得るという形だ。
さらに、必要経験値減少のスキルを持つ者はジョブごとの経験値テーブルを倍率によって減少させている。
この時点でミチオの経験値効率はおおむね常人の二十五倍というところだった。
それなのに盗賊戦後のレベルは村人と盗賊が両方とも2だ。それぞれたった1しか上昇していない。
盗賊の戦利品で武器を十九本得ておりそのうち村人が倒した分が二本。
装備品としての武器を所持していない盗賊がいたのかはわからないが少なくとも盗賊を十七人は倒している。
その中にはレベル41、19、11などある程度レベルが高い者もいたのにその後のスローラビット狩りや、迷宮でのレベル推移を考えるとこれは明らかに低い。
そこから導き出せるのは人を倒すのと魔物を倒すのでは取得経験値が全く異なるということだ。
もしかしたら戦争の頻度の項目で友好的を選んでいたため人を倒しても取得経験値にマイナス補正がかかっているのかもしれない。
逆に国同士が積極的に争う世界を選んでいたら魔物を倒すより人を倒した方が経験値効率が良いということも考えられる。
いずれにしても最初の盗賊戦において経験値関係のスキルは無用の長物である可能性が高い。
ここからはミチオと違う選択を行おう。
物語を読んだ時から気になっていたが果たして英雄のジョブはどの時点で入手出来ていたのだろうか?
初陣で盗賊を倒すのが条件なら頭目に駆け寄る際に邪魔をしようと間に入ってきた盗賊を切り捨てた段階だろう。
初陣で盗賊撃退に活躍だとしても圧倒的にレベルが高い頭目を倒した段階でMVPなのは確定的に明らか。
初陣でレベル差のある盗賊を倒すという条件だった場合は言うまでもない。
転移時にセカンドジョブを設定していたためサンダルを盗むと自動的にセカンドジョブが盗賊になっていた。
おそらく、サードジョブを設定しておけば戦闘中に英雄になれていたのではないだろうか?
盗賊と戦っている最中に英雄のパーティー補正効果が乗るのはものすごいアドバンテージとなる。
それに何といってもオーバーホエルミングの存在だ。
これがあれば安全性が桁違いに高まるだろう。
まったくリスクがなくこれらが期待できるのは本当に大きい。これは設定しておきたい。
そして、明らかにフィールドウォークとは違う現れ方をする意識がない人なんて相当に怪しい。ここまでお膳立てされているのだ。きっと転移を目撃されることはないはず。
となると、最初に転移される場所は絶対に人目につかない場所かつ、盗賊に襲撃されてもおかしくない場所ということになる。
おそらく、そこには他人の物があるだろう。ならば、絶対にそれを盗んで盗賊のジョブを得ておくべきだ。
比較的安全に盗賊のジョブを獲得できる機会がそう何度もあるとは思えない。
いずれ博徒になる必要性があることを考えると絶好の機会を逃すべきではないだろう。
まぁ、ジョブを獲得してから盗んだものをすぐに戻してもいいわけだしな。
セカンドジョブをチェックし出現したサードジョブにポイントを振る。
ボーナスポイント28
そして、オーバーホエルミングの運用を想定して詠唱省略にも振っておく。
詠唱短縮にチェックを入れ現れた詠唱省略にもチェックを入れた。
ボーナスポイント25
次は少しばかりリスクのある設定をしておきたい。
ウェブ版のMP全解放ではなく等量交換だから取れる選択肢だ。
MP全解放は文字通りMPを全て持って行かれてしまう。
あの世界においてMPは精神状態に直結する。
作中セリーが言っていたスキル融合に失敗して自殺する鍛冶師の話。
これはMP切れでネガティブになっているとちょっとしたことでも自殺してしまう危険性がある精神状態だということなのだろう。
ミチオはMP全解放使用後、ネガティブな心を抑えニードルウッドを倒してMPの回復を図っていた。
一方、俺はそこまで強靭な精神力を持ち合わせていない。
そのリスクは手に余る。
しかし、等量交換なら話は別だ。
等量交換は相手のHPをこちらのMPで相殺し、MPで相殺しきれなければHPまで消費するというスキルだ。
レベルの低い盗賊をデュランダルで切り捲ってHPをミリ残し状態にした上で等量交換を行えば、ほぼMP消費なしで発動するのでないだろうか?
成功すれば村人レベル5で即魔法使いになれる。
そう上手く事が運ぶかどうかはわからないが設定だけはしておきチャンスがあったら試してみよう。
等量交換にチェックっと。
ボーナスポイント24
この画面ではボーナス装備のスキルが確認できない。得られる装備には個人差があるという事だが武器六とアクセサリー二のスキルにはそれほど違いがないだろう。
もし違う装備品が出ていたら再設定をすればいいだけだしな。
だが、それ以外の装備については作中に出てきていないため未知数だ。
残りのポイントは転移後、確認しながら選ぶために残しておきたい。
決定をタップすると画面が切り替わる。
警告!
あなたはこの世界を捨て異世界で生きることを選択しました。
二度とこの世界に帰ってくることはできません。
続けますか?
はい いいえ
さあ、決断の時だ。
ジョークサイトの類ならどれを選ぼうと大差はない。
だけど、もしも本当に異世界へ行くのならもう二度とこの世界には戻れない。
俺は平凡な家に三人兄妹の長男として生まれた。
子供のころから人づきあいが苦手で中学でオタクに目覚め日蔭街道を歩む生活。
高校を出てからは地元の小さな会社に一般事務として入り決まったルーティーンで仕事をこなす毎日。
俺が三十のころに長女がデキ婚をして旦那と一緒に実家に住むようになり、居づらくなって家を出て一人暮らしを始めた。
仕事は残業が毎月四十時間くらいあったのに手取りで二十万にも満たない。
総合職と違い、昇進とは無縁で昇給もほぼない中で四十近くなってから、二人しかいなかった総務課の上司である課長の退職に伴い課長昇進という話がきた。
ようやく認められたかと喜んで受けたら昇給はほぼなかった上に管理職となったことで残業代もなくなった。
俺には抗議するような気概も転職活動をするようなバイタリティもなく、会社もそれを見越していたのだろう。
その後も待遇の改善は一切なく経営が厳しいことを理由に昇進後、現在まで昇給がない。
人員補充もなくそれまでより増えた業務を大幅に減った給与でただただこなす日々だ。
恋人なんかできたことがなく風俗に行く勇気も持てず、そうこうしているうちに四十五にして童貞、薄毛で腹も出てきた典型的な中年弱男。
でも、別に自分が不幸だと思うこともない。
こんなことはありふれた話だし底辺というほど困窮もしていない。
それなりに身の丈に合った幸せを享受している。
会社はブラックというほどではない。何もなければ土日祝日には休めるし趣味に金も時間も使うことができる。
たまの贅沢でおいしいものを食べに出かけたり時間があれば凝った料理をつくったりなんかもする。
こんなある程度満たされ物質的に豊かな世界を捨てて本当に殺伐としたあの世界に行くのか?
あの世界にはアニメもない、漫画もない、ゲームもない、ネットもない、小説はあるかもしれないが文字が読めない。
読めるようになったとして現代日本の刺激的な文化に慣れた感性に響くことはないだろう。
それに続きが気になっている作品の結末は永遠にわからなくなる。それでも行くのか?
間違いなく盗賊を殺すことになる。現代日本の倫理観を持つ者が人殺しの罪悪感に耐えられるのか?
剣道をやっていたミチオとは違い俺は高校以来まともな運動をしていない。
初陣で動きがもつれて殺されるかもしれない。
それに迷宮で魔物に殺されるかもしれない。
それでも行くのか?
それでも行く!
このまま失踪なんてことになれば間違いなく親不孝をすることになる。
でも、妹夫婦や孫と同居しているんだ。今後の面倒は見てもらえる。
次女の方も結婚して子供がいるし実家からそれほど離れていない場所で生活をしている。
俺がいなくなれば退職手当と少ない給料でコツコツ積み上げた財形が遺産として両親に入るだろう。
それに数年経てば失踪宣言を受けて生命保険も入るはずだ。
利己的過ぎて自分でもあきれるが金で解決ということでここはひとつ。
間違いなく会社には迷惑をかける。
ほぼワンオペで総務を回している者がいなくなるとどうなるか。
勤怠管理、給与計算に年末調整業務。会計システムへの仕訳入力。税理士との調整。取締役会、総会関係の準備。定期的に発生する社会保険、雇用保険、住民税の手続き。特定検診の申し込み。請求書発行に入金の確認。受領請求書の確認に支払い。資金繰り表の作成。他にも山ほどある業務を理解している人間がいなくなる。
でも、知るかー!
こんなことになる前に俺の待遇を見直しとけばよかったんじゃー!
なにがブラックというほどじゃないだ! くそブラック企業め! 今すぐつぶれろ!
アニメ、漫画、ゲームなんかのオタ活については断腸の思いで我慢する。
よくある揶揄にゲームじゃなくて自分のレベルを上げろよというものがあるが、これから行く世界は文字通り確認できる形で自分のレベルを上げられる世界だ。
暇さえあれば妄想の中で冒険している世界で生きていける。
生きることそのものが趣味だといえるだろう。
盗賊を殺すことについては……。
うーん……。これはもうやった後にしかわからない。後悔してPTSDを発症するのか、それとも案外ケロッとしているのか。
あの世界では襲ってくる盗賊を殺して感謝されることはあっても批判されることはあり得ない。ミルグラム実験ではないが大義名分があればやれる気がする。
高校以来運動していないこのなまりになまった体で戦えるのか?
これが一番悩ましい点だ。
もう完全に命をベットしてオールオアナッシングの賭けに挑むようなものだ。
盗賊戦に勝ち英雄のジョブさえ手にすればそのあとはミチオに倣って安全マージンを確保した行動を取ればいい。
魔結晶にたまる魔力は階層問わず雑魚敵は一。そして、ボスモンスターはおそらく三以上。この知識と結晶化促進六十四倍があれば低階層の狩りやすいボスでマラソンを行い比較的安全に稼いでいくことができるだろう。
そして負ければ全てを失う……。
このリスクだけは飲まなければならない。
もしかしたらこの後一時間もたたないうちに屍をさらしているかもしれない。
それでも行く!
そこにはもしかしたら彼女がいるかもしれない。
人生で一番好きになったキャラクターで妄想の中で何度も一緒に過ごした彼女に会えるかもしれないのだ。
感情だけでなく理性までもが行けと叫んでいる。
どんなリスクだって行かない理由にはならない。
床に置いていたリュックをお腹側で抱えその上からジャンパーのファスナーを上げる。
さあ、最後の準備も完了した。それじゃあ行くか。
はいをタップする。
最終警告!
本当に二度と帰ってくることはできません。
それでも続けますか?
はい いいえ
よし。行こう。
本当に異世界転移できるのか期待半分、不安半分ではいをタップした。
その瞬間、意識が朦朧としてくる。
この部屋を最初に確認するのは誰だろうな?
俺がいなくなった後、コレクションは処分されてしまうんだろうか?
それは嫌だなぁ。
そんな益体もないことを考えているうちに何かに意識が飲み込まれていくのだった。