ロクサーヌの案内でたどり着いたベイル亭は五階建てでかなりの部屋数を誇る宿だった。
日本にいる頃は仕事で出張なんてことはなかったし旅行の趣味も持っていなかった。それに地方オタだったけど遠征なんかもしたことなかったしなぁ。
もしかしたら宿泊施設の利用は高校の修学旅行以来かもしれない。手銭での宿泊は間違いなく初めてだ。
まさか初めて自分で宿を取るのが別の世界だとはな。しかも、人生初の女性とのお泊りだ。それも十数年恋焦がれたロクサーヌと。
我がことながら本当にとんでもないことが起こっている。
さて、建物の前でこのまま怖気づいてはいられない。中へ入ろう。
「ロクサーヌ、では行こう」
「はい」
しょうがないことだけどやっぱりまだ緊張しているな。
うん。焦らず少しずつ信用を積み重ねていこう。
「いらっしゃい」
中に入るとカウンターから旅亭の男が声をかけてくる。
確かエマーロ族だったよな。
とりあえず二泊で取っておくか。
「ダブルの部屋を二泊。両日二人分の夕食付きで頼む」
俺の言葉にロクサーヌが少し体を強張らせた。ダブルの部屋を取ったことでいよいよだと思ったのかもしれない。
盗賊狩りが終わるまではするつもりはないが家を借りた後は誰はばかることなくやりまくるだろう。
自分を抑える自信はない。
というか今日だって最後まではしないがはじめてのチュウをしたい。他にも耳や尻尾、それから背中の毛を撫でさせてもらったり体の拭きあいっこは是非したい。
それを我慢するつもりは一切ない!
旅亭の男が色々説明してくれていたが朝食付きはいいな。朝食や夕食は決められた時間内に食堂へ行けばいいのか。わかりやすくてグッドだ。
「ダブルルームは一泊三百八十ナールだが夕食付きで二泊してくれるということなら特別サービスだ。七百ナールでいい」
リュックから銀貨六枚と銅貨百枚を出し支払いを行う。
「それじゃあ、インテリジェンスカードの確認をするから二人とも手を出してくれ」
特に問題なく確認も済んだところで部屋へ案内される。
いやいやいや。きついきつい。
エレベーターもなしに五階はありえんやろ。
体が若返っているおかげかそれとも体力上昇にポイントを振っているおかげなのか。それほど負担は感じなかったが一昨日までの俺だったら間違いなく息が上がっているところだ。
なんなら心の中の四十五歳部分が疲れ果てている。
「この部屋だ。右の壁がクローゼットになっていてその下の棚は鍵がかかるようになっている。うちの宿は全室遮蔽セメントを使っているが貴重品を置いて部屋を出ないようにな。昼に従業員が清掃に入るから洗い物がある場合はそいつに相談してくれ」
やはりか。従業員が盗むのかそれとも外部からの侵入があるのかはわからないが、ここに日本から持ち込んだ荷物を置いていくのは厳しいな。
ただ、夜中に盗賊を狩りに行くときは荷物を置いて扉の鍵を掛けたままワープで抜け出して行動しよう。それだと普通に部屋で休んでいるのと変わらないはずだ。
もしその状態で盗まれるんなら、もう何をどう対策しようと無駄だろう。
「あと、外に出るときは受付で鍵を預けるのを忘れずにな。ここの部屋番号は五一七だ。それじゃあ、ごゆっくり」
そう言うと俺に鍵を手渡して部屋を出ていった。
「ロクサーヌ。荷物の整理をしたら少し話をしよう。君は自分の荷物をクローゼットにしまってくれ」
「はい」
全然緊張が解けていないがまあ先にやるべきことを済ませよう。
持ち歩く荷物を厳選しなくてはいけない。
日本から持ち込んだものは身に着けるものがリュック、ジャンパー、ポロシャツ、ジーパン、ベルト、靴下、ウォーキングシューズ。そして今履いているパンツ。
それ以外の物が書籍版十二冊、コミック版九冊、ファイリング済みのパイプファイル、文具類、プラスチック手鏡、爪切り、泡立て器、ペットボトルの空き容器が二本にビニールごみ。それとタオルが十五枚。
この中で絶対に失うわけにはいかないものが書籍版十二冊、コミック版九冊、ファイリング済みのパイプファイル、文具類だ。
他のものについては失うとかなり悔しいだろうが最悪この世界にある物で代用が利く。
あ、ちょっと待てよ。確認してみよう。
「すまん、ロクサーヌ。少し確認したいんだが」
「はい。なんでしょう」
「こういうのを使ったことがあるか?」
爪切りを差し出すとキョトンとした顔をしている。
「これはなんですか?」
ということはこの世界にはないということだな。
「これは爪を切る道具だ。こんな風に使う」
試しにパチパチと爪を切ってみると目を丸くして驚いていた。
「すごいです! 初めて見ました! すごいものをお持ちなのですね」
それじゃあこれも失うわけにはいかないもの行きで。それほどかさばるものじゃないし、ついでに手鏡もそっちにしとこう。
「これから爪を切るときにはロクサーヌも使っていいからな」
「ありがとうございます。ご主人様」
言い終わってからハッと気づいたような顔をしてロクサーヌが問いかけてきた。
「あの、ご主人様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
俺がご主人様! このインパクトよ! すごい威力だ!
「ああ。ロクサーヌにそう呼んでもらえるととても嬉しい。是非そうしてもらえるか」
「あ、はい。よろしくお願いします」
そう言うと恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
なにこの娘! すっごい可愛いんだけど!?
……気を取り直して荷物整理の続きを行う。
持ち歩いてもそれほど違和感がないように村長からもらった方のリュックへ、絶対に失うわけにはいかないものを入れる。
そして、着るものやタオル類は普通にクローゼットに掛ける。その他の物についてはまとめて日本から持ち込んだリュックに入れて鍵のかかる棚にしまい込んだ。
これらについては盗難にあった場合は諦めよう。
ロクサーヌも整理が終わったようだな。ベッドに腰を下ろして声をかける。
「それじゃあ、少し話をしよう。俺の隣に座ってくれるか」
「はい。ご主人様、失礼します」
ロクサーヌが俺の右側に少し距離を取り座ったのですかさず隙間を詰め腰に手を回した。
イケメンにしか許されない所業だ。いや、場合によってはイケメンがやったってアウトだろう。
俺が日本で同じことをやったら事案発生間違いなしである。
「あっ」
「ロクサーヌ。もし嫌じゃなかったら今後座るときは俺のすぐ隣に座ってもらえると嬉しい」
絶対に拒否できないロクサーヌに対してクッソずるい言い方だが少しでも距離を縮めたい。
「は、はい。わかりました」
「あと耳や尻尾を撫でてもいいか? 他種族のことはよくわからないのだ。もし狼人族にとって禁忌だというなら自重する」
「いえ。大丈夫です……」
許可が出ました!
両手を伸ばし左右の耳を撫でさせてもらう。
すごく滑らかな触り心地に体温の温かさ、そしてもっちりとした感触。
もう全てが最高だった。
「すごく触り心地がいい。それにとても愛らしくていつまで触っていたいくらいだ」
「あの、ありがとうございます」
それから右手を後ろの方にまわし、指で輪っかを作って尻尾の付け根から先の方へ向け繰り返し撫でさする。
付け根の方を撫でるときに少しだけピクっと反応があった。
この状況だ。嬉しいというわけではなくただの反射だろう。
「狼人族は嬉しいことがあると尻尾が動くというのは本当か?」
「はい。そういうことがあると無意識にピクピク動きます」
「そうか。これからロクサーヌには安心して尻尾を動かしてもらえるように頑張らないとな」
「ご主人様……。とても嬉しいです」
動いた! ピクピクした!
なんだこれ。俺のほうが嬉しすぎるぞ。
はー、すごい。ここは天国か。
……あ、違う違う。
完全に欲望に流されている。
これからのことを話さないといけないんだった。
「ありがとうロクサーヌ。とても素晴らしい触り心地だった。もしよければこれからも撫でさせてもらえると嬉しい」
「はい。こんなことでよろしければいつでも大丈夫です」
では、今から続きだー!
……とはいかないのよなぁ。
「少し俺のことを話しておきたい。俺はとても遠くからこの町へ来たため、この辺の常識を全く持ち合わせていないのだ」
「そうなのですか?」
「ああ。だからロクサーヌから見て突拍子もなかったり、不審な言動をとることがあるだろう。そのときは教えてもらえるとありがたい」
「お任せください、ご主人様」
「それから他の人には使えない特別な能力があり、俺のそばにいると常識では考えられないようなことが起こると思う。だが、それは極力人に知られたくない。なので、ロクサーヌは俺について見聞きしたことを他人に漏らさないようにしてほしい」
「はい。当然のことだと思います。ご主人様の秘密を他人に漏らすなどありえません」
ロクサーヌは俺の言葉に真剣な表情で答えた。
「よし。ではこのあとの予定なのだがとりあえず市で日用品と装備品を買おう。今日の市を逃すと五日後までほしいものが買えない。なので、必要だと思ったものは遠慮なく言ってくれ」
「はい。わかりました」
まあ、そのときは常設の店舗があるだろう帝都かクーラタルにでも行けばいいはず。
「それから探索者ギルドか冒険者ギルドのどちらか近い方へ黒魔結晶と薬を買いに行く。その後で一度ベイルに出来たという新しい迷宮に入ってみよう。ロクサーヌは場所を知っているか?」
「はい。商館でも噂になっていましたのでご案内できると思います。町の西側にある森の入ってすぐのところにあるそうです」
「今日は戦闘があるかはわからないが今後は迷宮に入り生活をしていくことになる。よろしく頼む」
「はい。迷宮ではお役に立てると思います。お任せください」
おー。さすがロクサーヌ。確かな自信がうかがえる。
どうでもいいがキリッとした顔も美人さんだなぁ。
実際その自信に間違いはなく回避性能ではおそらく作中最強。
ボクシングのパウンド・フォー・パウンド的なレベル差や装備品の差がない状態での一対一の強さにおいては本当に作中最強なのではないだろうか?
あ、もちろんチート野郎の俺やミチオは除いてな。
俺たちなら用意ドンで始まる試合形式の勝負で同レベルのやつに後れを取ることはあり得ない。
複数のジョブをつけMPを盛りまくって等量交換を開幕ブッパするだけで事足りる。
正攻法ではオーバーホエルミングを使えばいいしボーナス呪文もある。
……今の俺、完全に調子に乗っていたな。
齢四十も過ぎたいい歳した大人が貰い物の力で調子に乗っていた。
恥ずかしさでのたうち回りたくなる。
本当にやばい。この自惚れが命を縮める。
どんなに素晴らしい能力を持っていたって使い手がボンクラだったら台無しだ。
ましてや俺はその能力を自分の努力で手に入れたわけではなく、ある日突然与えられただけだ。慎重に運用し習熟していかなければ。
それにロクサーヌのような存在もいるのだ。どんな力を隠し持ったやつがいるか予想もつかない。くれぐれも慢心しないように心掛けないと。
「うむ。頼りにさせてもらう。そしてここからが本題だ。俺はベイルに来る前、盗賊に襲われていた村へ助太刀に入った」
「はい。アラン様からとてもご立派な行いをされたとうかがっております」
あー。やっぱり話を聞いてたのね。
功績を盛りまくって正解だったわ。
「その盗賊についてなのだが元々ベイルから流れてきた者たちだったのだ。ここにはその残党がいるだろう。そして、俺は間違いなくそいつらの恨みを買っている。いつどこで狙われるかもわからず、それにそいつらは人質としてロクサーヌを狙いかねない」
「私なら大丈夫です」
いや大丈夫じゃないから。俺を恨んでいる方の一派はこの町にはいないだろうが、もしロクサーヌを人質に取られるようなことがあったら詰みだ。間違いなくそこで俺の人生は終わってしまう。
「とにかく一刻も早くそいつらを始末しておきたい。そこでロクサーヌに手を貸してほしいのだ」
「私でお役に立てることでしたらなんなりとお申し付けください」
「うむ。狼人族は鼻が利くと聞いたことがある。俺は盗賊を見分けることが出来るので今日の夜から娼館街へ捜索に行きたい。そこで盗賊を発見することが出来たらそいつのアジトまで追跡する手助けをしてもらいたいのだ」
「ご主人様。私は鼻の良さには自信があり狼人族の中でもかなりのものだと自負しています。是非お任せください」
「ありがとう。本当にロクサーヌは頼りになるな」
感謝の言葉を述べるととても美しい微笑みを返してくれた。
「それでだ、少々言いづらいのだが今夜はあれをするつもりはない。夜には捜索に出なければならないのだ。なるべくロクサーヌの体に負担をかけない方がいいだろう。あ、いや、もちろんキスしたり体に触れたりはしたいが最後までするつもりはないという意味だ!」
やばいやばい、童貞感があふれ出ている。俺はいったい何を言ってるんだ!?
……でもしょうがないじゃん。こんな機会なんて今までなかったんだもん。
「あの、ご主人様。私なら大丈夫です。お情けをいただいた後でも問題ないと思います」
「いや、ダメだ。もしもの事があると困る。体調が万全じゃないことで思わぬ不覚を取ることだってありうる。それにロクサーヌもそうだろうが俺だって初めてなのだ。お互い初めては落ち着いて思い出に残る形にしたい」
四十五のおっさんが何を言ってんだって感じだが完全に本音だ。
「ご主人様……」
「ロクサーヌ、頼む」
「はい。お気遣いいただきありがとうございます」
「うむ。それでは買い物に出るか」
腰掛けていたベッドから立ち上がり準備をしていたリュックを背負ってベルトにシミターを差しロクサーヌと共に部屋を出た。
田川 歩 男 18歳
戦士Lv1 英雄Lv4 魔法使いLv4
装備 シミター 皮の鎧 皮の靴
BP振分 残BP:0
キャラクター再設定:1
サードジョブ:3
鑑定:1
詠唱省略:3
三十パーセント値引:63
ジョブ設定:1
ワープ:1
体力上昇:26
所持金:38,935ナール
春の2日目