市の立つ通りに戻るとまだ昼前なこともあってか先程と変わらず賑わっていた。
「俺も日用品はほとんど持っていないしとりあえず必要そうなものは買っておこう。まず、ロクサーヌのリュックサック。それからコップを二人分。他にはシュクレの枝を予備も含めて四本ほど。洗い物に使うコイチの実のふすま。タオルはあるからいいとして他には何かあるか?」
「ご主人様、装備品の手入れをするための油はお持ちですか?」
「ああ。それが必要か。オリーブオイルでいいんだよな? その他にはなにかあるか?」
「迷宮で長時間すごすことになるので水筒は絶対に必要です」
こんなところで魔法が使えるとか口走るわけにはいかない。
まあ、ここは適当に濁しておこう。
「それに関しては俺が準備してあるから心配はいらない。任せてくれ」
「そうなのですね。では、私が思いつくのはこのくらいです」
日用品はこんなものかな?
あっ。いや、ヒゲ剃りがいるわ。
「ロクサーヌ、この辺ではヒゲを剃る道具は何を使うんだ?」
「え? 剃刀を用いると思いますが……」
質問をされた彼女はきょとんとした顔で答えた。
そりゃそうだ。シェーバーやT字カミソリがなければ他に選択肢はないわ。
「なるほど。それでは剃刀も追加で」
次は着るものだな。
「身につけるものは俺とロクサーヌで着替えの服を上下それぞれ三着、下着を三枚ずつ、靴下も三足ずつ買っておこう。あとはフードのついた外套を一着ずつ。他に必要なものはあるか?」
「あの、ご主人様。私の分までそんなに購入することはないのではないでしょうか」
「ロクサーヌ、よく聞いてくれ。俺自身にそんなつもりはないが世間一般からみて俺は相当なキレイ好きだろう。自分自身はもとよりそばにいる人にも清潔でいてほしい」
たぶんこの世界では衛生観念はそれほど発達していない。
着たきり雀なやつも多いはずだ。
奴隷に対しても一着買い与えてあとはしらん。なんてこともあるだろう。
そんなの絶対に耐えられん!
体が汗でべとべとのままベッドに入り翌朝もそのままの服で迷宮に入るとか絶対に無理!
今だって昨日の服のままでいることに不快感がある。これは絶対に必要なことだ。
あと、美しい奴隷を侍らせておきながらその娘たちからはすえた臭いが漂ってくるなんてどんな特殊性癖を持っているんだって話だ。
「え? あの、はい。わかりました」
え? なに? 今引かれた? 変人認定されてる?
……まあいい。
「ほかに必要なものはあるか?」
「いえ。他にはありません。ご主人様、私の分まで買っていただけるなんて本当にありがとうございます」
「ただ単に俺が清潔でいたいだけだしロクサーヌにもそうあってもらいたいだけだ。気にするな」
「ご主人様……」
動いた! 今尻尾が少し動いた! そうか、嬉しかったのか。
よっしゃ、それじゃあ買い物を始めよう。
まず、雑貨屋風の店に行きロクサーヌのリュックと俺の剃刀、コイチの実のふすまを一袋、オリーブオイルの小瓶を一瓶、コップを二つにシュクレの枝四本を購入する。
「ありがとうございます。私どもの商店でたくさん買っていただけたのです。今回は二百八十ナールといたします」
うーん……。日本とは通貨も物価も違うせいで高いんだか安いんだかさっぱりわからん。
それに、良い装備品は文字通り桁が違うし貨幣価値に慣れるまでは大変だな。
「ロクサーヌ。すまんが今買ったものは全て君のリュックに入れてもらえるか?」
「はい。問題ありません。お任せください」
「ありがとう。助かる。それじゃあ次へ行こう」
外に出たところで彼女に小声で尋ねる。
「夜の捜索で使う顔が隠れるようなフードのついた外套が二人分欲しい。血で汚れるだろうから使い捨てにできるなるべく安いものがいいんだがどこで買えばいいだろうか?」
俺のほうに近づいてきて顔を寄せてきたので少しかがむと耳に心地よい声が響いた。
「中古の外套を探しましょう。安いものを探せば一着五百ナールほどで見つかると思います」
やっば! 耳が超気持ちいい! ゾクゾクするー。
日本にいたころロクサーヌのASMRボイスにやられて寝る前によく聴いていたけどリアルで体験できるとは!
幸せすぎるー。
……あ、いかんいかん。
「ありがとう。さすがロクサーヌ。頼りになるな」
「こちらこそありがとうございます。お褒めいただけて嬉しいです」
感謝を述べると嬉しそうに笑みを浮かべた。
「それじゃあ、中古の服屋を探してもらえるか。俺はこういうのに疎くてさっぱり見当がつかない」
「お任せください。ご主人様」
ロクサーヌは俺の言葉に意気込んで歩き出す。
場所を知っているのか、それとも臭いで中古服を探しているのか。彼女は迷いなく足を進めている。
汚れた服が乱雑に積まれた店の前まで来るとロクサーヌは立ち止まった。
「ご主人様、こちらです」
「よし。じゃあ探してみるか」
探すといってもなぁ……。このゴミ屋敷一歩手前みたいな布の山の中を探すの?
無理ゲーじゃない?
まあ、見るだけ見てみるか。
うーん……。これは無理だな。
日本にある古着屋とは全く違う。
穴が開いていたりよくわからないシミがついていたりでこれを普段着にするのは絶対に無理。
服には無頓着なほうだが少なくともこのレベルの服が着られないとなると、この世界では服に金をかけ新品ばかりを着るこだわりがある人と見られてしまうのだろうな。
「ご主人様見つけました。これはどうでしょう?」
ロクサーヌが俺の方へフード付きの外套を広げて見せてきた。
うん。どこも破れていないし変な臭いもしない。
どうせ使い捨てにするつもりなんだ。これでいいだろう。
「問題なさそうだな。ありがとうロクサーヌ。それじゃあ自分の分も選んでくれ」
彼女はそう言うと外套を俺に渡し再び布の山をかき分け始めた。
念のためサイズに問題ないか確認してみるか。
「すまない。この外套を試しに羽織っていいだろうか?」
「ん? ああ。好きにしてくれ」
全然商売っ気のない男だな。
俺たちが入ったときに何の声もかけなかったし服を探しているときもまったく興味がなさそうだった。
鑑定で確認するとちゃんと商人なのが逆にすごい。
こんなんで店主に怒られたりしないんだろうか?
それともこいつが店主なのか?
羽織ってみるとサイズもちょうどいい。
フードを深めに被ると顔もちゃんと隠れているだろう。
俺のほうはこれで問題ないな。
……そして、問題なのはあのお嬢さんだ。
使い捨てにするということを忘れているんだろうか?
店中の服の山をひっくり返す勢いだ。
明らかにそれはないだろというものまでキープして手元に置いている。
まあいい。満足するまで付き合うさ。ぶっちゃけロクサーヌを見ているだけで幸せなんだ。この待ち時間さえも楽しめるだろう。
……いや、長すぎじゃね?
使い捨てにする外套を選ぶのに軽く一時間は超えてそうなんだけど。
さすがに他にも予定があるんだ。ちょっと声をかけてみるか。
「どうだ、ロクサーヌ。そろそろ決まりそうか?」
「そうですね、この二つまで絞り込んだのですがご主人様どちらのほうがよろしいでしょうか?」
え!? この場面でその質問が来るの?
今選んでいるのは血で汚れて使い捨てにする予定の外套だぞ?
ロクサーヌおそるべしだな。
そして、俺には違いがさっぱりわからない。これは何と答えるのが正解なんだ?
くっそー、原作知識が役に立たねー!
やはり人生に一番必要なのはコミュ力なのか……。
どうせ汚れるんだからどっちでも同じと言ったらバッドコミュニケーション一直線だ。
両方似合うというのもノーマルコミュニケーションなはず。
どうしたらパフェコミュをとれるんだ?
「そうだな。ちょっと羽織って見せてくれないか?」
「分かりました。確認していただけますか?」
そういうとロクサーヌは両方羽織って見せてくれた。
そして、やはり俺には差がわからない。
せいぜい色が違うなー。くらいだ。
なんだっけ? 確かミチオはシックで落ち着きのあるほうを選んでいたか?
「あくまで俺の好みだが二つ目のほうがシックな色合いだからか、華やかで美しいロクサーヌに落ち着きが加わってより魅力的に見える」
「ご主人様……。わかりました。こちらのほうをお願いいたします」
彼女は嬉しそうな表情を浮かべて俺に外套を渡してきた。
いいんだよな? これパフェでいいんだよな?
やはり原作知識はチートである。
外套を二つ持ち商人の男に声をかける。
「すまない。この二つでいくらになる?」
「ああ。ずいぶん真剣に選んでもらってうちとしても嬉しいから今回は二着で五百六十ナールでいいよ」
おお。三割引きのおかげもあるが当初の予定よりずいぶん節約できたな。
支払いをして、彼女のリュックにしまい込み店の外へ出る。
「ロクサーヌのおかげでずいぶん安く買うことができた。助けてもらってばかりだな。本当にありがとう」
「私のほうこそお役に立ててうれしいです。それに素敵な外套を買っていただきありがとうございます」
このお嬢さんあの外套に思い入れを持っちゃってるけど使い捨てにすることを忘れているんだろうか?
うーん……。洗濯して血が落ちれば捨てる必要はないしまあいいか。
「それじゃあ次は服を買いに行こう。今度は普段着るためのものだから新品が置いてある店を頼む」
「はい。お任せください。こちらです」
「よし。それじゃあ俺とロクサーヌ二人分で服の上下をそれぞれ三着ずつ、下着を三枚ずつ、靴下を三足ずつ買っておこう」
「ご主人様、ありがとうございます」
いや、だからさぁ……。
下着と靴下は比較的早めに済んだが服を選ぶのにめちゃくちゃ時間がかかっている。
一枚一枚裏返しにして縫製の確認までしているぞ。
時間があれば気が済むまでじっくり選んでもらうこともできるがこのあと買ったものを宿に置きに行って、それから装備品を買いギルドでも買い物をして迷宮へいかなければならない。
「すまん、ロクサーヌ。ゆっくり選んでもらいたいが今日はこの後予定が立て込んでいる。また近いうちに服を買う機会を設けるからなるべく早めに選んでもらえるか?」
「予定も考えずに長々と選んでしまい申し訳ありません、ご主人様」
「いや、大丈夫気にするな。後の予定さえなければ本当にじっくり選んでもらいたいのだがな。急かすような真似をして俺のほうこそ申し訳ない」
キープとして置いていたであろうほうから上下三着ずつを選ぶと俺のほうへ持ってきた。
家を借りたあとすぐに帝都の服屋でキャミソールを買おう。そのときには思う存分時間をかけて選んでもらえばいいさ。
「いいだろうか? ここにある分を買いたいのだがいくらになる?」
「これを全てですか?」
そう言うと商人は俺たちが持ってきたものを確認し始めた。
「ありがとうございます。これだけ大量にお買い求めいただいたのです。全部合わせて千九百七十四ナールでいかがでしょうか」
「うむ、すまんな」
日用品や衣類の買い物を終えたところで一度ベイル亭へ戻り受付で鍵を受け取ってから五階にある自分たちの部屋へ入る。
無理無理無理。エレベーターなしに五階の部屋に出入りするとかありえない。
俺は一つ上の階に行くのにもエレベーターを使っていた男なのにこれはなかなかにつらいぞ。
……でもそうか。これからは迷宮に入り探索を行うため歩き続ける必要があるし、命がけで魔物を狩って日々の糧を得なければならない。
エレベーターがないくらいのことでいちいち泣き言を漏らしてはいられないな。
気を取り直して買ってきた荷物を片付けるか。
ロクサーヌと手分けをして日用品と衣類をしまっていく。
程なくして整理を終えたところで彼女に声をかける。
「ロクサーヌ。少し休憩しながらこの後の打ち合わせをしよう」
「はい。ご主人様」
俺がベッドへ座ると彼女もその隣へ座ってくれた。
お願いしたことをさっそく実行してくれている。本当にいい娘だ。
右手をロクサーヌの腰に回しながら口を開く。
「この後は装備品を買いに行くがロクサーヌは得意な武器はあるか?」
片手剣に盾というRPGなんかではお馴染みのオーソドックスなタイプということは知っているが念のために確認しておこう。
「私は片手剣と盾を主に使っていました。一番しっくりくるのがこのスタイルです」
やはりか。あの回避能力を活かすならおそらくこれがベストなのだろう。
「そうか。それじゃあ盾は防具屋で木の盾を買うとして、剣については当面このシミターを使ってくれ」
ベッドから立ち上がり壁に立てかけていたシミターを取り彼女へ手渡した。
そして、怒られるのは嫌だから言い訳もしておこう。
「それは昨日助けた村の住人から先ほど買い取ってな。一切確認をしていない状態で申し訳ないが当面はこれを使ってくれ」
「確認いたします」
ロクサーヌは鞘から剣を抜きしげしげと眺め始めた。
真剣な表情も本当に美人さんだなぁ。
一頻り確認が終わるとキリっとした顔で告げる。
「前の持ち主は大切に扱っていたのでしょう。しっかり手入れがされているようです」
あれぇー。そうなの?
そういえばビッカーが通訳をしたティリヒの話では元冒険者の男が大切にしていたと言っていたな。
ミチオが手に入れたあとで整備を怠っていたってこと?
「そうか、それで問題ないか?」
「はい。まったく問題ありません」
「よし。それじゃあ今後それはロクサーヌが持っていてくれ。このあと買う装備品についても俺に返す必要はない。ロクサーヌの管理としてくれ」
「よろしいのですか?」
「絶対にロクサーヌが裏切ることはないと信頼しているからな」
マジでな。もし裏切られるのだとしたらその時点でこの世界に来た意味がなくなる。
生きる目的そのものの消失だ。
「ご主人様、私を信頼していただきありがとうございます。その信頼に応えられるよう全力を尽くします」
「ありがとうロクサーヌ。俺も信頼される主人になれるよう努力する」
ああ! 動いたよ! 尻尾が動いた!
あーもー、可愛いんだよもー!
「よし。それじゃあ今度は装備品を買いに行き、ギルドへ寄ったあとは迷宮に入ってみるか」
「はい! 迷宮でも全力でご主人様をお守りします」
……いや、今日は戦うつもりはないんだけどなぁ。
でも、多分戦うことになるんだろうなぁ……。
田川 歩 男 18歳
戦士Lv1 英雄Lv4 魔法使いLv4
装備 皮の鎧 皮の靴
BP振分 残BP:0
キャラクター再設定:1
サードジョブ:3
鑑定:1
詠唱省略:3
三十パーセント値引:63
ジョブ設定:1
ワープ:1
体力上昇:26
所持金:36,121ナール
春の2日目