ゲートを通り抜け十二階層に到着したところで二人に尋ねる。
「この階から出現する、サラセニアについて教えてくれるか」
いや、火に弱いことや、滋養丸の材料となる附子を落とすことは知っているが一応念のためな。
彼女たちは顔を見合わせロクサーヌが笑顔で頷いた。すると、セリーも頷きを返して話し始める。
「サラセニアは先ほど申し上げた通り火に弱いので、ご主人様の魔法なら一撃で倒すことが可能でしょう。攻撃方法は二枚の葉っぱを鞭のように振り回したり、体当たりを仕掛けてくることもあります。そして、この体当たりを食らうと、ごくまれにですが毒を受けてしまいます。他にも消化液を飛ばすスキル攻撃を行うこともあるようです」
あれ!? サラセニアも毒持ちだっけ!?
あっぶねー。すっかり忘れてた。体当たりを食らわないよう気を付けなければ。
「セリー、ありがとう。参考になった」
「ふふ。お役に立てて嬉しいです」
感謝を伝えると、彼女ははにかんだような笑みを浮かべた。
本当にかわいらしい笑顔だこと。
よし。それじゃあ、待機部屋を目指すとするか。
地図を差し出しながら、ロクサーヌに頼む。
「待機部屋に向かいながら、サラセニアと他の魔物が群れているところへ案内してくれ」
「かしこまりました」
彼女は返事をすると、しばらくじっと地図を眺めた。
そして、しばらくしてスンスンと匂いを嗅ぎ始める。
「では、まいりましょう」
地図をリュックにしまっている間に、ロクサーヌは確認を済ませそう言った。
彼女の案内で進んでいると、程なくして魔物の群れと出会う。
名前の通り食虫植物のサラセニアを思わせる形状の頭に、まるで腕のように伸びた二対の葉っぱ。そして、茶色の根っこがウゾウゾと動く様子は、多足類を目にしたときのような嫌悪感を覚える。
大きさは俺の胸ほどもあり、不気味な造形も相まってかなりの迫力だ。
こいつがサラセニアか……。
一瞬怯んだものの、魔物に向かって駆け出したロクサーヌと、俺の前で槍を構えるセリーを見て我を取り戻す。
「ファイヤーストーム」
火の粉が舞い散りサラセニア二匹とグリーンキャタピラー二匹に触れると、その体を舐めるように炎が纏わりついた。
彼女たちは燃え盛る魔物へ攻撃を繰り返しており、杖を構えながらそれを見守り続ける。
程なくして炎が消えると、サラセニアだけではなく、グリーンキャタピラーの体も掻き消えていった。
「っしゃおらー!」
その様子に思わず声を上げてしまう。
そして、ロクサーヌとセリーも輝くような笑顔でこちらへ駆け寄ってきた。
「グリーンキャタピラーまで一撃とは。さすがご主人様です!」
「本当に私たちのご主人様はとんでもないお方です!」
俺がすごいかどうかはともかく、予想以上に戦力が強化されている。
「この成果は、スキル結晶を融合して戦力強化をしてくれたセリーと、素早く魔物を発見して大量に狩り、レベルを上げることに貢献してくれたロクサーヌのおかげだ。二人とも本当にありがとう」
すると、彼女たちはとても幸せそうな表情を浮かべ口を開く。
「身に余るお言葉ありがとうございます。ですが、それを活かしているのはひとえにご主人様のお力です」
「ロクサーヌさんの言う通りです。私がスキル結晶の融合に失敗しないのは、ご主人様がスキルスロットの有無を判別できるからですし、融合した装備品を有効活用しているのも、ご主人様の魔法があってこそです」
くっ。なんていい娘たちなんだ。ここが迷宮じゃなかったら、間違いなく抱きしめていたぞ。
「そうだな。三人全員の成果だな」
「ふふ。ご主人様のおっしゃる通りです」
「まだ加入して数日の私を評価していただきありがとうございます」
三人で顔を見合わせ笑い合う。
この娘たちと一緒ならどこまでもいけそうな気がする。
これは慢心なのだろうか?
いや、彼女たちに対する信頼であって、それとは違うはずだ。
サラセニアが消えたところへ近寄り、根っこを乾燥させたような物体を拾う。
これで取得できるジョブはないだろうが念のためな。
鑑定を付けていないせいで確信が持てないが、おそらくこれが附子だろう。
附子ってトリカブトの根っこを乾燥させたものだよな?
サラセニアのドロップアイテムが附子ってのは不思議な気もするが、まあ今更か。
それをいうなら、何故コボルトから塩や小麦粉、砂糖がドロップするんだって話になる。
よし。いっちょやってみますかね。
獲得経験値二十倍を外し、フィフスジョブとジョブ設定、それから鑑定と詠唱省略にチェックを入れ、設定されていた剣士を薬草採取士と入れ替える。
おっと、一応確認しておくか。
附子
手のひらに載っているものに鑑定を掛けると、当然のように附子と表示された。
うん。問題なし。さあ、それじゃあ本番だ。
生薬生成
念じた途端、手のひらから煙が上がり、それが晴れると附子と三つの丸薬が入れ替わっていた。
んじゃ、もう一度鑑定っと。
滋養丸
オッケー、オッケー。自力で滋養丸が作れるようになったのはかなりデカい。
彼女たちも躊躇なく使ってくれるようになるだろう。
ロクサーヌが附子を一つと糸二つを差し出しながら話しかけてくる。
「滋養丸を作れるなんて本当にすごいです。今後これを売却することで資金稼ぎができますね」
売却額十五ナールが三個で四十五ナール……。正直微妙かなぁ。
「それはやめておいた方がいいと思います」
セリーはその言葉を否定する。
ん? ダメな感じ?
「そうなのか?」
「はい。ネペンテスを倒せるような薬草採取士でも、最初のうちは滋養剤や強壮剤が作れません。その間は滋養丸や強壮丸、各種状態異常回復薬を生成して利益を確保します。なので、それらを大量に売却するようなことがあれば絶対に目を付けられることでしょう」
うーん……。以前推察したことがあったが、毒消し丸や滋養丸で稼ぐのは厳しいか。
「セリー。では、もっと上位の薬ではどうでしょう?」
ロクサーヌの問いかけに彼女は眉間に眉を寄せ、少し考えてから口を開く。
「それも難しいと思います。相場を荒らさないほどの量を出したとしても、腕のある薬草採取士とつながりがあると思われます。それに万能薬系の薬を売却した場合、どのような災いを引き寄せてしまうか見当もつきません」
「なるほど……。確かにその通りですね」
ロクサーヌはセリーの言葉を聞いて、納得したように頷いている。
やっぱ、生薬生成で稼ぐのは無理かぁ。
ゲームの世界だったら何も気にすることなく売却が可能だし、どれだけ売っても買取価格が下がることはないのになぁ。
現実は世知辛いわ。
ロクサーヌから受け取った附子も滋養丸にして、糸と一緒にアイテムボックスへしまい込む。
そして、キャラクター再設定を済ませて二人へ声を掛けた。
「では、先へ進もう」
「はい」
「かしこまりました。では、ご案内いたします」
道中の魔物を焼き払いながら進み、あっという間に待機部屋へたどり着く。
部屋に入るとそこには誰もおらず、すぐにでもボスへ挑めそうだった。
ここのボスは、滋養剤の材料となる半夏をドロップするネペンテスだというのに、こんなに人がいないものなのか?
薬草採取士にとっては美味しい狩場だと思うんだが……。
すると、俺の訝しげな表情に気が付いたのだろう。セリーが説明を始めた。
「駆け出しのうちは半夏を扱うことは出来ません。扱えるようになっても一日に一回が精一杯ですし、二回、三回と扱えるようになるのは十年、二十年とかかります。そして、その頃には滋養錠や強壮錠が扱えるようになっているので、滋養剤や強壮剤を作ることはそうないでしょう」
なるほど。帯に短し襷に長しってわけか。
「それに普通は薬草採取士が自分で材料を集めることはありません。冒険者ギルドや探索者ギルドが買い取った薬の材料は、すべて薬草採取士ギルドか薬師ギルドに卸され、それらのギルドに所属している者は安く仕入れることができます。そのため、戦闘能力に乏しい薬草採取士は危険を冒そうとしませんし、積極的に経験を得ようとする者はもっと先へ進みます」
つまり、冒険者ギルドや探索者ギルドに売却される分で十分賄えているのか。
そして、向上心のあるやつはこんなところで留まらないと。
セリーの解説を聞き終わったところで、ボーナスポイントの振り分けを済ませる。
この十二階層からはボスにお伴が付く。心して挑まなければ。
「では、ネペンテスについて教えてくれ」
ボスについて尋ねたところ、ロクサーヌが口を開く。
「セリー。今後、ご主人様から魔物について情報を求められたときには、あなたが答えるようにしてください」
それを聞いたセリーは面食らったような表情を浮かべ問いかけた。
「私が答えていいのでしょうか?」
ロクサーヌは微笑みを浮かべると、その問いに答える。
「ええ。今後セリーは図書館で魔物の情報を調べることとなります。ご主人様の迷宮攻略をお助けするには、正確な情報をお伝えする必要があるため、あやふやなことを言うわけにはいきません。とても大切な役割となりますが、あなたなら問題ないと判断しました」
そして、彼女はセリーの肩に手を置いた。
「ロクサーヌさん……」
すると、セリーは感激したように声を漏らす。
……めちゃくちゃ良い雰囲気で『いせはれ!』しているところ申し訳ありません。ご主人様も混ぜてもらえないでしょうか。
なんか、俺がやるべきことをロクサーヌがやっている気がするぞ。
会社ではずっと部下がいなかったし、一プレイヤーでしかなかった。マネージャーとしての能力が鍛えられてないのかもしれないなぁ。
ロクサーヌの言葉を受けて気合が入ったのか、セリーは真剣な表情で説明を始めた。
「ネペンテスはサラセニアを強化したような魔物で、攻撃方法もほとんど一緒です。鞭のような葉っぱの振り回しに、毒を受ける可能性のある体当たり。そして、消化液を飛ばすスキル攻撃です。ですが、体が一回り大きいため攻撃範囲が広く、力もかなり強くなっています」
ふむ。とりあえず、いつものようにオーバーホエルミングからの、スキルを乗せたデュランダルだな。
というか、ボス戦ではそれ以外の戦法を取るわけにはいかない。
「分かった。それでは、ボス部屋に入ったら二人はネペンテスを抑えていてもらえるか? 俺はお伴を先に片づけてから、ネペンテスの攻撃に加わる」
「おまかせください」
「かしこまりました」
彼女たちは返事をしながら体の前でぎゅっと拳を握る。
なに、そのかわいいすぎるポーズは。君らプリキュアでも目指してんの?
……いかん、いかん。見惚れている場合じゃない。
「それじゃあ、行こう」
彼女たちの返事を確認し、扉へ向かって歩き始めた。
扉を潜るとフロア中央へ煙が集まり始め、それを目にした瞬間、弾かれたようにロクサーヌが駆け出す。
一拍遅れ、それにつられるように俺とセリーも走り始めた。
いつものように魔物の背後を狙うため、大きく迂回しながら回り込む。
やがて煙が晴れると、魔物が姿を現した。
ネペンテスLv12
サラセニアLv12
ツボ状になっている頭の上部は唇を思わせるような形状をしており、そこに据えられた蓋が開け放たれているため、俺たちを飲み込もうとしているようにしか見えない。
その茶色いツボには奇妙な模様が浮き出ており、生理的嫌悪感が湧き上がってくる。
そして、鞭のような葉っぱの腕と、ウネウネ動く根っこみたいな足も怖気を誘う。
グロッ! いやいや。無理無理。怖すぎだろ。
人の身長ほどもある巨大なウツボカズラはヤバいって!
半分パニックになっている現代っ子とは違い、そんな不気味極まりない魔物に対し、一切怯むことなく躍りかかる娘たち。
ロクサーヌはいつものように正面から攻撃を行い、ネペンテスの反撃をかわし始めた。
そして、彼女がヘイトを取っている間に、セリーはチクチクと攻撃を入れ始める。
本当に逞しいわ。
よし! 俺も怖気づいてはいられない!
オーバーホエルミング
背後に回ったところでボーナスタイムを作り出し、サラセニアに向けて一気に距離を詰める。
スラッシュ
駆け抜けながらスラッシュを乗せて薙ぎ払うと、その一撃で奴の体が実体をなくした。
のんびり見ているわけにはいかないため、それを無視してネペンテスの背後へ回り、スラッシュ攻撃を連発する。
しかし、途中でオーバーホエルミングが切れてしまい、鞭のように振るわれた奴の腕によって肩口を強かに打ち据えられた。
「ぐっ」
オーバーホエルミング
痛みで思わず声が漏れたものの念じることに成功し、再び周りの景色がスローモーションになる。
こんなもん、ロクサーヌの攻撃に比べれば温いんだよ! もう一度俺のターンだ!
「ふぅ」
オーバーホエルミングの効果が切れ、ネペンテスの体が消えていくのを見ながら、思わず息を吐いてしまう。
久しぶりにクリーンヒットを食らっちまったなぁ。
しかし、以前と比べて攻撃を受けても動揺することがなくなった。
それもこれも、毎日容赦なくぶちのめしてくれるロクサーヌのおかげだ。
感謝するべきなのに、悲しくなってしまうのはなぜだろう……。
「やはり、十二階層のボス程度ではご主人様の相手になりませんね」
「はい。ネペンテスをこんなに早く倒せるパーティーはそうないでしょう」
黄昏ている俺をよそに、大盛り上がりのお嬢様たち。
そのあまりのかわいさに、もの悲しさなんてどこかに消えてしまう。
彼女たちはワクワクしたような表情を浮かべ、俺が半夏を拾うのを今か今かと待っていた。
娯楽の少ない世界なんだ。生薬生成や装備品の製造を見るのが楽しみの一つになっているのかもしれないな。
期待に応えるため、サードジョブを剣士から薬草採取士に入れ替え、床に転がっている白くて丸っこいものを拾い上げ、鑑定を掛けてみた。
半夏
半夏らしい。しかし、五センチほどの大きさがあり、地球のそれとは明らかにサイズが異なっている。
まあ、ある程度の怪我が即座に治る薬の材料なのだ。そりゃあ、同じものじゃないよな。
生薬生成
その白い根っこに向かって念じると、カプセル剤が三つ出来上がる。
鑑定で確認したところ滋養剤で間違いないようだ。
しかし、消費MP削減のスキルがあるのに、結構なMPを持っていかれたな。駆け出しの薬草採取士では扱えないという話にも納得がいく。
そして、それを見ていた二人から興奮したような声が上がった。
「こんな簡単に滋養剤を作ってしまうなんて、さすがご主人様です」
「本当にすごいです。この様子なら滋養錠や強壮錠も問題なさそうですね」
ロクサーヌとセリーは輝くような笑顔を浮かべ、俺のことを称えている。
でも、そうか。滋養丸と滋養剤では効果が全然違う。彼女たちが興奮するのも無理はない。
……この階層でボス戦を繰り返し、手持ちの滋養丸を滋養剤に入れ替えるか。
いざというときのため、一旦足踏みをするのも悪くない。
「ロクサーヌ、セリー。連続でネペンテスと戦い、滋養剤を集めようと思うんだが、どうだろうか?」
「備えあれば患いなしと言いますからね。素晴らしいお考えだと思います」
確認をしてみるとロクサーヌが賛成してくれた。
「そうですね。まったく苦戦しませんでしたし、問題ないと思います」
セリーもオッケーっと。
キャラクター再設定を開いて武器六のチェックを外し、ジョブ設定とワープを入れ替え二人に声を掛ける。
「それでは、十三階層へ進んだら待機部屋に一番近い小部屋へ移動する」
「かしこまりました」
「はい」
それじゃあ、一人十個は用意しておきたいから、あと九回だな。
久しぶりのボスマラソンにロクサーヌはイキイキしており、歩きながらも尻尾が揺れていた。
こんな経験初めてなのだろう。好奇心で瞳が輝いている。
何度もネペンテスとの戦闘と生薬生成を繰り返すが、MPが尽きる様子はない。
奴らを斬りつけることで吸収しているMPは、オーバーホエルミングとスラッシュ、それから生薬生成で消費する分を賄えているのだろう。
俺とロクサーヌの分の置換が済み、セリー用も九個渡してある。
そして、剣士のレベルも5と急成長だ。
経験値効率二十倍とはいえ、ボス戦を繰り返したからな。
さあ。ラスイチといこう。
ネペンテスとの戦闘にも慣れ、必要な攻撃回数を把握しているため、オーバーホエルミングが切れる前に奴の攻撃範囲から離れ、攻撃をくらうこともない。
落ち着いて立ち回り、あっさりと完封勝利をものにした。
「ふぅ」
オッケー。これで終了だ。さっさと滋養剤をこさえて十三階層に行くべ。
「さすがご主人様! 本当にすごいです!」
「自分たちが倒した敵から出たのを見るのは初めてです!」
すると、二人から歓声が上がる。
え? なに? いきなりどうした?
「ご覧ください! スキル結晶です!」
はあ!? マジで!?
ロクサーヌが指さした方へ目を遣ると、確かにスキル結晶が転がっていた。
田川 歩 男 18歳
探索者Lv38 英雄Lv34 剣士Lv5
装備 聖剣デュランダル 身代わりの硬革帽子 頑強の竜革鎧 倹約の硬革グローブ 硬革の靴 よりしろのイアリング
BP振分 残BP:0
キャラクター再設定:1
サードジョブ:3
必要経験値二十分の一:63
詠唱省略:3
結晶化促進二倍:1
鑑定:1
ジョブ設定:1
武器六:63
所持金:1,103,947ナール
春の35日目