多少の気怠さを覚えながら抱きしめ合っていると、腕の中で身動ぎをしたロクサーヌが口を開く。
「ご主人様。そろそろセリーを迎えに行く時間です」
時間を忘れて愛し合っていたため気が付かなかったが、もうそんな時間なのか……。
「ロクサーヌ。身だしなみを整えたら一緒にセリーを迎えに行こう」
「私もご一緒していいのですか?」
「もちろん。セリーと合流したら融合をしてもらって、ベイル亭に行かないといけないからね。ついでに夕食もベイル亭でとろう」
とは言っても町中で融合を行うわけにはいかないため、一度自宅に戻る必要があるんだけどな。
迷宮の通路なら他の奴らが移動魔法で現れる心配がないため、ロクサーヌの鼻で警戒しておけば問題ない。
しかし、町中だとたとえ人目に付かない場所であっても、フィールドウォークで誰かが現れる可能性はゼロじゃないのだ。
わざわざ危ない橋を渡る必要はないだろう。
「夕食もですか? なんだか贅沢な気がします」
戸惑った表情を浮かべている彼女へ言葉を続ける。
「災害救助の際にあったハルツ公とのやり取りを二人に話しておきたいし、セリーが調べたことについても報告してもらいたい。今日は修行もなしにして、今後について話し合いをしようと思うんだ」
「なるほど。確かにその方がいいかもしれません」
納得したように頷いた彼女の背中をポンポンと軽く叩き、声を掛ける。
「それじゃあ、名残惜しいけど出かける準備をしようか」
「はい……」
ロクサーヌは返事をしたものの、何か言い淀んでいる様子がうかがえた。
何か言いたい事でもあるのだろうか?
「どうしたの?」
気になって尋ねると、躊躇いがちに口を開く。
「あの、ご主人様……。また、こんな風に二人だけで過ごすことはできますか?」
そのいじらしい言葉を聞いて、思わず彼女を強く抱きしめた。
「我慢を強いて本当にごめん。これからも二人だけの時間を作るようにするから。他にも不満があったら遠慮なく言ってほしい」
「ふふ。ありがとうございます。ですが、ご主人様と二人きりで過ごすことが出来るのなら、私はそれで十分です」
そう言って幸せそうに笑う彼女に、我慢ができず唇を重ねてしまう。
激しく舌を絡め合った後、どちらからともなく唇を離す。
「ご主人様。先ほどお願いした二人だけの時間についてですが、セリーとも一緒に過ごしてあげてください」
穏やかな笑みを浮かべてそう言った彼女を見て、申し訳なさが湧き上がった。
「ロクサーヌ……。本当にごめん……」
「大切なご主人様にたくさんかわいがっていただけたのです。私なら大丈夫です」
その言葉を聞いて狂おしいほどにロクサーヌへの愛おしさが湧き上がってくる。
彼女を一生大切にしていかなくては。
決意を新たにしながら、その体を抱きしめた。
身だしなみを整え、スライムとコボルトのスキル結晶をアイテムボックスに入れて帝都へ移動する。
図書館に入るとセリーは既にエントランスで待っており、俺たちを見つけ嬉しそうに近寄ってきた。
「迎えに来ていただき、ありがとうございます」
彼女が御礼の言葉を発した途端に酒の匂いが鼻を突く。
しかし、彼女の視線が俺の首筋を捉えた瞬間、スンと笑みが消え去りジトッとした目をこちらに向けてくる。
あー……。キスマークを見たことで除け者にされたと思ったのかもしれない。
どうしたもんかなぁ……。
「大丈夫ですよ。ご主人様はあなたとも二人きりの時間を持つそうですから安心してください。ふふ。セリーは本当にご主人様のことが好きな上に嫉妬深いですね」
おいおい。どの口でそんなことを言うんだ。
嫉妬深さに関しては他の追随を許さない君が言えたことか。
それを聞いたセリーはこちらに顔を向け、上目遣いで問いかけてきた。
「本当ですか……」
安心してもらうため、笑顔を心掛けながら口を開く。
「もちろんだ。セリーが望んでくれるのなら是非二人きりの時間を持ちたい。どうだ? 君も望んでくれるか?」
「当然です! ご主人様と二人きりで過ごすことができるなんて、まるで夢のようです!」
うおっ。食い気味に返事をしたぞ。
そう思ってくれていることが伝わってきて、めちゃくちゃ嬉しいよなぁ。
ロクサーヌを確認すると、微笑みながら俺たちの様子を見守っていた。
思うところがあるだろうに、気を遣ってくれて本当に良い娘だわ。
これからも彼女たちのことを大切にしていかなければ。
セリーが笑顔に戻ったところで、気になっていたことを問いかけてみた。
「水と呼ばれる酒を飲んだのか?」
「水をご存じでしたか。昼食をとって水も何杯か飲みました。余った分はお返ししますね」
セリーはリュックを下ろして巾着袋を取り出そうとする。
ロクサーヌを見遣ると微笑みながら頷いた。
俺の気持ちを察してくれたようだな。
彼女の手のひらに乗っている硬貨の中から、預託金の分だけを取って告げる。
「残りは調べものをしてくれたセリーへの報酬にするので、返す必要はない」
「よろしいのですか?」
「うむ。問題ない」
それを聞いたセリーはかわいらしい笑みを浮かべて口を開く。
「ご主人様。ありがとうございます」
なあに。いいってことよ。
さすがに町中で融合を行うわけにはいかないため、一旦自宅へ戻りセリーへ事情を説明する。
「実は武器屋と防具屋を巡っているときにダマスカス鋼の大盾を見つけてね」
「ダマスカス鋼の大盾!? 大盾自体が店売りされることがほとんどないのにダマスカス鋼製ですか!?」
おー。驚いてる、驚いてる。
「ふふ。セリー、それだけではありませんよ。ご主人様の鑑定でスキルスロットが付いていることも確認しています」
「スキルスロットまで! 絶対融合に成功するということですか!」
ロクサーヌが得意気に告げると、セリーからさらに大きな声が上がった。
彼女が落ち着きを取り戻したところで本題に入る。
「その大盾を購入しようとしたところで、いきなり譲ってもらえないかと声を掛けられたんだ」
「もう支払いの段階だったんですよね? 非常識な話です」
そのかわいい顔に呆れたような表情を張りつけながら、セリーが呟いた。
「まあ、その男にも事情があったようだからね。ちょっと前に待機部屋で出会った竜人族の男がいたでしょ? 声を掛けてきたのは彼だったんだ」
それを聞いた彼女は少し考え、納得したように口を開く。
「なるほど。彼はソロで探索をしていましたね。それなら、装備品に執着するのも分かります」
一人で迷宮に挑むなら装備品は生死を分けるに違いない。
何としてでも手に入れたいという気持ちは理解できる。
「それで、大盾は竜人族にしか使いこなせないから譲ってくれないかと言われた。だけど、俺たちの方もいずれ竜人族であるベスタが加入するからね。その話は断ることにしたんだ」
「そうですね。パーティーに竜人族が加入する予定があるのです。譲ることはできません」
そう言ってセリーは頷いている。
「でも、竜人族の奴隷が加入する予定があるとは言うことは出来ない。それで、断るために適当なことを言ったんだけど、話が変な風に転がってスキル結晶を融合して彼に売却することになってしまった」
「そうなのですか……。スキル結晶は何を融合するのでしょう?」
少しだけもったいないと言いたげな表情を浮かべながら尋ねてきた。
「物理ダメージ削減を付けるため、スライムとコボルトを融合することになっている」
「頑強のダマスカス鋼大盾ですね……。どのくらいの額で売却なさるのですか?」
「五十万ナールで売却するつもり」
「五十万ナール!? ご主人様! いけません! 安すぎます!」
金額を聞いたセリーは慌てふためき、大声を上げてこちらへ近づいてくる。
なるほど。セリーはある程度相場を把握しているのか。
今後色々と相談に乗ってもらえそうだな。
興奮している彼女の肩へ手を置いて声を掛ける。
「大丈夫、大丈夫。五十万ナール以外にも、彼の装備しているダマスカス鋼のグリーヴを譲り受けることになっているんだ。これにはスキルスロットが四つも付いているんだよ」
「四つ! ダマスカス鋼のグリーヴにスキルスロットが四つも付いているのですか!?」
俺の言葉でさらにギアが一段上がったようだ。
「そう。これほど貴重なものを入手できる機会は多くないだろうからね。だから五十万ナールでも問題ないんだ」
「そういうことだったのですか。本当にご主人様の鑑定はとんでもないです」
ふふん。まあ、それほどでもあるけどね。
「そうですね。こんなにすごい力を持っているのは世界広しといえども、ご主人様をおいて他にいないでしょう」
いや、君は褒めすぎだから。
平静を取り戻したセリーが口を開く。
「それにしても、スロットが四つ付いたダマスカス鋼のプレートメイルに三つのダマスカス鋼のガントレット。そして、今回も四つのダマスカス鋼のグリーヴですか……。ベスタの装備品ばかり充実していきますね……」
マジでそれな。彼女の装備品ばかり貴重なものが揃っていくわ。どうしてこう偏るかねぇ。
そのうちオリハルコンや聖銀製の装備品まで手に入ったりして。
……まあ、そんな都合よく行くはずないか。
念のため毘盧帽をかぶってもらい、スライムとコボルトのスキル結晶、それからダマスカス鋼の大盾を取り出す。
セリーはそれを受け取ると何の気負いもなく詠唱を呟き、あっさりと融合を成功させた。
頑強のダマスカス鋼大盾 盾
スキル 物理ダメージ削減
オッケー。完璧だ。
「さすがセリーです。今回もご主人様のお役に立てましたね」
「はい。融合に成功したのはご主人様のおかげですが、お役に立てて嬉しいです」
「ふふ。そうですね。でも、融合を成功させたのはセリーなのですから、それは誇ってもいいのですよ」
「ロクサーヌさん……。ありがとうございます」
嬉しそうに『いせはれ!』をしている彼女たちを見ながら考えを巡らせる。
セリーは俺の言うことを完全に信用している様子で、融合を躊躇う様子が一切ない。
彼女との間に信頼関係を築くことが出来ているということだろう。それが本当に嬉しいよなぁ。
返却された毘盧帽をポイントに戻して三十パーセント値引に変更し、大盾をアイテムボックスにしまう。
それが済むと二人に声を掛けた。
「それじゃあ、ベイルへ行こう」
「かしこまりました」
「ベイルですか?」
すると、セリーは不思議そうな表情を浮かべる。
おっと。この後の予定について説明していなかったか。
説明を聞いた彼女は口を開く。
「なるほど。そういうことだったのですね。私も調べたことをお二人に報告したかったので、ちょうどよかったです」
セリーはそう言って笑みを浮かべた。
というからには何らかの成果があったのだろう。
このじらし上手さんめ。期待が膨らんでしまうじゃないか。
すぐにでも報告を聞きたくなるが、好奇心を抑えてワープゲートを開く。
ベイル亭に入ると賑やかな声が聞こえてくる。
おそらく、今日の探索を終えた者たちが戻ってきているのだろう。
受付に近づくと、俺たちに気が付いたエマーロ族の男が声を掛けてきた。
「今日二回目だよな? どうしたんだ?」
「待ち合わせをしていてな。アンドレアという男を呼び出してもらえるか?」
「少し待ってくれ」
そう言うと彼は帳面を捲り始める。
「ああ。確かに泊っている。それに今日はもう戻っているようだから、すぐに呼び出そう」
他の従業員にアンドレアを呼びに行くように伝えると、俺たちの方へ顔を向けた。
「そう時間はかからないと思うから、少し待っていてくれ」
……おいおい。簡単に応じたぞ。日本だと絶対にありえない対応だ。
ルークもハルツ公に俺の情報を伝えていたし、この世界に個人情報保護なんて概念はないんだろうなぁ。
「助かった。用件が済んだら夕食をとろうと思うのだが、問題ないだろうか?」
確認すると彼は困ったような表情を浮かべる。
「あー。すまない。食事だけの利用は宿泊客の朝食が終わってから、夕食が始まるまでの間だけなんだ。本当に申し訳ない」
うそーん。マジで?
リサーチ不足に内心へこんでいると、ロクサーヌが声を掛けてきた。
「ご主人様、いつものように夕食を作りますので問題ありません」
「はい。私たちにおまかせください」
俺のチョンボを責めることなく、フォローしてくれるなんて……。
本当になんて良い娘たちなんだろう……。
「二人ともありがとう。それじゃあ、用件が済んだら買いも――」
「おお! アユムさんじゃないか! こんなところでどうしたんだ?」
感謝を述べ、夕食について話そうとしたところで横から大きな声が聞こえてくる。
そちらを向くと朝にボーデで会ったケヴィンが立っていた。
ああ。こいつらのパーティーもここに泊まっているんだったか。
一人でいるところを見るに、救援物資の運搬を終わらせてボーデから戻ってきたところなのかもしれない。
「よう。人を訪ねてきたんだが、今は来るのを待っているところでな」
彼は俺の首筋に目を遣ったものの、気にしないことにしたのか、そのまま会話を続ける。
「そうだったのか。今日は妙に縁があるな」
確かにそうだわ。会うつもりはなかったのに二回も遭遇してしまった。
彼と話していると、ペルマスクに送ってもらったときにした約束を思い出す。
そういえば、ベイル亭で会ったときに飯代を出すって言ったんだっけか。
「ケヴィンにはペルマスクへ送ってもらった借りがあるからな。以前約束した通り、今日の夕食代は俺に出させてくれ」
「そういえば、そんな話もあったな。本当にいいのか?」
「もちろんだ。他のメンバーは宿にいるのか?」
「アユムさん、ありがとう。たぶんいるだろうから声を掛けてくる」
ケヴィンは受付の男に戻った旨を告げ、階段を上がっていく。
予想外の出費が発生することになるが、借りを作ったままってのはどうにも落ち着かない。早めに返しておいた方がいいだろう。
すると、俺たちのやり取りを見ていた旅亭の男が話し掛けてきた。
「さっきの夕食の件だが、うちの宿泊客と一緒ならあんたたちの利用も問題ないぞ。食べていくか?」
うん? あー……。どうだろう? 他の奴と一緒でもいいのか?
「ロクサーヌ、セリー。他の者が同席していても問題ないか?」
「はい。大丈夫です」
「私も問題ありません」
奴隷だから同席出来ないとか言われなくて本当によかった。
彼女たちは俺と共に過ごしているうちに、一般的な奴隷としての感覚がなくなってきている。きっとこれは良い傾向だろう。
「それじゃあ、俺たちも夕食を――」
「アユム! 来てくれたんだな! 結果はどうだったんだ!」
夕食を頼もうとしたところ、大きな声がエントランスに響き渡った。
振り替えると軽装のアンドレアが、のっしのっしとこちらへ向かってくる。
さすがに宿では装備品を身に着けていないのか。
ん? 今までは肘までガントレットに覆われていたので気が付かなかったが、腕に棘が生えていないぞ?
挿絵やアニメで目にしたベスタには生えていたが、竜人族全員に生えているわけではなく、個人差があるのだろうか?
いや、待てよ……。文章では腕に棘が生えているなんて描写は一切なかった。セリーの髪の色と同じく、この世界の竜人族にはついていないのかもしれない。
彼が目の前まで来たところで思索を打ち切り、結果を告げた。
「セリーのおかげで無事融合に成功した。明日にでも防具商人に確認してもらえるか」
「おお! まさか頑強のダマスカス鋼大盾を手に入れる日が来るとは! アユム、本当にありがとう!」
アンドレアはそう言って右手を差し出してきたので、握手を交わしながら答える。
「なに。正当な取引なんだ。気にすることはない」
というかシャークトレードですしおすし。
「それで、夕食はどうするんだ?」
会話が途切れたタイミングで受付の男が尋ねてきた。
……せっかく縁ができたんだ。この男も誘ってみよう。
アンドレアの方を見遣ると、こちらの首筋を見て呆れたような表情を浮かべていた。
午前中には付いてなかったキスマークが夕方には付いている。日中に盛っていたことが丸分かりだ。
たぶんケヴィンも同じことを思ったんだろうなぁ。
気まずさを押し殺しながら彼に問いかける。
「アンドレア。俺たちはこれから食事をするんだが、あんたも一緒にどうだ? もちろん誘っているんだから食事代は俺が出す」
彼はスルーすることにしたのか、それについては何も言わず質問に答えた。
「アユムとはちゃんと話をしたいと思っていたからな。是非頼む」
オッケー、オッケー。それじゃあ、一名追加だ。
受付で返事を待っている男に答える。
「それじゃあ、俺たちも一緒に夕食を――」
「アユムさん、他の奴らもつれてきたぞ。よろしく頼む」
「世話になる」
「ありがとうな」
「よろしくお願いいたします」
ええい。さっきから言葉を遮られまくってるじゃねーか。何なんだ一体。
感謝の言葉を述べながらこちらに近づいてきたケヴィンたちは、アンドレアの顔を確認すると声を上げた。
「鉄壁じゃないか。こんなところでどうしたんだ?」
「おお。本当だ。鉄壁のアンドレアだ」
「拠点を移したのか?」
あん? こいつら知り合いか?
「おいおい、迷宮の嵐じゃねーか。お前たちの方こそなんでベイルにいるんだ? それに、あの跳ねっ返りはどうした?」
鉄壁って何? 迷宮の嵐って?
そのまま会話を続けようとしている男たちを遮って声を掛ける。
「待ってくれ。色々あるだろうが、飯でも食いながら話をしようじゃないか」
田川 歩 男 18歳
探索者Lv39 英雄Lv34 魔法使いLv38
装備 硬革の靴 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:1
キャラクター再設定:1
サードジョブ:3
必要経験値二十分の一:63
詠唱省略:3
ワープ:1
鑑定:1
ジョブ設定:1
三十パーセント値引:63
所持金:1,067,415ナール
春の37日目