商人ギルドを出て物陰に向かって歩いていると、尻尾をブンブン振りつつ嬉しそうな顔でロクサーヌが話しかけてきた。
「先ほどのご主人様は威厳に満ちていてとても素敵でした。おそらく、あの者も畏怖の念を抱き今後は情報を流すような真似を控えるでしょう」
いやぁ。それはないんじゃないかなぁ。
あの野郎、決闘をチラつかせて牽制したというのに、融合に成功した装備品を自分へ流せと言ったんだぞ?
ぶっちゃけ、全然懲りていないようだった。
線の細いイケメンだがかなりの図太さだ。まあ、それこそが仲買人に相応しい気質なのだろう。
俺たちの様子を見ていたセリーが、眉間にしわを寄せながら口を開く。
「ロクサーヌさん、仲買人を甘く見てはいけません。殊勝な態度を見せていたとしても、腹の中ではどうやって出し抜こうか考えているに違いありません」
……この娘はこの娘で相当屈折してんなぁ。
「まあ、次に同じことをするようなら、覚悟をしてもらうさ」
「ふふ。そうですね。そうなった場合はご主人様の強さを見せつけてやりましょう」
「はい。本気を出したご主人様に敵うものなどおりません」
俺の言葉を聞くと、彼女たちは輝くような笑みを浮かべてそう言った。
すぐ隣に本気を出したご主人様以上に強いお嬢さんがいるんだよなぁ……。
ボーデの冒険者ギルドから外へ出ると、昨日とは違い大通りをたくさんの人が行き交っている。
「随分人が多いな」
「おそらく市が立つ日なのだと思います」
俺が漏らした言葉にロクサーヌが答えてくれた。
ああ、なるほど。そういうことか。
おそらく町ごとに市が立つ日が違うのだろう。
ベイルの商店も普段は買い付けに行っているようだし、仕入や売却を行うにはその方がいいのかもしれない。
武器や防具を扱っている店もあるんだろうか?
問いかけてみるとセリーが答える。
「ハルツ公爵領の領都なので確実にあるはずです」
おお! それは絶対に行ってみなければ!
「では、コハクを購入したら回ってみよう」
「はい。良い装備品が見つかるといいですね」
「もし掘り出し物があった場合、ご主人様なら確実にそれを見つけ出せるので本当に楽しみです」
そうだなぁ。掘り出し物が見つかるといいなぁ。
「いらっしゃいませ」
店に入るとカウンターに座っているネコミミの女性店員が挨拶をしてくれた。
輝くような銀髪のボブカットにそこから生えている丸みを帯びた三角の耳。顔の方も丸っこくてとてもキュートだ。
何気に猫人族の若い女性を間近で見たのは初めてかもしれない。
うん。実に愛らしい。
俺はイヌミミも大好きだがネコミミだって大好きな男。見ているだけで癒される。
「ご主人様」
その言葉を聞いて心臓がドクンと跳ねた。
いつも通りの美しい声なのに得体のしれないプレッシャーを感じてしまう。
恐る恐る振り返るとそこには美しい笑みを浮かべた女性と、信じられないくらい冷たい眼差しを向けている女性が……。
違う、違う! そういうんじゃないから! 見てただけだから! ネコミミモードだなって思ってただけだから!
「う、うむ。まずは用件を済ませることにしよう。その後は二人のネックレスだな」
不思議そうな表情を浮かべている女性店員に見守られながら、なんとか彼女たちの機嫌を取る。
ようやく二人がにこやかな笑みに戻ったところでカウンターに近寄り、リュックから紹介状を出して店員へ差し出す。
「ハルツ公よりこちらの店をご紹介いただいてな。店主はいるだろうか」
彼女はその言葉に大きく目を見開いた。
「しょ、少々お待ちください」
手紙を受け取ると慌てて店の奥へ入っていく。
さすが公爵閣下の紹介状。ハンパない神通力だ。
俺は反骨心を決して表に出さず、長い物に巻かれることにまったく躊躇を持たない男。
小物臭が漂おうとも全力で虎の威を借りまくってやるぞ! コンコン!
左右の手でキツネの形を作りコンコンとジェスチャーをしていると、セリーがジトっとした目でこちらを見つめていた。
「あの……、何をしていらっしゃるのですか?」
え? 何をって言われても……。
「ツ、ツーアウト……」
「はぁ?」
彼女は呆れた顔で声を漏らす。
クソほどすべった……。
野球なんてない世界だもの。そりゃそうなるわ……。
「……まあ大した意味はない。気にするな」
こんな場所で地球の故事成語を解説するわけにもいかないため有耶無耶にしておく。
すると、ほほえましいものを見るような眼差しを俺に向けながら、ロクサーヌが口を開いた。
「ふふ。ご主人様は時折子供のような突拍子もないことをなさる、かわいらしいお方ですから」
ロクサーヌさん……。それは全然フォローになってないっす……。
それにしても、セリーは完全にうちへ馴染んだよなぁ。
やさぐれ要素はないものの自分の意見をはっきりと口にするし、変な言動を取ると例の目で見られてしまう。
俺にMっ気はないが、これはこれでめちゃくちゃかわいいわ。
しかしこの娘、俺やミチオ以外に購入されていたらどうなったんだろう?
この世界の奴隷に彼女のような態度は認められているのだろうか?
正直、かなり不味いことになるような気がするぞ。
まあ、あり得ないことを考える必要はないか。
いまセリーは俺たちと共にいる。それがすべてだ。
カウンターの前で待っていたところ、バタバタと音を立てながらネコミミのおっさんがやってきた。
「申し訳ありません、お待たせいたしました。ご用件をうかがいますのでこちらへどうぞ」
彼に案内され奥の部屋へ通される。
壁には絵画が飾られ床には絨毯も敷かれており、その上には大きな長いテーブルと両サイドにベンチが据えてあった。
おそらく商談用の部屋なのだろう。
今日は彼女たちのネックレスを購入すると伝えているためか、二人も勧められるままに腰を下ろす。
いや、今までは仲買人が信用できなかったせいで、警護を行っていたのかもしれないな。
女性店員がハーブティーを置いて部屋から下がったところでコハク商人が話を切り出した。
「公爵様直々の紹介状をお持ちのお方がお越しになるとは……。本当に驚きました」
「うむ。ありがたくも公爵閣下よりペルマスクの鏡の買い付けをおまかせいただいたのでな。その際にコハクを商う許可もいただいた」
彼は一つ頷き言葉を続ける。
「近場で販売されては困りますが、ペルマスクとなればまったく問題ございません。それでは早速商品をご覧いただきましょう」
コハク商人はそう言うとテーブルの下をゴソゴソ探って箱を取り出した。
そして、その箱が開くと楕円形で透明度の高い黄色の、いや琥珀色の宝石が現れる。
へー。これが本物のコハクか。宝石にはまったく縁のない生活をしていたから初めて見たわ。
「わあ、とても綺麗ですね」
「はい。透明度が高く良い物のようです」
二人は心を奪われたような表情でそれを見つめながら声を上げた。
「おっしゃる通りこちらは透明度が高く希少な品ですが、一つ五千ナールと大変お求めになりやすい価格となっております」
一粒五千かぁ……。キャミソールが六着で四千八百ナール。鉄の剣が一本四千ナールで、滋養錠と強壮錠がそれぞれ一個六千ナール。
うーん……。高いんだか安いんだかよくわからん。
「ペルマスクは工芸の都市だからな。加工済みの物より原石を購入させてもらいたい。それから彼女たちのネックレスを購入するので二人に選ばせてやりたいのだが、それは可能だろうか?」
その言葉を聞いたネコミミ商人は笑みを浮かべる。
きっと、高額なものを売りつけてやろうと思っているんだろうなぁ。
「ありがとうございます。それでは、商品をご用意いたしますので少々お待ちください」
そう言って彼は部屋を出ていった。
「ご主人様、ありがとうございます。装飾品を買っていただくなんて初めての経験で、本当に信じられないくらい幸せです」
輝くような笑みを浮かべながらロクサーヌが告げると、セリーもそれに続く。
「私も同じです。こんなに幸せなことが自分に起こるなんて想像もできませんでした。ありがとうございます、ご主人様」
そんなに喜んでもらえて、俺の方が幸せなくらいだわ。
「昨日言った通り値段のことは気にせず気に入った物を選んでくれ」
「はい! ありがとうございます!」
「お気遣いありがとうございます!」
良い笑顔だわー。グッドスマイルだわー。グッスマだわー。
三人でおしゃべりをしながら待っていると、店主が先程のネコミミ店員を連れて部屋に戻ってくる。
彼女はトレーを持っており、その上にはいくつかの木箱が載っていた。
「お待たせいたしました。お連れ様方のネックレスにつきましてはこの者が対応いたします」
女性がテーブルの左端にトレーを置くと、俺の右横に座っていたロクサーヌが席を立ち、そちらへ移動する。
そして、店員が次々と木箱のふたを開け始め、ネックレスを見るたびに二人が歓声を上げていた。
うん。楽しそうで何より。
俺と店主は右端へ移動して、商談再開だ。
彼は木箱を取り出し木箱を開くと、その中には黄色や赤っぽいもの。それから茶色や黒など様々な色の塊が入っている。
それを見せつつ、これが海岸で採れたものを粗削りしたコハクの原石であること、どういったものが高値を付けるかといったことを長々と説明していく。
どうやら透明度が高いもの、赤みがかったもの、虫などの異物が入っているもの。そういったものが貴重らしい。
しかし、この状態ではそれらを判別できないため、一律八百ナールでの販売となるそうだ。
ぶっちゃけ、スマホゲーのガチャと大差ないよなぁ。
さっき見せてもらった五千ナールの品はSSRなのだろう。
そしてほとんどはノーマルで、磨いたとて八百ナール以下に違いない。
SSRの排出率はどのくらいなのかね?
聞きかじりだがソシャゲでは最高レアリティの排出率が数パーセントで、その中で期間限定の目玉キャラは一パーセント未満という頭のおかしい確率らしい。
そんな話を聞くと、とても手を出す気にはならなかった。
……これ、冷静に考えたら仲買人より阿漕じゃないか?
まあ、今回に関してはRやSRもあるのだろうし、俺が磨くわけではなく原石を売りつけるだけなので問題ないといえば問題ない。
よし。それじゃあ一発かましておこう。
「うむ。では、それをもらおう。せっかく公爵閣下におすすめいただいた商いなのだ。それなりの数を揃えてペルマスクへ向かいたい。品質が良い物をできるだけ多く用意してもらえるか。そうでなければハルツ公爵家のメンツを潰してしまうことになるのでな」
その言葉に彼の顔は一瞬強張るものの、すぐに表情を整えた。
原作では十個までしか融通できないと言っていたが、実際のところはどうなのかね?
もっと手に入ると助かるのだが。
「かしこまりました。そのようなことは当商会といたしましても本意ではありません。できる限りの対応をさせていただきます」
そう言うと彼は再び部屋を出ていった。
コハクの商いを勧めてくれたのはゴスラーだし、俺がクズ石を掴まされたとしても公爵家のメンツは潰れないだろう。
しかし、今後しばらくペルマスクの鏡職人にコハクの原石を販売することになるのだ。
クズ石ばかりだった場合、断られたり値切られてしまう可能性がある。
この店だって損をするわけじゃないだろうからな。みんなで幸せになろうよ。
思索を打ち切り商品を選んでいるお嬢様たちに目を遣ると、ネックレスを首にあて、お互いに似合う似合うと言い合い大はしゃぎをしていた。
かわいいなぁ。
すると、俺が見ていることに気が付きロクサーヌが尋ねる。
「ご主人様、いかがでしょうか?」
透明度の高い赤みがかった大粒のコハクがいくつも連なっており、それがロクサーヌの白く美しいデコルテラインと大きなふくらみに映えていた。
「まるで女神そのものだ。よく似合っている」
「もう。ご主人様はいつもいつも大げさです」
だって、本当に似合っていて、そうとしか言いようがないんだもん。
それに、ロクサーヌさん? そんな嬉しそうな表情で言われましても。
そして、今度はセリーが同じように問いかけてきた。
「ご主人様、どうでしょうか?」
こちらは中央に赤身がかったコハクが配置され、その中にはアリが閉じ込められている。
そして、そこから左右に小さめのものが黄色、赤と連なっており、セリーの綺麗な肌と清楚なふくらみにマッチしていて、本当にかわいらしい。
「本当にかわいらしい。まるで妖精のような愛らしさだ」
「あ、あの……。ありがとうございます……」
彼女はその言葉を聞き、顔を真っ赤にさせて恥じらっている。
むちゃくちゃかわいいわぁ。
「ご主人様にお褒めいただいたので、私はこちらにしようと思います」
「私もご主人様に似合うと言っていただけた、これにします」
「うむ。ではそのように頼む」
ネコミミ店員に告げると彼女はニコニコしながら口を開いた。
「かしこまりました。本当にどちらもお二人によくお似合いです。それでは、準備を行います」
女性店員はそう言って購入しないもののふたを閉め始める。
そして、店主が大きめの箱を抱えて戻ってきたところで、彼女は二人が購入するネックレスを告げていた。
店主が頷くと、それぞれ別の布袋にしまっている。
あー。そういえば専用ケースがなかったんだよな。
このあとタルエムでケースを作ってもらうように頼まなければ。
コハク商人はテーブルの上に箱を置いてふたを取る。
すると、コハクの原石が大量に入っていた。
「おまたせいたしました。確実とは言えませんが、原石の状態においては選りすぐりの品となります。それを三十個ご用意させていただきました」
おお! 原作では十個だったのに三倍だ! やっぱあったんじゃないか! ハッタリをかましてよかったー! 公爵家の威光ハンパねー!
あ、いや、原作に比べ原石の購入日が相当早くなっているため、まだ売れる前だという可能性があるか。
原作ではすでに売れた後だったため在庫が少なく、十個しか用意できなかったのかもしれない。
「うむ。すべてもらおう」
「ありがとうございます。それではすぐに準備いたしますので、お支払いをお願いいたします」
おっと。その前にジュエリーボックスについて頼んでおかなければ。
「待ってくれ。彼女たちのネックレスなのだが専用の入れ物を作ってほしい」
「専用の入れ物ですか?」
不思議そうに尋ねる彼に説明を行う。
タルエムを使用してほしいこと、本体とふたに蝶番を付けパカパカ開くようにしてほしいこと、しかし持ち運びなどの際には簡単に開かないようにしてほしいこと、内側はふわふわでクッション性の高い素材を滑らかな布で覆い、コハクに傷がつかないようにしてほしいことを告げた。
「なるほど……。確かにそのような物があればコハクの高級感が増すことでしょう。しかし、どうして私どもにそのようなことを?」
「公爵閣下には本当にお世話になったのでな。ハルツ公爵領の名が高まれば少しでもご恩をお返しできるだろう」
「なんと……。そのようなお考えで……」
ミチオのアイデア丸パクリの上に、おためごかしを抜かしているだけなんで、そんな感激したような顔で見つめられると罪悪感が……。
「彼女たちの分を二つと閣下に献上する分を一つ頼む。その際にはこちらで世話になった旨も伝えておこう。その三つを作った後は自由に取り扱ってくれて構わない」
「そのようなことまで……。本当にありがとうございます」
まあ、魚心あれば水心ってことで仲良くやっていこうじゃないの。
「これほどのお気遣いをいただいたのです。入れ物のお代はいただけません。今後お客様についてはコハクのアクセサリーを購入した際に無料でお付けいたします」
「うむ。それは助かる」
おお。原作と同じくタダになってる。ラッキークッキーボヤッキー。
「そして、原石の方は一つ八百ナールの三十個で二万四千ナールですが、二万ナールといたします」
マジか!? 三割引とは関係なく値引をしてくれたぞ!
そして、ロクサーヌの選んだ方のネックレスを手で示し告げる。
「こちらのネックレスは七万五千ナールとなりますが、七万ナールといたしましょう」
七万五千!? 原作より二万五千も高いのか!
あ、いやいや。値段を気にするなと言ったのは俺だ。彼女が気に入ったものを購入できたことを喜ぶべきだろう。
それに、値引をしてくれたのだ。全然問題ない。
「そして、こちらのネックレスは七万二千ナールですが、同じく七万ナールで結構です」
大丈夫。セリーが気に入ったネックレスなのだ。何の問題もない。ないったらない。
すべての金額を確認したところで店主が告げる。
「それでは確認いたします。コハクの原石が三十個で二万ナール、ネックレスが二つで十四万ナール。合計十六万ナールとなりますが、公爵様直々にご紹介いただいた上に、良いアイデアを授けていただきましたので、今回は十一万二千ナールといたします」
くっ。五十万ナールが入ってきたばかりなのに早速十一万ナールが飛んでった。
この世界に来てから金銭感覚がおかしくなっているぞ。
支払いを済ませて店主から布袋を受け取る。
さすがに原石が三十個入っているだけあり、ずっしりとした重みが伝わってきた。
二人も女性店員からネックレスの入った袋を手渡される。
彼女たちは幸せそうな笑みを浮かべながらそれを抱きしめ、俺の方に体を向けるとロクサーヌが感謝を伝えてきた。
「本当にありがとうございます。ご主人様からいただいたこのネックレスを一生大切にします」
そして、セリーもその後に続く。
「こんなに嬉しい贈り物をいただいたのは生まれて初めてです。ご主人様、ありがとうございます」
……プレゼントをして本当に良かった。
「うむ。俺の方こそロクサーヌとセリーに喜んでもらえて幸せだ」
ほほえましい物を見るような視線を向けている店主と店員に礼を述べ、武器屋と防具屋の場所を確認してから店を出る。
田川 歩 男 18歳
探索者Lv39 英雄Lv34 魔法使いLv38
装備 硬革の靴 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:1
キャラクター再設定:1
サードジョブ:3
必要経験値二十分の一:63
詠唱省略:3
鑑定:1
ワープ:1
ジョブ設定:1
三十パーセント値引:63
所持金:1,431,793ナール
春の38日目