迷宮を脱出すると辺りはオレンジ色に染まっていた。
「ロクサーヌはすごいな。こんなに正確に時間がわかるなんて驚いた」
さすがロクサーヌの腹時計だ。この娘さんは一体いくつの能力を持っているのだろう?
狼人族でもとびぬけた性能を持つ鼻に正確な時間感覚。それから圧倒的な回避能力。
その回避能力の中には目の良さや身体能力が複合的に含まれているだろう。
そして、美人で可愛くスタイル抜群のうえに声まで最高。
もう絶対離れることなんてできない。
「お褒めいただきありがとうございます。これからもご主人様のお役に立てるように頑張ります」
「いや、今日だけでも多くの手助けをしてもらってとても助かった。ロクサーヌ、本当にありがとう」
「ご主人様……。私の方こそありがとうございます。前にいたパーティーでは私の意見は聞き入れられず戦闘にもほとんど参加させてもらえませんでした。ご主人様は私の意見に耳を傾けてくださいますし戦闘でも役割を与えてくださいます。お役に立てて本当にうれしいです」
そのパーティーは馬鹿なのかな?
ロクサーヌの鼻で素早く敵を発見して魔物の正面からタゲを取ってもらい、後ろや側面から安全に攻撃が出来ただろうになぜやらなかったんだろう?
……でも、何となく想像はつく。
これだけの美人さんだ。男性のパーティーメンバー達は格好つけてリーダーシップのあるところを見せようと自分の意見をゴリ押ししていたはず。
そして、彼女を後ろで待機させ前衛を張る自分の雄姿を見せたかったのだろう。
逆に女性のパーティーメンバーはそんな男性メンバーの態度で嫉妬心を抱き、ただただロクサーヌの存在が疎ましかった。
能力のある美人なんて認められるものではない。彼女の意見など到底聞き入れてもらえるはずがなかっただろう。
前のパーティーの男女構成がどんなものだったのかはわからないがそう外れていないと思う。
「これからも頼りにさせてもらうな。よろしく、ロクサーヌ」
「はい! ご主人様!」
ああ。尻尾が動いている。
ロクサーヌと少しずつ打ち解けているのだろうか?
そうだと嬉しいな。
森を抜け少し歩いたところにある冒険者ギルドに入るとやはり昼間に行った探索者ギルドよりも規模が大きい。
時間帯のせいもあるのだろうが人もそれなりに居て活気がある印象だ。
おっと、忘れず買取価格三十パーセント上昇をつけておかなくては。それに詠唱なしにアイテムボックスを使うわけにはいかない。詠唱省略を外しておこう。
若いミチオは呪文の詠唱を恥ずかしがっていたが、俺たちの年代では呪文を詠唱して魔法やスキルを使うのにあこがれがあったんだけどなぁ。
まあ、戦闘中はそんなことをいってられないんだが。
「いいだろうか? 買取を頼みたい」
「こちらにお願いします」
カウンターに座る受付嬢に告げるとトレーを差し出された。
「八百千五百のお宝を、収めし蔵の掛け金の、アイテムボックス、オープン」
やっぱり呪文詠唱をしてスキルを使うとテンション上がるな!
アイテムボックスからブランチを取り出しトレーへ置いていく。その数なんと七十三本!
これはすごすぎる。とても数時間の成果とは思えない。トレーに山盛りだ。
「確認してまいりますので少々お待ちください」
受付嬢はトレーを持ち奥へ入っていった。
この奥にはギルド神殿がありそこで精算しているとのことだが考えてみればこれも不思議な話だよな。
ギルド神殿に直接精算する機能があるのかそれとも商人などがいて精算しているのか。どちらにしてもカルクを所持していない人を通した間接的な取引だった場合でも、三割アップの効果があるということになる。
まあ、俺にとってはありがたいことなのだから深く考える必要はない。
後ろを振り返りロクサーヌに声をかける。
「ロクサーヌ、売却が終わったらそのまま宿に戻る。そのあとは装備品の整備をしよう。俺は今まで装備品の手入れをしたことがないから教えてもらえると助かる」
「はい。お任せください」
「それが終わると夕食かな。食事については同席して同じものを食べるようにな。立場が、とか野暮なことは言わないでくれよ? あ、もちろん苦手なものがあれば別のメニューを頼んでもかまわない」
「え? よろしいのですか?」
「もちろんだ。俺はロクサーヌと一緒に食事ができることが楽しみだ」
「ありがとうございます! ご主人様!」
おお。また尻尾が動いた。表情もニッコニコでめちゃくちゃ喜んでくれている。
本当に可愛いなぁ。
「お待たせいたしました。こちらが買取金となります」
確認すると銀貨九枚に銅貨四十九枚。
千ナールには届かなかったが迷宮にいた時間を考えると上出来だ。
しばらくは経験値効率を優先して生活費についてはドロップ品の売却で賄おう。それでも十分なほど稼げる。
そして、探索者レベル30を超えたところでボスマラソンの解禁だな。
銅貨を巾着袋へ入れリュックに納め銀貨をアイテムボックスにしまおうとしたところでふと気が付いた。
壁の近くに立っている男。
冒険者Lv28
あの冒険者の男はフィールドウォークで人を送って稼いでいるのではないだろうか?
「ロクサーヌ、確認したいことができたので少し待っていてもらえるか」
「はい」
男に近づき声をかける。
「すまない、帝都かクーラタルへ送ってもらえないか?」
「ああ。両方ともだいじょうぶだ。どっちにする?」
「両方に送ってもらうことはできるか?」
「問題ないぜ。先に帝都の方に行ってそのまま次にクーラタルだな。あとは、うーん……。まあ、そのリュックくらいならいいか。二回の移動で二百ナールだ」
「それでかまわない。頼む」
すまん。このリュックは確実に十キロ以上あって間違いなく負担になるだろう。万が一にも中身に言及されるわけにはいかないから何も言わないけどな。
銀貨二枚を男に渡し残りをアイテムボックスへしまい込む。
そうだ。ロクサーヌに一声かけておかないとびっくりさせてしまう。
「ロクサーヌ、ちょっと帝都とクーラタルを確認してくるので少し待っていてもらえるか」
「はい。お待ちしてます、ご主人様」
訳が分からない状況だろうにちゃんと待っていてくれるなんてな。
夜に説明するという言葉を信じてくれているんだろう。本当に健気でいい娘だ。
おっと、ロクサーヌとのパーティーを解除しておこう。
「友に応えし信頼の、心のきよむ誠実の、パーティー編成」
男が呪文の詠唱を終えるとパーティー申請画面が脳内に浮かび上がる。
もちろんはいで。
これも不思議な感覚だよなぁ。
男はまた呪文を唱えると開いたゲートへすぐに潜っていったので慌てて俺も後に続く。
黒い靄を抜けると目の前には落下防止柵があり階下は大勢の人で賑わっている。さすが帝都というだけありベイルのギルドとは全然規模が違う。
「すごいな。ここが帝都か」
「ああ。それじゃあ次はクーラタルだな」
おいおい、忙しないな。どんだけせっかちなんだ。
立て続けに開かれたゲートに再度飛び込む。
「ここがクーラタルだ。それじゃあ俺はこれで」
俺が移動してきたのを確認すると男はパーティーを解散し再びゲートを開いて去っていった。
クッソドライな対応だな、おい。
まあ、その方が気楽でいいんだけどさ。
それじゃあ戻るか。
キャラクター再設定を開きワープをセットする。
ワープの詠唱を人に聞かれるわけにはいかない。詠唱省略もつけておこう。
周囲の様子をうかがってみる。
うん。壁の近くに人はいないな。
よし。今のうちだ。
ベイルの冒険者ギルドの壁を思い浮かべワープと念じ出現したゲートの中に入っていく。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ただいま、ロクサーヌ」
ゲートを潜ると美しい礼でロクサーヌが迎えてくれた。これすごくいいな。
ロクサーヌに向かいパーティー編成と念じると即座に加入があった。
驚いて顔を見つめると彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべこちらを見つめている。
こんな表情もするんだ! めっちゃ可愛い!
俺も思わず笑ってしまいロクサーヌと笑顔で見つめあってしまった。
これは噂に聞くアオハル! まさか俺にこんなことが訪れるとは。
原作と同じところもたくさんあるけどそれでもやはり生身の人だ。違うところだって山ほどある。
『異世界迷宮でハーレムを』に登場するロクサーヌも大好きだったけど、今はもうここにいる俺だけのロクサーヌの事をもっと好きになってしまっている。
これからもずっとロクサーヌと一緒に生きていきたい。
元々強い意志をもってこの世界に来たつもりだったが、彼女に出会って一緒に過ごした数時間であらためてこの世界で生きていく覚悟が決まった。
もし、いま日本に帰れることになっても拒否一択だな。
クーラタルからベイルまでワープを行っているが気分の落ち込みは感じない。
英雄と魔法使いのレベルが上がっているためだろう。
一応念のためにキャラクター再設定を開き買取価格三十パーセント上昇を外してMP回復速度二十倍をつけておく。
夜の盗賊探索直前までつけておけばそれまでにMPは全回復しているはずだ。
「それじゃあ帰るか」
「はい。ご主人様」
あっ。値引スキルをつけておかないと。
MP回復速度上昇を値引スキルと入れ替えておく。
「よう。お疲れさん」
「ああ。ただいま。部屋で装備品の手入れをした後に夕食にしたい。食後にお湯とカンテラを二つずつ頼みたいんだが大丈夫か?」
「問題ないぞ。ダブルルームに泊まってもらっているんだ。お湯とカンテラ二つずつで四十二ナールにしとくよ」
「すまんな。助かる」
おそらく夜の捜索でカンテラを使うだろうから念のために二つ用意しておこう。
そして、キャラクター再設定を開き値引スキルとMP回復速度上昇を入れ替える。
我ながら少しの節約をするために慌ただしいことこの上ない。
「ロクサーヌ、それじゃあ装備品の手入れをしよう。まずは何をすればいいんだ?」
「手入れ用にしても問題ないようなくたびれた布があれば使わせていただきたいのですが、そういう布はありますか?」
さすがにロクサーヌの脱ぎたて下着を手入れ用の布にするのは問題があるよな。
もし俺がそれを持ったらドキドキして装備品の手入れどころじゃなくなるぞ。
まじまじと見つめたり匂いを嗅いだりしかねない。そういう部分においては自分のことを一切信用できない。
まあタオルはいくつか持ってきている。その中で一番古いやつを使えばいいか。
クローゼットを開けそこにかけられている中から一番古そうなものを選んでロクサーヌに手渡した。
「そのタオルを使ってくれ」
「ご主人様、このタオルはとても上等な物のように見えます。肌着を買っていただきましたので今私が身に着けているものを手入れ用にしようと思うのですが」
「ロクサーヌ、それはダメだ。俺がその布を持ったらドキドキして装備品の手入れどころではなくなる」
俺の言葉にロクサーヌは顔を赤く染めてしまった。
「そ、そうですね。では、そのタオルを使わせていただきますね」
そう言うと彼女はタオルにオリーブオイルをつけシミターを磨き始める。
「こんな感じで布に少し油をつけて磨いていきます。こうしていればいつまでも新品同様で気持ちよく使用することができます」
「それじゃあ、俺もロッドを磨いてみるか」
「ご主人様、あのすごい剣のお手入れはなさらないのですか?」
「ああ。あれについては少し事情があってな。この件についても後で説明しよう」
「はい。ありがとうございます」
それから俺たちは今日使用した装備品の手入れを行い、ついでに使用していないが銅の槍まで磨き終えたところで食堂へ降り夕食をとることにした。
食堂では入り口近くのテーブルに食事がいくつか置いてありこれがメニュー代わりになっていた。
「ロクサーヌはどれにする?」
「私はご主人様と同じものでお願いします」
あー。確か原作のロクサーヌもこうだったな。
「じゃあ俺はこのシチューと肉のやつにするがそれでかまわないか?」
「はい。お願いします」
給仕をしている旅亭の女性に食事とハーブティーを注文し席に着くとほとんど待ち時間なしに運ばれてきた。
テーブルの上に二人分のパンとスープ、それからシチューと焼肉が並ぶ。
「それじゃあ、食べるか」
「はい。いただきます」
いやこれ普通に美味くて驚くわ。
パンは柔らかいしスープもシチューも風味豊かで肉は日本で食べていた牛肉に引けをとらない。それにコショウもバッチリ利いている。
こちらに来るときに美味いものは食えなくなるかもしれないとある程度覚悟をしていたが全然問題ないな。
迷宮でドロップする食材のおかげだろうか食事についてはそれほど心配する必要はなさそうで一安心だ。
「美味いな」
「そうですね。本当に美味しいです」
よかった。ロクサーヌも満足そうだ。
「ロクサーヌと一緒に食事をとることができて本当に嬉しい。これからもよろしく頼むな」
「ご主人様……。私もとてもうれしいです。こちらこそよろしくお願いします」
結構な量があったが俺もロクサーヌもお残しすることなくぺろりと完食してしまった。
今日は買い物で歩き回り迷宮でも歩き詰めだった。そして、ほとんどを魔法一発で終わらせたとはいえ七十回以上の戦闘を行っていたのだ。体がカロリーを欲していたんだろうか?
食事が終わり食堂を出て受付の男に声をかける。
「今食事が終わったところだ。このあとお湯とカンテラを持ってきてもらえるか?」
「ああ、すぐに手配するよ。今日はもう外に出ないのか? それじゃあごゆっくり」
「ありがとう。そちらこそお疲れさん」
男と挨拶をかわし俺たちは部屋へと戻った。
田川 歩 男 18歳
魔法使いLv18 英雄Lv16 探索者Lv17 戦士Lv11
BP振分 残BP:9
キャラクター再設定:1
フォースジョブ:7
鑑定:1
必要経験値十分の一:31
詠唱省略:3
ワープ:1
MP回復速度二十倍:63
所持金:20,726ナール
春の2日目