いよいよ十六階層に挑むことになる。ここからは魔物が最大五匹出現するため今まで以上に気を引き締めなければならない。
「ビッチバタフライについて教えてもらえるか」
「かしこまりました。ビッチバタフライは飛行系の魔物で風魔法に弱く火魔法に耐性を持ちます。また、麻痺のスキル攻撃を行うため発動させないように気を付けなければなりません」
つまり、いつも通りってわけだな。オッケーオッケー。
ロクサーヌに地図を確認してもらい待機部屋を目指す。
途中にビッチバタフライ三匹とグラスビー二匹の混成部隊に遭遇するがブリーズストーム一発で片が付いた。
弱点属性が重なっていると戦闘が楽だな。魔法による戦闘は五匹でも問題ない。
やはり問題はMP回復時の接近戦だろう。
床に目を遣るとお馴染みの薄皮に包まれた物が転がっていた。
これが鱗粉か。確か青の染料なんだよな?
それを拾うために歩きだそうとしたところで大きな声が上がっる。
「さすがご主人様! すごいです!」
すごい? 一体何のさすごしゅなんだ?
戸惑っているとロクサーヌに続きセリーも興奮したように口を開く。
「まさか最初の戦闘でファンデーションが手に入るとは思いませんでした! かなり残り難いアイテムのはずですが本当にご主人様は運が良いです!」
ファンデーション? ファンデーションってあの? 化粧品の?
鑑定を付けていないせいでわからないが、あそこに転がっている薄皮に入ったものは鱗粉ではないのか?
俺を置いてけぼりにしたまま二人のテンションはすごいことになっており、ロクサーヌがこちらへグイグイ迫ってくる。
「ご覧ください。あの箱のようなものに入っているのがそうです」
彼女の指さす方へ目を遣ると確かに蜜蝋とも例の薄皮包みとも違うものが落ちていた。
「ビッチバタフライの残すファンデーションは肌のシミやそばかすなどを隠すのに使用され、すべての女性の憧れとなっているのです!」
強い強い。圧が強いって。
ん? でも、種族や住んでいる場所で肌の色は全然違うよな? そのあたりはどうなってるんだ?
「残るものは同じではなく様々な色のファンデーションが残るということか?」
不思議に思い二人に尋ねてみるとセリーがかぶりを振って答えた。
「いいえ。すべて同一の物ですが使用する人の肌に合わせて色が変化します」
マジか! さすがファンタジー世界! すげー!
「ですが、高級なお店でしか扱われておらず、それらも富豪や貴族が買い占めるため庶民に回ってくることはまずありません」
地球では考えられないような品にテンションが上がっているとセリーが憤ったような口調で告げる。
すると、ロクサーヌも同じように不満気に口を開いた。
「他にもボスであるマダムバタフライが残すマスカラやアイシャドウ。そして、その上位であるレディバタフライが稀に残す口紅といったアイテムも同じで、庶民が手にする機会はないのです」
へー。そんなものまであるのか。
正直、今までまったく縁がなかった物だからそのありがたみがまったく分からない。
でも、化粧品なんているのかね?
そんな物を使っていないという庶民の顔面偏差値も相当なものだぞ? この世界の人に化粧は必要ないと思うんだが……。
それに、店頭価格が高いというならそこからではなくギルド、もしくは迷宮探索者から直接買い取ればいいんじゃないのか?
疑問を覚えたため彼女たちに問いかけるとセリーが答えた。
「冒険者ギルドや探索者ギルドが買い取るドロップアイテムの中には、薬の材料や化粧品のように売先が決められているものがあるのです」
あー。なるほど。リーフをギルドから買い取ることはできないみたいなことか。
納得していると彼女はさらに続ける。
「そして、それらのギルド員には所属しているギルドでアイテムの売却を行わなければならないという義務があります。それは冒険者か探索者を伴って迷宮に入ったパーティーにも適用されるのです」
おいおい。クッソ面倒だな。
「迷宮の入口から希望する階層へ移動が可能で、さらに他の人を一緒に連れていくためのパーティー編成が使えるのも冒険者か探索者だけです」
そうだな。それらのジョブがなければ一階層から探索を始めなければならないってことになる。
まあ、どの階層の入口もボス部屋に戻ろうとすれば外に出てしまうため帰りは楽だろうけどさ。
「なので、迷宮探索を行うならどちらかのジョブは必須となります。そして、ギルドに所属していない冒険者や探索者はほとんどいません」
ここにいるぞ!
馬岱のようなことを考えているとロクサーヌも口を開く。
「所属ギルドのルールを破るとペナルティーを科せられたり、悪質な場合は奴隷に落とされてしまうこともあるのです」
出たよ。この世界の恐ろしいシステムが。
このシステムの何が怖いって盗賊のジョブを持っていた場合、相手の同意なく奴隷に落とすことが可能となる。
おそらくギルドの規約に違反した時点で盗賊のジョブを得てしまうのだろう。
そんなリスクがあるなら他に売ろうとはしないか。
いやでも、以前にも疑問に思ったが冒険者と探索者が所属しているパーティーはどうなるんだ? ドロップアイテムを折半してそれぞれのギルドに売却するとかやってられないだろ。
俺の質問を聞いたセリーが説明をしてくれる。
「どちらかに売却すれば問題ありません。一般的には自分たちの家に近いギルドへ売却することが多いようです」
なるほど。そういうことだったのか。
だが、そのルールはこの田川歩には適用されん。
なにしろ俺はフリーランスの探索者。高く買ってくれるところに持ち込んだって何の問題もない。
でもまあ、憧れだというのなら彼女たちに使ってもらう方がいいか。
「それなら、今後手に入った分については二人に渡すことにする」
「ご主人様、ありがとうございます。ですが、私たちなら大丈夫です。どうか売却して資金にしてください」
彼女たちで使用するように伝えたところ笑顔のロクサーヌに断られた。
「そうですね。日中を薄暗い迷宮で過ごす私たちには贅沢すぎます。それなら迷宮攻略を目指すために売却する方が有意義でしょう」
相変わらずセリーは論理的なことを言いなさる。
「うむ。まあ、二人は化粧をしなくても世界で五本の指に入る美しさだからな。それじゃあ、これは売却に回すとしよう」
この世界は美人やイケメンの宝庫だがその中でも彼女たちは群を抜いている。
すっぴんでこれとか正直わけわかんないもん。
「もう。迷宮でそんなことを言うなんて悪いご主人様です……」
その言葉を聞いてロクサーヌは頬を朱に染め照れたように口を開いた。
うわー。めちゃくちゃ可愛いー。
セリーの方も視線を落ち着きなく彷徨わせ、もじもじと恥じらっている様子が実に愛らしい。
二人が落ち着いたところで探索を再開し、程なくして待機部屋に到着する。
順番待ちがなかったためすぐに用意を整えボス戦だ。
その際に遊び人のレベルが上がっていることに気が付いた。
よし。これでまた少し魔法攻撃力が上がったな。順調、順調。
十六階層のボスであるマダムバタフライは羽に目玉のような模様が描かれた蝶だ。
その目玉にはバシバシな睫毛のような細長い毛とアイメイクのようなものまで施されておりその名の通りマダムっぽく見える。
なるほど。マスカラとアイシャドウをドロップするわけだ。
ブリーフィングでは通常攻撃でも麻痺になる確率が高く、スキル攻撃を受けると今の装備では確定で麻痺になるだろうとのことだ。
だが、今日編み出したダブルアタックはすこぶる強力で何の問題もなく撃破に成功してしまった。
これはとんでもない技だぞ。自分を律しておかなければ調子に乗ってしまうだろう。
魔法戦闘用にボーナスポイントの振り分けとジョブの変更を行ったところ剣士のレベルが7になっていた。
低レベルのうちは二十倍でもサクサク上がるわ。
そして、マダムバタフライのドロップアイテムに鑑定を掛ける。
マスカラ
うん。さっき聞いた通りだな。
マスカラと蜜蝋をアイテムボックスにしまったところでロクサーヌがこちらを見ながら告げた。
「ご主人様、そろそろ夕方になります」
もうそんな時間か。
よし。今日はここまでにしますかね。
ポイントの振り分けを行い二人へ声を掛ける。
「では、十七階層に進んでから八階層に下りMP回復を済ませてクーラタルへ戻る」
彼女たちが頷いたのを確認して次の階層へ続くゲートへ飛び込んだ。
買ってきた食材をキッチンにしまい庭へ出る。
さて、今日の修行はペルマスクの冒険者ギルドで検討したオーバーホエルミングの二重発動を試してみよう。
「ご主人様! 遂にですね!」
ボーナスポイントの振り分けを行おうとしたところ、尻尾をブンブン振りながらフルマックスのテンションでロクサーヌが話しかけてきた。
なんでそんなに嬉しそうにしているんだろう?
「このあと何かあったっけ?」
彼女に尋ねてみるとプクッと頬が膨らみ私は怒っていますと言いたげな表情に変わってしまう。
えー! ロクサーヌが不機嫌になってる!
ヤバい! 全然心当たりがない! 俺は一体何を忘れているんだ!?
「思い出せなくてごめんね。ロクサーヌ、何に怒っているの?」
「私は怒っていません」
怒っているじゃないですか。こっちを見てくれないし険のある声だし完全に怒っているじゃないですか。
「あの……」
その様子を見ていたセリーがおずおずと口を開く。
「私がこの家に来た日のことですが、修行をしているときに魔法攻撃が当たる可能性があるため、ご主人様は二人分の魔法ダメージを軽減する防具が揃うまで魔法攻撃を行わないとおっしゃっていました。そのことではないでしょうか……」
あっ。貝とコボルトのスキル結晶を融合してオラクルダマスカス鋼グリーヴを作ったからボーナス装備品と合わせて魔法ダメージを軽減する防具が二つ用意できるな。
つまり、ロクサーヌは魔法を用いた戦闘の再開を待ちわびており、遂にこの時が来たと喜びを分かち合おうとしたものの俺はそれをすっかり忘れていたと……。
……いやでも、普通そこまで魔法を用いた修行を楽しみにしているとは思わないって。
あ、いかん。この考えはよろしくない。
彼女を怒らせたのはそれを忘れていた俺の落ち度だ。ちゃんと謝ろう。
「ロクサーヌ。大切なことを忘れて本当にごめんね。今日からは魔法を使って君たちと戦うから許してくれる?」
なんちゅう謝罪の言葉だよ。我が言葉ながら完全にネジが外れている。
彼女相手じゃなきゃありえないわ。
「はい。よろしくお願いします。あの、ご主人様。私の方こそひどい態度を取ってしまい申し訳ありませんでした」
そう言ってロクサーヌは頭を下げた。
このくらいなんでもないということと修行が楽しみでウキウキしていた様子もかわいかったと伝え、俺も修行が楽しみだと告げたところで彼女に笑みが戻る。
よかったー。機嫌をなおしてくれた。
家内安全が一番だからな。
だが、今日はそれよりも優先しておきたいことがある。
「ロクサーヌ、セリー。俺の方でも試しておきたいことがあるんだ」
「はい? なんでしょうか?」
「試しておきたいことですか?」
二人の返事を聞いて話を続けた。
「以前、遊び人のスキルは持っているジョブの中から好きなものを選択できると話したと思う」
「はい。それによってご主人様は魔法を連続で使用しているのですよね」
ロクサーヌの相槌に頷きを返す。
「そう。それで、遊び人にオーバーホエルミングを設定してその発動中に再度使用したらどうなるのかを検証してみようと思うんだ」
思いつきを話していると彼女たちの表情がドンドン輝いていった。
「ご主人様がもっと速くなるということですか!」
「そんなことが可能だなんて本当に驚きです!」
「いや、まだできると決まったわけじゃない。とりあえず、魔法を用いた修行をする前に試してみよう」
その言葉を聞いて二人はキラキラと輝く瞳でこちらを見つめながら大きな声で返事をする。
「はい! とても楽しみです!」
「ご主人様と一緒にいると常識では考えられないことばかり起こるので本当に興味深いです!」
……一人はアトラクションを楽しむような雰囲気。もう一人は完全に好奇心に支配されているぞ。
まあ、二人が楽しそうならそれでいいや。
はしゃいでいる彼女たちを見ながらポイントの振り分けと装備の変更を済ませて修行を開始する。
セリーと共にロクサーヌを攻めるもすべて紙一重でかわされ、きついカウンターをもらって地面を転がり続けた。
何度も回復スキルである手当ての世話になりながら必死になって彼女へ食らいつく。
同じくセリーも悔しそうな表情を浮かべながら何度も立ち上がりロクサーヌへ挑み続けている。
「それでは、今日はここまでにしておきましょう」
しばらく模擬戦を続けていると地面に転がっている俺たちにロクサーヌがそう告げた。
……自分の成長をまったく実感できないんだが、少しは強くなっているのだろうか?
チート能力のおかげでおそらく世界でも上位の実力を持っているはずなのに、長く伸びそうになる鼻を毎日叩き折られイマイチ自分の力を信用することができない。
でもまあ、そのおかげで上には上がいると実感し無茶な真似を慎むことができている。ロクサーヌには感謝だな。
体力の回復とMPの回復を済ませ三人が待ちわびた時間がやってきた。
フォースジョブをサードジョブに落とし足装備六にチェックを入れて歩雲履を装備する。
実験後の魔法戦闘に備え遊び人の効果を知力中上昇から体力中上昇へ変えておく。
少しでも魔法の威力を落としておかないとな。
そして、スキルにオーバーホエルミングをセットした。
再設定時間があるので、あと一時間は魔法の威力が落ちる上にダブルスペルも使えなくなる。
そのため風呂焚きに支障をきたすが今回はしょうがない。
よし。オッケーだ。
「それじゃあ試してみよう」
「はい! とてもワクワクしますね!」
「本当に興味深いです」
得物を構えている二人と向き合いファイティングポーズをとる。
「いくよ!」
そして、一声かけてから念じた。
オーバーホエルミング
いつもと同じように周囲の景色がスローモーションになり彼女たちがゆっくり動き出す。
オーバーホエルミング
「ぐっ」
重ね掛けをした瞬間、精神と肉体に途轍もない圧力が掛かった。
なんだこれ! 一体どうなっている!?
まるで世界そのものから拒絶されているような恐ろしい感覚に襲われる。
今にも俺の存在が排除されてしまいそうな恐怖で精神がかき乱され、体にもまったく力が入らず寒気と震えが止まらない。
倒れ込みそうになるのを必死に堪えながら二人へ近づいていく。
周囲の様子はまるで時間が止まっているのではないかと錯覚してしまうほどで、そのせいで世界にただ一人取り残されたように感じ、ますます不安に苛まれる。
なんとか彼女たちのもとへたどり着き、まずはセリーの手を取って足払いをかけ地面に倒す。
続けてロクサーヌの体に手を伸ばすと驚いたことに俺の動きに反応しており体がごくわずかだが動いている。
マジか……。本当にとんでもない娘さんだ……。
しかし、速さが全然違うため彼女の体を難なく掴みそのまま地面へ転がした。
だが、気力が持ったのはそこまでで体が勝手に膝をつき荒い呼吸を繰り返す。
精神も肉体も限界に達しており自分を保つために倒れ込んでいるロクサーヌの体へ縋りついた。
信じられないほど長く感じた効果時間がようやく終わり、通常のオーバーホエルミングの状態へ戻る。
すると、ロクサーヌの手がスローで動き俺の背中を撫で始めた。
自分の存在を肯定されたような思いが湧き上がり、何もかも忘れて叫び出したくなる。
大丈夫だ。ロクサーヌは俺を受け入れてくれている。独りぼっちなんかじゃない。
心の中でそれを何度も繰り返しながら、さらに強く彼女の体にしがみついた。
それからしばらく経って時が元の流れを思い出す。
「ふぅ」
オーバーホエルミングが二重に発動したときには、普通では考えられないような気持ち悪さに襲われ、体にも相当な負担が掛かっていた。
脳内には連発したら酷いことが起こるというアラートが鳴り響き、実際に連発した場合は間違いなく厄災に見舞われていただろう。
これはシステム的な制限に引っかかったのかもしれない……。
「ご主人様! 大丈夫ですか!」
「先ほどの戦闘で怪我を負ったのですか!」
尋常ではない俺の様子を見て不安そうに尋ねる二人へ先ほどのことを伝える。
話を聞いたロクサーヌは深刻な表情で口を開いた。
「ご主人様。先ほどの技はもう使用なさらないでください」
「そうです。そんなに危ない技は使うべきではありません」
ロクサーヌを一捻りに出来るようなぶっ壊れ技だがあの感覚は普通じゃない。
彼女たちの言う通りだ。命が懸かったような状況でもない限り二度と使わない方がいいだろう。
「ロクサーヌ、セリー。心配してくれてありがとう。どうしようもない場面にでも遭遇しない限りあれは使わないようにするよ」
その言葉に二人は安心したような表情を浮かべていた。
田川 歩 男 18歳
探索者Lv39 英雄Lv34 遊び人Lv16 僧侶Lv15
装備 身代わりの硬革帽子 頑強の竜革鎧 倹約の硬革グローブ 藕絲歩雲履 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:0
キャラクター再設定:1
フォースジョブ:7
必要経験値二十分の一:63
詠唱省略:3
足装備六:63
所持金:1,567,686ナール
春の39日目