ロクサーヌとセリーが落ち着きを取り戻したところで、もう一つ確認しておかなければならないことについて考える。
これを聞いてセリーはどう思うんだろう? 傷つくことがないといいんだが……。
こちらを見つめている彼女たちへ切り出した。
「今日は春の五十日目だ。ということはミリアが加入するまで後五日ということになる」
それを聞いた二人はロクサーヌとセリーは表情を引き締める。
まずはこっちの方からだな。
「原作ではお金の都合があったせいで春の五十五日目の購入となっていたけど、俺たちは現在二百六十万ナール以上の資金がある。彼女が別の者に買われてしまうことを避けるためにもなるべく早く帝都の奴隷商を訪ねたい」
そう告げるとロクサーヌの表情が曇り、抱きしめているセリーの体がビクッと跳ねた。
「そう、ですね……」
「はい。ご主人様のおっしゃる通りだと思います……」
俺の言葉を肯定しているものの、彼女たちが動揺している様子が伝わってくる。
「それで、ミリアがいつから帝都の奴隷商にいたのかを一緒に考えてほしい」
落ち着かせるために抱きしめているセリーのお腹をゆっくりと撫でながら説明を行う。
奴隷商人は来て間もないと言っていたこと、ブラヒム語を全く理解しておらず単語でのやり取りも不可能だったことを伝える。
しばらく考え込んでいたロクサーヌが口を開いた。
「あの、一度訪ねて彼女がいなかった場合、また日を改めるというわけにはいかないのですか?」
あっ。そうか。原作では一回しか行っていなかったため、その発想が完全に抜けてたわ。
高額な買い物をするのだ。二度、三度と訪れて確認するのが普通だよな。
「ロクサーヌ、ありがとう。確かにその通りだ。それじゃあ、この後ハルツ公領の迷宮を回ったら帝都に行ってみよう」
「……はい」
彼女は複雑そうな表情を浮かべ頷いた。
褒められたことは嬉しいんだろうが、女性メンバーが増えることに思うところがあるのだろう。
本当に不誠実な男で申し訳ない……。
そして、もう一つ……。
「それから、二人も知っての通りボーナススキルの三十パーセント値引は、一度に複数の支払いが生じた場合に有効となるスキルだ。そのため、物語の中でミチオは遺言を行うことで割引を受けている」
「遺言ですか?」
こちらを見上げながら尋ねるセリーと目が合い少し動揺する。
原作ではその前に死後解放の遺言を行っており、ミリアを購入する際は自分の死後に彼女をセリーに相続させるという遺言をするのだが、ややこしくなるのでセリーに対する遺言を行ったことにしておこう。
「うん。セリーを死後解放するという遺言を行うんだ」
「そうですか。物語ではそのようになっているのですね」
「そこで、俺たちも同じようにしようと思うんだけど、どうかな?」
すると、彼女は不思議そうな表情を浮かべた。
「それなら、ロクサーヌさんの方が先なのではないですか? それとも、もう遺言がしてあるのですか?」
やっぱりそうくるよなぁ。
ロクサーヌがかぶりを振って答える。
「私は死後解放とはなっていません。ご主人様からお話をいただきましたがお断りしました」
「え!? そうなのですか!?」
それを聞いたセリーは驚いた表情で声を出す。
「はい。どんなことがあろうともご主人様のことは私がお守りします。この誓いが果たされない時こそ私が死ぬ時です。それに、ご主人様のいない世界で生きていくなど私には耐えられそうにありません」
その言葉を聞いた彼女は口をポカンと開いている。
他人が聞けば共依存バリバリのヤバい発言だろう。
でも、俺にとっては信じられないほど嬉しい言葉だ。
ロクサーヌだけを愛するとは口が裂けても言うことは出来ない。
だが、いつまでも彼女と共に生きていきたい。
この想いは絶対に変わらないし、変わるはずがない。
内心の喜びを押し殺しセリーに声を掛ける。
「ロクサーヌはこう言っているけど、君まで殉じる必要はない。どうかな?」
彼女はうつむき少し考え込む。
ロクサーヌとは生死を共にするつもりなのに、セリーには死後解放を持ち掛けている。
彼女を傷つけてしまっただろうか?
しばらく考えてから再び顔を上げ、こちらを真っすぐ見つめハッキリ告げた。
「はい。では、それでお願いします」
……ああ。そうか。そりゃそうだよな。
どうやら俺はだいぶ思い上がっていたようだ。それに、彼女のことも侮っていた。
うちのセリーは原作の彼女とは異なり、性格が少し穏やかで俺に対する想いもひしひしと感じられる。
そんな彼女に自分の死後に解放されるようにすると告げたら傷つくのではないかと考えたが、それとこれとはまったく別の話だ。
ロクサーヌの俺に対する想いとセリーのそれが同じはずないじゃないか。
彼女はこういった状況でも流されることなく、確固たる自己を持って理知的な対応ができる娘だ。
それがなんとも嬉しく、そして愛おしい。
想いがあふれ出し、こちらを見つめているセリーに顔を寄せていく。
重ねていた唇を離すと、むーという表情でこちらを見ているロクサーヌと目が合った。
いや。ごめんて。
ちょいちょいと手招きをしたところ、パッと表情を輝かせすぐさまこちらへ寄ってくる。
そして、俺の頬に手を添えると唇を重ね思いっきり舌に吸いついた。
ちょ! 最初からクライマックス!?
彼女に翻弄されまくった口づけを終え、どちらともなく顔を話すとロクサーヌはそのまま腕を絡める。
……どうやら向かいのソファーに戻るつもりはないらしい。
新しいメンバーが増えるかもしれないという状況なためか、セリーもそれを咎めるつもりはないようだ。
まあ、俺の方に否やはない。このまま話を続けよう。
「それで、ミリアについてもセリーと同じくアラン殿のところでブラヒム語を覚えてもらうため、この家ですぐに生活するというわけにはいかない」
「はい! そうですね!」
「私もそうでしたからね!」
めちゃくちゃ嬉しそうにしているが、別に彼女たちはミリアのことを疎ましく思っているわけではなく、ただもう少しだけ三人の生活を楽しみたいだけだろう。
「それで、彼女を迎え入れることができたら帝都とクーラタルで買い物をしてベイルに移動しよう。だけど、その際にはワープを使用するわけにはいかない」
「そうですね。購入時にインテリジェンスカードの確認を行うので、その時にご主人様のジョブが探索者だと確認されてしまうかもしれませんからね」
ロクサーヌが頷きながら答えた。
そうなんよなぁ。ワープで帝都からクーラタルやベイルに移動した場合、探索者なのにフィールドウォークを使用したと思われてしまう。
そのままこの家で暮らすなら問題ないだろうが、彼女はベイルの商館に預けることになるのだ。
「その方がいいでしょう。口止めしたとしても何かの拍子に口が滑ることが考えられます」
セリーも当然といった表情でそう言った。
ミリアを信じないわけじゃないけど、彼女に余計なリスクを背負わせるべきではない。
それに、近いうちに冒険者を取得できる。そうなれば何の憂いもなく大手を振って歩けるってもんだ。
こんなところかな? それじゃあ、少しのんびりしてから出よう。
三人で一塊になりソファーに体をあずけているとセリーが口を開いた。
「ご主人様、ハルツ公爵領の迷宮についてギルドで調べていた方がいいと思うのですが」
うーん……。ハルバーの迷宮については二十七階層までの情報はまとめwikiに載っているため、すぐに調べる必要はない。
ターレとボーデについてはろくに探索が進んでいないので求めている情報はまだギルドにないだろう。
パイプファイルを指さしながら彼女に答える。
「大丈夫。当面の情報はこいつで調べられるから急ぐ必要はないよ」
「そうなのですか? 本当にすごいですね」
セリーは感心したようにそれを見つめていた。
「あの、ご主人様」
おっと。今度はロクサーヌか。
「どうしたの?」
「ミリアは猫人族なのですよね?」
ん? ミリアの種族?
「そうだね」
「それならアラン様へ預ける前に魚料理を振舞ってはいかがでしょう? 猫人族は魚が好きな人が多いので、美味しい食事が与えられ、服や小物などを用意してもらえると分かれば、大切にしてもらえると実感し商館にいる間も不安なく過ごせるはずです。そして、ブラヒム語の勉強にも身が入ることでしょう」
なるほど。確かにその方がいいかもしれないな。
それにしても、彼女はセリーのときにも似たようなことを言っていた。
仲間が増えることに対しては複雑な思いがあるだろうに、本当に優しく思いやりにあふれた娘だ。
「ロクサーヌ、ありがとう。とてもいいアイデアだね。それじゃあアラン殿のところへ行くのは食事をしてからにしよう」
その言葉に二人は笑顔で頷いた。
マヨネーズと赤身のオイル漬けを昨日のうちに仕込んでいるが、今日は空振りの可能性が高いだろう。
帝都の奴隷商を訪ねる前日には準備しておくことにしよう。
きっとミリアも喜んでくれるはず……。
のんびり過ごした後は殺伐とした時間の到来だ。
とりあえず入口が開いたばかりのボーデの迷宮から回ることにする。
冒険者ギルドへ移動し、職員に場所を聞いて南にあるという迷宮の入口までの道のりを歩く。
お。あれか。
林の中に入るとロクサーヌが人の匂いがすると言い出したため、入口に常駐している探索者だとあたりを付けていたがビンゴだったようだ。
クーラタルの迷宮のように何もない空間に、土壁のような枠で囲われた黒いゲートが見え、その傍らには男が立っていた。
男に近づき声を掛ける。
「探索はどこまで進んでいる?」
「まだ一階層のボスも倒されていません」
昨日、見つかったばかりなんだ。まあ、しかたがないか。
うーん……。先ほど調べたところ、ここの十二階層でバラダム家と鉢合わせるのは春の七十五日目。今から二十五日後だ。
しかも、ミチオパーティーが自力で階層を上げるのではなく、エンブレムを提示して最高到達階層へ送ってもらっている。
低階層を自分たちで上がっていくのは面倒だし、俺たちもそれに倣うとしよう。
彼へ感謝を告げてゲートに体を埋めていく。
迷宮内へ入るとロクサーヌがスンスンと鼻を鳴らし始めた。
そして、すぐに口を開く。
「一階層はグリーンキャタピラーのようですね」
グリーンキャタピラーねぇ。
糸や絹の糸を集めようとするなら需要があるのかもしれないな。
物価から考えた場合、この世界の服は現代日本に比べると値段が高い。
確かに高いが、機械による大量生産が行われていなかった頃の地球における服の値段からすると、信じられないような安さだろう。
庶民が新品の服を購入するのは稀なのだろうが既製品だって存在している。
それを作り出せるほど布の余剰があるということだ。
おそらく、その理由はこういった迷宮があちこちにあり、駆け出しの迷宮探索者が大量の糸や絹の糸をギルドに持ち込むからなのだろう。
他にも羊の毛やヤギの毛、それにウサギの毛皮もそうだ。
それに、コボルトソルトのおかげで塩を巡って争うこともないだろうし、オリーブオイルを気軽に使えるので必要なカロリーだって賄いやすい。
迷宮を討伐しなければ生存圏を失ってしまうが、迷宮がなければ人の営みを維持することができない。
貴族はこの二律背反を抱えながら領地の舵取りをしなければならないのか。本当に大変そうだ……。
成り上がりを目指す以上、決して他人事じゃないんだよなぁ……。
ボーデの迷宮を出たら先ほどハルツ公に案内されたハルバーの迷宮へ移動する。
えーっと。ハインツ一味に出会うのは十二階層だったよな。
アイテムボックスから銀貨を取り出し、その横に立っている男に声を掛けた。
「十二階層へ頼む」
彼はそれを受け取りアイテムボックスにしまう。
「それでは、あなたたちのパーティーに加えていただけますか?」
ああ。パーティーに空きがあるならそっちの方がいいわな。
詠唱省略を外し、彼にパーティー申請を行う。
それが承諾されると口を開いた。
「それでは行きましょう」
あれ? そういえば、入り口から階層を指定して移動するのはこれが初めてか?
ベイルとクーラタル、それからザビルの迷宮は階層指定なしで一階層から入り、その後はワープで行き来している。
一体どんな感じになるんだ?
興味津々で彼の様子を見ているとそのままゲートに入っていった。
嘘!? おいてかれた!?
え? これどうすればいいの?
「ご主人様、行きましょう」
戸惑っているとロクサーヌに促され、俺たちもゲートに身を埋めていく。
移動した先には探索者の男が立っていた。
「ここが十二階層です」
正直、迷宮はどこも同じような感じなのでよく分からないが、彼がいるということはそうなのだろう。
しかし、特に何かをしている様子はなかったな。
まあ、自分たちだけで入るときに確認してみよう。
「このまま探索するのでしたら私をパーティーから外してください」
「うむ。ありがとう、世話になった」
パーティーを解除されると彼はすぐに戻っていった。
さて、俺たちだけになったな。
「ロクサーヌ。不審な者がいないか確認を頼む。例えば同じ場所から動いていない者や、パーティーの上限を超えるような人数でたむろしているような者たちだ」
「かしこまりました」
返事をして彼女がスンスン確認を始めると、セリーは緊張した様子でそれを見守っている。
発見したら対人戦を行うことになるのだ。緊張するのも無理はない。
しばらく匂いを嗅いでいたが、やがてかぶりを振って告げた。
「おそらく今はそういった者はいないようです」
それを聞いて俺とセリーの口から息が漏れた。
覚悟は決めているつもりだが、それでも体に力が入っていたようだ。
ハインツ一味はまだセルマー伯の領地で暴れ回っているのだろうか?
だが、奴らは春の六十日目にミチオに倒されたとき、迷宮の壁に遮蔽セメントを塗り込みダンジョンウォークを使えないエリアを作って、そこに獲物を誘導していた。
他の探索者や魔物が来る可能性があるのだ。一日二日でそんな作業を完遂することは難しいはず。
近いうちにここへ来るのは間違いない。そのときを待つとしよう。
「では、ターレの方へ行ってみよう」
「かしこまりました」
「はい」
二人の返事に頷きを返し迷宮から脱出する。
田川 歩 男 18歳
探索者Lv47 英雄Lv41 遊び人Lv35 魔法使いLv46
装備 身代わりの硬革帽子 頑強の竜革鎧 倹約の硬革グローブ 竜燐の靴 よりしろのイアリング
BP振分 残BP:2
キャラクター再設定:1
フォースジョブ:7
必要経験値二十分の一:63
詠唱省略:3
鑑定:1
ワープ:1
ジョブ設定:1
結晶化促進四倍:3
MP回復速度二十倍:63
所持金:2,611,787ナール
春の50日目