異世界迷宮へ行ったなら   作:三星織苑

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 特別篇 波のまにまに

 それを見つけたのは休日前の深夜。ベッドに寝ころびながらスマホでネットサーフィンをしている時だった。

 

自殺の決意をする前に

 

 どこのリンクをたどったのかは覚えていないが自殺防止のためだと思われるサイトにたどり着いていた。 

 

 んー? 会社はブラックだが別に死にたいと思うほど病んではいないんだよなぁ。

 でも、どんなことが書いてあるのか少し気になるぞ。

 

 好奇心に駆られ、入口をタップしてサイト内へ入る。

 

科学技術が発展した世界

海賊が跋扈する世界

古代世界

剣と魔法の世界

 

 あん? なんだこれ?

 

 四分割された画面には、それぞれの言葉に合わせた背景画像が表示されていた。

 

 あー。ソシャゲとかブラウザゲームとか、そういう感じ?

 てか、自殺を考えている人から金を搾り取ろうとしちゃいかんでしょ。

 この運営、炎上するんじゃないの?

 

 まあ、課金しなければ問題ないだろう。暇つぶしにちょっとやってみるか。

 

 えーっと。この中だと海賊が跋扈する世界だな。俺、ワンピースとか海皇紀みたいな海洋ロマンが好きだし。

 いや。その二つ以外は知らないんだけどね。

 

 画面を選ぶと次の選択肢が表示される。

 

人間だけがいる世界

人間と魚人のいる世界

人間と魚人と獣人のいる世界

人間と魚人と獣人と亜人のいる世界

 

 

 面倒くさいな……。適当に選んでいくべ。

 

 人間と魚人と獣人と亜人のいる世界をタップし、続けて表示された文化の数は普通、その次の国の数も普通を選択していった。

 

 戦争の頻度? ああ。PvPの有無ってことか。

 一人黙々と作業をするのが好きだし、パーティーやレイドは他人とコミュニケーションを取らないといけないから面倒。

 でも、まったくないのもどうかと思うしなぁ……。

 

 うーん……。これも普通にしておこう。

 

 普通をタップしたところ、今度は陸地と海の割合についての選択画面に移る。

 

陸地1:海9

陸地3:海7

陸地5:海5

 

 これ、3:7はともかく、他は人が居住可能な惑星なのかね?

 いや。ゲームだし突っ込むだけ野暮ってもんだな。

 

 海賊が跋扈する世界ってことは海が多ければ多いほど海賊の力が増す気がするが、プレイヤーは海賊なのか? それともそれを倒す側なのだろうか?

 どっちの陣営でプレイすることになるんだろう?

 

 うーん……。間を取って3:7にしておこう。これならどっちだろうと有利不利はないはず。

 

 それを選ぶと今度は魔法とスキルについての選択肢が現れた。

 

魔法の存在する世界

スキルの存在する世界

魔法とスキルが存在する世界

魔法もスキルも存在しない世界

 

 これはアリアリ一択だな。

 魔法もスキルもないような硬派なゲームは味気ないもん。

 

 ん? ダンジョンの数? 海戦以外にダンジョンなんて要素もあるのか。

 まあ、これも普通でいいや。

 

 へー。男女比ねぇ。

 これによってNPCの性別が変わるのかもしれない。

 

 それにしても……。

 

男9:女1

 

 なにそれ。地獄かな?

 

 かといって真逆もなぁ。

 

 男の海賊をぶっ殺す方がスカッとするに違いない。しかし、男ばかりだとプレイに対するモチベーションが保てないだろう。

 間を取って5:5にしておくか。

 

 それにしてもこんなに選択させられるなんて、どんだけサーバーを用意してるんだ? ちょっと普通じゃないぞ?

 ここまでで表示された選択肢の数は、種族数が四、文化の数が五、国の数が五、戦争の頻度が五、陸地の割合が三、魔法とスキルの有無が四、ダンジョンの数が五、男女比が五。

 

 仮に全部のサーバーがあった場合、えーっと、電卓、電卓。

 

 デスクチェアーに座り電卓を叩く。

 

 やばっ! 俺が選んだ海賊のゲームだけで十五万通り! アホか! そんな数のサーバーなんて用意できるわけがない!

 ということは、選んだ項目を参考に一番近いサーバーへ振り分けられるのだろう。

 いや。そもそも詐欺の可能性も高そうだ。個人情報を求められても入力するのはやめておこう。

 

 まあ、どうせ暇つぶしだし、どうでもいいや。

 

 男5:女5をタップすると言語設定の選択画面が表示された。

 

 日本語がない?

 つまりこれはUIの言語ではなく、ゲーム内キャラクターの言語ってことになる。

 そんなことに凝る必要はないだろうに……。

 

 うーん……。デフォルトのブラヒム語ってやつにしておこう。

 

 ボーナスポイントの設定?

 画面には34という数字の他に、やり直しと決定という二つのボタンが表示されている。

 

 うわぁ……。初期ボーナスがランダムだよ……。

 吟味しないといけないじゃん。めんどくせー。

 

 だけど、万が一このゲームにハマった場合、妥協すれば絶対に後悔するだろう。

 よし。動画でも見ながらリセマラすんべ。

 

 

 

 癒されるぅ……。やっぱゴルパピなんだよなぁ。これを見るだ――。あっ!

 

 一瞬、92って表示されてたよな?

 やっちまったー!

 

 あー、もう。マジかよ。くそっ。

 

 しゃーない。連打じゃなくてゆっくり確認しながらタップしよう。

 

 

 

 

 

 動画を見ながら数時間奮闘していると、遂にその時が訪れた。

 

99

 

 よっしゃ! 99! これがマックスだろ! フォントの色も金だし間違いない!

 これが罠で三桁以上のボーナスポイントがあっても、もう知らん。

 いつまでもこんな不毛なことをしていられない。

 

 決定をタップするとキャラクター設定という画面が現れた。

 画面上部にはボーナスポイントと書かれており、数は99になっている。先ほど取得したボーナスポイントが反映されているのだろう。

 そして、画面下部には決定というボタンが設置されていた。

 

 何より目を引く画面中央にはパラメーター設定やボーナス装備設定。それから、ボーナス呪文設定にボーナススキル設定、そしてボーナス船設定という項目が並んでいる。

 

 ふむ。ボーナスポイントを振り分けて初期ステータスや、初期ボーナスアイテムなんかを割り振るわけだな。

 

 

 

 色々試したところ、決定を押さなければ何度でも振り直しが可能。

 パラメーターについては腕力、体力、知力、精神、器用、敏捷の六つの項目があり、1ポイントで1ずつ上昇していく。

 しかし、その他の設定は必要ポイントが倍々に増えていった。

 例えばボーナス装備は武器、盾、頭、胴、腕、足、アクセサリーの七項目で、最大値が六となっているが、武器六を選ぶためには合計六十三ものポイントが必要になってしまう。

 

 ぶっちゃけ、この時点ではどんなゲームか分からないから、これが多いのか少ないのか予想ができない。

 攻略情報を検索しようにもゲーム名も運営会社も分からないしなぁ。

 

 ……まあ、とりあえず海賊が跋扈する世界なんだから船を選んどけばいいか。

 

 船六までポイントを振ると残数が36になる。

 

 うーん……。他に有用そうなのは何だろう。

 

 

 

 つらつらと確認していると良さそうなものが目についた。

 

 ダメージ限界突破。あらゆるゲームで強スキルとなっているんだ。間違いなく有用なはず。

 まあ、与ダメが上限に引っかかるまでは何の役にも立たないだろうし、序盤では間違いなく死にスキルとなるはずだ。

 だが、ゲーム中にこのスキルが楽に取得できるかわからない。七曜の武器並みの難易度だと俺には無理だ。ぶっちゃけ、ルールーとキマリの武器はあきらめたもん。

 たったの1ポイントだしここは振っておくべきだろう。

 ついでにレベル制限解除もとっておかないとな。

 

 あれ? パーティー項目解除に配下項目解除、それにジョブ設定?

 

 マジか? これがなければパーティーや配下のステータスをいじったり、自分でジョブを選ぶことができないってこと?

 それとも、ドラクエのダーマ神殿みたいに特定の施設へ行かなければ変更できない項目が、どこでもできるようになるってことなんだろうか?

 

 とりあえず、この三つも取っておこう。

 

 パーティー項目解除と配下項目解除にポイントを振り、続いてジョブ設定にチェックを入れると、先ほどと同じようにパーティージョブ設定という項目が現れた。

 

 うそーん。ジョブ設定とパーティージョブ設定が別扱いとかナシですやん。そこはまとめてもろて。

 

 腑に落ちないがそれにもポイントを振ると、今度は配下ジョブ設定という項目が現れる。

 

 おいおい。嘘だろ? しかも、これを取得するのに4ポイントも使うじゃないか。

 

 ……しゃーない。こいつも取っておこう。

 

 

 

 ん? 詠唱短縮?

 こんなものがあるってことは、このゲームには魔法やスキルの使用にキャストタイムが設定されているに違いない。

 そうなるとこれは絶対に必要になる。

 

 詠唱短縮にチェックを入れると詠唱省略という項目が現れた。

 

 またぁ? いや、取るよ? 取るけどさぁ。

 

 

 

 おお! キャラクター再設定!

 おそらく、ゲーム中にこのキャラクター設定画面が呼び出せるのだろう。

 これは確実に取っておかなくては!

 

 だが、これがあるからといってこの後、適当にポイントを振るのはやめておこう。

 設定できる範囲が少なくなっていたり、ポイントが減るといったデメリットも考えられる。

 

 残り21ポイントか……。

 

 よし。フォースジョブにしておこう。

 複数のジョブを使えるのはかなり有利になるはずだ。

 

 

 

 他に何かないかな……。

 

 うーん……。後は経験値系と鑑定でいこう。

 

 必要経験値二分の一と獲得経験値上昇、それに鑑定に振ったところで残りは1ポイント。

 まあ、これはクリティカル率上昇でいいや。

 

 よし。これでポイントを全て使い切った。

 一応念のために選択されているものを確認だ。

 

船六:63

ダメージ限界突破:1

レベル制限解除:1

パーティー項目解除:1

配下項目解除:1

配下ジョブ設定:7

詠唱省略:3

キャラクター再設定:1

フォースジョブ:15

鑑定:1

必要経験値二分の一:3

獲得経験値上昇:1

クリティカル率上昇:1

 

 オッケー。問題ナッシング。

 それじゃあ、決定っと。

 

 決定をタップすると画面が切り替わる。

 

 警告!

 あなたはこの世界を捨て異世界で生きることを選択しました。

 二度とこの世界に帰ってくることはできません。

 続けますか?

 はい いいえ

 

 あん? なんか不安を煽るような文章だなぁ。

 自殺防止サイトに見せかけたデザインといい、悪趣味な運営だこと。

 

 はいをタップすると再び警告が表示される。

 

 最終警告!

 本当に二度と帰ってくることはできません。

 それでも続けますか?

 はい いいえ

 

 開いたウィンドウを見て少しだけ寒気がしたような気がした。

 

 いやいやいや。異世界転移とかそんなことあるわけない。

 こんなものは悪趣味な運営のお遊びだ。

 

 再度タップすると、疲れが出たのか急激な眠気に襲われた。

 

 やば。ベッドに移動しないと……。

 

 そう思った瞬間、何かに飲み込まれるように意識が遠くなっていく。

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

 口から声が漏れ、目を開けると見たこともない部屋で眠っていた。

 

 周囲を見回してみると広い部屋に高級そうなデスクチェアー。

 クローゼットやチェストといった収納家具にローテーブルを挟んで向かい合っているソファー。他にも様々な家電が目に入る。

 

 そして、四方の壁のうちベッドに寝た状態で右側にはカーテンが掛かっており、窓からの光が漏れていた。

 右手側とフットボードの先にはどこに続いているのかドアが見える。

 

 ホテルか? 何だってそんな所に?

 

 疑問を覚えながら立ち上がろうとしたところ、ベッドの心地良さに気が付いた。

 おそらく高級品なのだろう。こんなに気持ち良いベッドは生まれて初めてだ。

 俺が普段使っている安物のマットレスとは全然違うぞ。

 いくらくらいするものなんだろう? 五万くらいなら買ってもいいな。

 

 

 

 思索を打ち切りベッドから立ち上がる。

 

 えっ? パンイチなんだけど……。

 どういうことだ? パンツ一丁でここに来たってことか?

 

 ……いや。そもそもこんなところに来た覚えなんてない。

 本当にどういうことだ?

 

 うーん……。眠る前のことを思い出してみよう。

 

 確か自宅のデスクに座って、変なゲームをしていたよな?

 そして、眠気に襲われてそのまま寝落ちしたはず。

 

 あっ。そういえば……。

 

 あることに気が付き背筋に冷たいものが走った。

 

 いやいやいや。ないないない。

 きっと、素人をターゲットにしたドッキリだ。

 ほら、泊まった旅館で目を覚ましたら自分一人だけだったみたいなやつがあっただろう。ああいったものに違いない。

 

 自分に言い聞かせながら窓に近づき、震える手でカーテンを開く。

 

 青く澄み渡る空。それを彩るかのように添えられた白い雲。

 そして、圧倒されるほど広大なコバルトブルーの海。

 

 その光景に思わず声が漏れた。

 

「マジかよ……」

 

 

 

 必死に動揺を抑えこみ、デスクチェアーに腰を下ろす。

 

 海だ……。それも、白い波を立てて移動していた……。ということは船に乗っているということになる……。

 

 あのゲーム、異世界で生きることになるという警告があった。

 それに、俺はキャラクター設定で船を選択している。この船がそうなのか?

 

 ……嘘だろ? 異世界転移? マジで?

 

 訳の分からない事態に直面し、頭が上手く回らない。

 

 

 

 座ったまま惚けていたところで気が付いた。

 

 そういえばキャラクター設定で鑑定ってやつを設定していたよな?

 

 ……もしこれが使えるようなら、いよいよヤバい。

 

 ……試してみるか。

 

 あれ? どうやって使うんだ?

 うーん……。とりあえず、鑑定と言いなが――。

 

 鑑定を使おうと思った瞬間、言い終わるより早く頭の中に情報が表示される。

 

サンドリオン級惑星開発艦 空白

 

 今まで体験したことのない不思議な感覚を味わうも、それどころではない。

 

 そんな馬鹿な……。いったいどういう技術力があればこんなことが可能になるんだ?

 嘘だろ……。本当に異世界転移なのか?

 

 あたりを見回し鑑定と念じ続けるが、そのたびに同じ情報が表示され続ける。

 

 半ばパニックを起こしていたところ、ふと自分の腕が目に付いた。

 

 まさか、な……。

 

鑑定

 

 自分へ向けてそう念じると、先ほどと同じく頭に情報が浮かんでくる。

 

田川 歩 男 18歳

村人Lv1 空き 空き 空き

 

「マジかよ……」

 

 あまりの事態に直面し、またもや声を漏らしてしまった。

 

 

 

 椅子に座ったまましばらく呆けていたが、このままでは不味いことに気が付く。

 

 俺が選んだのは海賊が跋扈する世界。普段体を動かすことのない事務員が生きていけるような甘い世界ではないだろう。

 それに、これはキャラクター設定で出した船なんだよな? その場合、乗組員や燃料はどうなっている? 水や食料は?

 

 いったいどうすればいいんだ……。

 

 

 

 ……いや。ここで考えていても仕方がない。とりあえず、船の中を見て回ろう。

 

 椅子から立ち上がり、窓が設置されている壁の左側を開くとバスルームになっていた。

 

 めちゃくちゃ広くて豪華だなぁ。

 それに、ジャグジーっぽいのも設置されている。

 こんな状況じゃなければのんびり浸かりたいところだ。

 

 それじゃあ、次をかく――。

 

「はあっ!?」

 

 何気なく目を遣った鏡に映ったものを見て衝撃を受けた。

 

 なんだこれは!? 俺だよな!? なんで若くなってるんだ!?

 

 思わず顔を撫でまわしたところ、鏡の中の男もまったく同じ仕草をしている。

 そして、手に触れる肌の感触も張りや潤いに満ちていて滑らかだし、頭頂部にも毛の感触が。

 

 ……そういえば、さっき鑑定で表示された情報でも十八歳になっていた気がする。

 

 ただの転移ではなく身体もいじられているのか?

 

 本当にこの状況はなんなんだ……。

 

 

 

『艦長、前方に所属不明な二隻の船を発見いたしました。海賊船と思われる船がもう一方を襲っているようです』

 

 あまりの驚きで呆然としていたところ、何の前触れもなく部屋に男性の声が響く。

 

「誰かいるんですか! 助けてください!」

 

 人の存在を感じ、矢も盾もたまらず助けを求めたところ再び声が聞こえてきた。

 

『現在、本艦に乗艦しているのは艦長であるあなた一人です』

 

 えっ? 嘘だろ……。つまりこの声は……。

 

「あなたはAIということですか?」

『はい。私は本艦の制御を担当している、ザディージュと申します』

 

 その答えに息を飲んだものの、気を取り直す。

 

 人だろうがAIだろうが頼むことは変わらない。

 

「私を元の場所へ帰してもらえませんか」

『ご質問の内容が不明確です。元の場所とはどちらですか?』

 

 くそっ。どう説明すればいいんだ。

 

 間違いなくここは元いた場所とは違う世界だろう。

 鑑定というスキルで情報が確認できたり、若返っていることからも明らかだ。

 

 ……よし。これでどうだ。

 

「地球という惑星。そして、その中の日本という国へ返してください」

『目的地が不明です。本艦のデータベースに地球という惑星や、日本という国のデータは存在しません。また、場所を特定できたとしても本艦単独でのワープは不可能です』

 

 終わった……。

 これは本当に現実なのか? 夢だったりするんじゃないのか? そうだよな? ちょっとリアリティーがあるだけの夢なんだろ?

 あとはほら、あれだ。開発されたばかりの最新技術を用いたドッキリだってこともあり得る。

 そうさ、あの番組ならこんな質の悪いことだってやるはずさ。

 

 奈落の底に突き落とされたような絶望を懸命に振り払っていると、再び声が聞こえてくる。

 

『艦長。海賊船による移乗攻撃が始まりました。いかがいたしますか?』

 

 知るかよ! 今は他人のことを考えてる余裕なんかねーよ!

 

 怒鳴り声を上げそうになるのを必死で堪える。

 これが夢やドッキリじゃないならこの後のことを考えなければならない。

 

 もしこの船に戦闘能力があるのなら、海賊を倒して恩を売り、生活基盤を提供してもらえないだろうか?

 

「その船を助けることはできますか?」

 

 問いかけたところ、すぐに答えが返ってくる。

 

『可能です。救出方法のご指示をお願いいたします。もしくは私の独自判断により行うことも可能です』

 

 どうせ俺に指示なんて無理なんだ。ここは彼に任せよう。

 

「あなたの判断にお任せします」

『かしこまりました。本艦はこれより戦闘態勢に移行するため、艦長をブリッジへ転送いたします』

 

 ちょっと待て! 艦長って俺のことだよな!? 転送ってどうい――。

 

 

 

 一瞬、妙な浮遊感があったかと思うと目の前の景色が変わっていた。

 

 おいおい。冗談だろ? マジで転送されてるよ……。

 

 ……くそっ。これでドッキリの線は完全になくなっちまった。もう夢だという可能性に縋るしかない。

 

 ちくしょう。こんなことになるなら選択肢を適当に選ぶんじゃなかった……。

 この世界は海賊が跋扈する世界な上、戦争の頻度を普通にしてしまったためPvPもあるだろう。

 おまけにダンジョンなんて要素も加わっている。

 ゲームなら楽しめるんだろうが、自分が体験するとなると絶望しかない。

 せめて科学技術が発展した世界で戦争の頻度を少なくして、ダンジョンもナシにしておけば……。

 それなら、たとえ異世界転移をしても快適に過ごせたはずなのに……。

 

 思わず口からため息がこぼれてしまった。

 

 

 

 ……いや。そんなことを考えている場合じゃない。今は出来ることをしよう。

 

 気を取り直して正面のスクリーンを見ると二隻の帆船が連なっており、風体の悪い男たちがもう片方の船に乗り込もうとしているのが見えた。

 

 うわぁ……。本当に海賊船だよ……。

 それに、ケモミミや魚のような部位を持ったやつもいる……。

 

 その様子を眺めていると声が聞こえてきた。

 

『ただいまより戦闘を開始します』

 

 それと同時に光の帯が海賊船を貫き大穴を開ける。

 

 ビーム兵器……。それともレーザー兵器なのだろうか?

 さっきの物質転送といい、この世界の科学技術は地球に比べて随分進んでいるようだ。

 

 惚けたままスクリーンに映し出されているものを見ていたところ、大量のドローンのようなものがそちらへ向かっていった。

 

 

 

 しばらくスクリーンを眺めていると呆気なく戦闘が終わり、ドローンが次々にこちらへ戻ってくる。

 そして、程なくして無事な方の船に白旗が掲げられた。

 

 これは救助要請とか敵意がないって意味でいいんだよな?

 まさか、バッフクランと同じ意味ってことはないだろうな?

 

 恩を売るなら絶好の機会だが、船に乗り込んで襲われでもしたら不味いことになる。どうしたもんか……。

 

 取るべき対応に頭を悩ませているとAIが話しかけてくる。

 

『艦長。相手船の負傷者及び海賊船側の非戦闘員の救助活動を推奨します。呼びかけを行い、救助用のドローンを射出してはいかがでしょう』

 

 呼びかけ? 外に出て話しかければいいのか?

 

「では、呼びかけを行いたいので案内をお願いします」

『あちらの船に艦長の声を伝え、相手の声を拾ってブリッジに流しますので、この場所からでも問題ありません』

 

 あ、そうなんすね。

 

「それじゃあ、お願いします」

『かしこまりました。これより艦長の声をあちらへお伝えします』

 

 ん? ああ。マイクとかはなく、このまま話せばいいのか。

 

 ……なんか緊張するな。

 

「こちらは……。あれ? この船の名前は何だっけ?」

『本艦の名称は未登録です。艦長による速やかな命名を推奨します』

 

 えっ!? 今!? そんなすぐに思い浮かばないぞ!

 ゴーイングメリー号とか影船八番艦はいくらなんでも不味いよな?

 

 えーっと、えーっと。好きなキャラからあやかるか?

 小野田優良、武藤里伽子、セーレス、ユーノ、高原万葉、小町つぐみ、生沢杏子……。

 いやいやいや。あかんあかん。絶対に駄目だろう。

 

 ヤバい。全然思いつかん……。

 

 ……もういいや。適当に地元の名前でも付けておこう。

 

「ミハマでお願いします」

『かしこまりました。本艦の名称はこれよりサンドリオン級惑星開発艦ミハマとなります』

 

 サンドリオンって言ってんじゃん。シンデレラじゃん。灰かぶりじゃん。なのになんで地球を知らないんだよ……。

 

 落ち込みそうになるものの、何とか気持ちを奮い立たせて口を開く。

 

「それでは、あっ」

 

 そういえばこのAIの名前を覚えてないぞ。

 名乗られたときはテンパってて、それどころじゃなかったもんなぁ。

 

「もう一度あなたの名前を教えてもらえますか?」

『はい。私は戦艦ミハマの制御を担当している、ザディージュと申します』

 

 サディージュ。サディージュね。うん。オッケー。

 

 

 

「ふぅ」

 

 話し合いの前に無駄な時間を取ってしまったなぁ。

 

 ん? あっ!

 

「これ、相手に聞こえてるんじゃ……」

『艦長が疑問を覚えた時点で音声をカットしているので問題ありません』

 

 オーバーテクノロジーなAIは気も利くらしい。

 

 

 

 一つ咳払いをして声を発した。

 

「こちらは先ほど戦闘に介入した戦艦ミハマの艦長田川です。どなたか応答願います」

 

 問いかけてみたところザワザワと人の声が聞こえてくる。

 しかし、最悪なことにその意味を理解することができなかった。

 

 嘘だろ……。言葉が通じないのかよ……。

 

 今日、何度となく味わった絶望を再び味わっていると、突然それが聞こえてきた。

 

『こちらにブラヒム語を理解できる者が少ないため、代表して私がお返事いたします。まずは、タガワ艦長。ご助力いただきましたこと、乗組員一同感謝申し上げます』

 

 よかった! 言葉が通じる人がいる!

 

 しかし、ブラヒム語か……。確かゲームを始める前に設定した言語だったよな……。

 

 ……いや。そんなことは後で考えよう。話し合いを続けなければ。

 

「そちらには負傷者がいるご様子。本艦には救助の用意がありますが、希望なさいますか?」

『よろしくお願いします! 傷薬や万能薬をアイテムボックスに入れていた探索者がいなくなってしまったため、怪我人を助けることができなかったのです! 本当にありがとうございます!』

 

 アイテムボックス? 探索者?

 

 ……気になることはあるが、今はそれどころじゃない。

 

「分かりました。それでは、これよりそちらへ向けて救助用のドローンを出します」

 

 すると、彼は慌てたように問いかけてくる。

 

『申し訳ありません。ドローンという言葉を初めて耳にしたのですが、それはどういったものなのでしょうか?』

 

 はあ? ドローンを知らない? さっきサディージュもドローンって言ってたよな?

 

 その言葉に疑問を抱いていると説明が入る。

 

『本艦と相手船との間には隔絶したテクノロジーの差があるため、理解できないものと思われます』

 

 お前さん、そんな状況でドローンを飛ばそうってのかい?

 

 ツッコミたくなるのをスルーして、話を続ける。

 

「先ほど戦闘に介入した飛行物体です。今回飛ばすものは救助用となっていますのでご心配なく」

 

 でいいんだよね?

 AIさんよぉ、無茶ぶりはやめてくれよ。俺だって何も理解してないんだぞ。

 

『ありがとうございます。乗組員には言い聞かせますので、是非お願いします』

「それでは、ドローンを向かわせます」

『本当にありがとうございます。あっ、申し遅れました。私は奴隷商人のニコラスと申します』

 

 奴隷商人!? もしかして奴隷貿易ってやつ? こっちの船も悪者だったのか?

 

 新たな不安を覚えながら話を終える。

 

 

 

 さて、ドローンが救助活動をしている間にAIと認識のすり合わせをしなければ。

 

「サディージュさん。確認したいことがあるのですが」

『艦長、私に対して敬称は不要です。また、敬語を使用する必要もありません』

 

 あ、そう? なら砕けた口調でいこう。

 

「サディージュ、ここがどこだかわかる?」

『本艦のデータベースにこの惑星及び恒星系のデータは存在しません』

 

 その言葉に口からため息が漏れてしまった。

 

 どうなってんだよマジで……。

 

 

 

 いや。思い悩むのは後でもできる。

 取り急ぎ確認しなければならないことを聞いていこう。

 

「この船は乗組員がいなくても航行に支障はない?」

『航行には艦長の乗艦及びご命令が必要となりますが、それ以外の乗組員は必須ではありません』

「燃料はどのくらい持つ? メンテナンスの必要性は?」

『少なくとも艦長が寿命を迎えるまでの間に燃料切れになることはありません。また、自己補修を行うためメンテナンスも必要ありません』

「水や食料の備蓄は?」

『精製することが可能なため上下水道についてのご心配は必要ありません。食料は最大居住人数で消費しても百年以上尽きることのない量が備蓄されています』

「最大居住人数は何人?」

『五千人です』

 

 五千!? そんな人数が百年以上食べていける量ってどのくらいだ? 積載可能な量なのか?

 

 いや。そんなことはどうでもいい。最悪、この船に引きこもって暮らせばなんとかなる。

 

 少しだけ気が楽になったが、すぐに不味いことに気が付いた。

 

 あっ。駄目だ。

 俺は最初の設定で戦争の頻度を普通にしている。

 おそらくその項目はPvPの有無のことなのだろう。

 ということは同じようにボーナスポイントを振り、この戦艦を有した者が転移していても不思議はない。

 話し合いが通じるようなら問題ないが、破滅願望があるような狂人や異世界転移に絶望してとち狂ったものが存在する可能性がある。

 

 くそっ。返す返すも馬鹿な選択をしてしまった。

 

 

 

 ……とにかく今は情報を集めるしかない。

 

「サディージュ、あのドローンでこの世界にこの船を沈めることができる存在がいるのかを探れない?」

『可能です。併せて人工衛星の打ち上げを行い地図を作成することを推奨します』

「それじゃあ、それもよろしく」

『かしこまりました』

 

 彼が返事をすると数えきれないほどのドローンがあっという間に飛び去っていく。

 それが終わると立て続けに複数の人工衛星が打ち上げられた。

 

 何かスゲーなぁ……。

 

 

 

 ……確認を続けよう。

 

「この船の所属は?」

『艦長所有のため、艦籍は存在しません』

 

 んな馬鹿な。個人所有だったとして籍はあるはずだろうが。

 というか、こんなもんを個人で所有していいものなのか?

 

「どうして私の所有になっているんだ?」

『本艦就航時に艦長所有で登録されています』

「就航はいつ?」

『約二時間前です』

 

 お前はいったい何を言っているんだ?

 

 あ、いや。俺たちはほぼ同時にこの世界に来た可能性があるか。

 その際、両者ともに色々といじられているのかもしれない……。

 

 

 

「ふぅ」

 

 一つため息を吐いて話を続ける。

 

「ブラヒム語という言葉を知ってる?」

『ガガギタル銀河連邦の公用語と同じ言語だと推測されます』

 

 なんて?

 

「ここはそのなんとか連邦に属する惑星なの?」

『いいえ。連邦内にこのような惑星は存在しません』

 

 うーん……。どういうことだ?

 

「その公用語とブラヒム語、それから俺が話している日本語が同じ理由は?」

『連邦公用語とブラヒム語が同一なものである理由は不明ですが、艦長については言語の変換が行われています』

 

 はあ!? 言語の変換!?

 

「それはどういう意味だ?」

「艦長が言葉を発する際や、音声を認識する際のプロセスにおいて言語の変換処理が発生しています」

 

 噓だろ……。そんなことまでされてんのかよ……。

 完全に改造人間じゃねーか……。

 

 

 

 試しに独り言をつぶやいてみると口から出ている言葉は確かに日本語ではなく、意識して日本語を喋ろうとしない限り自動で変換が行われている。

 俺はこんなことにも気が付かないくらい動揺していたのか……。

 

 ……いや。今も動揺しっぱなしだな。

 

 大きく息を吐き出し、質問を続ける。

 

「他の人が話していたブラヒム語以外の言語について、知っているものはあった?」

『複数の言語がありましたが、すべて連邦内にある惑星のローカル言語でした』

「それを翻訳することは?」

『可能です。また、ブラヒム語同様、変換処理を行うことも可能です』

 

 彼の言葉を聞いて、再びため息が漏れた。

 

「……それじゃあ、お願い」

「かしこまりました」

 

 

 

 会話が途切れたタイミングで設置されている椅子に腰を下ろそうとしたところ、サディージュから声が掛かる。

 

『艦長の席は後方の上部となっています』

 

 振り返ると、高い位置に明らかに他の籍とは違う豪華な席が設けられていた。

 まるで沖田艦長やブライトさんが座ってそうなやつだ。

 俺には似合わんなぁ……。

 

 

 

 席に座って思考を巡らせる。

 

 ビームだかレーザーだかによる兵器やドローン、そして物質転送といった技術、他にも地球の技術では再現できないようなことが搭載されている戦艦。

 これを持った人間が他にもいる可能性が何とも恐ろしい。

 

 情報を集めたら何らかの対策を講じる必要があるだろう。

 

 

 

 考え込んでいるうちに、ふと気付いた。

 

 そういえばキャラクター再設定なんてのを取ってたな。

 

 それを開こうと思った瞬間、頭の中に設定画面が表示される。

 

 ん? あれ? ボーナスポイントの残りが4? どうして増えているんだ?

 もしかしてさっきの戦闘は海賊撃退クエストかなにかで、そのクリア報酬を得たってことなのか?

 

 うーん……。まあ、今は横に置いといて、とりあえず色々試してみよう。まずは鑑定だ。

 

田川 歩 男 18歳

村人Lv5 英雄Lv2 戦士Lv3 船乗Lv3

 

 自分に向けて鑑定と念じると先ほど試した時からレベルが上がり、空欄だった箇所にジョブが設定されていた。

 おそらく海賊を倒したことでレベルが上がったのだろう。

 そして、ジョブの取得には何らかの条件が設定されていて、それを満たしたのかもしれない。

 

 

 

 その後、色々確認してみたところ、ジョブごとにスキルと特定のパラメーターを上昇させる効果というものが存在しており、現在所有している中では英雄のジョブが桁違いの性能を有している。

 もしかしたら他にもこういったジョブがあるのかもしれない。

 今後、それを探していくべきだろう。

 

 強力なジョブを取得してレベルを上げる。

 

 これこそがこの世界を生き抜いていくための手段なのかもしれないのだから。

 

 

 

『艦長、救助活動が終了しました。あちらの代表者より話し合いを持ちたいとの提案を受けております。本艦への乗艦を許可しますか?』

 

 キャラクター再設定をいじっていたところ声を掛けられた。

 

 話し合いはいいんだけど襲われる危険性だってあるだろうに……。

 

 その旨を尋ねてみる。

 

『攻撃を受けても即座にシールドを展開しますので、本艦に乗艦している限りダメージを受ける心配はありません。また、乗艦の際には検疫を行い病原体や付着した汚れを取り除きます』

「つまりこの船を離れたら危険ってことか……」

 

 思わず漏れた呟きに、サディージュが答えた。

 

『その際はドローンの帯同を推奨します』

「ドローンもそのシールドってのが使えるってこと?」

『はい』

 

 なるほど。シールドの強度は不明だが、丸腰で歩くよりはマシだ。

 

 他にも気になったことを確認してみる。

 

「未知の病原体があった場合は?」

『本艦は惑星開発艦のため、それらについても対応可能です』

 

 さいですか。

 

 

 

 横道に逸れた話を元に戻す。

 

「こっちに来てもらうのは問題ないよ」

『かしこまりました。橋を渡して案内を行いますので、艦長は身だしなみを整えてください』

 

 あっ。そういえばパンイチだったわ。

 

「着替えはあるの?」

『艦長室にございます。転送を行いますか?』

 

 ん? あれ?

 

「ちょっと待って。ワープはできないんじゃなかった?」

『艦内の転送とワープ航法はシステムが異なります』

 

 そういうもん?

 まあ、詳しく聞いたところで高卒文系には理解できん。スルーでいいや。

 

「それじゃあ、お願い」

『かしこまりました』

 

 その瞬間、目の前の景色が切り替わる。

 

 

 

 気が付けば先ほど目を覚ました部屋に立っていた。

 

『着替えが終わり次第、お声がけします』

 

 ということは常にこちらの様子を見てるってことじゃないか。

 

 ……いや。今更か。

 

 

 

 チェストやクローゼットを確認し、着替えを行う。

 

 高度なテクノロジーを有した文明の服。どんなものが出てくるかと身構えたが、アニメに出てくる軍服っぽい感じで拍子抜けだ。

 ただ、身に着けてみると信じられないほどの着心地で、全然動きにくさを感じない。

 

 姿見で確認したところ、陰キャ丸出しのオタクがコスプレをしているようにしか見えなかった。

 

 全然似合ってねーなぁ……。

 

『艦長、応接室へ転送してよろしいですか?』

 

 鏡の中のコスプレ野郎とにらめっこをしていると声を掛けられる。

 

「お願い」

『かしこまりました』

 

 

 

 豪華な調度品に圧倒されながらソファーに腰を下ろし待っていたところ、再びサディージュの声が聞こえてきた。

 

『艦長、お客様がお見えになりました』

「お入りください」

 

 返事をするとドアが開き、マントの男が入ってくる。

 

鑑定

 

 念じてみたところ、ちゃんと情報が表示された。

 

ニコラス 男 48歳

奴隷商人Lv37

装備 身代わりのミサンガ

 

 ニコラスってことは、さっき話した男だよな?

 ジョブが奴隷商人ってヤバくない?

 こいつと話し合いをしてもいいんだろうか……。

 

 彼のジョブに驚いていると続いて四人の男女が入ってきた。

 

 そして、その中の一人を見て心臓が跳ねる。

 

 イヌミミ!? イヌミミが生えてる!?

 それも、ゴールデンレトリバーみたいなクリーム色の垂れ耳!

 

 大きくて美しいダークブラウンの瞳に綺麗に整った鼻筋。ぷるんとした艶めかしい唇に芸術品のような顎のライン。この世のものとは思えないような美女だ。

 しかも、とんでもないサイズのバストは歩くたびにゆさゆさと揺れている。

 

セシリア ♀ 17歳

獣戦士Lv21

 

 はー。いいもん見たわぁ。この世界に来て初めてテンションが上がったぞ。

 

 彼女の存在で霞んでしまったが、他の三人は男で人間の耳が二人にイヌミミが一人だった。

 

 ソファーに腰を下ろすように勧めるも、奴隷商人以外は全員立ったままでとのことだ。

 もしかしたら彼の護衛なのかもしれない。

 

 

 

 向かい合わせたところで話を切り出す。

 

「改めまして。戦艦ミハマの艦長、田川歩です」

「ご丁寧にありがとうございます。私は奴隷商人のニコラスと申します。この度はまことにありがとうございました」

「いえいえ。お気になさらず」

「お気遣いありがとうございます」

 

 

 

 自己紹介を終えてとりあえず事情を尋ねてみたところ、彼は一つ頷いて話し出す。

 

「ここから遥か東に大量の迷宮がはびこる未開の大陸があることはご存じでしょうか」

「いいえ。初耳です」

 

 というか何もかも初耳だけどさ。

 

「ロイム王家肝入りでそこの迷宮を討伐して国土を拡大する計画があり、私どもはその先遣隊として中継地を作りつつ目的地に向かっていました」

 

 王家ときたかぁ……。

 よく分からんが迷宮を攻略すればそこが自分たちの土地になるってことか?

 

 そして、彼は苦虫を嚙み潰したような顔になり、憎々しげに話を続ける。

 

「ですが、本日海賊の襲撃を受けた際、指揮官であった第三王子が騎士団の者と共にフィールドウォークで逃亡を図ったのです」

 

 フィールドウォークってのがよく分からないが敵前逃亡をしたってことだろう。

 でも、少し気になることがある。

 

「船は武装していなかったのですか?」

「ご存じの通り魔物に対して装備品以外の攻撃はほとんど効果がありません。そのため、迷宮討伐を想定していた私たちが乗っていた船には、大砲等の海賊船に対する備えがありませんでした」

 

 いやいやいや。おかしい、おかしい。

 現に襲われているわけだし必要でしょうよ。

 

「どうしてそのようなことに? この辺りは海賊の少ない地域だったのですか?」

「そんなことはありません。しかし、王家が海賊にみかじめ料を支払っており、本来なら襲われることはなかったはずなのです」

「なるほど。裏切られたと」

「いいえ。おそらくそうではありません」

 

 ん? どういうことだ?

 

「乗り込んできた海賊共はこの辺一帯を押さえていた大海賊団を潰し、自分たちがこの地域を支配すると息巻いておりました」

 

 なるほど。別口に襲われたってわけね。

 しかし、領土拡大のためにそれなりの人数を揃えて海を渡ろうってのに、なんとも杜撰な計画だ。

 

「それに、仮に襲われたとしても騎士団所属のパーティーが五組もいたので、何も問題ないはずだったのです……」

 

 奴隷商人の口から絞り出すような声が漏れた。

 

 

 

 彼は気を取り直すように二、三度かぶりを振ると再び話し始める。

 

「情けない話ですが、私たちにできることは彼らのものだった奴隷を解放させることだけでした。それを行わなければフィールドウォークの邪魔をすると脅したため、もう二度とロイム王国へ戻ることはできないでしょう……」

 

 そう言ってニコラスは顔を伏せる。

 うーん……。この男、奴隷商人と聞いて想像するような悪人ってわけではないらしい。

 

 しかし、彼の話に疑問を覚えてしまう。

 本当に国へ帰れなくなるのかね? 民間人を一人も連れず騎士団の者だけが帰還した場合、逃亡を図ったと疑われて調べられるんじゃないのか?

 大量の人や物資を放棄して逃げ帰っているのだ。まともな扱いをされるとは思えない。

 

 

 

 まあいいや。話を続けよう。

 

「ご家族は?」

「幸いにも妻と子供たちは同行しております」

 

 家族に手を出される心配はないわけか。

 

 そして、彼は顔を上げると引き締まった表情で告げた。

 

「タガワ艦長にお願いがございます」

 

 ……予想がつくなぁ。

 

「なんでしょう」

「魔法で水を作り出していた魔道士や、アイテムボックスに食料を入れていた探索者もいなくなってしまったため、私どもは早晩全滅することでしょう」

 

 魔法にアイテムボックスね……。

 

「どうか私どもを保護してはいただけませんか?」

 

 やっぱりかぁ。そりゃそうなるよなぁ……。

 

 彼らを保護するメリットはこの世界についての情報を得られること。

 対してデメリットは潜在的な敵を抱えてしまう可能性が高いことに加え、裏切られる恐れがあること。

 他にも様々なことが考えられる。

 

 さて、どうしたもんか……。

 

 

 

 頭を悩ませていたところ、奴隷商人が口を開いた。

 

「もちろん、ただでとは申しません。生き残った者の中で最も美しいこのセシリアがタガワ艦長の下へ行くことを志願してくれました。お助けいただけるのであれば彼女を奴隷身分とした上でお譲りいたします」

 

 そう言ってイヌミミ美女に目配せをすると、彼女は緊張した面持ちで声を出す。

 

「狼人族のセシリアと申します。誠心誠意お仕えいたしますので、どうかよろしくお願いします」

 

 えっ? いやいやいや。 えっ? マジ?

 

 そのセリフのインパクトに度肝を抜かれてしまう。

 

「彼女は見ての通りの美しさに加え、性格も真面目で主人によく尽くすことでしょう。また、生娘なので病気の心配は一切ありません。これほどの奴隷を手に入れる機会などめったにないはずです」

 

 いいの? こんな美人とイチャイチャパラダイスをしちゃって本当にいいの?

 

 脳内がピンク一色に染まり妄想に溺れそうになるが、不意に鋭い視線を感じる。

 

 ん?

 

トッド ♂ 17歳

獣戦士Lv24

 

 そちらに目を遣ると、ピンと立った三角のイヌミミを持つイケメンが憎悪のこもった目で睨みつけていた。

 

 その視線で落ち着きを取り戻し彼女の方を確認すると、憐れみを覚えるほど顔が強張っており先ほどの発言が本意ではないことがうかがえる。

 

 これ駄目じゃね?

 

 まるで災いを鎮めるため、村の守り神である龍神様に未通女の生贄を捧げるみたいなシチュエーションじゃん……。

 

 彼と恋人同士なのか、それともBSSなのかはわからないが、このままだと寝取り竿役一直線だ。

 いや。この顔をぶら下げてるんだ。単純に俺のことを気持ち悪いと思っている可能性の方が高い。

 

 俺は可哀想なのは抜けない党のイチャラブ派に属している。うん、無理。

 

 寝取られ。ダメ。ゼッタイ。

 

 それに、奴隷売買に手を染めるのはちょっと……。

 

「ありがたい提案ですが彼女は本意ではないように見えます。それに、手を出そうものなら彼に殺されそうですしね」

 

 すると、セシリアから声が上がる。

 

「トッドは関係ありません! ご主人様のことを受け入れるよう精一杯努力しますので、どうかよろしくお願いします!」

 

 精一杯努力するって……。今は生理的嫌悪感があるって言ってるようなもんじゃん……。

 それに、関係ないようには見えないんですが……。

 

 彼女の言葉にイヌミミ男は歯を食いしばって、こちらを睨み続けている。

 

 俺のせいじゃないと思うんだけどなぁ。

 

 その様子を見た奴隷商人から怒声が飛んだ。

 

「トッド! 全員で決めたことだろう! お前も納得したはずだぞ!」

 

 それならこいつを連れてこなければよかったんじゃないですかねぇ……。

 

 ぶっちゃけ、セシリアはこれまで目にした中で最も魅力的な女性だと思う。

 たぶん彼がいなければ色香に惑い、提案を受け入れた上で保護していたはずだ。

 

 考え込んでいると悲壮な決意を秘めたような表情でセシリアが話しかけてくる。

 

「あの、ご主人様……。私ではご満足いただけないでしょうか……」

 

 それはそれとして、改めて見てもスゲー美人だなぁ。

 

「そんなことはありません。あなたは私が今まで目にした中で最も美しい女性です」

「でしたらどうして……」

「私の暮らしていたところでは奴隷制度は非人道的だと非難されるものでした。それに、想い合った恋人を引き裂くような真似は出来ません」

「トッドは恋人ではないので問題ありません」

 

 すると、彼の方から声が上がる。

 

「セシリア、お前だけが犠牲になるなんて間違ってる! 一緒になろうと誓い合ったじゃないか! どんなことがあっても絶対に俺が守るからそんなことを言わないでくれ!」

「トッド! お願いだから分かって! みんなが助かるためにはこうするしかないの!」

 

 そして、二人は涙を流しながら幼い頃の思い出を語り合い始めた。

 

 ……なにこれ? 完全に俺が悪者なんですけど。

 こちらから言い出したことじゃないんだけどなぁ。

 

 

 

 どっちらけでその様子を眺めながら考えを巡らせる。

 

 うーん……。もういいや。なるようになれ。

 

「まあまあ。彼女をお譲りいただかなくてもあなた方を保護しますのでご心配なく」

「よろしいのですか!?」

「ええ。見捨てると寝覚めが悪くなりそうですから」

 

 それを聞くと彼らは笑みを浮かべ口々に感謝の言葉を述べる。

 そして、イヌミミさんたちはというと涙を流しながら抱き合っていた。

 

 ……末永くお幸せに。

 

 

 

 

 その後、話し合いを続け様々なことを決めていく。

 

 総勢百五十二人の乗員と海賊船で奴隷として使われていた二十三人は全員こちらへ移ってもらうことにした。

 彼らは設備に戸惑っていたが、サディージュが一人一人を常にモニタリングした上で助言を行うとのことなので問題ないだろう。

 

 そして、無人になった帆船をそのままにしておくと、逃亡した者たちが戻ってくるかもしれないとのことだった。

 なんでも、逃亡に用いたフィールドウォークというものは所謂ワープのことで、見たことのある壁に移動することが可能らしい。

 そのため、保護の対価としてもらい受け、サディージュがバラした上で資材として回収することとなった。

 

 

 

 人と物資の移乗と資材の回収が済んだころには空の色もすっかりオレンジに変わっており、今まですっかり忘れていた空腹に気が付く。

 俺は艦長室で、彼らは食堂で食事をとることにした。

 今後は俺の許可がなくても彼らに食事を提供するように告げ、こちらもオーバーテクノロジーな食事を楽しむことにする。

 

 

 

 食事と風呂が済んだところでこの惑星の地図が完成したと報告があったため、再び話し合いを行うためにニコラスを呼び出すと、何故か先ほどと同じ四人も同行していた。

 ……まあ、いいけどね。

 

 話し合いの前にサディージュから報告を受けるが、この世界にミハマの脅威になる者はいないらしい。

 

 本当にいないのか、それとも身を隠しているのか。はたまたこれから転移してくるのか……。

 いずれにせよ脅威に備えなければならない。

 

 報告を聞いたニコラスは自分たちの目的地であった大陸へ行き、迷宮を討伐して国を興すべきだと主張し、他の者もそれに賛同していた。

 驚いたのはサディージュもその意見に賛同を示したことだ。

 何しろこの船は惑星開発艦。すぐにでも人のいない土地を確保し、補給や整備の拠点を構えたいらしい。

 

 どうせ俺にビジョンなんかない。それでいいんじゃないですかね。

 

 

 

 話し合いが終わり部屋へ戻るとすっかり夜も更けていたので、服を脱いでベッドに入る。

 

 あー、疲れた。

 

 今日一日フル稼働していた脳みそが疲れを訴えてくる。

 そして、横になったことで余計なことが思い浮かんできた。

 

 なんでこんなことになったんだろうなぁ……。

 

 あのサイトを見つけなければ。見つけても入らなければ。入っても選択をしなければ。選択をしても警告で思い止まっていれば。

 

 本当になんでこんなことになったんだろう……。

 

 

 

 益体もないことを考えていると、ふとアレがギンギンになっていることに気が付いた。

 

 そうか。今日はしてないもんなぁ。

 

 すると、頭の中にイヌミミ美女の姿が思い浮かぶ。

 

 めちゃくちゃ綺麗でめちゃくちゃデカかったなぁ。

 

 これまで出会った中で一番の美女で、望めば今この時間を彼女と共に過ごすこともできたはず。

 きっと童貞を卒業する絶好の機会だっただろう。

 

 だが、俺には絶対無理だ。

 

 想い人がいる人と関係を持つことなどできるわけもないし、ましてや奴隷を持つなんて考えられない。

 まあ、この変な潔癖さがこの歳まで童貞だった理由なのだろう。

 

 あーあ。ワンチャン起きたら自宅アパートだったりしないかな……。

 こんだけリアリティーがあるんだ……。無理だよなぁ……。

 

 欲望の火は灯っているものの、精神的な疲労が溜まっていたため眠りへ誘われていく。

 

 

 

 

 

人物紹介

 

 

 

 

 

田川 歩

 

 我らが主人公。サンドリオン級惑星開発艦ミハマの艦長。

 原作に出会わなかった世界線のアユム。

 何の気なしに見知らぬゲームに手を出そうとしたのが運の尽き。異世界転移と相成りました。

 何の目的もないため状況に流されるまま、迷宮ひしめく大陸を目指すことに。

 国家樹立が可能なのか? それは神のみぞ知る……。なんてことはなく、ミハマがあれば楽勝、楽勝。

 

 実は彼、キャラクター設定の際にファインプレーを起こしていたり。

 一つは船六に振ったこと。そして、もう一つはダメージ限界突破を取っていたこと。

 本来、装備品以外による人や魔物に対する攻撃には上限が設定されており、ほとんどダメージを与えることができない仕様。

 また、最大ダメージにも上限が設定されているため船に穴を開けることはできず、また海賊を始末するのも時間がかかりニコラスたちが全滅する可能性も高かった。

 しかし、ダメージ限界突破にはカンストの撤廃。それから、装備品以外の攻撃による上限撤廃があったため救出に成功する。

 また、そのおかげで大陸到着後は周辺の魔物をスムーズに掃討することも可能になっている。

 

 そして、絶好の機会を逃してしまったために、色魔の取得はおろか元の年齢を過ぎても……。

 

 

 

ニコラス

 

 人生をかけて王家肝入りの計画に参加するが、奈落の底に突き落とされることになった。

 しかし、地獄に仏。とんでも戦艦を駆るチート野郎の助けが入る。

 その後、アユムの相談役的な立場になり、国家運営に加わることに。

 迷宮からドロップする金貨や白金貨。そして、高階層の素材による薬や装備品の売買で金を稼ぎ、その金で世界中の奴隷を買い漁って人口を増やしていく。

 

 

 

セシリア

 

 イヌミミ美女さん。

 絶世の美女で豊かなものをお持ちの上、鼻も利いて戦闘能力にも優れる。だが、すべての面においてあの娘には遠く及ばない。

 

 幼馴染のトッドや仲間たちと迷宮探索を行っていたが、王家の計画を知り成り上がるチャンスだとパーティーで参加することに。

 海賊に襲われ、物資がなくなり全滅するしかないとなった時、生き残った者たちは助けてくれたアユムに縋ろうと考え、そのための対価としてセシリアを差し出す流れになる。

 彼女自身も生き残った者の中では一番美しいという自覚があったため、トッドへの恋心を押し殺し、奴隷に落とされることを受け入れた。

 しかし、対価なく助けてもらえることになったため、その必要はなくなる。

 

 貞操の危機があったため、若い二人は燃え上がりその日のうちに結ばれたとか。

 

 アユムの配下に加入し、大陸到着後はドローンによる周辺の魔物の掃討による経験値のおこぼれをもらい、迷宮でもドローンを帯同することで安全に探索を続ける。

 

 だが、夫となったトッドが多くの女性から言い寄られ、そのたびに関係を持っていることで、愛情が薄れてきている。

 

 王となっても女性関係に潔癖なアユムを見て逃した魚が大きかったことに気付くが、時すでに遅し。

 処女厨の牙城を崩すことは不可能だった。

 

 あのとき陛下の下へ行っておくべきでした……。

 

 

 

トッド

 

 美しい幼馴染と結ばれ、数多くの迷宮を討伐して見事成り上がりを果たす。

 しかし、それにより増長のきざしが……。

 顔が良く有能なため多くの女性に言い寄られ、方々で浮名を流す。

 アユムが処女厨でなければざまぁルートをたどったことだろう。

 

 

 

サディージュ

 

 サンドリオン級惑星開発艦ミハマの統括コンピューター。

 

 人物? 彼によると心も感情もないらしいので人物ではないね。うん。

 

 今日もへっぽこ艦長が国王としてあるため、陰になり日向になり支えているのでした。

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