呼吸を整えているとフロアに綺麗で可愛らしいロクサーヌの声が響き渡る。
「八人もの盗賊をあっという間に倒してしまうなんて! さすがご主人様です!」
続けて特徴的で愛らしいセリーの声も聞こえてきた。
「この短時間に、しかもお一人で! 本当に信じられないような強さです!」
俺はオーバーホエルミングや歩雲履といった下駄を履いているが、デュランダルクラスの武器さえあれば、そこのお嬢様は下駄を履かずともできると思うんですよねぇ……。
さて、いつまでも惚けてはいられない。やることを済ませて迷宮を出よう。
「戦利品の回収を行うので打ち合わせ通り頼む」
良い子のお返事をして二人は動き出した。
盗賊共の死体へ近づき次から次に左腕を切り落としていくと、セリーがそれを回収してくれる。
一方、ロクサーヌは匂いを確認しながら巾着袋や魔結晶、縫い付けられた硬貨の剥ぎ取りだ。
作業を続けていたところ、尻尾の生えた死体が目に入った。
おっと。シモンか。こいつの左腕は俺が回収しないと。
デュランダルで切り落とし、リュックへしまう。
うわぁ……。リュックが血で汚れちまったよ……。
無事、探索者以外の左腕を回収したところで、セリーと共に装備品をアイテムボックスに入れていく。
ロクサーヌも回収を終え、こちらを手伝ってくれたがタイムアップを迎え、奴らの体が迷宮に飲み込まれ消えていった。
そして、死体のあった場所には装備品だけが転がっている。
あっ。装備品や魔結晶は残るんだったわ。
うーん……。消える前に回収するのは非効率だろうか?
いや。倒した後は一刻も早く立ち去りたいんだ。次回も迷宮に吸収される前から剥ぎ取りを行うことにしよう。
ん? 次回? おいおい。田川さんよぉ。これからも盗賊狩りをやるつもりなの?
盗賊を狩ろうと自然に考えていた自分自身に戦慄しつつ、装備品をアイテムボックスに放り込んだ。
自宅のバスルームへ展開されたワープゲートから抜け出し、戦利品の仕分けを行うことにする。
「それでは私は着替えとタオル、それから装備品の手入れに使う布を持ってきますね。セリーは靴箱からサンダルを取ってきてください」
「分かりました」
ロクサーヌとセリーは靴を脱ぐと、弾むような足取りでバスルームから出て行く。
盗賊を狩って得たものだというのに、その仕分けにめちゃくちゃ浮かれてたぞ。本当にこの世界の人は逞しいわ。
でも、そんなところも可愛いんだな、これが。
さて、俺の方も作業を進めておこう。
アイテムボックスから装備品を取り出し、スロットの有無で分けていく。
あ、いや。鉄の剣や革シリーズにスロットが付いていたところで融合することはないし、これも売りに出そう。
黙々と作業を続けているとロクサーヌとセリーが戻り、装備品の手入れをし始めた。
正直、売り払うものなんだし必要ないとは思うが、ロクサーヌさんがやると仰っているのだ。何も言うまい。
全ての装備品を確認したところ、二本ずつあった鋼鉄の剣とレイピアにスロットは付いていなかった。
レイピアのうち一本は狂犬シモンが使っていたものだと思うが、こうなってしまうとどちらがそうだったのか分からない。
まあ、思い入れなんてないし売っちゃうんですけどね。
さらに、鋼鉄の盾と鉄の盾にもスロットはナシだ。
硬革シリーズでスロットが付いていた防具は、硬革の帽子が二つ、硬革の鎧が一つ、硬革のグローブが一つ、硬革の靴が二つだった。
まあ、適当なスキル結晶を融合して売り払うとしよう。
そして、何と言ってもこれだ。
決意の指輪 アクセサリー
スキル 攻撃力上昇 対人強化
対人強化のスキルは固定で出した装備品にしかつかないか、もしくは記録にない最上位種のスキル結晶によるものだと思われる。
こんな貴重な装備品を手に入れる機会なんてめったにないだろう。
ハルツ公へ返却するのはいかにも惜しい。
結局、セルマー伯の所へ戻る可能性が高いんだから、すり替えてもいいじゃないかと俺の中の悪い心が囁くが、万が一このスキルの効果を把握されていた場合、大変なことになってしまう。
欲望のままに行動すると碌な目に遭わない。ここは忍の一字だ。
続いて硬貨を確認したところ、金貨が二十二枚、銀貨が二百十六枚、銅貨が四百二十一枚。合計二十四万二千二十一ナール。
原作ではそこまでの額を得たような描写はなかったよな?
ミチオが盗賊を討伐したのは春の六十日目。それに比べて七日も早まっているため、金を使う前だったのだろうか? それとも原作より人数が多かったせいなのか?
まあ、考えても答えなんか出ない。ありがたくいただいておこう。
そして、最後は魔結晶だ。
黄色が一つに緑が五つ。さらに、青が四つで紫も四つ。
……うん。そうだな。
「ロクサーヌ、セリー。黄魔結晶は俺のものとするけど、残りは君たちで分けてね。どういう風に割り振るのかも任せるから」
その言葉を聞いた彼女たちは嬉しそうな笑みを浮かべ、それぞれ左右の腕を抱きしめる。
「ご主人様、ありがとうございます。世界一のご主人様にお仕えできる私たちは本当に幸せです」
ロクサーヌの言葉に頷きながらセリーも口を開いた。
「ロクサーヌさんの言う通りです。奴隷に対してこんなに優しい方は世界中探しても見つからないでしょう。ご主人様、本当にありがとうございます」
おうよ。気にするねい。取っとけ取っとけ。
血で汚れた靴とリュックを洗っている間も二人は楽しそうに話をしている。
「緑はこれから加入するミリア、ベスタ、ルティナも含めて、一つずつ分けることにしましょう」
「はい。それがいいと思います」
セリーの相槌に頷きを返し、ロクサーヌは言葉を続ける。
「それから青と紫は四つずつなので、私以外の四人で分けてください」
「ロクサーヌさん! それは駄目です! 一番奴隷を差し置いてそんなことはできません!」
「私は前回、青魔結晶を四つも融合しているのですから大丈夫です」
微笑みを浮かべながらそう告げたロクサーヌを見て、セリーは提案を行なった。
「でしたら、せめて紫魔結晶四つはロクサーヌさんの物にしてください。そうでなければ示しがつきません」
「ふふ。セリーは本当に頑固ですね。それでは紫魔結晶は私の物に融合しましょう。セリー、ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます」
そう言って二人は笑い合っていた。
ほんと、仲がいい娘たちだなぁ。その『いせはれ!』にご主人様も混ぜてはくれないだろうか。
彼女たちは百合ではないので、百合の間に挟まる男になる心配はいらない。
そして、ロクサーヌとセリーは融合を試みるが、魔結晶の色が変わることはなかった。
どうやら十万匹分まではまだまだ遠かったらしい。
作業が終わり切り取っていた左腕を確認したところ、全ての腕からインテリジェンスカードが飛び出していた。
混ざらないように気を付けながら自室へ持っていき、シモンのインテリジェンスカードをターレの迷宮で始末した盗賊の分の五枚とひとまとめにして、タオルで包み引き出しにしまい込む。
残りの十二枚も同じようにタオルで包み、別の段の引き出しへ入れておいた。
よし。これでオッケー。
冒険者になったら十二枚の方をハルツ公爵騎士団へ持ち込み、シモンは取り逃がしたと告げよう。
そして、バラダム家との決闘が終わったら残りも提出して、ターレの迷宮で襲われたことにすればいい。
そうすれば騎士団の方で勝手なストーリーを想像することだろう。
俺がバスルームへ戻ったことに気が付くと、彼女たちは薪のようにまとめられた腕を両脇に抱える。
……すげーホラーな光景だなぁ。
……やっぱこの世界の人は逞しいわ。
迷宮に左腕を捨ててから食材を購入し自宅へ戻る。
二人と一緒に朝食の支度をするのは久しぶりだ。
それだけのことなのに心が弾んでしまう。
「また、ご主人様と一緒に朝食の用意ができることが楽しみです」
ロクサーヌも同じ気持ちだったのか。めちゃくちゃ幸せだ。
すると、恥ずかしそうにしながらセリーも口を開く。
「あっ、えっと、私も同じ気持ちです」
あー。もう。二人とも可愛すぎるー!
「これからも協力して家事をこなそうね」
その言葉を聞いて、彼女たちは笑みを浮かべ大きな声で答えた。
朝食のホットケーキを完食した後は食休みといきたいところだが、このあとは予定があるからな。
歯磨きと洗い物を済ませ、玄関から商人ギルドへ移動する。
ワープゲートを抜け出すと、少し離れたところでガストンと話をしているケヴィンと目が合った。
「アユムさん、今日はよろしく頼む」
その言葉を聞き、こちらに背中を向けていた小っちゃいおっさんが振り返る。
「おお! 来てくれたか! 仲買人の武器商人に声を掛けてくるから、少しだけ待っててくれ」
挨拶を交わす間もなく駆け出していった彼を見送り、ケヴィンに声を掛ける。
「おはよう。こちらこそよろしく頼む。それにしても、ガストンは随分楽しみにしているようだな」
「何しろ激情のオリハルコン剣だからな。それがあればバッシュの威力が跳ね上がる。あいつだけじゃなく、パーティー全員楽しみにしてるんだ」
そりゃそうか。
オリハルコンの剣は公爵や皇帝が装備しているほどの武器で、それに攻撃力二倍のスキルが付いているのだ。
高性能な装備品にはスキルが付きにくいと思われているし、彼の浮かれようも理解できる。
チートジョブである英雄のジョブについていた初代皇帝でさえ、クーラタルの九十一階層までしかたどり着いていない。
おそらく現在入手可能な素材で作れる武器の中では、こいつが最高の性能を誇るのではないだろうか?
しかも、攻撃力五倍が融合できるであろうスキル結晶は、サイクロプスの最上位種からのドロップだろうから、クーラタルの迷宮だと九十四階層のボスを倒さなければならない。つまり、チート野郎でなければ入手は不可能ということだ。
次点の腕力五倍はトロールの最上位種なので八十五階層。不可能ではないがトップ層でもなかなか厳しいだろう。
その上、クソみたいなドロップ率を乗り越えるために周回をする必要もあるし、キャラクター再設定がなければ絶対に無理だと断言できるぞ。
そして、ジョブの固定で基礎攻撃力が高く、さらに攻撃力五倍が付いた武器を出すというのも現実的ではない。
いとも簡単に作ってしまったし、比較対象がデュランダルなせいで霞んでしまうが、こいつはとんでもない武器だということだ。
「すまん。待たせた」
ケヴィンと雑談をしていると、女性を伴ったガストンが戻ってくる。
ヒルダ・ウェイン 女 45歳
武器商人Lv23
装備 身代わりのミサンガ
おっ。この人が仲買人の武器商人か。苗字持ちってことは自由民なのだろう。
武器商人になるためには探索者と商人をそれぞれ30まで上げる必要があることを考えると、レベル23は相当なものだ。
彼女はかなり迷宮で鍛えているか、パワーレベリングをしているのかもしれない。
女性は俺の方を見ると目礼をして話し始める。
「はじめまして。仲買人のヒルダと申します。かねがねお噂を耳にしていたアユム様にお会いできて光栄です」
噂? 俺の?
……あのー。犯人分かっちゃったんですけどー。
「なるほど。ルークか」
彼女は俺の言葉にアルカイックスマイルを浮かべて頷く。
「はい。ルークがアユム様へ販売するスキル結晶を探していたおり、彼にスキル結晶を譲っています」
ああ。そういうことか。
というかルークよ。俺の名前を出す必要はなかったんじゃない?
「そうだったのか。それは世話になったな」
「いえ。ルークとの正当な取引だったのですから、お気になさらず」
うん。全然気にしてないけどね。
「ヒルダ。悪いが早いところ商談室へ頼む」
すると、待ちきれなくなったのか、ガストンから声が上がった。
「あら? ふふ。そうですね。では、ご案内いたします」
すると、彼女は微笑みを浮かべ俺たちを促し歩き出す。
ガストンとケヴィンの後ろを歩きながら思索に耽る。
四十五歳か……。元の俺と同じ年齢だ。
上品な笑みは年相応な美しさでとても魅力的だったし、全身に仕事ができそうな雰囲気を纏っている。
きっと日本に生まれていたら一流企業でバリバリ働いていただろう。俺とは関わることがないタイプの人間だな。
とりとめもなく考えていると、いつもルークに案内される商談室とは違う部屋に通された。
向かい合わせたソファーの片側に座るよう促されたため、俺とガストンが腰を下ろし、他の三人はその後ろに回る。
そして、ヒルダという女性もローテーブルを挟んだ向かい側のソファーへ腰掛けた。
すると、挨拶や雑談をすっ飛ばし、ガストンがすぐに用件に入る。
「さっきも言ったがアユムさんから武器を購入するので、それの確認をお願いしたい」
もしかしたらこんな客には慣れているのかもしれない。彼女は笑みを浮かべながら頷きを返し、こちらへ顔を向けた。
「その武器を確認させていただけますか?」
「うむ。よろしく頼む」
詠唱を唱えてアイテムボックスを開き、取り出した激情のオリハルコンの剣をローテーブルの上に置く。
すると、ヒルダは目を大きく見開き声を上げた。
「オリハルコンの剣!? 鑑定するのはオリハルコンの剣なのですか!?」
鑑定してもらう武器については伝えていなかったのか。
「ああ。しかも、攻撃力二倍のスキルが付いた激情のオリハルコン剣だ」
彼女はガストンの言葉を聞くと、さらに大きな声を上げる。
「ええっ! 激情のオリハルコン剣!? 本当ですか!?」
やはり、仲買人である武器商人がここまで驚くくらいの逸品なんだな。
リアクションに納得していたところ、ヒルダはこちらに視線を合わせ話し始めた。
「実はルークがアユム様へ販売するスキル結晶を探していたときに、サイクロプスのスキル結晶を融通したのは私なのです。まさか、それがオリハルコンの剣に融合されるとは……」
あー。あの時の。その節は大変お世話になりました。
しかし、サイクロプスのスキル結晶は二つあったため、彼女が融通したスキル結晶かどうかは不明だ。
違うと言って角を立てる必要もなければ、複数所持していたことを教える必要もない。とりあえずお茶を濁しておこう。
「そうだったのか。オリハルコンの剣を入手する機会があったのでな。同じ時期にスキル結晶が手に入ったことは本当に幸運だった。感謝する」
「こちらこそお役に立ててなによりです。ですが、私に扱わせていただければさらに嬉しかったのですが」
その言葉にヒルダは微笑みながら答えた。
俺はルークと取引しているんだから、奴に無断で別の仲買人と取引を行うわけにはいかない。
まあ、これは冗談なのだろう。
「それでは確認いたします」
落ち着いたところで、彼女はそう言って武器に手を添えると詠唱を開始する。
「武器に宿りし魂よ、その力を解き放て、武器鑑定」
ローテーブルに置いてあるそれを見つめていた彼女の顔が強張り、ゴクリと唾を飲んだ。
「……間違いありません。激情のオリハルコン剣です」
そして、呆然とした表情で口から言葉を漏らす。
分かってはいても実際に武器鑑定で確認したことで改めて驚いたのかもしれない。
その言葉を聞き、隣に座っているガストンが大きな声が上がった。
「ははっ。激情のオリハルコン剣だ! 俺は激情のオリハルコン剣を持つ男になったんだ!」
「やったな! これで俺たちはまだまだ先へ進むことが出来る!」
「ああ! 絶対に迷宮討伐を成し遂げるぞ!」
「当然だ! 他の奴らも喜ぶだろう!」
鑑定結果を聞いて二人は熱く言葉を交わしている。
めちゃくちゃ盛り上がってんなぁ。
まあ、無理をしない程度に頑張ってくださいな。
男たちの熱い語らいを眺めていると、彼らはしばらくして落ち着きを取り戻す。
「すまない。支払いをしないといけなかったな。ケヴィン、装備品と金を出してくれ」
「ああ。アユムさん、少し待っててくれ」
断りを入れるとケヴィンは詠唱を行い、アイテムボックスを開く。
へー。装備品と金はこいつに預けてるんだな。
まあ、信頼できる仲間がいるならそっちの方が安全か。
それに、彼らには高レベル探索者のマルコだっているんだし、空き容量で困ることはないだろう。
おっと。鑑定で確認するために詠唱省略をつけなければ。
彼がローテーブルの上に物を置いている間にキャラクター再設定を開き、ポイント振りを済ませる。
オリハルコンの剣 両手剣
スキル 空き 空き 空き 空き
聖銀の兜 頭装備
スキル 空き 空き 空き
うっしゃ! 間違いない! スロ四のオリハルコンの剣とスロ三の聖銀の兜だ!
内心で狂喜乱舞しているとケヴィンは続けて白金貨を一枚取り出し、さらにその横に金貨を置いていく。
それにしてもこれで白金貨が三枚。しかも、金貨を合わせると四百万ナールに到達だ。
まだ、春の五十三日目だぞ? 原作知識のおかげでとんでもないことになってんなぁ。
「よし。これで五十枚だ。ちょうど一枠分を出したから間違いないと思うが確認してくれ」
ケヴィンの言葉に頷き、テーブルの上に載っている金貨の枚数を確認する。
冒険者のアイテムボックスは五十スタックが五十枠。マックスまで入っている一枠分を出せば間違いはないはずだ。
――四十八、四十九、五十。うん。オッケー。
「確かに白金貨一枚と金貨が五十枚だ」
「それじゃあ、オリハルコンの剣と聖銀の兜も確認してくれ」
硬貨の確認が終わるとガストンがそう促した。
とは言ってもなぁ。これが問題ないことは分かってるんだよなぁ。
鑑定を依頼するのはもったいない気がする。
スキル付きの装備品じゃないんだし、見ただけで分かると言い張れないものか……。
脳みそを回転させていたところ、後ろからセリーの声が聞こえてきた。
「ご主人様、私が確認してもよろしいでしょうか?」
うん? なんでだ? なんでセリーが確認できるんだ?
いや。でも、彼女のことだ。きっと何か考えがあるのだろう。
「うむ。では、頼む」
戸惑いながらもその言葉に頷きを返す。
すると、セリーは俺のそばへ来てローテーブルに載っているオリハルコンの剣へ手を伸ばした。
しかし、片手では持ち上げることが出来ず、もう片方の手も使いなんとか持ち上げることに成功する。
「間違いありません。オリハルコンの剣です」
あっ、そうか。オリハルコンの剣には装備制限が掛かっている。
条件を満たしていなければかなりの重さを感じるはずなので、簡単に確認ができるってわけか。
行動の意味を理解していると、彼女はそれを置き、続いて聖銀の兜を持ち上げようとする。
そして、当然のようにそちらも持ち上げるのに苦労していた。
うーん……。この様子を見るに、セリーがこれを装備するのは無理そうだし、間違いなくロクサーヌも無理だろう。
いや。仮に装備できたとしても、金属製の兜を身に付けたらロクサーヌの持ち味である回避能力を殺しかねない。
かといって、頭装備に身代わりスキルをつけている都合上、俺が装備するわけにもいかないんだよなぁ。
様子を見守っていると聖銀の兜をテーブルに戻し、セリーが俺の方へ顔を向ける。
「こちらも聖銀の兜で間違いありません」
「うむ。セリー、ありがとう」
感謝を述べると彼女は嬉しそうに頷き、元の場所へ戻っていった。
うん。実に愛らしい。
俺とケヴィンがそれぞれのアイテムボックスに物をしまうと、セリーに熱い視線を送っていたヒゲもじゃ男が顔をこちらに向ける。
こいつ……。
「アユムさん、本当にありがとう。こんな貴重な装備品を格安で譲ってもらう機会なんてないから本当に助かった」
そう言って右手を差し出してきたので、その手を握り答えた。
「なあに。気にすることはない。昨日も言ったが、あんたたちならそいつを活かしてくれるだろう。有望な者たちへの投資みたいなもんさ」
嘘だけどね。ただのシャークトレードだしね。
続けてケヴィンとも握手を交わし、難しい顔をして考え込んでいるヒルダへ暇を告げる。
「では、俺たちはこれで失礼する。今日は世話になった」
「え? あ、はい。こちらこそお世話になりました」
彼女はハッとしたように笑顔を繕い返事を行う。
きっと、激情のオリハルコン剣の値段が安いと思ったんだろうなぁ。
スキルスロットを見ることができなければ当然の反応だ。
ふっ。邪気眼を持たぬ者には分かるまい。
馬鹿なことを考えているとヒルダがそのまま話を続ける。
「アユム様、ルークにご不満などおありではありませんか?」
はあ? 何を言い出すんだ?
「どういうことだ?」
「私は彼に比べ経験豊富だと自負しております。また、祖父の代から仲買人を生業としているため、各方面へ顔をおつなぎすることも可能です。仲買人の変更を検討していただけないでしょうか?」
おいおい。この女性、とんでもないことを言い始めたぞ。
ルール的にそれはありなのか?
あまりのことに驚いていると彼女はさらに言葉を重ねる。
「それに、うちにはちょうどアユム様の年齢と釣り合いが取れる娘もおります。親の私が言うのもおこがましいですが、本当に美しく気立ての良い娘なので、一度お会いいただきたく存じます」
その言葉を理解すると同時に、背後からとんでもない気配が漂ってきた。
い、いかん! ロクサーヌさんとセリーさんが気分を害された! すぐに対応しなければ!
「ありがたい申し出だが、ルークとは良い関係を築いている上に、見ての通り俺にはこんなに素晴らしい二人がいてくれるため、それには及ばない」
「そうですか。それは残念です」
口ではそう言っているが、彼女に残念そうな様子は見られない。
からかわれたのだろうか? それともワンチャン狙いで期待せずに発した言葉だったのか?
まあ、どうでもいいや。
「うむ。彼女たち以外の女性など考えられないからな」
「まあ」
そう告げるとヒルダは微笑ましいものを見るような表情を浮かべた。
そして、ようやく背後の雰囲気が変化する。
はー。よかったぁ。大魔神様たちが怒りを鎮めてくださった。
まったく。なんてことを言いやがるんだ。大変なことになるところだったじゃないのさ。
仲買人って奴は本当に油断ならない。
今度こそ暇を告げて部屋を後にする。
ロビーを目指して歩いていると、彼女たちの表情が幸せそうに緩んでいるのが目に入った。ロクサーヌなど尻尾をブンブン振っているほどだ。
ほんと、可愛い娘たちだなぁ。
ロビーへ戻るとケヴィンが真剣な表情で口を開く。
「以前にも言ったが、貴重な装備品が手に入って、もしあんたたちが使わないようなら俺たちに声を掛けてもらえないか?」
うーん……。ぶっちゃけ、彼らの身に着けている装備品でほしいという思うものは他になかったため、次回以降は金での取引になるだろう。
それでよければってところだな。
「うむ。タイミング次第になるが、あんたたちに声を掛けることもあるだろう」
「そうか。そのときはよろしく頼む」
その言葉に笑みを浮かべ、再び手を差し出してきた。
彼と握手を交わしていると、ガストンがセリーへ話しかける。
「セリーの融合してくれた武器を使いこなし、俺はもっと上へ行ってみせる。だか――」
「はい。頑張ってください。私の愛するご主人様もそれを願っていることでしょう」
彼女はその言葉をインターセプトすると、俺の左腕を抱きしめた。
それを見たガストンの顔に奈落の底へ落とされたような表情が浮かぶ。
いや……。何というか、その、ごめん? でいいのか?
でも、少し前まで非モテ街道を突っ走り、しっとマスクに変身できそうだった俺なのだ。気持ちはわかる。気持ちは分かるぞ。
「今までのやり取りを見ればお前に目がないことくらい分かるだろ。まったく、しょうがない奴だ」
ケヴィンは苦笑いを浮かべると、もう一度感謝の言葉を述べ、呆然としているガストンを引きずりフィールドウォークで消えていった。
傍らの美少女を見遣ると、悪戯っぽい表情でこちらを見上げている。あら、可愛い。
すると、右腕にもたわわで柔らかい感触が。
そちらに目を向けたところ、世界で一番大切な愛しい人が笑みを浮かべていた。
……本当に俺は幸せ者だ。
田川 歩 男 18歳
探索者Lv48 英雄Lv41 遊び人Lv36 魔法使いLv47 戦士Lv31
装備 竜燐の靴 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:0
キャラクター再設定:1
フィフスジョブ:15
詠唱省略:3
鑑定:1
必要経験値二十分の一:63
三十パーセント値引:63
所持金:4,055,512ナール
春の53日目