フィールドウォークのゲートから抜け出すと、身なりの良い数人の男女がこちらに向かって頭を下げていた。
なんぞ?
「面を上げよ」
ハルツ公がそう言うと全員頭を上げる。
あー。公爵が来るってんで頭を下げて待っていたのか。
いや? 待てよ? どうやって公爵の来訪を知ったんだ? 先触れなんか出してなかったよな?
まさかずっと頭を下げて待っているわけはないだろうし、俺が気付かないところで誰かが知らせに行ってたのかね?
それにしても一度目で頭を上げるんだな。日本の作法とは違うようだ。
「公爵様、お待ちしておりました。本日はよろしくお願いいたします」
「うむ。ギルド長、忌憚のない話を聞かせてもらおう」
「かしこまりました。それでは、ご案内いたします」
目下の者から声をかけてはいけないというような作法もないらしい。
というか俺だって何度も自分から話し掛けているが、何も言われていないしな。
それにしても全員エルフか……。
一人で顔面平均を大きく下げている状況に、めちゃくちゃへこんでしまうぞ……。
彼の後に続いてぞろぞろと移動した先には、一目で高級とわかる長いテーブルを挟んで、豪華な革張りの椅子が向かい合わせでいくつも並んでいる。
ここは応接室なのか? それとも会議室なのだろうか?
いずれにしても、めちゃくちゃ豪華な作りだ。
まず、公爵が奥側の中央に座り、その次に俺が右側に座るように告げられる。
外様の俺が二番目でいいの?
それともゲストってことで席次を上げているのだろうか?
うーん……。まあ、この世界に席次があるのかもわからないし、気にしないでおこう。
その後、カシア、ゴスラー、クラウス、フィーネと続く。
ハルツ公爵側の全員が席に着いたところで、今度は逆サイドにギルド側の人が腰掛けた。
公爵の前にはギルド長らしい五十七歳の男性。カシアの向かいが二十九歳の男性。そして、俺の正面に座ったのは結構な美人さんである四十四歳の女性。
彼女は冷ややかな視線でこちらを一瞥すると、目を逸らし俺を視界に入れないようにしていた。
不細工な顔を見たくないのかもしれない。
……まあ、いいけどね。
そして、例によって種族が異なるため、全員二十代にしか見えなかった。
全員が席に着き、飲み物を運んできた女性が退室したところでハルツ公が切り出す。
「では、セルマー伯爵領における迷宮の現状についての会談を始めようではないか。ハルツ公爵たる余が聞き届けるゆえ、何者にも忖度することなくありのままを述べよ」
セルマー伯の圧力を恐れ、普段は批判的なことを言うわけにはいかないのだろう。
だが、彼より上位の貴族である公爵がこう言っているのだ。口も滑らかになるはず。
「かしこまりました。では、セルマー伯爵領の迷宮の状況についてお伝えいたします」
「うむ」
ハルツ公が頷きを返すと、ギルド長は語り出した。
「現在、伯爵領には確認ができているだけでも七つの迷宮が存在していますが、どれも騎士団による攻略が行われておらず、最長のものは十年を超えてしまっています」
昨日セリーが言っていた通りだな。
それに、迷宮の数が七つ……。
ハルツ公爵領では三つ目の迷宮ができたとき、俺にも迷宮へ入るよう要請するくらいの緊急事態となっていた。
それなのにセルマー伯爵領はその倍以上だ。
「騎士団が入らないので安全が確保できず、そのため探索を行おうという者がなかなか現れません。通常、新しい迷宮ができれば先駆者になろうと他の地域から移ってくる者も多いのですが、その話が広まっているため探索者たちが二の足を踏み、迷宮に入る者の数が増えることもなく……」
なるほど。普通ならアンドレアやケヴィンたちがベイルの迷宮に入っているような感じで、迷宮討伐を志す者が集まってくるのだろう。
しかし、それがまったく期待できないってことか。
うーん……。完全にドツボにハマっているぞ。
考え込んでいるとハルツ公が口を開く。
「我らエルフの中には他種族を見下す者も少なくない。それを懸念して移動せぬことも考えられる。ああ、もちろんその方らがそうだと申しているわけではないぞ」
あー、確かにそういうことも考えられるな。
その言葉を聞いて俺の前に座っていた女性の目が一瞬泳ぐ。
おうおうおう。種族差別主義者かテメー?
公爵閣下は反差別を掲げている帝国解放会に所属しておられる。
そんなことは決して許しちゃおかねーぞ。表にでやがれ。
さあ、アニキ。分からせてやってくだせぇ。
馬鹿な妄想をしていると、カシアが問いかけた。
「各迷宮の攻略階層はボーデのギルドに伝わっている情報と変わりありませんか?」
「はい。どの迷宮も長いこと攻略階層が上がっていないため、変わっておりません」
「そうですか……」
彼女はそう呟き目を伏せる。
自分の故郷のことだもんなぁ。色々思うところがあるのだろう。
その後も様々な聞き取りが行われ、セルマー伯爵領のおかれている状況のヤバさが浮き彫りになった。
一部の住人に疎開の動きがあり、このままではそう遠くないうちに、人が住めなくなる可能性もあるようだ。
一頻り質疑応答が終わると、あまりにも不味い状況に全員言葉を失っている。
これはもうセルマー伯爵家だけでどうにかなる状況ではない。
原作においてハルツ公は、エルフで一公爵一侯爵二伯爵をキープしていると言っていた。
しかし、このままではいずれ帝国側が動き出し、間違いなくそのうちの一つを失うことになるだろう。
いや。既に動いている可能性が高いか……。
それを防ぐには頭をすげ替え、他領の協力を仰いで高階層の討伐が可能なパーティーを招き、一番長く存在している迷宮を撃破する必要がある。
おそらくハルツ公や全エルフ最高代表者会議は、既にセルマー伯排除の方向で動いているはずだ。
この状況で命だけでも助かる可能性があるとするなら、深い反省を示した上で爵位を譲り、自ら迷宮に入って魔物を倒すほかない。
しかし、ここまでの事態を引き起こしている人物が、そんな殊勝な真似ができるかというと……。
つまり、彼はもうとっくに詰んでいる。
ルティナ……。
実際の状況を聞くと原作を読んでいたときよりもリアリティーが増し、彼女の置かれている状況の危うさに気付かされる。
セルマー伯爵領の民からすれば、容赦なく税を持っていきそれで贅沢な暮らしをしているというのに、納税者を守ろうともしないろくでもない領主の娘だ。
どれだけ恨まれているのか容易に想像がつく。
もしあの娘が奴隷として売られ、ここの領民が購入しようものなら、言葉では言い表せないほど酷い仕打ちを受けるだろう。
しばらくするとハルツ公が一つ息を吐き出し彼らに告げる。
「伯爵領のおかれている状況は理解した。余からもセルマー伯爵へ伝えておくので安心するがよい」
それを聞いた三人の顔に安堵の色が浮かぶが、ギルド長はすぐに表情を引き締めた。
「公爵様。大変申し上げにくいのですが、我々がお伝えしたことを伯爵様には……」
「案ずるでない。その方らについて話題に上がることはなかろう」
まあ、公爵としてもこのことをセルマー伯に知られるのは避けたいはずだ。
もし知られてしまえば、誅殺を考えていると感づかれてしまう。
というか、原作ではこの視察はあったんだろうか?
普通ならその時点で疑われそうなものだけど……。
いや。ケツに火が付いた状態なのに、攻め込まれる恐れのあったハルツ公爵家のエンブレムが刺繍された垂れ幕を下げたままにしておく人物だ。
小心者でフィールドウォーク対策はしていたが、その辺の危機感は欠如していたのかもしれない。
会談が終わりギルドの外へ出ると、見送りのためなのだろう。職員たちがピシッと整列していた。
まるで政治家が視察に訪れたような光景だ。
まあ、そんなのテレビでしか見たことがないんだけどね。
一頻り挨拶を交わしたところで、俺たちは騎士のクラウスを先頭に歩き出す。
どうやら案内係などは付かないらしい。
辺りを確認しながら通りを進むうち、一行の雰囲気がどんどん暗いものへと変わっていった。
ゴミが多く薄汚れた印象を抱かせる街並みに、手入れがされていないことが丸わかりの雑草が伸び放題になっている植栽。
周囲にいる人々の顔にはどこか不安そうな表情がうかがえる。
ベイルのスラムを除けば、今まで見てきたどの町よりも空気がよどんでいた。
「まさか、これほどまでに……」
呆然とした表情のカシアが足を止め小さな声を漏らすが、誰もそれに答えることができない。
フィーネも沈痛な面持ちで周囲を見つめていた。
もしかしたら彼女たちは、長いことセルマー伯爵領に戻っていなかったのかもしれない。
おそらく以前はこんな光景ではなかったのだろう。
自分たちの故郷が衰退しているさまを見てしまったショックはいかばかりか。
気遣いの言葉を口にすることさえ躊躇してしまう。
俺たちはその様子を黙ってみていることしかできなかったが、ハルツ公は深いため息を吐いて口を開いた。
「……参ろう」
その声を合図に再び足を進める。
結構な距離を歩いてようやく目的の場所へ到着すると、太陽は既に真上へ移動していた。
小高い丘の上には、ボーデのそれより少しだけ小さいものの、歴史を感じさせる勇壮な城が鎮座する。
しかし、城門は固く閉ざされており、訪れる者を拒んでいるかのような印象を抱かずにはいられない。
ハルツ公の所もそうだったが跳ね橋はないんだな。
いや、そもそも堀だってないか。
人間同士の戦いではなく、魔物との戦いを想定しているためこうなっているのだろう。
クラウスが門番へハルツ公爵の来訪を告げたところ、彼は大きな声で合図を送り始めた。
そして、向こう側から返事が聞こえると、大きな音を立てながら扉が開いていく。
その様子をみながらふと疑問が浮かぶ。
そういえば、ボーデの城門は開いていたよな?
普通に考えるなら日中は開けておく方がいいと思うのだが、どうして閉じているんだ?
不思議に思っているとそれに気が付いたのだろう。ゴスラーが小声で教えてくれる。
「こちらは以前ハインツ一味に襲われています。その恐怖が忘れられず、門を開けておくことができないのでしょう」
あー。そういうことか。
俺もチキン野郎だ。その気持ちはよく分かる。
よく分かるが、伯爵の地位にいる者がそれじゃ不味いでしょうよ……。
臆病者の謗りは免れないし、領民からは自分たちの安全しか考えていないと恨まれてしまうだろう。
事実なだけに擁護のしようもない。
開かれた扉から中に入ると、色とりどりの花が咲き誇る、美しく管理の行き届いた庭園が目に入った。
明らかにボーデのそれより豪華で、大金がつぎ込まれていることがうかがえる。
……町にかける金はなくても自分の城にかける金は潤沢らしい。
これについても恨みを買っていそうだよなぁ……。
ルティナの父親であるセルマー伯の命を救うためだとしても、会談の場で迷宮討伐に力を入れろと忠告するつもりなんてなかった。
しかし、彼には同情できる点がいくつもあることは確かなのだ。
長兄と次兄が長く争い、相打ちになったことで向いていない領主になってしまったこと。
早くに奥さんを亡くしてしまっていること。
何とか統治を行うも上手くいかず、挙句は盗賊に領内を荒らされまくり、騎士団の腕利きを何人も失ってしまったこと。
だが、ほんの少しだけあった同情心もこの状況を目にしたことで消えてしまった。
迷宮や盗賊の討伐といった義務を放り出し、ただただ淫蕩に耽っている者に民の守護者たる貴族の資格はない。俺自身もセルマー伯爵は排除されるべきだと考えてしまっている……。
ルティナの親父さんが生きながらえるのは正直かなり厳しいだろう。
城の扉が開き、中から騎士が出てきて声を掛けてくる。
「ハルツ公爵閣下、カシア様。お待ちしておりました。それではご案内いたします」
彼の案内に従い俺たちも城の中へ入ると、ボーデの宮城と同じようなロビーになっていた。
「冒険者の方はこちらでお待ちください。他の方はこちらへどうぞ」
あっ! この言葉は罠になっているのか。
俺がこのまま進めば『冒険者を謁見室に送り込むとは何事だ』となり、ハルツ公に恥をかかせることができる。
公爵の方をうかがうと、問題ないという風に頷いた。
まさかハメられるとは思ってないんだろうなぁ。
ですが、ハルツのアニキ。安心してくだせぇ。こんなこともあろうかとあっしは準備をしておりやした。
奴らに一泡吹かせてみせまさぁ。
フィーネを残し、案内役に続いて歩きだす。
長いこと廊下を歩き、階段を上る。
それを何度も繰り返したところで、案内人はある部屋の前で足を止めた。
到着した部屋はそれほど広くないが絨毯が敷かれ、その上にはローテーブルを挟んで三人掛けのソファーが向かい合っている。
壁際に置かれた棚の上には、つぼや杯といったよく分からない美術品らしきものが並び、壁には鬱蒼とした黒い森や、黄金色にたなびく小麦畑の絵画が掛けられていた。
セルマー伯爵領の風景なのだろうか? 写真と見紛うほどの精密で写実的な絵だ。
すごい画家がいるもんだなぁ。
部屋を見て思索に耽っていると、ここまで連れてきた騎士が口を開く。
「伯爵閣下は身だしなみを整えております。こちらで一時間ほどお待ちください」
はあ? 自分より上位の貴族が正式に会いに来ているのに、それはオッケーなの?
せっかちな公爵が気分を害していないかと確認したところ、涼しい顔をしている。
「であるか。ならば余らは騎士団に挨拶をしておこう」
ハルツ公の言葉に続き、カシアも口を開く。
「それなら、わたくしも旧交を温めることにいたしましょう」
あれ? この対応を予想していたのか?
それとも、貴族が挨拶に訪れる際はこれが普通ってこと?
いやでも、原作ではすぐに謁見室へ通されていたしなぁ。
「かしこまりました。それでは、参りましょう」
騎士が頷いて答えると、ハルツ公は俺に顔を向ける。
「アユム殿。その方はソファーに腰を下ろし待つがよい」
うそー! それはないじゃん! めっちゃアウェーな場所でひとりぼっちはないじゃん! おいてかないでー!
内心焦り散らかしているこちらを気にも留めず、彼らは部屋を出て行った。
マジかよ……。本当においていったぞ……。
もし俺が盗みやスパイ行為を働いたらどうするつもりなんだ? 危機感がなさすぎるだろ……。
……いや、もうどうしようもない。余計なことをせず座って待つことにしよう。
何もやることがないため、キャラクター再設定を見ながら時間を潰す。
つらつらとそれを眺めていたところ、ふいにノックの音が響き渡った。
「どうぞ」
「失礼します」
返事をすると、侍女服を着た女性が飲み物を載せたワゴンと共に入ってくる。
ん? あれ? どこかで見たような……。
タチアナ ♀ 18歳
村人Lv6
見覚えがあったため鑑定をかけて確認したところ、帝都の奴隷商館で出会ったタチアナという女性だ。
へー。奴隷でも貴族家の侍女になれるのか。
そういえば帝都の商館では冒険者向けの戦闘奴隷か、有力者向けの見目麗しい奴隷を扱っていると言っていたな。
考え込んでいるとあちらも気が付いたようで、つかつかと俺の方に近寄り見下したような表情で告げる。
「私は現在、セルマー伯爵家で侍女として働いています」
あ、はい。そうなんすか。
突然の言葉に呆気に取られていると、彼女はさらに言葉を続けた。
「伯爵様は私が行うご奉仕を大変気に入ってくださり、特に『侍女の嗜み』を何度も所望してくださいます。お情けをいただける日も近いでしょう」
この娘さんは突然何を言い出すんだろう……。
それに、本当にそうかねぇ? エルフ同士ってことは継承問題が発生する恐れが拭えない。
閨に呼ぶならエルフではなく種族の違う女性になるんじゃないのか?
侍女の嗜みはともかく本番はないと思うぞ。
もっとも、この城で他種族を見ていないため、伯爵は種族差別主義者でエルフ以外を相手にするつもりがないって可能性もあるが。
「あなたのように迷宮を這い回ることしかできないような者に購入されず本当に助かりました。そのことについては感謝して差し上げます」
思索に耽っていたところ、タチアナは侮蔑の色を隠そうともせずそう言った。
この女性、とんでもないことを言うなぁ。
俺がなぜこんな場所にいるのかについてまったく考えが及んでいない。視野狭窄にもほどがあるぞ。
伯爵家の侍女をしている奴隷と公爵に乞われ同行しているゲスト。どちらの立場が上か考えるまでもない。
まあ、だからといって抗議をする気はないけどさ。舐められることには慣れっこだし、何より面倒だ。
それに、彼女の今後を想像すると……。
奴隷身分の自分が伯爵家に購入され、本番はしていないとはいえ伯爵その人と肌を重ねている。
一発逆転を果たし、大船に乗ったような安心感と、プライドが満たされていることだろう。
でもなぁ……。その船は泥船なんですよねぇ……。
反論せずにタチアナを見つめていると激高したように声を荒げた。
「なんですか! なぜ憐れむような目で私を見るのですか!」
と言われましても……。
彼女はますますヒートアップしてしまい、どうしたものかと考えていたところ、再びノックの音が響いた。
それに続き、鈴を転がしたかのような可憐で愛らしい声が聞こえてくる。
「姉様、いらっしゃいますか?」
そして、入ってきた人物を目にした瞬間、心臓が大きく跳ねた。
田川 歩 男 18歳
探索者Lv50 英雄Lv43 魔法使いLv49 遊び人Lv40 戦士Lv37
装備 竜燐の靴 身代わりのミサンガ
ロクサーヌ ♀ 16歳
巫女Lv13
装備 強権のエストック 駿馬の竜革靴 身代わりのミサンガ
セリー ♀ 16歳
鍛冶師Lv22
装備 皮の靴 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:0
キャラクター再設定:1
フィフスジョブ:15
詠唱省略:3
必要経験値二十分の一:63
鑑定:1
MP回復速度二十倍:63
所持金:4,346,295ナール
春の59日目