ハルツ公の執務室へ入り、ゴスラーが鍵を掛けたところでソファーに座るよう促される。
俺が腰を下ろすと、彼は体の前で手をクロスさせ左手の手のひらを右の二の腕へ当てた。
帝国解放会のハンドサイン! しらばっくれないと!
なんですそれ? カッコいいポーズの研究っすか?
俺が反応を示さなかったことで納得したのか、彼らもソファーへ腰を下ろす。
「アユム殿、単刀直入に確認させていただく。その方は帝国解放会という名を耳にしたことがあるだろうか」
マジ? まだ春の六十日目だというのに、もう帝国解放会への勧誘をされるのか……。
色々と先回りして行動してきたし、ロクサーヌの実力も見せつけた。
それだけではなく、オーバーホエルミングを用いた戦闘を見せてしまったことで、誰かに掻っ攫われると困ると考え、急いで推薦することにしたのかもしれない。
とりあえず今はすっとぼけておこう。
「帝国解放会ですか? 無知で申し訳ありません。なにぶんこの国に来て間がないせいか、聞き覚えがありません」
「いや、帝国解放会は秘密組織としての側面を持つため、その方が知らぬのも当然のこと。まずは会について説明いたそう」
そして、ハルツ公は帝国解放会についての説明を始める。
迷宮や魔物から帝国を解放することを目標に活動している組織であり、帝国騎士団の母体となっていること。
相互扶助を掲げ、迷宮、魔物、ジョブ、装備品の情報を収集し、会員で共有していること。
高性能な装備品の売買を行なっていること。
放棄地域や未開地域の迷宮を討伐した際、叙爵の承認を後押ししてもらえることなどが伝えられる。
「帝国解放会では異種族に対する差別が禁じられていたり、他にも会で得た情報や所属メンバーについての守秘義務が課せられるものの、デメリットというほどではあるまい」
そうだな。もともと他種族を差別するつもりはない。
というか、この世界の人々にとっては俺の方が異物だろうし、差別対象となるはず。
情報秘匿についてもこちら側に隠し事が多すぎるせいで今更だ。
でもまあ、戸惑った振りをしておかないと。
「あの、そういった説明をなさるということは……」
「うむ。アユム殿を勧誘したいと考えておる」
「なぜ私のような者を?」
すると、彼はグッと表情を引き締め話し始める。
「帝国解放会において、推薦された者は推薦した者の派閥だとみなされるのでな。ゆえに会員は常に能力のある者を探しておる」
えー!? それをぶっちゃけちゃうの!?
「アユム殿なら、迷宮最上階のボスが装備品を破壊する攻撃を行うという話を存じているであろう?」
「はい」
相槌を打ったところ、やはり知っていたかという表情を浮かべた。
「そのため、魔物の攻撃を避ける能力が何より肝要となる。なので、以前その方が申しておったロクサーヌ嬢の回避能力を見定めようと考えたのだ」
「なるほど。そういうことだったのですね」
「うむ。そして、本日確認したその方らの実力は想像以上のものであり、そう遠くないうちに迷宮を討伐し、貴族へ列せられると確信できた」
ロクサーヌの圧倒的な回避能力と、俺のオーバーホエルミングによる動きを見れば当然そう思うわな。
「入会にあたっては試験があり、本来であればクーラタルの迷宮四十四階層で行われるのだが、余の推薦があれば特例入会としてクーラタルの迷宮三十三階層での試験となる」
「どのような試験なのですか?」
尋ねたところ、彼は一つ頷き話を続けた。
「うむ。三十三階層に出現するドライブドラゴンとの戦い振りを見られる。それが問題なければ、ボス部屋へ入るところを試験官に確認され、三十四階層の入口で試験官と合流できれば合格だ」
原作と同じか……。
問題はいま攻略している階層が二十六階層だということだな……。
それに、原作に比べてメンバーが二人も少ない上に、彼女たちのレベルもだいぶ低い。
正直、今の状況で三十三階層はかなり厳しい気がする。
悩んでいるとハルツ公が話をガンガン進めていく。
「先ほど見せてもらったアユム殿の実力であればまったく問題ないであろう。ただ、急なことなので試験官の都合がつかず、すぐに試験というのは難しい。そうだな、十日後の春の七十日目に試験というのはいかがか?」
おいおい。この人、こっちの都合お構いなしだぞ。
しかし、十日後か……。
その頃にはミリアも合流しているし、俺たちのレベルだって上がっているはず。
ぶっちゃけ、ボスに関しては見られる心配がないため、デュランダルとオーバーホエルミング、それからダブルアタックを使えば楽勝だ。
ミチオはドライブドラゴンとの戦闘でもデュランダルを使用していたが、オーバーホエルミングという切り札を見せてしまっているため、もう一枚の切り札であるデュランダルは温存しておきたい。
そうなると貫通のオリハルコン剣で戦わないといけないため、こっちの方がきついまである。
うーん……。でもまあ、確かにきついかもしれないがなんとかなりそうだな。
数日前から予習をしておき、万全の態勢で挑むことにしよう。
しかし、別の問題が発生してしまった……。
十日後の試験に合格すればすぐに入会となるはずで、皇帝であるガイウスとは同期ではなくなってしまう。
その場合、原作のような気やすい間柄となれるだろうか?
ウェブ版で語られていた、自由民が持つという皇帝直訴権。
彼と関係が深ければ、万が一貴族と揉めるようなことがあっても皇帝直訴権を行使することで仲介が期待できる。
だが、同日入会ではない場合、皇帝と親しくなれるかは未知数だ。
とはいえ、こうなってしまった以上、試験と入会を夏にズラしてくれなんて言えるはずもない。
それに書籍版では皇帝直訴権の話が出てこなかったため、この世界にあるのかも不明。
その辺も含めて、細かいところは家に戻ってから二人と話し合うことにしよう。
おっと。原作知識で大丈夫なことは分かっているが、一応念のために確認しておかなくては。
「公爵閣下、一点だけ確認させていただきたく」
「ふむ。何であろうか」
「彼女たちにこの件を伝えてもよろしいでしょうか?」
「それは問題ない。入会するのはパーティーの代表者だけだが、試験はメンバー込みで行われる上に施設等の利用も可能だ。ただし、守秘義務は他のメンバーにも適用されるため注意が必要となる」
オッケー。問題ナッシング。
「分かりました。よろしくお願いします」
返事をすると公爵とゴスラーの表情が緩む。
「そうか、受けてもらえるか。帝国解放会への入会はアユム殿にとって有益なものとなろう」
そうだな。原作の描写によるとメリットしかない感じだったし、貴族として成り上がるつもりの俺にとっては入会がマスト。
断るという選択肢はあり得ない。
その後、帝国解放会や、セ二号作戦の進捗状況についての情報共有を行なった。
長い話し合いが終わると公爵はベルを鳴らし、部屋に現れた男に彼女たちを呼ぶよう伝える。
程なくして三人が部屋に入ってきたが、カシアはニコニコと笑みを浮かべていた。
ロクサーヌとセリーはというと、意味深な表情でこちらを見つめている。
……いったい何の話をしたんですかねぇ。
訝しんでいたところ、カシアはいたずらっぽい笑みを浮かべながらこちらに顔を向けた。
可愛い二十九歳だなぁ。
「ふふ。アユム様はお二人のことをとても大切になさっているのですね」
「ん? そうなのか?」
ハルツ公が興味を示すと、彼女は彼に向かって話し始める。
「ええ。そうなのです。食事は同じ食卓で同じ物を召し上がり、食べ終わると全員で歯ブラシを使用するのだそうです」
「歯ブラシだと? まことか?」
カシアはその通りといった感じで頷きを返す。
「アユム様もそうですが、お二人からもとても良い匂いがするので理由を尋ねたところ、香りの良い石鹸で毎日体を清め、数日おきにカメリアオイルを用いた髪のお手入れをしていると聞きました」
「なんと。まるで皇族の生活ではないか……」
その言葉に公爵から戸惑いの声が漏れた。
おいおい。彼女たちはそんなことまで話したのか?
「それだけではありません。五日に一度給金が支給され、定期的にお休みもいただけるようです。また、装備品についてもお二人が優先でアユム様については後回しなのだとか」
「とても奴隷の待遇とは思えぬ……」
楽しそうに話しているカシアとは対照的に、公爵はなにやら考え込んでいる。
そして、考えがまとまったのか、程なくして顔を上げた。
「アユム殿、それでは十日後に頼む」
「はい。よろしくお願いいたします」
公爵と握手を交わしていると、うちの娘たちもカシアとにこやかに別れの挨拶を交わす。
おー。三人の美女が笑い合っている。めちゃくちゃ絵になるわー。
挨拶が済んだところで発着口へ移動し、フィールドウォークのゲートを開く。
玄関に展開されたゲートから抜け出すと、いつもと比べてMPの減りが多いように感じた。
やはり原作と同じように、ワープより消費MPが多いのだろう。
誰かに見られているとき以外は今後もフィールドウォークではなくワープを使うべきだな。
思索を打ち切り、靴を履き替えてリビングへ移動する。
俺がソファーに腰を下ろすと、彼女たちも正面に腰を下ろす。
「ロクサーヌ、お疲れ様。公爵家の人たちは君の動きに度肝を抜かれていたようだ。本当によくやってくれた」
「ふふ。お役に立ててよかったです。それに、ご主人様の手合わせへ誘導することができて安心しました」
ロクサーヌはそう言って期待するようにこちらを見つめている。
まあ、独断専行ではあったものの結果オーライだったし、今後は俺が気を付ければいい。
今回はこの娘の働きに感謝すべきだろう。
「うん。ロクサーヌのおかげで万事うまくいったよ。いつもいつも助けられてばかりだね。本当にありがとう。これからもよろしく」
「はい! ご主人様のお役に立つことが私の喜びです! いつでも頼ってください!」
満面の笑みでめちゃくちゃ嬉しそうにしているぞ。
こんなに想われているなんて、俺は世界一の幸せ者だ。
幸せに浸っていると、ロクサーヌが話題を変える。
「ご主人様、セリーもすごかったのですよ」
ん? セリーも何かやったのか?
彼女へ視線を移したところ、少し拗ねた様子でこちらを見つめていた。
あ、ごめん。別に蔑ろにしているわけじゃないからね?
内心で言い訳をしている俺にかまわずロクサーヌが告げる。
「お話をする前に公爵夫人が少し席を外したのですが、そのときに私たちが享受している待遇をお伝えしようと言ってきたのです」
「そうなの?」
セリーに尋ねたところ、説明を始めた。
「はい。セルマー伯討伐後のルティナの処遇についてご主人様が気に病んでいらっしゃったので、少しでも私たちの下へ来る確率を上げようと思いました」
確率を上げる? どういうことだ?
「私たちの待遇を聞いたら絶対に公爵へ伝えるはずです。そうなればルティナが奴隷に落ちた際、少しでも良い条件のところへと考えご主人様へ譲るのではないかと……」
そうか……。そういうことだったのか……。
ロクサーヌもセリーも本当に俺にはもったいないくらい有能で良い娘たちだ……。
「二人ともありがとう。君たちの心遣いがとても嬉しい」
すると、彼女たちはソファーから立ち上がり、それぞれ左右から俺の腕を抱きしめた。
ロクサーヌとセリーの柔らかさと体温を感じつつ、幸福感に浸る。
二人のおかげで気力が満タンになったので、話を本筋に戻し帝国解放会に勧誘された件や、試験の対策について伝えた。
すると、考え込んでいたセリーが口を開く。
「春の七十日目に入会試験ですか。物語よりだいぶ早いですね」
そうなんよなぁ。
でも、この時点でルティナに出会い、アドバイスをしてしまった以上、正規ルートだのフラグ管理だのは破綻してしまっている。
もうなるようにしかならないんだし、ミチオが舗装した道ではなく自分自身の足で歩むほかない。
「うん。それにより問題も発生しそうなんだよ。皇帝直訴権って言葉に聞き覚えはある?」
「はい。自由民が持つ権利の一つで、紛争が発生した際に皇帝へ裁定を委ねることのできる権利ですよね?」
どうやらこの世界にもあるようだ。
確認出来たところで問題についての説明を行う。
皇帝ガイウスと親しくなれない可能性。
それにより貴族に絡まれた際、皇帝直訴権を行使しても相手に有利な裁定が下る危険性があること。
それを聞いて二人は考え込んでいたが、しばらくしてセリーが口を開いた。
「皇帝と親しくなれなかった場合、早めに未開地域や放棄地域の迷宮を攻略して叙爵を目指す必要があるでしょう」
「確かにセリーの言う通りだと思います」
ロクサーヌも首肯する。
確かにそれしかないか。
でもまあ、皇帝と仲良くなれないと決まったわけではない。
頻繁にロッジへ顔を出し、彼と接する機会を増やして会話を重ねてみよう。
どうしてギャルゲーの攻略キャラにとるような行動を、四十近いおっさんに対してしなければいけないんですかねぇ……。
話がまとまったところで、今度はロクサーヌが問いかけてくる。
「ミリアのレベルについてはどうするのですか?」
うーん……。ここは少しばかりリスクを取るべきだろうか?
この後ベイルの商館へ行ってミリアをパーティーに加える。
今後は迷宮外でも魔法使いをファーストジョブのままにして、冒険者はフォースジョブから動かさない。
ただし、迷宮外ではフィフスジョブを探索者にしてアイテムはすべてそちらに移し、冒険者のアイテムボックスは空にして、いつでもファーストジョブに変更できるようにしておく。
そして、インテリジェンスカードのチェックをされそうになったら、ファーストジョブを魔法使いから冒険者に入れ替える。
これならインテリジェンスカードのチェックがない限り、ミリアはパーティーから外れることはない。
あと数日で合流するわけだし、このくらいのリスクは問題にならないだろう。
このアイデアを彼女たちに確認したところ、大丈夫だと太鼓判を押してくれた。
俺がポカをやらかしたとしても、きっと彼女たちが何とかしてくれるはず。
自分ではなくこの娘たちのことを信じておけばいい。
話し合いが済んだところで二人へ告げる。
「さて、ミリアに会ってから迷宮へ行こうか」
「あの、ご主人様。もうお昼前なので、ベイルの商館に寄ったら迷宮に行く時間はないと思います」
すると、ロクサーヌが時間を教えてくれた。
あー。模擬戦だけじゃなく、長々と話していたもんなぁ。
「それじゃあミリアをパーティーに加えたら買い物をしてお昼にしよう。俺はデザートを作るからロクサーヌとセリーは昼食をお願いね」
「氷を利用したお菓子……。きっと美味しいのでしょうね……」
ロクサーヌがうっとりした様子でつぶやくと、セリーも同じような表情で口を開く。
「はい。貴族でもそんな贅沢を味わうことはないでしょう。本当に楽しみです」
めちゃくちゃ可愛い娘たちだなぁ。
期待に応えるため、いっちょやったろうじゃないの。
バスルームに置いてあるたらいをよく洗い、アイスウォールでサクッと氷を作る。
あっ。何気にこれが初めて使った魔道士の魔法だったわ。
何の感慨も湧いてこねー。
そして、それをキッチンへ運び、防御力無視のスキルが付いたフラガラッハで切り分け氷冷蔵庫にセットする。
よしよし。今日からは生鮮食品も保存可能となったぞ。
まあ、電気冷蔵庫とは違い十度以下になることはないだろうし、過信するわけにはいかないけどさ。
「魔道士がいればこんな風に物を冷やすことができるのですね」
作業を見ていたセリーが感心したように頷いていた。
貴族なら魔道士を抱えているだろうし、作ってくれた金物屋の夫妻が営業をかけているのかもしれない。
もしかしたらこいつが普及する可能性もあるかもね。アル・カポネ。
さて、そんじゃあミリアの所へ行こう。
いつもの部屋に案内され、ソファーに座って待っていると程なくしてミリアとアランがやってきた。
「突然お邪魔して申し訳ない」
「いえいえ。アユム様なら大歓迎でございます。いつでもお越しください」
今後奴隷を買うことはないだろうに、歓迎されると少し引け目を感じてしまうぞ。
用件を確認されたので、パーティーを解散してしまったため、再度ミリアを加入させにきたことを伝える。
「なるほど。そういうことでしたか。それでは私は席を外しますので、話が済みましたら彼女を勉強部屋へ戻していただけますか」
「うむ。アラン殿の気遣いに感謝する」
「いえ。それでは失礼いたします」
そう言うと彼は部屋を出ていった。
それを見送ったところでミリアに声を掛ける。
「まずはパーティーに加えよう。話はその後でな」
「はい」
念のため詠唱省略を外し、キャストアスペル。
「友に応えし信頼の、心のきよむ誠実の、パーティー編成」
即座に承認されたので、ミリアの方をうかがうと、口元が猫っぽいと言えばいいのだろうか? 特徴的な笑みが浮かんでいた。
めちゃくちゃ可愛いわぁ。
俺とロクサーヌが同じソファーに座り、その向かいにセリーとミリアが腰掛けたところで話を始める。
「ミリア、元気でやっているか?」
「はい。げんきです。ご主人様、お姉ちゃん、セリーさんにあえて、うれしいです」
おお! だいぶ流暢になっているぞ!
「今日は差し入れを持ってくることができなかったが、明後日はちゃんと魚料理を持ってくるからな」
それを聞いた彼女の表情がパッと輝く。
「ありがとうございます! ご主人様の魚料理はいままでたべたことがないものばかりで、とてもたのしみです!」
こんなに期待されているんだ。気合を入れないと。
それにしても、たどたどしいところはあるものの、意思の疎通には何の問題もなくなっている。
本当にここの教育はすごいよなぁ。
神様仏様アラン様。残り五日もよろしゅうおたのもうします。
進捗状況の確認が終わると、三人は和気あいあいと喋り始める。
可愛い女の子たちが楽しそうに話しているのを見ていると幸せな気持ちになるぞ。
長居をしてミリアの学習時間を削るのも悪いので、ほどほどで切り上げてもらい商館を後にする。
田川 歩 男 18歳
魔法使いLv50 英雄Lv44 遊び人Lv40 冒険者Lv24 探索者Lv50
装備 竜燐の靴 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:32
キャラクター再設定:1
フィフスジョブ:15
詠唱省略:3
必要経験値二十分の一:63
鑑定:1
ワープ:1
ジョブ設定:1
MP回復速度十倍:31
所持金:4,346,095ナール
春の60日目