ゲートから出るとガッツリMPが減る感覚があった。
前回、一人でここからベイルへ戻ったときにはそれほどでもなかったのにやはり二人になると全然違う。
それでもレベルが上がった魔法使いや英雄、それに僧侶のMP上昇のおかげか気分の落ち込みはない。
あ。でも、念のために強壮丸を買い足しておくか。
昨晩もいくつか使っているし1スタック分をいざというときのために常備しておこう。
状態異常の回復薬も各種買っておきたいが今はアイテムボックスに空きがないからなぁ。
しばらくは状態異常攻撃をする魔物との戦闘予定はない。そっちの方は後日でいいや。
あまり人がいないこともあり並ぶことなく受付カウンターの前に立つ。
「いいだろうか? 強壮丸を十一個頼む」
やはりここの受付嬢にも一つずつ会計するよう求められた。
リュックの中でうなっていた銅貨があっさりなくなり、それでも足りず銀貨を崩す羽目になる。
うーん……。原作でミチオも言っていたが硬貨が百枚ごとに上がっていくってのは使い難い。
せめて十ナール硬貨と千ナール硬貨は必要じゃないかなぁ。
受け取った強壮丸をアイテムボックスにしまい六区の世話役の場所を尋ねた。
「町の中心にある迷宮に向かっていただきますとそこに面した建物が六つございます。その中の金物屋が六区の世話役となります」
「ありがとう。助かった」
受付嬢に礼を言い冒険者ギルドから出る。
冒険者ギルドの外に出ると規模はそう大きくはないが通りの両サイドに商店が建ち並び営業を行っていた。
この世界で生まれ育った人ならともかく、二十四時間三百六十五日いつでもある程度欲しいものがすぐ手に入る生活をしていた人間にとって、五日に一度の市で必要なものを揃えるという暮らしは不便すぎる。
やはり生活するにあたっては常設の店舗が近くにあるのは必須事項だ。
「ご主人様、六区の世話役とおっしゃっていましたがお知り合いですか?」
「いや、知り合いではないのだがその世話役が管理している物件に少し心当たりがあってな。とりあえずそこをあたってみたい」
「分かりました」
「それじゃあ、ロクサーヌ。中心にある迷宮の方に行ってみよう」
「はい。ご主人様」
どちらの方向が中心かは確認するまでもない。建物の密度が高いほうが中心だろう。
両サイドの商店を見ると様々な店が立ち並んでいる。
雑貨を売っている店、服を売っている店、野菜を扱っている店など色々だ。
家を借りたら家具類や日用品も揃えないとな。
もちろんベッドとソファーはこだわりをもって選ぶ。
そして、最も大切なのが桶屋でのバスタブの注文だ。これは最重要事項といっても過言ではない。
そうなると、石鹸を作るためのシェルパウダーとオリーブオイルも準備しなければいけない。
今あるやつとは別でコイチの実のふすまもいるか。
「無事に家を借りることが出来たら買い物をしよう。一から揃えないといけないだろうが、俺はどういったものを買えばいいのか全く分からない。手間をかけるがロクサーヌに任せるな」
「お任せください。でも自分たちが暮らす家の物をご主人様と一緒に揃えていくのはとても楽しそうです」
輝くような笑みを浮かべ嬉しそうに答える。
確かに彼女との暮らしを想像しながらあれこれ一緒に準備するのは楽しいだろなぁ。
「そうだな。二人の新居なのだ。一緒に選ぶか」
「はい! ご主人様!」
お。尻尾が動いた。
二人での生活をロクサーヌも喜んでくれているのが本当に嬉しい。
脳内のアラン先生が語り掛けてくる。
『末永くお幸せに』
ありがとう、アラン大先生。本当にありがとう。
町の中心に近づくにつれて通りには大勢の人の姿が目に付くようになってきた。
迷宮への入り口には騎士団の詰め所を経由しなければ入れないようになっており、そこからはかなり長い列が伸びている。
それぞれのパーティーで入る前のブリーフィングをしているのだろう。あたりは喧騒に包まれていた。
周囲の声に負けないよう迷宮の地図を販売する騎士が声を張り上げており、それを買い求める者の姿も見える。
「これはすごいな」
「はい。迷宮探索を生業にしようとする者は一度はここを訪れるのです。私も以前見学に来たことがあります」
思わず漏れた俺の独り言にロクサーヌが返事をしてくれた。
「一人一回百ナールか。入場料は惜しいが一度は入ってみよう」
まあ、一度入ればその後はどうとでもなるからな。
俺の言葉にロクサーヌが顔を寄せて小声で話しかけてきた。
「ご主人様にはあれがありますから一度で十分ですよね」
その言葉に思わず笑ってしまう。
彼女を見るとその顔に得意げな表情を浮かべている。
このちゃっかりさんめ。そのドヤ顔もたまらなく可愛いじゃないか。
「さすがロクサーヌ。頭がいいな」
「ありがとうございます」
まあ、この入場料はおそらく入り口周りの土地を所有している国だか領主だかが、その土地に立ち入る料金として徴収しているのだろう。
ワープを持たない人はあの入り口を利用しなければクーラタルの迷宮に入る手段がないため、それが迷宮に入ることとイコールになっている。
国や領主だろうと迷宮内部の所有権を主張することなど出来るわけがない。
あの入り口を利用せず、そして入場料を払うことなく迷宮内部に入ったとしても不法侵入として罰せられることはないだろう。
現に原作のミチオパーティーのメンバーは、元から盗賊や海賊を持っていたミチオとミリアを除き誰も盗賊系のジョブを所持していない。
もし不法侵入になるのなら全員盗賊系のジョブがついていたはずだ。
システム的にも問題がないことは確定的に明らか。
中心地まで来たところで周辺を見回すと迷宮に正対する形で探索者ギルドや騎士団詰め所、パン屋に魚屋、それから金物屋が確認できた。
あのパン屋や魚屋などもそれぞれの区画の世話役なのだろうか?
「それじゃあ金物屋に行ってみよう」
「はい」
金物屋の中に入ると金属製品が所狭しと並べてある。
鍋やフライパン、それからお玉にフライ返しなどのキッチン用品。
スプーンやフォーク、ナイフといったカトラリー。
他には裁縫針やはさみ、剃刀、針金、チェーンに南京錠。
鋸に金槌、それに鉋やバール、釘や鎹といった大工道具。
それから鍬やスコップ、鎌など農具も置いてある。
他にもたくさんの商品があり日本の金物屋に見劣りしない。
うーん……。割とすごいな。この技術力なら螺子とドライバー、金属パイプなんかも作れるんじゃないのか?
「いらっしゃいませ」
店内の商品を眺めていると奥から出てきた女性に声をかけられた。
オネスタ 女 37歳
商人Lv44
おお! あの世話役の女性だ!
ミチオはこの人のこともおばちゃんと言っていたが、俺からすると全然ありだ。普通に美人さんだし声も色っぽくていいわぁ。
「ご主人様」
違うの! ありかなしどっちかでいうとありってだけで別に好きかとかそういうんじゃないの! 俺はロクサーヌが大好きなんだもん!
……ん? なにこれ? 俺、調教されてる?
いや、でもヤキモチを妬いてもらえるのって嬉しいよな。
「ロクサーヌ、ありがとうな。昨日も言ったがその気持ちがとても嬉しい」
「あ。申し訳ありません。私、また……」
彼女は謝罪の言葉を口にすると頭を下げた。
頭を下げ続けるロクサーヌに近づき背中をさすりながらさらに声をかける。
「大丈夫だ。俺は本当に嬉しいのだ。ロクサーヌにはそのままでいてもらいたい」
「ご主人様、ありがとうございます」
俺の言葉に頭を上げるとその顔には笑顔が戻っていた。
「あのー……」
うわっ! 人前だ!
ああ。日本にいたころは人前でイチャついたり自分に酔っているような芝居がかかったマネをしているやつらが死ぬほど嫌いだったのに!
今の俺、あいつらと何も変わらないじゃん!
「い、家を探しているのだがここが世話役と聞いてな」
「そうでしたか。うちは六区の世話役になります。こちらは川の上流になるので住みやすくていいところですよ。是非うちでご検討ください」
他の物件を進められても困る。あの家のことを聞いてみなければ。
「人づてに聞いたのだがそちらが管理している中に遮蔽セメントが使われていて、水洗トイレというものが設置された物件があるとのことだが」
「ああ。あそこですね。確かにうちで管理しています」
尋ねてみるとすぐに思い当たったようで微笑みながら答える。
「年に四万ナール前後で探しているのだがそこはどのくらい掛かるだろうか?」
「一年契約で四万五千ナールとなります。ご興味をお持ちですか?」
「そうだな。一度見せてもらえるか?」
よしよし。おそらくあの物件のことに違いない。
念のため確認して問題なければそのまま契約しよう。
案内に従い歩いているとロクサーヌが世話役にあれこれと質問している。
気候はどうなのか、雨はどのくらい降るのか、どんな店があるのか。
十六歳なのに本当にしっかりしているよなぁ。
俺が十六の頃なんて漫画を読んで、アニメを観て、ゲームをして。毎日そんな生活だった気がするわ。
聞くともなしに聞いていると夏は涼しく冬は雪もそれほど降らないとのことだ。
エアコンがないんだ。夏が涼しいのはありがたい。それに、雪かきや雪下ろしの経験もないのだ。雪が少ないのも助かる。
歩きながら周りを見ていると中心部には高い建物が密集し通りも人で賑わっている。
そこから離れていくと住宅街になっており建物の間隔も広く歩いている人の数も少なくなった。
さらに進むと畑が増えていき農作業を行っている人の姿が見える。
やはりクーラタルは迷宮の町なのだろう。
文字通り迷宮を中心に据え、迷宮に入る者から入場料を徴収し、出てきた人の戦利品を買い取って販売する。
迷宮に入る者、迷宮の管理をする騎士団や探索者ギルド、それらの人々に対し商売をする者。そういった者たちが集まり町となったのだろうな。
歩いていると小屋の前で座って休んでいる男が見えた。
世話役の女性が手を振るとその男が近づいてくる。
村人レベル53か。確か彼女の旦那さんだったよな。
それにしても53はスゲーわ。
「今、こちらの方たちにこの先の物件を案内する途中なの」
「ああ。トイレを二つ作ろうとしていたところか」
「ええ。なんでも水洗トイレが噂になっていたみたい」
「前の奴は変わり者だったからな。噂にもなるだろうさ」
すまん。前の住人。俺の出まかせのせいで。
男は俺たちの方を見ると声をかけてきた。
「あそこの物件は井戸からは少し遠いが建物自体には何の問題もない。是非検討してみてくれ」
「ああ。確認してみて良さそうなら契約させてもらう」
「おお! よろしくな」
俺の言葉に笑みを浮かべると軽く手を上げ小屋の中に入っていく。
「今のがうちの亭主です。この小屋で鍛冶職人をしていまして、うちの商品は全て亭主がここで作っています」
「そうなのか。見たところ良い商品ばかりだった。腕利きの鍛冶職人なのだな」
「ありがとうございます。その言葉を伝えたら亭主も喜ぶでしょう」
お世辞抜きで工作機械がないのにあの精度で金属加工ができるのはすごいだろ。
「作製依頼を受けてもらうこともできるのか?」
「割高になってしまいますが承っております。金額についてはその依頼内容次第ですね」
「そうか。作ってもらいたいものができたら依頼させてもらうことにしよう」
「ありがとうございます。その際はどうぞよろしくお願いいたします」
よし!
手回し式のフードプロセッサーを作ってもらえるかもしれない。
これさえあれば野菜のみじん切りも、ひき肉作りも楽々だ。アタッチメント式にしてカッター刃を撹拌羽に変えることで、マヨネーズやメレンゲなんかも作れるようにするとさらにグッドだな。
まあ、アタッチメント式が無理ならみじん切り器と撹拌器それぞれ別で作ってもらえばいい。
もし作ってもらうことができたら日本から持ち込んだ泡だて器の立場が……。
いや、ちょっとした撹拌で使うはずだ。あっても邪魔にならない。無駄じゃない、無駄じゃないんだ。
「見えてきました。あそこの家です」
おお! 間違いなくあの家だ!
白いモルタル塗りの二階建てで透明度の高いガラス窓がいくつも設置されている。あれはペルマスク製だったりするんだろうか?
ミチオも言っていたがこうしてみるとやはり大きく感じるな。
「こちらは庭ですか?」
「そうです。こちらは好きに使っていただいて構いません」
「うーん……。ローズマリーですか。少し萎れているようですね……」
ロクサーヌさんが早速やってますよ。
こういう部分についてはすごくシビアな娘よな。
しかし、原作においてこの世話役はハーブの種こそ譲ったものの値引きには一切応じなかった。
クーラタルの一等地で店を切り盛りしているだけのことはあるのだろう。
まあ、最終的には三割引でドカンと落とすわけだが。
三割対策には中華鍋だけじゃなくて必要そうな金物関係はあらかた買っておくか。
人目のない路地でワープゲートを開いてこの家に置いとけばいいだろう。
そうこうしているうちにロクサーヌは交渉してハーブの種をゲットしていた。
さすがロクサーヌ。さすロクだ。
世話役は鍵を開けてドアを開くと、玄関で靴を脱ぐということもなくそのまま中に入っていく。
家の中に靴を履いたまま入るとか絶対に無理だ。この生活様式はありえない。
外で汚物を踏んでいたらどうするんだ。
それに、ずっと靴を履いたままなんてゆっくりくつろぐこともできないではないか。
入居後は徹底的に拭き掃除をして、その後は玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えることを義務付けよう。
……というかスリッパはあるんだろうか?
まあ、なければサンダルでもいいし、何なら裸足のままでも問題ないだろう。
田川家家訓その一
土足厳禁!
我が家にできた初めての家訓である。
まだ我が家がないのだがな。
世話役に案内され家に入ると板張りの広い空間が広がっていた。
窓から光が入ってきており結構明るい。
「噂で聞いたとおっしゃっていた水洗トイレはこちらです」
廊下を進み突き当りのドアを開くと小部屋になっており床は褐色のタイルが敷かれている。
一段高くなったところに陶器でできた便器があって正面にはタンクと思われる木桶が設置されてあった。
流すためにいちいち水を入れないといけないのは面倒だが一応水洗トイレではあるな。
ソマーラの村長宅やベイル亭のトイレよりは百倍ましだ。
「先ほど言っていたもう一つトイレを作ろうとしていたというのは?」
「この奥になります」
入ってきたドアとは別のドアを開くと広い部屋一面にトイレと同じように褐色のタイルが敷かれ、排水溝もキチンと設置されていた。
よっしゃ! 完璧だ! ここはバスルームに決定!
今日中に桶屋へバスタブの注文をしておかなければ。
そして石鹸作りは明日すぐに行おう。
錬金術師のジョブを取得できれば安全性も増すしな。
好きな女性と一緒にお風呂に入るというのは長年の憧れだった。
お互いに体を洗いっこしたり、石鹸でぬるぬるの体をこすり合わせたり、イチャイチャしながらお湯に浸かったり。
そして夢だったあれをお願いしたい。
ロクサーヌの泡まみれのお胸様で俺のモノを挟んでいただくのだ。
お願いしたら引かれてしまうだろうか?
そのときの雰囲気でいけそうならお願いしてみよう。
彼の切なる願いなのです。ロクサーヌ様、何卒ここは一つ彼の夢を叶えてはいただけないでしょうか?
俺が妄想に浸っている間にロクサーヌと世話役はキッチンであれこれ話をしていた。
一頻り質問が終わるとダイニングとリビングを確認し、そのあとは二階に上がり各部屋を見て回る。
二階も四部屋か。
一番広い部屋を寝室にして一つは俺の部屋にしよう。憧れの書斎だ。
パソコンもテレビもゲームも本もないから持て余すこと間違いなしだがな。
いずれは大きな机と革製の良い椅子を置いて忘れないように日本のことでも書いてみるか。
もう一つはロクサーヌたちの私物を置いてもらおう。
そして残りの部屋が物置だな。
二階の部屋の確認が済み一階に降りたところで世話役の女性が切り出す。
「いかがでしょう。部屋数も部屋の広さも十分にあり、どの部屋の採光にも問題ありません。それに、夜は静かで過ごしやすいですよ。井戸からは少し遠いですが問題ないでしょう」
そう言うとロクサーヌの方を見た。
「はい。ご主人様、私なら問題ありません。とても良い物件だと思います」
彼女は俺がこの物件を最初から狙っていることを知っているため、ばっちりアシストを決めてくれた。
「ふむ」
「先ほども申し上げた通り一年契約で四万五千ナール。庭が荒れており整備する時間が必要でしょうから本日の分はサービスとさせていただきます。明日の春の四日から来年の春の三日までの一年契約でどうでしょう?」
まあ、考えるまでもないよな。これ以上の物件が見つかるとは思えない。
これ以上を求めるなら賃貸や建売ではなく注文住宅ということになるだろう。
いつかはと思うが今の俺では何もかもが足りない。
「よし。この家を契約させてもらおう」
「ありがとうございます。では、この後騎士団でインテリジェンスカードの確認をして店に戻り契約を行いましょう」
一応、今のうちにMP回復速度二十倍と三十パーセント値引を入れ替えておくか。
家から出て町へ戻るため世話役の後に続き歩き出す。
少し離れたところで振り返り家を確認してみた。
俺の実家よりでかい。庭の面積なんて比較にならないぞ。
しかし、日本で四十五年生きていたのだ。一戸建ての家を持つことの大変さは想像できる。
両親は俺が生まれるのを機にあの家を買ったということだった。
親父はいつも忙しそうにしていたしお袋もずっとパートをしていた。
三人の子供を育て上げるのは大変だっただろう。
もう二度と会えないだろうし親不孝をしてしまったが感謝の気持ちは持ち続けていよう。
好きな女性と一軒家で生活することになった。親父、俺は今あんたに肩を並べたぞ。
……まあ、賃貸なんだが。
田川 歩 男 18歳
探索者Lv18 英雄Lv16 魔法使いLv19 戦士Lv13 僧侶Lv6
装備 シミター 皮の帽子 皮の鎧 皮のグローブ 皮の靴
BP振分 残BP:0
キャラクター再設定:1
フィフスジョブ:15
鑑定:1
必要経験値十分の一:31
詠唱省略:3
ワープ:1
ジョブ設定:1
三十パーセント値引き:63
所持金:475,156ナール
春の3日目