美術店の近くにある壁へフィールドウォークで移動する。
もしそこに遮蔽セメントが使われていたら不味いことになるので、ワープの使用は控えておいた。
「さすが帝都で一番の美術店。とてつもない規模です」
ロクサーヌが感心したように呟きを漏らすとセリーも頷く。
「美術品を求めて帝国中、いえ周辺の国々からも人が集まるそうですから」
「へー。すごいんですねー」
興味深げに建物を眺めている三人は実に愛らしいが、いつまでもおのぼりさんのように突っ立っているわけにもいかない。
「さあ、中に入ろう」
彼女たちを促し、歩みを進める。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
店内に入るとこちらに気が付き、アンリという名の豪商が男を伴い近づいてきた。
ドニ 男 20歳
芸術家Lv25
金髪碧眼。二十歳の芸術家でレベルが25。
見習いだからだろうか? 服はつぎはぎだらけでどこかみすぼらしい印象を覚えてしまう。
しかし、希望に満ちた表情でまっすぐにこちらを見つめているのには好感が持てる。
実直そうな男で第一印象は悪くない。
どうやら画家ときいて想像するような変人ではなさそうだ。
美術商はロクサーヌにチラリと目を遣り問いかけてくる。
「モデルはそちらの女性でいらっしゃいますか?」
「うむ。彼女の名はロクサーヌ。良い絵を頼む」
「承知いたしました。ご紹介が遅れましたがこちらが今回担当いたします、ドニでございます」
すると彼はこちらに一歩近づき口を開く。
「これほどまでに美しい女性を描ける日が来るだなんて……。これは、まさに運命の出会いに違いありません。いえ、こういう瞬間を夢見て僕は画家を目指したのでしょう……」
ロクサーヌをうっとり見つめながらとんでもないことをのたまった。
俺たちが唖然としていると、奴はそのまま言葉を続ける。
「輝くような栗色の髪に愛らしく垂れたイヌミミ。神がデザインしたとしか思えない洗練されたスタイルに慈愛に満ちた表情。そして何より、ただそこに佇んでいるだけで、世界に平穏をもたらしていると感じさせる、その雰囲気。このような女性が存在するなど信じられません。お願いです、この一瞬一瞬をキャンバスに封じ込めさせてください。僕のすべてをかけて、必ずや彼女の美しさを描き出してみせます!」
彼の眼差しには、恋慕の情ではなく、美術品を慈しむような色が宿っていた。
ロクサーヌは戸惑ったような顔でこちらをうかがう。
一方、セリーは絶対零度の視線を、ミリアはポカンとした表情を彼へ向けている。
なんだこいつ……。ドン引きなんだが……。
その様子を見ていた店主が額に手を当てる。
「ドニ、もしお客様に無礼な振る舞いをするようなら、今回の件は白紙にさせてもらうぞ」
すると、彼は表情を引き締めた。
「申し訳ありません。少々取り乱してしまったようです。それでは視野記憶を使用しますので別室へ移動しましょう」
「契約もしていないというのにお前は何を言っているのだ……」
美術商は呆れたように声を漏らす。
……前言撤回だ。悪い奴ではなさそうだが、変人には違いない。
豪商の案内で商談室に通され契約を詰める。
金額は概算額と同じで三万ナール。そして、制作期間は三十日で引き渡し日は夏の六日。
仕上がりを確認して問題がなければ次はセリーの肖像画を依頼するということで話がまとまった。
「それではお支払いをお願いいたします」
おっと。このままでは割引スキルが有効にならない。
「すまないが別に購入したいものがあるので、まとめて支払ってもよいだろうか」
「はい。もちろん問題ございません」
オッケー。それじゃ、芸術家のジョブを得るために画材道具を買いますかね。
キャンバス、イーゼル、顔料、溶剤、筆。日本から持ってきた鉛筆があるので下書き用の黒鉛は要らないだろう。
本格的に画家になるつもりなんてないので、一番安いものをパパッと選ぶ。
「それでは会計を頼む」
「かしこまりました」
選んだものをカウンターに持っていくと例のやつが始まった。
「それではご確認をお願いします。肖像画の依頼が三万ナール、キャンバス、イーゼル、顔料、溶剤、筆が合わせて三千百ナール。全部で三万三千百ナールとなりますが、新たな画家が誕生するご祝儀の意味も込めまして、今回は三万二千三百二十五ナールといたします」
あれ? 肖像画の依頼料に割引が乗ってない?
……もしかしてこれは売買契約ではなく、請負の仲介をしただけなのか?
仲介手数料は依頼者ではなく、受注者から徴収するのかもしれない。
仲買人が落札したスキル結晶の代金に割引スキルが適用されないみたいな感じかもな。
……いや? 待てよ? それなら何で世話役であるオネスタへ家賃を支払ったときには三割引が有効になったんだ?
あれと何が違うんだろう?
……おっと。考え込んでいる場合じゃない。支払いをしないと。
思索を打ち切って支払いを終えたところ、今か今かと待ち構えていたドニが俺たちを急かす。
「さあ、すぐに別室へ移動しましょう」
作品のためなら人にどう思われようとかまわないタイプなんだろうな。
はたから見る分には面白いんだろうが、実際に付き合うとなると疲れそうだ。
こいつに依頼してよかったのかねぇ……。
画材はそのまま置かせてもらうことにして、不信感を抱いている様子の三人と共に立ち上がる。
彼の案内で通された部屋は白い壁で覆われ、大きな窓から降り注ぐ陽光が隅々まで明るく照らしていた。
そして、ひときわ明るい部屋の中央には椅子が一脚置かれている。
「それではロクサーヌ様はこちらへおかけください」
ドニの言葉を聞き、彼女は確認するようにこちらへ顔を向けたため、安心させるために笑顔を心掛けながら頷く。
ロクサーヌも頷きを返すと部屋の中央に進み、椅子へ腰掛けた。
すると、ドニは様々な角度からロクサーヌを眺めながら声を掛け始める。
「少しぎこちないですね……。もっと自然な笑顔をつくってみましょう」
いつもは物事に動じないロクサーヌも、この空気にはさすがに緊張しているようだ。
「少しあごを引いて、そうそう。目線をこちらに下さい。そうです、そうです。じゃあ、そのまま笑顔をお願いします」
どうでもいいけど、画家っていうよりカメラマンみたいなことを言ってるぞ。
まあ、そのまま絵を描くわけではなく、視野記憶ってやつを使うんだからそっちに近いのかもしれない。
「うーん……。やっぱり表情がかたいですねぇ……」
普段は百点満点中、一億点の笑顔を誇るロクサーヌなのに、モデルとなると勝手が違うのか、かなり苦戦をしているようだ。
うん?
彼女の様子を見守っていたところ、不意に袖を引かれる。
そちらに目を遣るとセリーが顔を寄せてきた。
少しかがむと彼女は耳元で囁く。
「ロクサーヌさんと目を合わせて声を掛けてください。そうすればきっとうまくいきます」
ふむ。まあ、それで緊張がほぐれるってんならやってみるか。
ロクサーヌの正面、ドニの後ろに移動するとこちらを見つめていた彼女と目が合った。
「ロクサーヌ。とてもよく似合っている。同じことを何度も口にしてしまうが、君は俺の女神だ。その笑顔を部屋に飾らせてもらえないか?」
一瞬驚いたものの、言葉の意味を理解したのか、曇り空が晴れていくかのように彼女の表情が輝きだす。
「はい! ご主人様のお部屋に私の絵を飾っていただけるなんて、本当に幸せです!」
めちゃくちゃ可愛い娘だよなぁ。
こんなに想ってもらえるなんて、俺の方こそ幸せだわ。
「眺めあらわれ清らなる、両の眼にとどめおけ、視野記憶」
ロクサーヌと見つめ合っていたというのに無粋な声が響き渡る。
そして、その声の主は興奮した様子でさらに大きな声を上げた。
「よし! よし! 完璧な笑顔がこの目にしっかりと焼き付いています! この衝動が消えないうちに描き始めないと! 申し訳ありませんが僕はこれで! うひょー!」
彼はそう言い残すと、大急ぎで部屋を出ていく。
俺たちは呆気に取られてしまい、黙ってそれを見送ることしかできなかった。
あいつ、うひょーって言ってたぞ……。
最初は朴訥な青年って感じだったのに、とんだ馬鹿野郎じゃねーか。
まともな絵を描いてくれるんだろうな? めちゃくちゃ不安になってくるわ……。
ここでボーっとしているわけにもいかないため、カウンターへ戻ることにする。
「ロクサーヌ」
声を掛けて手を差し出すと嬉しそうに自分の手を添えた。
「ご主人様、ありがとうございます」
セリーとミリアにも声を掛けて部屋を出る。
カウンターに近づく俺たちを見た店主の顔に疑問の色が浮かぶ。
「ドニは一緒ではないのですか?」
「ああ。彼は視野記憶でロクサーヌの笑顔を覚えたことに興奮し、衝動が消えないうちに描き始めたいと言い残して店を出て行った」
それを聞いた途端、目の前の男は頭を下げた。
「あのような者を紹介してしまい、大変申し訳ございませんでした」
いや、まあ、うん。別に彼女たちに対して無礼な振る舞いをしたわけではないし、俺的には全然問題ない。
「なに、作品さえ確かならそれでいいさ」
その言葉を聞いてホッとしたように表情が緩む。
「ありがとうございます。普段のドニは極めて真面目で、あのようなことを口にするような男ではございません。そちらの女性があまりにも美しかったために、描きたいという欲望を止めることができなかったのでしょう」
おいおい。完全にロクサーヌの魅力にやられてるじゃねーか。
まったく、本当に罪なロクサーヌだ。
「とはいえ、その情熱があれば、必ずやお客様のご期待に沿う作品をお届けできるはずです。何卒ご期待いただければと存じます」
是非そうあってもらいたいね。
それにしても、客である俺が気にしていないとはいえ、あんなことをやらかした奴に対して彼が怒っている様子がない。
この男が優しい人間なのか、それともこちらをどうでもいい客だと思っているのか……。
いや。まだ見習いだという話だし、あいつの師匠が大物という可能性も考えられる……。
「ところで、タガワ様」
考えを巡らせていたところ、アンリに声を掛けられた。
どうでもいいが苗字で呼ばれたのは久しぶりな気がするぞ。
そちらに視線を向けると、引き締まった表情で話し出す。
「恐れ入りますが、ロクサーヌ様がお召しのそのネックレスはどちらでお求めになられたものなのでしょうか? 差し支えなければ、お教えいただけますとありがたく存じます」
あー。美術店の店主なんだ。そりゃ気になるよなぁ。
とはいえ、本当のことを言えるはずもないし、いつものように適当な言葉で誤魔化すしかない。
「ふむ。これは我が家に伝わる家宝でな。俺は遠くの国より帝国へ流れてきたのだが、故郷を離れるときに譲り受けたものなのだ」
「家宝でございますか……」
それを聞いた彼の顔に落胆の色が浮かんだ。
しかし、一縷の望みをかけたのだろう。彼はもう一度口を開く。
「大切なお品であることは重々承知しております。それを承知のうえで、大変ぶしつけなお願いとは存じますが、もし何らかのご事情で手放されることがございましたら、私にお譲りいただくことは叶いませんでしょうか?」
食い下がるなぁ。
31ものボーナスポイントがつぎ込まれているのだ。大金を積まれたところで手放すことはあり得ない。
「申し訳ないが、これを手放すことなど考えられない。その機会はないだろう」
「これだけの品なのです。当然のことかと存じます。申し訳ありません、無礼なお願いをいたしました」
残念そうな顔はしているものの、豪商はあっさり引き下がる。
まあ、ワンチャン狙いで言っただけなのだろう。
三十日後の来店を約束し、店を後にした。
一度自宅へ戻り、自室へ画材を置きボーナスポイントの振り分けを済ませたところ、ロクサーヌのお色直しも終わったので、今度はベイルへ飛ぶ。
「アユムさんじゃないか!」
武器屋を目指して歩いていると、不意に自分の名前が聞こえてきた。
ん? なんだ?
声が聞こえた方へ顔を向けたところ、見知った男たちがこちらへ向かってくる。
ああ。ケヴィンとゆかいな仲間たちか。
「よう。そっちも買い物か?」
片手を上げながら声を掛けたものの、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、ガストンが勢い込んで喋り出す。
「少し前にベイルの迷宮二十六階層の待機部屋で会ったよな! あんたたちが入ってあっという間に扉が開いたんだが、あれはどういうことだ!?」
え? あっ! やばっ! 考えなしにボスを即狩りしてた!
これは不味い! 何とか誤魔化さないと!
……焦るな、落ち着け。大丈夫だ。
冷静さを保つよう、自分に言い聞かせながら考えを巡らせる。
俺たちの前のパーティーが全滅していてボスだけが残っていたことにするか?
……そうだな。お供はすべて倒されており、ボスのHPもギリギリまで削っていたおかげで、一撃で倒れたことにすればいい。
オッケー、オッケー。何の問題もない。
だが、脳みそをフル回転させて捻り出した言い訳を口に出そうとした瞬間、ウォルターに機先を制される。
「その前に入った奴らとは宿で会ったから、瀕死のボスが残っていたとは考えられない。いったいあんたたちはどれほどの強さを持っているんだ?」
うそー! 俺たちの前にいた奴らと顔見知りだったの!? それなら会話とかしとけよ!
どうする!? どうやって誤魔化せばいい!? 言い訳がまったく思いつかないぞ!
……いや。事ここに至っては誤魔化したところで不信感を抱かれるだろう。
それに、ルティナが加入する前に迷宮討伐をするつもりだし、ゆくゆくは貴族に成り上がるつもりなんだ。遅かれ早かれ注目を集めることになる。
貰い物の強さをことさらに誇示する必要はないが、実力隠し系のムーブはやめにしよう。
「うむ。あの程度のボスな――」
「そんなことはどうでもいい! アユムさん! その娘は誰なんだ!?」
腹を括って話そうとしたところで、マルコの声に遮られた。
彼はミリアを指さしながら、さらにまくしたてる。
「こんなに愛らしい女性を見たのは初めてだ! 是非俺にも紹介してくれ!」
ああ? なんだぁ? てめぇ、俺のミリアに手を出すつもりか?
内心の苛立ちを抑えながら紹介を行う。
「彼女はミリア。ロクサーヌやセリーと同じく俺の大切な妻だ。もし手を出すつもりなら決闘の用意をしておけよ?」
それを聞いたマルコは声を漏らした。
「は? 妻? この可愛い娘も?」
彼が呆然としていると、キュートな声が上がる。
「えー! 私を奥さんにしてくれるんですかー!」
ミリアの表情はキラキラと輝いており、心の底から喜んでいることがうかがえた。
「もちろんだ。一生離れるつもりはないからな」
「はい! 一生可愛がってくださいね!」
すると、最愛の女性がふくれっ面で口を開く。
「私が最初に求婚されたのに……」
不味い! ロクサーヌさんが怒っていらっしゃる!
「最初に結婚するのはロクサーヌだ。絶対に順番を違えるつもりはないぞ」
なんて言葉だよ。ほんと、お前は何様なんだ。
言ったのが自分じゃなければ、刺されちまえと思っているところだぞ。
「はい! ありがとうございます!」
しかし、それを聞いた彼女の顔に花のような笑みが浮かぶ。
さらに、黙ってこちらを見つめていた女性にも告げる。
「ロクサーヌの次はセリーだ。君とも一生離れるつもりはないから」
彼女は一つ息を吐き出した。
「何人もの女性を侍らせるだなんて、本当に悪いご主人様です。まあ、そんなお方につかまってしまったのですからしょうがありません。どうか私たちのことを末長く大切にしてくださいね」
「当然だ。皆で生涯を共に過ごそう」
返事を返すと彼女たちは嬉しそうに笑い合っている。
可愛い娘たちだなぁ。
「あー、その、なんだ。お前たちは普段からそんなやり取りをしているのか?」
四人でぬくもりに満ちた空気に身をゆだねていると、アンドレアが呆れた口調でそう言った。
平常運転ですが、なにか?
彼らの方へ目を遣ると、苦笑いを浮かべているケヴィンにウォルター。
気まずそうに視線を逸らしているゴンザレス。
しっとマスクに変身しそうなマルコとガストン。
そして、好奇の視線を向けてくる通行人。
しまった。天下の往来ですることじゃなかった。
どうしたものかと思っていると、ケヴィンが言葉を発する。
「こいつらだって人の妻に手を出すほど馬鹿じゃない。アユムさん、頼む、今回は見逃してやってくれ」
「あの狼人族のように手を出そうとしたわけじゃない。気にしてないさ」
奴のような真似をしないなら何の問題もない。
「ありがとう。それじゃあ俺たちは宿に戻って、迷宮探索の準備に取りかかるとするよ。また今度、ゆっくり飯でも食おう」
ケヴィンがそう言うと、彼らはマルコとガストンを引きずるように去っていった。
嵐のような男たちだったなぁ。
……どうでもいいが、いつの間にかボス戦のことが有耶無耶になってるぞ。ラッキー。
田川 歩 男 18歳
魔法使いLv52 英雄Lv48 遊び人Lv46 冒険者Lv36 魔道士LV35
装備 竜燐の靴 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:3
キャラクター再設定:1
フィフスジョブ:15
詠唱省略:3
必要経験値二十分の一:63
鑑定:1
ワープ:1
三十パーセント値引:63
所持金:12,226,494ナール
春の67日目