英雄のレベルが50になってる!?
きたか!? ついに勇者がきたのか!?
興奮が一気にこみ上げ、すぐに三人へ報告する。
その瞬間、迷宮の通路に歓声が上がった。
「さすがご主人様です!」
ロクサーヌは喜びが抑えきれないといった様子で、パタパタと尻尾を揺らしながらそう口にする。
そして、セリーも瞳を輝かせながら続いた。
「これで戦力はかなり強化されますね!」
「本当にご主人様はすごいですねー」
ミリアの顔には無邪気な笑みが浮かぶ。
まあまあ、そんなに持ち上げるでない。
頑是ないお嬢さんたちよ。落ち着きたまえ。
内心でそう呟きつつも、俺の心臓だってバクバクだ。
緊張しながらジョブ設定を付け、確認を行う。
しかし、それを目にして、一瞬思考が停止した。
勇者Lv1
効果 HP大上昇 MP大上昇 腕力大上昇 体力大上昇
知力大上昇 精神大上昇 器用大上昇 敏捷大上昇
スキル オーバードライビング
……は? なんだこれ?
いやいやいや。ちょっと待て。
おかしい! おかしい! どうなってるんだ!?
勇者のスキルはオーバードライブとアイテムボックス操作だったよな?
それなのに、表示されているのはオーバードライビングという、知らないスキルが一つだけ。
何だこれ? 本当にどういうことだ?
まさか俺がいなくなった後に発行された書籍版で設定変更があったのか?
それともこの世界独自の設定なんだろうか……。
……いや。そんなことはどうでもいい。
おそらくオーバードライビングというスキルはオーバードライブと同じものだろう。これについては後で確認すればいい。
問題はアイテムボックス操作がなくなっていることだ。
すっかりあるものだと思い込んでいたため、勇者を獲得した後はジョブ変更に伴うアイテムの出し入れをしなくて済むと考えていた。
しかし、今後もこの面倒な入れ替えを続けなければならない……。
思い悩んでいると、ふと視線に気付く。
三人がこちらを心配そうに見つめていた。
しまった。動揺が顔に出ていたか。
俺が取り乱してしまえば、彼女たちまで不安になる。
大丈夫だ。落ち着け。
アイテムボックス操作がないだけなら戦闘能力には影響がないだろうし、まずは冷静になろう。
自分に言い聞かせながら、一つ息を吐き出し、彼女たちに勇者の仕様が変わっていることと、それでも問題ないだろうということを伝える。
そして、勇者の性能を確認するためジョブの変更をすることにした。
魔法使いを外し、英雄、勇者、遊び人、冒険者、魔道士の組み合わせに変更。
さらに遊び人の効果を知力大上昇へと切り替える。
この状態で二ターンキルができるといいんだが……。
ロクサーヌの案内で通路を進み、エンカウントしたヒツジ三匹と草一匹の群れへ、バームストームのダブルスペルを叩き込むと、激しい炎が魔物の体を包み込む。
彼女たちが魔物を引きつけている間にリキャストタイムが明け、再びダブルスペルを放った。
そして、纏わりついていた炎と共に奴らの体も消えていく。
よっしゃ! 二ターンで殲滅完了だ!
これでようやく魔法使いを外すことができる!
とはいえ、勇者が加わったせいで、再びジョブの枠が逼迫することになった。
今度の課題は英雄を外した状態で二ターンキルができるようになることだ。
……いや。正直、あまり気は進まないが、一応案はあるんだよなぁ。
キャラクター再設定を開いてポイントをいじり、ファーストジョブを遊び人に。そして、サードジョブに移動した英雄を戦士と入れ替える。
再びポイントを振り分けたところ、キャラクター再設定、フィフスジョブ、必要経験値二十分の一、詠唱省略、獲得経験値二十倍で145ポイント。
ワープ、ジョブ設定、結晶化促進だけではなく、鑑定すらない最小構成だ。
とりあえず、一度試してみよう。
これから行う実験について、それから何故それを行うのかを説明すると、セリーの瞳がパッと輝いた。
「とても興味深い実験です!」
両手をぎゅっと胸の前で握りしめ、体をわずかに前のめりにする。
好奇心に満ちたその顔は、もうワクワクが隠しきれていない。
「実在が確認されていなかった、初代皇帝だけが就いたとされる英雄のジョブ。それだけでもすごいのに、さらに上位ジョブがあって、そのスキルを確認することができるなんて!」
セリーは興奮で頬を紅潮させており、うっとりしたような顔でそう言った。
おいおい。この娘、完全に好奇心に支配されているぞ。
「そのスキルを使うと、素早く動けるだけではなく、物理と魔法の攻撃力が上がるのですか。本当に興味深いです!」
ロクサーヌとミリアは、苦笑を浮かべながら彼女の様子を見守っている。
「ああ。成功するかは分からないが、試すだけ試してみよう」
「はい!」
いやまあ、可愛いからいいけどね。
再びロクサーヌに魔物の所へ案内してもらう。
今度はヒツジが四匹に、草と亀が一匹ずつだ。
駆け出していく三人を見ながら、心の中で念じた。
オーバードライビング
俺以外のすべての動きが遅くなり、ロクサーヌもセリーもミリアも、スロー再生をしているかのように魔物へ向かっている。
よし。いくぞ。
バーンストーム
バーンストーム
ダブルスペルを発動すると、炎が魔物たちを飲み込んだ。
目の前に燃え盛る業火が顕現し、奴らの体を舐め回している。
しばらくその様子を見ていると、魔法のエフェクトと共にオーバードライビングの効果も切れてしまった。
くそっ。駄目か。
普段の修業だと、オーバーホエルミング中にブリーズボールを四発撃てている。
しかし、ストーム系やウォール系は発動時間が長いため、オーバードライビングであっても、ボーナスタイム中に何度もというわけにはいかないようだ。
気を取り直して、もう一度オーバードライビングを発動し、ダブルスペルをぶっ放す。
「ふぅ」
無事戦闘が終わったところで、自然と息が漏れる。
実験は大成功。
オーバードライビングによる魔法攻撃力の引き上げが加われば、英雄を外した構成でも二ターンキルが可能だということが証明された。
ロクサーヌたちは、すごいすごいとはしゃぎながら笑みを交わし合っている。
その様子を目の端で眺めつつ、俺の思考は別の方向へと沈んでいく。
確かに有用なことは確認できた。
このスキルの効果は圧倒的で、それこそチートそのものだと言えるだろう。
しかし、その一方で、どうしても頭から離れない懸念がある。
本当に、これを戦闘中に常用して大丈夫なのか?
ウェブ版でミチオがオーバードライブの効果を実感したときの描写。
具体的な数字までは覚えていないものの、使い続ければ老化が数年単位で早まり、寿命にも影響が出るだろうと推察していた。
とはいえ、ミチオの年齢は十七歳。
まだ年若い彼は、そのリスクをあっさり受け入れていた。
老人の数年なんて、たいした違いはないだろう。
そんな風に割り切り、迷いなくオーバードライブを常用する。
だが、俺はそんな風に割り切ることはできない。
なにせ、一度四十五まで生きているのだ。
自分の肉体が衰えていく感覚は、身をもって知っている。
鏡を覗き込むたび、少しずつ増えていく白髪にため息をつき、地肌の透け具合に目を背けたくなっていた。
頬は徐々にたるみ、肌の弾力は確実に失われ、目の下には隈が常に居座るようになる。
若い頃なら年に数日程度だった体調の悪い日が、いつの間にか日常になってき、調子が良いと思える日の方が珍しくなっていく。
身体が思うように動かなくなり、何をするにも面倒だと感じるようになる。
そんなふうにして、老いは静かに、けれど確実に忍び寄ってくるのだ。
たとえば、四十歳と四十五歳。
若い者にとっては、たったの五年に過ぎないのかもしれない。
だが、俺の実感として、その五年は決して小さなものではなかった。
……だからこそ、このスキルを常時使うということに対して、本能的な警戒を覚えてしまう。
ボス戦や対人戦、それから修業のように、一時的な局面であれば、そのリスクも受け入れることはできる。
しかし、一日の大半を費やす雑魚戦において、若さと寿命を対価に力を得る必要があるのか?
俺は長生きをして、ロクサーヌと寄り添い、穏やかな日々を重ねていきたい。
いや。ロクサーヌだけではなく、セリーやミリア。そして、まだ見ぬベスタに、健気で愛らしかったルティナ。彼女たちともそんな日々を積み重ねていきたい。
だからこそ、軽々しくリスクを取るわけにはいかない……。
思索を巡らせていると、ロクサーヌが心配そうに問いかけてきた。
「ご主人様……。大丈夫ですか?」
「何かあったのですか?」
セリーも気遣うようにこちらを見つめている。
「ご主人様、疲れちゃいましたか? 無理はしないでくださいね」
そして、ミリアも優しい言葉をかけてくれた。
本当に良い娘たちだよなぁ。
一人で悩んでいてもしょうがない。彼女たちにも相談してみよう。
「そういうことでしたら、毎回使う必要はないのでは? 戦闘が楽になるより、私たちにとってはご主人様といつまでも共に過ごす方が、ずっとずっと大切です」
一頻り話を聞いたところで、ロクサーヌはハッキリとした口調でそう言った。
そして、それを聞いたセリーも真剣な表情で頷く。
「ロクサーヌさんの言う通りです。そんなリスクがあるのなら使用するべきではありません」
「はい。おじいちゃん、おばあちゃんになってもみんなで楽しく暮らしましょう」
そう言ったミリアの顔には微笑が浮かんでいる。
……そうだな。少しでも長く共に過ごしたいもんな。
よし。決まりだ。
雑魚戦では今まで通り、オーバーホエルミングやオーバードライビングは使用しない。
それが必要になった場合、その階層は適正レベルにないと判断する。
俺たちの方針はいのちだいじに、安全第一、無理は禁物だ。
できる範囲で強くなっていこう。
彼女たちと末永く過ごすためにもな。
そのことを伝え、方針を共有したところで狩りへ戻る。
一日の探索を終えて、最後にスリープシープを狩ったところ、一匹あたりオーバードライビング二回で片付いてしまった。
攻撃力が引き上げられていることと、効果時間が長くなっているためだろう。
リスクはあるものの、やはりとんでもないチートスキルだ。
ドロップアイテムの売却を終え、パンを買うためにいつものように街の中央へと向かう。
迷宮付近に来たところで、金物屋の店先にいたオネスタがこちらに気付き、軽い足取りで近寄ってきた。
「ちょうどいいところでお会いできました。これからそちらへうかがうところだったのです」
あのー。用件分かっちゃったんですけどー。
彼女はニコニコ笑いながら、色っぽい声で話を続ける。
「本日、領主様から堤の修復許可が下りました。作業は明後日、春の七十一日目の昼過ぎから夕方までを予定しています。その間は下水に何も流さないでください。ついでにドブさらいと植栽の植え付けも行いますので、以前お願いした通り、アユムさんのところからも一名出してもらえますか?」
やっぱりかー。
でもまあ、その件についてはすでに話はついている。
うちからはミリアが出ることになっているから、問題はない。
「うむ。大丈夫だ」
「ありがとうございます。それでは、当日は昼頃にうちへお越しください。よろしくお願いしますね」
オネスタは頭を下げると金物屋へと戻っていった。
明日は入会試験で、明後日はドブの修復。二日連続で予定が入ったか。
まあいいや。買い物の続きといこう。
買い物を終えて三人でのんびりと家路につく途中、ミリアに声を掛ける。
「明後日の作業を頼むな」
その言葉に、ミリアは背筋を伸ばし、キリッとした表情で答える。
「はい。ご主人様の奴隷として、恥ずかしくないような働きをしてきます」
それを聞いたロクサーヌとセリーは満足そうに頷いている。
どうやら、先輩二人としても合格の答えだったらしい。
よく分からないが、この世界では奴隷の仕事ぶりが主人の評判にかかわるのかね?
うーん……。まあ、地域のボランティア活動に会社から人を出したのに、そいつがサボりまくったら、『あそこの会社は駄目だ』なんて言われるだろう。
それと同じような感じか。
そんなことをぼんやり考えていると、隣では三人が自然と井戸端会議を始めていた。
どうやら明後日の作業に参加するであろう、各家の奴隷たちについて、あれこれと情報交換をしているらしい。
「あの人はすぐいやらしい目で見てくるので、少し注意が必要ですね」
セリーが眉をひそめて言うと、ロクサーヌもすぐに同調する。
「先日も、別の家の奴隷に声をかけていたと聞きました。見境がないのでしょう」
「へー。そうなんですかぁ」
ミリアが小さく首を傾げながら相槌を打つ。
その仕草はいつも通り無邪気だが、声色にはわずかな警戒もにじんでいた。
話題は自然と、別の人物へと移っていく。
「あそこの角、あの家の探索者たちは稼ぎがよくないらしく、そのせいで奴隷の子もずいぶん苦労しているようです」
その言葉を聞いてミリアが問いかける。
「あの狼人族の子ですか?」
「ええ。食べる物や着る物にも困っていると言っていました。それなのに夜は五人を受け入れなくてはならず、しかも痛いばかりなのだそうです」
陰りのある口調でそう言うロクサーヌに、セリーがぽつりと呟いた。
「まさに、話に聞くような典型的な奴隷の扱いですね……。私たちが、こんなにも素晴らしいご主人様のもとで暮らせていることがどれほど幸運か、あらためて実感します……」
その言葉に、三人はしみじみと頷き合っている。
君ら、いつの間にそういう情報を……。
俺なんて、ご近所付き合いどころか、住人の顔と名前すらろくに知らないというのに、彼女たちは、しっかりとこの街に溶け込み、地域社会の一員として馴染んでいたようだ。
それにしても、奴隷の扱い、か。
先ほどの三人の会話を聞いて、胸の奥に何やら引っかかるものを感じていた。
無体な真似をするような連中には、やめろと声を上げたくなる気持ちも、確かにある。
痛みだけを与え、食べ物にも困らせているなんて、あまりにも酷い。
だが、そう言って他人を非難する資格が果たして俺にあるのか?
実際のところ、俺も奴隷を所有している身だ。
どれだけ丁重に扱っているつもりでも、どれだけ信頼関係が築けていると思っていても、本質的にはやっていることは、そう大きく変わるものじゃない。
人権を振りかざし、『奴隷制度は間違っている』と言うのなら、まずやるべきことは明白だ。
彼女たち三人を解放し、今後いかなる理由があっても奴隷を持たないと誓うこと。
そうでなければ、誰かを責める言葉に、何の重みもありはしない。
しかし、俺はそのどちらもできそうにない。
彼女たちを手放すつもりもないし、これから先、ベスタとルティナを奴隷として迎えるつもりでいる。
ほんと、他人にどうこう言える立場じゃないんだよなぁ。
もし今、奴隷制度を巡って戦争が勃発したら、俺は間違いなく南側として立つことになるだろう。
修業を終えて装備品の手入れを行い、風呂を沸かしたら自室でお絵描きだ。
描くのは窓からのぞく景色。
彼女たちが食事の支度をしている間に、コツコツと描き続け、ついに下書きが終わる。
本気で描こうとした場合、もっと時間がかかるのかもしれないが、ジョブを得るためだけに描いているわけだし、こんなものでいいだろう。
ワンチャン、鉛筆画ってことで絵を描いた判定になっていないかと思い、念のためにジョブを確認してみたが、新しいジョブは確認できなかった。
まあ、そうだよな。そう簡単にはいかないよな。
もうすぐ夕食も出来るだろうし、色を塗るのは明日からにしよう。
片付けをしていると部屋にノックの音が響いた。
夕食を済ませ、湯船に身を沈めながら、ぼんやりと今後の予定を整理していく。
明日は、朝から帝国解放会の入会試験があるので、早朝の探索はナシにして体調を万全にしておこう。
それほど時間のかかるものではないはずだから、午後には迷宮探索に行けるだろう。
明後日の午前中はいつも通り探索だ。
そして、午後からはミリアがドブの補修に参加する。
午後の予定はどうしたもんか……。
ミリアが働いているというのに、三人で休みをとるのはめちゃくちゃ不公平だろう。
俺なら労働意欲がなくなっちまうぞ。
そんなふうに考え込んでいると、右腕に感じていた柔らかな重みがふわりと動いた。
「ご主人様、何かお悩みですか?」
ロクサーヌがこちらを見上げてそう言うと、左腕を抱えているミリアと脚の間にいるセリーも顔を向けている。
相談してみるか。
一通り話を聞き終えたところで、ロクサーヌが控えめに口を開いた。
「それならスリープウール集めをするのはいかがですか? どうせ集めないといけないものなのです。この機会にできるだけ集めておいたほうが効率的かと」
なるほど。明後日の午後だけで全て揃うということはないだろうが、これをすることで毎日十個ずつ増えれば、十分期限内に間に合う。
「さすがロクサーヌ。いいアイデアだね。それじゃあ、明後日の午後はスリープウール集めってことで」
すると、彼女の表情が綻んだ。
「ふふ。ご主人様のお役に立てて嬉しいです」
ほんと、可愛い娘だなぁ。
湯船の中でそうしみじみと思いながら、体の芯まで温まったところで、バスルームを後にする。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv40 勇者Lv22 遊び人Lv48 英雄Lv50 僧侶Lv15
装備 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:25
キャラクター再設定:1
フィフスジョブ:15
必要経験値二十分の一:63
鑑定:1
ワープ:1
ジョブ設定:1
MP回復速度十倍:31
所持金:14,169,332ナール
春の69日目