今日は帝国解放会の入会試験の日だ。
万が一のことがあってはいけないので、念には念を入れて早朝の迷宮探索はナシにした。
しっかり体を休めて、コンディションを整えておこう。
なんか、小学校の頃の運動会とか遠足の朝を思い出すなぁ。
あの独特の非日常感。心臓がドキドキして、どこか浮き立っているような、それでいてワクワクしているような。
あの感覚が胸の奥に広がっている。
戦闘とは違った緊張感があるため、万全の態勢で臨まなくては。
気持ちを落ち着けるため、俺は部屋に籠って絵を描くことにした。
一方、ロクサーヌたちは、それぞれ手分けして家の掃除を行うらしい。
無心で筆を走らせ、キャンバスに淡い色を重ねる。
色彩がにじみ、段々と形を成していくうち、いつの間にか時間の感覚があいまいになっていく。
やがて、扉の向こうから柔らかくノックの音が響き、それに続いてロクサーヌの涼やかで美しい声が耳に届いた。
「ご主人様、お食事のご用意ができました」
その声にハッと我に返る。
もうそんな時間か。
集中していたせいか、あっという間に食事の準備が整っていたようだ。
ひとつ深く息を吐き、手にしていた筆をそっと置く。
椅子から立ち上がり、固まった肩を回して軽くほぐしながら、扉のほうへと足を向けた。
朝食をとり、腹が落ち着いたところでボーナスポイントの振り分けとジョブの変更を行い、それが済むと装備品を身に着けて玄関へ移動する。
いよいよだ。
彼女たちと順番に視線を合わせて頷き合う。
ロクサーヌ、セリー、ミリア。三人とも、引き締まった表情で小さく頷いてくれた。
そこに迷いはない。言葉にせずとも、俺たちの気持ちはひとつになっている。
さあ、今後の人生に関わる重要なイベントの始まりだ。
決意を新たにしながらワープゲートを展開する。
ハルツ公の居城の中に垂らされたエンブレム前に到着すると、その前に詰めている騎士たちと目が合った。
しかし、彼らは、俺たちの姿を目にして怪訝な表情を浮かべる。
ああ。前に来たときはミリアがいなかったもんな。
いきなりパーティーメンバーが増えているのだ。疑問を覚えるのも当然か。
彼らの視線をよそに、ミリアはきょろきょろと辺りを見回していた。
荘厳な造りや、整然とこちらを確認している騎士たち、エンブレムの刺繍された、煌びやかな垂れ幕に目を奪われている。
その様子は、まるで遠足に訪れた子供だ。
すると、顔馴染みの騎士がこちらへ近づいてきた。
「お客様はすでに到着されています。閣下もお待ちですので、そのままお進みください」
どうやら試験官は先に到着しているらしい。
「うむ。では、失礼する」
一言告げてから、彼女たちを促し廊下を歩き出す。
ハルツ公の執務室に足を踏み入れると、公爵とゴスラーの他にセントバーナードのような垂れ耳を持つ男が目に入った。
長身で鍛え抜かれた分厚い体躯。目つきは鋭いものの、ご多分に漏れずかなりのイケメン。
鑑定で確認したところ、脳裏に浮かぶ文字は聖騎士で、エステル男爵エステル・エステルリッツ・アンエステラ。
おお。試験官は原作と同じでこの男なのか。
入会するまで素性を明かすことはないだろうが、帝国解放会の会長様。
会では浮世の身分を問わないという規則の体現者。現役皇帝にすらタメ口を叩く剛の者だ。
俺を見たハルツ公は一瞬訝しげな表情を浮かべたものの、すぐに立ち上がり迎え入れた。
「アユム殿、待っておったぞ。まずは紹介しておこう。今回、試験官を務めるエステルだ」
その言葉に応じて、エステルがこちらをまっすぐに見据えてくる。
彼は俺たちを測るかのように、視線を向けてきた。
「その方が、あのサボー・バラダムと狂犬のシモンを倒したアユムか。なるほど。ブロッケンから聞いていた通り、随分擬態が上手いと見える。まったく戦いを生業としているようには見えん」
すんませんねぇ。ガチの素人なんで、擬態じゃないんすわ。
それに、公爵閣下はあっしのことをどう説明してるんですかねぇ。
そして、今度は俺の隣に立つロクサーヌへと視線を移す。
「ほう。まったく隙が見当たらぬ。おそらく狼人族でも上位の実力を持つだろう。少なくとも我より上か」
その言葉に込められた感嘆は、誇張でも社交辞令でもない。
本気でそう評価しているのが、表情からひしひしと伝わってくる。
公爵たちもそうだったが、よく見ただけで相手の強さが分かるなぁ。
気でも感じてんのかね?
そんな鋭い視線を真正面から受け止めながら、ロクサーヌは微笑を浮かべたまま、堂々と立っていた。
かっこいいわぁ。うちの娘、マジで戦女神だわぁ。
試験官の紹介が一段落したところで、ハルツ公がミリアに視線を移す。
「ふむ。新しく仲間に加わったのか? よもや、入会試験のために他所から一時的に加えたのではあるまいな?」
何をおっしゃるウサギさん。
鋭い視線で問いかけてきた彼へ答える。
「彼女を購入したのは春の五十日目。閣下より帝国解放会のお話をいただくよりも前のことです。ブラヒム語が不自由だったため、商館で学習させておりましたが、つい先日、習得を終えて合流しました」
嘘じゃないからね?
ホラ吹きアユムと呼ばれてもおかしくないくらい嘘を吐く俺だけど、これはマジだからね?
そんな俺の弁明を受けて、ハルツ公はもう一度ミリアに視線を向けた。
だが、ミリアは動じる様子もなく、その視線を向日葵のような明るい笑顔で正面から受け止めている。
ほんと、肝の据わった娘さんだなぁ。
「うむ。問題はなさそうだな」
その表情に毒気を抜かれたのか、ハルツ公も表情を和らげ、口元に微かな笑みを浮かべた。
そして落ち着いた声音で問いかけてくる。
「アユム殿、彼女の名はなんと申すのだ?」
彼の質問に頷きながら答える。
「彼女の名はミリア。状況判断に優れ、臨機応変に動けるのが強みで、主に遊撃として敵の側面から攻撃を加えたり、味方が狙われたときには即座に援護に入ってくれます」
「ほう」
公爵だけではなく、ゴスラーやエステルも興味深そうにミリアへ視線を注ぐ。
「また、魔物が詠唱を行うと、それを素早く察知し潰してくれるため、いまではパーティーにとって欠かせない存在になっております」
紹介をすると、ミリアはぺこりと頭を下げた。
あら、可愛い。
それを見たハルツ公は目を細め、小さく満足げに頷いた。
「であるか。ミリア嬢。ロクサーヌ嬢、セリー嬢と共に、アユム殿をよく支えて差し上げよ」
その言葉にミリアは真っ直ぐに顔を上げ、瞳を輝かせて元気よく答える。
「はいっ! ご主人様のことは私たち三人でしっかりとお守りします!」
ロクサーヌとセリーも誇らしげな笑みを浮かべながら頷いていた。
ほんと、幸せだなぁ。
そして、彼はそのまま俺に問いかけてくる。
「ところで身に着けている装備が変わっているようだな? 先日の決闘で手に入れたものを装備しているのであろうが、なにゆえアユム殿がアルバやビットローファーを身に着けておるのだ?」
ああ。部屋に入ったときに一瞬だけ見せた微妙な表情は、これが気になっていたわけか。
「はい。先日の決闘で手に入れた装備品にスキル結晶の融合を試みたところ、アルバに物理ダメージ削減が、ビットローファーに魔法ダメージ削減が付きました。以前の装備よりも防御性能が向上しましたので、装備の更新を行なった次第です」
そう説明すると公爵は納得したように呟きを漏らす。
「なるほど。アユム殿が装備可能なもので融合に成功したものはその二つだったということか。魔法職や回復職用の装備品でそこまで防御力は高くないが、物理ダメージ削減や魔法ダメージ削減が付与されているとなれば話は別であるな」
どうやら融合に失敗しまくっており、消去法でこの装備になったと勘違いしているようだ。
まあ、そう思ってもらった方が都合もいいし、わざわざ訂正する必要はない。
「ええ。いずれより高性能な装備を入手するか、あるいはパーティーに魔法職が加わった際には譲るつもりですが、それまでは私が使おうと思っています」
彼は満足そうに頷きながら、うちのお嬢様たちへと視線を移す。
「うむ、それがよい。ロクサーヌ嬢らの装備もなかなか見事に整っておる。いやはや、アユム殿の今後がますます楽しみになってきたな」
完全にこの人の中では貴族に成り上がるってことになってんなぁ。
いや、もちろんそのつもりだけどさ。
ハルツ公との話が済むと興味深げに俺たちの様子を見ていたエステルが口を開く。
「アユム、ロクサーヌ、セリー、ミリアだな。我も呼び捨てで呼ぶので、その方らもそうするとよい。ああ、敬語も不要だ」
俺だけではなく、ロクサーヌたちもタメ口でいいらしい。
まあ、彼女たちがそうするとは思えないけどな。
それにしても、一部を除き普段は無理にぞんざいな口調で喋っているが、これでも社会人として二十七年暮らしてきた男。
よほど親しくない限り、敬語を使うのが自然な距離感なんですよねぇ。
とはいえ、帝国解放会の規則でそう定められている以上、無視するわけにもいかない。
「分かった。それでは遠慮なくエステルと呼ばせてもらう」
そう返すと彼は小さく頷き、説明を始める。
「ブロッケンから話は聞いていると思うが、あらためて説明しておこう。帝国解放会の理念は一つ。『帝国の領土を迷宮から解放する』それだけだ」
シンプルな理念やなー。
「入会することで様々な恩恵を得ることができるが、それも迷宮討伐を成し遂げてこそのもの。その力がなければ何の意味もない恩恵ばかりだろう」
そうかぁ?
迷宮を討伐した際、爵位と領地を得られやすくなるということについてはその通りだと思うが、一般には出回っていない秘匿された情報にアクセスできたり、ロッジの売店で高性能な装備品を購入できるチャンスがあるってのは、大きなメリットだと思うぞ?
まあ、『どうしてそんなことを知っているのだ』と言われてしまうだろうから、反論を口にするつもりはないけどさ。
その後、彼は会の説明を始めた。
今回は特別会員での入会となるため、クーラタルの迷宮三十三階層で試験を行うこと。
クーラタルの三十三階層に入ったことがあるのかと、ランドドラゴンを倒したことがあるのかを確認されたが、どちらも達成していることを伝えておく。
それを聞いたエステルは言葉を続ける。
まず、ドライブドラゴンとの戦闘を確認され、問題がなければ彼らに見守られながらボス部屋へ入り、ランドドラゴンを突破して三十四階層へたどり着くことができたら合格だそうだ。
また、無事に合格出来たら、なるべく早めに四十四階層を突破して、通常会員になってもらいたいらしい。
あらかじめハルツ公から聞いていた通りだし、原作とも相違はない。
問題ない旨を告げたところ、イヌミミ男が頷きを返す。
「うむ。では、すぐに試験をおこなうので、クーラタルの三十三階層の入口に来てくれ」
そう言うと彼はくるりと身を翻し、公爵のほうへと向き直る。
「ブロッケン、ではな」
「ああ。アユム殿の実力を確認するとよい」
イケメンエルフのドヤ顔に不敵な笑みを返し、エステルは部屋を出ていく。
……顔がいいとこんなやり取りがめちゃくちゃキマるなぁ。
こちらもすぐに出発する必要があるため、俺たちも礼を述べて部屋を出る準備を始める。
「私たちもそろそろ向かわせていただきます」
そう告げるとハルツ公が笑みを浮かべて応じた。
「アユム殿であれば何の問題もあるまい。気楽に臨むがよい」
続いてゴスラーも穏やかな口調で後押ししてくれる。
「はい。あれだけの動きができるのです。間違いなく合格することでしょう」
まあ、予行演習でも問題なかったし、彼らの言う通りだろう。
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
軽く頭を下げ、ロクサーヌたちと共に執務室を後にする。
ワープを使えばどこからでも移動可能なものの、待ち合わせをしている状況でそんなことをするわけにはいかない。
普段とは違い、俺たちも長い長い行列に並ぶことにした。
少し先の方に試験官様のパーティーが目に入る。
リーダーである聖騎士のエステルに、冒険者と禰宜で男性が三人。
そして、探索者、魔道士、百獣王の女性陣。
全員狼人族で、ご多分に漏れず美男美女の組み合わせ。
三対三のその様子は、普通なら『合コンかよ!』と言いたくなるところだが、彼らは職業もレベルも装備も一流で、浮ついた雰囲気がない。
なんだろうねぇ。あのデキる感じは。
さすが帝国解放会会長のパーティーといったところなんだろうか。
そんなことを考えながら彼らを見ていると、エステルがふとこちらへ視線を向けてきた。
俺と目が合うと無言のまま、ひとつ頷いてくる。
その仕草に俺も自然と頷き返すと、彼はまた前を向いて視線を戻した。
結構な待ち時間があったものの、三人と楽しくおしゃべりをしながら過ごし、三十三階層へたどり着く。
すると、入口付近で待機していたエステルが一歩前に出て、声をかけてきた。
「来たか。では、さっそく試験を始めよう。手順については先ほどブロッケンの所で確認した通りだ。ドライブドラゴンとの戦闘を見せてもらい、そのまま待機部屋へ移動。これでよいか?」
「ああ。問題ない」
頷くと、彼は続けて尋ねてくる。
「それでアユムのパーティーには探索者はいるのか? いないようであれば我のパーティーにいる探索者が待機部屋に一番近い小部屋まで案内するが、どうする?」
え? そんなのありなん?
原作ではそんな話は出てないよな?
いや。そもそも、ドライブドラゴンとの戦闘も待機部屋の近くで行なっていた。
段取りがまるで違う。
……まあ、推薦するハルツ公の印象や、時期も全く異なっている。
それになにより、原作では同期として皇帝が入会することになるのだ。
そりゃ、段取りだって変わるだろう。
「それは助かる。いまはパーティーに探索者がいないのでな」
そう返すと、エステルが頷いて指示を出す。
「うむ。では試験を開始しよう。正面の通路をそのまま進んだ先に魔物の匂いがするので、そこを目指してくれ」
すると、我が最愛の女性が異議を唱える。
「お待ちください。その先にいるのはロックバードが三匹です。右手の通路を進んだ小部屋にドライブドラゴン六匹の群れがいるので、そちらの方がよろしいかと」
その一言で、エステルのパーティー全員が目を丸くした。
そして、ポカンとした顔で、ロクサーヌを見つめている。
「……その方、匂いで魔物の種類まで判別できるのか?」
「はい」
ロクサーヌが静かに頷くと、彼らの顔つきが一転し、深い感心と驚きが入り混じった表情になる。
「……たいしたものだ。その鼻、狼人族の中でも群を抜いているな」
自分で言っていた通り、狼人族の中でも特に鼻が利くらしい。さすがロクサーヌ、さすロクだ。
イヌミミさんたちが口々に彼女のことを称え終わったところで、右側の通路へ歩き出す。
それにしても、ロクサーヌさんや……。
試験なんだから、ドライブドラゴン六匹はないでしょうよ……。
もっとこう、楽なやつをさぁ……。
内心でボヤきながら歩き続ける。
でもまあ、一昨日だってドライブドラゴン六匹とやり合っているわけで、今回も特に苦戦することなく、見事撃破に成功した。
手分けしてドロップアイテムを集めていると、エステルがこちらに歩み寄り声を掛けてくる。
「魔物の大半を引き付けた上で一切の被弾なく、仲間が傷つけばすぐさま回復を行なっていたロクサーヌ。常に戦況を確認し、攻守にわたりフォローを入れ続けたセリーとミリア。そして、スキル攻撃を持たぬ冒険者であるにもかかわらず、圧倒的な攻撃力で魔物を撃破していったアユム。ブロッケンが推薦するだけのことはある。見事な戦いぶりだった」
よかった。どうやらお眼鏡にかなったらしい。
「次はボス戦を行ってもらう」
そう言うと、探索者の女性に視線を向ける。
「先にアユムのパーティーを待機部屋へ連れていってくれ」
「かしこまりました」
こちらのパーティーに加えると、彼女はすぐに詠唱を開始した。
そして、俺たちは展開されたダンジョンウォークのゲートに身を埋めていく。
恙なくボス戦を終え、少し時間を調整してからボス部屋を出た。
出し惜しみをせず、オーバードライビングとダブルアタックを使用したため、まさに余裕のよっちゃんである。
「もう終わったのか。やはり随分と早いな」
驚いたような声色だが、どこか満足そうな様子がうかがえた。
手前味噌になるが、我がパーティーにはロクサーヌがいるのだ。
彼女の動きを見たのなら、期待せずにはいられないだろう。
「頼もしい仲間がいるからな」
率直な思いを口にすると、エステルはわずかに頷いた。
「ああ。ボスの攻略速度もさることながら、ドライブドラゴンとの戦闘、あれも見事なものだった。その力があれば、きっと帝国の民を魔物の脅威から守ることができるだろう」
ということは、合格ってことでいいのか?
唐突な合否発表に少しばかり面食らってしまったが、どうやらそういうことらしい。
「この後は帝国解放会のロッジへ向かう。迷宮を出たらこのラルフを仲間に加え、アユムたちは先に移動してくれ」
「分かった」
彼の言葉に返事をすると、傍らに控えていたラルフという名の冒険者が、すっと前に出て深々と一礼する。
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく頼む」
挨拶を交わしたところで、エステルが告げた。
「では、迷宮を出よう」
いよいよ帝国解放会の本拠地に行くのか。
明言はされていないが、そのロッジは帝宮内にあると推察されていた。
一体、どんな所なんだろう……。
期待と少しの不安を抱えながら、エステルたちに続き、俺たちもゲートを潜る。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv40 勇者Lv22 遊び人Lv48 英雄Lv50 戦士Lv38 魔道士LV38
装備 貫通のオリハルコン剣 竜革の帽子 頑強のアルバ 身代わりの竜革グローブ オラクルビットローファー よりしろのイアリング
BP振分 残BP:2
キャラクター再設定:1
シックススジョブ:31
必要経験値二十分の一:63
鑑定:1
ワープ:1
ジョブ設定:1
結晶化促進八倍:7
MP回復速度十倍:31
所持金:14,168,710ナール
春の70日目