帝国解放会のロッジへ移動すると、すぐにセバスチャンが近づいてきた。
「アユム様、ロクサーヌ様、いらっしゃいませ。セリー様のお迎えですか?」
「ああ。そろそろ夕方になるからな」
「それでは、資料室までご案内いたします」
こちらを促しセバスチャンが歩き出したので、俺たちもその後に続く。
三階に上がり資料室に入ると、机に向かってセリーが黙々と報告書の転記を行なっていた。
その傍らではメイド服を纏った女性が羊皮紙を手に取り、真剣な面持ちで目を走らせている。
俺たちの足音に気付いたのか二人は同時に顔を上げ、こちらに視線を向けた。
「あっ、ご主人様。もう夕方なのですね」
セリーが呟きを漏らしたので、俺は頷きながら声を掛ける。
「ああ、迎えに来た。それで仕事はどんな具合だ?」
問いかけると彼女の顔に柔らかな笑みが浮かぶ。
「この報告書の筆写もあと少しで終わります。ちょうどいいタイミングでした」
オッケー、オッケー。仕事が中途半端だとモヤモヤするもんな。
切りの良いところで終わるならその方がいい。
セリーが再び筆を取って作業に戻る一方、セバスチャンは侍女に声を掛け、進捗の確認を行なっている。
女性からの聞き取りを終えると、総書記様は自ら羊皮紙を手に取り目を通し始めた。
やがて、セリーがペンを置く。
セバスチャンはそれを受け取り、羊皮紙へ注いだ視線が行き来すると、納得したような表情で頷いていた。
「はい。問題ございません。拝見いたしましたが、誤字は見られず、文字の大きさも揃っていて、大変読みやすい仕上がりになっております。また言葉が不足していた箇所についても、調べて補足を加えてくださったようで、内容がより明確になっておりました。この度は細やかで丁寧なお仕事をしていただき、心より感謝申し上げます」
ふふん。そうだろ、そうだろ。うちのセリーはこれだけ可愛い上に超有能だからな。どんなもんだ。
内心で鼻を高くしていると、セバスチャンが彼女に銀貨を差し出した。
しかし、セリーは困ったようにこちらに顔を向ける。
ああ。受け取っていいものなのか、判断がつかないのか。
労働の対価なのだから、あれはセリーのものってことでいいだろう。
ロクサーヌに視線を送ると、優しい笑みを浮かべながら頷きを返す。
うん。一番奴隷様も納得のご様子だ。
「それはセリーが労働の対価として得たものだ。気にすることなく受け取るといい」
それを聞いたセリーの顔に、はにかんだような笑みが浮かぶ。
「ご主人様、ありがとうございます」
あら、可愛い。
セリーが銀貨をアイテムボックスにしまい、筆記用具を入れたリュックを背負ったところで暇を告げてロッジを後にする。
ドロップアイテムの売却と買い物を終えて自宅へ戻ると、扉にパピルスが差し込まれていた。
五日に一度のお楽しみ。ルークの伝言だ。明日はあの人のスキル結晶に会うために商人ギルドに行かなくては。
例によってロクサーヌはセリーに荷物を預け、パピルスへ手を伸ばす。
開いて内容を確認すると、彼女の表情がわずかに強張った。
しかし、すぐに表情を整え、澄んだ声を発する。
「それでは読み上げますね。コボルトのスキル結晶が三つで、四千九百ナール、五千百ナール、五千二百ナール。それから、サンゴのスキル結晶が四千二百ナール、ヤギのスキル結晶が四千八百ナール、トロールのスキル結晶が七千四百ナール、亀のスキル結晶が六千八百ナール……」
おお! コボルト三つにヤギまであるのか!
あの仲買人が手を引いたおかげで入手しやすくなったに違いない。
サンゴは以前、買い注文を取り下げていたが、安く買えそうだったので落札したのだろう。
資金に余裕ができた今となっては、いくらでも落札してくれて構わない。
それに、トロールと亀が手に入ったのもバッチグー。我がパーティーの戦力を底上げしてくれるはず。
高ぶる気持ちを抑えていると、ロクサーヌが呼吸を整え、さらに読み上げる。
「最後に、転移ヒツジのスキル結晶が八万八千九百ナール。以上です」
は? 転移ヒツジ? なんだそれ?
思わずセリーに視線を向けたところ、彼女も呆けた顔をしていた。
だが、俺と目が合うと表情を引き締め、すぐさま説明を始める。
「ヒツジ系の最上位種であるワープシープのスキル結晶で、武器に融合すると睡眠のスキルをさらに強力にした昏眠のスキルが。防具に融合すると睡眠抵抗のスキルが付きます。今日調べたばかりのスキル結晶をこんなに早く入手できるなんて、本当に驚きました」
その言葉を聞いて、思わず舌打ちが出そうになってしまったが、それを何とか抑え込んだ。
やはり最上位種のスキル結晶なのに睡眠無効じゃなくて、睡眠抵抗なのか……。
以前から予想はしていたが、スキル結晶の融合では状態異常に対する完全耐性は望めないのかもしれない。
ハーフハーブの最上位種のスキル結晶で付けられると思われる全状態異常耐性との組み合わせで、完全耐性が得られるのを期待するしかない。
ポイントに余裕が出来たら俺の頭の上には、全状態異常を無効化するチート防具の毘盧帽が常に居座ることになるかもな。
あと、名前がワープシープで、スキル結晶の名称が転移ヒツジってのも気になるところだ。
どういった魔物なのかを尋ねたところ、セリーが説明を行う。
「ワープシープは輝くような金色の毛を持つ巨大な子ヒツジで、ボス部屋内で移動魔法を使用することが可能。そして、それを用いて死角を突いた攻撃を得意としています。しかも通常の移動魔法とは異なり壁を媒介とする必要はなく、魔法陣の展開すら行いません。三匹で現れ、それぞれが移動魔法を繰り返すため、攻撃を当てるのは至難の業でしょう」
やっぱりそうか……。くそっ。ワープは俺の専売特許じゃなかったのかよ。
それに、壁も必要ないとなればこちらのワープより高性能じゃねーか……。
「また、全ての攻撃に強力な睡眠効果が付随しています。食らってしまえば、たとえ睡眠耐性や睡眠防御のスキルを持っていたとしても、高確率で眠らされてしまうでしょう。さらにスキル攻撃は、巨大な体をさらに大きくした上、ものすごい速度で行われる体当たり。まともに食らえば大ダメージは必至です」
巨大化!? そんな能力まで持ってんの!?
絶対にスキルを使わせたら駄目じゃん!
「残すアイテムはラム肉。柔らかく臭みもないため市場には出回ることはなく、貴族や富豪といった人々に独占されています。そして、レアドロップは金羊毛。装備品の素材となるほか、こちらも同じく貴族や富豪の衣装に用いるために独占されています」
くそー。ブルジョワジーどもめ。良い物は何でもかんでも独占しやがって。
俺がワープシープを余裕で狩れるようになったら、それらを大量に市場へ流して価格を暴落させてやろうか。
プロレタリアの憤りなど意に介さず、セリーは淡々と説明を続ける。
「金羊毛は鍛冶師の上位ジョブである隻眼でなければ扱うことができません。これはオリハルコンやミスリルなどと同じく、最上位種の素材に共通する性質です。また、隻眼にしか製造できない装備品の素材については秘匿されており、隻眼ギルドに所属する者にしか公開されていません」
マジで? レシピすら不明ってこと?
うーん……。まいったなぁ……。いっそセリーを隻眼ギルドへ所属させるか?
対策を考えていると、セリーが口元に意味深な笑みを浮かべる。
「ですが、帝国解放会には隻眼しか製造できない装備品についての本も存在していました。すぐに必要になるものではないため後回しにしましたが、いずれすべてを書き写すつもりです」
イェーア! 可愛い上に超有能! さすがセリー、さすセリだ!
「セリーの言う通り、すぐに使うことはないはずだけど、今後のために調べておいた方がいいだろうね」
俺の言葉を聞き、ロクサーヌも頷いて言葉を添えた。
「そうですね。高階層に挑む際には装備を万全に整えなくてはいけません。そのためにも今のうちから準備を進めておくべきです」
だな。いずれ俺たちの装備はセリーが製造したものへ入れ替わっていくに違いない。
話がまとまったところで鍵を差し込み、扉を開けて家の中に入る。
風呂を沸かし終えたところでキッチンに移動し、三人で夕食の支度をしていると、外から明るく可愛らしい声が聞こえてきた。
二人と顔を見合わせて外へ出たところ、泥だらけになりながらも、輝くような笑みを浮かべたお嬢さんが立っている。
「ただいま戻りましたー。もう水を流しても大丈夫だそうですよー」
その無邪気な笑顔に、思わずこちらまで頬が緩んでしまう。
俺がつられて笑っていると、すかさず一番奴隷さんがテキパキと指示を出した。
人の匂いはしないということなので、ウォーターウォールを展開し、泥まみれのミリアを洗い流していく。
それが一通り済むと服を脱いで風呂場へ直行するように告げ、セリーにはミリアの服を準備して食事の支度の続きに戻るように伝えていた。
ロクサーヌはミリアが脱いだ服を洗濯するらしい。
さすが、マジで誰もが頼りにするお嬢さん。略してマダオである。
「やることが片付きましたら私とセリーもすぐに参ります。ご主人様はミリアと一緒にお風呂へどうぞ」
「はい。食事の支度ももうすぐ終わりますので、私たちもすぐに行きます」
ロクサーヌとセリーの言葉を聞いたミリアは、ためらう様子もなくその場で服を脱ぎ始めた。
……パーティーメンバーしかいないとはいえ、この娘さんの度胸には恐れ入る。
脱ぎ終えると彼女はそのまま家の中へ入り、風呂場へ直行。
俺も着替えを取りに、二階へと足を運んだ。
服の用意をして風呂場へ移動すると、すっぽんぽんのお嬢さんが手持ち無沙汰な様子で佇んでいた。
「お待たせ、ミリア」
声を掛けると、太陽のような笑顔でこちらへ振り返る。
「ご主人様!」
おお! どことは言わないがプルンと揺れた!
水でざっと流してはいるものの、まだ体には汚れが残っているし、少しだけドブの臭いも漂っている。
「こんなに汚れるくらい、一生懸命作業をしてくれたんだね。お疲れ様、ミリア」
「ご主人様の評判に関わることなのです。このくらいなんでもありません」
ほんと、めちゃくちゃ良い娘だわぁ。
感激しながら彼女の体をお湯で流し、石鹸を泡立てて丁寧に洗い清めていく。
昨日も髪を洗ってはいるが、状況が状況だし今日も洗うことにした。
ついでに、本来明日の予定であるカメリアオイルを使ったヘアケアもしておこう。
お互いの体をピカピカに磨き上げたところで、ミリアの体を抱きしめながらお湯に浸かる。
あんなに汚れるまで頑張ってくれたんだ。何か褒美を考えないといけないなぁ。
あっ、そうだ。
思案を巡らせていると、ふと良い案が浮かんだ。
明日、ハルツ公へ会いに行ったときにハーフェンで釣りをする許可をもらおう。
次の休日で釣りができるとなれば、きっとミリアも喜んでくれるはず。これはなかなかの妙案じゃないか?
よし。忘れずに聞いてみるとしよう。
のんびりお湯に浸かっていると、やがてロクサーヌとセリーも風呂場に入ってくる。
彼女たちの体も隅々まで洗い、俺たちと同じように髪を石鹸でしっかりと洗ってから、同じくカメリアオイルによるヘアケアをしておいた。
風呂に浸かるとミリアが先ほどと同じように俺の脚の間に腰を下ろそうとする。
しかし、それを遮るようにロクサーヌが凛とした声を発した。
「今日は私がご主人様の脚の間に座る番です。あなたは昨日だったじゃないですか」
すると、ミリアの顔に誤魔化すような笑みが浮かんだ。
「えへへ。駄目ですか?」
「駄目です。抜け駆けをしてはいけません」
そう言ってロクサーヌが俺の脚の間に腰を下ろすと、ミリアはしょんぼりとした様子で左隣に移動していた。
ちゃっかりさんなところはともかく、正面を望んでくれた気持ちが嬉しい。
本当に俺は世界一の幸せ者だ。
お湯に浸かりながら疲れを癒していると、ロクサーヌがセリーに声を掛ける。
「帝国解放会の資料室で何か新しい情報を得られましたか?」
その問いかけに、セリーが表情を引き締めた。
「はい。先ほどお伝えした通り、最上位種のスキル結晶の情報を確認しました。八十八階層までに出現する最上位種については網羅してあります」
おー。さすが帝国解放会。重要な情報が集まっている。
「他には初代皇帝が倒したという、クーラタルの迷宮八十九階層と、九十階層のボスの名称が分かりました」
「えっ!? そうなのですか!?」
バスルームにミリアの驚いた声が響いた。
一方、ロクサーヌは呟きを漏らす。
「現在では不明とされていた八十九階層以降のボスの名称が伝わっているのですね……」
彼女たちの様子を見守っていると、セリーがその名称を口にする。
「八十九階層のボスでスライム系の最上位種となる魔物の名称はガムスライム。そして、九十階層のボスで亀系の最上位種となる魔物の名称はイモータルタートルです」
それを聞いたロクサーヌとミリアは感心したように頷いていた。
へー。ガムスライムにイモータルタートルねぇ。
ただ、名称は判明したものの、特徴やドロップアイテムについては伝わっていないらしい。
そのほかの情報としては、やはり帝国解放会ではハチのスキル結晶は有用とされており、パーティーメンバー全員のミサンガにこれとコボルトのスキル結晶を融合して、ダメージ逓増のスキルを付けた上で、迷宮討伐を成し遂げた者もいるとのことだ。
「通常なら六人分のアクセサリーを用意するのは大変ですが、私たちにはご主人様の鑑定があります。スキル結晶さえあれば問題なく作ることが可能でしょう」
「ええ。ご主人様はこの世界で唯一無二の能力を持つお方ですから」
ドヤ顔を決めているロクサーヌの言葉にミリアも続く。
「はい。こんなことができる人なんて他には絶対にいません」
うん、まあ、貰い物の能力だけどね。
「誰の攻撃が当たってもダメージ増加の割合は上がっていきますので、私たちが魔物に攻撃することでご主人様のトリプルアタックの威力を引き上げることが可能となるでしょう」
なるほどな。増加する攻撃倍率が微々たるものだったとしても、トリプルアタックの攻撃倍率に乗算された場合、大きな効果が望めるわけか。
たとえば戦士や剣士の上位ジョブが持つ攻撃スキルの倍率が三倍だったとすると、三掛ける三掛ける三で二十七倍。
仮にダメージ逓増のコンボで一・一倍まで引き上げられていた場合、えーっと……。
……カルクを使おう。
ジョブを入れ替え再度計算を行う。
二十七掛ける一・一倍で攻撃倍率は二十九・七倍。
さらに、一・五倍になれば、四十・五倍だ。
そう考えると、かなりぶっ壊れている気がするぞ。
しかし、パーティーの全員がこのスキルを持っていない場合はコンボの継続が困難で、効果を発揮できないだろう。
それに、ボーナスタイム時は俺しか攻撃を入れることはできないだろうし、そこまで倍率を上げるのは難しいかもしれない。
でもまあ、ないよりあった方がいいのは確かだ。
複数スロットのアクセサリーと、コボルトとハチのスキル結晶を六個ずつ揃えることにしよう。
三人と話し合い、明日はルークにハチのスキル結晶の買い注文を出すことにする。
風呂から上がれば、次は夕食の時間だ。
配膳を整え料理が卓に並んだところでそれぞれのコップに氷を落とす。
続いて、昼前に仕込んでおいたコーラシロップを一、シュタルクセルツァーこと炭酸水を五の割合で注いでいくと、細やかな泡がぷくぷく立ち上り、独特な香りが鼻先をくすぐった。
「わぁ! シュワシュワ音がして、なんだか楽しいですね!」
ミリアの声にセリーが続く。
「シュタルクセルツァーですか? かなり高価なものだと聞いたことがあります」
どうやらセリーは存在を知っていたらしい。
「音だけではなく、甘くてスパイシーでとても刺激的な香りです」
ロクサーヌはうっとりした表情で、スンスンと匂いを確かめていた。
その音と香りに、ロクサーヌもセリーもミリアも瞳をキラキラと輝かせており、期待が高まっていることが見て取れる。
準備が整い、食事の挨拶を済ませてコーラを口に含んだ。
うん、オッケー。市販のコーラとは違うが、これはこれで十分に美味い。
満足のいく味になっていることを確認していると、三人も一斉にコップを手に取った。
そして口を付けた瞬間、ダイニングにロクサーヌの声が弾んだ声が響く。
「美味しい! こんなに美味しい飲み物を作れるなんて! さすがご主人様です!」
さすごしゅを頂戴していると、セリーとミリアからも声が上がる。
「刺激が強いのに、すっきり爽やかな味わいで清涼感がありますね」
「すごい! 口の中がパチパチしています! それにとっても美味しいです!」
彼女たちは笑い合いながら、嬉しそうにコーラを飲み続けていた。
大切な女性たちがこうして喜んでくれるのは、本当に嬉しいよなぁ。
作った甲斐があったというものだ。
次はアイスも用意して、コーラフロートでも作ろうかな。絶対に喜んでもらえるはず。
その後、お土産でもらったドワーフ殺しがあったので、それも出してみたのだが、ロクサーヌとミリアは興味を示さなかったため、独り占めできたセリーは嬉しそうに飲んでいた。
温かな笑い声に包まれた食卓に幸せを感じつつ、食事を楽しむ。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv41 勇者Lv24 遊び人Lv50 英雄Lv50 魔道士LV39
装備 サンダル 身代わりのミサンガ
ロクサーヌ ♀ 16歳
巫女Lv24
装備 サンダル 身代わりのミサンガ
セリー ♀ 16歳
鍛冶師Lv25
装備 サンダル 身代わりのミサンガ
ミリア ♀ 15歳
戦士Lv25
装備 サンダル 身代わりのミサンガ
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春の71日目