食材の買出しを済ませて自宅へ戻り、ロクサーヌたちに見送られながらボーデの宮城へ飛ぶ。
ゲートを抜けた途端、馴染みの騎士がこちらへ気付き、すぐに声を掛けてきた。
「アユム殿。閣下とカシア様が執務室でお待ちです。そのままお進みください」
カシアも同席するのか?
ということはセ二号作戦の進捗確認ではなく、帝国解放会への入会を労う場なのかもしれない。
執務室へ足を踏み入れたところ、公爵夫妻に加え、ゴスラーの姿もあった。
促されるまま夫妻の正面に腰を下ろすと、二人は整った顔に柔らかな笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
随分嬉しそうな顔をしてるなぁ。一体どんな話をされるのやら。
「心配などしておらなんだが、やはり滞りなく帝国解放会への入会を果たしたな。さすがはアユム殿」
おっと。改めてお礼を言っておかないと。
「ありがとうございます、公爵閣下。この度は帝国解放会という有益な組織へお誘いいただき、心より感謝申し上げます」
そう言って深々と頭を下げる。
「いや、その方を勧誘したのは余も利益を見込んでのこと。殊更にかしこまる必要はない」
まあ、俺を自分の派閥へ取り込もうという思惑があってのことなのだろう。
しかし、たとえそうだとしても、勧誘してもらったことには感謝しかない。
一頻り帝国解放会についての話をしたところで、公爵とカシアは目を合わせて頷きを交わす。
目と目で通じ合ってんなぁ。結婚記念日とか十一月二十二日にお祝いをしてそうな二人だわ。
まあ、この世界の暦にそんな語呂合わせはないんだけどね。
どうでもいいことを考えつつそのやり取りを眺めていると、カシアが静かに口を開いた。
「先日、エルフの長老であり、わたくしの実家セルマー伯爵家の首領、そして一族の女性を取りまとめている、カッサンドラ様というお方のもとで会合がございました」
端正な面差しに微笑をうかべながら、言葉を紡ぐ。
「カッサンドラ様は、一族の女性を常に見守り、何か困ったことがあれば手を差し伸べてくださる慈愛に満ちたお方。それゆえ、おばば様と呼ばれ尊敬を集めております」
え? あ、はい。
でも、それは俺に関係ある話なの?
疑問を抱いたものの、カシアの話は続く。
「おばば様は大変お優しいのですが、親身になりすぎるあまり少々お小言が多いのです。それを厭い、ルティナは長らく会合に参加していませんでした」
原作の描写を思い出すに、カッサンドラ婆さんは言葉が辛辣で、さらに偏屈な印象が強かった。
貴族としての義務を果たしていないセルマー伯爵領の現状なら、厳しい叱責を浴びたことだろう。
「ですが、先日の会合にはルティナも出席していたのです。聞けば、アユム様の助言に従い英才教育を受け、魔法使いへのジョブ変更が認められたのだとか。そしてノルトセルムの迷宮に挑み、魔法で魔物を倒したと誇らしげに語っておりました」
おお! マジで! アドバイスを素直に聞いてくれたのか!
セルマー伯を説得し、真面目で有能な騎士を探し出してパワーレベリングをした上で、無事ジョブ変更を果たしたんだな。
きっと今後は自分の魔法でガンガン魔物を狩っていくことだろう。
思わず頬が緩みそうになったが、公爵の顔に一瞬だけ何とも言えない微妙な表情が浮かぶ。
ああ。そりゃそうだよなぁ。
ルティナが迷宮に入るようになるってことは、迷宮を放置している咎によりセルマー伯爵を討つという大義名分が少なからず揺らいでしまう。
ほんと、余計なことをして申し訳ない。
心の中で頭を下げていると、カシアはいたずらっぽい眼差しを向けてきた。
「あの娘はアユム様に計り知れぬ感謝を抱き、またお人柄についてわたくしにあれこれと尋ねては一喜一憂しておりました。アユム様? どうやら妹の心をすっかり奪ってしまったようですね?」
ちょっとー。この奥さん、明らかに俺をからかおうとしてるんですけどー。
でも、美人にからかわれるのって、ゾクゾクしちゃうんですけどー。
ニチャッとした笑みが浮かびそうになるのを堪えつつ、彼女の言葉に答える。
「私の助言がルティナ様のお役に立ったのであれば、これほど幸せなことはありません」
「ふふ。そうなのですか?」
カシアは含み笑いを浮かべたが、すぐにその笑みを引き締め、声色を改めた。
「ではルティナのためにも、いずれセルマー伯爵領に巣食う迷宮の討伐にお力添えをお願いいたします」
この件は以前にも頼まれた。
公爵夫人である彼女が、俺のような一冒険者にまで縋るのだ。自分の故郷を守ろうという切実な思いが痛いほど伝わってくる。
「カシア様。以前にも申し上げましたが、私はあの愛らしいご令嬢が健やかに暮らしていけるよう、微力ながら力を尽くします。また、ルティナ様ともいずれはセルマー伯爵領の迷宮討伐に協力させていただくことをお約束しております」
そう告げるとカシアの表情が和らぎ、ほっとしたように肩の力が抜けた。
「そうでしたね。ルティナとも約束をしておりましたね」
「はい。どのようなことがあろうとも私がこの約束を違えることはありません」
たとえルティナが仲間にならなかったとしてもだ。
セルマー伯爵領の迷宮は全て潰してやるさ。
その後、カシアからルティナの近況を教えてもらう。
あの娘はひもろぎのスタッフを片時も手放さず、まるでお守りのように身近に置いているらしい。
それに、以前はわずかに見え隠れしていたという他種族への偏見も、すっかりなくなったようだとのこと。
そうだったのか?
俺が実際に顔を合わせたときには、そんな素振り一切なかったぞ?
もしかすると、ハルツ公の随行者という立場であの場にいたため、表に出さなかったのかもしれない。
まあ、セリーの根深いエルフ嫌いや仲買人嫌いに比べれば遥かに可愛げがあるし、表に出さない分別があるのなら何も問題ない。
セリーのソレはガチだからなぁ……。
いや、あの娘もハルツ公爵家の面々の前ではさすがに自重していた。
一応、分別はあるのだ、一応。
帝国解放会への入会も果たしたことだし、そろそろエルフに対する意識を改めてもらう必要があるだろう。
セリーの意識改革について思索を巡らせていたところ、ハルツ公が口を開いた。
「実は先日、領内の村が盗賊に襲われたのだ」
そうなの? ひょっとして、ハインツ一味の残党だったりする?
俺の顔に浮かんだ疑問を読み取ったのか、公爵は首を軽く横に振った。
「いや。インテリジェンスカードの確認をしたのだが、懸賞金もかかっておらぬ無名の集団であった」
ふーん、別口ねぇ。
それにしても、ターレの迷宮にいた連中、ハルバーの迷宮に根を張っていたハインツ一味、そして今回の集団と、ハルツ公爵領だけで三組目。
この世界はつくづく盗賊が多い。まるで胸に七つの傷を持つ男が闊歩する、核戦争後の世界だわ。
「その折にアユム殿が取り戻してくれた決意の指輪を試させたところ、対人強化のスキルが付いていることが確認されておる」
おー。確認が取れたのか。
「もしあのまま金貨二十枚で買い取っておれば、余は物の価値の分からぬ愚か者として物笑いの種になっていたであろう。アユム殿、その方の助言に感謝を」
そう言って彼は軽く頭を下げる。
金貨二十枚で渡すのが惜しかっただけなのに、そんな風に感謝されると逆に気まずいんですけど……。
「私は気が付いたことをお伝えしただけです。それに、すでに過分な対価を頂戴しておりますので、どうかお気になさらず」
そう答えると、公爵だけでなく隣に座っていたカシアまでが頭を下げてきた。
おっ、谷間が拝めた。
決意の指輪の話が一段落したところで、公爵は視線をカシアへと向ける。
「この後は帝国解放会についての話になるゆえ、すまぬがカシアは席を外してもらえぬか」
カシアを外に?
……ということはセ二号作戦についての話があるってことだろう。
彼女は小さく頷き、落ち着いた声音で応じる。
「なるほど……。確かにそのようなお話でしたら、わたくしは席を外した方がよろしいでしょう」
そう言って音もたてずにソファーから立ち上がると、もう一度ルティナの件について丁寧に礼を述べ、優雅な足取りで部屋を後にした。
扉が閉じられ、ゴスラーが無言で立ち上がる。
そして、音を立てて鍵がかけられ密室となった瞬間、室内の空気がぐっと沈み込むように重くなった。
彼は公爵に促され、その隣に腰を下ろす。
「セ二号作戦についてだが、セルマー伯の娘御の件もあり、少々急がねばならぬ」
やっぱりか……。
ルティナが迷宮攻略に乗り出したせいで、セルマー伯討伐の大義名分に綻びが生じてしまったということだ。
「現在、帝国や全エルフ最高代表者会議への根回しを急いでおる。決行は当初、夏の中頃から終わりを予定していたが、おそらく夏の前半に繰り上がるであろう」
マジか……。
原作に比べて時期が大幅に早まっている……。
セルマー伯爵家に飾られているエンブレムを目にした時期が原作より早かったこと。
さらに、今回のルティナの件。
それらが重なり、計画の変更と根回しの前倒しを余儀なくされたのだろう。
これって完全に俺のせいだよなぁ……。
でも、アドバイスをしたことについては、悔いなどない!
……なんて言えれば格好いいんだろうが、ルティナが俺たちの下へ来ない可能性がチラつき、テンションに流された馬鹿な行動を何度も後悔している。
そして、ハルツ公の計画をひっかきまわしていることに対しても、後ろめたさを覚えずにはいられない。
せめて、セ二号作戦と、その際のルティナの救出は絶対に成功させよう。
その後、妙な動きをしないよう釘を刺され、今後も進捗確認を行う旨を告げられて話し合いが終わった。
「何かあればルークを通して連絡を行いますので、その際はこちらへ足をお運びください」
「承知いたしました」
ゴスラーの言葉に相槌を打つと、あちらさんは締めに入ろうとする。
しかし、俺にはまだ用件が残っているため、ここで切り上げるわけにはいかない。
「折り入って、閣下にお願いがございます」
言葉を差し挟むと、ハルツ公の訝しげな視線がこちらへ注がれた。
「ほう? 余に頼み事とな?」
その視線を正面から受け止め、深く頷く。
「はい。以前、公爵領のハーフェンを訪れた折、立派な魚市場を目にいたしました。うちのミリアは釣りが好きでして、もし許されるのであれば、あの漁村で釣りをさせていただきたく」
「ふむ……。ハーフェンは余の領地で最も良質な魚が獲れる漁村。魚好きの猫人族なら確かに気になるか……」
公爵が視線を送るとゴスラーは即座に意を汲み取り、こちらへ顔を向ける。
「アユム殿、以前お渡ししたワッペンをハーフェンの村長へ提示し、閣下の許可を得ているとお伝えください。それなら無下に扱われることはないでしょう」
あ、原作みたいに案内してくれるわけじゃないのね。
でもまあ、ワッペンさえあれば十分事足りるだろう。
「ありがとうございます。閣下のお心遣いにミリアも深く感謝することでしょう」
そう礼を述べると、公爵は口元にニヤリと笑みを浮かべ、愉快そうに言葉を投げかけてきた。
「ところで、この場には余らしかおらぬというのに、アユム殿の口調はいささか堅すぎはせぬか?」
おいおい。ここでタメ口を使えってか。
ちらりとゴスラーへ視線を向けるも彼は涼しい顔をのまま、特に異論を挟む気配はない。
えぇ……。マジかよ……。
……後で不敬とか言わないでくれよ?
「ブロッケン、ゴスラー。二人の心遣いに感謝する。それでは、俺はこの辺で失礼しよう」
もう一度感謝を伝えて暇乞いをすると、公爵は満足げに頷き、ゴスラーも静かに頭を下げた。
それを確認して執務室を後にする。
廊下を歩きながら胸の奥で小さく溜息をついた。
今後もこれをしなきゃダメな感じ?
朝食と食休みを済ませてからクーラタル、ベイル、そして帝都の武器屋と防具屋を回ってみたが、六箇所すべて空振りで終わる。野球ならツーアウトを献上したようなものだ。
結局、セリーがこしらえた装備品を売却するだけで終わってしまった。
うーん……。なかなか厳しい。
バラダム家が装備品を放出するのは、一体いつ頃になるんだろう?
決闘の時期や状況が原作と異なるせいで、全然予想が付かない。
しゃーない。地道に探していくとしよう。
気持ちを切り替え、帝都の高級服屋へ足を踏み入れる。
扉を押し開けた瞬間、品の良い紳士風の店員と、これまで幾度も注文を担当してくれた女性店員が同時にこちらへ気付いた。
二人は深々と頭を下げ、恭しく出迎えてくれる。
俺はミリアを軽く手で示しながら用件を告げた。
「今回は彼女のドレスを注文したい」
二人の店員はさらにもう一度、丁寧に頭を下げている。
「ありがとうございます。それでは別室にてご注文を承りますので、こちらへどうぞ」
どうやら彼女は俺たちの注文の流れをすっかり心得ているらしく、手慣れた様子で三人を奥へ案内しようとした。
おっと、このままじゃ三割引が効かない。
「二人に比べてミリアのキャミソールが少ないので、ドレスと合わせて一着購入しておこう。俺は店の外へ出るから、それも選んでおいてくれ」
俺の意図を察したロクサーヌが、にこやかに微笑みながら答える。
「かしこまりました。それではキャミソールも選んでおきます」
よし、これで三割引はバッチリだ。
彼女たちが奥の部屋へと消えていくのを見届けてから店を出る。
商談室に入り、ソファーに腰を下ろしたところで目の前に座るルークへ声を掛けた。
「それにしても転移ヒツジのスキル結晶には驚いた。さすがルーク、期待以上の働きだ」
すると、彼はトレードマークである胡散臭い笑みを浮かべながら答える。
「ありがとうございます。ですが、あれを落札できたのは私の手柄ではなく、アユム様のお力です」
まあ、一・五倍まで出すと言ってあるし、金に物を言わせたってわけか。
そう考えて納得しかけていると、ルークはかぶりを振った。
「いいえ。そういうことではありません。転移ヒツジのスキル結晶は資金繰りに窮したある家から出品されたもの。その家は屋台骨であった男を失い、厳しい取り立てにあっているのだとか」
なるほど。そういうことね。
「バラダム家か」
「はい。近々の支払いを凌ぐためにスキル結晶を出品したようです」
へー。絶賛、自転車操業中ってわけだ。
「彼らは本当に困っているようで、このままでは債権者に資産を差し押さえられる可能性が高いとのこと。伝え聞く季節末の返済額は今回のような小出しでは到底補える額ではなく、そうなれば一族全員が奴隷へと落とされるでしょう」
俺が出会ったバラダム家の奴らは一人残らずクソ野郎だった。
正直、そんな話を聞いても自業自得だとしか思わないが、中には良い奴もいるんだろうか?
思索を巡らせていると、ルークが声を潜めて話を続ける。
「近々バラダム家からオークションに出品があると思われます」
ほう?
視線で続きを促すと、彼はさらに声を落とす。
「差し押さえとなれば財産は厳しく査定され、二束三文で買い叩かれてしまいます」
まあそうだろうな。
差し押さえたものに対して、わざわざ高額査定をするわけがない。
「現在、バラダム家はこれまで集めた貴重な装備品やスキル結晶をオークションに出すとしきりに喧伝している模様です。聞くところによると、どうやら家宝も手放すつもりなのだとか。おそらく大勢の参加者が集まり、入札額は高騰することでしょう」
なるほどな。原作とは異なり俺が装備品やアイテムを全てかっぱいでる上に、生き残った者も奴隷として売却している。状況はさらに悪くなっているだろう。
仮に原作で温存された品があった場合でも、この状況なら手放す可能性大だ。
そんなものが出品されるのなら、何が何でも参加する必要がある。
それに、家宝というのも気になるぞ。一体どんなものなのだろう?
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
前にも頼んだが、念のために再度念押ししておこう。
思索を打ち切り、ルークへ告げた。
「ルーク、俺たちは朝、昼、晩に食事をとるため家へ戻っているので、伝言が残っていればすぐに確認できる。バラダム家から出品があれば、時間は問わないのですぐに知らせてくれ」
「承知いたしました。そのようにいたします」
「うむ。感謝する」
バラダム家のみなさーん。期待してますよー。
それにしても、先ほど回った武器屋と防具屋に掘り出し物はなかった。
オークションに出さない装備品については、これから放出される可能性が高いだろう。
帝都の高級服屋へ戻る前に、クーラタルの武器屋と防具屋を回ってみるか。
滞りなくスキル結晶の受け取りを済ませたところで、昨日の話し合いで決まったハチのスキル結晶に買い注文を出すことにする。
ダメージ逓増のスキルを有効活用するにはこれが六個必要だからな。
現在の手持ちは二個なので、あと四個は手に入れておかなければならない。
しばらく買い注文を継続することになるだろう。
驚きに目を見開いたルークが思わず声を漏らした。
「現在コボルト、油脂植物、牛、ウサギ、芋虫、トロール、貝、スライム、亀、カエル、鯉、サイクロプス、ハーブ、ゴーレム、鳥、竜の十六種類に買い注文を出しておられます。これにハチのスキル結晶を加えると、十七種類に買い注文を出すことになってしまいますが……」
十七種類。
最上位種のスキル結晶を除けば、半分以上に手を伸ばしている計算になる。
いや、最上位種はどんな種類でも一・五倍まで出すと依頼をかけているし、六十六種類中、五十種類に注文を入れているということだ。
まあ、全ての最上位種にスキル結晶があるのかは分からないが、とんでもない話だろう。
ルークがまるで狂人でも見るような目を向けている理由も分からなくはない。
……だとしても、取引相手をそんな目で見るんじゃありません。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv41 勇者Lv25 遊び人Lv50 魔道士LV40
装備 竜燐の靴 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:2
キャラクター再設定:1
フォースジョブ:7
必要経験値二十分の一:63
鑑定:1
ワープ:1
ジョブ設定:1
三十パーセント値引:63
所持金:15,322,594ナール
春の72日目