午後からは予定通り、三十六階層の探索だ。
待機部屋を探しながらガンガン先へ進んでいく。
ロクサーヌとミリアは壁や天井、それに魔物の体を足場に迷宮内を駆け回っていた。
しなやかな肢体が空中を舞う姿はまさにワルキューレ。
強さと美しさを兼ね備えた姿に思わず見惚れてしまう。
「バーンストーム、バーンストーム」
二人だけで完全に魔物を抑え込んでしまうため、俺の役目といえば槍を構えたセリーの後ろから魔法を撃つだけ。本当に簡単なお仕事だ。
安全第一が信条の上、ヌルゲー大歓迎ではあるものの、さすがにもう少しチャレンジしてもいい気がするな。
一足飛びに五十階層へ挑むなんてのはあり得ないが、ミリアが暗殺者のジョブを取得したらもっと先まで階層を上げるべきなのかもしれない。
……まあ、駄目そうなら尻尾を巻いて逃げ帰るんですけどね。
魔物の群れを薙ぎ払いながら進んでいると、思いのほかあっさりと待機部屋にたどり着いた。
一息ついたら、ポイントの振り分けとジョブの変更をしながらレベルの確認だ。
おっ、勇者と冒険者、それに商人も上がっている。
商人はこれでリーチか……。次にレベルを上げるジョブについて今のうちに考えておかないと。
ロクサーヌとミリアのおかげで戦闘はかなり安定している。
時間当たりの経験値は不味くなるが、知力小上昇を持つジョブを設定して二ターンキルにこだわる必要は薄くなった。
それに遊び人、勇者、魔道士のレベルも上がっているし、それがなくても二ターンキルができる可能性は高いはず。
なにより、ミリアの暗殺者取得も目前だ。それなら盗賊のレベルを上げて博徒の取得を目指した方がいいだろう。
方針が定まったところで三人のレベルを確認すると、ロクサーヌの巫女が28になっていた。
おっしゃ。実に順調。
一頻り喜びを分かち合ったところで、ボス戦の準備を再開する。
準備が整うと、いつものようにブリーフィングだ。
「セリー、ボスについて教えてくれ」
「かしこまりました」
彼女は頷きを返すと、真剣な色を帯びた瞳でこちらに向け、癖のあるキュートな声を発する。
「コラージュコーラルのボスはコーラスコーラル。岩のような体に手足や頭部を備えた魔物で、防御力が高く物理攻撃ではなかなかダメージを与えられません。水属性と土属性に耐性を持ち、弱点は火属性です」
まあ、岩みたいな外見なら物理攻撃に強いのも納得だ。
それに耐性や弱点はコラージュコーラルと変わらないんだな。
納得している間にもセリーの説明は続く。
「攻撃方法は水魔法と土魔法に加え、硬い体を活かした体当たりや手の振り回し、それに噛みつきです。どれも食らってしまうと石になる可能性があるので注意してください」
「ご主人様が用意してくださった新しい装備があるのです。三十六階層のボスごときの攻撃を食らうわけにはいきません」
話を聞いていたロクサーヌがドヤ顔でそう言うと、ミリアもフンスとばかりに声を上げた。
「はい! ボスの攻撃は私とお姉ちゃんで全部引きつけてみせます!」
おー。ミリアが燃えている。漫画なら瞳の中に炎が描かれているに違いない。
というか、割とガチでこの二人だけで全ての攻撃をシャットアウトしそうなんだよなぁ。
頼もしい彼女たちの言葉に頷きつつ、セリーは話を進める。
「スキル攻撃は自分の体の周りを覆う、水魔法か土魔法。これは人が使用するウォーターウォールやサンドウォールとは違い、一方向だけではなく全方位を覆うため、発動中は近づくことができません。なるべく攻撃を当て続け、スキルの発動を防ぐことにしましょう」
そんなスキルを持っているのか。発動すると間違いなく戦闘が長引くだろう。かなり面倒だ。
それに、やはり人と魔物の魔法は仕様が異なるらしい。
「さらに厄介なのが歌唱です。歌うことでお互いの能力を高め、物理と魔法の攻撃力や防御力、それから素早さも増していきます。これはスキルではないので詠唱中断の付いた武器で攻撃しても止めることはできません」
バフ持ちは厄介だよなぁ。しかも発動を阻止できないことで、その厄介さに拍車をかけている。
「ただし、その効果が及ぶのはコーラスコーラルだけで他の魔物の能力が高まることはありません。また、コーラスコーラルが一匹になると歌っても能力上昇は起こらなくなります。ボスとして出現する場合は二匹だけですが、三匹、四匹と数が多くなるにつれ、能力の上昇値は跳ね上がっていくそうです」
セオリーとしては速攻で各個撃破って感じかな。
中階層のボスとして出現するのは二匹だけだから問題ないだろうが、六十四階層以降で最大七匹同時に出現するパターンを引いたらかなりヤバそうだ。
それまでにレベルを上げ、装備も整えておかないと。
「残すアイテムはコーラルパウダーで、服用すると一度だけ土魔法を無効化します。強力な土魔法を多用する魔物に対してはかなりの効果を発揮するらしく、これを使用し続けて強力なボスを倒すパーティーもあるのだとか」
へー。魔法の無効化ねぇ。
でも、それより詠唱中断で魔法を潰す方が手っ取り早いと思うんだけどなぁ。
それをセリーに尋ねたところ、呆れた顔で口を開く。
「ご主人様、全員が詠唱中断の付いた武器を持っていることなど普通はありません。それに、どんな攻撃でもかわし続ける人や、常人では不可能な速さで動いたり、常識はずれの攻撃手段を持った人もいないので、倒すまでに相当な時間がかかります。そのため攻撃は絶対に食らうものなのです」
なるほど。確かにその通りだ。
納得していると、ロクサーヌも頷きながら同意を示す。
「セリーの言う通りです。あれほど簡単にボスを倒すことができるのは、世界広しといえども、ご主人様だけでしょう。さすがご主人様です」
ロクサーヌさんや。他人事みたいにさすごしゅを決めているけど、セリーが言った『どんな攻撃でもかわし続ける人』ってのは、君のことだぞ?
俺だけではなく、セリーとミリアも彼女に視線を送っていた。
ロクサーヌは俺たちの視線の意味を分かっていない様子だったが、セリーは咳払いをして話を続ける。
「レアドロップは血赤珊瑚。これはスキル結晶並みに残る確率が低いため、かなりの貴重品となっています。売るところに売れば三千ナール以上の値が付くでしょう」
スキル結晶並みねぇ。
ドラウプニルがあっても金策で狙うのは無理ゲーだな。
まあ、一攫千金なんて狙わなくても、毎日それなりに稼いでいるし、セリーの作る装備品の売却益だってある。そんなギャンブルには手を出さず、地道にいこう。
「コーラスコーラルの情報は以上です」
決意を固めていると、セリーが結びを告げる。
「ありがとう、参考になった。それでは挑むとするか」
その言葉に気合の入った返事が聞こえてきた。
この娘たち、やる気満々だ。ほんと、頼もしいこと。
ボス部屋へ入るとすぐにフロア中央から煙が上がる。
先手を取るため一斉に駆け出し、背後を取るために迂回していると、煙が晴れ魔物が姿を現した。
コーラスコーラルLv36
コーラスコーラルLv36
身体がごつごつとした岩でできており、そこから枝のように手足が伸びている。
見るからにパワー系。一撃の重さは容易に想像がつく。
全身は血を連想させるような赤さで、正直かなり不気味だ。
そして、奴らの方からメロディーのある声が聞こえてきた。
おいおい。マジで歌に聞こえる……。岩が歌うなんてめちゃくちゃ気味が悪い……。
しかも迷宮は薄暗いため、それに拍車がかかる。
だが、怖気づいた俺とは違い、彼女たちは怯むことなく真っ赤な岩に近づき得物を振るい始めた。
ロクサーヌが一匹を受け持ち、セリーとミリアがもう片方に攻撃を加えている。
情けないところを見せるわけにはいかない! 俺も行くぞ!
オーバードライビング
ボーナスタイムを作り出し、セリーとミリアが相手をしている方へ距離を詰め、剣を振りかぶった。
ラッシュ
ラッシュ
スラッシュ
グリップを握っている手に不思議な力が宿り、威力を増した剣身が岩肌を通り抜ける。
セリーとミリアがスローモーションで攻撃を続けてくれているため、ヘイトを気にせずそのままトリプルアタックの乱れ撃ち。
しかし、当然ボーナスタイム一回では仕留めることができないため、効果が切れる前にその場を離脱する。
時の流れが元に戻ると、コーラスコーラルは攻撃を受けながらもギシリと体をこちらへ向けてきた。
頭部らしき部分には横に走る裂け目があり、そこを震わせて絶え間なく歌声が漏れ続ける。
二匹の上げる低音の旋律はフロアの空気をビリビリ震わせていた。
その間も二人は攻撃を続けていたため、奴のヘイトが剥がれてこちらへ背を向ける。
おっしゃ! 第二ラウンド開始!
その後、一匹目をサクッと倒し、ロクサーヌが受け持っていた方もあっさりと片が付いた。
ロクサーヌからさすごしゅをいただきながら内心で呟きを漏らす。
まあ、一匹になった時点でバフが切れていたため、後半は完全に消化試合だった。
かなり厄介な相手のはずだが、オーバードライビングとトリプルアタック、それに腕力二倍に攻撃力五倍、防御力貫通の効果がデカすぎる。
これらがあればボス戦で苦戦することはそうそうないだろう。
我がパーティーはもしかしたら、ガチで対ボス最強かもしれん。
ボスキラーアユムと呼ばれる日も近いかもな。ふふん。
ん? あっ。
あまりにもスムーズに倒せてしまったため、思わず貰い物の能力で自画自賛してしまった。
いかんいかん。油断大敵、火がぼうぼう。勝って兜の緒を締めよだ。
それに、キャラクター再設定に対して後ろめたさを感じる必要はなくても、これを誇るのは違うだろう。反省しなくては。
情緒をジェットコースターのようにアップダウンさせていたところ、ロクサーヌとセリーがドロップアイテムをこちらへ差し出してきた。
手のひらに載っている、小さなカプセル状の物体に鑑定をかける。
コーラルパウダー
コーラルパウダー
当然、血赤珊瑚がドロップするはずもなく、コーラルパウダーが二個。
そりゃそうだわな。スキル結晶並みってんなら、そう簡単に手に入るはずがない。
受け取ったそれをアイテムボックスにしまいながら、気になっていたことを尋ねてみる。
「これはどうやって使うんだ?」
すると、セリーではなくロクサーヌが答えてくれた。
「そのまま服用します。スカラップシェルの残す、火属性の魔法を打ち消す効果を持ったスカラップエキス。メカグラディウスが残す水魔法を打ち消す効果を持ったグラディウスオイル。そして、バットバットが残す風属性の魔法を打ち消す効果を持ったバットブラッド。全て同じです」
床に落ちたものを飲み込むの? そのまま経口摂取なんて絶対に嫌なんですけど……。
これって洗っても大丈夫なんだろうか……。
確認したところ、カプセルっぽい見た目ではあるが、洗っても水に溶けることはないらしい。
また、カプセルを壊して中身を直接服用した場合、魔法を打ち消す効果はなくなるそうだ。
オッケー。よく洗った上で保管しておこう。
安心したところで、さらに気になることが出てきた。
スカラップシェルは原作でも名前は出てきているし、ホタテの魔物なんだろうなと想像がつく。
バットバットは間違いなく、コウモリ系の上位種だろう。同じ言葉の繰り返しが気になるが、これもいったん置いておく。
……メカグラディウスってなんだ? メカでグラディウス? なんか宇宙を駆ける戦闘機を連想しちまうぞ。
「メカグラディウスっていうのはどんな魔物なんだ?」
問いかけたところ、ミリアが瞳を輝かせながら興奮したような声を上げる。
「ブラックダイヤツナのボスで、槍のように鋭く突き出した上顎が特徴の海水魚系の魔物です! グラディウスオイルの他に、レアドロップとして腹身という食材を残すことがあるんですよ! 上質な脂が乗っていて、煮てよし、焼いてよしで、どんな調理法でも美味しく食べられるそうなんです! 絶対にいつか食べようと思います!」
あ、はい……。それじゃあ、私もそのお手伝いをさせていただきます……。
いきなりスイッチが入ってしまった彼女に、俺だけでなくロクサーヌとセリーも戸惑っているようだった。
装備を換え、ボーナスポイントの振り分けとジョブの変更をしながら思索を巡らせる。
槍のような上顎に腹身か。メカグラディウスというのは、おそらくメカジキのことだろう。
きっとメカはメカジキからで、グラディウスは英語名か学名あたりか?
この世界に来た以上確かめる術はないが、そんな別名があったんだな。
アカデミックな考察をしながら、次の階層へ進む準備を行う。
田川 歩 男 18歳
遊び人Lv52 勇者Lv38 冒険者Lv48 魔道士Lv47 商人Lv49
装備 ひもろぎのカッカラ ダマスカス鋼の盾 ズケット 頑強のアルバ 身代わりの竜革グローブ オラクルビットローファー よりしろのイアリング
ロクサーヌ ♀ 16歳
巫女Lv28
装備 強権のエストック 剛健のダマスカス鋼盾 オラクルティアラ 頑強の竜革ジャケット 剛腕の古代樹手甲 セブンリーグブーツ 身代わりのミサンガ
セリー ♀ 16歳
鍛冶師Lv27
装備 強権のダマスカス鋼槍 耐風のダマスカス鋼額金 ダマスカス鋼のチェインメイル ダマスカス鋼のガントレット オラクルダマスカス鋼グリーヴ 身代わりのミサンガ
ミリア ♀ 15歳
戦士Lv28
装備 強権のレイピア オラクル古代樹盾 耐火のダマスカス鋼額金 迅速の竜革ジャケット 頑強の竜革手甲 駿馬の竜革靴 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:0
キャラクター再設定:1
フィフスジョブ:15
詠唱短縮:1
必要経験値二十分の一:63
結晶化促進八倍:7
獲得経験値二十倍:63
所持金:3,036,976ナール
春の79日目