異世界迷宮へ行ったなら   作:三星織苑

228 / 300
226 ワッペン

 

 

 

 

 

ハルバーの迷宮三十六階層

ボス部屋

 

 

 

 

 

 三十七階層から出現するようになる魔物についてセリーに尋ねると、返ってきた答えはホワイトキャタピラーだった。

 あの白い芋虫とはベイルやクーラタルの迷宮で戦ったことがあるため、予習はバッチリだ。

 しかも、あの頃とは違いロクサーヌが大幅なパワーアップを遂げている上に、ミリアだって仲間に加わっている。

 油断は禁物だが、必要以上に恐れる相手ではない。

 たとえ出現数が増えようとも、そんなの関係ねぇ。そんなの関係ねぇ。はい、オーシャンパシフィックピースだ。

 

 海パン一丁で手をブンブン振り下ろしている自分を想像してしまい、慌てて脳内からそいつを追い出した。

 

「では、先へ進もう」

 

 そう告げると、三人は一斉に答える。

 ロクサーヌの美しく澄んだ声。セリーの特徴的で愛らしい声。ミリアのちょっと高めで張りのある元気な声。

 三者三様の美しい声が重なり合い、まるで和音のように迷宮へ広がっていった。

 

 

 

 

 

ハルバーの迷宮

三十七階層

 

 

 

 

 

 三十七階層へ上がり、いつものように右手法で通路を進んでいるとすぐに魔物と鉢合わせる。

 だが、強さが増しているはずなのにダブルスペル二回で靄となって消えていった。

 遊び人、勇者、魔道士、商人のレベルがだいぶ上がっているからな。この結果にそれほど驚きはない。

 

「問題なさそうだな。このまま待機部屋を探して探索を続けよう」

「ご主人様! この様子だと三十八階層でも戦えるはずです! なるべく早く待機部屋を探し出しましょう!」

 

 我が最愛の女性は期待に満ちた瞳を向け、尻尾をブンブン振っている。

 その熱は彼女だけにとどまらず、セリーとミリアも同じように目をキラキラ輝かせてこちらを見つめていた。

 

 この娘たち、完全にやる気スイッチがオンになっているぞ。

 うん。まあ、やる気があることはいいことだ。

 

「分かった。では頼むな」

「はい! お任せください!」

 

 力強く答えて通路へ踏み出したロクサーヌの背を追い、俺たちも歩みを進める。

 

 もっとも、早めに待機部屋を探すと言っていたものの、ロクサーヌ師匠が近くにいる魔物を見逃すはずもなく、その鼻にヒットする度に魔物の下へ案内され、行き掛けの駄賃とばかりに狩っていく。

 結局、いつものサーチアンドデストロイに落ち着くわけだ。

 まあ、レベル上げが第一だし、何も問題ない。

 

 

 

「ご主人様、そろそろ夕方になります」

 

 魔物を薙ぎ払いながら進んでいくと、やがていつもの言葉が聞こえてくる。

 迷宮を出る準備に取り掛かろうとしたところで、ポイントが1余っていることに気が付いた。

 

 おっ。遊び人のレベルが上がったのか。

 

 そのポイントを鑑定に振って確かめてみると、遊び人のレベルが53になっている。

 しかし、その他のレベルは上がっていないし、他の三人も同様だ。

 明日に期待ってことで、今日はお家に帰るとしますかね。

 

 

 

 

 

 翌日も同様に待機部屋を探しながら進軍を開始する。

 ロクサーヌとミリアの動きは戦闘を重ねるたびにどんどん洗練されていき、まだ二日しか経っていないというのに、既に目で追うのも難しいほどの軌道で迷宮内を駆けまわっていた。

 

 君らは立体起動装置を身に着けたアッカーマンか。

 

 やっぱり二ターンキルにこだわらず、一匹当たりの獲得経験値を増やす方向にシフトした方がよさそうだな。

 

 そんなことを内心で呟きつつ、ダブルスペルをぶっ放す。

 

 

 

「ご主人様、そろそろパン屋が開く時間です」

 

 進撃を続けていたところで、ロクサーヌからタイムアップを告げられた。

 彼女たちが朝食の支度をしている間にボーデへ行く必要があるからな。早いところ迷宮を出よう。

 

 戻り支度をしながらレベルの確認をすると、ミリアの戦士が29になっていた。

 

 おっしゃ! あと1だ! あと1で暗殺者を取得できる!

 

 暗殺者の能力を最大限活かすためには、博徒の存在が欠かせない。

 俺の方も商人が50になったら盗賊にジョブ変更して、博徒の獲得を目指そう。

 それに、武器の用意もしておかないとな。

 

 現在、ウサギ、サンゴ、潅木のスキル結晶は手元にあるが、コボルトのスキル結晶は一つだけ。

 次回の受け渡しまでに、ルークが二つ確保していてくれると助かるんだが……。

 

 思索を振り払い、ミリアのレベルアップを伝えてから迷宮を後にする。

 

 

 

 

 

ボーデ

宮城

 

 

 

 

 

 買い物を済ませて自宅へ戻り、その足でボーデの宮城へ飛んだ。

 事前に話が通っているのだろう。エンブレム前に待機していた顔見知りの騎士は、ハルツ公に伺いを立てることなく、直接執務室へ向かうよう促してくる。

 感謝を伝え、ビットローファーで石造りの廊下をコツコツ鳴らしながら歩き出す。

 

 

 

 執務室へ入ると、ニヤニヤ笑みを浮かべたハルツ公と、そんな彼に呆れた視線を向けるゴスラーが目に映った。

 

「アユム殿。先日のオークションでは大立ち回りを演じたそうではないか」

 

 大立ち回りって……。あの野郎、あることないこと吹きこんだに違いない。

 

 ルークのスピーカーっぷりにイラついていたところ、ゴスラーも口を開く。

 

「一千二百万ナール以上を投じ、セブンリーグブーツにフランベルジュ、さらにはスキル結晶まで全て落札したと聞いています。オークションにおいて、ここまで豪気な振る舞いをした者は、そう多くないでしょう」

「ゴスラーの申す通りよ。よもや個人で一千万ナールを超える資金を用意しておったとは余も想像せなんだ。まこと、その方は底が知れん」

 

 どうやら、あることだけを話していたらしい。ルーク、疑ってすまんかった。

 

「どうしてもセブンリーグブーツを手に入れたかったため、横からさらうような真似をしてしまいました。本当に申し訳ありません」

 

 別に悪いことをしたとは思っていないが、円滑な関係を維持するためにとりあえず詫びを入れておく。

 

「なに、不正を働いたわけではなく、正当な競り合いの末にアユム殿が落札しただけのこと。余の見積もりの甘さが招いた結果だ。気に病むでない」

 

 うん。これっぽっちも気に病んでないけどね。

 

「ありがとうございます。閣下の広いお心に救われる思いです」

 

 ほんま、ブロッケンさんの優しさは五臓六腑に染み渡るで。

 

 もう一度頭を下げて感謝を伝えたところで、彼が問いかけてきた。

 

「ところで、叙爵もまだの身でありながら、もう家格を高めるための品を欲しているのか?」

 

 声色は穏やかではあるものの、口元には苦笑が浮かんでおり、ゴスラーの顔にも困ったような表情が浮かんでいる。

 

 うん? どゆこと?

 

 ……あっ。家宝にするつもりでセブンリーグブーツを落札したと思ってんのか。

 いやいや。あれには徹頭徹尾、実用品としての価値しか見出していない。

 別に誤解されたままでも問題ないんだろうが、身の丈に合わない家宝を求めて大金を溶かすような愚か者だと思われたら印象が悪い。

 最悪、『そんな男にルティナを任せるわけにはいかない』ってことになる可能性だって考えられる……。

 

 いかん! すぐに訂正しなければ!

 

「いいえ。そのような意図で落札したのではありません」

 

 その言葉を耳にした途端、二人の視線が鋭さを帯びる。

 そして、ハルツ公が低いトーンで尋ねてきた。

 

「ほう? ではどのような意図であれを求めたのだ? よもや献上品などと申すのではあるまいな?」

 

 こっわ! 勝手な想像で威圧感を放つのはやめてください! アユム君が怯えているじゃないですか!

 

 おそらく貴族や皇族と関係を深めるために落札したと誤解したのだろう。

 以前、宝石入れのアイデアを譲り、鬼ほど高価なコハクのネックレスを献上している。

 まあ誤解するのも無理はないのだが、本当にそんなつもりはない。

 

「そのような意図は毛頭ございません。アレは迷宮探索に用いるつもりです」

 

 その瞬間、彼らの表情が驚愕に染まる。

 

「固有名の付いた装備品を探索にですか!?」

「は? その方、正気か?」

 

 おいおい。酷い言いようじゃないのさ。

 

「はい。高性能な装備品は迷宮で使用してこそ、その真価を発揮します。固定で装備品を授けている存在もそれを望んでいるのでしょう。なので、私はそれを躊躇うつもりはありません」

 

 格好つけたことを言っているけど、他の人とはそもそもユニーク装備の価値が全然違うんだよなぁ。

 セブンリーグブーツ以上のボーナス装備品をいつでも取り出すことができる上、いずれはスキル結晶の融合によって同等の品を製造することも可能になるだろう。

 そのため、最悪ロストしても割り切ることができる。

 

「……耳が痛いな」

「ええ……」

 

 ハルツ公は気まずげに呟きを漏らし、ゴスラーも力なく相槌を打った。

 

 いやいや。ぶっちゃけ適当に言っただけなんで、どうかお気になさらず。

 

 内心でフォローしていると、公爵が表情を改める。

 

「アユム殿の言葉はもっともだが、余らにも立場というものがある。家宝とはその家の格を量る物差しのようなもの。軽々しく使うわけにはいかぬのだ。それは理解していただけようか」

 

 俺とは立場が全然違うんだもん。そりゃそうだ。

 

「はい。私がセブンリーグブーツを普段使いできるのは、まだ何者でもないからこそ。閣下が家宝を軽々しく扱えないのは当然のことかと存じます」

 

 その言葉を聞き、彼らは満足げに頷いていた。

 

 

 

 そろそろ暇乞いを切り出そうかと考えていたところ、ハルツ公が楽しげに話しかけてくる。

 

「セブンリーグブーツの性能は聞き及んでおる。人の域を超える動きを見せたアユム殿がどのような進化を遂げるのか楽しみであるな」

 

 あっ。この人、勘違いしてるぞ。

 

「公爵閣下。セブンリーグブーツは私ではなくロクサーヌが使用します」

 

 その一言に公爵とゴスラーは揃って絶句し、ぽかんと口を開けたまま、こちらを見つめている。

 

 ……どうでもいいけど、顔がいいとこんな表情でも様になるんだな。スゲー格差を感じるわぁ。

 

 

 

 やがて再起動すると、勢い込んで問いただしてくる。

 

「その方ではなく、ロクサーヌ嬢が使うと申すのか!? なにゆえそのような判断に至った!? 固有名を持つ装備品を奴隷に持たせるなど、正気の沙汰ではないぞ!?」

 

 えらい物言いやなぁ……。

 

「以前にも申し上げました通り、ロクサーヌは魔物の攻撃の大半を受け持ってくれています。そんな彼女がセブンリーグブーツを履けば、まさに翼を得た狼。今朝も迷宮内を縦横無尽に駆け回り、頼もしい動きで魔物を翻弄しておりました」

 

 魔物だけじゃなく、修業のときは俺たちのことも翻弄してるんだけどさ……。

 

 

 

 呆気に取られていたハルツ公だったが、一つ息を吐き出し首を横に振る。

 

「どうやら常識ではアユム殿の考えを測れぬようだ。しかし初代様方もまた、常識には収まらぬ存在であったと伝え聞く。そのような者こそが自らの限界を超え、先へ進んでいくのであろうな……」

 

 ゴスラーもその隣で感心したように頷いていた。

 

 いやいやいや! そんな大層なもんじゃないから! 俺を買い被らないで!

 

 

 

 称賛の言葉に居心地の悪さを覚えながら曖昧な返事をしていると、不意にハルツ公の顔に真剣な表情が浮かぶ。

 

「ロクサーヌ嬢がセブンリーグブーツを履いているとなれば、いささか懸念が生じるな。自由民であるアユム殿が共にいるのであれば問題はなかろうが、彼女たちだけで行動していた場合、面倒なことに巻き込まれるやもしれぬ」

 

 それなんだよなぁ。そこら辺の奴らに後れを取るなんてことはないだろうが、万が一がないとは言えない。

 かといって、『俺と一緒じゃないと外出禁止』なんて言えるわけもないし、どうしたもんかなぁ。

 

 頭を悩ませていると、公爵が声を上げる。

 

「ふむ。ゴスラー」

「はっ」

「公爵家のエンブレムが刺繍されたワッペンを三つ用意せよ」

「かしこまりました」

 

 は?

 

 呆気に取られる俺をよそに、ゴスラーは足早に部屋を出ていった。

 公爵はそれを見送り、改めてこちらへと視線を向ける。

 

「余のエンブレムを見せられてなお、無体を働く愚か者など帝国にはおらぬ。しかし、それでも手を出すようであれば貴族であっても斬るがよい。なに、決して悪いようにはせぬ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべつつ、力強くそう断言した。

 

 えー! マジで!? 完全に後ろ盾になってくれるってこと!?

 ほんと、どんだけいい人なんだよ!

 

 ……いや、もちろん純粋な善意だけで動く高位貴族なんているはずがない。

 きっと、俺を派閥に取り込むための布石という側面もあるのだろう。

 

 だが、それがどうした。

 

 何者にも縛られず自由に生きていきたい者にとって、これは首輪や足かせのように感じてしまうに違いない。

 だが俺は独立独歩で生きていけるような人間ではないのだ。

 

 起業をしたり、個人事業主として自分の力で生きていくより、企業の一員として大きな傘の下に守られながら生きる方に魅力を感じてしまう。

 まさに小市民ってやつだ。これまでもそうしてきたし、これからだってそうだろう。寄らば大樹の陰。

 

 派閥に組み込まれる? それに何の問題が? むしろ望むところさ。

 

 ……それにたとえ別の思惑があったとしても、厚意なのは間違いない。

 俺だけでなく、奴隷であるロクサーヌたちの分までワッペンを用意するのは相当なリスクを伴うはず。

 それなのに彼女たちの身を案じてくれた。これが恩でなくて何が恩だ。

 

 男、田川。腹ァ括りやした!

 あっしの命も魂も、これより先はハルツ組に預けやす。

 この度の恩義の深さを思えば、如何なる試練が訪れようと裏切る道理はありやしやせん。

 骨の髄まで渡世一筋、命果てるその瞬間までハルツの親父の手となり、足となり働きやす。

 どうか末長く、この田川を可愛がってくだせぇ。

 

 ……いやまあ、半分冗談だが、恩返しはガチでやるぞ。

 

 決意を固めつつ深く頭を下げ、感謝を伝える。

 

「閣下。この度はこのようなご厚意を賜り、誠にありがとうございます。私に出来ることでしたら、何なりとお申し付けください。微力ながら、お役に立てるよう努める所存です」

 

 彼はくつくつと笑い声を漏らした。

 

「なに、余とアユム殿の仲ではないか。気にするでない」

 

 えっと、あんまり実感がないんですが、あなたと私はどんな仲なんですかねぇ……。

 そちらの中でも親分と子分だったりします?

 

 

 

 公爵と談笑していると、ワッペンを持ったゴスラーが戻ってきた。

 恭しくそれを受け取り、もう一度深く頭を下げて感謝を伝える。

 

「見せびらかすようなことをされては困りますが、もしもの際は躊躇なく使用してください」

「うむ。幸いセブンリーグブーツは見た目だけならただのブーツと変わらないと聞く。ならば、たとえオークション会場で実物を目にした者であっても、気付くことはそうあるまい。それに、奴隷に固有名を持つ装備を預けているなど、誰が想像できようか」

 

 そうだな。彼女たちが奴隷だと気付いている者なら、常識が邪魔をしてその考えにいたらないだろう。

 

「滅多なことは起こらぬはずだが、アユム殿にとってはロクサーヌ嬢らの身が何より大事であろう。万が一があれば遠慮なく使うよう伝えるがよい」

 

 つくづく思う。外見だけではなく心根まで格好いい人たちだよなぁ。

 ハルツ公爵家と縁を結べたことは、本当に僥倖としか言いようがない。

 

「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります」

 

 そう答えると、公爵は満足げに頷いていた。

 

 

 

 その後は言葉遣いをからかわれたり、セブンリーグブーツを身に着けたロクサーヌの動きを見てみたいと言われてしまう。

 せっかちな公爵閣下は今日か明日にでもと言っていたが、ゴスラーのとりなしで後日調整を行うということで落ち着いた。

 まあ、この人たちなら、『ロクサーヌを差し出せ』だの、『ユニーク装備を献上せよ』だのと言い出すはずがない。

 お互い、すでにそのくらいの信頼は築けているのだ。

 

 次回、セ二号作戦の状況確認を行う際に日程を調整することを約束し、その場を辞した。

 

 

 

 

 

田川 歩 男 18歳

冒険者Lv48 勇者Lv38 遊び人Lv53 魔道士Lv47 商人Lv49

装備 オラクルビットローファー 身代わりのミサンガ

 

BP振分 残BP:30

キャラクター再設定:1

フィフスジョブ:15

必要経験値二十分の一:63

詠唱省略:3

鑑定:1

ワープ:1

ジョブ設定:1

MP回復速度十倍:31

 

所持金:3,053,822ナール

 

春の80日目




本日発売の少年エースでついにあの娘が登場しましたね。
ロクサーヌやセリーとも違う魅力にドキドキでした。
戦闘や魚への執着など、漫画での表現が楽しみです。
もちろん、アニメ化したら考査エラーに引っかかりそうなシーンにも……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。