異世界迷宮へ行ったなら   作:三星織苑

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233 変わり者

 

 

 

 

 

ハルバーの迷宮

入口

 

 

 

 

 

 翌日も早朝からハルバーの迷宮へ出勤だ。

 

 入口にいる探索者に最高到達階層を尋ねてみたが、答えは変わらず四十四階層のまま。

 たぶんゴスラー達のパーティーだと思うが、そこに到達してからもう十五日以上経っているよな?

 

 ……いや、おそらく横取りを警戒して階層更新の報告をしていないのだ。

 

 まあ、俺たちは一足飛びに上がるつもりはないので、気にする必要はないだろう。

 

 男に礼を言い、入口を潜った。

 

 

 

 

 

ハルバーの迷宮

四十階層

 

 

 

 

 

 今回からは遂に四十階層。あと十階層で最上階に到達する。

 まだ春の八十日目な上、しかも四人パーティー。冷静に考えればとんでもない話だ

 我ながら、信じられないようなことをしてんなぁ。

 

 朝イチのミーティングでの確認によれば、四十階層から出現する魔物はウドウッド。

 ベイルの迷宮一階層でボスとして登場したあの大木だ。

 中階層で出現した場合、水魔法を使う頻度が上がり、さらに枝のような手を長く伸ばして薙ぎ払うスキル攻撃を繰り出してくるらしい。発動は確実に阻止しないと。

 

 

 

 最初の魔物を倒したところ、パームバウムはワンターンで片が付いたが、当然他の魔物が倒れることはなく、メテオクラッシュを含むトリプルスペルと、バーンストームをもう一発放つ必要があった。

 とはいえ、シングルで沈むなら及第点だ。

 三十九階層でもそうだったのだが、もしかしたらそのときはHPがミリ残りだったのかもしれない。

 

 そして厄介なのが、ウドウッドの巨体を盾にして跳ね回るラピッドラビットとの連携だ。

 小さな体を巧みに隠し、木陰から弾丸のように飛び出してくる。

 回避能力に優れるケモミミーズは鮮やかにそれをさばいてみせるが、俺とセリーは被弾の連続。

 そのたびにロクサーヌ師匠の全体手当ての世話になってしまった。

 思わずオーバードライビングを使いそうになるが、雑魚戦では緊急時を除いては使用しない約束だ。

 そこは忍の一字で痛みに耐え続ける。

 

 

 

 頻繁に攻撃を食らいながら探索を続けていると、やがてロクサーヌからタイムアップが告げられる。

 鑑定で確認してみたが、誰のレベルにも変動はない。

 俺たちもそれなりのレベルになっているわけだし、早朝の短い時間ではこんなものだろう。

 

 さて、今日はトランプの受け取りと釣り具の購入がある。

 さっさと迷宮を出るとしますかね。

 

 

 

 

 

帝都

美術店

 

 

 

 

 

 食事と食休みを済ませたら、まずは美術店へ移動した。

 店内には絵の具と油のだろうか、独特な匂いが漂っている。

 

 カウンターへ近づくと、思いがけない人物が目に飛び込んできた。

 

「タガワ様! ロクサーヌ様! 本日こちらにいらっしゃるとうかがい、朝一番からお待ちしておりました!」

 

 声の主は画家であるドニ。

 目の下に濃い隈を作りながらも、その爛々と輝く瞳は異様な熱気を帯びている。

 

 はあ? 俺たちを待っていた? いったい何の用だ?

 

 名指しされたロクサーヌも、ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら困惑の色を浮かべていた。

 俺たちの様子を見たアンリが、申し訳なさそうに小さく頭を下げる。

 

「驚かせてしまい申し訳ありません。実は既にロクサーヌ様の肖像画が完成しているのです。ドニはそれを一刻も早く皆様にご覧いただきたく、朝からこちらで待っておりました」

 

 三十日かかるって言ってたのに? まだ二十日も経ってないぞ?

 そんなに早く仕上がるなんて、本当にちゃんと描いたんだろうな?

 

 疑念を抱いたのを察したのか、アンリは慌てて言葉を続けた。

 

「私も確認いたしましたが、もちろん問題のない仕上がりとなっておりました。……いえ、それどころか、心を奪われるほどの出来栄えでございます」

 

 そうなん? 美術商がそう言うのなら問題はないのだろう。それなら楽しみだ。

 

 

 

 よほど自信があるのか、ドニは弾むような足取りで店主と共に奥の部屋へと消えていった。

 その背中を見送りながら、ロクサーヌが呟きを漏らす。

 

「……驚きました」

 

 セリーも頷き、落ち着いた声で言葉を添える。

 

「本当ですね。まさかこんなに早く仕上がるなんて思いませんでした」

 

 そしてミリアが感心したように口を開いた。

 

「ずいぶん疲れている顔でしたし、もしかしたら寝る間も惜しんで絵を描いていたのかもしれませんねー」

 

 確かに彼女の言う通り、目の下の隈だけではなく頬もこけていた。

 まともに眠っていないのは一目でわかる。いくらなんでも体を張りすぎだ。

 

 まあ、それだけロクサーヌの魅力にやられてしまったってことなのかもしれない。

 まったく。罪な女性だこと。

 

 

 

 話しながら待っていると、ほどなくして二人が戻ってくる。

 ドニは布をかけられたものを大切そうに抱えて、慎重な足取りで俺たちの前まで来ると、そっと布を取り払った。

 

 その瞬間、思わず息を飲んだ。

 

 笑みを浮かべたロクサーヌが、確かな存在感を放ちながら額の中で佇んでいた。

 飾りの少ないシンプルなドレスなのに、彼女が纏うとまるで王族のためにあつらえた衣装のように感じてしまう。

 頭上に輝くティアラは戦闘に用いる装備品とは到底思えないほど煌びやかで、その魅力をいっそう際立たせる。

 そして、首元を彩る幅広の首飾り。

 黄金の台座に色とりどりの宝石が散りばめられ、白く美しい首筋に映え、それがなんとも艶めかしい。

 

 だが、それらはあくまでも添え物だ。

 最も心を奪われたのは、キャンバスの中のロクサーヌが浮かべている、慈しみに満ち、人々に微笑みかける女神のような神々しい表情。

 ただ絵具を重ねているだけのはずなのに、見つめられていると胸の奥がざわめき、視線を外すことができない。

 

 そこには確かに彼女の息吹が宿っている。

 

「すごい……」

 

 気づけば声が漏れていた。

 

 これまで名画と呼ばれるものを実際に見る機会はなかった。

 だが絵とは、これほどまでに人の心を揺さぶるものなのか……。

 

 ……いや。違うな。きっと彼女を描いたからこそ、こんなにも胸を打つのだろう。

 

 

 

 ふと隣を見ると、ロクサーヌの頬が朱に染まっている。

 自分を美しく描いてもらったことに対する喜び、そして気恥ずかしさを感じているのかもしれない。

 

「あまりにも美しすぎて、私を描いたものだとは思えません……」

 

 いやいや。確かに絵はすごいけど、本物の君は比べ物にならないくらい綺麗だから。

 

 内心でそう呟いていると、セリーが絵に近づき声を漏らす。

 

「筆の跡が見えないほど精微で、ロクサーヌさんが今にも語り掛けてきそうです。こんなに素晴らしい絵は初めて見ました……」

 

 その声はわずかに震えていた。

 普段は理知的な彼女がここまで揺さぶられるのだから、この作品のすさまじさが分かる。

 

「すごい……。まるで本当にお姉ちゃんがそこにいるみたいです」

 

 ミリアは目を真ん丸にして驚きの声を上げた。

 

 うん。俺だけではなく、全員が心を奪われているようだ。

 依頼したときはどうなることかと思ったが、このドニという男、変人ではあるものの腕は確かだったらしい。

 

 感動に包まれていると、店主のアンリが安堵の笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 

「ご満足いただけたようで何よりです。ドニはまだまだ駆け出しではございますが、確かな技術を備えております。それを発揮する機会をいただけたこと、心より感謝申し上げます」

 

 これほどの腕を持ちながら、ドニの見た目はどこか貧相で金に困っているように見える。

 結局、製作者の腕ではなく、身分やコネがある名の知れた画家でなければ作品は評価されないのだろう。

 アンリはそのことに思うところがあるのかもしれない。

 

 俺たちのやり取りを見ていたドニの顔には、疲労だけではなく達成感も宿っていた。

 

「この絵を描く間、幾度も筆が止まりました。ロクサーヌ様の微笑みをどうすれば描き出せるのか……。何度も何度も迷いました。けれど気が付いたのです。表情だけではなく、その空気までも描くのだと。そのためには僕の魂を燃やす必要があるのだと……」

 

 ……何かよく分からないことを言ってるぞ。やはりこいつは相当な変わり者だ。

 

「皆様に、僕の魂が少しでも伝われば幸いです」

 

 彼はそう言って深く頭を下げた。

 

 ……まあ、絵は百点満点中一億点くらいの出来だし、こいつには感謝しかない。

 

「これほどまでに心を揺さぶられるとは思わなかった。ドニ、君は本当にたいした絵描きだな」

 

 その言葉を聞いて、奴の笑みが屈託のないものへと変わる。

 

 

 

 美術品を愛でるような趣味はなかったし、絵の違いが分かるような感性も持ち合わせていない。

 だが、この一枚と出会ったことで、芸術品を見て心が震えるという感覚が理解できた。

 今後はセリーたちの絵も描いてもらう予定だし、なんなら彼の他の作品も見てみたい。

 ここは心づけの一つも渡しておくべきだろう。

 

 芸術家のパトロンになる人の気持ちが、少し分かった気がするな。

 いずれこいつがビッグになったとき、『ドニはわしが育てた』とか言ってみたいもんだ。

 

 えーっと、報酬は金貨三枚だったよな?

 この絵で金貨三枚はどう考えても安すぎる。それと同じ額を追加で渡しておこう。

 

「アンリ殿。これほど素晴らしい絵を描いてもらえたのだ。感謝の気持ちとして、彼に心ばかりだが追加の報酬を受け取ってもらいたい。問題ないだろうか?」

 

 問いかけると、アンリは一瞬驚いたような表情を浮かべたものの、すぐに柔らかな笑みに変わる。

 

「もちろん問題ございません。当店と契約している画家をそこまで評価していただけるとは、こちらこそ感謝の言葉もございません」

 

 確認が取れたところでアイテムボックスを開き、金貨三枚を取り出した。

 

「ドニ。改めて、素晴らしい絵をありがとう。心ばかりだが、感謝の気持ちだ」

 

 俺が差し出した金貨を震える手で受け取り、感極まったように深々と頭を下げる。

 

「こちらこそ過分な評価をいただき、本当にありがとうございます」

「ああ。次はこのセリーの絵を頼む」

 

 その一言を聞いた瞬間、奴の瞳がギラリと光った。

 セリーへギンッと視線を向け、上から下まで何度も往復させたかと思うと、怒涛の勢いで捲し立て始める。

 

「小柄でありながら均整の取れた体躯! 手脚はまるで細工師が線を引いたような美しさ! 宵闇をそのまま糸にしたかのような艶のある黒髪! そこから伸びる耳は神秘を宿しているとしか思えません! 可憐で愛らしい相貌に、儚さと知性を併せ持つ瞳! 通った鼻筋に神がデザインしたとしか思えない輪郭! ああ! この奇跡をキャンバスに留めなければ! もしかしたら僕は彼女を描くために生まれてきたのかもしれない! さあ、すぐに視野記憶を行いますので、別室へ移動しましょう!」

 

 おいおい、一気にアクセル全開やないか。

 

 ……技量は確かなのに、ほんとおかしな男だよなぁ。

 

 当のセリーはジトっとした視線を向けており、ロクサーヌとミリアの顔には苦笑が浮かぶ。

 

 呆れたアンリが、ため息まじりに彼をいさめた。

 

「今日はカードをお渡しすると言っていたはずだぞ。お客様に失礼なことをするんじゃない」

「ああ。そうでしたね。では、すぐに引き渡しを行なってください。視野記憶はそれが終わってからにします」

「その前に契約をしなくてはならないだろう。少しは落ち着け」

「それもありましたね。ではその後にしましょう」

「だから落ち着けと言っている。お客様は普段着なのだ。衣装を変える必要もあるだろう」

「そのままでも十分可憐で愛らしいですが、確かに一理ありますね」

 

 ドニは真剣な表情で大きく頷くと、こちらへ顔を向けた。

 

「僕はこのまま待っていますので、カードの引き渡しと契約が済みましたら、セリー様の衣装替えをお願いいたします」

 

 無敵かこいつ……。絵を描くことしか頭にないぞ……。

 

 セリーだって、どうせ描いてもらうなら入浴して髪や体を整え、カメリアオイルで手入れをした万全の状態で臨みたいはずだ。

 いくらなんでも今日の今日はあり得ない。

 

 奴のテンションに気押されながらも、なんとか反論を試みる。

 

「待ってくれ。俺たちはこの後予定がある。それにそちらもあまり眠れていないようだし、体調を整えた上で制作に取り組んでもらいたい。そうだな……。明日のこの時間ではどうだ?」

 

 少しだけ逡巡したのち、彼は静かに頷いた。

 

「そう、ですね……。自分でも気が付いていませんでしたが、どうやら僕は疲れていたようです……。それを自覚したら、なんだかとっても眠くなってきました……。それでは帰って休むことにします。また明日、お会いしましょう……」

 

 そう言い残し、ゾンビのような足取りでふらふらと店を出ていった。

 

 あいつ大丈夫か? そのまま召されないだろうな?

 

 

 

 それを見送ったところで、大きな息を吐き出し、アンリが口を開く。

 

「ご迷惑をおかけいたしました」

「これほどの絵を描いてくれた画家なのだ。何も問題ない」

 

 いや、問題しかないけどな。

 

「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります」

 

 

 

 その後、まずはカードを受け取って確認を行う。

 

 表には注文通り、数字と図柄が描かれていた。

 一方、裏面はまったく同じ幾何学模様で統一されており、表の模様を判別することができないようになっている。

 オッケー。どこからどう見てもトランプそのもの。いい仕事してますねぇ。

 

 確認を終えて使い心地を確かめるためにシャッフルを試してみた。

 

 うん。全てのカードの形がぴたりと揃っていて、何の問題もない。

 

 そのままカードを切っているうちに、ふと気付く。

 

 ……これプラスチックみたいな感触なんだが、どういうことだ?

 この世界にこんな合成樹脂っぽい素材があるのか?

 

 疑問を覚えたものの、例によってこれも一般常識の可能性がある。

 とりあえず、後でセリえもんに教えてもらうことにしよう。

 

 

 

 絵を受け取ろうとしたところで、またしても疑問が浮かんだ。

 

 この絵、額には入ってるけど、ガラスのカバーがないぞ。

 このままじゃ、汚れたり傷ついたりするんじゃないか?

 

 あ、いや、待てよ?

 そういえば、この世界で見た絵はどれも額には収まっていたが、ガラスは付いていなかった。

 もしかしたら、絵画用の額にガラスをはめること自体がないのかもしれない。

 

 うーん……。これだけの絵をそのままの状態で飾るのは不安だよなぁ。

 

 ……よし。そのうちペルマスクのガラス工房で、ガラスの付いた額を作ってもらおう。

 

 明日の訪問を約束し、ついでに釣具屋の場所を聞いて店を後にした。

 

 

 

 

 

クーラタル郊外

アユムの家

 

 

 

 

 

 絵を抱えたまま釣具屋に行くわけにはいかないため、一度自宅へ戻る。

 

 取付金具は金物屋で探すとして、先ほどの疑問を尋ねてみた。

 

「ああ、それはゼリースライムのボスである、タフィスライムのドロップアイテム、スライムジェルでコーティングされているのです。そうすることにより、傷や汚れに強くなり、水に濡れても問題なくなります」

 

 へー。ずいぶん便利な物があるんだな。

 でも、そんなものがあるってのに、今まで全然見かけたことがない気がする。

 

 再度質問をしてみたところ、彼女は呆れたように俺を見た。

 

「タフィスライムは五十六階層以降のボスです。そう簡単に使用できるものではありません」

 

 なるほどな。トランプは二万二千ナールもしたし、材料費も結構かかっているのだろう。

 

 納得していると、ロクサーヌがドヤ顔で告げる。

 

「タフィスライムごとき、ご主人様なら今すぐにでも倒すことが可能でしょう」

 

 五十六階層やで? 無茶を言いなさんな。

 

「いや、それはさすがに……」

 

 否定しようとしたところで、ミリアもその言葉に乗っかる。

 

「オーバードライビングとトリプルアタック、それにデュランダルがあればどんな相手だろうと、倒せちゃいそうですね」

 

 いや、まあ、うーん……。

 

 ……正直、できなくもないと思ってしまった。

 

 ……いかん、いかん。油断大敵、火がボウボウだ。暴暴茶、毎日ヌんでますだ。

 

 自分を戒めていると、セリーが付け加える。

 

「それにロクサーヌさんの肖像画にもスライムジェルのコーティングがされています。そうすることで、傷や汚れ、変色を防いでいるのです」

 

 あ、そういうことか。

 そんな便利アイテムがあるから、ガラスカバーがされてないってわけだ。合点がいった。

 

 疑問がすべて解決したところで、再び帝都へ戻るためにワープゲートを展開する。

 

 

 

 

 

田川 歩 男 18歳

冒険者Lv50 勇者Lv42 遊び人Lv54 魔道士Lv50 戦士Lv46

装備 オラクルビットローファー 身代わりのミサンガ

 

BP振分 残BP:0

キャラクター再設定:1

フィフスジョブ:15

必要経験値二十分の一:63

詠唱省略:3

鑑定:1

ワープ:1

ジョブ設定:1

三十パーセント値引:63

 

所持金:3,094,273ナール

 

春の84日目

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