異世界迷宮へ行ったなら   作:三星織苑

241 / 300
239 ベスタ

 

 

 

 

 

クーラタル

商人ギルド

 

 

 

 

 

 会場に入ると、熱気と喧騒が入り混じり、空気そのものが揺らいでいるようだった。

 座席はすでに半分以上が埋まっていたため、急いで空いている所へ腰を下ろす。

 

 しばらく待っていると、ほとんどの席が埋まり、人の波もようやく途切れてきた。

 入ってくる人がいないかを確認していたギルド職員が、豪華で重そうな扉を閉じる。

 

 そして、スーツで決めた男がステージに現れた。

 

「紳士淑女の皆様。本日はお集まりいただき、まことにありがとうございます。これより、奴隷商人ギルド主催のオークションを開始いたします」

 

 その言葉に会場からどっと歓声が上がる。

 

 めちゃくちゃ盛り上がってるぞ。

 たぶん、これは魔法使いが出品されていることへの期待なんだろうなぁ。

 

「それでは、最初の出品者の登場です」

 

 オークショニアが呼び込みを行うと、アランとジェニーがステージ脇から進み出て、揃って一礼を行う。

 そして、司会は淡々とした口調で彼女の説明を始めた。

 

「本日最初の出品は、狼人族で十八歳の女性となります。彼女は貴重な回復職である巫女のジョブに就いているだけではなく、見ての通りの美貌に加え、処女となっています。必ずや皆様のご期待に応えてくれるでしょう。最低落札価格は十万ナールからです。それではどうぞ」

 

 その言葉に再びアランが頭を下げる。

 

「十一万」

 

 即座に入札が入り、さらに次々と高値が更新されていく。

 

 どうやら、さすがにユニーク装備が出品されたときとは違い、マナー無用の殴り合いは起きていない。

 今の金額が十万ナール以上だから、最低入札額が一万ナールで、最高入札額は十万ナール。

 これを超える額で入札を行えば、他の参加者たちから報復を受けてしまう。

 ベスタの入札時にそんなチョンボをするわけにはいかない。気を付けておかないと。

 

 

 

「三十八万ナール」

 

 金貨による殴り合いの行方を見守っていると、ここで十倍上げが実行された。

 声の主は出品されているジェニーの身内である、イヴァン・バラダム。

 

 その重々しい声が響いた瞬間、一瞬だけ場内が静まり返る。

 しかし、次の瞬間には再び喧騒が爆発し、怒涛のように入札が繰り返された。

 

 バラダム家は絶対に引く気がないのだろう。その後も十倍上げで他の奴らを牽制し続けている。

 他の者も負けじと高値を更新していくが、次第に振り落とされ、やがて競っているのは二人だけになった。

 一人は言わずと知れたイヴァン・バラダム。

 そして、もう一人は性豪の人間族。

 

 性豪って初めて見たけど、確か色魔の上位ジョブってやつだっけ?

 

 人のことを言えないのは百も承知だが、性豪が美人の処女を狙ってるって、なんかあれだな……。

 

 

 

 二人の戦いは熾烈を極め、金額はついに百万ナールを突破する。

 イヴァンの入札額である百七万ナールに対し、性豪は百八万へ上げるも、そこへさらに十万ナールをかぶせられ、ジ・エンド。見事バラダム家の勝利となった。

 

 アランとジェニーが舞台の奥へ引っ込み、バラダム家の二人も席から離れてそこへ向かう。

 

 それにしても、百十八万ナールか……。あいつらずいぶん身内想いじゃないか。

 原作ではサボーがドリルヘアーを殺っていたし、魔法使いを奴隷として売却していた。

 それを考えると、今の彼らの行動がどうにも腑に落ちない。

 

 ……俺が奴らの持っていた装備品、アイテム、金をすべてかっぱいだことで、バラダム家の状況は確実に原作より悪化しているはず。

 もしかしたら、今まで虐げてきた者たちもそれを理解しており、原作よりさらに厳しい取り立てや責めを受けている可能性がある。

 そのため、身内以外は信用できなくなっているのかもしれない。

 そして、家宝まで売り払って手にした二千万ナール。

 彼らはもう後がない。絶対に躓くわけにはいかないとなれば、その金で奴隷となった身内を買い戻し、外部の力を借りずに立て直しを図ろうと考えたのだろう。

 

 まあ、恨みは消えていないので、今後も苦労は絶えないだろうが、ひとまず一家離散は免れたわけだ。

 

 思索に耽っていると、程なくしてイヴァンが会場に戻り、次のオークションが開始される。

 

 

 

 二番目の出品が終わり、三番目のお嬢様風の女性が七十三万ナールで落札されると、会場のボルテージはさらに一段階上がった。

 口々に声を上げ、そのざわめきが空気を震わせ熱を帯びているかのようだ。

 

 次はいよいよ今日の目玉となる魔法使い。

 どいつもこいつもギラギラした目でステージを睨みつけている。

 それほどまでに魔法使いは数が少なく、貴重な存在なのだろう。

 

 ステージ上に出品者のアランと魔法使いのエリクが現れると、場内のざわめきがさらにボリュームを増した。

 

「次の出品は、皆さんお待ちかねの魔法使いです」

 

 オークショニアの声が響くや否や、地鳴りのような歓声が湧き起こり、思わず首をすくめてしまう。

 

 お前らテンション高すぎやろ。

 ギャーギャーギャーギャーやかましいんだよ。発情期ですかコノヤロー。

 

 ビビったのを誤魔化すため、内心で毒づいていると、オークショニアが再び声を張り上げる。

 

「狼人族の男性で、年齢は二十七歳。迷宮探索の経験も豊富となっております。最低入札価格は二十万ナール。それではどうぞ」

 

 その声を合図に、会場全体が爆発したような勢いで次々と声が上がっていく。

 金額は瞬く間に跳ね上がり、五十万ナールを軽々と突破した。

 だが、それでも勢いは止まらない。

 

 とんでもねぇなぁ……。

 

 その様子を眺めていると、価格はさらに加速し、大台へと迫る。

 

「百万ナール!」

 

 叫び声を上げると同時に、男が勢いよく立ち上がった。

 その姿を見て、思わず目を見開いてしまう。

 

 白金貨おじさん! 白金貨おじさんじゃないか! ここでお前がくるのかよ!

 

「百一万ナール」

 

 しかし、その直後にあっさり更新され、彼は愕然とした表情を浮かべ、ゆっくりと腰を下ろした。

 

 ああ。やっぱ上限は白金貨だったのね。

 そりゃ今回はノーチャンスだわ。ご愁傷様。

 

 肩を落とすその姿は哀愁を誘ってやまない。

 

 まあ、今回はすっぱり諦めて、次の機会に備えて貯金をするといいよ。

 

 

 

 その後も入札は止まらず、数字はガンガン跳ね上がっていく。

 やがて、ついに百三十万ナールを突破した。

 

 エグイな……。

 いや、人ひとりの命の価値と考えるとめちゃくちゃ安いのかもしれない。

 しかし、ロクサーヌが六十万ナールだったことを考えると、信じられないような金額だ。

 いかに魔法使いが希少なのかを思い知らされる。

 

 そして、その金額についていける者は限られていた。

 現在、入札を行っているのは二人。

 片方は言うまでもなくバラダム家の当主イヴァン。

 そしてもう一方はレベル37の冒険者。

 レベルから推測するに、迷宮討伐を成し遂げるための戦力を欲しているのだろう。

 

 お互い一歩も引くつもりはないらしく、完全にノーガードの殴り合いだ。

 しかし、金額が百五十万ナールを超えたところで、冒険者のコールが止まる。

 悔しげに歯を食いしばり、体を震わせているのが見えた。

 

 半分以上俺のせいだが、バラダム家には潤沢な資金がある。

 どれだけ粘ろうとも勝ち目はないだろう。

 

 ……まったく関係ないけど、オークションサイトで競り合っている奴らを見てると、いたずらに入札したくなることってあるよね。

 全然欲しくない物なのに、スリルを求めて入札したい衝動に駆られるんだよなぁ。

 もっとも、もし落札してしまったら面倒なことになるから、実行したことはないんだけどさ。

 

 まあ、そんなことをしたら確実に恨まれるだろうし、俺の中のいたずらっ子には大人しくしていてもらおう。

 

 益体もないことを考えている間に、百五十二万ナールで落札となった。

 アランとエリクがステージを後にし、イヴァンとステンも立ち上がって奥の方へと消えていく。

 

 結局、バラダム家が買い戻したってことか。

 巫女さんが百十八万ナールで、魔法使いが百五十二万ナール。二人合わせて二百七十万ナール……。

 めちゃめちゃ高い。

 確かにめちゃめちゃ高いが、ひもろぎのカッカラは三百万ナール近かったわけで、そう考えると本当に人の命が安い世界だよなぁ。

 

 あっ、でも、日本だって死亡事故の賠償金は大体三千万円前後だったはず。

 もちろん売り買いしているわけではないが、つまり人の命をそのくらいと見積もっているわけだ。

 

 二人分だと六千万円……。

 

 高級車やヨット、クルーザーならそれ以上の金額もザラだろう。

 それらの趣味がある人は、二人分の命以上の物品を手に入れているのか……。

 

 そう考えると、日本でも命の価値はそう変わらないのかもしれない。

 

 

 

 思索に耽っていると、何人もの人が席を立ち、出口へ向けてぞろぞろと移動し始めた。

 

 ……どうやら魔法使い以外は眼中にない連中が多いらしい。

 興味がないなら時間の無駄だというのは理解できるが、途中退場なんてめちゃくちゃ感じ悪い。

 やるならコソコソ抜け出すべきだろう。あんな堂々となんて、俺には絶対無理だわ。

 

 お寒い空気の中、次の出品者がステージへと上がる。

 

 

 

 人は減ったものの、その後も滞りなくプログラムは進行していく。

 特に注目している者もいないため、その様子をぼんやり眺めていると、剣豪のロランがステージに姿を現した。

 

 おっ。金髪イケメン様のご登場だ。

 

 ご婦人方がにわかにざわめき出し、再び会場に熱気が戻る。

 長い金髪が輝くさまは、まるで役者が舞台に立っているかのようだ。

 

 入札が始まると、身なりの良いマダムたちが金貨で殴り合いを始めた。

 もちろん男連中も声を上げているが、勢いがあるのは圧倒的に女性陣。

 

 うーん……。あの男の望みは叶わないかもなぁ。

 

 そう思っていると、前の席に座っている男たちがヒソヒソ話し始めた。

 

「上位ジョブだし剣豪も悪くないんだけどな」

「確かに攻撃力だけ見ると圧倒的だよな」

「でもこの後に竜騎士が出るから、どうしてもそっちと比べちまう」

「まあな。竜騎士は攻撃力もある上に、防御性能が段違いだ。その二つを比べたらどうしても竜騎士に軍配が上がる」

「同じ日に竜騎士が出品され、さらに順番も前になっちまってるからなぁ。せめて後だったら次点として狙うやつも多かったろうに」

「あの出品者も運が悪いこった」

 

 あー、鑑定がないとそんな判断になるのか。

 あのロランという男は中級ジョブである剣豪のレベルを27まで上げている。

 対してこのあと出品される竜騎士のレベルは1。

 

 竜騎士のジョブを取得する条件は、村人のレベルを5にすることと、一人だけで魔物を倒すというもの。

 前者はともかく、原作によれば後者は一般に知られているようだったし、竜騎士になること自体はそう難しいことではない。

 その楽に取得できるであろう竜騎士のレベルが1ということは、あの男はほとんど魔物と戦った経験がないと思われる。

 つまり、経験やセンスなども含めた実際の戦闘能力には大きな隔たりがあるだろう。

 

 確かに竜騎士の将来性はかなりのものだろうが、入札に参加する奴らは即戦力を求めているはず。

 だが、あの竜騎士が高階層で戦えるようになるまでは、少なくとも十年はかかるんじゃないか?

 言い方は悪いが、粗悪品をつかまされるようなものだ。

 ……うん。本当にめちゃくちゃ言い方が悪いな。

 

 

 

 いかにも富豪といった女性たちがガンガン価格を吊り上げていくが、そのたびにロランの表情は曇り、顔色もどんどん悪くなっていく。

 

 うーん……。彼の戦闘者としての人生はここで途絶えるのかもしれない。

 哀れだと思うが俺にはどうすることもできない。

 彼の第二の人生に幸多からんことを。

 

「四十万ナール」

 

 そんなことを考えていると、価格は原作のミリアと同額まで上がっていた。

 コールしたのは四十八歳の女性色魔。

 そして、他のご婦人方は悔しそうにその女性を見つめている。

 

 なんというか、その、第二の人生に幸多からんことを……。

 

 ……それにしても、さっきの性豪もそうだったが、これを見ると色魔系のジョブが敬遠されるのも分かる気がするなぁ。

 まあ、お前が言えたことかと言われれば、返す言葉もないわけだが……。

 

 とはいえ、ご多分に漏れず彼女もこの世界の人らしく、かなりの美人さん。

 同じ種族の俺には年齢がいっているように感じるが、彼の目では若く見えるはず。

 なら自分の運命を受け入れて、その境遇を楽しんではどうだろう?

 

 ……ん? あっ。他人事だと思って我ながら最低なことを考えてんなぁ。反省しないと。

 

「四十一万」

 

 猛省をしていると、会場に凛とした声が響いた。

 視線を向けると、ピンと立ったイヌミミを持つ女性の姿が目に入る。

 クリーム色の髪にブラウンの瞳。意志の強そうな眼差しが印象的な美人さん。

 座っているためスタイルは分からないが、胸部のラインははっきりと分かるほど豊かだった。

 

 とりあえず鑑定っと。

 

ヴァラ・ドラガン ♀ 25歳

冒険者Lv21

装備 加速の竜革靴 身代わりのミサンガ

 

 おっ? 冒険者のレベルが21で戦闘用の靴を身に着けている。間違いなく迷宮探索をしている者だろう。

 しかも年齢も二十五歳で、まだまだ伸び代がありそうだ。

 購入されるならこれ以上ない相手な気がするぞ?

 

 その隣に座っている女性が彼女に何かを話しかけている。

 こちらはブラウンの髪で青い瞳。虹彩が大きく、垂れ目がちなその表情は柔らかく優しい印象を与える。

 例によって顔立ちは整っており、そして胸部装甲は隣の冒険者を上回っていた。

 

 こっちも鑑定っと。

 

ミレナ・リーヴェル 女 24歳

魔法使いLv48

装備 耐風のバックルシューズ 身代わりのミサンガ

 

 魔法使い!? それも魔道士目前だぞ!? マジかっ!? 

 

 あまりのことに呆気に取られてしまうが、俺の驚きなどお構いなしに入札は続いていく。

 

 

 

「五十一万」

 

 やがて、イヌミミ美女が力強く入札を行うと、色魔の女性は力なく息を吐き出し、肩を落とした。

 どうやら五十万ナールが限界だったようだ。

 

 ステージ上のロランは破顔一笑。まさに我が意を得たりとばかりに頷いている。

 そして、彼が出品者と共にステージ奥へ引っ込むと、冒険者と魔法使いのペアもそちらへ向かって歩き出した。

 

 よかったなぁ。お前、魔法使いのいるパーティーに所属できそうだぞ?

 剣豪レベル27の実力を存分に発揮してやれよ?

 

 

 

 その後もまだまだオークションは続いていったが、竜騎士が六十五万ナール、親娘のペアが七十八万ナールで落札された以外は特に目を引くものはなかった。

 椅子に深くもたれ、ただボケーっとステージを眺めていると、会場を満たすざわめきが、遠い波のように耳の奥を撫でる。

 

 それにしても、原作に比べて全体的に落札価格が高い気がするぞ……。

 

 ……まさか俺のせいじゃないよな?

 

 いやだって本当に俺は何もしてないし、そんなはずない。

 パソコン初心者が『何もしてないのに壊れた』って言うのと同じくらい、俺は何もしていない。

 

 確かにバラダム家の財産は奪ったが、それは関係ない。

 奴らを奴隷として売却したが、それとこれとは無関係だ。

 その結果、出品順が変わったけど、まあそれも関係ないだろう。

 放出品を千二百万ナール以上で買い漁ったわけだが、それはまったくの無関係。

 

 うん。田川被告の無罪が完全に立証されたな。

 

 どうやら考えすぎだったようだ。

 なんにでも負い目を感じるのが俺の悪い癖。お気楽極楽でいこうぜ。

 

 自分を誤魔化しながら、オークションをボーっと眺め続ける。

 

 

 

 オーバードライビングでも発動しているのかと思うくらい、長い時間そうしていると、ついにそのときが訪れた。

 

 長身で赤髪、美人なのにどこかあどけなさのある穏やかな表情。

 そして、目を奪われるほどの豊かな胸元。

 

 弛緩した空気が流れていた会場に熱気が戻る。

 胸の大きい竜人族の女性は不当な扱いをされるという話だが、ぶっちゃけあれだけの爆乳美女だ。そんなの吹っ飛ぶわな。

 それに竜騎士にすることもそう難しくはないし、十五歳ならかなり有望だ。

 他の奴らが色めき立つのも理解ができる。

 

 だが、あの娘は誰にも渡さない。絶対に俺たちのもとへ来てもらう。

 

 意識が一瞬で切り替わり、戦闘のときと同じスイッチが入ったのを自覚した。

 

「次の出品は竜人族の女性で十五歳です。生娘となっておりますので、病気の心配は一切ございません。最低入札価格は二十万ナールからです。それではどうぞ」

「二十万ナール」

 

 オークショニアの言葉が終わると同時に、決意表明を叩きつける。

 

「二十一万」

「三十一万ナール」

「三十二万」

「四十二万ナール」

 

 奇しくも原作と同じ展開だ。俺もこのまま十べぇ界王拳で突っ走るぞ!

 

「四十四万」

 

 あっ、こら! なんで二万上げたんだよ! フリーザ様のやつができないじゃん!

 

 ここで九万ナール上げを行い、『私の入札金額は五十三万です』ってのも可能だが、それをすると十べぇ界王拳のインパクトがなくなってしまう。

 いまはシリアスな状況なのだ。たった一つのボケのためにリスクを負うような場面じゃない。

 

「五十四万ナール」

「五十五万」

 

 

 

 ラス前の爆乳美女。しかもオーラスが男ってのもあってか、入札額はどんどん跳ね上がっていく。

 しかし、それでも愚直に十倍上げを繰り返した。

 

「八十八万ナール」

 

 すると、徐々に会場がざわめき出し、誰かの声が耳に届く。

 

「おい、あいつはセブンリーグブーツのときの奴じゃないか?」

「ああ、間違いない。あのときもまったく同じことをして、出品されたものを片っ端から搔っ攫っていってたぞ」

 

 おい! そんなことしてねーよ!

 滅竜の剣、金羊毛の帽子、竜燐の鎧、オリハルコンのガントレットは落札してないっての!

 いやまあ、それ以外は全部落としたけど……。

 

 会場は次第に異様な空気に包まれ、あちこちでヒソヒソ声が飛び交い始めた。

 

 曰く、奴はとんでもない資金を持っているだの、迷宮討伐を成し遂げているだの、叙勲が近いだの、あんな顔なのに油断できないだの、あることないこと好き放題抜かしていた。

 

 ……顔は関係ないだろ、顔は。傷つくじゃないか。

 

「百九万ナール」

 

 へこみながらも入札は続き、大台を突破したところで他の奴のコールが止まる。

 

「百九万ナール。現在の価格は百九万ナールです。ほかにありませんか」

 

 オークショニアが声を張り上げ、会場を見渡す。

 

「百九万ナールです。ほかにありませんか」

 

 それに答える者は現れない。

 他の参加者たちは息をひそめ、ただ俺の方へ視線を注いでいる。

 

「ありませんね……。それでは、百九万ナールでの落札となります。出品者と落札者は奥の部屋へ移動してください」

 

 その言葉を聞いた瞬間、体の奥から安堵の息が漏れた。

 

 よかった……。落札できた……。

 これで今日からはベスタとも一緒に暮らすことができる……。本当によかった……。

 

 胸の中が感慨でいっぱいになっているが、いつまでもここで感傷に浸っているわけにはいかない。

 さあ、ベスタを迎えに行こう。

 

 鬱陶しい視線や無責任な噂も、この達成感と満足感の前ではただの雑音だ。

 椅子から立ち上がり、深く息を吸って、彼女の待つ部屋へと歩き出す。

 

 

 

 ステージ奥のギルド神殿のある部屋へ入ると、ベスタと奴隷商人が待ち構えていた。

 扉の向こうのざわめきが、遠くから聞こえるように感じてしまう。

 

「落札いただきありがとうございます」

「ご主人様、ありがとうございます」

 

 ベスタの顔には控えめながらも柔らかな笑みが浮かんでいた。

 その瞳の奥には、ほんのわずかに期待の光が宿っている。

 どうやら俺に落札されたことを嫌がってはいないようだ。

 我が家の状況を話していた甲斐があったな。

 期待を裏切らないよう、彼女のことも大切にしなければ。

 

 「お客様は入札を続けられますか?」

 

 決意を新たにしていると、ホクホク顔の奴隷商人が話しかけてくる。

 百九万ナールだもんなぁ。今回は例外だが、普通なら魔法使い並みの金額だ。そりゃこんな顔にもなるわ。

 

「いや、そのつもりはない」

「さようでございますか。それでは先ほど私どもがおりました部屋へ戻りましょう」

 

 彼の言葉に頷きを返し、部屋を出た。

 

 

 

 奴隷商人が先頭を歩き、俺とベスタは並んでその後に続く。

 廊下を進むたび、彼女の大きなものがたぷんたぷんと揺れている。

 

 すっご……。ロクサーヌもとんでもないサイズだが、ベスタのそれは完全に規格外だぞ……。

 

 ……あっ。いかん、いかん。

 そんな目で見たら彼女が怯えてしまうじゃないか。自重せねば。

 

 鋼の心で自分を律したつもりだったが、階段を降りる際に豊穣の女神のようなそれが、さらに激しく揺れ動く。

 思わず視線が吸い寄せられてしまい、離すことができない。

 

 俺の自制心が持たん……。早いところブラジャーを付けてもらわなければ……。

 

 

 

 先ほどの控室へ戻ると、奴隷商人がこちらを見つめ、恭しく口を開いた。

 

「改めまして、この度はご落札いただき、まことにありがとうございます」

 

 そう言って彼は深々と頭を下げる。

 

 こちらこそありがとう。あんたのおかげでベスタと会うことができた。本当に感謝しているぞ。

 でもまあ、それはそれとして……。

 値引スキル先生。よろしくお願いします。

 

「奴隷商人ギルド主催のオークションで奴隷を落札された方には、ギルドより参加料の千ナールが補填されることとなっております。お支払いの際に落札価格より差し引きまして、後ほど私にその額が支払われます。ここまではよろしいでしょうか?」

「ああ。問題ない」

 

 うん。俺には何の問題もない。俺には、な……。

 

「それでは落札価格の百九万ナールより千ナールを引きまして、百八万九千ナールとなりますが、これほどまでの価格で落札していただいたのです。その感謝の気持ちを込めまして、今回は七十六万二千三百ナールとさせていただきます」

「うむ。心遣いに感謝する」

 

 値引スキル先生が、またとんでもない口上を言わせてますよ……。

 高額で落札したことに対する感謝で値引するのは、いくらなんでも無茶でしょうが……。

 

 すまぬ。セコい真似をして本当にすまぬ。

 

 でもほら、原作では六十四万ナールだったわけだし?

 値引したとしてもそれを超えてるわけで、ね?

 あんたは損をしていないという解釈も成り立たなくはないわけで、ね?

 だからなんにも問題ないわけで、ね? ね?

 

 

 

 自分の中の罪悪感を誤魔化しながら支払いを終える。

 

「それではインテリジェンスカードの変更を行いましょう。左手をお願いいたします」

 

 その言葉に従い、ベスタと共に左手を彼へ差し出した。

 

 彼女のスラリとした綺麗な手を見てふと思う。

 

 書籍版の表紙や挿絵、それからアニメ版でついていたトゲがないな……。

 竜人族であるアンドレアの手にもなかったからそうじゃないかと思っていたが、やはりそうなのか。

 ロクサーヌの髪の毛は栗色だし、セリーの髪の毛は黒。どうやら挿絵やコミックではなく、文章での描写に準拠しているらしい。

 とはいえ、一目みれば彼女たちだと理解できるほど雰囲気は似ている。なんとも不思議なもんだ。

 

 そんなことを考えているうちに、奴隷商人が詠唱を開始した。

 

「滔々流るる霊の意思、脈々息づく知の調べ、インテリジェンスカード、オープン」

 

 俺たちのインテリジェンスカードを開くと、彼はブツブツ言いながら書き換えを行っている。

 程なくして顔を上げ、確認をするよう促してきた。

 

 どれどれ。

 

田川歩 男 18歳 冒険者 自由民

所有奴隷 ロクサーヌ セリー(死後解放) ミリア ベスタ

 

 オッケー! 問題ナッシング! これで正式にベスタがパーティーに加わったぞ!

 

 左手をベスタへ差し出すと、彼女は戸惑ったような表情を浮かべる。

 

「えっと、あの?」

 

 他の娘たちのときにも確認してもらっているし、彼女だけ仲間外れってのもな。

 

「念のために確認をしてくれ」

「よろしいのですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます」

 

 頷きながら答えると、ベスタは俺の左手に視線を落とした。

 その静謐な横顔は、神秘的と言ってもいいほどの雰囲気を漂わせている。

 

 この娘も本当に綺麗な娘だなぁ。

 

 そして、確認を終えると微笑みながら口を開く。

 

「確かにご主人様の奴隷になっていました。えっと、私の方もご覧になりますか?」

「ああ。頼む」

 

 彼女は自分の左腕を俺の方へ差し出した。

 

ベスタ ♀ 15歳 村人 初年度奴隷

所有者 田川歩

 

 よっしゃ! 今日からはベスタもずっと一緒だ!

 

「うむ。問題ないようだな」

「はい。ちゃんとご主人様の奴隷になれて安心しました」

 

 彼女はホッとしたような表情でそう言った。

 

 この娘、可愛いこと言うなぁ。

 

 でも、ご主人様の奴隷になれて安心した、か……。

 生まれながらの奴隷である、彼女だからこその言葉だろう。

 

 ……この娘が自分の出自を意識することなく、自由にのびのび暮らせるよう、俺も努力を怠らないようにしないといけないな。

 

 

 

 

 

田川 歩 男 18歳

冒険者Lv52 勇者Lv46 遊び人Lv57 魔道士Lv52 剣士Lv42

装備 オラクルビットローファー 身代わりのミサンガ

 

BP振分 残BP:2

キャラクター再設定:1

フィフスジョブ:15

詠唱省略:3

必要経験値二十分の一:63

鑑定:1

ワープ:1

ジョブ設定:1

三十パーセント値引:63

 

所持金:2,447,449ナール

 

夏の休日




いつも拙作をお読みいただき本当にありがとうございます。

ついにベスタが加入し、ようやく五人パーティーとなりました。
ここまで来るのに丸二年。正直自分でも驚いています。

これだけの期間、更新を続けていけるのは、お読みいただいた皆様と素晴らしい作品を生み出した原作者様のおかげです。
UA、お気に入り、感想、評価、ここすきといった反応が本当にモチベーションになっています。

今回の連続更新はここまでとなりますが、これからもマイペースに更新していきますのでお楽しみいただければ幸いです。
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