インテリジェンスカードの変更が終わったところで、アイテムボックスから皮の靴を、そして背負っていたリュックからタオルを取り出す。
「ベスタ、タオルで足を拭いてから靴を履いてくれ」
そう言って二つを差し出すと、彼女は一瞬だけ固まり、ぱちりと大きく目を見開いた。
「よろしいのですか?」
「ああ。怪我でもしたら大変だからな」
問いかけに答えると、ベスタの表情が柔らかく解け、頬にかすかな朱が差す。
「こんなに立派な装備品をありがとうございます」
立派な装備品って……。それ皮の靴やで?
思わず心の中でツッコミを入れてしまったが、彼女にとっては実際にそうなのだろう。
奴隷に高価な装備品を身に着けさせるはずはないし、魔物と戦うときは良くて皮シリーズ、下手すりゃ武器だけ用意して防具はナシなんてことも考えられる。
それに俺の装備品に対する感覚は、もう一般的とは言えない。
なにしろ、今となっては硬革シリーズですらしょぼいと感じるんだもん。
そんなことを考えているうちに、ベスタは丁寧に足を拭き終え、大切なものを扱うような恭しい仕草で靴を履く。
彼女の事情を分かってはいるのだが、ものが皮の靴だけに、なんとも大袈裟に感じてしまう。
履き終えると控えめな笑みを浮かべながらこちらを見た。
あら、可愛い。
うん。オッケーだな。
アイテムボックスに常備している身代わりのミサンガも渡しておきたいところだが、今は奴隷商人が興味深そうにこちらのやり取りを眺めている。
まさか身代わりのミサンガだとは思わないだろうが、どうしてそんなのを装備させるのか疑問を覚えるだろう。
まあ、そっちは帰ってからってことで。
返却されたタオルをリュックに突っ込み、奴隷商人に向き直る。
「今回は世話になった。また機会があったらよろしく頼む」
「こちらこそお世話になりました。奴隷を大切にしていただけそうなお方に落札していただき、私も安心しております。是非またの機会をお待ちしております」
正直、またの機会なんてないと思うが、社会人としてこれを言っておかないと、据わりが悪いんだよなぁ。
「では、俺たちはこれで失礼する。ベスタ、いこう」
「はい。ご主人様」
アランと同じポーズでお辞儀をしている奴隷商人に見送られながら部屋を出た。
二人になったところで彼女に話しかける。
「無事にベスタを迎えることができて本当に安心した。これからよろしくな」
一瞬、不思議そうに俺を見つめたが、すぐに頬をゆるめ、はにかんだような笑みを浮かべ答えた。
「私もご主人様に落札していただけて安心しました。末長く可愛がってください」
「ああ。もちろんだ」
たぶん君が想像をしている以上に末永くなると思うよ。
ロクサーヌたちと一緒に、生涯を共にしてもらうつもりだから。
「では、これから家に帰るのでパーティーに加えておこう。友に応えし信頼の、心のきよむ誠実の、パーティー編成」
「あっ、はい。お願いします」
その言葉と共に、彼女がパーティーに加わった感覚が伝わってくる。
よし。オッケー。
ある程度予想は付くが、念のためにジョブを確認してみよう。
ボーナスポイントをいくつか調整し、ベスタのジョブ設定を開く。
村人Lv2 農夫Lv1
ですよねぇ……。
五つの基本ジョブのうち、海賊を持っていないのは罪を犯したことがないという証拠だ。その点は素晴らしい。
しかし、迷宮に入ったことがないせいで探索者がなく、薬草系素材を拾ったことがないため薬草採取士のジョブを得ていない。
うーん……。まあ、今後に期待って感じか。
ジッと見つめられて困惑している彼女に声を掛け、ロビーへ向かって歩き出す。
廊下を進みながら窓を見ると、太陽はすっかり真上近くに移動している。
帰ったらすぐに昼食にしよう。話をするのはその後だな。
家のルールや仕事についてはロクサーヌたちが丁寧に教えてくれるだろう。
だが、俺の事情については自分の口から伝えるべきだ。
しかし、三人のときとは違い、それほど気負いはない。
ロクサーヌに日本のことや原作知識を話すときは、受け入れてもらえるか不安で仕方がなかった。
セリーとミリアの場合は、彼女たちが奴隷に落ちることを知りながら、助けることができなかった負い目があり、話すことに躊躇があった。
しかし、ベスタについてはそういったことがない。
既に三人が事情を受け入れてくれている上、彼女は生まれながらの奴隷のため負い目もなし。
気楽にと言うと語弊があるが、穏やかな気持ちで話をすることができるだろう。
廊下を歩いていると、控室だった部屋の前で立つアランの姿が目に入った。
彼はすぐにこちらへ気づき、姿勢を正して声を掛けてくる。
「ご挨拶をと思い、アユム様がいらっしゃるのをお待ちしておりました」
「挨拶?」
思わず漏らした俺の声に、アランは恭しく頷いた。
「ええ。この度のオークションにおきましては、アユム様のお力添えにより、大変実りの多い結果となりました。重ね重ねではございますが、改めてお礼を申し上げようと考えた次第でございます」
そう言うと彼は深々と頭を下げる。
あー。そういうことね。
二百七十万ナールだもんなぁ。そりゃお礼の一つも言っとこうとなるか。
なんとも律儀なことだ。
「オークション開始前にも言ったが、アラン殿が誠実な商いをしているからこそ、そちらに売却しようと思ったのだ。それに今まで口にしたことはなかったが、俺はアラン殿を恩人だと思っている」
「恩人でございますか?」
その言葉を聞き、アランの顔に一瞬虚を突かれたような表情が浮かぶ。
「ああ。バラダム家の手からロクサーヌを守り通し、俺へと託してくれた」
彼は呆然としたように、言葉を失ったままこちらを見つめている。
「それにセリーを紹介してもらい、ミリアにもブラヒム語の教育を施してもらった。そのおかげで俺たちは毎日幸せに暮らすことができている。本当にありがとう」
この世界にきてから、俺は嘘ばっかりついてきた。
言えないことが多すぎるせいで、そう簡単に他人へ本心を明かすこともできない。
だけど、この言葉は嘘じゃない。
アランは間違いなく俺の人生において一番の恩人だ。
「そうですか……。奴隷商人として、そのようなお言葉を賜ったのは初めてです……」
その声は、ほんのわずかに震えているように聞こえた。
俺たちのやり取りを見ていたベスタは、まるで石化攻撃を受けたかのように、目を大きく見開いたまま硬直している。
いきなりわけの分らないやりとりをみせられたら、そうもなるか。
それに、これまでの彼女の人生において奴隷商人は絶対だっただろうし、そんな存在からここまで大仰に感謝されていれば、何事かと思うのも無理はない。
話し合いの際に詳しいことを説明しよう。
まあ、それはそれとして、俺もアランに用があったのだ。
ちょうどいいタイミングだし、ついでにそれを伝えておこう。
「実はアラン殿に頼みたいことがある」
「頼みたいことですか?」
頷きながら用件を切り出す。
「見ての通り、今回のオークションで彼女を迎えることになってな。ロクサーヌたちと同じ侍女服をそちらへ注文しに行くつもりだったのだ。二日後にうかがうので、よろしく頼む」
「なるほど……」
呟きを漏らすと、値踏みするようにベスタをジッと見据え、やがて静かに頷いた。
「竜人族とあれば迷宮探索での活躍が期待できるでしょう」
恵まれたフィジカルと圧倒的なジョブの組み合わせが比較的簡単に実現できるんだ。そりゃそういう感想になるわ。
アランは再び俺に視線を戻し、真剣な面持ちで口を開く。
「奴隷を売却していただけたことに加え、先ほどの奴隷商人冥利に尽きるお言葉を賜ったことへの感謝といたしまして、今回の侍女服については無料で提供いたします」
えっ!? マジで!?
「いいのか?」
思わず問い返すと、彼は迷いなく頷いた。
「もちろんでございます。アユム様には本当にお世話になっておりますから」
世話になってるのは俺の方なんだよなぁ。
しかも、三割アップや三割引を使いまくってるし……。
わずかな気まずさを抱きながらも、感謝の言葉を述べてその場を後にする。
アランから離れたところで、ベスタがおずおずと口を開いた。
「あの……。奴隷商人様とあのようなやり取りをなさるなんて、ご主人様はすごいお方なのですね」
すごい? うーん……。どうなんだろう?
ぶっちゃけ、チート能力と原作知識のおかげだしなぁ。
「まあ、いろいろあってな」
そう言った瞬間、妙に懐かしい響きが口の中に残る。
子供のころ大好きだったんだよなぁ、『ルドルフとイッパイアッテナ』。あれは児童文学の名作だ。
懐かしさのあまり、つい言葉がこぼれる。
「ルドルフとイロイロアッテナ」
思わず呟くと、ベスタが目を丸くして大きな反応を返した。
「え!? 先帝とですか!?」
うん? 皇帝ガイウスの父ちゃんは、イロイロアッテナっていうの?
入会儀礼のときに巨乳好きなことを息子に暴露されていた、あの?
「先帝の名は、イロイロアッテナというのか?」
気になったので問いかけたところ、彼女はわけの分らないものを見るような視線をこちらに向ける。
「あの……。先帝ルドルフのことですよね?」
「え?」
「え?」
……あっ、そうか。イロイロアッテナのはずないわ。
ルドルフの名前の由来はルドルフ一世なんだから、あたり前田の太尊だ。
それにどうやら彼女は先帝と何かあったと思っているらしい。
「いや、先帝は関係ない。今のはただ思いついたことを口に出しただけだ」
「えっと、あの、はい……」
その言葉を聞き、ベスタの顔に浮かぶ戸惑いはさらに深くなる。
とんでもない男に落札されたと思っているんだろうなぁ。
この後、理由を説明するから少しだけ待っててもろて。
ロビーへ移動し、いつもの壁へワープゲートを展開する。
ワープゲートを抜け出したところでベスタへ告げた。
「我が家では、外から帰ったら靴を脱いで、内履きに履き替えることになっているんだ」
玄関脇に設置してあるラックに手を添え、さらに説明を続けようとしたそのとき、明るい声が響き渡る。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
三人の声がぴたりと揃い、空気がぱっと華やいだ。
玄関の空気が柔らかい温もりに包まれる。
「彼女がベスタなのですね。話に聞いていた通り、美しいだけではなく迷宮でも頼りになりそうです。さすがご主人様」
「そうですね。竜騎士はパーティーに圧倒的な物理防御力をもたらしてくれるはずです。ベスタのおかげで私たちはさらに上を目指すことができるでしょう」
ロクサーヌとセリーは穏やかに頷き合い、視線を交わす。
そしてミリアが、ひまわりのように明るい笑顔でベスタに話しかけた。
「ベスタ! 分からないことがあったら遠慮なく私に聞いてね! お姉ちゃんとしてなんでも教えてあげるから!」
初対面の人たちからいきなり名前を呼ばれ、ベスタの顔には困惑の色が浮かんでいる。
「えっと、あの、どうして私のことを……」
こらこら、君たち? いきなり名前を呼ばれたことで新入りさんが困っているじゃないか。
まあ、説明は後でするとして、とりあえず紹介をしておこう。
「彼女たちは今日から君が一緒に生活することになる仲間で、第一夫人のロクサーヌ、第二夫人のセリー、第三夫人のミリアだ」
すると、ベスタは慌てて背筋を伸ばし、勢いよく頭を下げた。
「お、奥様でいらっしゃいましたか! 申し遅れました、私はご主人様に購入していただいたベスタです。皆様のお役に立てるよう励んでまいりますので、どうかよろしくお願いいたします!」
えぇ……。なんかスゲー必死に挨拶してるぞ……。
その様子を見て、三人は呆れたような表情をこちらへ向ける。
そしてセリーが、大きなため息を吐き、静かに口を開いた。
「ご主人様……。普通、連れ合いが女性奴隷を迎えたことを歓迎する妻はいません。その場合、たいてい奴隷は妻から厳しい仕打ちを受けるものです」
あー。確かに……。
考えてみれば当然だ。俺の言葉は考えが足りなかったかもしれない。
反省をしていると、ロクサーヌが女神のような微笑を浮かべてベスタに語りかけた。
「一番奴隷のロクサーヌです。私たちはまだプロポーズを受け入れたわけではありませんので、立場はあなたと同じ奴隷のままです。これから一緒にご主人様を支えていきましょう」
第一夫人としての自覚を持っているし、何かの順番でセリーやミリアを先にすると、第一夫人だと言って不満を口にするくせに、頑なにプロポーズを受け入れてくれないんだよなぁ。
内心でそんなことを考えていると、ベスタはぽかんと口を開けたまま固まっていた。
めちゃくちゃ混乱してるなぁ。
続いてセリーが一歩前に出る。
「二番奴隷のセリーです。ご主人様は常識を持ち合わせてはいませんが、有能で優しいお方なのは確かなので、何も心配することはありません」
え? なんで? なんで、俺はいまディスられたの?
突然のバックスタブに驚いていると、ミリアが元気いっぱいに言葉を続けた。
「三番奴隷のミリアだよ。さっきも言ったけど、この家は普通じゃないことが多いから、分からないことがあったら何でも私に聞いてね」
三人の自己紹介に戸惑いつつ、彼女たちを順に見つめ、ベスタは小さく頭を下げる。
「ロクサーヌ様、セリー様、ミリア様ですね……。奴隷として生まれたため、いろいろ至らないことが多いと思いますが、お役に立てるよう精一杯頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします」
深く礼をした彼女に、ロクサーヌたちは穏やかに微笑み、敬称は不要だと伝えていた。
「それでは、ロクサーヌさん、セリーさん、ミリアさんとお呼びすればよいのでしょうか?」
その言葉にミリアが勢いよく手を挙げ、物言いをつける。
「ベスタ! 私のことはお姉ちゃんって呼んでね!」
めっちゃお姉ちゃん風吹かすやん。
弟がいるらしいし、これまでの末っ子扱いに思うところでもあったんだろうか?
「あ、えっと、はい。……お姉ちゃん」
「うん! これからよろしく!」
はにかんだような表情で呼びかけるベスタに、ネコミミ娘は太陽のような笑顔で応じる。
うむ。二人ともめちゃくちゃ可愛い。
ロクサーヌとセリーも微笑ましげにその様子を見守っていた。
いやー。さらに人数が増えてパワーアップした『いせはれ! サードシーズン』もいよいよ今日からオンエアー開始。実に楽しみだ。
さて、いつまでも玄関にいるわけにはいかない。
三人に話しかけられ少し居心地が悪そうにしている長身美女へ、声を掛けた。
「ベスタ、まずは靴を履き替えようか」
そう言って、手を添えていたラックをポンと叩く。
「この中に内履きのサンダルが入ってるから、それに履き替えてね。まず俺がやってみるからそれを見ておいて」
上段の棚からサンダルを出し、玄関マットの外に置く。
靴を脱いでサンダルに履き替え、脱ぎ終わった靴を下段へしまった。
「こんな感じ。それじゃあ、やってみて。ああ、ここにあるのはベスタ用のサンダルだから遠慮はいらないよ」
彼女は俺たちの顔を見回し、問題ないと判断したのかコクリと頷く。
「分かりました。やってみます」
先ほどの俺と同じようにサンダルを床に置き、皮の靴を脱いで履き替える。
そして、脱いだ皮の靴をきちんとラックへ収めた。
「うん。問題なし。家の中を清潔に保つため、我が家は土足厳禁になっているんだ。これから家に入るときは気を付けてね」
大切な『田川家家訓その一』を伝えると、再び顔に戸惑いの表情を張り付けた。
「えっと、はい……。分かりました……」
そして、おずおずと問いかけてくる。
「あの……、ご主人様の喋り方が、その……」
その言葉にロクサーヌが優雅に頷き、柔らかく微笑んだ。
「ご主人様は自宅ではこのような言葉でお話しなさいます。ですが、侮られるわけにはいかないため、外では強者に相応しい立ち居振る舞いを心掛けておられるのです」
とはいっても、しょせんはミチオのまねっこだからなぁ。
いまだに自分の言葉という感じがしないんだよねぇ。
そんなことを考えながら、四人と共に廊下を移動する。
ロクサーヌに、俺と今日の主役であるベスタは座って待っているよう、言われてしまう。
彼女曰く、今日は特別にベスタが俺の右隣に座っていいらしい。
出会ったばかりのベスタにとって、俺の隣というのが嬉しいことなのかは疑問の余地があるのだが……。
それに五人になったことで、明日からは座る位置を変更するとのことだ。
いまは俺の向かいにロクサーヌ、その右にセリーで、逆サイドにミリアという布陣。
うーん……。なんとなくどういう配置になるか想像が付くぞ。
……予想通り、ロクサーヌが隣に来てくれたら嬉しいなぁ。
いや、もちろん他の娘でも大歓迎だけどね。
まあ、今は深く考えずに座って待つことにしよう。
思索を振り払っていつもの席へ腰を下ろし、何もしなくていいと言われ狼狽えているベスタへ声を掛けた。
「大丈夫。みんなベスタのことを歓迎しているんだよ。さあ、ここに座って」
右隣を示しながらそう言ったところ、彼女はおずおずと口を開く。
「本当にご主人様と同じ食卓に着くのですね。えっと、よろしいのですか?」
あらかじめ聞いていたとはいえ、実際に見ると戸惑いを覚えるのだろう。
「もちろん」
笑顔を意識しながら頷きを返すと彼女は表情を綻ばせ、感謝の言葉を口にしてから右隣に腰を下ろした。
……おいおい、嘘だろ。
身長が三十センチ以上違うってのに、目の高さがほぼ同じじゃないか。
きっと、ベスタの脚の長さだけではなく、俺の脚の短さが影響してるよなぁ……。
エグイ……。コンパスの差がエグすぎる……。
内心へこみまくっているものの、初めての場所で不安になっている彼女を動揺させないよう、料理が届くまで雑談を行うことにした。
ベスタと取り留めのない話をしている間に、タガワ家メイド隊はテキパキと料理を運び、あっという間に用意を整えてしまった。
本番は夜なのだろう。昼食のメニューはツナサンドにカツサンド、それに唐揚げとサラダ。そして飲み物は冷えたハーブティー。
うん。どれも実に美味そうだ。
……それに冷蔵庫の中ではアレが出番を待っている。喜んでもらえるといいな。
ロクサーヌたちが席についたのを確認し、ベスタへ視線を向ける。
「ベスタ、我が家へようこそ。俺たちは君のことを歓迎するよ。これから仲良くやっていこう。それじゃあ、食べようか」
その言葉続けて食事の挨拶を行うと、ロクサーヌたちもそれに続く。
そして、ベスタも恐る恐る口を開いた。
「……いただきます」
俺が手をつけるまでは、彼女たちは食べられない。
カツサンドに手を伸ばし、そのまま頬張った。
うん。美味い。ほんと、料理上手な娘さんたちだ。
咀嚼を終えて飲み込むと、ミリアが弾んだ声を上げる。
「ベスタ、その手前にあるパンを食べてみて」
「これですか?」
「そうそう、それ。とっても美味しいよ」
「あっ、はい。ありがとうございます」
ベスタはミリアに勧められたツナサンドを手に取り、口元へ運んで小さく齧る。
そして、目を大きく見開いたまま咀嚼し、ゴクンと飲み込みんだ。
「とても美味しいです! こんなに美味しいものを食べたのは生まれて初めてです!」
よっしゃ。喜んでもらえたようだぞ。
そのナイスリアクションが三人のお姉さん心に火を着けたのか、次々に自分の作ったものを勧めている。
うんうん。仲良くやっていけそうだな。
ニチャッとした表情が浮かばないように気を付けつつ、その微笑ましい光景を眺めていたところ、ベスタが突然声を詰まらせた。
そして、次の瞬間、ぽろぽろと涙が頬を伝い落ちていく。
えっ!? 泣いてる!?
一瞬、動揺したものの、彼女は慌ててかぶりを振る。
「あっ、ち、違います。信じられなくて……。私の身にこんな幸せなことが起こるなんて、信じられなくて……」
そりゃそうか。
他の娘と違い、この娘だけは普通の生活というものを知らない。
ロクサーヌはポトフを作れる。セリーもボルシチを作れる。そしてミリアはブイヤベースが作れる。
他の料理だってできるし、日本の料理だってすぐに覚えてしまった。
つまり奴隷になる前はそれなりに美味しいものを作る機会も、食べる機会もあったということだ。
しかし、生まれながらの奴隷であるベスタに、そんな機会があったとは思えない。カルチャーショックを受けて動揺してしまったのだろう。
椅子から立ち上がり、隣に座るベスタの頭を抱きしめ、燃え盛る炎のような髪を撫でながら、静かに語り掛ける。
「ベスタは今日からタガワ家の一員だ。ロクサーヌ、セリー、ミリアと同じように君のことも大切にするから。信じられないようなことや、不安になるようなことも多いと思うけど、ゆっくり馴染んでくれればいいよ」
ロクサーヌたちは微笑を浮かべながら、俺たちの様子を見守っていた。
そして、恐る恐るといった様子で、ベスタの腕が俺の背に回される。
「……ご主人様、ありがとうございます」
ベスタ。これからもっともっと大切にするから。
もしかしたらこんな風に泣かせてしまうこともあるかもしれない。
彼女の髪を撫でながら、そんなことを考える。
「それではデザートを持ってまいります。ベスタ、期待していてくださいね」
食事を終えると、ロクサーヌが立ち上がり、柔らかな笑みを浮かべながらそう言った。
そして、同じように笑みを浮かべ、セリーも立ち上がる。
「皇帝ですら食べたことがないと断言できるほどの代物です」
「本当にすごいんだよ! 絶対美味しいから楽しみにしてて!」
ミリアが弾む声で付け加えると、三人は楽しげに扉の向こうへ消えていった。
その背中を見送りながら、内心で小さくつぶやく。
めっちゃ煽るやん。
いやまあ、今回はスペシャル仕様だから気持ちも分かるけどさ。
隣のベスタはきょとんとした顔で首を傾げた。
「デザート……。食後に食べるお菓子ですよね? お金持ちはそういうことをすると聞いたことがあります」
ロクサーヌたちの話によれば、食後のデザートは一般的ではないようだし、彼女の境遇を思えば、知っているのがすごいまであるな。
「そう。腕によりをかけたから期待してもらえると嬉しいかな」
「えっ!? ご主人様がお作りになったのですか!?」
彼女の表情が驚愕に染まる。
「まあね。俺の故郷のお菓子だから」
「本当にご主人様も食事の支度をなさるのですね……」
オークション前に話していたというのに、どうやら半信半疑だったらしい。
まあ、そりゃそうか。この世界の常識からすれば、主人が自分で料理をするなんて普通は信じられないだろう。
「最近までずっと一人暮らしだったし、料理も嫌いじゃないんだ」
「一人暮らし……。お若いのに苦労なさっているのですね」
お若い?
ああ、インテリジェンスカードを見てるんだから、年齢も分かるわな。
まあ、これについてはあとでまとめて説明することにしよう。
今は曖昧な笑みで誤魔化し雑談を行う。
やがてロクサーヌたちが戻り、それぞれの前に皿を置いていく。
皿の上には、カラメルがとろりと垂れる黄金色のプリン。その周りをホイップクリームがふわりと囲み、艶々のキュピコグラッセが彩りを添えている。
「わぁ。こんなに綺麗な食べ物は見たことがありません」
ベスタの瞳がきらきらと輝き、まるで宝石でも見つめるようだ。
あどけない表情が、胸にじんわりと温かさを灯す。
優しい表情と声色で、ロクサーヌが語り掛けた。
「ふふ。信じられないくらい美味しいですよ」
「ええ。実はこんなに飾り付けられたものを食べるのは、私たちも初めてなのです」
セリーが穏やかに続け、ミリアが勢いよく胸を張る。
「プリンはすごいから、ベスタも絶対気にいると思うよ!」
その言葉にロクサーヌとセリーが顔を見合わせ、『プリンですから』と頷きを交わす。
ふふん。お嬢様方? 少々勘違いしているようですぞ?
「ロクサーヌ、セリー、ミリア。実はこれはプリンじゃないんだ」
三人が同時に目を丸くし、ベスタもいまいち分かっていない顔で首を傾げる。
「これはプリンをホイップクリームとフルーツで飾り付けた、プリンの進化版とでもいうべき、プリンアラモード」
できればアイスも添えたかったが、冷凍庫がないためあらかじめ作っておくことができなかった。
そっちはそのうちってことで。
「プリンアラモード……。なるほど、さすがご主人様です」
えっと、いまの流れのどこに、さすごしゅ要素が……。
……まあいいや。
焦らすのもかわいそうだし、早く食べるとしよう。
「じゃあ、食べようか」
小匙でプリンとホイップクリームをすくい、口へと運ぶ。
うっま! 我ながら美味すぎるぞ!
俺はもしかしたら、この世界で一番のパティシエを目指せるかもしれん。
デザート王に! おれはなるっ!
馬鹿なことを考えていると、女性陣から歓声が上がった。
「ご主人様! プリンの滑らかさとクリームのふわふわな触感がたまりません!」
「ロクサーヌさんの言う通りです。しかもそれらの甘さに酸味のあるキュピコが交わり、混然一体となって口の中を刺激します」
「ただでさえ美味しいプリンがパワーアップしてます! これはすごいです!」
相変わらず最高のリアクションをしてくれる娘たちだなぁ。
三人の様子に圧倒されつつも、ベスタは期待を隠せない表情で小匙を動かす。
そして、ひと口。
その瞬間、彼女の手が止まった。
わずかに体を震わせたかと思うと、滂沱の涙が頬を伝い落ちていく。
えー!? ガチ泣き!? 今度はガチ泣きしてるぞ!?
驚く俺に向け、ベスタはしゃくりあげながら言葉を紡いだ。
「ごめん、なさい……。こ、こんな……。あま、甘くて、おいし、美味しいものを、食べさせてもらえるなんて……。ご、ご主人様、あり、ありがとう、ございます……」
彼女は何度もしゃくりあげながら感謝を伝えてくれる。
慌てて席を立ち、ベスタの頭をそっと抱き寄せた。
燃えるような赤髪を撫でながら、できるだけ穏やかな声で言葉をかける。
「大丈夫。大丈夫だからね。ベスタが喜んでくれたことは伝わってるから。これからも君に喜んでもらえるように頑張るから。心配しないでいいから」
ロクサーヌたちは穏やかに微笑みながら、俺たちを静かに見守っていた。
この娘はずいぶん感激屋さんだ。
ベスタ。これからも君が喜びの涙を流せるように頑張るよ。
一途に一人だけを想うということができないクズ野郎だが、君たちのことは必ず幸せにする。それだけは絶対に嘘にしないから。
彼女の髪を撫でながら、胸の奥でそう誓った。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv52 勇者Lv46 遊び人Lv57 魔道士Lv52 剣士Lv42
装備 サンダル 身代わりのミサンガ
ロクサーヌ ♀ 16歳
巫女Lv32
装備 サンダル 身代わりのミサンガ
セリー ♀ 16歳
鍛冶師Lv30
装備 サンダル 身代わりのミサンガ
ミリア ♀ 15歳
暗殺者Lv24
装備 サンダル 身代わりのミサンガ
ベスタ ♀ 15歳
村人Lv2
装備 サンダル
BP振分 残BP:0
キャラクター再設定:1
フィフスジョブ:15
詠唱省略:3
必要経験値二十分の一:63
鑑定:1
ワープ:1
パーティージョブ設定:3
二十五パーセント値引:31
パーティー項目解除:1
MP回復速度十倍:31
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