アカデミックな話は程々にして、準備を整えるために彼女たちの部屋へ移動し、購入しておいた竜人族仕様のクソデカリュックにコップ、タオル、薬類を詰め込んでいく。
「装備品を身に着ける前ですが、問題ないか確認してみてください」
ベスタはセリーが差し出したリュックを受け取り、左右それぞれの肩紐に腕を通して背負った。
「かなり余裕があるので、装備品を身に着けても大丈夫だと思います」
それを見たロクサーヌは自分のチェストを開け、緑魔結晶を四つと青魔結晶二つを取り出し、ベスタに声を掛ける。
「この中から緑を二つと青を一つ選んでください」
おっと。遠慮をするかもしれないし、補足しとかないと。
「選んだ分はベスタのものだよ。俺に渡す必要はないからね」
その言葉にベスタはぽかんと口を開け、目を瞬かせる。
まるで何を言われたのか理解できないといった様子だ。
「大丈夫。私たちも貰ったから、ベスタも遠慮しなくていいんだよ」
「ええ。私たちもいただいています」
ミリアの言葉をセリーが肯定すると、呆然としたまま俺たちの顔を順に見回した。
そして、事実だと悟ったのか深々と頭を下げる。
「こんなに高価なものをいただけるなんて……。本当にありがとうございます……」
震える声が胸に刺さる。
そっと近寄り、彼女の背中をポンポンと叩いた。
「本当に遠慮しなくていいからね」
「はい……。ありがとうございます……」
ベスタはそう言って鼻をすする。
今日一日で、この娘の常識は何度も壊れたんだろうなぁ。
やがて落ち着きを取り戻したベスタは、ロクサーヌのもとへと歩み寄る。
「それではこれにします」
そして、悩むそぶりも見せず、手前の三つを選び取った。
あまりにあっさりしていて、思わず目を見開いてしまう。
そんな気軽に……。この娘さん、全然迷わなかったぞ……。
躊躇のなさに慄いている俺をよそに、三人は融合をした方がいいとアドバイスを送っていた。
「はい、分かりました。やってみます」
ベスタは表情を引き締め、ロクサーヌたちに頷きを返す。
うーん……。正直、オーバーフローの可能性があるからもったいない気がするけど、そう簡単に黄色にはならないだろうし、融合してもいいのかな?
そんなことを考えていると、ベスタは右手に青魔結晶、左手に緑魔結晶を持ち、右手のそれを左手に押し付けた。
すると一瞬、魔結晶から光が放たれ、その色を緑から黄色へと変える。
次の瞬間、無意識に自分の口から声が上がっていることに気が付いた。
俺だけではなく、ロクサーヌもセリーもミリアも大絶叫だ。
黄色って! 緑と青を融合して黄色って!
あの緑魔結晶はリーチがかかってたのか!? 完全にジャックポットじゃん!
そんな俺たちの騒ぎを見て、ベスタは気まずそうにオロオロしている。
いかん、いかん。今日来たばかりの娘を動揺させてはいかん。
「おめでとう、ベスタ。黄魔結晶だよ。さっき話した通り三割アップというボーナススキルがあるから、それは俺が売却しよう。そしたら十三万ナールだね。期待してて」
「えっ、えっ。十三万ナール……。じゅ、十三万ナールって、十三万ナールですか!?」
ベスタの口からも叫び声が上がった。
「そ、そ、そ、そんな大金を持つなんて無理です! ごしゅ、ご主人様にお返しします!」
お返しするって……。もう君のものなんだが……。
ロクサーヌも苦笑を浮かべながら口を開く。
「その気持ちはよく分かります。アイテムボックスもなしに大金を管理するのは、正直恐ろしいです」
セリーとミリアも揃って頷いていた。
「私はアイテムボックスを持っていますが、十枠しかありませんので、すぐにお金でいっぱいになってしまいます」
「私も金貨をチェストに入れっぱなしにするのはちょっと……」
確かにそうだよなぁ……。
うーん……。俺が預かって、預金通帳でも作るか?
元帳を作って金額を照らし合わせれば、ズレる心配もないだろう。
そう提案すると、通帳という単語はブラヒム語に翻訳されず、帳簿を作ると言いなおしたところ、彼女たちは満場一致で賛成を示した。
よし。ベスタの魔結晶を換金するのは後日にして、明日の朝食後と昼食後の食休みは通帳や元帳作りってことで。
預かった黄魔結晶をアイテムボックスに納めると、ベスタも緑魔結晶をリュックへしまい込む。
……あれにはどのくらい魔力が貯まってんだろ?
魔結晶の保有量を確かめる方法がないのでよく分からないが、それを含めた場合、四人の中で一番の資産家になっている可能性があるぞ……。
おそらく、ロクサーヌたちも同じことを考えたのだろう。
三人の美しい顔がどこかひきつっているように見えた。
……まあいいや。セリーとミリアの魔結晶へ融合するための緑魔結晶を作るべきなのかを、後日一番奴隷さんに相談してみよう。
そんなことより今は迷宮探索の準備だ。
思考を切り替え、ベスタの装備を整えるために物置へと足を向けた。
物置へ入り、ベスタの装備品が置いてあるクローゼットを開ける。
「これがベスタの装備品だよ。さあ、身に着けてみて」
「えっと、二人分あるようなのですが……」
彼女が漏らした戸惑いの声に、セリーが微笑みながら答えた。
「どちらもあなたの装備品ですが、こちらはオリハルコンやミスリル、それに聖銀製となっています。今はまだ身に着けることは難しいでしょう」
「えっ!?」
ベスタはポカンと口を開け、視線の先に並ぶ装備品を見つめている。
眩い金属の輝きに目を奪われ、言葉を失ったようだ。
「ベスタ、セリーさんの言う通り今は難しいと思うけど、一度試してみようよ」
ミリアの提案にロクサーヌも続く。
「そうですね。その方がいいでしょう」
その言葉でハッと正気を取り戻し、ベスタが頷きを返した。
「分かりました。試してみます」
そう言って装備品に手を伸ばす。
しかし当然のことながら、村人レベル2では身に着ける以前の問題で、持ち上げることすら不可能。
まあ、そりゃそうだよな。
あのロクサーヌですらミセリコルデが違和感なく扱えるようになったのは、巫女のレベルが32になってからだもん。
これで装備出来たらチート疑惑が出るわ。
三人に手伝ってもらいながら、ダマスカス鋼のプレートメイルを身に着けようとしているところを見てふと気づく。
あっ。先に身代わりのミサンガを付けとかないと。
「ちょっと待って。先にこれを付けておこう」
アイテムボックスから身代わりのミサンガを取り出しながら話し掛けた。
ロクサーヌは納得したように頷き、部屋の片隅に置かれていたスツールを取り、ベスタの前に置く。
「ご主人様が身代わりのミサンガを巻いてくださいます。身に付けたい方の足をこれに乗せてください」
「あ、はい。ありがとうございます」
彼女は原作と違い、身代わりのミサンガを身に着けることについて、驚いた様子はない。
まあ、さっきオリハルコンやミスリル製の装備品を見たばっかだもんなぁ。
あれに比べたら、そりゃ霞みもするだろう。
さっきのがバカパクの10・10なら、これはシブ知の1・1だ。
……いや? そうかぁ?
脳内で燦然と輝くボキャブラマトリックスを振り払って、スツールに右足を乗せているベスタのもとへ歩み寄る。
靴下を履いているせいで、足にあるはずの鱗が確認できない……。
商人ギルドではちゃんと見ることができなかったから、至近距離からガン見しようと思ってたのにー。
しゃーない。風呂のときにでも改めて確認しよう。
サクッと巻き終え、声を掛けた。
「前衛のベスタは攻撃を食らうことが多いと思うけど、いざというときはこいつが君の身を守ってくれる。予備はたくさんあるし、切れたらすぐ新しいものを巻くからね」
ベスタの顔に、少し照れたような笑みが浮かぶ。
「こんなに大切にしてもらえるなんて、想像もしていませんでした。ご主人様、ありがとうございます」
あら、可愛い。
それにしてもこの娘の声は落ち着きがあるだけではなく、柔らかさと温かさが感じられるなぁ。
ロクサーヌの涼やかで美しい声。
セリーの特徴的でキュートな声。
ミリアのちょっと高めで愛らしい声。
そして、以前耳にしたルティナの鈴を転がしたような上品な声。
どの声も俺の心を捉えて離さない。
浮世を忘れて、ずっとその声に包まれていたくなるほどだ。
そんなことを考えている間にベスタは三人の補助を受けながら、装備品を身に着けだす。
んじゃ、俺も準備をしておきますかね。
ボーナスポイントの振り分けとジョブの変更をしつつ、彼女たちの様子を見守る。
ベスタはアシストを受け、真剣な面持ちでダマスカス鋼のプレートメイルのタセットとキュイラスを装着し、さらに耐風のダマスカス鋼額金とダマスカス鋼のガントレットを身に纏う。
金属同士が擦れ合い、物置部屋に小気味良い音を響かせていた。
それが済んだところでセリーが二本のダマスカス鋼の剣を手に取り、こちらへ問いかけてくる。
「武器はどうしましょう? 詠唱中断を付けた方がいいですか? その場合、両方に融合しますか?」
うーん……。
この後はすぐに、ハルバーの一階層で魔物とタイマンをしてもらう予定だが、その際はデュランダルを使用してもらうので、いまベスタに武器を渡す必要はない。
それに今日は見学が中心で、前衛として剣を振るう機会は少ないだろう。
加えて、二本のオリハルコンの剣が出番を待っている状況だ。
ぶっちゃけダマスカス鋼の剣はあくまでつなぎ。いわばワンポイントリリーフのようなもの。
これにスキル結晶を融合するのはもったいないよなぁ。
一本は物置で眠っている強権のレイピアに変更して、ダマスカス鋼の剣に詠唱中断を付けるのはやめておくか?
腕力二倍や攻撃力二倍、防御力貫通を付けない限りカスダメしか出ないし、そんなに差はない。
それならウサギのスキル結晶を温存した方がいいだろう。
その考えを伝えるとロクサーヌが同意を示す。
「既に高性能な武器が控えているのです。私のミセリコルデがそうだったように、ベスタもすぐに持ち替えることになるのではないでしょうか」
そして、セリーも頷きながら付け加えた。
「ミリアの状態異常攻撃もフランベルジュが装備できるようになるまで保留していますからね。その方が合理的です」
さらにミリアとベスタもそれに続く。
「はい、問題ないです」
「大丈夫だと思います」
おー! なんか原作っぽい! これにルティナが加わって諸侯会議に絡めた発言をすれば完全にウェブ版じゃん!
内心の興奮を抑えつつ、スロ二のダマスカス鋼の剣を受け取り、アイテムボックスへしまい込む。
セリーはもう一方をクローゼットへしまうと、代わりに強権のレイピアを取り出し、ベスタへ渡す。
ベスタはミリアに手伝ってもらいながら、受け取ったレイピアを剣帯へ吊るしていた。
それを見ながら、ふと思う。
……こんなことなら、ダマスカス鋼の剣は買わなくてよかった気がするなぁ。
正直、無駄な買い物だったかもしれない。
まったく、二手先が読めない男である。
あ、いや。適当なスキルを付けて売っぱらえばいいのか。
うん。投資だ、投資。商材を買ったと思えばいいのさ。問題ないない、ナイチンゲール。
自分を誤魔化していると、いつの間にかベスタが帯剣を済ませていた。
「じゃあ、行こうか」
四人それぞれの口から紡がれる美しい声による返事。そしてガチャガチャ鳴り響く金属音と共に、物置部屋を後にする。
玄関で履くため、オラクルダマスカス鋼グリーヴをベスタが持っているのはともかく、どうしてミリアはスツールを抱えているんだ?
脳裏に疑問がよぎったものの、特に口には出さず、皆と共に玄関へ向かう。
やがて到着するとミリアはスツールを床に置き、ベスタへ声を掛けた。
「グリーヴは私が履かせるから、ベスタはこれに座ってて」
ああ、なるほど。そういうことね。
金属製の鎧を身に着けたまま、しゃがんでグリーヴを履くなんて無理だもんな。
そうなると、もう一つスツールを購入しておいた方がいいか。
脳内のToDoリストに、明日の午前中に家具屋へ立ち寄るときに鍵のかかるチェストだけでなく、スツールも購入と書き込んでおこう。
「お姉ちゃん、ありがとうございます」
「えへへ。お姉ちゃんだもん。これくらいなんでもないよ」
ほんと、可愛い娘たちだなぁ。
そのやり取りを、ロクサーヌとセリーも微笑ましそうに見守っている。
そうこうしているうちにベスタの装備が整う。
改めてその姿を見て、思わず息を呑んだ。
フルフェイスではなく額金のため、彼女の端正な相貌がハッキリと見える。
女性向けに作られているわけではないだろうに、キュイラスにはふくらみがあり、タセットを身に着けている腰はキュッとくびれ、スタイルの良さが浮き彫りだ。
長い指先が無骨なガントレットをスマートに見せており、しなやかな脚に装着されたグリーヴは気品すら感じる。
野暮ったい甲冑であるはずなのに、ベスタが身に着けることで凛々しさの中に、隠し切れない華と艶が宿っていた。
ダマスカス鋼シリーズで統一されていることも、それに拍車をかけているのだろう。
やっぱ一式装備はいいよなぁ。
コンセプトが揃っているとそれだけで魅力が増す気がするわ。
キリン一式とかレイア一式とか、マジで最高だったもん。
そんなことを考えながら見つめているとベスタと目が合った。
彼女は恥ずかしそうに頬を染め、照れ笑いを浮かべる。
あー。可愛いんじゃー。
あまりの愛らしさに一瞬クラッとしそうになったが、なんとか理性を保ちながら声を掛けた。
「ベスタ、動きに問題はない?」
軽く体を動かして確認し、こちらへ顔を向ける。
「はい。大丈夫だと思います。少しだけ重さを感じますが、動きに支障が出るほどではありません」
村人レベル2なのに、全身を金属に覆われても動きに支障がないのか……。
竜人族の身体能力、マジパネェ。
圧倒的なポテンシャルに戦慄を覚えつつ、ワープゲートを展開する。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv52 勇者Lv46 遊び人Lv57 魔道士Lv52 錬金術師Lv31
装備 頑強のアルバ 身代わりの竜革グローブ オラクルビットローファー よりしろのイアリング
BP振分 残BP:62
キャラクター再設定:1
フィフスジョブ:15
詠唱省略:3
必要経験値二十分の一:63
鑑定:1
ワープ:1
パーティージョブ設定:3
パーティー項目解除:1
所持金:2,447,449ナール
夏の休日