ミリアのダンジョンウォークで一階層入口の小部屋へ移動し、そこから迷宮を出て自宅に戻る。
朝食は昨日の残りがあるためパンを購入する必要がないからな。
玄関で靴を履き替えたところで彼女たちへ告げた。
「それじゃあ、俺は自室で通帳を作るから、みんなは朝食の支度をお願いね」
すると、ロクサーヌが他の三人に顔を向ける。
「朝食の支度といっても温めなおすだけなので、四人でやる必要はないでしょう。私はご主人様のお手伝いをいたしますので、そちらはあなたたちに任せます」
そしてセリーもそれに続く。
「それなら二人で十分なはずです。私も作業のお手伝いをした方がいいですね」
二人の言葉を聞き、ミリアから声が上がった。
「えー! 私もご主人様のお手伝いをしたいです! ベスタもそうだよね!」
無茶なパスを放られた新人さんは、キョロキョロと周囲に視線を動かしていた。
可哀想に。巻き込まれちまって、まあ。
「えっと、あの、大丈夫だと思います」
うん? ベスタさんや。困っているのは分かるんだけど、その『大丈夫だと思う』ってのはどういう意味なんだい?
そんなことを考えながら彼女たちのやり取りを見つめていたところ、ロクサーヌが両手を打ち鳴らして注目を集め、女神のような美しい笑みを浮かべながら提案を口にする。
「それではこうしましょう。誰が補佐に入るのかはご主人様に選んでいただきましょう」
え? 俺が選ぶの? それって角が立たない?
「それだとロクサーヌさんを選ぶに決まっているじゃありませんか」
「お姉ちゃん? 自分が選ばれると思って、そんな提案をしましたね?」
ジト目で反論するセリーとミリアに、オロオロしているベスタ。
どうやらロクサーヌの提案は受け入れられないらしい。
にしても、君たちそんな風に思ってたの?
ロクサーヌだけを贔屓しているつもりはないのだが、自分でも気づかないうちにそうなっていたのだろうか?
……うーん。一番大切な人がロクサーヌだということは絶対に揺るがないが、あからさまに差をつけるのはいかんよなぁ。
それで不満が溜まってはまずいことになるだろう。
今後は少し意識した方がいいのかもしれない。
俺が反省している間も、三人は自分こそがアシスタントに相応しいとアピール合戦を繰り広げている。
この娘たち、今日はずいぶん主張が激しいなぁ。
普段なら譲り合ったりするのに、どうして今回は引かないんだ?
彼女たちの態度を不思議に思いつつ、このままでは埒が明かないので声を掛ける。
「じゃんけんでもしたら?」
うん? いま訳されなかったぞ? ということはこの世界にじゃんけんがないってことか。
「じゃんけんですか? それはいったいどのようなものでしょう?」
疑問を呈したロクサーヌだけではなく、全員頭の上から大きなハテナマークが浮かんでいるような表情だ。
んじゃ、説明するとしますかね。
一通りじゃんけんについて話したところで、ミリアが声を上げる。
「ご主人様の言う通り、すぐに何かを決めるときに役立ちそうですよねー」
せやろ?
「確かに、それを使えば物事をスムーズに決めることができるでしょう」
「はい。とても便利だと思います」
ロクサーヌとベスタも頷きながら同意を示すが、セリーだけはどこか釈然としない表情で問いかけてきた。
「あの、紙をハサミで切ったり、ハサミが石に歯が立たないのは理解できるのですが、どうして紙で石を包むと紙の勝ちになるのですか?」
え? そんなこと聞かれても……。昔からそうだったとしか答えられないんだが……。
適当なことをでっち上げることも可能だろうが、この娘は鬼のようにツッコんでくるだろうし、絶対にぼろが出る。正直に話すとしよう。
由来が分からず、またこの世界に来たため調べる手段がないことを伝えると、全然納得していない様子ではあるものの、何とか飲み込んでくれた。すまんね。
「試しにやってみよう。色々な合図の言葉があるんだけど、初めてだし伝統的なものから伝えておこうかな。それじゃあ、いくよ? 最初はグー、またまた――」
俺も交えて何度かじゃんけんを試したところ、彼女たちは勝った、負けたと一喜一憂している。
その姿がめちゃくちゃ無邪気で愛らしい。
朝から良いもん見たわぁ。
リハーサルが終わり、いざ本番を迎えるとロクサーヌ、セリー、ミリアの表情が引き締まる。
どうやらここからは本気モードらしい。
一方、ベスタは困り顔で彼女たちのことを見つめていた。
もし新入りである自分が勝ってしまえば気まずいとか思っているのだろう。
まあ、当然といえば当然だ。
見守っていると、セリーが口を開く。
「ロクサーヌさん。合図をお願いします」
「では、ご主人様がおっしゃっていた、伝統の掛け声にしましょう。ただし正式版は長いため、今回は簡易版とします。いいですか?」
三人はその言葉にコクリと頷いた。
「それではいきます。最初はグー、じゃんけんぽん」
掛け声に合わせて差し出された手の形はロクサーヌ、セリー、ミリアがそろってチョキ。
対してベスタだけはぎゅっと拳を握り締めている。
三人は残念そうな顔をしたものの、オロオロしているベスタを見てすぐに表情を改め、祝福の声を掛けている。
いいお姉さんしてるなぁ。
それにしても一人勝ちねぇ……。この娘は本当に運ゲー最強かもしれん……。
ベスタが一抜けしたものの、お手伝い枠はもう一つ。
それを巡り、三人の間では激しい火花が散っている。
たかが通帳作りのお手伝い程度のことで、そんなむきにならんでも……。
そう思いつつも、彼女たちが俺の役に立とうと躍起になっていることが嬉しくてたまらない。
本当に俺は世界一幸運な男だ。
ベスタと共に三人の勝負を見守っていると、数回のあいこの末に一番奴隷の意地を見せ、ロクサーヌが見事勝利を収めた。
「やりました! これでご主人様のお役に立つことができます!」
ああ、えっと、うん。ありがとう。
嬉しいのは間違いないんだけど、そのテンションには少し気圧されてしまうぞ。
それに、落ち込んでいるセリーとミリアのフォローをしなければ。
「ロクサーヌ、ベスタ。それじゃあ手伝いをお願い。セリーとミリアも朝食の支度を頼むね。部屋じゃなくてリビングで作業をするから、用意ができたら呼びに来て。あと、できれば食休みのときには二人にも手伝いをお願いしたいんだけど、駄目かな?」
「問題ありません! ではそのときには作業に加わります!」
「はい! 私たちもお役に立ちますよー」
二人の顔に笑みが戻り、弾むような足取りでキッチンの方へ向かっていった。
可愛い娘さんたちだなぁ。
それじゃあ、俺たちも作業に取り掛かるとしますかね。
二階へ上がり自室から直尺と差し金、それから筆記用具を取る。
そして、彼女たちの部屋では縫い針と糸とはさみを、さらに物置からは羊皮紙を回収してリビングへと移動した。
それらをローテーブルの上に広げ、まずは通帳として用いるためサイズの確認を行う。
興味深そうにこちらへ視線を向けているロクサーヌとベスタに見守られながら、昨日A4サイズだと判明した羊皮紙を長辺折りにしてみた。
通帳にしてはだいぶ大きいなぁ。
うーん……。もう一回折ってみるか。
さらに半分にしたそれは、多少の違和感はあるものの通帳っぽいサイズに見える。
でもなぁ。
機械による印字じゃなく、手書きで記入していくんだぞ?
それも鉛筆やボールペンではなく、羽根ペンを使ってだ。
そうなると罫線に余裕を持たさなければいけなくなり、一枚あたりに記入できる件数が少なくなるだろう。
よし。あんまり通帳って感じじゃないけど、A5サイズにしておくか。
横長で使用するから、えーっと、横二百十ミリ、縦百四十八ミリだな。
さて。サイズが確定したところで、今度は罫線の規格を定めないと。
差し金をあてながら確認したところ、十ミリ間隔の線が十五本引ける。
上下に四ミリずつ余白も取れるし、ちょうどいい気がするぞ。
オッケー。横線はこれで決定だ。
鉛筆で横線を引いたら、今度は縦線に取り掛かる。
あまりごちゃごちゃしても分かりにくくなるだけなので、シンプルにいこう。
左から日付欄、入金欄、出金欄、残高欄。
ぶっちゃけ、これについては昔から気になっていた。
どうして金融機関によって、入出金の記載欄が左右まちまちなんだ?
絶対統一するべきだろう。分かりにくいっての。
彼女たちによれば、この世界には預金通帳そのものがないらしい。
ならば、我が田川銀行がパイオニアとなる!
入金は左! 出金は右だ!
拳を握り、天へと突き上げる。
いまこの瞬間、この世界における通帳の基準が定まったのだ。
俺の行動に面食らったような顔をしているベスタとは対照的に、ロクサーヌは突飛な行動が多い子供を見守るような、優しい笑みを浮かべていた。
やめてー! そんな顔で僕を見ないでー!
……気恥ずかしさを覚えながら、作業に戻る。
左右に四ミリの余白を入れると、使える幅は二百二ミリ。
日付欄は他の三つより狭くていいから四十ミリで十分だ。
差し引き百六十二ミリだから、三等分すると、えーっと、五十四ミリか。
差し金をあてながら線を引いていくと、それらしいレイアウトが整った。
一番上の行を見出しにすればバッチリだ。
入出金額を記載する際、空いている欄は摘要欄にすればいいし、処理した者が署名することにしてもいい。
うん。なかなかいいんじゃない?
最後は使用する枚数の確認を行う。
羊皮紙は結構な厚みがあるため、何枚も重ねるというわけにはいかない。
六枚がギリギリといったところだ。
これ以上だと二つ折りでの運用は厳しいだろう。
今となっては確かめようもないが、日本の通帳は何枚綴じだったのかね?
……まあ、気にしてもしょうがない。続きだ、続き。
えーっと、一番上は表紙と裏表紙にするし、その裏と中表紙には名義人情報や規定を書く必要があるから、実際に記帳できるのは十八ページとなるわけか。
うん。まあ十分だろう。
我ながら何もそこまでガチで作らんでも、と思わないでもないが、こういう作業が好きなんだよねぇ。
すべての仕様が固まったところで作業に取り掛かることにした。
鉛筆で罫線を引いた羊皮紙を彼女たちに見せ、説明を行う。
「俺は表紙部分を作るから、これと同じように引いてくれる? 片面だけじゃなく両面でお願い。表紙も含めて六枚揃ったら折り目をつけて、そこを糸で縫い付けてね」
作業内容を伝えるとロクサーヌが頷きながら答える。
「かしこまりました。それでは私が線を引きますので、ベスタは縫い付けをお願いしますね」
「分かりました」
それじゃあ、ミッションスタート!
差し金はロクサーヌが使用しているため直尺を当てながら、半分に折った羊皮紙に鉛筆でデザインを整えていく。
とりあえず左上に『田川銀行クーラタル支店』っと。
次はその下に情報を記入する。
金融機関コードが0001で、店舗番号は001。
うむ。これこそ銀行の幕開けに相応しい番号だ。
まさに始まりの始まり、トップオブトップ、ファーストペンギン。実に美しい。
あっ、でも、本店もないのに、いきなり支店を設立ってのはどうなんだ?
うーん……。そうだな。クーラタル支店ではなく、本店にしておこう。
消しゴムで消し、本店に改めた。
次は口座番号に移る。
栄えある第一号は、もちろん我が最愛の人であるロクサーヌ。
0000001という数字が何とも輝かしい。
……百万人分の口座を作ることなんてありえないだろうが、こんなもんは気分だ。全然問題ない。
最後に名義人の名前を右上に記載しよう。
ロクサーヌ・タガワっと。
どこからどう見ても預金通帳だ。
よっしゃ。このデザインでいこう。
「ご主人様……」
デザインが決まったそれを見ながら悦に入っていると、呆れと喜びが混じった声が耳に届く。
そちらに視線を向けたところ、何とも言えない表情をしたロクサーヌが目に飛び込んできた。
「私はまだご主人様の家名になったわけではありません」
そう言いつつも、彼女の口元に笑みが浮かんでいるのがハッキリ確認できる。
「まだってことは、いずれそうなるってことでいいんだよね?」
「それはそうですけど、でも今ではありません」
おー! 肯定してくれた! 彼女もその気でいてくれている!
本心が伝わりテンションが爆上がりしていると、ロクサーヌは表情を緩めた。
「もう。しょうがないご主人様です」
好き! ロクサーヌ大好き!
視線を絡ませていたところ、不意に視線を感じそちらへ顔を向ける。
すると、『この人たちはなんで急にいちゃつき始めたんだろう?』と言いたげな表情でこちらを見つめるベスタの姿が……。
い、いかん! イチャイチャパラダイスを堪能している場合じゃなかった!
「よ、よし。作業を続けよう」
「そ、そうですね」
ロクサーヌと頷きを交わして作業に戻ったものの、ベスタの目には戸惑いの色が浮かんだままだ。
すまぬ。我が家で生活する以上、こういう場面を頻繁に目にすることだろう。
それにその対象が君になることもあるはず。
申し訳ないが、慣れてもろて。
表紙と裏表紙を仕上げ、裏表紙に銀行と口座名義人の情報を記載し、さらにそれっぽい規約も書いていく。
本口座に預けられた金銭は名義人の所有物であり、当行が無断で使用することはない。
出金は原則として名義人本人のみが行える。その際、必要に応じてインテリジェンスカードの確認を行う。
ただし、委任状があれば、本人が指定した代理人による出金を認めることがある。
出金時には本通帳の提示を必須とする。
入出金を行う際は、本通帳と銀行が所持する台帳に同内容を当行職員が記載することとし、記載内容を双方が確認の後、記載内容に間違いがなければ改竄防止のため、本通帳に当行職員が、台帳に名義人が署名するものとする。
通帳を紛失、破損した場合は速やかに当行に申し出ることとする。インテリジェンスカードの確認を行い、本人確認が取れた場合に限り、再発行を行う。
利息は年間五パーセントとする。
本規約は当行の判断により変更されることがある。
預かったお金を運用することはないし、どうせ雰囲気だけなんだから、こんなものでいいだろう。
利率については氷河期世代である俺たちの憧れ、バブル期と同水準。きっと彼女たちも喜んでくれるはず。
当時大人たちは銀行に一億円預ければ、一生遊んで暮らせるなんて言っていた。
いま思えば絵に描いた餅で、幻想そのものの戯言だが、固定金利でずっと預け続けている人は令和になっても、その状態を継続しているってことだもんなぁ。
何とも夢のある話だこと。
……悪い、やっぱ辛えわ。
ようやく表紙を完成させ、ロクサーヌの方に視線を向けると、かなりの枚数を仕上げていた。
まあ、考えながらの作業だったし、差が付くのもしょうがない。
気を取り直してベスタに声を掛ける。
「じゃあ、ベスタに作業をお願いしようかな。表紙も含めた六枚の紙を二つ折りにして、折り目の付いた中央を縫い付けてね」
「はい! お任せください!」
自分の出番を今か今かと待ちわびていたのだろう。彼女の声には期待の色が混じっていた。
その様子を眺めていると、全部まとめて折り目を付けるのではなく、一枚一枚折ってそれを重ねている。
ヒゲ剃りのときも思ったが、二メートル超えの身長をしている割に、意外と慎重だよなぁ。
まあ、体格がデカいから大雑把だ、ってのは単なる偏見なのだろう。
だが、ベスタが縫い針をとろうとしたところでリビングの扉が開く。
「朝食の準備ができましたよー」
まるで部屋が明るくなったと錯覚するほどの元気な声が部屋に響いた。
あらま。これからってところだったのに、どうやらタイムアップのようだ。
残念そうな表情をしたベスタと、それを優しく見守っているロクサーヌを促し、部屋を後にする。
いつもの席に着くと右隣にロクサーヌが、左隣にセリーが腰掛けた。
どうやら今日の座席はこれらしい。
二人は輝くような笑みを浮かべており、俺の隣に座れることを喜んでいるのが伝わってくる。
幸せだなぁ。
ニコニコ笑顔に挟まれながら、昨夜の残りである豪華な朝食をとり、歯磨きと洗い物を済ませたところで、通帳作りの再開だ。
ベスタはフンスと気合を入れ、六枚の紙をチクチク縫い始める。
うん。問題なさそうだ。
さて、俺の方も作業を再開しよう。
全員分の表紙を書き上げたころには、ベスタとロクサーヌの作業は既に終了しており、二人は自分の通帳を仕上げているセリーとミリアの様子を見守っていた。
俺が作業を終えたことに気が付くと、ロクサーヌはそれを受け取り、微笑を浮かべながら口を開く。
「私の分はベスタが作ってくれましたので、あなたの分は私が作りましょう」
「あ、はい。あの、ありがとうございます」
ベスタは嬉しそうにコクコク頷き答えた。
良い娘たちだなぁ。
ほっこりしながら今度は台帳作りに取り掛かる。
こっちはA4のままでいいし、デザインに凝る必要もないからササッとやっつければいい。
すべての作業が完了すると、四人は嬉しそうに自分の通帳を確認し出した。
その様子を見守っていたところ、規約を眺めていたミリアが首を傾げながら問いかけてくる。
「ご主人様、ご主人様。お金を返してもらう時にはインテリジェンスカードを確認されるんですか?」
彼女の顔には不思議そうな表情が浮かんでいた。
「もちろん君たちが利用する場合は確認することはないよ。それはあくまでも外部の人が利用する場合の規約だね」
ぶっちゃけ外部の人の金を預かるつもりはないし、こんなもんただのフレーバーテキストだ。あまり気にしないでおくれ。
それを聞きロクサーヌが声を上げる。
「なるほど。新しい制度を作り上げるということですか。さすがご主人様です」
いや、単なるお遊びだから。そんなつもりは毛頭ないから。本気にせんとって。
ロクサーヌのさすごしゅに戦慄していると、セリーが呟きを漏らした。
「年間五パーセントも利息が付くのはすごいですよね。百万ナールを預けたら一年で五万ナールも増えるのですよ? お金を預けてそれだけの利益が出るなんて、考えられません」
「はい。確かにその通りだと思います」
その言葉に大きく頷きながらベスタも同意を示す。
それに関してはマジでそう。年利五パーの預金とかめちゃくちゃだ。
日本でもそんな時代が実際にあったなんて、信じられないもん。
ロクサーヌ、セリー、ミリアはさっそく預金をするようで、飛び出すように部屋を出ていった。
一方、ベスタは少し気まずそうにそのままリビングに残っている。
昨日うちに来たばかりで、まだ給与の支給日を迎えていないもんなぁ。
他の娘たちが入金を試すってのに、この娘だけ何もできないのは何とも可哀想だ。
現金はないものの、ベスタには黄魔結晶という財産がある。
どうせ夕方にはドロップアイテムと一緒にギルドへ売却する予定だったし、いま俺が買い取っても同じことだろう。
その旨を告げると、驚き交じりの声がリビングに響いた。
「よろしいのですか!?」
「別に損をするわけじゃないからね。問題ないよ」
彼女の問いに答えると、控えめで愛らしい笑みがこぼれる。
「ご主人様、ありがとうございます」
あら、可愛い。
この娘は褐色肌で美人系なのに、表情があどけなくてグッとくるわぁ。
アンビバレントな魅力というやつだろうか?
そんなことを考えながらアイテムボックスから、金貨を取り出していく。
十三枚の金貨をローテーブルに並べたところで、賑やかな声が戻ってきた。
入ってすぐに金貨へ目を留めると、セリーが納得したように声を漏らす。
「なるほど。ベスタの黄魔結晶を買い取ったのですか」
察しの良い娘さんだこと。
感心しているとロクサーヌが口を開いた。
「ふふ。さすがご主人様。これでベスタも通帳を試すことができます」
ミリアは大輪のひまわりのような笑みを浮かべ、ベスタに話しかける。
「ベスタ、よかったね! 仲間外れじゃないよ!」
「はい。皆さんと一緒に試すことができます」
四人は朗らかに言葉を交わし、喜びを分かち合っていた。
今日も『いせはれ!』は絶好調だなぁ。
年頃の女の子たちが楽しそうにしている姿って、どうしてこんなにも心をくすぐるんだろう?
新緑の若葉や草木萌ゆる風景を連想させ、今しかないこの瞬間が自分にもかつてあったはずの過ぎ去った郷愁を強く掻き立てるのだろうか。
それとも彼女たちの輝きに満ちた無限の可能性に対する憧れと、何者にもなれなかった自分への劣等感があるのかもしれない。
まあそれらがない交ぜになって、ただただ尊いと感じてしまうのかもな。
とりとめのないことを考えていたところ、ロクサーヌが巾着袋を差し出してきた。
「それではこれをお願いします」
おっと。田川銀行の記念すべき、第一号のお客さんだ。
ちゃんと対応せねば。
受け取った巾着袋の中身を確認したところ、銅貨は入っておらず金貨と銀貨だけ。
合計は十五万八千百ナール。
そのうち三千百ナールは手元に残すとのことなので、預金額は十五万五千ナール。
……アランが提示したロクサーヌの価格は六十万ナール。となれば仕入れ値は十五万ナールくらいのものだろう。
自分が売却された金額を、春の間だけで稼いだということか。冷静に考えるとこれはすげーな……。
驚きつつも元帳と通帳に日付と入金額、それから残高を記入してロクサーヌに確認をお願いする。
両方に目を通し問題ないとのことだったので、元帳の摘要欄に署名をもらった。
最後に俺も通帳に漢字で『田川歩』と署名をし、手続き完了だ。
たとえこれを真似しようとしても、非漢字圏の人が書く漢字は明らかに不自然で、すぐに判別が付く。
この世界で漢字を書ける人なんて存在しないため、完璧なセキュリティとなるだろう。
まあ、彼女たちが改竄するなんて、あり得ないけどね。
通帳を返却すると、彼女はそれを胸に抱き微笑みを浮かべる。
「ご主人様、ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます。またのご利用をお待ちしております」
俺の言葉に一瞬キョトンとした表情を浮かべたものの、すぐに笑顔へ戻り言葉を紡ぐ。
「はい! よろしくお願いいたします!」
綺麗で可愛い笑顔だなぁ。
その後、セリーが二万二千百ナールのうち二万千ナールを、ミリアが一万四千五百ナールのうち一万四千ナールを口座に入れる。
そしてベスタは金貨を持つのが怖いと言って、先ほど手に入れた十三万ナールをすべて預けてしまった。
まあ、本人がそれでいいのなら何も言うまい。
……それにしてもベスタは昨日うちに来たばかりなのに、魔結晶の融合でジャックポットを引き当ててとんでもない額を稼ぎ出している。
実際目にするとかなりのインパクトだ。
態度には出さないものの、セリーとミリアが不満を抱いている可能性もあるだろう。
時間ができたら彼女たちの緑魔結晶を黄魔結晶にするため、融合用のものを用意した方がいいかもしれない。
通帳を見ながらあれこれ話している彼女たちの声を聞きつつ、そんなことを考えていた。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv53 勇者Lv46 遊び人Lv57 魔道士Lv52 剣士Lv43
装備 サンダル 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:0
キャラクター再設定:1
フィフスジョブ:15
必要経験値二十分の一:63
詠唱省略:3
鑑定:1
結晶化促進四倍:3
MP回復速度二十倍:63
ジョブ設定:1
ワープ:1
所持金:2,324,263ナール
夏の1日目
いつも拙作をお読みいただき本当にありがとうございます。
今年も更新を続けられたのは、素晴らしい原作のおかげです。
また、UA、お気に入り、感想、評価、ここすきといった皆様の反応が本当にモチベーションになっています。
そこで、今回から年末年始にかけて連続更新を行いたいと思います。
お楽しみいただければ幸いです。