朝の支度とミーティングを終えたら、セリーを連れて帝国解放会のロッジへと飛ぶ。
セリーは好奇心で瞳を輝かせながらこちらを見上げた。
「ご主人様のお役に立つ情報を調べてまいります!」
そう言って歩き出そうとしたのを制止する。
待て待て。楽しみなのは分かるが、少し落ち着け。
「朝食も取らずに来ているのだ。飲食代を渡しておくから、これで好きに飲み食いするといい。もちろんお釣りを返す必要もないぞ」
パーティーのために情報収集してくれるのだから、このくらいはしておかないと。
「ありがとうございます」
可憐な微笑みで感謝を告げた彼女に飲食代を渡していると、白髪の紳士がこちらに近づいてきた。
帝国解放会の書記長、セバスチャンだ。
「これはこれは、アユム様。ようこそおいでくださいました。聞くところによると、四人パーティーで四十五階層を突破されたのだとか。ブロッケン様が強く推薦されておりましたので、尋常のお方ではないと思っておりましたが、想像以上でございました」
まあ、文字通りチート能力を持ってますんで。
「うむ。微力ではあるが、帝国を迷宮の脅威から解き放つべく励むつもりだ」
「なんと。我が会の理念を体現したようなお言葉。このセバスチャン、感動で胸が震える思いでございます」
実際は徹頭徹尾、自分の都合なのだが、そこは言わぬが花というものだ。
長い社会人生活でそのくらいの腹芸は心得ている。
「それだけではなく、ことによると迷宮討伐さえも視野に入っているのだとか。わたくしだけではなく、会員一同アユム様の第三位階昇格を楽しみにしております」
おいおい。最上階の待機部屋にたどり着いたと報告していないのに、ハルツ公はもう根回しを始めたのか。
ほんと、せっかちなお人やで。
「あくまでも誰よりも早くハルバーの迷宮の最上階へたどり着いたらの話だが、期待に応えられるよう励むつもりだ」
「はい。ご健闘をお祈りしております」
セバスチャンはそう言って目礼をすると、すぐに言葉を続ける。
「本日は迷宮討伐に向けての情報収集でしょうか?」
うん? 別にそんなことはないんだけど、まあ爵位を得る手段を探していると言うわけにもいかないし、適当に同意しておこう。
「まあな。最上階のボスともなれば一筋縄ではいかないだろう。そのため、あらかじめ調べておこうと思ってな」
「それでしたら当ロッジの資料室がお役に立つことでしょう。アユム様、お探しの資料などがありましたら、何なりとお声がけください」
いや、別に俺が調べるわけじゃないし……。
「だそうだ。セリー、分からないことがあれば書記長殿に尋ねるといい」
こちらを見上げていたセリーは一つ頷き、セバスチャンの方に体を向ける。
「ありがとうございます。その際は、よろしくお願いいたします」
「かしこまりました」
彼は薄く微笑むと、スタイリッシュな礼を執った。
あいかわらず決まってんなぁ。
セリーとセバスチャンを見送り、姿が見えなくなったところでフィールドウォークの詠唱を開始する。
送迎が終わると自宅に戻り、今度は他の三人を連れてクーラタルの冒険者ギルドへ移動したところ、ロクサーヌが他の二人に指示を出す。
「ミリア、ベスタ。打ち合わせ通りにお願いしますね」
「はい! 任せてください!」
「分かりました」
彼女たちは頷きを交わし合うと、俺に断ってから情報が書かれた紙の束が置いてある方へと歩いていった。
んじゃ、俺も取り掛かるとしますかね。
朝のミーティングで決めた探すべき迷宮の条件は、高階層であること。
それからクーラタルの迷宮のように、領地内で騎士団によって管理されている、通称管理迷宮ではないこと。
領地内にある迷宮を撃破したところで爵位を得ることはできないし、それどころか恨みを買う可能性の方が高い。
話を聞いたところ、管理迷宮はその周辺地域の経済活動に深く関わっているそうだ。
産出するアイテムは食料や薬の材料、武器や防具の素材に、建材や服の材料と幅広い。
当然、それらを元に生計を立てている者も多いだろう。
他にも貴金属や宝石といったそれ自体が価値を持つ鉱物、さらには銀貨、金貨、白金貨といった貨幣すら迷宮によって生み出されている。
それを潰すことによる影響はいかばかりか。
間違いなく周辺住民の生活は成り立たなくなるはず。
そこの領主にどれほど恨まれることか。想像するだけでも恐ろしい……。
建前上は帝国内から全ての迷宮を一掃するということになってはいるが、暗黙の了解として、管理迷宮は例外となっているのだろう。
まあ、わざわざ危ない橋を渡る理由もないし、条件にあてはまるものだけを探していくさ。
というか、当初の目的である、五十階層以降にアニマルトラップが出現する迷宮という条件は、彼女たちの中で完全になかったことになっている……。
……俺だけはちゃんとその条件で探さないと。
備え付けの椅子に腰を下ろし、紙の束をパラパラめくっていく。
ふーん。条件にあてはまるような迷宮って割とあるな。
……つまり、それだけ領土を削られる危険性が高いということになる。
この世界は迷宮の脅威にさらされていると言葉では理解していたし、セルマー伯爵領の様子を見てある程度予想もしていた。
だが、こうしてデータを確認すると、その危うさが実体を伴い圧し掛かってくる。
人類と迷宮で壮絶な陣取り合戦が行われており、現状だとかなり人類側の旗色が悪い。
なるほど。帝国解放会という相互扶助組織が結成され、迷宮討伐の手助けを行なっていることにも納得がいく。
あの会に所属する者はその性質上、貴族や権力者が多い。危機感を覚えるのも当然だろう。
貴族になった後、もしくは貴族に生まれたら、終わりのない戦闘に身を投じることになるんだな……。
この世界の貴族は民と領土を守るからこそ、徴税権を与えられ、贅沢な暮らしを認められている。
しかし、贅沢を享受しておきながら、迷宮攻略を怠るとどうなるか。
答えは簡単。領土や民、そして自分自身や家族といった、何もかもをまとめて迷宮に飲まれてしまう。
……セルマー伯が始末されるのも無理はない。
自らの手で迷宮攻略を行わないばかりか、彼は自分の身を守るために騎士団を城に張りつけ、淫蕩に耽っている。
そのせいで日に日に迷宮の脅威は高まり、一部では疎開の声も出ているという話だった。
このまま座して待てば、帝国の領土は削られる。
またエルフ側で確保している、伯爵という高位貴族の爵位が失われ、発言権が縮小してしまう。
帝国や全エルフ最高代表者会議が排除に動くのも当然だ。
……どう転んでも、ルティナの父親が助かる道はない。
つらつらとそんなことを考えながら、再び迷宮の選定に意識を戻した。
おっ。良さそうな迷宮じゃん。
帝国の南端、メリド侯爵領のカラディアという都市。
そのさらに先の未開地域に存在する、八十五階層までの情報が記された迷宮。
五十三階層にアニマルトラップが出現するだけではなく、五十二階層の魔物はボトルマーメイド。ハルバーの迷宮の最上階と一致している。
迷宮討伐の予行演習にうってつけだ。
手元の羊皮紙に書き留めた。
その後も探し続けていると、ロクサーヌがこちらへ近づいてくる。
「ご主人様。そろそろパン屋が開く時間です」
おお。もうそんな時間か。
そんじゃ、続きは朝食の後にしよう。
椅子から立ち上がり、背中をグーッと伸ばしながら考える。
調べ物をしているため完全に休日とは言いがたいが、迷宮探索自体は半休だ。
いっちょ、彼女たちが喜びそうなものでも作ろうか。
セリーがいないところで新作披露というわけにはいかないので、これまで作ったものの中から良さそうなものを見繕う。
よし。ホットケーキにするか。
それも蜂蜜とホイップクリームたっぷりのスペシャル版。
きっと喜んでもらえるはずだ。
パン屋に寄る必要がないためギルドを出ることなく、壁に近づきワープゲートを開く。
三人は困惑しつつも俺の後をついてきた。
自宅に戻ると、ロクサーヌが戸惑いながら問いかけてくる。
「あの、ご主人様。パンは購入されないのですか?」
「うん。朝食はホットケーキにしようと思うんだけど、どうかな?」
それを聞き、ミリアが表情を輝かせながら声を上げた。
「ホットケーキですか! とってもいいと思います!」
「ホットケーキ?」
ベスタが加入してからは作っていなかったため、彼女は首をかしげている。
「甘くてあったかくて柔らかくてふわふわで、とっても美味しいんだよ!」
語彙力ないなってるやん。
「甘いもの……。それはすごいですね……」
脳内で咀嚼したのか、ベスタの表情にも蕩けるような笑みが浮かぶ。
その様子を微笑ましそうに見守っていたロクサーヌがこちらに顔を向けた。
「それでは卵と牛乳とバターが必要ですね。容器をとってまいります」
廊下を歩いていくのを見送ると、ミリアはウキウキした様子で疑問を投げかける。
「ご主人様、ご主人様。蜂蜜も使うんですか?」
「ミリアさん、ミリアさん。もちろんですとも。でもそれだけではありません。今回のホットケーキは特別版です」
「えー!? 特別版!?」
彼女は両手を頬に当て、大きく目を見開いた。
相変わらず仕草があざと可愛くていいわぁ。
一方、ベスタは俺たちの会話を聞き、ハテナマークが浮かんだような顔をしている。
ホットケーキを知らないのに、特別版とか言われても分かるわけないよな。
「お待たせいたしました」
特別版とは何かとしきりに尋ねてくるミリアをかわしていると、容器を持ったロクサーヌが戻ってきた。
「大丈夫。全然待ってないよ。じゃあ、行こうか」
ここからだとギルドの方が近いため、再びワープゲートを展開する。
牛乳屋へ向かう道中、三人は特別版についてあれやこれやと想像を膨らませていた。
あまりハードルが上がりすぎるとガッカリされてしまいかねないが、それでもホイップクリームを載せたホットケーキはそれを超えてくれるだろう。
食材を購入して調理を始めると、早々に特別版の正体を見破られた。
「ホイップクリームですか? あれは本当に美味しいですからね……」
ロクサーヌがうっとり顔で呟きを漏らすと、二人も首が取れんばかりに頷いている。
「ホットケーキとホイップクリームを組み合わせるなんて、ご主人様は天才じゃないですか?」
ミリアさんや。別に俺が考えたわけじゃないんですが……。
「プリンアラモードについていた、白いものですよね。あんなに甘くて美味しいものを食べたのは生まれて初めてでした……」
ベスタはよだれを垂らさんばかりに、恍惚の表情を浮かべている。
生まれながらの奴隷という身の上だもんなぁ。
よっしゃ。喜んでもらえるよう、気合を入れるとしよう。
焼き上がったホットケーキとボウルに入ったホイップクリーム、それからつぼに入った蜂蜜とバターをダイニングへ運ぶ。
ホイップクリームと蜂蜜はかけ放題のセルフサービス。思う存分やっちゃってください。
食事の挨拶を済ませると、三人は俺が食べるのを今か今かと待っている。
最初に主人が手を付けなければ、彼女たちも食事を始められないもんな。
焦らすのも可哀そうなので、ホイップクリームと蜂蜜をかけ、切り分けてから口へと運ぶ。
うん。美味い。我ながらたいしたもんだ。
自画自賛しながら彼女たちの様子をうかがっていると、ロクサーヌを筆頭にホイップクリームを山のように盛っている。
そして、そこに蜂蜜の滝を流し込んでいた。
おいおい。かけ放題とは言ったが、それはやりすぎじゃない?
そこまですると美味しくなくなる気がするんだが……。
不安になりながら見守っていたところ、三人とも幸せそうに咀嚼している。
「ホットケーキとホイップクリームの相性がこれほどだとは思いませんでした」
ロクサーヌがそう言うとミリアも同意を示す。
「ほんとですねー。美味しいものと美味しいものが合わさって、最強の美味しさになってます」
なにその表現。この娘の言語センスは独特だなぁ。
「お姉ちゃんの言った通りでした。甘くてあったかくて柔らかくてふわふわで、とても美味しいです」
本当に? あんな状態なのに本当に美味しいの?
あ、でもマリトッツォってあんな感じだった気がするな。
割と好きだったのに、あっという間に見かけなくなってガッカリしたもんだ。
もう一度食べてみたいが、あれって自作できるもんなのかね?
彼女たちの可愛らしいリアクションを眺めながら、そんなことを考えていた。
歯磨きと洗い物を済ませたらリビングへ移動し、のんびりまったりくつろぎタイムだ。
三人は先ほど食べたホットケーキや、日常の些細な出来事。それにギルドで調べた迷宮の情報に、普段の戦闘についてなど、様々な話題でおしゃべりに興じている。
そんなポンポン話題が飛んでるのに、よく問題なく話が続くなぁ。
俺にはまったく備わっていないスキルだわ。
脚の間に座っているミリアのお腹に手を回し、その楽しそうな様子を眺める。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv55 勇者Lv51 遊び人Lv60 魔道士Lv55 薬草採取士Lv45
装備 サンダル 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:5
キャラクター再設定:1
フィフスジョブ:15
必要経験値二十分の一:63
詠唱省略:3
鑑定:1
ジョブ設定:1
ワープ:1
三十パーセント値引:63
所持金:2,177,206ナール
夏の6日目
あけましておめでとうございます。
昨年は拙作をお楽しみいただきありがとうございました。
本年もお楽しみいただければ幸いです。