これから巡る四つの候補地に近い町は、東部のモラシュ、西部のカールト、南部のベリッサ、北部のノルヴァン。
このうち、一番楽に目指すことができるのはノルヴァンに違いない。
何しろハルツ公爵領の隣なのだ。直接連れて行ってもらえる可能性だってある。
そのため、まずはボーデの冒険者ギルドへ飛んだ。
ボーデの冒険者ギルドに到着すると、行き先表を確認することなくまっすぐカウンターへ向かう。
今回は金に糸目をつけず、最短ルートを移動するつもりだからな。
値引交渉や遠回りをするつもりはない。
カウンター越しにエルフの女性職員へ声を掛けた。
「グリースタ男爵領のノルヴァンへ行きたいのだが、それが可能な者はいるだろうか?」
「ノルヴァンでございますか? そちらでしたら問題ございません。お一人ですと片道二百ナールになります」
ふむ。クーラタルから、帝都やボーデに移動するのと変わらない。
思った通り、それほど離れているわけではないのだろう。
「ただいまお呼びいたしますので、少々お待ち下さい」
銀貨二枚を支払うと、彼女はカウンターに載っていたハンドベルを手に取って振り始めた。
すると、ギルド内にまるでクリスマスが訪れたかのような、鈴の音が響き渡る。
この女性、奥で控えている冒険者たちと調整しなかったな。
つまり、どの冒険者もノルヴァンへ移動できるということだ。
おそらく、クーラタルの冒険者ギルドに所属しているものが、無条件で帝都に移動できるように、ここの冒険者たちは全員ノルヴァンに行くことが可能なのだろう。
もしかしたら、エルフの領土すべてに移動できる可能性もあるか。
そんなことを考えていると、イケメンの兄ちゃんがこちらへ近づいてくる。
あの整った顔立ちに金髪碧眼。彼もエルフに違いない。
女性職員はカウンター越しに彼へと声を掛けた。
「ノルヴァンまでお願いします」
「ああ。分かった」
男は頷き、こちらへ体を向ける。
「一人でいいのだな?」
「うむ。頼む」
「では、パーティーに入れるぞ」
パーティー編成の詠唱が終わると、俺の脳内にパーティー申請画面が浮かび上がった。
すぐさま承諾し、彼の方に視線を送る。
「よし。行こう」
彼はそう言って、発着口となっている壁に向かって歩き出す。
「ここがノルヴァンだ。では、私はこれで失礼する」
ゲートを潜り抜けるや否や、パーティーは即座に解散され、男はそのまま立ち去ろうとした。
待て待て待て。こっちにはまだ用件があるんだ。事務的な対応も大概にしろ。
「ちょっと待ってくれ。少し尋ねたいのだが、この町の北側に広がる未開地域に高階層の迷宮があると耳にしてな。八十一階層にヒューマントラップが出現する迷宮らしいのだが、そちらはその迷宮に案内することが可能だろうか?」
彼は眉にしわを寄せ考え込む。
しかし、程なくして渋い表情のまま口を開いた。
「いや、そのような迷宮があるという話は聞いたことがあるが、行ったことはない。申し訳ないが案内は無理だ」
うーん。まあ、討伐をするつもりがなければ、そう簡単に入るような迷宮じゃないだろうしな。
「分かった。それならしょうがない。世話になった」
「ああ。こちらこそ世話になった」
男はそう言い残し、この場を去っていく。
しゃーない。とりあえずギルド職員に確認だ。
先ほど冒険者の男にした質問を、そのままカウンターに座る女性職員へぶつけてみる。
「ああ。八十一階層がヒューマントラップなら、ノルヴァン北未開地域の迷宮ですね」
ん? なんだ?
疑問に答えたその目には、呆れの混じる生暖かいものが浮かんでいた。
困惑していると、彼女は隣に座っている職員に一言断って席を立ち、こちらに顔を向ける。
「ギルド員たちの中に案内できる者がいないか確認してまいります」
そう言い残し、奥の部屋へと入っていく。
あの表情は何だったん? どうして俺はあんな目で見られたの?
めっちゃ引っかかるんだけど……。
……まあいいや。気にしてもしょうがない。
感触も悪くなさそうだったし、期待しながら待つとしよう。
この後の段取りを考えながら待っていると、程なくして受付嬢は白髪で耳の尖った女性を伴い戻ってくる。
マルティーネ ♀ 62歳
冒険者Lv58
装備 加速の竜革靴 身代わりのミサンガ
へー。六十二歳でレベルが58ねぇ。容姿的にこの人もエルフなのだろう。
若い頃は迷宮探索で鳴らし、リタイヤしてからはフィールドウォークで生計を立てているのかもしれない。
異種族は若く見えるものだが、このくらいの年齢だと、さすがにおばあちゃんだと感じるな。
そんなことを考えていると、女性職員が話しかけてくる。
「お待たせいたしました。彼女が案内できるとのことです。規定地以外への移動となるため、手数料についてギルドは関知いたしません。お二人でよくご相談なさった上で、お取引を行なってください」
彼女はそう言うと、頭を下げてカウンターへと戻っていった。
さて、交渉の時間がもったいない。言い値で送ってもらうことにしよう。
「それではお願いしたいのだが、いくらになるだろうか?」
声を掛けると、老婆は少し考え口を開く。
「そうだね……。ギルドに移動するのと違って魔物に襲われる危険性もあるんだ。片道銀貨六枚ってところかね」
うーん……。妥当な気もするし、ボッタクられてる気もするぞ。
実際のところどうなんだろう?
でもまあ、交渉の時間がもったいないし、さっさと移動しよう。
「分かった。六百ナールだな」
そう言ってアイテムボックスを開くと、彼女は少しだけ目を見開いた。
おい、婆さん。さてはボッタクりやがったな?
少々納得がいかないものの、問答している時間も惜しい。
取り出した銀貨六枚を差し出し告げる。
「では、よろしく頼む」
彼女はそれを受け取るとニンマリ笑った。
「ああ。ちゃんと連れてってやるよ」
老女なのにチャーミングな笑顔だなぁ。若い頃はさぞかし美しかったに違いない。
そんな感想を抱いていると、銀貨をアイテムボックスにしまい、こちらにパーティー申請を飛ばしてくる。
それを承諾したところで、マルティーネは声を漏らす。
「じゃあ、いこうかね」
ゲートから抜け出すと、辺りは薄暗く鬱蒼とした森の中だった。
足元には腐葉土が堆積しており、踏むたびにグジュグジュと音を立てている。
人の手が入っていないことは一目瞭然だ。
目の前には苔むした岩があり、そこには迷宮へ続く黒い転移ゲートが鎮座していた。
もしここを討伐したら、この状態から切り開いていく必要があるのか……。
いったいどのくらいの時間がかかるんだろう?
迷宮を討伐したらそこで終わりじゃないんだもんなぁ。
領地を得て、そこを運営していくとなると、いろいろ考えなければならないことが多い。
そのときはロクサーヌたちや、ハルツ公、帝国解放会をあてにさせてもらおう。
正直、百日前までただの事務員だった俺には手に余る。
そんなことを考えていると、マルティーネが話しかけてきた。
「あんた、ここの討伐を狙っているんだろう? 若くてそれなりの能力があれば血気に逸るのも分からないではないけど、自分の命は大切におしよ?」
ん? 血気に逸る? 自他ともに認めるチキンである俺が?
面食らっていると、彼女はそのまま話を続ける。
「あたしも若い頃は向こう見ずでねえ。当時組んでいた奴らとここを討伐して成り上がろうと考えたもんさ。でもねえ、この規模の迷宮は周辺の間引きもされていないし、中に入る人もいないから魔物の数が桁違いだったんだよ。意気揚々と入ったはいいものの、結局三十四階層まで進んだところで、逃げ帰る羽目になったもんさね」
へー。それでも三十四階層まで進んだのか。やるじゃん。
「あんたも無理をするんじゃないよ? 危ないと思ったら引くことも大事だからね? 生きて帰ってきた者が一番偉いんだ」
初対面の人にこんなに心配してもらえるなんて……。ちょっとグッときたぞ。
本物の若者なら年長者の忠告に反発するのだろうが、こっちとら日本で四十五まで生きていたのだ。そのありがたみがよく分かる。
それに先ほどの女性職員がどうしてあんな目をしていたのかにも合点がいった。
若者が無茶をしようとしていると思い、呆れていたのだろう。
頷きながら彼女の言葉に答える。
「もちろんだ。命あっての物種だからな。危険だと判断したら、恥も外聞もなく逃げ帰ってやるさ」
それを聞いたマルティーネは破顔一笑。
「そうかい。あんたは本当にそうしそうだねえ」
そう言って大きな笑い声を上げた。
一頻り笑うと、彼女はこちらに声を掛ける。
「片道六百ナールだったがサービスだ。ノルヴァンの冒険者ギルドまで送ってやろうかね」
あ、ちょっと待った。
「ありがたいのだが、もしよければ三十四階層まで連れて行ってもらえないだろうか? もちろん、その代金もお支払いさせていただく」
その言葉に一瞬戸惑ったものの、彼女はすぐに表情を改める。
「少々もらいすぎちまったからねえ。それはサービスってことにしておくよ。ただ、これだけは約束しておくれ。危険だと思ったら絶対に無理はしないこと。いいね?」
あっ。この婆さん、やっぱりボッタクってやがったな。
……でもまあ、そんなことはどうでもいいか。
「もちろんだ。我がパーティーのモットーは安全第一。作戦はいつだって、いのちだいじに、だからな」
それを聞き呆気にとられたような表情をしたものの、彼女は再び笑い出す。
マルティーネ婆さんの厚意で、一階層から三十四階層までのすべてにブクマ登録をさせてもらい、さらにノルヴァンの冒険者ギルドにまで送ってもらえた。
「それじゃあ、無理のない範囲で頑張んな」
そう言うと、奥の控室に向かって歩き出す。
「ご厚意とご忠告に感謝する」
彼女は俺の言葉に振り返ることなくヒラヒラと手を振り、そのまま部屋の奥へと消えていった。
……格好良い婆さんだったなぁ。
念のため探索者ギルドの場所を聞き、そちらで五十階層に案内できる者がいないか確認してみたところ、所属のギルド員で案内できるのは低階層までらしい。
なんでも、周辺の領主が領土拡大のために数年に一度、ノルヴァン北未開地域の迷宮の討伐に挑むことがあるそうだが、探索者ギルドではブクマ登録させてもらっていないとのことだ。
周辺の領主ね……。
ハルツ公の所で最高到達階層までのブクマ登録をしていそうだよな?
とはいえ、『案内してください』なんて言えるはずもないわけで……。
しょうがない。切り替えて次に行くとしよう。
次に目指すのは帝国東部にあるというモラシュ。
俺たちは鏡の仕入とネックレスの販売のため、帝国領を東に越えた他国であるペルマスクへ通っていたのだ。
その手前のザビルで依頼すれば比較的簡単に連れていってもらえるだろう。
そして、ことのほかあっさりたどり着いたものの、ここではどの迷宮に入るのかも決まっていないため、ギルドを出ることなく、早々にクーラタルへ戻り次を目指す。
さらに、西部にあるカールトへもすぐに行くことができた。
強壮剤を支給し、金に物を言わせたからこその成果である。
やはり金。金は全てを解決する。
質の悪い成金のようなことを考えつつ、冒険者ギルドで案内できる者を募り、カールト西未開地域の迷宮へ連れていってもらう。
残念ながら迷宮のブクマ登録に関しては、二十五階層だけにしておいた。
最高が二十五階層だった上に、案内するなら一階層ごとに金をとると言われたのだ。そりゃあねぇ?
これまで同様、成金ムーブ全開で帝国南部のベリッサに到着する。
連れてきてくれた冒険者にベリッサ南未開地域の迷宮へ案内できるか尋ねたが、やはり無理とのことだった。
しゃーない。ギルドに相談だ。
カウンターに向かおうとしたところでハタと気付く。
でっか! 完全に巨人の国じゃん!
ギルド内には竜人族しかおらず、身長は全員二メートルを軽く超えていた。
俺はまるでNBAのコートに放り込まれた一般人のように、周囲から浮きまくりだ。
ベスタで慣れているとはいえ、子供になった気がするなぁ。
そんなことを考えつつ受付で用件を伝えると、でっかい女性職員は無鉄砲な若者を見るような目を向け、一つ息を吐き出しながら答える。
「……かしこまりました。案内できる者がいるか、確認してまいります」
俺は無茶をする気はないんだよ? ほんとだよ?
まあ、俺以外のメンバーについては分からないんだけどさ……。
異国情緒あふれるギルドを見ながら待っていると、程なくして女性職員が戻ってきた。
彼女が連れてきたのは、もちろん竜人族の冒険者。
六十手前の男で、レベルはなんと68。
若い頃は相当な腕っこきだったのではないだろうか?
彼の言い値である四百ナールを支払い、迷宮へ案内してもらう。
そして、入口で迷宮に入ったことがあるのなら、ブクマ登録をさせてもらいたいと告げたところ、なんと五十七階層のボスを撃破済みとのことだった。
しかし、五十八階層から出現する魔物がシルバーサイクロプスだったため、そこで攻略を断念したらしい。
現在、俺たちの最高到達階層は五十階層。
一足飛びに五十八階層から開始するのはあまりにも危険なので、とりあえず五十階層に連れていってもらった。
パーティーを解散し、その場を去っていった男を見ながら独り言ちる。
「割とあっさり終わっちまったな……」
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv55 勇者Lv51 遊び人Lv60 魔道士Lv55 薬草採取士Lv45
装備 頑強の竜革鎧 倹約の硬革グローブ 竜燐の靴 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:5
キャラクター再設定:1
フィフスジョブ:15
必要経験値二十分の一:63
詠唱省略:3
鑑定:1
ジョブ設定:1
ワープ:1
MP回復速度二十倍:63
所持金:2,163,028ナール
夏の6日目
いつも拙作をお読みいただき本当にありがとうございます。
今回の更新で二百万文字を超えました。
これも全てお読みいただいている皆様と原作の魅力のおかげです。
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これからもマイペースに更新していきますので、お楽しみいただければ幸いです。