下見を終えて自宅に戻り、玄関で靴を履き替えていると、すぐに足音が聞こえてきた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
涼やかで美しい出迎えの声を耳にして、心の中にじんわりと安心感が広がっていく。
「ただいま、ロクサーヌ」
帰宅の挨拶を告げたところ、彼女は期待で輝く瞳をこちらへ向ける。
「すべての候補地を巡ることができたのですか?」
「うん。モラシュについてはギルドに寄っただけだけど、他の三箇所は迷宮にも入ったよ」
その言葉を聞き、ロクサーヌの表情がさらに輝きを増した。
「それでは、リビングで是非お話をうかがわせてください! みんなに声を掛けてまいりますので、ご主人様は先にリビングでお待ちいただけますか!」
彼女はそう言い残し、ものすごい勢いで玄関を飛び出していく。
まるで遊園地に連れて行ってもらえると言われた子供みたいだったぞ……。
いや、あの娘にとってはそれと同じようなものか……。
自室で装備品を外してからリビングに移動し、ソファーへ腰を下ろす。
彼女たちを待つ間に話を整理しておかないとな。
話す順番を考え始めたところで、アイドルグループがじゃれ合っているかのような、華やかで愛らしい声が近づいてくる。
やがて扉が開き、そこから見える四人の表情は期待の色に染め上げられていた。
うわぁ。この娘たち、めちゃくちゃ興奮してるよ。
漫画なら顔の横にワクワクという効果音が描かれているに違いない。
「ご主人様! お姉ちゃんから聞きました! この短時間で全部を回ったんですね! すごいです!」
ボリュームのつまみがぶっ壊れたような声でミリアがそう言うと、セリーも続く。
「クーラタルからはかなりの距離になるはずなのに、今後は簡単に移動できるようになるのですね。以前は毎日ペルマスクに通っていたので今更ですが、改めて考えると本当にとんでもないことです」
確かになぁ。普通なら、疲労回復薬を大量に服用しないと移動できない距離だ。
それに加え、さらに中継地を経由することなく、ひとっ飛びときた。
あまりにも常識から外れている自分に呆れていると、ベスタが質問を投げかける。
「一度に全員が移動できるのですか?」
MPの消費量から推察するに、五人で移動してもおそらく何の問題もない。
ほんと、我ながらチート具合に磨きがかかってんなぁ……。
「たぶん大丈夫だと思う」
「そんなことが可能なのは世界広しといえど、ご主人様ただお一人だけでしょう! さすがご主人様! 本当にすごいです!」
そして、ロクサーヌからも声が上がった。
はいはい。さすごしゅ、ありがとさん。
まだ話の組み立てを行っていなかったが、待ちきれない様子でウズウズしている頑是ない娘さんたちを焦らしても可哀想だ。
回った順番に沿って話していくことにしよう。
ノルヴァン北未開地域の迷宮が三十四階層。
カールト西未開地域の迷宮が二十五階層。
そしてベリッサ南未開地域の迷宮が五十階層のブクマが済んだことを話すと、四人は一つ聞くごとにテンションが上がっていき、最後の五十階層という言葉を聞いたところで、興奮は最高潮に。
すべて話し終えたところで、ロクサーヌにしては珍しく、唾を飛ばさんばかりの勢いで捲し立てる。
「夕方まではまだまだ時間があります! 下見をした方がいいのではないでしょうか! 取り急ぎ、ベリッサ南未開地域の迷宮だけでも確認しておくべきです!」
「ロクサーヌさんの言う通りです。早めに強壮剤の材料を集めるためにも、そうするべきだと思います」
セリーが賛同を示すと、ミリアとベスタも瞳をキラキラさせながらコクコク頷いていた。
今日は迷宮探索をナシにして大掃除のはずだったのに、戦いたがりな娘たちだこと。
休日にしようとしたところを、自主的に掃除をしてくれたのもそうだが、俺なら働かなくていいとなると、絶対家でのんびり過ごすと思うんだけどなぁ。
仕事が趣味だと宣う、ワーカーホリックみたいなものだろうか?
……いや。俺が迷宮を討伐して貴族に成り上がるところを早く見たいのだろう。
そういうことなら、期待に応えるとしますかね。
「じゃあ、試しに探索をしてみようか」
その瞬間、リビングに歓声が巻き起こった。
そうと決まればブリーフィングである。
ベリッサ南未開地域の迷宮は五十階層がピックホッグで、以下オイスターシェル、マダムバタフライ、パットバットという並びらしい。
とはいえ、これまで同様ガンマ線バーストとサンダーストームの組み合わせで薙ぎ払っていくつもりなので、並びはそこまで重要ではないんだけどね。
作戦会議を手早く済ませ、装備を整えるために二階へ上がる。
自室で装備品を身に着けたところでふと気づく。
白魔結晶をベリッサの冒険者ギルドで売却するか。
いままで訪れたことのない場所なのだ。
俺のことを知っている人もいないし、不自然に思われることもない。ちょうどいいタイミングだろう。
よし。そうしよう。
鍵のかかるチェストを開け、白魔結晶をアイテムボックスへとしまい、部屋を後にした。
自宅玄関からドアツードアで、帝国南部の未開地域の迷宮内部へ移動する。
我ながら本当にとんでもないことをしてんなぁ。
自分のしていることに呆れながらも、どこに進むべきかを相談する。
しかし、何の道標もないため、彼女たちもこれといった決め手に欠けているようだ。
やはりここは安心と信頼の右手法の出番である。
「では、右の通路から進んで行こう。ロクサーヌ、いつものように頼む」
「かしこまりました!」
彼女は大きな声で返事をすると、尻尾を振りながら右側の通路へ足を踏み出した。
戦闘自体に問題はないが、エンカウント率がハンパない。
いままで入ってきた迷宮とは比べ物にならない密度で、魔物の群れが襲い掛かってくる。
しかも、魔物部屋の数も多く、またそこにひしめいている数も段違いだ。
これが未開地域の迷宮か……。
ワンターンキルが可能で、湯水のように疲労回復薬を使用しているからこそ、何の問題もなく探索が行えているが、それがなければ尻尾を巻いて逃げ帰っていただろう。
マルティーネ婆さんが心配していたのも理解できる。
それに、ギルド職員たちが無鉄砲な若者を見るような目をしていたのも納得だ。
などと考えつつも、戦闘自体は短時間で終了するため、先を目指してガンガン進んでいく。
「ご主人様、そろそろ夕方になります」
やがて、ロクサーヌからいつもの言葉が聞こえてきた。
カッカラを握り締めていた指が緩み、思わず息を吐き出してしまう。
……これまでの探索と比べてかなり大変だ。
未開地域の迷宮討伐を目指すなら、これが日常になるわけか。
慣れるまではかなり大変な気がするぞ……。
そんなことを考えている俺とは違い、アユムズ・エンジェルはまだまだ気力充実といったご様子だ。
基本スペックとメンタルに差がありすぎなんですよねぇ……。
いつまでもここに留まるわけにはいかないため、探索終了を告げる。
「では今日はここまでにしておこう」
次の小部屋で帰り支度を整え、ワープゲートを展開した。
ワープゲートを抜け出すと、そこは全員二メートル超えの竜人族が闊歩する巨人の国だった。
まるでガリバー旅行記のブロブディンナグである。
……いや、あっちは十二倍だったはずなので、そこまでではないか。
気を取り直して、カウンターに向かおうとしたところ、おかしな視線を感じる。
先ほど訪れたときには物珍しさはあったものの、そこまで変な目で見られているということはなかった。
しかし今はこちらに、同情や憐憫、侮りや嫌悪といった感情を向けられている。
困惑しながら彼らの視線の先に目を遣ると、ベスタの胸部を見つめていることに気が付く。
彼女もそれを感じているのだろう、悲しそうな表情でうつむいていた。
それを目にした瞬間、頭にカッと血が上る。
子供を母乳で育てない竜人族において、胸の大きな女性は無駄に空気が入っていると言われ、不当な扱いを受けるという話は聞いていた。
しかし、実際に大切な女性がこんな目で見られたら、とても許せるようなものではない。
怒りのままに声を上げてしまいそうになるが、それを必死に押し殺す。
こんなところで言い争ったり、暴れたりしても問題の解決にはならない。
用件を済ませてさっさと立ち去ろう。そして、もう二度とここに来なければいい。
心配そうに俺とベスタを見つめている、ロクサーヌ、セリー、ミリアに頷き、ベスタの背中をポンと叩く。
「以前にも言ったが、ベスタの素晴らしい身体能力はその気嚢によるものだ。それに俺はその大きな胸が大好きだし、君は大切な妻となる女性なのだ。何をうつむくことがある」
ベスタはその言葉を聞き、はにかんだような笑みを浮かべた。
「……はい。ご主人様に気に入っていただけているのです。それなら何の問題もありません」
うん。百点満点の花丸スマイル。実に愛らしい。
ロクサーヌたちもホッとしたように、優しいまなざしをベスタに向けていた。
カウンターに近づき、俺たちのやり取りを見て、呆気にとられたような表情をしている女性職員に声を掛ける。
「買取りを頼む」
「え? あ、はい。かしこまりました」
別に彼女やギルドが悪いわけではないが、三割アップの餌食にしてくれるわ。
今回は白魔結晶も売りに出すため、そのダメージはいかばかりか。
俺のベスタに舐めた真似をしたことを悔やむがいい。
恙なく売却を終え、ワープゲートを展開する。
こんなとこ、二度と来るもんか。
食材を購入してのんびり家路についていると、ベスタがおもむろに話しかけてくる。
「ご主人様、先ほどはありがとうございました。それに普段怒りの感情を表すことがないご主人様が、私のために怒ってくださっていたのが本当に嬉しかったです」
自分では抑えていたつもりなのに、頭に血が上っていたことが丸分かりだったらしい。
「正直なところ、人から侮られることには慣れている。俺自身に関することならどんなことを言われようと、受け流すことができるだろう」
クソみたいな会社で理不尽な目に遭ってきたのだ。そのくらいのスキルは身についている。
「しかし、君たちを馬鹿にしたり、手を出そうとするなら話は別だ。俺は絶対にそれを許すことはできない」
その言葉を聞き、ロクサーヌが笑みを浮かべながら口を開いた。
「ふふ。以前、私に手を出そうとした男に激怒していらっしゃいましたね」
それを受けて、セリーもいたずらっぽい表情で続く。
「ガストンさんが私に言い寄ろうとした際も、それを防いでいらっしゃいました」
さらにミリアまでもが、茶目っ気たっぷりに話し掛けてくる。
「マルコさんが私に声を掛けようとしたのもブロックしましたよねー。本当に嫉妬深いご主人様です」
ベスタも含め、彼女たちは穏やかな笑みでこちらを見つめていた。
まったく。からかい上手なお嬢さんたちだこと。
でも、その遠慮のなさがたまらなく嬉しい。
彼女たちが健やかに暮らしていけるよう、どんなことがあろうともその心と体を守る。どんなことがあろうともだ。
決意を新たにしながら、自宅へ続く道を歩く。
自宅に戻ると、玄関にパピルスが挟まっていた。
毎度おなじみルークの伝言である。
ロクサーヌが読み上げたところによると、コボルトのスキル結晶が五千八百ナール、豚のスキル結晶が二千九百ナール、トカゲのスキル結晶が三千五百ナール。
そして、受け取りの際に相談したいことがあるとのことだった。
相談したいことねぇ……。
たった三つだけの上に物も小粒。おまけにコボルトの落札価格も高くなっている。
……これは偶然か?
俺はかなりの数のスキル結晶に、相場を遥かに超える額で買いを出しているのだ。
もしかしたら、相場荒らしとして排除されそうになっている可能性も考えられる。
相談とはそのことについてなのかもしれない。
明日、受け取りの際にルークへ確認してみよう。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv55 勇者Lv51 遊び人Lv60 魔道士Lv55 薬草採取士Lv46
装備 頑強のアルバ 身代わりの竜革グローブ オラクルビットローファー よりしろのイアリング
BP振分 残BP:5
キャラクター再設定:1
フィフスジョブ:15
必要経験値二十分の一:63
詠唱省略:3
鑑定:1
ワープ:1
ジョブ設定:1
三十パーセント値引:63
所持金:3,497,395ナール
夏の6日目
いつも拙作をお読みいただき本当にありがとうございます。
今回の連続更新はここまでとなりますが、今後は徐々に原作とズレていくところをお楽しみいただければ。
また前回の更新でもお伝えしましたが、文字数が二百万文字を超えました。
これも原作の魅力と、いつもお読みいただいている皆様のおかげです。
UA、お気に入り、感想、評価、ここすきといった反応が本当にモチベーションになっています。本当にありがとうございます。
今後もマイペースに更新していきますので、お楽しみいただければ幸いです。