夏の十二日目。
今日も心地よい感触で目を覚ます。
身支度を整え、大切なルーティーンを行ったら、いつものようにリビングでミーティングだ。
早朝の探索と朝食について話していたところ、ロクサーヌがいぶかしげに問いかけてくる。
「物語では夏の十日目前後でハルバーの迷宮が攻略されているのですよね? ですが、昨日の夕方の段階では、ゴスラー様たちは五十階層にも到着していません。どうしてこのような差が生じているのでしょうか?」
うーん……。原作との差ねぇ……。
とはいえ、原作は原作でもウェブ版と書籍版では、ハルバーの迷宮が討伐される時期に違いがあるんだよなぁ。
書籍版ではハッキリとした日にちは不明なものの、彼女の言う通り夏の十日目前後で討伐されている。
それに対し、ウェブ版ではハルバーの迷宮が撃破されるのは、四十日目以降。
現在の状況は後者に近いんだろうか?
……いや。それはないな。
ゴスラーたちのパーティーは夏の休日の時点で四十八階層の途中まで進んでいた。
おそらく、現在は四十九階層を探索していることだろう。
あと二階層で最上階のボスを撃破できるのだ。それに三十日もかかるとは考えにくい。
つまり、現在の状況はやはり書籍版に近い。
物語が現実になっていることで揺らぎが生じたのか、俺の取った行動がバタフライエフェクトのように、何らかの影響を及ぼしたのか……。
……あっ。そういうことなのか?
ロクサーヌたちに見守られながら考えていると、それらしい理由に思い当たる。
「推測でしかないけど、俺の取った行動のせいで、セ二号作戦の決行時期が早まってしまった。ゴスラー殿はその調整に動き回らなければならず、迷宮探索に割ける時間が短くなっているはずだ。そのせいで攻略スケジュールが後ろ倒しになっているのかもしれない」
俺の推論を聞き、彼女たちの顔に理解の色が浮かぶ。
「なるほど。セルマー伯爵を討伐するという重要かつ、秘匿性の高い作戦なのです。間違いなく騎士団長であるゴスラー様が直接動いていることでしょう。それなら迷宮探索の時間が削られるのも無理はありません」
セリーがそう言うと、ミリアが続いた。
「それでも、もうすぐ五十階層には着くと思いますよー」
ベスタも頷きながら付け加える。
「ゴスラー様は魔道士なのですよね? それなら大丈夫だと思います」
三人の言葉を受け、ロクサーヌがドヤ顔で告げた。
「ゴスラー様が迷宮探索に注力できていなかったとしても、魔物部屋はあらかじめ潰しているのです。ご主人様の通った道をたどれば労することなく五十階層に至ることでしょう。その日を楽しみにしておきます」
……ロクサーヌさんや。
君にその自覚はないんだろうけど、今の言葉はめっちゃ上から目線だからね? 絶対に他所では口にするんじゃないよ?
彼女と、彼女の言葉に同調している三人を見ながら、少しだけ不安を覚えてしまった。
さて、気を取り直してミーティングの続きに戻るとしよう。
「朝食と食休みが終わったら、いつものようにクーラタル、ベイル、帝都の武器屋と防具屋を回ろう。今日は注文していたベスタの服を受け取れるから、ベイルではアラン殿の商館に寄って侍女服を、帝都では先に大衆服屋で下着を受け取り、最後に高級服屋で受け取りとドレスの進捗状況を確認しよう」
言い終わると、リビングに弾んだ声が響いた。
「自分のためだけに作られた服を着ることができるなんて、本当に夢みたいです! それに今でも胸がとても楽になったのに、注文している肌着はもっとすごいのですよね? 信じられません!」
聞こえてきた方に視線を向けると、頬を朱に染めたベスタが、輝くような笑みを浮かべこちらを見つめている。
普段は控えめで落ち着いた雰囲気のある娘なのに、テンションマックス状態だ。
心底喜んでいることが伝わってくるようで、めちゃくちゃグッとくるぞ。
ロクサーヌ、セリー、ミリアも彼女の様子を微笑ましげに見守っている。
「喜んでもらえてよかった。もし合わない場合は直してもらうから、遠慮なく言ってね」
そう告げると、ベスタの表情がさらに輝きを増す。
「はい! ありがとうございます!」
あら、可愛い。
午後の予定は普段と同じため、ざっと確認を済ませた。
そして、今日は彼女たちにとって重要な、給与支給日。
例によって全員口座振込を希望したため、通帳と元帳に記入を行う。
四人は記入済みの通帳を見ながら、ニッコニコの花丸スマイルだ。
うむ。実に愛らしい。
その様子を見守っていると、セリーが何かに気付いたように顔を上げる。
「あの、利息はどのように計算され、いつ入るのですか?」
ん? あー、年に五パーセントとしたものの、特に詳しく設定していなかったな。
……いや? そもそも俺はこの世界の一年が何日なのかも把握していない。
おまけに一年の始まりがいつなのかもわからない。
まずはそれらを確認してみよう。
その旨を尋ねると、セリーが答える。
「一年は三百六十五日です。ただし、四年に一度一日加えられ、三百六十六日となり、これは閏年と呼ばれています。ですが、それには例外が設けられており、百の倍数にあたる年は閏年とならず、三百六十五日の平年扱いとなるのです。そしてさらに複雑なのが、四百の倍数にあたる年は閏年となります。通常の閏年はともかく、例外二つについては意識している人は少ないでしょう」
完全にグレゴリオ暦だな……。
この星の自転や公転の周期が地球とまったく同じだということについては、いまさら問題にしない。
おそらく、この世界を創造した何者かが、そうあれと願ったのだろう。
問題はそこではない。
自転や公転はおろか、大地が球体なことすら認識されていない世界で、どうやって閏年やその運用における二重の例外を判断したんだ?
それには高度な天文知識が必要になるはずだぞ?
疑問をセリーにぶつけたところ、彼女はキョトンとした表情で答える。
「天文知識? どうしてそのようなものが必要になるのですか? インテリジェンスカードを確認すればすぐに分かるではないですか。例えば春生まれのものが年を重ねた日が春の始まりです」
あっ。そりゃそうだ。
この世界において、年齢はゲーム的なシステムによって管理されている。
さらに年齢を重ねるのは生まれた日ではなく、生まれた季節ごと。
となれば、一年を算出するのもそう難しいことではない。
きっと閏秒の補正もシステム側で行われているのだろう。
納得していると、セリーは話を続ける。
「一年の始まりは冬からです。そして季節ごとの休日は春、夏、秋が一日なのに対し、冬は二日となっています。さらに閏年で増える休日も冬に加算されるため、そのときは冬の休日が三日になるのです。偉い学者さんたちは今でも毎日インテリジェンスカードを見て、日にちにズレがないか確認しているのだそうです」
偉い学者さんたち、お疲れ様やで。
でも、地球におけるグレゴリオ暦成立の過程を考えると、ヌルゲーもいいところだぞ……。
セリーの説明を聞き、ロクサーヌ、ミリア、ベスタは感心したように頷いていた。
原作でもそうだったが、どうやら彼女たちは詳しく知らなかったらしい。
暦を知らずに生きていけるもんなのかね?
まあ、今の今まで知らずに過ごしてきた男が言えた話ではないのだが。
えーっと、何の話だっけ?
……ああ。そうだ、そうだ。利息についてだった。
普通に日本の金融機関と同じで、その日の残高で利息を算出し、それを積み上げた分を半年ごとに振り込む形式でいいだろう。
もっとも、日本の場合はそこから問答無用で約二割の税金が持っていかれるわけなのだが……。
クソッ。たかだか数千円の利息から二割も持っていきやがって。
預金利息なんて不労所得そのものなんだから、富の再配分の観点から考えても、累進課税にするべきだろうが。金持ちから取りやがれってんだ。
庶民が爪に火を点すような思いで貯めたお金。それにほんの少しだけついた利子からも容赦なくかっぱぐなんて、鬼の所業じゃねーか。
結局のところ、これは金持ちを優遇しているに過ぎない。
貧しいものをさらに追い詰めるような真似をせず、あるところから取れよ。
ほんと、ムカつくわー。
……でも、冷静に考えれば今の俺は富豪そのものなんだよなぁ。
その立場からすれば、税金が人頭税だけだというのは正直かなりありがたい。
もし明日から、『所得額に応じた累進課税制度を導入します』と国が言い出したら、ブチ切れ不回避だろう。
我ながらポジショントークがハンパない。俗物そのものである。
おっと。思考が明後日の方向へ突っ走ってしまった。
彼女たちに利息の計算方法と振込回数を伝え、さらに説明を付け加える。
「一年が冬から始まるらしいし、冬と夏の休日に利息を振り込むことにしよう。だから最初の利息が入るのは冬の休日だね」
それを聞いた彼女たちの表情がパッと華やぎ、口々に楽しみだと言い合っていた。
うんうん。期待しててくださいな。
「ご主人様、ご主人様。私はどのくらい貰えるんですか?」
微笑ましい様子を見守っていると、ワクワク顔のミリアが問いかけてきた。
ミリアの利息額?
元帳に視線を落とし考える。
預金が始まったのが夏の一日目で、五日に一度の給与額が二千六百ナールから変動せず、引き出しがなかったと仮定してみよう。
えーっと、夏の一日目の残高が一万四千ナールだから、掛ける五パーセントで、さらに割る三百六十五。約一・九一七八ナールか。
おお! 武器商人にカルクのスキルが付いているおかげで、計算がすぐに終わったぞ!
マジでカルクは神スキル! 頭の中に電卓があるみたいだ!
いかん、いかん。感動している場合じゃない。
んで、それを秋の九十日目まで積み上げて、小数点以下を切り捨てると、千五百二十六ナールっと。
いや! カルクエグイな! 電卓どころか、頭にエクセルがあるみたいだぞ!
驚きつつも計算結果をミリアに伝えると、リビングに大きな声が響いた。
「千五百二十六ナールですか!? 何もしていないのにそんな額がもらえるなんてびっくりです!」
彼女の目は大きく見開かれ、他の三人と共にすごいすごいの大合唱だ。
これ他の娘たちはいくらになるんだろう?
はしゃいでいる様子を見ながら利息計算を再開する。
ロクサーヌが五千百十三ナール、セリーが千七百四十五ナール、ベスタが四千三百四十五ナールか……。
ミリアが千五百二十六ナールだったし、正直不公平感がハンパない。
魔結晶の融合により、一番の後輩であるベスタが十三万ナールを手に入れたため、かなりの不均衡が発生している。
これは早めに解消していた方がいいよな。
陳皮集めと三十六ジョブの解放が終わったら、ロクサーヌと相談してセリーとミリアの分の魔結晶を作ることにしよう。
楽しそうに話している彼女たちを見ながら、そんなことを考えていた。
ミーティングが終わり、自室で装備を整えて玄関へ移動する。
彼女たちを待っている間にボーナスポイントの振り分けを確認だ。
とはいっても、MP回復速度を獲得経験値に振るだけでほぼ完了。
キャラクター再設定で1、必要経験値二十分の一で63、シックススジョブで31、獲得経験値十倍で31、詠唱省略で3、ワープで1、鑑定で1、ジョブ設定で1、残りポイントは29。
迷宮に着いてワープ、鑑定、ジョブ設定を外せば32。それで獲得経験値二十倍に振ればオッケー牧場。
ジョブ設定を開いてレベルを上げる順番を考えこんでいると、聞いているだけで心が湧き立つような賑やかで華やかな声が近づいてくる。
「ご主人様、お待たせいたしました」
ロクサーヌのいつもの言葉に、いつもの言葉を返す。
「大丈夫。全然待ってないよ」
それを聞いた彼女の顔にいつもの笑みが浮かんだ。
幸せだなぁ。
「ご主人様、ご主人様」
見つめ合いながら幸福を実感していたところ、ミリアが俺の袖口をクイクイッと引っ張った。
「どうしたの?」
問いかけたところ、彼女は特徴的な虹彩をこちらに向けながら口を開く。
「装備品を身に着けていた時に聞いたんですけど、ベスタは今まで買い物をしたことがないみたいなんです。お姉ちゃんとセリーさんとも相談して、この後帝都に行くときに雑貨屋に寄って、みんなで買い物をしようってことになったんですけど、駄目ですかー?」
あー。なるほど。ベスタの境遇を考えれば当然かもしれない。
奴隷が主人のお金を預かって買い物をする機会があったとしても、下っ端に任せるわけがない。
そういうのは一番奴隷の役目になるのだろう。
ベスタの方をうかがうと、どこか申し訳なさそうな、それでいて期待しているような瞳でこちらを見つめていた。
ロクサーヌとセリーも優しい笑みを浮かべ、彼女の様子を見守っている。
ベスタ。そんな顔をしなくても大丈夫。雑貨屋に寄るくらい何の問題もない。
それに自分のお金は自分の好きに使っていいんだ。
意識して笑顔を作り、ミリアの問いに答える。
「大丈夫だよ。それじゃあ、服を受け取った後だと荷物が多くなるだろうし、帝都では先に雑貨屋に寄ることにしようか。ベスタ、欲しいものが見つかるといいね」
「あっ、はい。ありがとうございます」
彼女の顔にはにかんだような控えめな笑みが浮かぶ。
うん。実に愛らしい。
話がまとまったところで、四人に声を掛ける。
「それじゃあ、迷宮へ行こう」
それぞれ魅力の異なる、美しい返事が玄関に響いた。
田川 歩 男 18歳
遊び人Lv63 勇者Lv54 冒険者Lv58 魔道士Lv58 武器商人Lv35 僧侶Lv30
装備 頑強のアルバ 身代わりの竜革グローブ オラクルビットローファー よりしろのイアリング
BP振分 残BP:29
キャラクター再設定:1
必要経験値二十分の一:63
シックススジョブ:31
詠唱省略:3
ワープ:1
鑑定:1
ジョブ設定:1
獲得経験値十倍:31
所持金:3,697,678ナール
夏の12日目