「えっ。クーラタルに戻るのですか……」
セリーの言葉に、ベスタは呆然とした表情で呟きを漏らした。
それを聞いたセリーは慌てて口を開く。
「もちろんあなたの買い物や服の受け取りを忘れたわけではありません! その前にやらなければいけないことができたので、それを先に済ませるだけです! 安心してください!」
ロクサーヌとミリアは困り顔でその様子を見つめている。
いーけないんだー、いけないんだー。せーんせーに言ってやろー。
一方、俺の脳内ではクソガキが現れて、絶賛独唱中。
……なんだ、この状況?
セリーが狼狽えながら弁明をするのを受け、ベスタの表情に色が戻る。
「動揺してしまい申し訳ありません。私なら大丈夫なので、先に用事を済ませてください」
浮かれるほど楽しみにしていた買い物と注文品の受け取りを、健気な笑みを浮かべて後回しにしていいという、その気持ちにグッときた。
ほんと、いい娘だよなぁ。
「ベスタ、ありがとうございます。用件が済んだらすぐに戻ってきますので、今は急ぎましょう」
セリーはほっとした様子で彼女へ感謝を告げると、俺の左手を取りグイグイと引っ張り始める。
「さあ、ご主人様」
ちょっ。つよっ。力つよっ。
それにしても、この娘はどうしてこんなに慌ててるんだろう?
引かれるままに歩きながら質問を投げかける。
「セリー、なにをそんなに慌てているんだ?」
彼女はズンズンと探索者ギルドへ向かいつつ、声を潜めて答えた。
「先ほど訪れたクーラタルの武器屋と防具屋には竜革製やダマスカス鋼製の装備品が置いてありました。それを確保できればバラダム家に一・五倍で売りつけることができるでしょう。また、スロット付きを確保できればさらに儲けは膨らみます」
あっ! なるほど!
相場価格で買った装備品を横流しするだけで一・五倍になるってわけか!
しかも、スキル結晶の融合をしたものについても、奴らが責任をもって買い戻してくれる手はずだ。
例えばそれほど役に立たないスキルや、コボルトのスキル結晶で強化していないようなものであっても高額で売りさばくことが可能ということになる。
こいつはすごいことになってきやがった!
テンションが一気に高まったところで、右手に柔らかな感触が。
「さすがセリー。お手柄ですね。そうと決まれば早くクーラタルへ戻りましょう!」
そう言いながらロクサーヌもグイグイと俺の手を引き始める。
さらに背後からも喜色交じりの声が聞こえてきた。
「さあ! 急ぎましょー!」
「ふふ。皆さんの言う通りです」
その言葉とともに、背中がグッと押される感触が。
おいおい。君ら俺の体で遊んでない?
まあ、楽しそうだからいいんだけどさ。
愛しい娘たちに腕を引かれ、背中を押されながらベイルの通りを横断する。
冒険者ギルドを出て通りを歩きながら、気になったことを尋ねてみた。
「正直、あの四人が何を装備していたのかあまり覚えていないのだが、その辺は問題ないのか?」
すると、ロクサーヌが何でもないことのように答える。
「彼らが何を装備していたのかはすべて覚えていますので、ご安心ください」
さらにセリーもそれに続く。
「はい。私も覚えていますので、何も問題ありません」
ミリアもベスタも二人の言葉に驚いている様子はない。
おそらく、彼女たちもそれくらいのことはできて当然だと考えているのだろう。
基本スペックに差がありすぎじゃないですかねぇ。
この娘たち、どんだけ優秀なのよ。
……それとも、ただ単に俺が忘れっぽいだけなんだろうか?
いや、そんなことはない。
曲がりなりにも社会人をやれていたんだ。人並みの記憶力はあると思う。
きっとこの娘たちがスペシャルなだけで、俺は普通レベルの頭は持っているはず。きっとそう。きっと……。
「おや? 何かございましたか?」
それほど時間を空けずに戻ってきた俺たちを見て、武器商人が訝しげに声を掛けてきた。
「うむ。急遽、武器が入用になってな。こちらに良さそうな物があったのを見ていたため、もう一度寄らせてもらった」
「そうでございましたか。お客様が退店なさった後はどなたも商品を購入されておりませんので、お目当ての品も残っているかと存じます」
彼の言葉を聞き、俺だけではなく女性陣も色めき立つ。
大急いぎでカウンターの奥に目を遣り、鑑定をかけた。
エストック 片手剣
イェス! エストックだ!
スキルが付いていない上にスロットもなし。
普段なら見向きもしない品だが、今は輝いて見える。
明日には購入額の一・五倍になってくれるはず。
……さらに駄目押しといこう。
「店主、あのエストックと……、そうだな。木槍をもらおうか」
木槍なら、いずれルティナが加入した際に使うだろう。三割対策にぴったりだ。
おなじみの口上を聞きながらMVPの顔をうかがうと、悪い笑みを浮かべていた。
こらこら。可愛いけどその顔はやめときなさい。
……でもほんと、すごい娘だよなぁ。
支払いを済ませてエストックをアイテムボックスに放り込み、急いでその場を後にする。
防具屋へ入り、もの問いたげな店主をスルーして、カウンターの奥に目を凝らす。
ダマスカス鋼の盾 盾
ダマスカス鋼の額金 頭装備
スキル 空き
竜革の帽子 頭装備
スキル 空き
ダマスカス鋼のプレートメイル 胴装備
竜革のジャケット 胴装備
竜革の靴 足装備
ダマスカス鋼のグリーヴ 足装備
正直、既に同等以上の装備品を揃えてしまっているため、普段ならこの程度の品は候補にすら上がらない。
今回のようなことでもない限り、購入することはないであろう代物だ。
ほんと、いつの間にか、求める装備品のランクが上がってんなぁ。
そんなことを考えながら、ロクサーヌとセリーに確認してみる。
「どれが必要だ?」
貼り紙を見ていたロクサーヌがこちらに顔を向け、清涼感のある美しい声を発した。
「プレートメイルとグリーヴ以外はすべて購入しましょう」
迷うことなく即答である。君に即サーヌの二つ名を授けよう。
馬鹿なことを考えていると、セリーも同意するように頷いていた。
ガチで奴らが装備していたものを覚えていたようだ。記憶力がマジパネェ。
俺も四十五だった時と比べて記憶力と頭の回転が良くなっているはずなのに、全然彼女たちに及ばない。
まあ、これからも頼りになる女性陣におんぶにだっこでいこう。
何もできない俺はこの娘たちに頼るしかないもんな。
できることなんて、精々ボーナス呪文で魔物をワンパンしたり、スキルスロットを確認したり、三割アップや三割引を使ったり、自由にジョブを変更できたり、経験値を二十倍にしたり、ボーナス装備品を自由に出し入れしたり、どこにでもワープで移動できるくらいなもんだ。
……とんでもないチート野郎だな、おい。
クーラタルでの買い物を終えた後はセリーの強い要望で、ベイルの商館へ行く前に帝都とベイルの武器屋、防具屋巡りをすることにした。
ベスタの心中が気がかりだったものの、彼女は微笑みながら同意をしてくれる。
つくづくできた娘さんだ。他の娘同様、大切にしなければ。
そんなことを考えながら店を回ったところ、帝都の防具屋でスロなしの竜革の鎧とスロ一の竜革のグローブを発見した。
しかし、残念ながら帝都の武器屋、それからベイルの武器屋と防具屋ではめぼしいものは見つからない。
結局、今回の武器や防具屋で購入できたのは、スロなしがエストック、ダマスカス鋼の盾、竜革の鎧、竜革のジャケット、竜革の靴。
スロありはダマスカス鋼の額金、竜革の帽子、竜革のグローブ。
いつもはスルーする小粒な装備品を、二十五万ナールもの大金で購入したことになる。
だが、明日には仲間を連れて戻ってくるのだ。何の問題もない。
それにしても、三割引で購入したものを右から左に流すだけで、相場の一・五倍になるのか。まるで錬金術だぞ。
いや。スキルを付ければ金額はさらに跳ね上がるし、何といっても、ひもろぎのロッドと吸精のダマスカス鋼ステッキを作れば、倍率ドン、さらに倍。
ちゃちゃっと加工するだけで、とんでもない付加価値がついてしまう。
ガチの錬金術と言っても過言ではない。まさにセリーのアトリエである。
まあ、どちらかといえば錬金術師は俺の方なのだが。
この短時間でかなりの釣果を上げたと言ってもいいのではないだろうか?
悦に入りながら四人の様子をうかがうと、セリーだけではなく、ロクサーヌもミリアもベスタも満足そうな笑みを浮かべていた。
うむ。いい、笑顔です。
商館を訪ねるといつもの応接室へと通された。
五人が腰を下ろせるようなソファーではないため、彼女たちは俺の後ろに控えている。
「お待たせいたしました」
出されたお茶に口をつけ、そのまま待っていると、程なくしてアランが部屋に入ってきた。
立ち上がりながら問題ない旨を告げ、ともにソファーへと腰を下ろす。
「なんでも当館の前でトラブルに見舞われたそうで」
アラ見てたのねー。
バラダム家の連中は大きな声を出してたし、そりゃ気付くわな。
おそらく奴らとのやり取りを耳にした者が彼に伝えたのだろう。
「トラブルというほどのことはない。何事もなく済んだからな」
「そうでございましたか。それは何よりです」
俺の言葉を聞き、彼は慇懃な仕草で頷きを返した。
一通りお互いの近況を伝え合っていたところ、不意にノックの音が響き渡る。
「準備が整いました」
「入れ」
アランが答えると扉が開き、年配の女性が入ってきた。
おお。ロクサーヌ、セリー、ミリアが世話になった女性だ。
確か三人にブラヒム語の教育を施した女性で、複数の言語を使いこなすマルチリンガルだったはず。
彼女の姿を確認し、背後のロクサーヌたちが嬉しそうにしている雰囲気が伝わってきた。
女性も三人に笑みを返し、口を開く。
「試着をするために別室を用意してございます」
「アユム様、よろしいでしょうか」
彼女の言葉を受け、アランはこちらへ視線を寄こした。
「うむ。よろしく頼む」
彼は一つ頷くと、女性に指示を出す。
「では、案内をして差し上げろ」
「かしこまりました」
彼女は深々と頭を下げた後、柔らかな笑みを浮かべてうちの娘たちを促した。
「それでは参りましょう」
「はい。ご主人様、いってまいります」
「ああ。急ぐ必要はないからな」
ロクサーヌの言葉に答えると、四人は嬉しそうに笑みを浮かべ、彼女と連れ立って部屋を後にする。
服を受け取るベスタだけじゃなく、全員浮かれてたなぁ。
きっと、ロクサーヌたちは世話になった女性と話せることが嬉しいのだろう。
んじゃ、あの娘たちを待ちながらおっさん同士の会話でも楽しみますか。
……あの華やかさとの対比がエグすぎる。
あまり情報を渡し過ぎないよう、具体的な話は避けつつ、迷宮探索が順調なことを話す。
そして、それはロクサーヌとセリーを紹介してくれて、ミリアにブラヒム語の教育を施してくれたアランのおかげだと、感謝を伝えておいた。
「お言葉はありがたいですが、私は何もしておりません。彼女たちの能力を引き出していっぱしの戦士に育てあげ、迷宮で的確な指示を出しておられるアユム様のお力の賜物でしょう」
そんなことないんだよなぁ。
ぶっちゃけ、ロクサーヌの回避能力や、セリーの知識や鍛冶師としての働きがなければ、迷宮探索はもっとハードモードだっただろう。
あと、俺のモチベーションも続かなかったに違いない。
三割アップや三割引を使っておいて何を言ってるんだって感じだが、本当に彼には感謝しているのだ。
その後もアランと世間話に興じる。
どこかの地域では迷宮の討伐が進んでおらず、活動が活発になってきているだの、盗賊に荒らされた地域があるだの、渇水の兆しが見え、このままでは不作に陥る地域があるという話を聞かされた。
そして、それらの話の最後は共通しており、奴隷商人としてできる限りの手助けを行うというものだ。
それって、天明や天保の大飢饉に起きた、いわゆる人買いってやつなんじゃ……。
奴隷制度はこの世界においてセーフティーネットとして機能しており、ゲーム的なシステムにも組み込まれている。
それに彼がいなければロクサーヌと出会うことができなかったし、恩人ではあることは確かだ。
でも、やっぱ奴隷商人ってなんかあれだよな……。
何とも言い難いモヤモヤした感情を持て余していたところ、再びノックが部屋に響く。
そして、扉が開きその姿を確認した瞬間、息を呑んだ。
手脚が長く、スラリと均整の取れた体を覆う濃紺の侍女服と白いエプロンの組み合わせ。
胸元は信じられないほど大きく突き出しており、その威容を誇らしげに見せつけている。
他の三人のメイド服とまったく同じデザインなのに、ベスタだけの魅力でいっぱいだ。
ハートを鷲掴みにされ、思わずフラフラと近づいていきそうになってしまう。
見惚れていると、その豊穣の女神のような女性が口を開いた。
「あの、どうでしょうか?」
その表情は恥ずかしそうでありながらも、期待の色がうかがえる。
「とても綺麗だ。それにベスタのあどけない表情と合わさると美しいだけではなく、愛らしさも兼ね備わっている。実に素晴らしい」
「わ。本当ですか? そう言っていただけて嬉しいです」
ベスタが声を上げると、ロクサーヌが笑みを浮かべながら頷いた。
「ふふ。ご主人様を虜にしてしまいましたね」
「言ったでしょう? お気に召さないはずがありません、と」
言葉を重ねるセリーに続き、ミリアもニコニコしながら口を開く。
「ご主人様は私たちのことが大好きですからねー」
三人に声を掛けられたベスタは破顔一笑。
「はい。みなさんの言う通りでした。ありがとうございます」
そして、彼女は再びこちらに体を向ける。
「ご主人様、こんなに素敵な服をありがとうございます」
礼を言うのは俺の方だ。
こんなに素晴らしい姿を拝ませてくれてありがとう。
それと、アラン大明神。やはりあなたは俺の恩人だ。
ありがとう。本当にありがとう。
田川 歩 男 18歳
遊び人Lv63 勇者Lv54 冒険者Lv58 魔道士Lv58 武器商人Lv37
装備 オラクルビットローファー 身代わりのミサンガ
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夏の12日目