各自装備を整えて物置へ移動したところで、懸念事項をロクサーヌとセリーに尋ねた。
「今回の取引で値引スキルや買取交渉スキルを使うのはまずいかな?」
少し考えロクサーヌが口を開く。
「そうですね……。個人間の取引や店での取引なら問題ないのでしょうが、今回は協力している四人との取引です。代表者が他の三人の了承を得ることなく、勝手に値引きしたり、買取価格に上乗せをするのはいくらなんでも不自然ではないでしょうか」
そうなんだよなぁ。
ワンチャン、全員まとめて思考操作が行われる可能性もあるが、危ない橋を渡るわけにはいかない。
セリーも苦々しげな表情で言葉を漏らす。
「仲買人をやり込めるまたとない機会ですが、ご主人様の持つ能力を知られてしまうかもしれません。さすがに危険すぎるので、今回は諦めるしかないでしょう」
苦渋の決断って感じだぞ……。
この娘はどんだけ仲買人に敵愾心を抱いているんだろう……。
思わずロクサーヌと顔を見合わせたところ、そこには苦笑が浮かんでいた。
きっと俺も同じ表情をしているに違いない。
ま、まあそれが俺たちに向くことはないんだから問題ないさ。
気を取り直して相談を続ける。
「ジョブについても腕力や知力が上がるようなものは付けない方がいいよね?」
その言葉を聞き、セリーが落ち着きを取り戻す。
「はい。それらの効果が付いていた場合、スキルの確認を行う際に普段と比べて攻撃の威力が上がり、不信感を抱かれてしまうでしょう。他にもインテリジェンスカードの確認をされないとも限りません。念のためファーストジョブも冒険者にしておくべきだと思います」
ロクサーヌも頷きながら同意を示した。
「確かにその方がいいですね。万が一があるかもしれません」
彼女たちの言う通り、対策をしておくべきだろう。おそらくチェックされることはないと思うが、転ばぬ先の杖ってやつだ。
ファーストジョブを冒険者、セカンドジョブに遊び人を付け、さらに遊び人の効果にスキルの確認に影響を及ぼさないであろう器用微上昇を、そしてスキルにはオーバードライビングを設定しておく。
オーバードライビングは正真正銘のチートスキル。これさえあればたとえ荒事になったとしても暴力で解決できる。
俺がアイテムボックスの中身を入れ替え、ジョブの変更をしている間に、セリーはあっさり貫通のオリハルコン剣にHP吸収のスキルを付けていた。
貫通のオリハルコン剣 両手剣
スキル 防御力貫通 腕力二倍 MP吸収 詠唱中断 HP吸収
……こうしてみるとエグいよなぁ。
やろうと思えばこのクラスの装備品を量産することも可能だし、すぐにでも大金を稼ぐことができる。
しかし、そんなことをすれば間違いなく権力者から目を付けられるし、どんなことが起こるか分からない。
誘惑に負けて安易な金儲けに走らないよう、自分を律しておかなければ。
自分に言い聞かせつつ、出来立てホヤホヤのそれと共に保管してあった装備品をアイテムボックスにしまっていく。
バラダム家に売却予定だったものに加え、将来ベスタが装備する予定の頑強のオリハルコンプレートメイルと剛腕のミスリル手甲も念のために入れておいた。
セリーの話によればそんな事態にはならないらしいが、商談が拗れた際はこいつらを弾にするしかない。
アスカロンはどんなことがあっても手に入れる必要があるからな。
スキルが六個のユニーク装備と引き換えならあきらめもつく。
準備が整ったところで、セリーから取るべき行動についてのレクチャーを受ける。
これが交渉の成否を分けると言われれば真剣にならざるを得ない。
彼女の中では、すでにディールが始まっているのだろう。
灰皿を投げつけられるようなことはなかったが、演出家より厳しく芝居をつけられてから物置を後にする。
先ほどの商談室へ戻ると、ロクサーヌとセリーを見て彼らの表情が少しだけ変わった。
だが、そこは海千山千の仲買人。わずかな時間で胡散臭い笑みを取り戻す。
……カイルを除いて。
彼の視線はロクサーヌに釘付けで、鼻の穴を大きく膨らませて匂いを嗅いでいる。
どうやら彼女の魅力に当てられてしまったらしい。
まったく。本当に罪な女性だこと。
だが、いまは魅了のデバフを受けている男に構っている場合じゃない。
主導権を握るため、機先を制して事情の説明だ。
「俺は相場に疎くてな。交渉はこのセリーが担当する。また、スキルの確認をするために迷宮へ行くのだろう? 魔物を素早く見つけるため、ロクサーヌにも同行してもらった」
もしかしたら狼人族であるカイルも匂いで魔物を見つけ出せるかもしれないが、ロクサーヌの鼻の方が高性能なのは確定的に明らかである。
ヒルダはその言葉に、余裕を崩すことなく応じた。
「ええ。問題ございません。よろしくお願いいたします」
ここまでの流れを見るに、どうやら彼女が代表者となっているらしい。
最も高価な装備品を出している上に最年長。むべなるかな。
俺とセリーがソファーに腰を下ろし、ロクサーヌはその後ろで控えている。
こちらの対面にはルークが、そしてセリーの方にはヒルダという構図だ。
相手にとって不足なし。いざ、尋常に勝負!
奴らはアスカロンというカードに絶対の自信を持っているのだろう。
ヒルダは初手で要求をぶっこんできた。
「私どもの希望といたしましては、先日のオークションでアユム様が落札されましたセブンリーグブーツとフランベルジュ。また、これまで落札された最上位種のスキル結晶の融合に成功しておられるのでしたら、そちらもお譲りいただきたく存じます」
そしてルークもアルカイックスマイルを浮かべながらそれに続く。
「他にもバラダム家が所有していた催眠のオリハルコン剣や頑強のオリハルコンプレートメイル、剛腕のミスリル手甲に聖槍。それから、なんと言いましてもひもろぎのカッカラです」
残念でしたー。催眠のオリハルコン剣はもう売っちゃいましたー。
……というか、奴らの装備品を把握してたのか。仲買人ネットワーク、怖すぎるだろ。
戦慄していると、ダリウスも追撃をかける。
「そして明日売却予定の、ひもろぎのロッドと吸精のダマスカス鋼ステッキもご提示いただきたく」
仲間が攻勢をかけていることに気付き、ロクサーヌに見惚れていたカイルもハッとしたように口を開いた。
「もちろん先ほどルークが申し上げた通り、足りない分につきましては金銭で補填していただくことも可能です。是非ご検討ください」
こいつら一気に畳みかけてきやがった。
アスカロンのインパクトで俺たちから貴重な装備品や金を巻き上げる作戦なのだろう。
スキルが五つ付いたユニーク装備にはそれほどの価値があるということを、改めて思い知らされる。
だが、俺たちも迎撃態勢を整えてきたんだ。吠え面をかきやがれ。
奴らの狙いを確かめたところで、セリーが反撃の狼煙を上げる。
「まずは聖剣アスカロンの価格をすり合わせておきましょう。ご主人様からうかがったところによると、四つの属性付与と防御力貫通が付いているとのことですが、間違いありませんか?」
「ええ。その通りです」
ヒルダの相槌に頷き、言葉を続けた。
「スキルが五つ付いた固有名を持つ装備品。それも武器となるとオークションに出せば三千万ナール以上の値が付くはずです」
その言葉にヒルダの笑みが深くなる。
「さすがアユム様のパーティーメンバー。相場をよくご存じのよう――」
「ですが、それは有用なスキルが付いている場合の価格です。防御力貫通はともかく、四つの属性付与にはほとんど価値がありません。オークションに出しても、せいぜい二千万ナールが関の山でしょう」
しかし、セリーは彼女の言葉を遮り、強烈なジャブを浴びせた。
ヒルダは一瞬、無表情になったものの、すぐさま表情を整えパンチを打ち返す。
「あらあら。私は過大評価をしてしまったのでしょうか。どうやらそれほど相場には詳しくなかったようですね。どんな効果であろうと、スキルが五つ付いた固有名を持つ武器が二千万ナールで落札されることなどあり得ません」
それに対し、我らのネゴシエーターは一歩も引かず、たとえ観賞用であっても有用なスキルでなければ高値は付かないと応じる。
女性二人は声を荒げることはないものの、胃が痛くなるような鍔迫り合いを繰り広げていた。
……俺一人だったらヤバかったなぁ。
結局、アスカロンの価格は二千六百万ナールということで折り合いがつく。
納得している様子を見るに、セリーの見積もりもこのあたりだったのだろう。
……それなのに初手が二千万だったの?
実に恐ろしい娘さんである……。
話がまとまったのも束の間、セリーはすぐさま追撃に移る。
「ご主人様、アレをお願いします」
おっ。さっき指示されたやつだ。
「うむ。八百千五百のお宝を、収めし蔵の掛け金の、アイテムボックス、オープン」
呪文を唱え、取り出した貫通のオリハルコン剣をローテーブルへと載せる。
仲買人たちは視線を向けたものの、その顔にはどこか期待外れの色が浮かんでいた。
きっとセブンリーグブーツを期待していたのだろう。
「こちらはご主人様のご先祖様が固定で賜り、タガワ家に代々伝わる貫通のオリハルコン剣」
それを聞き、四人の表情が一変する。
当の本人は初耳なのだが、どうやらそういうことらしい。
親父、いつ相続してくれたのかは分からないが、生前贈与で素晴らしい両手剣を託してくれてありがとう。
「固定で賜ったということは、複数のスキルが?」
ルークが表情を引き締めながら尋ねると、セリーはそれに頷きを返す。
「はい。こちらに付いているスキルは防御力貫通、詠唱中断、HP吸収、MP吸収、そして腕力二倍となっております」
その瞬間、商談室に悲鳴のような声が響き渡った。
「五つですって!」
「本当ですか!」
「信じられない!」
「そんな組み合わせが……」
彼らの様子を見て、セリーの顔に悪い笑みが浮かぶ。
「固有名こそありませんが、有用なスキルが五つ揃っているのです。これほどの武器は二つとないでしょう」
可愛いけど、感じ悪いからその顔はやめとこうね。
呆気にとられた様子の四人に対し、彼女は嵩にかかって追撃を行う。
「圧倒的な物理攻撃性能に加え、魔物のスキルを潰す詠唱中断。さらにダメージを受けても攻撃をすることで回復が可能です。そして、もっとも重要なのがMP吸収。通常、強力な物理攻撃スキルを持つ武者や剣豪、百獣王といったジョブはMPが少なく、戦闘中に何度もスキルを使うことができません。しかし、こちらの武器を使用すれば、威力を大きく引き上げられたスキルを連発することも可能となります」
「確かに……」
ダリウスが思わずといった様子で呟きを漏らした。
我が代理人はその言葉にドヤ顔で頷く。
「こちらは美術品としての価値ではなく、実用性を極限まで突き詰めていると言っても過言ではない逸品。迷宮討伐を成し遂げ貴族への成り上がりを目指す者や、迷宮攻略の義務を負う貴族や皇族であれば、喉から手が出るほど欲することでしょう。いったいどれほどの値が付くのか想像もつきません」
しかし、ヒルダは気圧されたような表情をすぐさま拭い、反撃を試みる。
「ですが、いかに有用であっても、金銭的な価値は固有名を持つ聖剣アスカロンには遠く及びません。おそらくオークションでは千五百万ナールといったところでしょう」
「おや? 仲買人ともあろうお方が相場を見積もることもできないのですか? これほど有能なスキルが五つも揃っているのです。三千万ナールを下回ることなどあり得ません」
同じようなやり取りをついさっき聞いた気がするんですが……。
百戦錬磨の仲買人を向こうに回し、我が家のネゴシエーターは丁々発止とやり合っている。
この娘さん、仲買人を毛嫌いしてるけど、完全に同族嫌悪だよなぁ。
そんなことを考えながらディールの行方を見守っていると、激しい応酬の最中にセリーがこちらへパスを放つ。
「ご主人様、アレをお願いいたします」
ん? あ、アレね。了解、了解。
打ち合わせ通りアイテムボックスを開き、次の弾を装填だ。
仲買人たちは新たにローテーブルに載せられた品に視線を注いでいる。
「これがMP吸収の付いたひもろぎのカッカラですか……」
カイルの呟きに、セリーはかぶりを振って答えた。
「いいえ。こちらはMP吸収と詠唱中断の付いたひもろぎのカッカラです」
その瞬間、商談室に再び驚きの声が響き渡る。
オークションに出品されたときにはスキルが二つだと思われてたんだ。そりゃ驚きもするわな。
「MP吸収の確認をしているときに、たまたま魔物がスキルを使用したことで気が付きました。おそらくバラダム家もこのことを把握していたことでしょう。彼らはスキルが三つ付いた杖を格安で手に入れたことになりますね」
四人は呆気にとられたようにひもろぎのカッカラを見つめていた。
可愛い顔をシニカルな笑みで歪めながら、セリーが話を続ける。
「さて、このテーブルの上に載っている、有用なスキルが五つ付いた貫通のオリハルコン剣と、三つ付いたひもろぎのカッカラ。オークションではいったいどのくらいの値が付くのでしょうか?」
彼女の言葉と共に、俺の脳内に第三ラウンドのゴングが鳴り響く。
仲買人チームはヒルダだけではなく、他の三人も加わり攻勢に出た。
硬軟織り交ぜ、あの手この手で交渉を進めていく様は敵ながらあっぱれである。
しかし、我らがタフネゴシエーターも負けてはいない。
百戦錬磨の仲買人たちを向こうに回し、四人分の圧力をはねのけている。
時には横綱を思わせるゴリゴリの電車道。時には小兵力士のように妥協点を提示し、相手をいなす様が実に見事。
セリーは仲買人たちに比べ人数、年齢、経験、身分、すべての面で劣っているにもかかわらず、一切引けを取っていない。
ロクサーヌの能力が分かりやすくて目立ってるけど、この娘も本当に反則的な能力を持ってるよなぁ。
やがて彼女は予定通り、狙っていた物を全て手に入れることに成功してしまった。
思わず歓声を上げそうになるものの、セリーの様子を見てそれを必死にこらえる。
彼女の顔には苦いものが浮かんでおり、この取引が不本意だと言わんばかり。
おそらくこちらの狙いを悟られないよう、演技を継続しているのだろう。
それを台無しにするわけにはいかない。表情筋にグッと力を入れる。
そして、セリーは口惜しげに息を吐き出した。
「ご主人様、申し訳ありません。聖剣アスカロンとカッカラ、それからスキル結晶で手を打ちましょう。これ以上装備品を手放しては探索に支障をきたします。残念ながら、他の装備品は諦めるしかありません」
二つ合わせて二千数百万ナールの武器で、狙っていた推定五千万ナールをはるかに超える品々を手に入れたのだ。完全勝利と言ってもいいだろう。
それなのに、本気で悔しがっているようにしか見えない。
彼女も内心では勝鬨を上げているはずだが、それを欠片も感じさせないとはたいしたもんだ。
役者の才能にも恵まれている。紅天女を目指せるのではなかろうか。
「分かった。セリーがそう判断したのなら、俺に異存はない」
俺たちのやり取りを見て、ヒルダも息を漏らす。
彼女もそうだが、他の仲買人たちの顔にも、ホッとしたような、それでいて満足いっていないような、でもどこか期待するような、複雑な色が混じり合っていた。
どうやら期待したほどの成果は得られていないようだ。
シャークトレード云々は関係なしに通常の取引という意味でも、セリーは彼らの利益を削っていたらしい。
……まあ、あちら側も演技をしている可能性はあるんだけどさ。
そして、ヒルダは苦笑を浮かべながら口を開く。
「さすがは根こそぎのアユム様。このような装備品をお持ちだったことにも驚きましたが、ここまで手ごわい代理人を伴ってくるとは想像もしておりませんでした」
やめて! そんな異名で呼ばないで! 俺はその二つ名を認めてないから!
内心で反論をしていたところ、ルークが告げた。
「では、時間も遅いことですし、すぐにスキルの確認を行いましょう。私どもも装備を整えてまいりますので、少々お待ちください」
そう言うと彼とヒルダが立ち上がる。
どうやら確認のために迷宮へ行くのはあの二人だけらしい。
にやけそうになる表情を引き締めながら、彼らが部屋を出ていくのを見送った。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv58 遊び人Lv63
装備 頑強の竜革鎧 オラクルビットローファー 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:22
キャラクター再設定:1
必要経験値二十分の一:63
セカンドジョブ:1
詠唱省略:3
鑑定:1
ワープ:1
MP回復速度二十倍:63
ジョブ設定:1
所持金:3,540,513ナール
夏の12日目