食事と歯磨き、洗い物を済ませてリビングへ移動する。
胸元に顔を埋め、スンスンと匂いを嗅いでいるお嬢さんの犬耳を撫でていると、セリーが呪文を唱えた。
「八百千五百のお宝を、収めし蔵の掛け金の、アイテムボックス、オープン」
そして、強権のダマスカス鋼槍を取り出し、こちらへ差し出す。
「では、お返しいたします」
ロクサーヌに抱き着かれながらそれを受け取り、アイテムボックスに放り込む。
昨日打ち合わせをした時はコボルトのスキル結晶がなく、またウサギのスキル結晶も残り一つだったため、セリーがオリハルコンの槍が装備可能になるまで、武器に詠唱中断を付ける予定はなかった。
しかし、昨晩の仲買人たちとの取引でコボルトが六つ、ウサギが一つ手に入っている。
聖槍はいずれルティナが装備するはずだ。それなら詠唱中断を付けても無駄になることはない。
「商人ギルドに行く前にコボルトとウサギのスキル結晶を渡すから、聖槍に融合しておいてね」
すると、セリーは愛らしい顔に酷薄な笑みを浮かべた。
「コボルトとウサギのスキル結晶が手に入ったのは僥倖でしたね。あのような度し難い者たちであっても使い道はあるようです」
こら。そんなこと言うもんじゃありません。
ほんと、仲買に対する敵愾心がハンパないわ。
「まあまあ。ルークがよからぬことを考えれば考えるほど、俺たちに利益が転がり込んでくるんだ。これからも適度な距離を保ちつつ、付き合いを継続していこうよ」
俺の言葉を受け、彼女はあざけるように鼻を鳴らす。
「大損をしていることにも気付かず、今後も愚かな提案を行うことでしょう。そのたびに大金を巻き上げてやりましょう。欲をかくからそういう目に遭うのです。まったく、仲買人とは愚かで救い難い者たちです」
その言葉にミリアとベスタは困り顔でセリーを見つめていた。
「えっと、そうですね……。仲買人が何かをたくらむようなら、同じように撃退しましょう」
「あの、はい……。セリーさんならご主人様の財産を守れると思います……」
後輩に気を遣わせるんじゃありません。
本人には絶対言えないけど、仲買人とセリーは完全に同じ穴の狢だよなぁ……。
引っかかる点はありつつも、朝のひと時をのんびり過ごす。
アユムズフレグランスを堪能していたロクサーヌから約束の時間を告げられたため、自室からスキル結晶を回収し、玄関へ向かう。
「セリー、コボルトとウサギのスキル結晶を渡しておくから、聖槍に詠唱中断を付けておいて」
そう言ってスキル結晶を差し出すと、セリーはそれを受け取り、力強く頷いた。
「かしこまりました。ご主人様がお戻りになるまでに融合しておきます」
百パーセント成功することが分かっているため、彼女の表情には一切不安の色が見られない。
お互い信頼を積み重ねてきたもんな。よきかな、よきかな。
「俺が戻るまでは好きなことをして過ごしてね。それじゃあ、行ってくる」
一糸乱れぬ美しいお辞儀に加え、挨拶の声がピタリと重なった。
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
パーフェクト! マーベラス! エクセレント!
素晴らしい光景に感動を覚えながら、ワープゲートを展開する。
いつものようにルークを呼び出したところ、奴はすぐに姿を現す。
しかし、その顔にはトレードマークの胡散臭い笑みが見えず、どことなく申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。
なんだ、なんだ。何かあったのか?
彼は近づくなり、俺の耳元に顔を寄せて囁く。
「バラダム家の当主が同行しています。彼は豪商で相場にも精通しておりますので、価格の吊り上げは難しいかと」
ちょ! やめろー! 耳がゾクゾクするだろうが! 男のASMRボイスを聞く気はないっての!
一瞬、嫌悪感を覚えたものの、すぐにその言葉の意味が頭に染み込んでくる。
おそらく仲買人が価格を吊り上げるかもしれないと考え、当主が同行することにしたのだろう。
奴らはまったく信用が置けないため、同じ状況なら俺だってセリーを伴うはずだ。
クソッ。儲けが減ってしまった。
……あっ。いや、待てよ?
イヴァン・バラダムのジョブは豪商。当然カルクのスキルを持っている。
つまり三割アップが効くわけで、そうなると価格の吊り上げよりエグいことに……。
それに思い至った瞬間、全身に電気が走り、体中の毛穴という毛穴が開く感覚に襲われる。
奴らが用心したおかげでとんでもない利益が転がり込んできやがった!
興奮を押し殺し、ルークへ告げる。
「こうなっては仕方がない。相場を下回ることがないようにだけ頼む」
「ありがとうございます。であれば、そのようにいたします」
頷きを交わし合い、商談室へ向けて歩き出した。
廊下を進みながら、大急ぎでボーナスポイントの振り分けを行う。
MP回復速度上昇をすべて外して、シックススジョブをフィフスジョブに落とし、捻出したポイントで三割アップを設定する。
そして念のため、ファーストジョブの遊び人を冒険者と入れ替えておいた。
いくぞチンピラ王、白金貨の貯蔵は充分か。
一秒ごとに上がっていくテンションを抑えつつ、ルークの背中を追う。
いつもとは違う部屋へと案内されると、そこには長いテーブルが設置されており、入口から奥側の中央にはイヴァン・バラダムが目を閉じ、腕を組んで待ち構えていた。
その右隣ではステン・バラダムが剣呑な雰囲気をまき散らす。
そして、話を持ち掛けてきた四人は強張った表情で、左右に分かれて腰を下ろしている。
……完全にマフィアやないか。マフィアのファミリーやないか。
ゴッドファーザー愛のテーマが聞こえてきそうだぞ。
しかし、そんな迫力満点の光景を目の当たりにしても怖気づくことはない。
何せこれから大金を巻き上げる相手。こちらからしてみれば単なる鴨だ。
そんなことを考えていると、扉付近で控えていたヒルダが話しかけてくる。
「アユム様、お待ちしておりました。バラダム家の皆様がお待ちですので、早速ですが商談を行いましょう。こちら側の中央へおかけください」
彼女はそう言ってイヴァンの正面に座るよう促した。
「ああ」
言葉に従い席に着くと、右隣にヒルダが、左隣にはルークが腰を下ろす。
そして、ダリウスとカイルもあちら側の右端と左端に収まった。
全員が席に着くとイヴァン・バラダムが目を開き、低く響くような迫力のある声で話し出す。
「うちに装備品を売ってくれるそうだな」
「ああ」
「どこからも仕入れることができず難儀していたところだ。若い衆が相場の五割増しで買い取ると約束したそうだが、取引相手がそちらということであれば仕方あるまい。今回はそれを飲もう」
その言葉を聞き、四人の表情がホッとしたものへと変わる。
もしかしたら一・五倍で買い取ると約束したことを責められたのかもしれない。
色を付けてもいいと許可をしていたとしても、一・五倍はその範囲を逸脱してそうだしな。
しかし、バラダム家は俺たちの強さを身をもって知っている。約束を反故にすれば決闘沙汰となり、今度こそ家がなくなると考えたのだろう。
彼は俺の目を鋭く睨みつけながら、言葉を続けた。
「ただ、相場については儂とそちらによる話し合いとさせてもらいたい。このようなことを他人に任せるわけにはいかないものでな」
つまり、仲買人が信用できないということですね。同感です。
「ああ。問題ない。それから売却する相手は話を持ちかけてきた彼らではなく、あんたということにしておいた方がいいだろう」
即答したところ、彼は訝しげな表情でこちらを見つめる。
きっと俺が仲買人と組んで価格を吊り上げる算段を付けていて、彼の提案に対しごねると思ったんだろうなぁ。
ぶっちゃけ、吊り上げるといってもせいぜい一割から二割くらいのものだった。
それ以上だとあまりにも相場価格と乖離しており、どう説明しても納得してもらえないらしい。
ごねて取引を破談にするより、三割アップを有効にする方が得だ。
イヴァンはすぐに表情を改めて答える。
「助かる。ではそのように頼もう」
フィーッシュ! 食いつきやがった! よっしゃ、三割アップの餌食にしてやるぜ!
その後はほとんどルーティーン作業だ。
俺が装備品を取り出し、ダリウスかカイルが鑑定。
その結果を受け、バラダム家側と値段のすり合わせを行う。
鑑定結果に相違はなく、価格も昨夜聞いていた相場と変わらない。
スキル付きの装備品が出るたび、実際に使用する四人は色めき立っていた。
特に頑強の竜革鎧については、冒険者のボリスと探索者のクロードが装備していた物にスキルを付けたと思っているため、二人の間で火花が散っている。
こいつらこの後、めちゃくちゃ揉めそうだよなぁ。
精査が終わったところで、牽制し合っている身内を無視してイヴァンがまとめに入る。
「まず武器の確認だ。ひもろぎのロッドが一つ、吸精のダマスカス鋼ステッキが一つ、強権のダマスカス鋼槍が一つ、エストックが一つ」
言葉を切ってこちらに視線を向ける彼に頷きを返す。
「次はスキル付きの防具だ。頑強の竜革鎧が一つ、覚醒のダマスカス鋼額金が一つ、柔軟の竜革帽子が一つ、技工の竜革グローブが一つ、防水の竜革靴が一つ。そして身代わりのミサンガ四つ」
イヴァンは俺の顔をチラリと見て、言葉を続けた。
「最後はスキルが付いていない防具。ダマスカス鋼の盾が一つ、竜革の鎧が一つ、竜革のジャケットが一つ、竜革の靴が一つ。以上でいいな?」
「ああ。間違いない」
品目の確認が無事に終わるとほんの少しだけ部屋の空気が軽くなる。
彼らにしてみれば価格が吊り上げられるのを防いだという気持ちなのだろう。
まあ、俺にとってはここからが本番なんですけどね。
イヴァンは一つ息を吐き出し、迫力のある顔を俺に向けた。
「全部で十七点、相場の合計金額は三百七万八千三百ナールとなるが、今回の取引では五割増しを支払うことになるため、四百六十一万七千四百五十ナールだ」
こいっ!
「しかし、そちらには多大な迷惑をかけている。次に何かあれば我がバラダム家は滅ぼされてしまうだろう。今回は六百万二千六百八十五ナールを支払わせてもらうので、これで完全に手打ちとしてもらいたい。もし今後うちの者がそちらに迷惑をかけたとしても決闘ではなく、最初は話し合いをしてもらえないだろうか?」
その瞬間、部屋に悲鳴のような声が上がる。
きたー! 六百万ナールって! エグいわ!
バラダム家のオークションで使った金額が約千二百万ナール。その半分が返ってきてるじゃん! 五十パーセントキャッシュバックキャンペーンじゃん!
俺もおかしなテンションになっているが、それ以上に仲買人たちやバラダム家の奴らが驚愕していた。
しかし、ステン・バラダムはすぐに鋭い視線で当主を睨みつけ、怒号を上げる。
「親父! その金は家宝を手放してまで手に入れた大切な資金だぞ! 相場の二倍近くの金を払うなんて、いったい何を考えてるんだ!」
まったくもってその通り。
一・五倍掛ける一・三倍で一・九五倍。そりゃ正気も疑いたくなるわ。
彼の言葉を受け、イヴァンは静かに口を開く。
「儂らが迷宮討伐を目指して何年になる?」
「ああ?」
当主の問いかけにステンは面食らったように声を漏らす。
彼だけではなく、部屋にいる全員がイヴァンに視線を向けた。
「三十年だ。スキルの付いた装備品を落札し、自前で用意した装備品にスキルを付けさせ、自爆玉を用意して身内に魔法使いを作り、大量のドープ薬を買い漁ってサボーを強化した。ここまでたどり着くのに三十年。それでも迷宮討伐には手が届かなかった」
ふーん。三十年ねぇ。
俺なんて百日ちょっとで五十階層を超え、いつでも迷宮討伐可能なところまできている。
ほんと、キャラクター再設定はチートだよなぁ。
これを自分の力だと思い込み、過信することがないよう自制しておかないと。
「この兄さんはハルツ公爵に目をかけられ、エンブレムを託されている。その意味が分かるか?」
「それは……」
イヴァンの問いかけに対し、ステンは思い当たらないのか、それとも口に出したくないのか、気まずそうに言葉を濁す。
「自分の派閥へ取り込むための布石に違いあるまい。公爵はこの兄さんが叙勲されると本気で考えている。始まりの五公爵の末裔たる、ハルツ公爵その人がだ」
すると探索者のクロードが口を開いた。
「兄貴、ご当主の言う通りです。この男は俺たちなんかとはモノが違う。あのサボーが何もできずに首を落とされました。実際にあれを見た公爵様が確保に動くのも当然です」
その言葉に他の三人も大きく頷く。
ステンは彼らの顔を見回し、翻意を促せないと悟ったのか舌打ちを漏らした。
その態度を見て、イヴァンが地の底から響くような声で告げる。
「この兄さんが儂らを見逃したのは、あの娘が族滅までは望まなかったからだ。もしそうでなければバラダム家はこの世から消えている。儂らは詫びを入れはしたものの、落とし前をつけていない」
彼は聞き分けのない子分をギロリと睨む。
「つまり、いつ気が変わってもおかしくないということになるのだぞ? 儂はそれがとても恐ろしい。お前は本当にそれでも問題ないと言うつもりなのか?」
当主の言葉にステンは不承不承頷いた。
「……分かった。親父の決定に従う」
意見がまとまったところで、イヴァンがこちらに顔を向ける。
「どうだろうか。これを落とし前として、手打ちにしてもらえないだろうか? 無論、今後は一切そちらに手を出さないと家名に誓う」
目の前でヤクザ映画のようなやり取りが展開されたせいで、完全に置いて行かれた気分だぞ……。
というか、買取スキルや値引スキルの思考誘導って、こんな風になることもあるのか……。
自分に対して使われたらと思うと、恐ろしすぎるで……。
おっと。いかんいかん。今はそんなことを考えている場合じゃない。
横道にそれた思索を振り払い、問いかけに応じる。
「ああ。それで構わない」
俺の返事を聞き、バラダム家の表情が緩んだ。
でもまあ、殊勝なことを言ったところで、こいつらは好き放題に生きてきたヤクザもん。
ぶっとい釘を刺しておかねば。
体中から気合をかき集め、それを視線に込めて奴へぶつける。
「ただし、前にも言ったが俺たちやその身内に手を出したときには、一族郎党この世から消えてもらう。分かっているな?」
公爵家のエンブレムのご威光か、それともサボーを倒したためか、その岩のような顔を強張らせながら頷いた。
「あ、ああ。もちろんだ」
もし同じことをしでかしたときには、出し惜しみなしに相手をしてやる。
アスカロンという見せ札を手に入れたんだ。オーバードライビングからのトリプルアタックが火を噴くぞ。
あの娘たち守るためなら、俺は鬼にも悪魔にもなるからな。
慣れない脅しをかけつつ、取引を再開する。
代金を受け取り、装備品を引き渡したところで、バラダム家の奴らが椅子から立ち上がった。
「信用してもらえないだろうが、今後は世間様に迷惑をかけず、真面目に商売を営んでいくつもりだ。これまで迷惑をかけた」
そう言って当主が頭を下げると、他の奴らもそれに続く。
おう。もちろんこれっぽっちも信用するつもりはないから。
たとえ心を入れ替えて真面目に働き、地域貢献やボランティアに精を出したとしても、今まで踏みにじられてきた人たちが納得するはずがない。
もうサボーはいないんだ。せいぜい夜道に気を付けるこったな。
そんなことを考えながら彼らの後頭部を眺めていると、やがて頭を上げ、もう一度謝罪の言葉を口にし、部屋を出て行った。
そして、ダリウスとカイルもこちらへ頭を下げ、彼らの後に続き扉を潜る。
謝りまくっていたが、正直まったく同情する気が起きない。
うーん……。俺って心が狭いのかなぁ。
彼らを見送ったところで、ヒルダがこちらに胡散臭い笑みを向けた。
「アユム様、この度は見事な商談でございました。まさかあのバラダム家から、あのような譲歩を引き出すとは思いもよりませんでした」
さらにルークも同様の表情を浮かべ、口を開く。
「ええ。さすがアユム様です」
はいはい。さすアユ、ありがとさん。
「予想以上の取引となったが、これも全て公爵閣下の託してくださったエムブレムのお力に他ならない」
俺の言葉に二人は表情を引き締めた。
普段は人を食ったような態度を崩さない仲買人であっても、さすがに公爵相手では神妙になるらしい。
そりゃそうだわな。
常とは違う彼らの表情を見ながら、最後のミッションに取り掛かる。
「ルーク、少し話しておきたいことがあるのだが、この後時間はあるか?」
声を掛けると、彼はすぐにいつもの表情を顔に貼り付け、答えた。
「はい。問題ございません」
「うむ。では頼む」
俺たちのやり取りを確認し、ヒルダが笑顔で切り出す。
「それでは私はこれで失礼いたします。アユム様、今回は大変お世話になりました。今後ともよろしくお願いいたします」
昨日セリーが言っていたように、近隣諸国に通達した上で貫通のオリハルコン剣とひもろぎのカッカラをオークションに出すつもりなのだろう。
俺たちを出し抜き、数百万ナールの利益を上げたと思い込んでいるに違いない。
残念でしたー。君たち二千万ナール以上の大損をこいてっから。
まあ、今後も油断してもらっていた方が都合がいいし、それを伝えるつもりはないけどね。
せいぜい、勝ち誇っているといいさ。
「ああ。こちらこそ世話になった。また何かあったらよろしく頼む」
握手を交わすと、彼女は部屋を出て行った。
さて、それじゃあルーク君をガン詰めしていきましょうかね。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv59 勇者Lv54 遊び人Lv63 魔道士Lv58 武器商人Lv41
装備 オラクルビットローファー 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:9
キャラクター再設定:1
必要経験値二十分の一:63
フィフスジョブ:15
ワープ:1
鑑定:1
ジョブ設定:1
買取価格三十パーセント上昇:63
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夏の13日目