先ほどまでイヴァン・バラダムが座っていた席へ腰を下ろし、ルークが口を開く。
「まさか公爵様からエンブレムを託されておいでだとは想像もしていませんでした。さすがアユム様でございます」
うん? そういやこいつには言ってなかったか。
あ、いや。そもそもエンブレムを見せたのは、ターレの村長とバラダム家だけだ。
それなら、この後の話をスムーズにするため、一発かましておこう。
リュックからワッペンを取り出し、ルークに突きつける。
この紋所が目に入らぬか!
静まり返った室内に、生唾を飲み込む音だけがやけに大きく響いた。
「た、確かにハルツ公爵家の紋章です……」
強張った顔で言葉を絞り出すルークへ、さらに追い打ちをかける。
「閣下は俺だけではなく、パーティーメンバー全員分のワッペンを託してくださった。そして、何かあれば後ろ盾になるので、遠慮なくこれを示すようおっしゃったのだ」
「えっ!? パーティーメンバーの分まで!? ですが、アユム様のパーティーメン……」
ルークは驚きの声を上げたものの、途中でそれを飲み込んだ。
おそらく『奴隷にエンブレムを託すなんて』と言いたかったのだろう。
しかし、それを口にすると俺が気分を害すると察し、自重したに違いない。
さすが仲買人。クソ野郎だが、この辺の機微には長けている。
「公爵閣下は俺が彼女たちのことを何より大切にしていることをご存じだ。そのため、迷宮探索に専念できるよう、彼女たちの身を案じて下さった」
その言葉で彼は理由を察し、声を漏らした。
「なるほど……。他の貴族がお仲間の身を求めたときに、対抗できる手段を授けたということですか……」
「ああ。それどころか、これを見ても無体を働くようであれば貴族であっても斬ってよいと仰せになった」
ルークは驚きで目を見開き、呆然とした表情でこちらを見つめている。
どうだ。バックにはハルツ公爵家がついてるんだぞ。
全力で虎の威を借りてやるからな。俺の小物ムーブを舐めんなよ。恐れ入ったか。
牽制を入れたところで本題へ移る。
「お前たちはオークションを開催するにあたり、貫通のオリハルコン剣とひもろぎのカッカラのことを近隣諸国にまで喧伝するつもりなのだろう? うちのセリーは合わせて三千万ナールを超えるだろうと悔しがっていたぞ」
商売の話題になったからか、彼の顔にトレードマークのアルカイックスマイルが戻る。
「ええ。スキルが五つ。それも全てが有用な物が付いた武器なのです。このようなものを出品する機会など、一生のうち一度あるかないかのこと。そのため全力で取り組もうという話になっております」
こいつの中ではシャークトレードを成立させたことになっているだろうに、悪びれることなくいけしゃあしゃあと……。
でもまあ、仲買人たちの考えはなんとなく想像がつく。
この世界を司るゲーム的なシステムにより、盗賊のジョブが発生すれば犯罪行為。それ以外は全てセーフという判断基準なのだろう。
実際のところ、近代的で厳密な法律がない世界であれば、その基準に従って商売を営むというのは、ある程度の合理性がなくはない。
だが、人と人との付き合いにおいて、そんなことをしていれば恨みを買うことになる。
現に仲買人にとって最も重要な取引相手である、鍛冶師や隻眼のジョブに就けるドワーフとの関係は最悪だ。
うん。今から行うのは個人的な憂さ晴らしではなく、既得権益を握り甘い蜜を吸っている仲買人に対する正義の鉄槌。大義名分は我にあり。
理論武装をしたところで、ウキウキしてるルークに告げる。
「ずいぶんと嬉しそうにしているな。やはり三千万ナールは固いのか?」
「はい。間違いなく上回るでしょう」
「ふむ。それにしてはおかしい気がするのだが」
すると、奴の顔に訝しげな表情が浮かぶ。
「おかしい? 何がでしょうか?」
「お前たち四人が利益をどのように配分する予定なのかは分からないが、アスカロンを差し出したヒルダとカッカラを手放したダリウス。そしてスキル結晶はその二人に加えてカイルが出していた。となれば何も出していないルーク、お前の利益はごくわずか、もしくはゼロでもおかしくない。それなのに、どうして浮かれているんだ?」
その言葉を聞き、ルークはまるで石化攻撃を受けたかのようにピシッと固まった。
「あのとき交換の対象となったスキル結晶。あの中にお前の物も含まれていたな?」
「え、あ――」
反論を口にしようとしているのを遮り、さらに畳みかける。
「俺はな、ルーク。昨晩の取引でこちらの方が損をしていたとしても、正当な取引であればとやかく言うつもりはない。交渉を有利に進められなかったこちらの負けで、上手く立ち回ったお前たちの勝ち。ただそれだけのことだ」
言葉を切って、奴の目を見据える。
「だがな、俺が依頼したスキル結晶をお前が隠し持っていた。それはいただけない。自分の分はなかったなんて言うなよ? 誰が、何を、いくらで落札したかはオークションの履歴を調べればすぐに分かるからな」
さすがにオークションを主宰している商人ギルドが隠蔽に加担するとは思えない。
ルークは俺から目をそらし、蒼白の顔で考えを巡らせている。
さて、どう出るのかね。
やがて考えがまとまったのか、彼は震える唇で言葉を絞り出した。
「確かにあの中には私のスキル結晶も含まれていました。ですが、誤解なさらないでください。本当にアユム様の買い注文に対しては他の仲買人たちから妨害が行われているのです」
「ほう?」
相槌を打つと、話を続ける。
「あれらは私個人の物でもなければ、アユム様からご依頼いただいていた物でもありません。昨夜は大きな取引であったため、急遽他のお客様の分として落札した物を回したのです」
いかんよ、ルーク。それは悪手だ。
「お前は顧客から依頼されて落札した物を、自分の都合で横流しするのか? それに他の仲買人たちはどうやって俺が依頼した入札なのか、それとも別の依頼人の入札なのかを区別しているのだ?」
「えっと、それは……」
ルークは少し考え、口を開く。
「あの、他の仲買人たちにあらかじめアユム様のご依頼ではないことを告げた上でオークションに参加し――」
「はぁ」
意識的にため息を吐き出し、奴の言葉を遮った。
「なぜそんな馬鹿な真似をする? オークションに参加する際は依頼人の名を明かさないといけないという決まりでもあるのか?」
「いいえ……。そのようなことは……。ですが、先ほども申し上げましたが、本当にアユム様のご依頼は警戒されており、私の入札は妨害されるのです。先に依頼者を知らせておかなければ、落札ができなくなってしまいます……」
目の前の男はこの世の終わりみたいな顔をしているが、ぶっちゃけそこまで怒っちゃいないんだよなぁ。
しかし、守るべき者がいる以上、あまり舐めた真似をされるわけにはいかない。
奴の言葉が真実かどうかは分からないが、妥協点を探すとしよう。
「ふむ。俺は春の期間中、貴重なスキル結晶に高値で買い注文を出し続けた。本意ではなかったが、それが相場荒らしと受け止められたのであれば、不徳の致すところだった。すまなかったな」
そう言って軽く頭を下げた。
「あ、いえ、私は……」
突然そんなことをされ、面食らっているルークに言葉を続ける。
「しかし、そのような動きがあったのであれば、俺の代理人として仲買人たちとすり合わせを行うべきだったのではないか? こちらとしても恨みを買ってまで『毎回落札しろ』と言うつもりはない。それすら無理なのか? そうであれば自由民として自力救済の道を探らなくてはならなくなるが、どうなのだ? そんなことを言い出す者はいるのか?」
迷宮攻略、特に今後取り組む中階層以降の探索には、スキル付きの装備品が欠かせない。
あの娘たちの身を守るためにも、ここは絶対に妥協できないポイントだ。
ルークをジッと見つめていると、やがて蒼白の顔で頭を縦に振る。
「……分かりました。全てのスキル結晶を落札することは不可能ですが、仲買人仲間に声を掛け、なるべくアユム様のご希望に添えるよう、取り計らいます」
彼の顔には悲壮な決意のようなものが浮かんでいた。
相手は始まりの五公爵のエンブレムを見せながら提案を行い、しかもそいつは暴れ者として有名だった男を何の苦労もなく始末しているのだ。
そのプレッシャーたるやいかばかりか。
「ルーク」
「はい」
「もしこれが不当な要求であると感じたり、俺と付き合うのが嫌になったというのであれば、仲買人を変更しても構わない。また、それでお前のことを恨むこともない」
彼は首を横に振ると、顔を強張らせながらも必死にいつもの笑みを浮かべる。
「そのようなことを考えることなどありません。アユム様は近い将来、迷宮討伐を成し遂げ貴族に列せられるお方。そのようなご縁を手放してしまえば、私は一生後悔することでしょう。これからもお引き立てのほど、よろしくお願いいたします」
内心ビビっているだろうに、これが言えるなんて根性あるよなぁ。本当にたいしたものだ。
全幅の信頼を置くというのは難しいが、それはこいつ以外の仲買人でも同じこと。
有能であることは確かだし、今後も適度な距離を保ちながら付き合っていくとしよう。
話し合いによれば、以前と同じように落札することは無理でも、ある程度の品を確保することは、そう難しくないらしい。
なので、伝言は五日に一度のペースへと戻すことになった。落札できなかった場合でも、その旨を伝えてくれそうだ。
……それなら最初からそうしろよ。そんなことを考えてしまう田川であった。いや、マジで。
今後の方針が決まったところで、お互いに立ち上がり、歩み寄って握手を交わす。
そして、彼の手をグッと引き寄せた。
「俺はな、ルーク。自分のことであればどれだけ舐められようと気にしない。お前たちも好きにすればいいさ。でもな? それがあの娘たちに実害をもたらすというのであれば、決して許しはしない。それを忘れてくれるなよ?」
ルークは何度も頷きながら口を開く。
「もちろんです。肝に銘じておきます」
是非、そう願いたいね。
自宅へ戻ると、ワクワク顔のお嬢様方にリビングへ引きずり込まれてしまった。
あまりにも可愛らしい様子に、頬のゆるみを止められない。
まあ、こっちだって喋りたくてウズウズしているのだ。
それじゃあ、聞いてもらおうじゃないの。
商人ギルドでの出来事を話すと、彼女たちは大きな声を上げ、一喜一憂していた。
価格の吊り上げを防ぐためにイヴァン・バラダムが参戦したと聞いて残念がり、彼のジョブを思い出して瞳を輝かせ、六百万ナールを超える金額を手にしたことに歓声を上げる。
さらにルークとの交渉により、スキル結晶入手の目途が立ったことを聞くと、すごいすごいの大合唱。
ハハハ。フロイラインよ。あまりおだてないでくれたまえ。調子に乗ってしまうではないか。
年若く、見目麗しい四人の女性から称えられる。俺が日本で同じような幸福を味わおうと思えば、キャバクラで大金をバラまかなければならないだろう。
いや。それをしたところで心からの称賛など得られまい。
本当に幸せだなぁ。
一人悦に入っていたところ、ロクサーヌが声を上げた。
「とっさにそのようなことを思いつかれ、実行してしまうだなんて、さすがご主人様! すごいです」
さすごしゅ分を摂取していたところ、ベスタが続く。
「はい。本当にすごいと思います。まさか六百万ナールで売却することができただなんて、信じられません」
さらにミリアも頷いた。
「ほんとだよねー。びっくりだよ」
そして、彼女は顔をこちらに向ける。
「ご主人様、ご主人様。所持金は一千万ナールに戻りましたかー?」
そこまではいってないと思うけど、どうなんだろう?
「ちょっと待ってて。確認してみる」
四人に断り、アイテムボックスの中をざっと確認したところ、一千万ナールには届いていない。
しかし、白金貨と金貨だけで九百五十万ナールを超えていた。
近い将来、大台を突破するのは確実だ。
その旨を告げたところ、セリーがくつくつと忍び笑いを漏らす。
そちらへ顔を向けると、彼女は嘲るような表情を浮かべていた。
「バラダム家と仲買人。どちらも増長していたからそういう目に合うのです。やはり人と人とのつながりは誠意と真心があってこそ。それを忘れた商売人に未来はありません」
いったいどの口でそんな言葉を……。
この娘、本気で言っているんだろうか……。
戦慄しつつ、ソファーから立ち上がる。
「じゃあ、迷宮に行こうか」
部屋に四つの返事が重なり、こだました。
恙なく探索を行い、お昼近くになったところで五十二階層の待機部屋へと移動する。
さあ。ラブローション集めの時間だ。
一つ一つが小さいため、五人で使うためにはかなりの量を揃えなければならない。
できれば周回したいところだけど、このお嬢さんたちは絶対に認めてくれないんだろうなぁ。
そんなことを考えながら、ボス戦に向けてボーナスポイントの振り分けとジョブ変更を行おうとしたところ、ロクサーヌからちょっと待ったコールがかかる。
「ご主人様、早朝のボス戦ではかなり余裕がありました。あれを繰り返せば知らず知らずのうちに敵を侮り、慢心してしまうに違いありません。訓練の強度を上げてはいかがでしょう?」
おいおい。不穏なことを言い出したで。
「強度を上げるとは、どういうことだ?」
問い返すと、彼女は女神のような笑みを浮かべた。
「今までは私がボスの片方を釣りだし、セリー、ミリア、ベスタがもう片方のボスを引き付ける。その間にご主人様は雑魚を片付け、それが済んだらセリーたちの方、そしてそれを倒すと私の受け持っている方を撃破するという流れでした」
うん。そうね。
俺が頷いたのを確認し、ロクサーヌは話を続ける。
「今後は役割と装備を入れ替えていきましょう。今回の場合、ご主人様は貫通のミセリコルデと剛健のダマスカス鋼盾を、私はアスカロンを装備します。その上で、ご主人様はボスの片割れを釣り出して、私は魔物を倒していくのです。そして次のボス戦ではセリーが釣り出し役を行います。いかがでしょうか?」
いかがもなにもないわ。それはいかんでしょうよ。
彼女の顔をうかがうと、そこにはナイスなアイデアを思い付いたという自負がうかがえた。
どうしよう……。この娘、本気だぞ……。
他の三人を確認したところ、セリーは呆気に取られたような表情をしていたものの、ミリアはやる気満々で、ベスタは小さく頷いている。
「お姉ちゃんの言う通り、今まで通りだったら油断につながると思います。それなら挑戦した方がいいです」
「はい。このパーティーなら、そのくらい大丈夫だと思います」
ヤバい。このままじゃ多数決で押し切られる。どうにかして翻意を促さなければ……。
「君のアクセサリー枠は身代わりのミサンガで埋まっている。ドラウプニルはどうするんだ? あれがないと攻撃力五倍が付かないぞ?」
「大丈夫です。二十分もあれば攻撃力五倍がなくても、魔物を倒しきることは可能です。何も問題ありません」
ロクサーヌはそう言うと、穏やかな笑みを浮かべる。
いやいやいや。おかしい、おかしい。
まさかその二十分ってのは、最上階層を撃破する際に疑われないよう、アリバイ作りをする時間を想定しているってことか?
本番では君が受け持つんだから、俺たちが訓練する必要はないじゃん!
「じゃあ、俺の装備についてはどうなんだ? 俺の戦闘スタイルは雑魚戦では杖と盾、ボス戦では両手剣だぞ? 片手剣と盾に慣れてしまえば今後の動きに支障をきたす」
その言葉を聞き、彼女はポンと両手を合わせた。
「それならこうしましょう。ベスタ用に置いてあるオリハルコンの剣へ、詠唱中断のスキルを付け、それをご主人様が装備するのです。これなら何の問題もありません」
すると、セリーも頷きながら呟きを漏らす。
「なるほど。スキル結晶を得る算段がついたのです。いまウサギのスキル結晶を使ったとしても、すぐに補充できるでしょう」
こらー! 君はどっちの味方なんだ!
その後、どれだけ反論しても、ロクサーヌ師匠が折れることはなかった。
彼女はミリアとベスタだけではなく、言葉巧みにセリーも味方につけ、ゴリゴリに押し込んでくる。
俺のことを想っての提案だし、そのうえ理まであちらにあるのだ。
そりゃ、最終的に押し切られちゃいますよね……。
自宅への往復と装備品の変更、そしてポイントの振り分けが終わったところで、俺は師匠からいくつかの枷をはめられた。
まずはオーバードライビングの禁止。これがあると魔物の攻撃を確実に回避できるため、緊張感がなくなるとのことだ。
そして魔法及び物理攻撃スキルの使用禁止に加え、剛腕のミスリル手甲とよりしろのイアリングの装備禁止。これらがあると、ボス相手でも二十分以内に撃破が可能になると仰せであった。
スパルタだ。我が最愛の人は本当に容赦がない。
田川 歩 男 18歳
遊び人Lv64 勇者Lv54 冒険者Lv59 魔道士Lv58 武器商人Lv42 僧侶Lv41
装備 強権のオリハルコン剣 ズケット 頑強のアルバ 倹約の硬革グローブ オラクルビットローファー 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:0
キャラクター再設定:1
必要経験値二十分の一:63
シックススジョブ:31
詠唱省略:3
獲得経験値二十倍:63
鑑定:1
所持金:9,542,920ナール
夏の13日目