異世界迷宮へ行ったなら   作:三星織苑

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 20時にも更新していますので、読み飛ばしにご注意ください。


 特別篇 長靴を履いた猫人族

 

 

 

 

 

領都ベラマール

ミハマ子爵居城

 

 

 

 

 

 昼食をとった後は、妻や年少組と共にリビングで午後のひとときを過ごす。

 

 ロクサーヌはおくるみに包まれたジェシカを、ベスタとルティナはそれぞれカホとアサヒを抱いている。

 俺の膝の上にはグロリアが陣取り、コアラのようにしがみついていた。

 その小さな体をゆっくり撫でながら、セリー、ミリアと共に絨毯へ腰を下ろした子供たちに視線を移す。

 

 ミリアがカードを取り出してシャッフルしようとしたところ、輝くような金髪に細長い耳を持つリーゼが声を上げた。

 

「ミリア母様。わたくしがいたします」

 

 それを聞いたミリアは微笑みながら彼女へカードを差し出す。

 

「うん。じゃあ、お願いね」

 

 リーゼはカードを受け取ると、拙い手つきで一生懸命カードを切っている。

 そして、ある程度混ぜたところで満足そうな笑みを浮かべ、それを配り始めた。

 

「レイモンド、リュウセイ。わたくしが混ぜたのですよ。見ていましたか」

「うん。みてた」

「ねーたん、すごいー」

 

 二人の返事を聞き、リーゼの顔に天使のような笑みが浮かぶ。

 

 お姉さん風を吹かせまくってんなぁ。

 でも、それがめちゃくちゃ可愛いんだな、これが。

 

 春になればこの娘も本格的な教育が始まる。

 そうなればまとまった時間を過ごすことがなくなってしまうだろう。

 年長組や年中組もそうだったが、寂しいもんだ。

 せめて夕食は家族全員でとるという、タガワ家の大切な家訓をこれからも堅持することにしよう。

 

 そんなことを考えている間にレイモンドにはセリー、リュウセイにはミリアがアシストにつき、ババ抜きが開始される。

 

 

 

 楽しそうに遊んでいる様子を眺めていたところ、抱きついていたグロリアが不意に顔を上げ、好奇心に輝く瞳で俺を見つめた。

 

「父様。どうして夜になったら、暗くなるの?」

 

 あちゃー。いつものやつが始まっちゃったよ。

 

 妻たちも苦笑を浮かべ、こちらの様子をうかがっていた。

 

「お日様が沈んで光が届かなくなるからかな」

 

 質問に答えると、彼女は少し考え、再び問いかけてくる。

 

「どうしてお日様は沈むの?」

 

 おっと。追撃がきたか。

 この子は由来譚じゃ納得しないんだよなぁ。

 うーん……。天動説が信じられている世界で、どうやって説明すればいいんだろう……。

 

「グロリアはどうしてだと思う?」

 

 時間稼ぎのために問いかけたところ、彼女は体を左右に揺らしながら考え出す。

 ほんと、可愛い娘だなぁ。

 

 膝から転がり落ちないよう支えながら、どう説明するかを頭の中で組み立てていく。

 

 

 

 考えがまとまったのか、グロリアはおずおずと口を開いた。

 

「ひもがついてて、ぐるぐる回してる?」

 

 ……その発想はなかったわ。

 

「確かに長いひもでぐるぐる回しているみたいに見えるかもしれないね。でも、そうじゃないんだ。グロリア、ちょっと待ってて」

 

 彼女の軽い体を持ち上げて隣に座らせ、そのままソファーから立ち上がる。

 そして、壁際に置かれている子供たち用に作ったサッカーボールを手に取り、再びソファーへ腰を下ろした。

 

 キョトンとした顔のグロリアに微笑みかけ、子供番組のお兄さんへジョブ変更だ。

 

「いいかい? 父さんの顔が太陽で、このボールがみんなが暮らしている大地だと考えてみて」

 

 すると、彼女の顔に疑問の色が浮かぶ。

 

「でも、地面は丸くないよ?」

「とても大きいから丸く感じないだけで、本当はこんな形をしているんだ。これについては後で説明するから、まずは『どうしてお日様が沈むのか』からね」

「……うん」

 

 グロリアは腑に落ちないといった様子で頷いた。

 

 全然納得してないみたいだなぁ。

 まあ、一つずつ話していこう。

 

「父さんの顔からは光が出てると考えてみて。そして、みんなが暮らしている大きな丸い大地はこんな風に回っている」

 

 そう言いながらボールを横に回転させていき、分かりやすい傷がある部分を指さす。

 

「いいかい? ここがベラマールだ。いま父さんの顔の正面にあるよね? その場合、ベラマールでは何が起こっているか分かるかな?」

 

 彼女はしばらくボールの傷を凝視していたが、やがて何かに気が付いたようにハッと顔を上げた。

 

「お日様が一番上にある! お昼の鐘! 父様! お昼の鐘!」

 

 俺の服をぐいぐい引っ張りながら、輝くような表情でこちらを見上げる。

 

「その通り。よく分かったね。じゃあこうするとどう?」

 

 ボールを回転させて、傷の位置を顔の反対へと移動させる。

 

「お日様が見えなくなったから、夜! 夜になった!」

 

 セリーでさえ自転や公転の説明を聞いても、なかなか納得していなかったのに、ほんとにこの子はすごいなぁ。

 

 

 

 その後、グロリアは俺の膝の上に戻り、表情を輝かせながら次から次へと疑問を投げかけてきた。

 可愛い娘のため、日本にいたときのことを必死に思い出しながら答えていく。

 

 あまりにも大きいため、球体であっても丸く感じないこと。

 海の彼方から船が現れる際は、水平線からせり上がるように帆の天辺から徐々に現れること。

 逆に遠ざかっていく場合は、船体から見えなくなっていき、最後にマストが消えること。

 

 それらを聞き、大地が球体であることの合理性は理解できたようだが、新たな疑問が湧いてきたようだ。

 

「反対側にいる人は落っこちないの?」

 

 納得がいかないという表情をしているグロリアの髪を撫でる。

 

「全てのものには引力という力があって、それは大きな物であればあるほど強くなるんだ。そして、人が暮らせるほど大きなものになると――」

 

 ローテーブルに置いていたボールを持ち上げ、そのまま手を離す。

 

「こんな風に強い力で引きつける。今ボールが落ちたよね? 地面の上で暮らしている場合、落ちるという表現でも間違いじゃないけど、本当は地面に引っ張られているんだ」

 

 量子力学や一般相対性理論的な視点では違うのだろうが、そこまでいくと俺では説明できない。

 とりあえずはこれで納得しておくれ。

 

「引っ張られてる……」

 

 まだ幼いというのに、グロリアは聞いた説明を理解しようと頭をフル回転させて、自分なりに噛み砕いているようだ。

 

 ぎゅっとしがみついている彼女を撫でつつ、白熱しているババ抜きを観戦する。

 

 

 

「閣下。おくつろぎのところ申し訳ございません」

 

 のんびり過ごしていたところ、突然部屋にノックの音が響いた。

 

 休憩中に取り次ぎが入るなんて珍しいな。

 

 入室を促すと、スーツでビシッと決めた我が家の家令が姿を現す。

 

ラウル・ベルクール 男 49歳

豪商Lv12

装備 身代わりのミサンガ

 

「ハルツ公爵閣下の使いのお方がお見えです。火急の件とのことでしたので、応接室へお通ししております」

 

 ハルツ公から火急の件? なんだ、なんだ?

 

 思わず彼女たちの顔を見回すと、五人の美しいかんばせが迷宮にいるときのように引き締まっていく。

 

「公爵様が火急の件だとおっしゃるのです。よんどころのない事情がおありなのでしょう。至急お話をうかがうべきです」

 

 ルティナがそう告げると、他の四人も同意を示す。

 一方、子供たちは不安そうにこちらを見上げていた。

 

 安心させるよう意識して笑顔を作り、抱きついているグロリアを持ち上げ、隣に座らせる。

 

「父さんはお客様の所に行ってくるね」

 

 しかし彼女は首を振り、への字口で答えた。

 

「グロリアもいく」

「いけません。父様は遊びに行くわけではないのですよ」

 

 セリーが注意をすると、グロリアは俺の右腕にしがみつく。

 

「父様といく」

 

 うちの娘はなんて可愛いんだろう。

 駄目だと分かってても、このまま連れて行きたくなるぞ。

 

 ふわふわの黒髪を撫でながら話し掛けた。

 

「グロリア、お話を聞いたらすぐに戻ってくるよ。それまで良い子で待っててくれる?」

 

 俺の腕をぎゅっと抱きしめたまま、愛しい我が娘は顔を上げる。

 

「すぐ?」

「うん。すぐ」

「……わかった。待ってる」

 

 そしてグロリアは紅葉のように愛らしい手のひらを握り、小指だけを立ててこちらへ突き出した。

 

「約束」

 

 可愛すぎる! うちの娘が可愛すぎる!

 

「もちろん」

 

 小指を絡め、二人でゆびきりげんまんを歌い上げた。

 すると遊びだと思ったのか、他の子たちが我も我もと小指を突き出してくる。

 

 微笑ましいその様子に、思わず相好が崩れてしまう。

 

 子供たちの求めに応じながらも、鍛錬や勉強をしている年長、年中組の幼い頃が脳裏をよぎった。

 

 こんなのも、今のうちだけなんだろうなぁ。

 この子たちもいずれ甘えなくなり、一緒に過ごすことも少なくなっていくに違いない。

 親としては悲しくもあり、喜ばしくもありってところか。

 

 

 

 全員と指切りを終え、ソファーから立ち上がる。

 

「じゃあ、行ってくる。子供たちのことを頼むね」

「はい。お任せください」

 

 ロクサーヌの返事に続き、妻や子供たちは口々に『いってらっしゃい』と声を掛けてくれた。

 

 ほんと、俺は世界一恵まれた男だ。

 

 幸せを噛みしめながら部屋を後にする。

 

 

 

「閣下はご令息やご令嬢方に大変慕われておりますな」

 

 廊下を歩いているとラウルが笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 

「そうかい?」

 

 疑問を口にすると、彼は言葉を続ける。

 

「当家以上に家族仲の良い貴族家など、ありますまい」

 

 爵位を巡って骨肉の争いをしているところなんて、枚挙にいとまがないからなぁ。

 

 というか、ルティナの実家だってそうだ。

 叔父二人が殺し合ったせいで、本来継ぐはずじゃなかった彼女の父親がセルマー伯爵を継承することになってしまい、ひいては彼女が奴隷へ落ちた遠因となっている。

 

 ……あの子たちが争うことがないよう、今後もしっかり育てていかなくては。

 

 それに爵位なんてあったところで、終わりのない領地防衛と迷宮討伐の責務が課されるだけだぞ。

 ぶっちゃけ、そこまでいいもんでもないし、親兄弟で殺し合いをするほどの価値があるとは思えない。

 どうして好き好んで苦労をしたいと思うんだろう?

 役職を得て責任を押し付けられるより、ヒラのままのんびり生きる方が楽だと思うんだがなぁ。向上心のない俺にはさっぱりだ。

 これって持てる者の思い上がりなのかね?

 

 横道へ逸れそうになっている思索を打ち切り、肩をすくめながら答える。

 

「まあ、嫌われていないのなら、それで十分さ」

「ええ。それがなによりです」

 

 ラウルはにこやかな顔で頷いた。

 

 

 

 応接室に入ると、扉近くに控えているエルフの女性が目に映る。

 

「閣下。突然申し訳ございません」

 

 お? フィーネ? 使いは彼女だったのか。

 

「久しぶりだな、フィーネ殿」

 

 一頻り挨拶を交わし、ソファーへ腰を下ろすように促すと、彼女はかぶりを振った。

 

「閣下を速やかにお招きするよう、申し付かっております。この度の訪問は民の安寧に関わり、一刻の猶予も惜しい状況です。大変申し訳ございませんが、ご足労いただきたく」

 

 そのレベルで急いでんの? それに民の安寧って……。

 もしかして、迷宮に呑まれそうな地域があるのか?

 

 気になったものの、急いでいるというのならグズグズするわけにはいかない。

 

「分かった。妻たちに一言告げてくるので、フィーネ殿はエンブレムの前で待っていてくれ」

「はい。よろしくお願いいたします」

 

 フィーネのことはラウルに任せ、リビングへ向けて歩き出す。

 

 

 

 部屋に戻ると柔らかな衝撃に襲われた。

 脚にしがみついている、愛らしい弾丸を抱きかかえる。

 

「父様! すぐに帰ってきた!」

 

 グロリアはキラキラな瞳で俺を見つめ、はしゃぐように体を揺らす。

 

 こんなに戻りを喜んでいる子に、すぐに出かけるって言わないといけないの?

 めちゃくちゃ心が痛むんだけど……。

 

 罪悪感に苛まれていると、ロクサーヌが問いかけてきた。

 

「旦那様、どういった用件だったのですか?」

 

 彼女だけではなく、他の妻や子供たちもこちらに視線を注いだ。

 

 説明しないといけないよなぁ。話を聞いてグロリアが機嫌を損ねないといいんだけど……。

 

 

 

 先ほどのやり取りを伝えたところ、表情を引き締めたルティナが呟きを漏らす。

 

「……迷宮に呑まれそうな地域があるのかもしれません」

 

 やっぱそれしか考えられないよな。

 

 セリーも頷き言葉を重ねる。

 

「ええ。おそらく過去に何度か依頼のあった状況と同じでしょう」

 

 抱きかかえたジェシカを起こさないよう、ロクサーヌも小さな声で同意を示した。

 

「無辜の民を守るため、当家で討伐を行いましょう」

 

 さらにミリアとベスタもそれに続く。

 

「私たちならどんな迷宮だってヘッチャラですし、さっさと討伐しちゃいましょー」

「はい。子供が犠牲になったら可哀想ですからね。助けてあげられるのなら、助けてあげたいです」

 

 ほんと、慈悲深い上に頼もしい女性たちだわ。

 やっぱり俺は世界一幸せな男だ。

 

 彼女たちの言葉に胸を打たれていると、小さな体がしがみついてくる。

 

「父様、すぐに帰ってくるって言ったのに……」

 

 ここで『すぐ帰ってきたじゃん』っていうのはナシだよなぁ。

 

「ごめんね、グロリア。約束を守れない駄目な父さんだね。でも、困っている人がいるかもしれないんだ。父さんたちはその人たちを助けてあげたいと思っている。『頑張って』って言ってくれないかな? 君たちがそう言ってくれたら、父さんたちは元気モリモリなんだけどなぁ」

 

 すると、ミリアに抱えられていたリュウセイが、両手を突き出して声を上げた。

 

「ちちうえー、がんばれー」

 

 さらにリーゼとセリーに抱えられているレイモンドも続く。

 

「父様、頑張ってください」

「ちちうえー、がんばれー」

 

 三人の大声に反応し、ベスタの腕の中でカホがジタバタし始めた。

 

「ちちー、がんばえー」

 

 そして、抱き着かれたままの耳元に呟きが届く。

 

「……父様、頑張って」

 

 子供たちのあまりの健気さに涙が出そうだ……。

 君たちのためにも父は頑張るからね。

 

 よっしゃ! 迷宮に支配されそうな地域を解放してやろうじゃないの!

 

 グロリアを下ろし、妻たちの顔を見回す。

 五人の顔には絶対の信頼が宿っていた。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 妻と子供たちに見送られながら部屋を後にする。

 

 

 

 

 

ボーデ

宮城

 

 

 

 

 

 フィーネのフィールドウォークでボーデの宮城へ移動すると、ハルツ公爵家騎士団長であるゴスラーと騎士団員、それにこれまで見たことがない者たちが待ち構えていた。

 

「子爵閣下。いきなりお呼び立てしてしまい、申し訳ございません」

 

 頭を下げたゴスラーに問いかける。

 

「いや。問題ない。しかし、突然のことで驚いているのも確かだ。どういった用件であろうか?」

「私が申し上げるわけにはまいりません。そのまま執務室へお進みいただきたく」

 

 おいおい。公爵とサシで話さないといけないことなのか? めちゃくちゃ不穏な感じなんだけど。

 

 内心の不安を押し隠し、執務室へと足を進める。

 

 

 

 部屋にいたのはハルツ公爵だけでなく、皇帝ガイウスと見たことのない猫人族が二人。

 他種族の年齢はよく分からないが、一人はひげを生やした俺と同年代の男。もう一人は少年と呼べそうな外見だ。

 入口から右側のソファーに皇帝と公爵が、その正面に猫人族たちが座り、こちらに顔を向けている。

 

 皇帝が出張っているということは、やはり手に負えなくなった迷宮があるということなのだろう。

 そして、その迷宮は八十五階層を越えているに違いない。

 最悪、九十階層を越えている可能性すらある。

 

 この男性がその迷宮がある地域の領主で、少年の方が跡継ぎってことか。

 しかし、帝国の領主にこんな人はいたかなぁ。

 

 気になったので彼に対し、鑑定をかけてみた。

 

ネレイディア王ネレウス・フェリシアーノ・ペラギオン ♂ 35歳

剣豪Lv38

装備 頑強のタバード 迅速のタクティカルブーツ 身代わりのミサンガ

 

 王!? この人、王様なの!?

 

 度肝を抜かれながらも、少年の方も確認してみる。

 

テオドール・フェリシアーノ・ペラギオン ♂ 15歳

剣士Lv34

装備 オラクルサーコート 迅速のタクティカルブーツ 身代わりのミサンガ

 

 家名と継嫡家名が同じ……。つまり、王子様ということか……。

 

 予想外の事態に直面し、呆気に取られていると、ハルツ公が声を掛けてくる。

 

「子爵。まずは座るがよい」

 

 俺への呼称がアユム殿じゃない。完全に対外モードだ。

 

「はっ」

 

 促されるままに、彼らの側面に配置されているソファーへ腰を下ろした。

 

 座るなり、陛下が重々しく口を開く。

 

「卿もネレイディア王国の名は知っておろう。ここにいるのは、その国王と王太子である」

 

 まあ、それは分かってるんだけどね。

 

 そして今度は俺の紹介を行う。

 

「これなるは帝国最強の戦士、アユム。討伐した迷宮は五十を超え、さらには八十八階層にまで至った迷宮をも討ち果たした、剛の者である」

 

 チッチッチッ。皇帝陛下? 私の討伐した最高階層は九十七階層ですよ?

 舐めてもらっちゃあ、困ります。

 

 ……そんな常識はずれなレコードを開示するわけにはいかないんだけどさ。

 

「ミハマ子爵アユム・タガワ・アースと申します。国王陛下と王太子殿下にお目にかかることができ、恐悦至極にございます」

「うむ。ネレイディア王ネレウス・フェリシアーノ・ペラギオンである。アユムよ、よしなに」

「テオドール・フェリシアーノ・ペラギオンである。その方には期待しておる」

 

 一頻り挨拶を交わしたところで、国王が話し始めた。

 

 ネレイディア王国にはかねてより不安の種があったとのこと。

 西方地域の小領主たちは何代も前から、各々に管理迷宮を抱えていたそうだ。

 狭い地域に高階層の迷宮が複数存在しているため、相乗効果で危険性は跳ね上がる。

 いずれ手に負えなくなる可能性が高く、国は何度も討伐を指示していたらしい。

 しかし、どの領主も既得権益を手放したくないがために、討伐には動かず、現状維持を続けていた。

 そして数年前、ついにある領主が管理しきれなくなり、領地が迷宮に呑まれるという事態が発生する。

 その後は櫛の歯が抜けるように、一つ、また一つと被害は拡大していった。

 現在、王国中から募ったパーティーが、間引きと討伐作戦に従事しているらしいが、状況は芳しくないとのこと。

 

「事ここに及んでは国の体面を取り繕っている場合ではない。このままでは民に犠牲が出てしまう。余は首を垂れ、他国に助力を乞うことしかできぬのだ。この通り、ネレイディアの民を助けてはもらえぬか」

 

 そう言うと、彼は深々と頭を下げ、隣の王太子もそれに続く。

 

 なるほどな。他国ではそんなことが起きていたのか。

 正直、前から管理迷宮というシステムには危険が大きいと思っていたのだ。

 迷宮は階層が高くなれば高くなるほど、周囲の迷宮を強化していく。

 それが幾重にも重なれば、どれほど強力になるのか想像もつかない。

 

 他者に迷宮探索をさせて、そのアガリからマージンをもらう。

 確かに一見よくできたシステムに思えるが、それはあくまでも周辺の迷宮を片っ端から潰してはじめて成り立つことだ。

 

 狭い地域に複数の高階層迷宮を抱えるなんて、正気の沙汰とは思えない。

 その領主たちは欲に目がくらみ、まともな判断ができなかったのだろう。

 そのツケを支払わされるのは、民と王家ってわけだ。

 

 ……自分の領地に管理迷宮を置いている俺が言えたことではないのだが。

 

 い、いや。俺はちゃんと管理してるし! 周辺に迷宮が発生すれば速攻で潰してるし! 民に迷惑はかけてないし!

 

 内心で誰にともなく言い訳をしていると、陛下が深刻さのにじんだ声で問いかけた。

 

「ネレイディア王よ。そなたらの手に余る管理迷宮は、いかほどに上る」

「西方領主らが抱えていた迷宮は全部で五つ。その五つさえ討伐されれば、余らの手で領地を奪還することがかなうであろう」

 

 皇帝陛下はその言葉に頷き、こちらに顔を向ける。

 

「臣、アユムよ」

「はっ」

「卿の力をもって、ネレイディアへ巣食う迷宮を取り除くのだ」

「皇帝陛下のお言葉、確かに拝受いたしました。全身全霊を賭し、ネレイディア王家並びにネレイディアのあまねく民に安寧をもたらすことを誓います」

 

 クーラタルの迷宮九十九階層が散歩コースになっている俺たちだ。

 五つの迷宮を潰すくらいなんでもない。バッチこいですわ。

 

 俺の宣言を聞き、皇帝ガイウスはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「此度の件を治めた暁には、雀どもも口を噤もう。幾度となく阻まれてきたが、これでようやく卿の昇爵も叶うであろう」

 

 それはどうだろう。

 俺は法衣貴族に蛇蝎の如く嫌われている。

 きっと、あの手この手で妨害してくるんじゃないかなぁ。

 

 その気持ちも分からないでもない。

 彼らの目には、少しばかり腕が立つからと皇帝や公爵に目をかけられ、その威光を笠に着ている卑怯者に映っているだろう。

 華々しく活躍する領地持ち貴族とは違い、縁の下の力持ちとして帝国を支えているという自負もあるに違いない。

 

 日本にいたころは俺だって、営業や現場の人間がバックオフィス担当を見下していると、憤っていたものだ。

 気持ちの良いものではないが、彼らの考えも理解できる。

 

 まあ、あまり期待しないでおこう。ぶっちゃけ昇爵にはそれほど興味もないしな。

 

 

 

 俺のネレイディア派遣が決まったところで、今後の予定を確認する。

 

 彼らは一刻も早く迷宮を討伐してもらいたいらしく、このまますぐに五つの迷宮を回りたいらしい。

 否やはないものの、一度自宅へ戻り、パーティーメンバーである妻たちに事情を説明しておきたいと伝えたところ、了承してもらえた。

 国王の護衛として冒険者、魔道士、沙門も同行しているとのことなので、そのパーティーに加えてもらい、いったんベラマール城へと飛ぶこととなる。

 

 話がまとまったところで、ネレイディア王は再び頭を下げた。

 

「皇帝ガイウス、ハルツ公爵。ネレイディアの危機に助力を賜ったこと、心より感謝申し上げる。そして、アユムよ。そなたの献身にも心からの感謝を」

 

 その言葉に陛下は満足そうに頷く。

 

「なに。ネレイディアが迷宮に呑まれれば、その牙はいずれ帝国へ向かおう。朕らは自らの身を守ったに過ぎぬ。気に病むことはない」

 

 それを聞いたハルツ公も同意を示す。

 

「陛下のおっしゃる通りかと。それに帝国の守護神と呼ばれる子爵であれば、問題ありますまい」

 

 え? 俺、帝国の守護神なんて呼ばれてんの? 初耳なんだけど……。

 

 公爵と目が合うと、目配せをよこした。

 

 いま適当に作ったんだな。まったく、困ったお人やで。

 

 話がまとまったところで陛下とネレイディア王が握手を交わし、部屋を後にする。

 

 

 

 ハルツ公を先頭に皇帝と国王、その後ろに王太子が続く。

 そして、しんがりを務めるのは帝国最強の戦士にして、帝国の守護神、ミハマ子爵アユム・タガワ・アース。

 まあ、そんなに大層なもんじゃないんだけどさ。

 

 最後尾から彼らの様子を眺めていたところ、ふと気がついた。

 

 国王親子は二人ともタクティカルブーツを装備してるんだな。

 何かこだわりでもあるのかね?

 

 どうでもいいことを考えているうちに、フィールドウォークの発着場であるエンブレムの前へとたどり着く。

 

 そして、ネレイディア王のパーティーに加えてもらった。

 国王と王太子がもう一度陛下へ感謝を伝えたことを確認し、フィールドウォークの詠唱を開始する。

 

 

 

 

 

領都ベラマール

ミハマ子爵居城

 

 

 

 

 

 ゲートを抜け出したところで、こちらを見つめているネコミミが愛らしい我が娘と目が合った。

 

「父様、どちらへ行かれていたのですか?」

「ハルツ公より呼び出しを受けて、ちょっとね。母さんたちに一言告げてから、もう一度出かける予定だよ」

 

 セレナの問いかけに答えていると、背後から大きな声が上がる。

 

「ミハマ子爵! そちらのご令嬢はどなたであろうか!?」

 

 あん? 何だってんだ?

 

 振り返ったところ、ハートマークでも浮かんでそうな瞳でうちの娘を見つめる、王太子殿下のお姿が。

 

「……ご紹介いたします。我が長女セレナです」

「なんと可憐な……。このようなご令嬢を目にしたのは初めてだ……」

 

 ……人が恋に落ちる瞬間ってやつを見ちゃったよ。

 

 

 

 

 

人物紹介

 

 

 

 

 

セレナ・タガワ ♀ 13歳

 

 ミリアとの子で、第三子。

 

 明るく元気で天真爛漫な娘。

 

 迷宮探索を終えて自宅に戻ったところで、運命の出会いを果たす。

 愛だの恋だのはよく分からないものの、一途に想いを寄せられることについては満更でもなかったり?

 

 恋人の条件は、最低でも五十階層の魔物を余裕で倒せることに加え、美味しいお魚を食べさせてくれること。

 テオドール殿下。頑張って修業に励んでくださいませ。

 

 

 

リーゼ・タガワ ♀ 6歳

 

 ルティナとの子で、第十子。

 

 春になれば初等教育が始まるため、下の子たちに対しお姉さん風を吹かせている。

 

 金髪碧眼に細くて尖った耳。六歳でありながら、見た人が思わず息を呑むような完成された美貌を誇る。

 ミハマ子爵家は、エルフが主体のハルツ公爵派閥に所属しているため、各家より婚約の申し込みが絶えない。

 

 まだまだ小さいんです。そんなの、お父さんは許しません。

 

 

 

レイモンド・タガワ ♂ 5歳

 

 ロクサーヌとの子で、第十一子。

 

 ロクサーヌ譲りの運動能力と目の良さを誇り、回避タンクとしての将来を嘱望されるも、性格は完全にアユム寄り。

 切った張ったを忌避し、後方から魔法をぶっ放すスペルキャスターを目指す。

 

 ただし、母親は後衛の魔法使いであろうとも、足を止めての砲台を許すような甘い人ではないため、厳しく近接戦闘能力を叩き込まれる。

 

 将来は前衛として敵を翻弄しつつ、激しく動き回りながらも詠唱可能な魔法戦士になることでしょう。

 ……もっとも、そんなジョブは存在しないわけだが。

 

 

 

グロリア・タガワ ♀ 4歳

 

 セリーとの子で、第十二子。

 

 常にアユムにべったりなお父さんっ子。

 今日も父様の膝の上に陣取り、思いつくままに気になったことを尋ねる。

 妻や他の子供たちは、また始まったと、完全にスルーしている模様。

 

 将来の夢は父様のお嫁さん。

 周囲の人も今はまだ微笑ましいで済んでいる模様。

 

 

 

リュウセイ・タガワ 男 3歳

 

 ミリアとの子で、第十三子。

 

 名前の由来は生まれたときに流れ星を見たことから。

 漢字表記は流星。

 

 乳幼児のころからじたばたとよく動き、ハイハイを習得すると爆速で駆け回っていた。

 直立二足歩行を習得した現在は、目を離すことができないデンジャーボーイに。

 

 いつの間にか姿を消していることがしばしばで、そのたびに犬のおまわりさんことロクサーヌが出動している。

 

 

 

カホ・タガワ 女 2歳

 

 ベスタとの子で、第十四子。

 

 漢字表記は果歩。

 

 竜人族であるベスタは母乳が出ないため、彼女は他の母親たちの母乳で育つことになる。

 上の二人はいずれも竜人族だったため、このような育ち方をしたのはカホのみ。

 初乳を得ることは出来なかったものの、胎盤経由でベスタから抗体を受け取っていたため、特に問題なく育つ。

 

 ベスタは彼女に授乳できないことについて、相当思い悩んだが、アユムや他の妻たちから、子供たちはすべて六人の子供だと繰り返し言われることで、前向きな気持ちを取り戻した。

 

 

 

アサヒ・タガワ 女 1歳

 

 ルティナとの子で、第十五子。

 

 名前の由来は彼女が生まれたときに、綺麗な朝日が覗いていたことから。

 漢字表記はそのまま朝日。

 

 黒目黒髪、耳も人間族と同じながら、容姿はルティナそっくり。

 

 ミハマ領に住む人間族の少年たちからことごとく恋心を奪い、一部の少女の恋心も奪う。

 アユム曰く、初恋キラー。

 

 

 

ジェシカ・タガワ ♀ 0歳

 

 ロクサーヌとの子で、第十六子。

 

 いずれ子供たちの中で最強を誇るようになる彼女も、今は生まれたばかりの乳児。

 おっぱいをいっぱい飲んで、元気に育つのだ。

 

 

 

ネレイディア王ネレウス・フェリシアーノ・ペラギオン ♂ 35歳

 

 ネレイディア国王。

 

 滅亡へと向かう国を憂い、民の犠牲を抑えるため、最後の賭けに出た。

 本人の予想では賭けに勝っても、良くて帝国併合。悪ければ属国扱いだったが、まさかまさかの大逆転。

 

 帝国皇帝が予想以上に柔和だったのに加え、人知を超えた力を持つ男が、瞬く間に高階層の迷宮を討伐していった。

 おまけにその男と縁を結ぶことにも成功する。

 

 やったね、陛下。逆転サヨナラ満塁ホームランだよ!

 

 

 

テオドール・フェリシアーノ・ペラギオン ♂ 15歳

 

 ネレイディア王国の王太子。

 

 数年前から国家存亡の危機に陥っているため、婚約者すら決まっていない。

 近い将来、身分を失うのは確実だった。

 

 しかし、国王が逆転の一手を打ったことにより、国の立て直しと王太子妃の目途が立つ。

 相手親の壁は高くて厚いが、セレナの励ましにより、必死に食らいつくテオドール殿下であった。

 

 まったく、小悪魔な娘だこと。

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