異世界迷宮へ行ったなら   作:三星織苑

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281 融合

 

 

 

 

 

クーラタル郊外

アユムの家

 

 

 

 

 

 ソファーに深くもたれかかり、脚の間に座っているミリアを抱きしめながら、迷宮討伐後の展望を語っている愛しい娘たちの様子を眺める。

 拝領すべき領地の条件や、どのような産業を興し、どのように人を集めるのかについて、ああでもない、こうでもないと楽しそうにアイデアを出し合っていた。

 

 気の早い話をしてんなぁ。

 まだまだそんな段階じゃないと思うんですけどねぇ。

 

 でもまあ、五日後に迷宮討伐を成し遂げるのは確実だ。

 ミチオパーティーの夏の六十日目時点での攻略階層は、ウェブ版が四十階層未満。書籍版でも四十五階層くらいだったはず。

 ぶっちゃけ、彼の試行錯誤の成果をパクったおかげで、俺の迷宮攻略は驚くほどスムーズに進んでいる。

 

 ……だが、その神通力もここまでか。

 

 攻略階層は彼を上回っており、原作では描写されていなかった迷宮の仕様についても、セリーに教えてもらうという形だが、既に自力で得ている。

 そして、原作とは違う行動を取りまくったせいで、原作で起こった出来事の時期がズレたり、起こらなくなるだろう。

 

 今後も読み返すことはあるだろうが、その頻度は少なくなっていくに違いない。

 

 それにしても、原作の続きはどうなるのかね?

 ミチオはどこかの迷宮を攻略して貴族になるのだろうか?

 領地を得るとしたら、やはり十二巻に出てきたタウリカの南になるのだろうか?

 それとも宮仕えを拒否してフリーランスを貫く可能性も?

 

 確認する手段がない以上、考えてもしょうがないのだが、気になって仕方がない。

 

 

 

 答えの出ない懊悩を振り払い、脳みそを現実的な方向へ戻す。

 

 Ⅹデーは夏の十九日目。ベスタが加入してちょうど二十日目。

 きっと驚きの連続だっただろうなぁ。

 いや。それを言うならロクサーヌ、セリー、ミリアも同じことか。おそらく最初の二十日間で常識がぶっ壊れたことだろう。

 

 それにしても、最後に休日を取ったのは春だし、二十日連勤を軽く超えている……。

 ホワイト企業を標榜している我がパーティーなのに、それはいかんよなぁ。

 

 よし。前々日の十七日目は買い物に出かける日だし、その日を休日にしよう。

 そして、ベスタが望んでくれるのなら、二人で過ごすってことで。

 

「ちょっといい?」

 

 話に花が咲いている井戸端会議を遮り、休日を設けようと考えている旨を伝える。

 ロクサーヌが微笑みながら頷いた。

 

「大きな仕事を成し遂げる前に英気を養うのですね。素晴らしいお考えだと思います」

 

 鬼軍曹さんは『迷宮討伐までは訓練をするべきだ』と言い出すんじゃないかと不安だったが、そこまで脳筋ではなかったらしい。疑ってすまぬ。

 

「今回はベスタがご主人様と二人っきりで過ごせるよ! よかったね!」

 

 ミリアの言葉を聞き、ベスタがはにかんだような笑みを浮かべた。

 

「はい。ご主人様と二人きりで休日を過ごせるなんて、まるで夢のようです」

 

 ロクサーヌとセリーは微笑ましげにその様子を見守っている。

 

 こんなに喜んでもらえるなんて、本当に幸せだよなぁ。

 彼女が良い休日を過ごせるよう頑張らないと。

 

「ベスタは何かやりたいことはある?」

「やりたいことですか?」

 

 問いかけたところ、彼女は首を傾げこちらを見つめる。

 

「そう。なんでもいいよ。どこかに出かけるのもいいし、買い物をするのもいい。なんなら家でのんびりするんでもいいよ。ベスタのしたいことを一緒にやろう」

「私のしたいこと……」

 

 ベスタは呟きを漏らすと、そのまま考え始めた。

 

 

 

 やがて、長考を終えた彼女は顔を上げる。

 だが、その顔には困惑の色がありありと浮かんでいた。

 

「申し訳ありません……。何も思いつきません……」

 

 生まれながらの奴隷である彼女は、休日にしたいことなんて考える機会もなかったのだろう。

 急にそんなことを言われても、そりゃ戸惑うよなぁ。

 

「別に急いで決める必要はないから、当日までにゆっくり考えてみて。思いつかなかったら三人に相談するのもいいかもね」

 

 ベスタが気にしないよう、柔らかな表情を心掛けながらそう伝えると、彼女の表情に笑みが戻る。

 

「はい。ありがとうございます」

 

 いい、笑顔です。

 

 彼女たちは議題を迷宮討伐後の展望から、休日の過ごし方へと変え、お喋りを再開する。

 

 迷宮でボスに繰り返し挑むや、図書館で本を読む、そして釣りをするといったアイデアを提示されたものの、ベスタは苦笑を浮かべながら相槌を打っていた。

 

 自分が一番好きなことを勧めていることは理解できるんだけど、この三人の好みは一般的なものじゃないからなぁ。

 まあ、まだまだ時間はあるし、ゆっくり考えてもらおう。

 

 

 

 

 

ベリッサ南未開地域の迷宮

五十三階層

 

 

 

 

 

 食休みが終われば、ベリッサ南未開地域の迷宮五十三階層の探索に戻る。

 そして、魔物を倒しながら通路を進んでいると、すぐにミリアから声が上がった。

 

「ご主人様、魔結晶の色が緑になりました!」

 

 え? もう? もう変わったの?

 

 急いでリュックを下ろして確認したところ、彼女の言った通り魔結晶は確かに緑に変わっていた。

 

 早朝だけでも、五十匹近くがひしめいていた魔物部屋を、結晶化促進六十四倍を付けた状態で三つも潰している。

 五十掛ける六十四掛ける三で九千六百匹分。それに加えて六十四倍でボスも倒しているし、等倍とはいえ雑魚も狩っている。

 考えてみればこの結果も当然か。

 

「このようなことが可能だなんて、さすがご主人様」

「はい。とてもすごいと思います」

 

 はいはい。ありがとさん。

 

 ロクサーヌとベスタの称賛を受けつつ、緑魔結晶をセリーに差し出す。

 

「これはセリーの物だ。さあ、遠慮なく融合を試してみるといい」

 

 彼女は両手で包み込むようにそれを受け取ると、清楚で控えめな笑みを浮かべた。

 

「ご主人様、ありがとうございます」

 

 うん。実に可愛い。この表情をしているときのセリーは本当に天使のようだ。

 

 四人に見守られながらセリーは融合を試みたものの、残念ながら黄色に変化することはない。

 

 うーん。足りなかったかぁ。

 残念だが、まあ次に期待するとしよう。

 

 その旨を告げたところ、彼女はかぶりを振った。

 

「不公平がないよう、次はミリアの番にしましょう」

 

 どうせ二人の魔結晶を黄色にするんだし、不公平も何もないと思うが、彼女がそう言うのならそうしておこう。

 

「分かった。では、次はミリアの魔結晶に融合することにしよう」

「えっと、いいんですか?」

 

 俺たちのやり取りを聞き、ミリアは遠慮がちに問いかけてくる。

 

「はい。問題ありません。私たち二人の魔結晶をどちらも黄色にする予定なのです。順番はあまり関係ないですからね」

 

 それなら君から黄色にしてもいい気がするんですが……。

 

 内心でそんなことを考えていたところ、ミリアの表情が輝き出す。

 

「セリーさん、ありがとうございます!」

「ふふ。お礼を言われるようなことではありません」

 

 セリーが何でもないことのように答える様子を、ロクサーヌとベスタが微笑みながら見守っていた。

 

 うん。まあ、嬉しそうにしているし、野暮なツッコミはよしておこう。

 

 気を取り直して探索を再開だ。

 

 

 

 お昼近くになったところで、バトルマーメイドとの戦闘訓練を行う。

 今回の釣り役はベスタ。

 彼女も俺やセリーと同様、何度も攻撃を食らっており、ロクサーヌ師匠から駄目出しを受けていた。

 俺たちも魔物の攻撃を見極めるために全力で挑んでいるつもりだが、そう簡単に上手くいくはずがない。

 一歩一歩地道に努力を重ねていこう。

 

 

 

 昼食と食休みをとり、午後の部のスタートだ。

 そして、早々に魔結晶の色が緑へと変わる。

 

 今回はミリアへということだったので、緑魔結晶を彼女へ差し出した。

 

「ご主人様! ありがとうございます!」

 

 ミリアは嬉々として受け取り、リュックから取り出した魔結晶へと押し付ける。

 片方が完全に沈み込むと、残った魔結晶が黄色い光を放ち始めた。

 

 やがて、その光が収まると彼女の手に色を変えた魔結晶が残されている。

 

 おお! きた! 黄魔結晶だ!

 

「お姉ちゃん! 黄魔結晶ですよ! おめでとうございます!」

 

 興奮したベスタの声を皮切りに、ロクサーヌとセリーも口々にお祝いの言葉を投げかけると、ミリアは照れ笑いを浮かべながら、ピョコピョコと左右にステップを踏みつつ答える。

 

「えへへ。ありがとうございます」

 

 喜んでいるのは分かるんだが、その妙なアイドルステップはなんなんだろう……。

 

 俺の戸惑いに気付くことなく、ミリアは黄魔結晶をこちらへ差し出した。

 アイテムボックスから黒魔結晶を取り出し、彼女のそれと交換する。

 

「今後はそれを持っているといい。それから支払いは家でな」

「はい! ありがとうございます!」

 

 受け渡しが済んだところで、探索を再開だ。

 

 

 

 魔物を薙ぎ払いながら先へ進み、発見した魔物部屋は即座に潰す。

 それを繰り返していたところ、午後四つ目の魔物部屋を始末した直後に、またまたミリアから声が上がった。

 三度目ともなれば慣れたもので、すぐさまリュックの中を確認する。

 彼女の言葉に間違いはなく、そこには緑色になった魔結晶が入っていた。

 

 この短時間で三万ナールの利益を上げたというわけだ。

 獲得経験値二十倍とのトレードオフというのが難点だが、一日で庶民一人の人頭税を賄ったと考えると、結晶化促進六十四倍は本当に反則級のスキルである。

 

 緑魔結晶をセリーに差し出すと、緊張した様子で受け取り、融合を行う。

 四人で魔結晶の融合を見守っていると、彼女の手のひらから眩い光が放たれた。

 

「やりました! ご主人様! 黄魔結晶になりました!」

 

 セリーは興奮で頬を朱に染め、まっすぐな視線をこちらへ向けながら、大きな声を上げる。

 

「ああ。おめでとう、セリー」

「はい! ありがとうございます!」

 

 ロクサーヌ、ミリア、ベスタからも祝福の言葉を受け、彼女は満面の笑みでそれに答えていた。

 

 常に冷静沈着な彼女がはしゃいでいる様子が、なんとも愛らしい。

 

 まあ、何はともあれ、これで全員の所持金が十万ナールを超えたことになる。

 立場上、遠慮する可能性があるし、ここで改めて伝えておこう。

 

「ミリアと同じく精算は自宅に戻ってから行うが、このお金は君たちの物だ。何か購入したくなったら、俺に気兼ねすることなく好きなことに使うようにな。もちろん、無理に使う必要はないし、貯金をしたいならそれでもかまわない」

 

 彼女たちは大きく頷き、良い子のお返事を返してくれた。

 うむ。よきかな、よきかな。

 

 

 

 彼女たちが手分けをしてドロップアイテムをかき集めている間に、受け取ったばかりの黄魔結晶に視線を注ぐ。

 

 ミリアの方もそうだが、これらの黄魔結晶は融合したばかりでほぼキャリーオーバーがない状態だ。

 最高でも一万以下で、普通に考えるなら五千もないだろう。

 

 ……いっちゃう? 俺の黄魔結晶に融合しちゃう?

 

 おそらく融合したところで、大きく損をすることはない。

 たとえ損をしたとしても、結晶化促進六十四倍を一日付けておけばペイできる。

 

 ……オーケー。ここは一発いってみよう。

 

 以前、ロクサーヌたちがキャリーオーバーを気にせず融合したことにドン引きしていたというのに、俺もすっかりそっち側になってしまったようだ。

 

 アイテムボックスから俺の物だった黄魔結晶を取り出し、セリーから受け取ったものを押し付ける。

 硬いような、柔らかいようなものが沈み込む、独特な感触が手に伝わってくるものの、魔結晶の色に変化は見られない。

 

 ……まあそうだわな。普通に考えると、この結果になるよな。

 

 少々がっかりしたものの、宝くじの券はもう一枚残っている。

 もう一回遊べるドンってやつだ。

 

 アイテムボックスを開き、先ほどミリアから受け取った黄魔結晶を取り出した。

 いざ、勝負と思ったところで、大量のドロップアイテムを抱えた四人の美女が、興味津々といった熱い視線を向けている。

 

 えっと、そんなに期待されるとやりにくいんですが……。

 

 プレッシャーを感じていると、女神のような笑みを浮かべたロクサーヌが声を発する。

 

「ご主人様なら絶対に白魔結晶を作り出すに違いありません」

 

 その言葉にセリー、ミリア、ベスタも大きく頷いた。

 

 ちょっとー! そんなフリはやめてほしいんですけどー! 完全に駄目な方のフラグが立ったじゃん!

 

 思わず魔結晶をアイテムボックスに戻したくなるものの、そんなことをすればチキン野郎だと思われてしまう。

 誰にどう思われようと気にしないが、この娘たちの前ではカッコイイ男でありたい。

 

 ええい。ままよ!

 

 左手でホールドしている黄魔結晶へ、右手に持った黄魔結晶を押し付けた。

 先ほどと同じように独特な感触を手に伝えながら、固定していた方へと沈み込んでいく。

 そして、左手にあった感触が消えたところで、右手の魔結晶が一際眩しい光を放つ。

 

 おお!? きたか!?

 

 やがて、光の奔流が収まると、そこには白い輝きを放つ魔結晶が残されていた。

 

 その瞬間、小部屋に歓声が響き渡る。

 

「さすがご主人様! とんでもない豪運の持ち主です!」

 

 ロクサーヌがそう叫ぶと、セリーとミリアもそれに続く。

 

「昨日の六百万ナールと合わせて、この二日で七百三十万ナールもの大金を得たことになります! 信じられません!」

「一千万ナールを超える資産があるってことですよね!? すごすぎます!」

 

 彼女たちの言葉を聞いたベスタは、呆然とした表情で呟きを漏らした。

 

「一昨日から五千万ナールだの三千万ナールだのと耳にしていたせいで、金額がよく分からなくなってしまいました……」

 

 それについては、俺だってそうだ。

 ぶっちゃけ、この世界のお金ってゲーム内通貨みたいな感覚だし、現実感がないんだよなぁ。

 だから一切躊躇することなく、アホみたいな額の買い物ができているわけで、キャラクター再設定で莫大な利益を得ていなければ、あっという間に素寒貧になることだろう。

 扶養家族がいることだし、今後は自重せねば。

 

 白魔結晶と受け取ったドロップアイテムをアイテムボックスに放り込み、探索を再開する。

 

 

 

 その後すぐにタイムアップを迎え、バトルマーメイドとの訓練を行う。

 今回の釣り役は『根こそぎのアユム』こと、田川歩。そう、俺だ。

 うん。迷宮探索に関して言えば、そこまで悪くない二つ名という気がしてきたな。

 我ながら単純な男である。

 

 バトルマーメイドの動きに慣れたこともあり、明らかに前回より攻撃を食らう回数が減っている。

 ロクサーヌ師匠に駄目出しをいただいてしまったが、動き自体はよくなっているとお褒めの言葉も頂戴した。

 百日ちょっと前までは運動不足の事務員だったことを考えると、何気にすごいのではなかろうか?

 俺には近接戦闘の才能があり、日本ではそれを活かす方法がなかっただけなのでは?

 もしかすると、戦国時代や幕末に生まれていれば一角の男となっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

クーラタル郊外

アユムの家

 

 

 

 

 

 ボーデの冒険者ギルドでドロップアイテムと白魔結晶の売却を行い、夕食の食材を購入して自宅へ戻る。

 

 いつもの修業を行うが、今日の俺は一味違う。

 自分の力を自覚したのだ。ロクサーヌよ。いつもの俺だと思ったら痛い目を見るぞ。

 

 確かな実力と自分への信頼という鎧を身に纏い、巨大な敵に一矢報いるために駆け出した。

 

 

 

 ……駄目だったよ。天と地ほどの実力差があるんだもん。ちょっとやそっとじゃ覆らないよ。

 やはり俺はただの凡人だったようだ。戦国時代や幕末に生まれていたとしても、屍を晒していただけだろう……。

 

 

 

 

 

田川 歩 男 18歳

遊び人Lv65 勇者Lv55 冒険者Lv60 魔道士Lv59 武器商人Lv47 僧侶Lv47

装備 ズケット 頑強のアルバ 身代わりの竜革グローブ オラクルビットローファー 身代わりのミサンガ

 

BP振分 残BP:0

キャラクター再設定:1

必要経験値二十分の一:63

シックススジョブ:31

詠唱省略:3

鑑定:1

ワープ:1

MP回復速度二十倍:63

 

所持金:10,668,050ナール

 

夏の14日目

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