「公爵閣下のお慈悲に、深く感謝申し上げます」
そう告げて頭を上げたところ、ハルツ公は形の良いあごの先を左手の親指と人差し指の腹でつまみながら言葉を紡ぐ。
「セ二号作戦の対象はあくまでも貴族としての義務を果たさず、民に犠牲を強いておるセルマー伯ただ一人。できればその子女を手にかけることは避けたかったのだ。アユム殿の提案は渡りに船というものよ。まあ、パーティーメンバーに作戦のことを伝えていたことについては、思うところがないわけではないのだがな」
そう言うと、彼はニヤリと笑みを浮かべた。
いや、ごめんて。
でも、あの娘たちに隠し事なんてしたくないし、それにそのファインプレーのおかげでルティナを助けることができるんです。
彼も反省していることですし、ここは訓告くらいで許してあげてください。
まあそれはともかく、原作のハルツ公は、成人しているのに貴族の義務を果たしていないという、明確な罪のあるルティナを助命していた。
おそらく父親の方針で迷宮に入ることができず、自らを鍛える機会もなかった彼女に対して、同情する気持ちもあったのかもしれない。
もしくは妻であるカシアの心情を慮ったのだろうか?
いずれにしても、元々助けるつもりだったことは間違いない。
民を蔑ろにしているセルマー伯の排除を粛々と進める冷徹さを持つ一方、たとえ禍根を残すことになったとしても、その子供にまでは罪を問わない甘さも併せ持つ。
どうやら俺は、この有能でありながらも、人間味のある人物のことをすっかり気に入っているらしい。
今後とも付き合っていきたいと思う程にだ。
あっ。人間じゃなくて、エルフだったか。
そんなことを考えていると、ハルツ公が苦笑まじりに口を開く。
「それにしても、よもやアユム殿がここまで我を通すとはな」
「ええ。本当に」
ゴスラーも同じ表情で相槌を打つ。
まあ、彼らの前では聞き分けの良い男を演じていたし、そう思うのも当然かもしれない。
さらに公爵は表情をからかうようなものへ変えると、言葉を続ける。
「一度顔を合わせただけにもかかわらず、よほどセルマー伯の娘御のことを気に入ったとみえる。まあ、カシアに似てあれほどの美貌を誇るのだ。その方が心を奪われるのも無理なきことよ」
ちょっとー! それだと俺が完全に一目惚れした女性に執着する、ヤバイストーカーみたいじゃん! そういうんじゃないから!
いや。実際には小説のキャラクターにガチ惚れして世界を渡った、さらに質の悪い男なんだけどさ……。
……冷静に考えるとヤバすぎるぞ。この世界に来たことに後悔なんかまったくないが、我ながら本当に頭のネジが外れてる。
我が身を振り返って呆れていると、公爵の表情が再び引き締まった。
「ロクサーヌ嬢らの迎えについてなのだが、アユム殿の言葉通り監視の者を付けさせてもらう。その方のことは信用しておるが、それでも疑いの余地を残すべきではないゆえな」
「当然のことかと存じます」
そりゃそうだ。
信用しているからと言って、何もかも許すわけにはいかないだろう。
「フィールドウォークで余の城とその方の自宅を往復するのみで、他の場所に行くことは認められぬ」
「かしこまりました」
この後はスキル結晶の受け取りと、武器屋、防具屋巡り、それにベスタのドレスの確認があったんだがなぁ。
まあしょうがない。それらは明日に回すとしよう。
ベイルの市が立つ日とズレるため、そちらについては次回だな。
「城に戻り次第、客室に案内させよう。中から扉を開くことはできぬが、食事の用意はこちらでいたす。また手洗い場も併設されているゆえ、不便はなかろう。開始までくつろぎながら英気を養うがよい」
おいおい。完全に監禁やないか。
公爵閣下、情報漏洩を防ぐためには仕方がないとはいえ、その扱いは承服いたしかねますぞ。
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
とはいえ、そこは長い物には巻かれる田川さん。
適当に返事をしておきましたとも。
まあ最悪、ワープを使って自由に出入りすることもできるわけですし。
……いや。やらないけどね?
話がまとまったところで、公爵は隣を見遣る。
「ゴスラー」
「はっ」
「これより、セ二号作戦を発動する。まずは何としても情報漏洩を防がねばならぬ。カシアがセルマー伯爵家から当家に伴ってきた侍女らを拘束せよ。ただし、フィーネは既にハルツ公爵家の家人となっておる。余が後ほどカシアに作戦決行を伝える際、併せて事情を説明しておこう」
「かしこまりました」
どうやらあの侍女たちはまったく信用されていないらしい。
まあそれも当然だろう。
以前のセルマー伯爵家訪問の際、彼女たちは俺が冒険者だという情報をセルマー伯に伝え、危うく両家の間で抗争が勃発しそうになったのだ。そのまま放置はあり得ない。
「それが済み次第、手筈通り騎士らを協力者の下へ送り、決行を伝えるのだ。重要度の高い者についてはその方自ら赴くがよい。では、作戦を開始せよ」
「承知いたしました。それでは、御前を失礼いたします」
ゴスラーはソファーから立ち上がると最敬礼を行い、そのまま鍵を開けて部屋を出ていった。
……いよいよ、セ二号作戦が始まったのか。
もう後戻りはできない。俺もできる限りのことをしよう。
公爵も立ち上がり、執務机の上に置かれているハンドベルを鳴らす。
そして、程なくして部屋に来た男へ告げた。
「クラウスをここへ」
「はっ」
彼が出ていったのを見送り、再びソファーへ腰を下ろす。
「アユム殿の自宅へはクラウスが同行する。見知った者であればその方も気を遣うことはなかろう」
「ご配慮いただき、ありがとうございます」
ぶっちゃけ数回しか会ったことがないし、あんま変わらない気がするけどね。
クラウスを待っていると、公爵が不意に切り出した。
「アユム殿が手放した貫通のオリハルコン剣と、ひもろぎのカッカラについてなのだが、オークションの日取りが決まったようだな」
「そうなのですか?」
「うむ。夏の二十八日目にクーラタルの商人ギルドで開催されるとのことだ。あれほどの性能であれば、落札を目指して近隣諸国からも成り上がりを目指す者から、貴族や王族、皇族の代理人まで、身分に関わらず大勢押しかけよう」
へー。夏の二十八日目ねぇ。
まあ既に手放したものだし、あれ以上の武器を手にしているため未練はない。
見に行く必要もないかな。
「閣下もご参加なさるのですか?」
「うむ。ルークを使うわけにはいかぬゆえ、別の仲買人に声をかけておる」
ルークは出品者側だもん。そりゃ、あいつに代理人を頼むのは無理ですわ。
「閣下が落札できることをお祈りしております」
そう告げたところ、彼は端正なご尊顔をわずかに歪め、半眼になってこちらを見つめた。
「その方が余に譲っていれば話は早かったのだがな」
そんなことを言われても、しょうがないじゃんよ。
「申し訳ございません。まさかあれを手放す日がくるとは思わなかったもので……」
すると、公爵はいたずらが成功したような表情で、くつくつと笑い声を漏らす。
「なに、ただの戯言だ。そのようなことは考えておらぬ。許すがよい」
ほんと、困った人だなぁ。
俺はたいして気にしてないからいいけど、人によってはマジで捉えるんじゃない?
それとも、対象を選んでそういう言動をしているんだろうか?
もしかしたら、俺にはそういう風に接しても問題ないと思っているのかもな。
まあ、それだけ親しくなったということなのかもしれない。
そんなことを考えていると、部屋にノックの音が響いた。
「お呼びでしょうか」
「入るがよい」
公爵の入室を促す声に従い、クラウスが部屋に入ってくる。
眼光が鋭く、口元は硬く結ばれており、全身からは緊張感を漂わせていた。
どうやらセ二号作戦の発動を知らされているらしい。
「クラウス。その方に任務を言い渡す」
「はっ」
「アユム殿はロクサーヌ嬢らを迎えに自宅へ戻り、すぐさま彼女たちを連れてここへ引き返してくる。その方は一部始終を見聞きした上で、委細漏らさず報告せよ」
彼は胸に手を当て、声を張り上げた。
「かしこまりました! 全身全霊を賭けて任務を遂行いたします!」
あの……。目の前に当人がいるってのに、そんな気合を入れて監視することを宣言しなくてもいいんじゃないですかねぇ。
満足そうに頷きながら、ハルツ公は言葉を続ける。
「だが、これはあくまでも形式的なもの。余がアユム殿のことを信用しておらぬという意味ではない。その点は誤解せぬようにな」
「はっ。心得ております」
当然といった様子で、クラウスも頷きを返す。
ほんとぉ? 本当に分かってたのぉ?
「うむ。アユム殿、クラウスをパーティーに加え、ロクサーヌ嬢らを迎えに行くとよい」
「かしこまりました。それではいったん失礼いたします」
クラウスに申請を飛ばし、パーティーに加わったことを確認したところで部屋を後にする。
廊下を歩いていると、どことなく慌ただしい雰囲気が漂っており、エンブレム前で待機している騎士たちの顔にも緊張感が見て取れた。
おそらく作戦の発動が通知され、スクランブル体制に移行しているのだろう。
……本当に始まったんだな。
内心で呟きながら、フィールドウォークの詠唱を開始する。
他人が同行しているため、遮蔽セメントが使われている家の中に直接移動することはできないので、自宅近くの樹に開いたフィールドウォークのゲートから抜け出した。
「クラウス殿。あそこが私たちの家です」
彼は周囲を見回し、感心したように口を開く。
「屋敷や庭、それに畑も手入れが行き届いておりますし、広さも申し分ありません。小川のせせらぎや鳥の声が聞こえるくらいに閑静で、雄大な山々を望むことも可能。素晴らしい物件ですね。引退後は私もこのようなところで暮らしたいものです」
ふふん。毎日少しずつ掃除や畑仕事をしてるからな。
しかもそれだけじゃないんだぜ? なんと、我が家には風呂までついているのだ。どうだ、恐れ入ったか。
まあ、持ち家じゃなくて賃貸だけどね。
そんなことを考えながら、クラウスに告げる。
「では、参りましょう」
鍵を彼女たちに預けているため、玄関の扉をドンドンと叩くと、長閑な空間にけたたましい音が響いた。
それに驚いたのだろう、慌てて逃げ出す鳥の羽ばたきが聞こえてくる。
なんか自分の家だってのに、違法な取り立てをしてるような気分になるぞ……。
匂いで俺に気付いていたのだろう。警戒する様子もなく扉が開き、大切な女性たちの姿が目に飛び込んできた。
四人の表情は緊張感に満ちており、現在の状況を把握していることがうかがえる。
「おかえりなさいませ、ご主人様。お客様もご一緒なのですか?」
「うむ。よんどころない事情により、君たちを迎えに来た。このままハルツ公爵の居城へ戻り、夜までそこで過ごす予定となる。万が一の事態に備え、各々の装備品をセリーとミリアのアイテムボックスに入れておいてくれ」
「かしこまりました」
緊張感はあるものの、動揺する様子はない。
昨日の伝言で可能性に思い至っていたのに加え、以前からセ二号作戦についての対応策を練っていたおかげだろう。
やるべきことを伝えたところで、セリーが問いかけてくる。
「ご主人様、用意してある朝食はどういたしますか?」
食事はあちらが用意してくれるって話だし、丸一日放置することになるよな。
たとえ冷蔵庫に入れたとしても氷を利用した冷蔵庫なので、そこまで温度は低くならない。さすがにそれは危ないかもな。
「駄目にしてしまうのはもったいない。それはそのまま持っていこう。クラウス殿、問題ないでしょうか?」
すると、彼の顔に苦笑が浮かぶ。
「少々緊張感には欠けますが、問題はないでしょう」
確かに朝食持参で作戦本部に乗り込むのは、少しばかり緊張感に欠けるかもしれない。
でも、この娘たちがせっかく作ってくれた料理を無駄にするよりはマシだ。
そしてミリアも気になることがあるのか、シュバっと手を上げ問いかけてくる。
「ご主人様、公爵様にお渡しする予定のトランプはどうしますか?」
あっ。それがあったか。完全に忘れていたなぁ。
うーん……。今はセ二号作戦の真っ最中。献上する機会があるとは思えない。
……そうだな。今回は持っていかないことにしよう。
その旨を告げたところ、彼女は大きく頷いた。
「分かりました。じゃあ、私たちのトランプだけを持っていくことにしますね」
え? 持ってくの? 俺たちはこれから貴族家に襲撃をかけるんだよ? 遊びに行くんじゃないんだよ?
思わずそんなことを言いそうになったが、考えてみれば深夜までほぼ監禁状態で待機する羽目になるのだ。
それにずっと気を張っていては、いざ本番となったときに動きに支障をきたすことも考えられる。
気分を落ち着かせるために持っていくのもありかもしれない。
「うむ。ミリアに任せる」
「かしこまりましたー」
「よし、それでは準備を始めてくれ」
彼女たちは返事をすると、大急ぎで引き返していった。
俺の装備品は全てアイテムボックスの中だし、銅貨の入った巾着袋にタオル、コップといった必要そうなものは、背負っているリュックに入っている。
他人を家の中に入れるのは嫌だし、このまま外で待つとしよう。
「クラウス殿、彼女たちの準備が整うまで、少々お待ちください」
そう言って視線を向けると、彼は訝しげな表情を浮かべていた。
「あ、はい。それについては問題ありませんが、先ほど閣下に献上するとおっしゃっていたトランプとは何でしょうか?」
ああ。それが気になっていたわけね。
「私の故郷でポピュラーだった遊戯に使うカードです。自分たちで遊ぶために作らせたのですが、思いのほか好評だったためアイデアごと公爵閣下へお譲りしようと考えておりました」
すると彼の表情に呆れの色が混じる。
「作戦遂行中にカードで遊ばれるおつもりなのですか?」
いや、だって。俺たちはこれから長いこと部屋に閉じ込められるんでしょ?
それなら暇つぶしの一つや二つ、用意してもいいじゃないのさ。
そんな考えが脳裏に浮かぶが、それを伝えるわけにはいかないため、いつものように適当な言葉で煙に巻く。
「彼女たちは状況を把握していないため、持っていくと言ったのでしょう。ここで理由を説明するわけにもいかないので承諾いたしました。それに心を落ち着かせるためにカードゲームに興じるのも、そう悪くないと考えます」
俺もミリアの言葉を聞いて驚いたけど、湾岸戦争に従軍していた兵士がゲームボーイを持ち込んで遊んでいたという話もあるし、割とアリだと思うんだよなぁ。
「なるほど。そういうことでしたら、私は口を挟まないことにいたします」
あまり納得はしていないようだったが、どうやら飲み込むことにしたらしい。
その後は差し障りのない雑談をしながら女性陣が来るのを待つことにする。
程なくして、彼女たちが玄関に姿を現したのだが、その姿がとんでもない。
バスケットに入ったパンを胸に抱いたロクサーヌを筆頭に、セリーはフライパン、ミリアは布巾をかぶせてあるボウル、そしてベスタにいたっては大きなスープ鍋を持っている。
彼女たちが背負ったリュックからはカチャカチャと音がしており、食器とカトラリーが入っていることがうかがえた。
クラウスは呆気にとられた様子で彼女たちの姿を見つめている。
料理を持って行ってもいいと言ったものの、ここまでガチな感じだとは思わなかったのだろう。
正直なところ、俺も少し驚いている。とてもこのあと討ち入りをしようとしている集団には見えないぞ……。
トランプまで持ち込むわけだし、傍目には完全にポットラックパーティーの参加者だよなぁ。
……いや。もちろん俺も彼女たちも、ルティナを救出しようという気持ちに一点の曇りもない。
うん。腹が減っては戦はできぬという言葉もあるくらいなのだ。そう間違った行動ではないはず。
過程より結果。そう、結果を出せばいいのさ。
自分を誤魔化しながら、声を発した。
「では、ボーデの宮城へ向かおう」
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv62 勇者Lv57 遊び人Lv68 魔道士Lv62 防具商人Lv46 神官Lv49
装備 オラクルビットローファー 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:32
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必要経験値二十分の一:63
シックススジョブ:31
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夏の17日目