俺たち『田川歩とアユムズ・エンジェル feat. クラウス』がフィールドウォークのゲートから抜け出すと、エンブレムの前で待ち構えていた騎士たちは呆気にとられたような顔でこちらを見つめていた。
そうなるのも無理はないよなぁ。
これほどの緊急事態であるにもかかわらず、ここまで緊張感のない姿で現れるとは想像もしていなかったに違いない。
監視者が物問いたげな騎士たちをスルーして歩き出したため、俺たちもその後を追う。
廊下にはカチャカチャという食器の当たる音が響いていた。
クラウスが執務室の扉をノックして戻った旨を告げると、すぐにその扉が開く。
「おお。戻ったか。ではアユム殿らを待機してもらう部屋へ案内しよう」
そう告げるハルツ公の姿と共に、扉の隙間からはその類まれな相貌に焦燥の色を浮かべ、力なくソファーに腰掛けているカシアの姿が目に映った。
どうやらセ二号作戦について知らされているらしい。
己の実家を攻めると告げられたのだ。その心痛は如何ばかりか。
彼女は公爵の言葉を聞くとゆっくり立ち上がり、こちらへ近づいてくる。
そして、血の気の引いた表情で口を開いた。
「アユム様もご存じだったのですね……」
「セルマー伯爵家の視察に同行した後に、公爵閣下よりお話をうかがっておりました」
「ルティナはアユム様のことを心の支えにしておりました。今回の件でどれほど心に傷を負うのでしょうか……。わたくしには想像することすらできません……」
……そうだな。絶対にショックを受けるはずだよな。
この作戦を取りやめることはできないし、俺自身セルマー伯は排除されるべきだと考えている。
……これからあの娘を傷つけることになるんだ。嫌われる覚悟はしておこう。
「申し訳ございません。私が余計なことをしたばかりに、ルティナ様に苦痛を与えることになりました」
俺の言葉を聞き、カシアはゆるゆると首を横に振った。
「いいえ。この結果を招いたのはセルマー伯爵が領内統治を疎かにしたことが原因であり、ひいてはわたくしの父と次弟が相争い、爵位を叔父上が継承したためです。決してアユム様の責任などではありません」
「それでも、ありもしない希望を見せた責任は免れません。私が浅はかでした」
ルティナに絆され、テンションに流されるまま、考えなしに絶対にやるべきではないことをやってしまった。
何と言われようと、その事実は変わらない。
するとハルツ公が静かでありながら、威厳に満ちた声を発する。
「此度の件はカシアの責任でも、アユム殿の責任でも、ましてやほんの二十日前までは未成年であったルティナ嬢の責任でもない。たとえどのような事情があろうとも、領内統治を放り出したセルマー伯爵ただ一人の責任よ。爵位を得るとはそういうことなのだ。それを厭うのであれば爵位など他の者に譲り、勝手気ままに生きればよかったのだ」
……そうだな。結局はその結論にたどり着く。
俺やカシアの言葉は罪悪感を抱いているからこそ出る言葉であって、それは責任の所在をあやふやにしているだけのこと。
セルマー伯爵領の問題自体は実にシンプルなものだ。
彼にはこの状況を回避する手段がいくつもあった。
爵位を継承するチャンスが巡ってきたときにそれを辞退すること。
自ら迷宮に入り戦う。よしんばそれが難しい場合でも、騎士団員を送り込み討伐を目指す。
ハインツ一味に腕利きがやられたとしても、それは可能だったはずなのだ。
他にも恥を忍んで他家に助力を乞うこともできたはず。
そして最後の手段ではあるものの、力もなく判断もできないというのであれば爵位を譲ればいい。
せめてそれができていればこのような事態は免れただろうに。
「そう、ですね……」
カシアも同じ結論に至ったのだろう。小さく声を漏らした。
「うむ。気に病むなと言っても難しいだろうが、今は作戦の完遂を目指すのだ。それこそがルティナ嬢を救うことに通ずると心得よ」
「はい。そのようにいたします」
「公爵閣下のお気遣いに感謝申し上げます」
ハルツ公は俺たちの言葉を聞き、朗らかな笑みを浮かべる。
「なに。余の考えではそう悪いことにはならぬ。あまり気負わぬようにな」
ほんと、外見だけじゃなく心まで格好良い人だなぁ。
彼はそう言うと部屋から出て俺の肩をポンと叩く。
そして廊下を歩き出そうとしたところ、先ほどまでは見えていなかったであろうロクサーヌたちの存在に気付いたようだった。
公爵は訝しげな視線で彼女たちを順番に見回すと、戸惑った様子で問いかけてくる。
「……その方らは何を持っているのだ?」
何と言われましても……。
公爵だけではなく、カシアまでもが驚いたようにしげしげと四人を見つめていた。
「彼女たちが既に朝食の用意を終えていたのです。本日は夜までこちらに詰めるということでしたので、無駄にするのもどうかと思い、持参させていただきました」
ハルツ公はしばらく考えてから声を漏らす。
「……であるか」
完全に空気が変わっちまったなぁ。
さっきまであんなにシリアスな感じだったのに……。
でもこれは俺のせいじゃないよね?
やがて、公爵は苦笑を浮かべながら口を開いた。
「まったく。その方らはどのような時であっても自らの姿勢を崩さぬのだな。まこと頼もしい限りよ」
そしてカシアも小さな笑みをこぼす。
「ええ。本当に」
えっと、なんかすんません。
でも、俺もこの娘たちもやる気はあるんです。本当です。嘘じゃないです。
そんなことを思っている俺とは違い、うちの娘たちも柔らかな微笑みを浮かべていた。
大物だなぁ。俺なんかとは器が全然違うわ。
「さあ、参ろうではないか」
気を取り直して『田川歩とアユムズ・エンジェル with ハルツ公爵夫妻 feat. クラウス』一行は移動を開始する。
廊下を進み、そのまま外へ出て離れにある別棟へ入ると、長い廊下を歩き、さらに階段を上り続ける。
おそらく一番上の階にあるであろう部屋にたどり着いたところでハルツ公がこちらへ振り返って告げる。
「ここは罪を犯したり、表に出せぬ事情のある貴族を幽閉するための部屋となっておる。快適さは保証するゆえ、申し訳ないがアユム殿らにはここで待機を願いたい」
幽閉って……。めちゃくちゃ感じ悪いなぁ。
でもまあ、ワープがあるから本当に閉じ込められたとしても、何の問題もない。
「承知いたしました。お声が掛かるまでこちらで待機いたします」
そう答えると、彼は満足そうに頷いた。
「うむ。クラウス」
「はっ」
「監視はその方がせよ。また、アユム殿らから要望があらば、できるだけそれを叶えるようにいたせ」
「承知いたしました」
クラウスは公爵の言葉に敬礼を返すと、扉の脇に移動する。
もしかして、夜までずっとそのまま直立不動で立っているつもりなのか?
……いや、いくら何でもそれは無茶だ。おそらく交替で監視を続けるのだろう。
「よし。では、アユム殿。少々話しておきたいことがあるゆえ、中に入ろうではないか」
「かしこまりました」
その場にクラウスを残し、『田川歩とアユムズ・エンジェル with ハルツ公爵夫妻』は中に入る。
部屋に入るとその威容に度肝を抜かれてしまう。
華やかな壁紙と絨毯。大きな窓が設えてあるおかげか広々とした空間は、まったく暗い印象を受けない。
家具は一流の職人が丹精込めて作り上げたと言わんばかりの雰囲気を放っている。
豪華なデスクセットが二つに、十人以上が座れそうなダイニングテーブルセット。
さらにローテーブルを挟んで向き合っている一対のソファー。
そして何と言っても、煌びやかなカーテンとレースに囲まれている大きなベッド。
いわゆる天蓋付きのベッドってやつだ。実際に見たのは初めてだけど、めちゃくちゃ雰囲気あるなぁ。
俺たちが部屋に圧倒されていると、ハルツ公が告げる。
「朝餉を置き、ソファーへ座るがよい」
おっと。惚けている場合じゃない。
朝食と背負っていたリュックを下ろし、促されるまま俺はハルツ公の正面に腰を下ろす。
そしてロクサーヌたち四人がこちらの背後で控えるのを確認したところで、公爵は表情を引き締め、話を切り出した。
「先ほども話したが、カシアも交えて再度確認をしておきたい。作戦実行中で時間も限られておるゆえ、端的に申すぞ。セルマー伯爵の子女についてだ。下の二名については成人しておらぬ。そのため伯爵を討ったところで爵位の継承がされず、何の問題も発生せぬ」
「はい」
相槌を打つと、彼は言葉を続ける。
「だが問題はルティナ嬢よ。あの娘御はすでに成人しており、インテリジェンスカードに継嫡家名が刻まれているはずだ」
「はい。間違いなくそうなっているでしょう」
「うむ。そうなればセルマー伯を討ったとて、継承順位が最も高い彼女に爵位が移ってしまう。しかし領内統治を投げだしていた先代の娘が爵位を継承するなど、誰が納得できようか」
そうだよな……。
いくらルティナが真面目に迷宮探索をしていたところで、誰も認めはしないだろう。
それにあの娘が新たなセルマー伯爵となったとして、果たしてまともな統治が行えるのだろうか?
能力的な意味ではなく、淫蕩を極めて始末された先代の娘という烙印が押されてしまう。
他家も協力を渋るはずだし、領民も非協力的であろうことは容易に想像がつく。
現在の状況より良くなるとは考えにくく、正直厳しいと言わざるを得ない。
「本来なら禍根を断つため、永久の眠りについてもらうのが最善であろう」
その瞬間、言葉が衝撃となって俺の体を貫いた。
思わず声を上げそうになったが、公爵は右手のひらをこちらへ向け、それを留める。
「待つがよい。あの娘御はカシアが妹として可愛がっておる上に、アユム殿も並々ならぬ想いを抱いておる。そのようなことをすれば、余はその方らの信頼を失うであろう。それに、余としても親の因果が子に報いるということについては、思うところがないわけでもない」
先ほどの話し合いでは彼女を助けるということで合意をしていたし、少し考えればそんなことをする人じゃないことくらいすぐに気づく。
それなのに焦りで口を挟もうとしてしまった。反省をしなければ。
「さらにセ二号作戦において、セルマー伯爵家へ戦力を送り込むアユム殿の功労は最も大きなものとなるであろう。そこでだ、彼女を奴隷へ落とし、その方への報酬としたい」
「公爵、それは……」
カシアが口元を手で覆い、思わずといった様子で声を漏らした。
しかし、ハルツ公は彼女を見つめ、諭すように言葉を紡ぐ。
「事は急を要すため正規の手段は取れぬ。さりとてルティナ嬢を始末するのでは本末転倒。となれば奴隷に落とすほかないのだ。また奴隷となったとてエルフ貴族に譲ることも、奴隷商人に売却することもできぬ。アユム殿であれば絶対に粗雑に扱うことはない上に、すぐに貴族へと成り上がるのは間違いない。そうなれば、あの娘御の貴族子女としての経験がアユム殿の助けとなろう。考えれば考えるほど、これしかないと思えるのだ」
理路整然と理由を聞かされ、彼女は少し考え頷いた。
「そう、ですね……。あの娘にとってはそれが一番よいのかもしれません……」
カシアは凛とした美しさと、高潔な威厳に満ちた瞳をこちらに向ける。
「アユム様。わたくしの妹のことを、どうかよろしくお願いいたします」
そして深々と頭を下げた。
「もしルティナ様が私の下へ来てもいいとおっしゃるのであれば、どんなことがあろうともあのお方をお守りし、幸せな生活を送れるよう全力を尽くします」
それを聞き、彼女は頭を上げて言葉を紡ぐ。
「アユム様にそうおっしゃっていただけて、安心いたしました。どうかあの娘を守ってあげてください」
「うむ。アユム殿がついておれば、何の問題もなかろう」
公爵夫妻は安心したように、笑みを浮かべていた。
元よりそのつもりだ。
ロクサーヌ、セリー、ミリア、ベスタ、そしてルティナは何があろうと絶対に幸せにする。
これだけは絶対に違えるわけにはいかない。
話がまとまったところで公爵夫妻はソファーから立ち上がった。
「不便を強いることになるが、決行まではここでくつろいでいるとよい。所望するものがあれば用意させるゆえ、外に控える者に申し付けよ。遠慮はいらぬぞ」
「公爵閣下のお気遣いに感謝申し上げます」
彼は鷹揚に頷くと、カシアを伴い扉の向こうへ消えていく。
そしてガチャガチャと施錠する音が響き、足音がどんどん遠ざかり、やがてそれも聞こえなくなった。
マジか……。本当に鍵を閉めていったぞ。ガチの監禁じゃないか……。
……まあいいや。とりあえず、やるべきことをやろうかね。
「では食事にしよう」
彼女たちは返事をすると、手際よく準備を始めた。
美味しい朝食を平らげ、用意されていた水で歯磨きを済ませた。
こんな状況だというのに、ロクサーヌたちは歯ブラシと歯磨き粉まで用意していたのだ。
そのあまりの準備の良さに驚いてしまう。
ほんと、頼りになる娘さんたちだこと。
洗い物や歯磨きに使った水については、申し訳ないが外で控えている者にお願いすることにした。
いつのまにか、クラウスだけではなく他の騎士と、それに複数の侍女も控えており、彼女たちが洗ってくれるとのことだったので、鍵を開けて部屋に入ってきた女性たちにそれらを渡す。
洗ったものはここに持ってくるのではなく、帰るときに返却してくれるとのことだ。
そんじゃ、時間までのんびり過ごすとしますかね。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv62 勇者Lv57 遊び人Lv68 魔道士Lv62 防具商人Lv46 神官Lv49
装備 オラクルビットローファー 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:29
キャラクター再設定:1
必要経験値二十分の一:63
シックススジョブ:31
鑑定:1
ワープ:1
MP回復速度十倍:31
詠唱省略:3
所持金:10,643,619ナール
夏の17日目