異世界迷宮へ行ったなら   作:三星織苑

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291 救出

 

 

 

 

 

ボーデ

宮城

 

 

 

 

 

 人々が熱狂を腹の内に収めたところで、ハルツ公がこちらに顔を向ける。

 

「アユム殿、では頼む」

「承知いたしました」

 

 壁にかけられているハルツ公爵家のエンブレムが刺繍された垂れ幕へ向かおうとしたところ、表情を引き締めたロクサーヌが口を開いた。

 

「ご主人様、ご武運をお祈りいたします」

 

 さらにセリー、ミリア、ベスタもそれに続く。

 

「お気を付けて」

「ご主人様なら何の心配もいりません」

「はい。絶対に大丈夫だと思います」

 

 彼女たちの心遣いに、思わず口元が緩んだことを自覚した。

 

「ああ。いってくる」

 

 短く答えると、つぼみが綻ぶように四人の顔に笑みが浮かんだ。

 

 ロクサーヌたちの信頼のこもった視線と、公爵夫妻や男爵パーティー、次期セルマー伯爵の微笑ましげな視線に見守られながら、壁に下げられた垂れ幕へと移動する。

 

 ……いよいよ、襲撃開始か。

 この作戦にはルティナの命が懸かっている。冷静さを保ちつつ、覚悟を決めて事にあたろう。

 

 アイテムボックスからアスカロンを取り出し、右手でグリップを握り締めた。

 恐怖や不安、期待や興奮といった感情を心の内へしまい込み、フィールドウォークの詠唱を開始する。

 

 

 

 

 

ノルトセルム

宮城

 

 

 

 

 

 移動した先は完全な暗闇。一筋の明かりもなく、物音一つ聞こえない。

 

 続いてフィーネがゲートから抜け出すと、彼女の持っているカンテラがぼんやりと周囲を照らし出す。

 

 改めて周囲を確認したところ、以前訪れたセルマー伯爵の居城の謁見室に間違いない。

 そして、幸いなことに部屋には誰もいなかった。

 

 よかった。これなら大丈夫だろう。

 

 思わず安堵のため息を漏らしていると、冒険者たちが次々と現れ、最後の一人が通り抜けたところでゲートが閉じた。

 

 フィールドウォークの移動先として、壁にかかっている公爵家のエンブレムを確認している冒険者たちへ告げる。

 

「すぐにゲートを開きます。ボーデへ戻りましょう」

 

 彼らの返事を聞きながら、再び呪文を唱えた。

 

 

 

 

 

ボーデ

宮城

 

 

 

 

 

 ボーデの宮城に戻ると、すぐさまハルツ公が問いかけてくる。

 

「どうであった?」

「移動先に人はおらず、今なら容易く移動することができるでしょう。このまま作戦を進められます」

 

 俺の返事に頷くと、彼は大声で指示を飛ばす。

 

「アユム殿は速やかにパーティーを解散せよ。五人組となっている冒険者らは決められた順番に従い、彼らのうちの一人をパーティーに加えノルトセルムの城へ移動するのだ。その後は今回と同じように、パーティーの解散と加入、フィールドウォークによる移動を繰り返せ!」

 

 彼の言葉通りにパーティーを解散すると、その直後に頭の中に申請が浮かび上がった。

 それを承諾したところ、メンバーとなった者たちがこちらへ近づいてくる。

 

「よろしくお願いします」

「ええ。このままフィールドウォークを使用します」

 

 エンブレムに向き直り、再びノルトセルムへのゲートを開く。

 

 

 

 三往復目が終わったところで、公爵が再び話し掛けてきた。

 

「既に全ての冒険者が移動可能となっておる。この後は余らが遂行するゆえ、アユム殿は自らの目的を果たすがよい」

「よろしいのですか?」

「かまわぬ。それこそが作戦成功につながるであろう」

 

 確かに彼の言う通り、俺たちがルティナを確保することでセルマー伯爵の爵位をスムーズにコンラートへ移すことができるだろう。

 だが、決してそれだけではなく、俺への気遣いとカシアへの配慮がうかがえた。

 

「公爵閣下、本当にありがとうございます。それでは私たちは先に行動を開始いたします」

 

 冒険者たちとのパーティーを解散し、こちらに近づいてきたロクサーヌたちにパーティー申請を飛ばす。

 無事に承諾され、彼女たちの存在を身近に感じ安心していると、ゴスラーがこちらに歩み寄る。

 

「カンテラです。あちらで必要になるでしょう。どうぞお持ちください」

「ゴスラー殿、ありがとうございます」

 

 俺は片手に抜き身の剣を携えているため、ロクサーヌがそれを受け取った。

 

「アユム殿、お気を付けて」

「こちらも皆様のご武運をお祈りいたします」

 

 ゴスラーとのやり取りを済ませると、今度はカシアが俺たちの前に進み出る。

 

「アユム様、ルティナのことをお願いいたします」

 

 彼女はそう言うと深く頭を下げた。

 実家を攻める上に可愛がっている従妹の命が懸かっているのだ、彼女の顔は明らかに強張っており、心痛のほどがうかがえる。

 

「お任せください。ルティナ様は我々が救い出してみせます。カシア様、どうかご安心ください」

「その頼もしいお言葉に、まるで心を覆っていた霧が晴れていくようです。アユム様に心よりの感謝を」

 

 感謝を述べる公爵夫人の顔には、儚い笑みが浮かんでいた。

 おそらく完全に安心しているわけではないだろう。

 だが、俺たちはやり遂げる。絶対にだ。

 

 さあ、いつまでもグズグズしているわけにはいかない。

 

「ロクサーヌ、セリー、ミリア、ベスタ。ルティナを助けにいくぞ」

「かしこまりました!」

 

 ピタリと重なった彼女たちの返事が、大広間に響き渡る。

 

 

 

 

 

ノルトセルム

宮城

 

 

 

 

 

 セルマー伯爵の居城へ移動すると、ロクサーヌがすぐに匂いを嗅ぎ始めた。

 その様子を見守っている間にも、ひっきりなしに人が移動してきている。

 

 やがて、次期伯爵と男爵、そして公爵のパーティーが連れ立って到着し、ハルツ公が指示を飛ばす。

 

「コンラート、その方らは城を回りセルマー伯爵家が置かれている状況を説明してまいれ。ヴェルナー、その方らはその護衛だ。ルーカス、その方らは部屋の前に立ち、何があろうともここを死守せよ。その他の者はセルマー伯爵を探すのだ。では、行動を開始せよ!」

 

 その言葉が終わるや否や、激しい音を立てて大きな扉が開け放たれ、エルフたちが雪崩を打ったように飛び出していった。

 そしてセルマー伯爵の怠慢と、爵位移譲の正当性を訴える声が遠ざかっていく。

 

 忙しなく動き続けている人たちを見守っていると、ロクサーヌがこちらに顔を向けた。

 

「ご主人様、彼女のいる場所が分かりました! すぐにご案内します!」

 

 よっしゃ! さすがロクサーヌ!

 

「すぐに案内してくれ!」

 

 走り出した彼女に続き、俺たちも部屋を飛び出す。

 

 

 

 ロクサーヌの案内に従い移動を続けているが、手に持ったアスカロンがどうにも邪魔くさい。

 それに、もし伯爵家の人と鉢合わせたとしても、こいつを使えば命を奪う可能性だってある。

 オーバードライビングを使った上で顎を打ち抜けば意識を飛ばせるだろうし、徒手空拳にしておいた方がいいかもしれない。

 走りながら詠唱を行い、アイテムボックスにしまい込む。

 

 オッケー。これで両手が空いた。何かあったとしても、対処が容易になるはずだ。

 

 セルマー伯爵に対する糾弾と、帝国と全エルフ最高代表者会議の承認を得ているという、正当性を主張する声があちらこちらから上がっているが、少ないながらも激しく争う音が聞こえてくる。

 目標は伯爵ただ一人ではあるが、伯爵家の中には無抵抗で降伏することをよしとしない者もいるのだろう。

 となれば、こちら側としても鎮圧せざるを得ない。

 

 そんなことを考えながら走り続ける。

 

 

 

 ロクサーヌが的確に人を避けているのと他の者たちが囮となっていることで、俺たちは敵に遭遇することなく、曲がりくねった廊下を駆け抜け、ひたすら階段を下っていく。

 

 やがて、ロクサーヌが足を止め、こちらへ振り返った。

 

「ご主人様、この先に人がいます。ですが、ここを避けてルティナの下へ行くのは難しいです」

 

 説得する時間が惜しいし、説得したとしても通してくれるとは思えない。

 となれば、強行突破を図るしかないわけだ。

 

「何人だ?」

「三人です」

「オーバードライビングで先行し制圧する。俺が飛び出したら追ってきてくれ」

 

 その言葉に彼女たちは頷きを返した。

 

 キャラクター再設定を開き、詠唱省略を設定してスキル名を念じる。

 

オーバードライビング

 

 時の流れを引き延ばし、俺だけのボーナスタイムを作り出す。

 曲がり角を曲がると、武装したエルフたちの姿が目に飛び込んできた。

 

 彼らに一切の抵抗を許すつもりはない。

 反応するより先に懐へ飛び込み、立て続けに拳を顎に叩きつけると、スローモーションで糸が切れた操り人形のように倒れ込んでいく。

 

 堰き止められていた時間が元の流れを取り戻し、ロクサーヌたちがこちらに近づいてくる。

 

「さあ、先を急ごう」

 

 彼女たちと共に、再び廊下を駆け出した。

 

 

 

 ひたすら移動を続け、障害が現れたら即座に排除する。

 それを繰り返していたところ、ある部屋の前でロクサーヌが足を止めた。

 

「ご主人様、こちらがそうです。どうやら起きているようですね」

 

 近くに人はいないものの、遠くの方からは大義名分を叫ぶ声と戦闘を行っている音がひっきりなしに聞こえてくる。

 こんな状況ならとても眠ってはいられないだろう。

 

 ノックをするために扉に手の甲を向けたところで、その手が震えていることに気が付いた。

 早いところ声をかけないといけないというのに、震えが止まることはない。

 

 ルティナに父親を排除し、現在のセルマー伯爵家が没落することを伝えて絶望させてしまうこと。自分がそれに協力していることを告げ、彼女に恨まれるだろうという恐怖。

 それらに苛まれ、右手を動かすことができなかった。

 

 すると、その手を柔らかくて温かなものが包み込む。

 

 俺の装備している腕装備は剛腕のミスリル手甲。彼女の装備しているのは剛腕の古代樹手甲。どちらもオープンフィンガーなので、彼女はそのまま指を絡めると小さな声で告げた。

 

「ルティナはハンカチを渡し、誰よりもご主人様のことを信じていると示したのです。彼女のことを信じてあげてください」

「ロクサーヌさんの言う通りです。心配する必要はありません」

 

 ロクサーヌに続いてセリーが囁き、ミリアとベスタもそれに続く。

 

「ご主人様はルティナを助けるために、色々頑張っていました。それはきっと伝わるはずです」

「そうです。絶対に嫌われるはずがありません」

 

 彼女たちの言葉を聞き、心の中から不安が消えていくようだった。

 もちろん完全に消えることなどない。だが、先ほどとは違い、今は前向きな気持ちを取り戻している。

 

 本当にいつもいつも彼女たちに支えられてばかりだ。

 

「ロクサーヌ、セリー、ミリア、ベスタ。ありがとう」

 

 小声で感謝の気持ちを伝えると、ロクサーヌは絡まっていた手を解く。

 そして、四人は女神のような笑みを浮かべこちらを見つめていた。

 

 まだまだ感謝の気持ちは伝え足りないが、先にやるべきことがあるからな。

 

 意を決して扉を叩き、呼びかける。

 

「ルティナ様、アユム・タガワです。扉を開けてはいただけませんか?」

 

 ベッドが軋む音が聞こえたかと思うと、続けて廊下に開錠の音が響いた。

 そしてゆっくりと扉が内側に向けて開いていく。

 

「アユム様……」

 

 カンテラの頼りない明かりが照らし出したのは、ナイトウェアを身に着けた、今にも泣き出しそうな表情をした大切な女性の姿だった。

 

 

 

 本当ならこのまま拠点に連れていくべきなのだろうが、部屋に入れてもらい、扉に鍵を掛ける。

 

ルティナ・ノルトシュヴァルツ・アンセルム ♀ 15歳

魔法使いLv21

装備 身代わりのミサンガ

 

 鑑定で確認したところ、魔法使いのレベルが21となっていた。

 パワーレベリングをした上で、毎日迷宮に入っているに違いない。

 

 ルティナは本気でセルマー伯爵領を救おうと、行動していたんだな。

 

 この娘の懸命な努力を想うと、これから伝えることについてやりきれなさを覚える。

 しかし、たとえそうだとしても、彼女は絶対に事情を知っておくべきだ。

 彼女を傷つけるから、そして彼女に嫌われるからやめておけという心の声を押し殺し、話しかける。

 

「現在、この城は迷宮に呑まれる寸前まで領内統治を放り投げている咎により、侵攻を受けています。目標はあなたの御父上であるセルマー伯爵のお命。これは帝国と全エルフ最高代表者会議の承諾の下に行われており、どのようなことがあろうとも覆ることはありません」

 

 ルティナの顔がくしゃりと歪み、目の端から滴が流れ落ちた。

 胸の奥に鋭い痛みが走ったのか、彼女は右手で服の胸元をぎゅっと握り、口を開く。

 

「魔法使いとなった日より、わたくしは毎日ノルトセルムの迷宮へ入っております。ご助言いただいた通り、フィールドウォークで直接迷宮の入口に移動するのではなく、民に姿を見せながら徒歩で迷宮に赴いているのです……」

 

 苦しそうに言葉を切り、自分を守るかのように左手も胸元へそっと添える。

 

「ですが、わたくしたちを見る民の目は憎しみと絶望に染まっておりました……。当然のことだと思います。何年も迷宮を放置し、領内で盗賊が暴れ回ろうとも見て見ぬふり。それなのに税だけは徴収する。そのような者たちなど憎まれて当然でしょう……」

 

 ……必死に迷宮探索に取り組む姿を見れば、彼女に絆される領民も出るだろうと思っていた。

 そうなれば、たとえこの娘が庶民になっても、きっと同情して手を貸してくれるだろうと考えていた。

 

 生きるか死ぬかの状況に置かれ、故郷を捨てる判断を強いられているのだ。

 身内をなくしている人も大勢いるだろう。

 税が払えなくて奴隷に落ちた人も少なくないはず。

 

 そんな人たちが、いまさら迷宮に入っているところを見たからといって、悪辣な領主の娘に同情するだろうか?

 

 俺はなんと浅はかで脳天気だったのだろう。

 その馬鹿な提案が彼女をここまで苦しめている。

 

 ルティナは涙を流しながらも、気丈に言葉を紡ぐ。

 

「わたくしは父に騎士団の戦力を投入して探索を行うよう、お願いいたしました。何度も何度もお願いいたしました。ですが、父がそれを聞き入れることはなく、ついにはわたくしが疎ましくなったのか、顔を合わせることすら厭うようになったのです……」

 

 俺だけではなく、ロクサーヌたちも真剣な表情で彼女の胸中に耳を傾けていた。

 

「アユム様から賜った力で迷宮討伐を目指しながらも、それが不可能であることは分かっておりました……。そう遠くないうちに領地が迷宮に呑まれるか、義務を果たしていない罰を受けるか。いずれの場合であってもわたくしたちの命で贖うことになる。そうなると分かっていたのです……」

 

 それは違う。それだけは断じて違う。

 

 ルティナに歩み寄り、その細くて華奢な体を抱きしめる。

 

「確かにセルマー伯爵領は滅亡の危機に瀕している。それは動かすことのできない事実だ。そして、それを命で贖う必要もあるだろう。でもね、それを招いたのはルティナじゃない。それだけは絶対に間違えちゃいけない。たとえ誰かに言われたからだとしても、君は成人前から迷宮に入り、命の危険を冒しながら魔物を倒し、領民のために討伐を目指していた。それに父親に掛け合って騎士団を派遣するようにお願いをしたんだよね? ルティナは義務を果たそうとしていたんだ。それは誰も否定できるものじゃないし、そんなことは俺が絶対に許さない」

 

 俺の体に腕が回され、胸元からくぐもった泣き声が聞こえてきた。

 

「こわ、こわかったのです。めい、きゅうで命をおと、落とすかもしれないことも、領民にうら、まれていること、も。義務をは、果たしていないことを、とが、咎められて、命で、あ、贖うことも」

 

 ルティナはしゃくりあげながら内心を打ち明ける。

 

 彼女はまだ十五歳。つい二十日前までは未成年であり、日本なら今だって未成年だ。

 こんな重荷はとても一人で抱えきれるものじゃない。

 

 だが、これからは違う。俺が、いや俺たちが彼女の重荷を一緒に背負うことができる。

 今後は絶対にこの娘一人に背負わせたりなんかしない。

 

 安心させるように背中を撫でながら告げる。

 

「ルティナに危害を加えようとする者があれば、どんな相手であろうと俺が排除する。君が心穏やかに過ごせるよう、全力を尽くすから」

 

 彼女はゆるゆると顔を上げ、涙に濡れた瞳が俺を見つめた。

 

「そ、それでも、それでも、心のどこかで、そ、想像して、いました。アユ、アユム様がわたくしを助けて、くだ、くださるのではないか、そう夢見て、いたのです」

 

 ……そうか。この娘はあの短いやり取りでそこまで俺のことを信用してくれたのか。

 

 心の奥底から愛しさがあふれ出し、ルティナを守ろうという決意が確かなものへと変わっていく。

 あふれ出す衝動の赴くままに彼女の神秘的な長い金髪を撫でる。

 

「大丈夫。大丈夫だよ。ルティナは何も悪くない。よく頑張ったね。俺が絶対に幸せにするから。何の心配もいらないよ」

 

 部屋に響いていた泣き声が、さらに大きくなっていった。

 

 

 

 

 

田川 歩 男 18歳

冒険者Lv62 勇者Lv57 遊び人Lv68 魔道士Lv62 防具商人Lv46 神官Lv49

装備 身代わりの硬革帽子 頑強のアルバ 剛腕のミスリル手甲 オラクルビットローファー よりしろのイアリング

 

BP振分 残BP:25

キャラクター再設定:1

必要経験値二十分の一:63

シックススジョブ:31

鑑定:1

ワープ:1

MP回復速度十倍:31

パーティー項目解除:1

パーティージョブ設定:3

詠唱省略:3

 

所持金:10,643,619ナール

 

夏の18日目

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