異世界迷宮へ行ったなら   作:三星織苑

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293 ルティナ

 

 

 

 

 

ノルトセルム

宮城

 

 

 

 

 

 ルティナとその弟妹を連れて拠点となっている謁見の間へ戻ると、そこはまるで戦場のような、いや、戦場そのものの慌ただしさに包まれていた。

 目的地に着いたため、ベスタは抱えていたレナーテを地面へ下ろす。

 年齢が年齢のため、この子は俺たちの足についてくることができなかったのだ。

 何とか自分の足で走り切ったエルンストも、荒い呼吸を繰り返している。

 一方、ルティナに疲れている様子は見られない。

 四十日近く毎日迷宮探索をしている上、魔法使いのレベルも21。心と体、それにパラメーターもかなり強化されているようだ。

 

 俺たちが入ってきたことに気が付くと、ゴスラーの報告を確認していた公爵夫妻はそれを中断し、早足でこちらへ近づいてくる。

 

「ルティナ、エルンスト、レナーテ、無事だったのですね」

 

 カシアはしゃがみ込んでエルンストとレナーテの体を包み込む。

 彼らは彼女にしがみつきながらも、必死に涙をこらえていた。

 

 十一歳と九歳の子供にこんな思いをさせなければならないなんて、本当にやりきれない……。

 

 いや。分かっている。分かっているのだ。領民の中には、この子たちより幼いのに犠牲になった子や、今なお苦しんでいる子供が大勢いるだろう。

 それを考えれば、これまで何不自由なく暮らしてきた彼らが恵まれていることは理解している。

 犠牲を強いられた領民にしてみれば、この子たちだって恨みの矛先の一つなのだ。

 もちろん、近代的な倫理観や法律論だけで言えば、親の罪を子供が償わなければならないのは間違っているだろう。

 

 しかし、ここは貴族が絶大な権力を有する封建制の世界。

 その権力の根拠となるのは、常に身の回りに存在する迷宮の脅威から民を守護すること。

 だからこそ、税を徴収する権利と贅沢な暮らしが許されている。

 その生活を享受しているのであれば、領主とその一族は命を懸けて迷宮に挑まなくてはならない。

 

 領民たちに対し、この子たちを恨むのは筋違いだとはとても口にできない。

 現実として犠牲になっている者たちに、通り一遍の理屈を並べても絶対に納得してもらえないだろう。

 そして俺自身、そんなことは言いたくない。

 

 しかしそれでも、それでも、この光景を目にすれば胸に期するものがある。

 きっと、この子たちがルティナの弟妹じゃなかったら同情はしても、助けようとは思わなかっただろう。

 自分でもわかっている。俺はそういう人間だ。

 それに俺が何もしなくても、きっとハルツ公なら悪いようにはしないはず。

 

 だとしても、だとしてもだ。エルンストとレナーテに手を差し伸べたくなってしまう。

 この子たちのためじゃない、ルティナのためですらない、ただ俺が後から嫌な気分にならないようにするためだけに助ける。それだけだ。

 

 年嵩の従姉のぬくもりに触れ、涙を堪えられなくなった二人をルティナは辛そうに見つめている。

 ロクサーヌ、セリー、ミリア、ベスタも痛ましいものを見るような眼差しを向けていた。

 

「アユム殿、目的は無事に果たせたようだな」

 

 自分の妻とその従姉弟たちの様子を目の端で捉えながら、ハルツ公が話しかけてくる。

 

「はい。彼女たちを救出する機会を賜り、本当にありがとうございました」

「よい。余とてなるべく犠牲は出したくなかったのだ。感謝をするのはこちらであろうな」

 

 そう言うと、彼は俺の方へ顔を向けた。

 

「セルマー伯の寝所を確認した者の話では、既にもぬけの殻だったらしい。まこと保身にかけては鼻の利く男よ」

 

 確か寝室から薪を保管しておく部屋へ続く隠し通路があるんだったよな?

 心当たりを聞かれてもルティナは答えないだろうし、知っているはずのカシアもあの状態。

 俺が伝えた方がいいだろうか?

 

 ……いや、どうして知っているのかと聞かれたら答えようがないし、自重しておくべきだろう。

 しかし、早く見つけ出さないと死傷者が増えてしまう。どうしたものか……。

 

「現在は城内を捜索中ですか?」

 

 とりあえず問いかけてみたところ、公爵は頷きを返す。

 

「うむ。カシアの話では寝所から続く隠し通路があるらしい。今はそこをあたらせておる。直に知らせが届くであろう」

 

 ああ。既にそのやり取りをした後だったのか。

 それならすぐに見つかるはずだ。

 

「では、伯を発見する前にやるべきことを済ませておこう。ルティナ嬢、アユム殿の隣へ参られよ」

 

 その声に一瞬体を震わせたものの、彼女は指示に従いすぐに俺の隣へくる。

 

 しかし、姉の名前を呼ばれたことで、カシアに抱き着いていたエルンストとレナーテが不安そうに顔を上げた。

 

「姉様……」

「姉上に何をするのですか?」

 

 ルティナは儚い笑みを浮かべ、彼の問いに答える。

 

「姉様は既に成人しており、継嫡家名を得ています。このままでは父様が討たれたとしても、わたくしがセルマー伯爵となってしまうのです。そうなれば、次はわたくしの命を差し出さなくてはなりません」

 

 それを聞いた二人はカシアの腕を振り払う。

 

「駄目! 姉様、駄目です!」

「やめてください! お願いします! 何でもしますから姉上を殺さないでください!」

 

 叫び声を上げながらルティナにしがみついている二人を見て、どうしようもないやるせなさに胸を締め付けられた。

 ロクサーヌたちも沈痛な面持ちでその様子を見つめている。

 

 ハルツ公はしゃがみ込み、彼らと視線を合わせた。

 

「元より殺すつもりなどない。ないが、さりとてこのままという訳にはいかぬ。そなたらの姉を奴隷へと落とした上で継嫡家名を剥奪し、助命いたす。これが余らにできる精一杯の温情だ。それを拒否するのであれば、命を取らねばならぬ。聞き分けるがよい」

 

 公爵の本気を感じたのだろう。二人はしゃくりあげながら頷く。

 

「なに。決して悪いようにはならぬ。ルティナ嬢はそなたらを助け出した、このアユム殿の下へいく。この者は帝国屈指の実力を持つ男。そう遠くないうちに領地を得るであろう。何も心配することはない」

 

 その言葉を受け、エルンストとレナーテは俺の方に体を向け、深々と頭を下げた。

 

「どうか、どうか姉上を大切にしてください。僕も大人になったら必ずアユム殿のお役に立ちます。だから、大切にしてください。お願いします。お願いします」

「わたくしも絶対にアユム様のお役に立ちます。迷宮にも入ります。だから、姉様に酷いことをしないでください。お願いします」

 

 日本ならまだ小学校に通っている年齢の子供たちが、姉の将来を案じて必死に頼み込んでいる。

 

 どうしてこの子たちがこんな目に遭わないといけないんだろう。

 セルマー伯爵に対する怒りで頭がどうにかなってしまいそうだ。

 しかし、この子たちにその怒りを見せるわけにはいかない。

 

 表情筋に力を入れ、笑顔を意識しながらしゃがみ込む。

 

「エルンスト、レナーテ。大丈夫だよ。ルティナは俺が幸せにする。この約束はどんなことがあろうとも絶対に守る。それに今は無理だけど、領地を得たら君たちのことだって絶対に迎えに行く。そうすれば大切なお姉ちゃんと一緒に過ごすことができるからね。それまで我慢できるかな?」

「はい」

 

 二人は泣くのを懸命に堪えながら頷く。

 

「良い子たちだ。今後ルティナは俺たちと共に迷宮探索をすることになるけど、同じように君たちも魔物と戦う訓練や、実際に迷宮へ入って戦わなくてはならない。しかしそれは貴族の子女であれば当たり前に課せられている義務なんだ。分かるよね?」

「はい」

 

 子供たちはもう一度首を縦に振った。

 

 言ってて自分でも何様だと思う。

 平和な国で暮らし、食べる物にも困ったことがなく、命の危険も一切なく過ごしてきた。

 俺がこの子たちと同じころは漫画とゲームに夢中で、自分や家族のことを真剣に考えたこともない。

 そんな奴が賢しらに貴族の義務を説くなんて、身の程知らずにも程がある。

 しかし、この子たちのことを想うのであれば、どんなに無様だろうと言わないわけにはいかない。

 

「家名を捨て、貴族であることを捨てるのであれば、魔物と戦わずに暮らすこともできるかもしれない。でもね、貴族のままでいようと思うなら、その義務から逃げてはいけない。そんなことをすれば、自分だけではなく家族まで巻き込んで破滅することになる。分かるね?」

「はい」

 

 エルンストとレナーテはいたいけな表情に、決意の色を浮かべていた。

 

 ルティナも、エルンストも、レナーテも本当に良い子たちだ。

 セルマー伯爵にも言い分はあるだろう。同情できる点だっていくつもあるだろう。

 しかし、領民の悲鳴といつか訪れる破滅から目を背け、酒と色に溺れ、子供たちを緩やかな自殺に巻き込んだ。

 彼の行いは到底許されるものではない。

 貴族に成り上がろうというのであれば、これを他山の石としなければならない。

 

 

 

 二人が落ち着きを取り戻し、ルティナから離れたところで公爵が告げる。

 

「ルティナ嬢、左手を出すがよい」

「はい」

 

 彼は差し出された手に右手を向け、呪文の詠唱を開始した。

 

「滔々流るる霊の意思、脈々息づく知の調べ、インテリジェンスカード、オープン」

 

 ルティナの手から飛び出したカードを操作し、ハルツ公はこちらへ顔を向ける。

 

「これでルティナ嬢の身分は奴隷となった。確認するがよい」

 

 彼女はその言葉を受け、俺の方へと左手を寄せた。

 

ルティナ ♀ 15歳 魔法使い 初年度奴隷

所有者

 

 家名も継嫡家名も消えている。

 念のために鑑定をかけたところ、やはり結果は変わらない。

 

 こんなにあっさりなくなるもんなんだな……。

 

 寒々しさを覚えながら、彼の言葉に答えた。

 

「確認いたしました。確かに奴隷身分となっておりました」

「うむ。早めに奴隷商人の下へ赴き、所有者を確定させるがよい」

「承知いたしました」

 

 俺の隣でルティナも頭を下げる。

 

「この度の助命、深く感謝いたします。また大変厚かましいですが、エルンストとレナーテにつきましても、格別の御慈悲を賜りますようお願い申し上げます」

 

 すると、カシアが慈母のような笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「ルティナ、この二人はハルツ公爵家で預かります。何も心配は要りません」

「うむ。どこに出しても恥ずかしくないよう、余らが教育を施すゆえ、安心するがよい」

 

 もう一度頭を下げて感謝を伝えているルティナと、優しい表情を浮かべているロクサーヌたちを見ながらも、疑問が湧いてくる。

 

 公爵家で面倒をみる? 原作ではそんなことはなかったよな?

 そもそも弟や妹はどうなったんだろう? その後の言及がなかったため、これが原作通りなのかどうかも分からない。

 

 いや、そんなことはどうだっていいか。

 いまはこの子たちのことを考えなければ。

 

「公爵閣下。アイテムボックスを開いてもよろしいでしょうか?」

 

 突然の問いかけに訝しげな表情を浮かべたものの、すぐに許可を出す。

 

「アユム殿であれば問題なかろう。好きにするがよい」

「ありがとうございます」

 

 急いで詠唱省略を外し、呪文を唱えた。

 

「八百千五百のお宝を、収めし蔵の掛け金の、アイテムボックス、オープン」

 

 そこから四つの品を取り出し、まずはそのうちの二つを公爵へ差し出す。

 

「彼らはルティナの弟妹であり、既に私の身内となっています。面倒をみていただくのであれば、その費用は私が負担するのが筋というもの。差し出がましいことは重々承知しておりますが、お納めください。また、足りない場合はお声掛けいただければ都合いたします」

 

 差し出されたものを見て、彼はポカンと口を開けていた。

 珍しい表情を披露している公爵の横で、カシアも口元を手で覆っている。

 

 ハルツ公はすぐに我を取り戻し、勢い込んで問いかけてきた。

 

「これは白金貨であろう! その方は正気か!」

「この子たちを何不自由なく、健やかに育てていただくための費用です。また英才教育と、迷宮で活動するためのパーティーメンバーの人件費も含まれております」

 

 するとますますヒートアップして声を上げる。

 

「何を考えておるのだ! たとえ含まれていたとて、そのような金額にはならぬ! その方はいったい何十年預けるつもりなのだ! それに公爵たる余の懐を慮るとは何事だ!」

 

 あっ、やばっ。色々面子とかありそうだもんな。

 それに、費用もそこまではかからない感じなのか?

 

 ……いや、たとえそうだったとしても、一度出した物を引っ込めるわけにはいかない。

 三割アップや三割引を頻繁に使うようなクソ野郎だが、そのくらいの矜持はある。

 

「公爵閣下の面目を考慮せず、申し訳ございません。ですが、それを戻すわけにはまいりません。二人のために使っていただき、さらに超過分は装備品に充ててください。それがエルンストとレナーテの命を守ることにつながります」

 

 公爵は眉根を寄せてしばらく考えていたが、やがて大きな息を吐き出した。

 

「まったく。その方は昨日から我が強くなっておるのではないか? 提案を撥ね付けて反感を買うのも面倒だ。一旦当家で預かり、この子らが迷宮探索を行う際に責任をもって装備品を用意いたす。これでよいな?」

「はい。ありがとうございます」

 

 呆れた表情の公爵に、いまだに驚いたままの公爵夫人とルティナ。そしてドヤ顔を浮かべているロクサーヌたちに見守られながら、エルンストとレナーテの前にしゃがみ込む。

 そして、それぞれの手に持った物を二人に差し出した。

 

「これは身代わりのミサンガ。いざという時に君たちの身を守ってくれるはずだ。常に身に着けるようにするんだよ」

 

 受け取っていいものなのか判断がつかないらしく、二人はルティナを見上げる。

 彼女は視線を受けながら、戸惑った様子で問いかけてきた。

 

「アユム様、よろしいのですか?」

「もちろん。さっきも言ったけど、この子たちはもう俺の身内だ。できるだけのことをしてやりたい」

 

 ルティナは深々と頭を下げ、震える声で感謝を告げる。

 

「ありがとうございます……。本当にありがとうございます……」

「気にしなくていいよ。俺がやりたくてやってることだから」

 

 彼女にそう返して、改めて二人に話しかけた。

 

「さあ、エルンスト、レナーテ、受け取って」

 

 子供たちはおずおずと手を伸ばし、俺の手のひらから身代わりのミサンガを摘まみ上げる。

 そして、ほんの微かに笑みを浮かべた。

 

「アユム殿、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 

 守らなければ。この子たちのことも絶対に守らなければ。

 

 

 

 

 

田川 歩 男 18歳

冒険者Lv62 勇者Lv57 遊び人Lv68 魔道士Lv62 防具商人Lv46 神官Lv49

装備 身代わりの硬革帽子 頑強のアルバ 剛腕のミスリル手甲 オラクルビットローファー よりしろのイアリング

 

BP振分 残BP:28

キャラクター再設定:1

必要経験値二十分の一:63

シックススジョブ:31

鑑定:1

ワープ:1

MP回復速度十倍:31

パーティー項目解除:1

パーティージョブ設定:3

 

所持金:8,643,619ナール

 

夏の18日目




いつも拙作をお読みいただき本当にありがとうございます。

今回の連続更新はここまでとなります。
いよいよルティナが加わり、メンバーが揃いました。
まさかここにたどり着くまで、こんなに長くかかるとは思いませんでした。

これだけの期間、更新を続けていけるのは、お読みいただいた皆様と素晴らしい作品を生み出した原作者様のおかげです。
UA、お気に入り、感想、評価、ここすきといった反応が本当にモチベーションになっています。

夏の十九日目にルティナが加わったことで、原作のスケジュールは完全に崩壊してしまいました。
今後もマイペースに更新していきますので、徐々に原作とズレていくところをお楽しみいただければ幸いです。
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