異世界迷宮へ行ったなら   作:三星織苑

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295 父娘

 

 

 

 

 

ノルトセルム

宮城

 

 

 

 

 

 ルティナに抱きしめられながら謝罪を繰り返していたセルマー伯爵だったが、そのたびに彼女から自分たちの今後について聞かされていた。

 

 俺の下で迷宮討伐を目指し、叙勲後は貴族だった経験を活かすつもりだということ。

 エルンストとレナーテには十分な支度金が支払われているので、英才教育を受け、過不足のない装備品を身に着けた上で、頼りになるパーティーメンバーと一緒に迷宮へ挑む予定だということ。

 俺が貴族になった後は二人を引き取る予定であること。

 

 ルティナは父親に自分たちについては何の心配もないと繰り返す。

 

 公爵や騎士、それにロクサーヌたちも、最期になるであろう父娘の会話を何とも言えない表情で見守っていた。

 

 こんなに良い娘がいたのに、どうして彼はここまで落ちてしまったんだろうな……。

 

 ……やはり妻に先立たれたことが大きい気がする。

 もしかしたらルティナの母親が隣で支えていれば、盗賊に領地を荒らされてもなんとか踏ん張って統治に励んでいたのかもしれない。

 それに他領へ助力を乞うことについても、妻から説得されれば聞き入れていた可能性だってある。

 

 想像するのも嫌だが、もし仮にロクサーヌが若くして亡くなってしまえば、俺だって彼のようにならないとはとても言えない。

 いや。彼より酷いことになると断言できる。

 

 彼の怠惰で領民に多大な犠牲を出しているため、その罪を不問にしたり、償う機会を与えることは不可能だろう。

 しかし、なんともやりきれない……。

 

 気丈に笑みを浮かべながら父親と言葉を交わしているルティナを見て、そんなことを考えていた。

 

 

 

 娘の言葉を聞いて安心したのか、少しずつ彼の顔に覚悟と決意の色が浮かんでいく。

 やがて、引き締まった表情でこちらを見つめ、アルコールの匂いが混じっているものの、しっかりした口調で話し出す。

 

「アユム殿。以前、顔を合わせし折、余は内心にてそなたのことを頼りなしと侮っておった。どうやらこの目は節穴であったようじゃ。心の底よりお詫び申し上げる。すまなかった。なればこそ、どうか、どうか、ルティナ、エルンスト、レナーテのことを頼む。そなただけが頼りなのじゃ。何卒、三人のこと、よしなに頼み申す」

 

 ……この人は致命的に選択を誤った。

 それだけではなく、その失敗を反省して改めることなく、酒と色に逃げて被害を拡大させている。

 そして、ここに至ってようやく心が定まったようではあるが、しかしそれは遅きに失した。

 

 だが、子供を想ってのこの言葉に嘘はないだろう。そう信じたい。

 

「承知いたしました。お三方が健やかに暮らせるよう、私がお守りいたします。伯爵閣下、どうかご安心ください」

 

 その言葉を聞くと彼は満足げに笑みを浮かべたものの、すぐに口元をニヤリと歪める。

 

「セルマー伯爵領に巣食いし迷宮は、そなたの手で討ち払ってたもれ。そこな男の手柄になるのは業腹ゆえの」

 

 すると公爵もシニカルな表情を浮かべた。

 

「アユム殿であればいともたやすく成し遂げるであろうが、先ほどまで実の娘の胸で泣いておった男の言葉とは思えぬ」

 

 彼がそう応じたかと思うと、二人は皮肉の応酬を開始する。

 

 あんたたち、今の状況分かってるの?

 一方はこの後に処刑され、もう一方はその実行者なんだぞ。とても正気だとは思えない。

 

 しかし以前目にしたような、お互いのことを疎ましく思っているようなやり取りではなく、どことなく気安さのようなものが感じられた。

 もしかしたら、こんなことになるまでは、いや、伯爵が爵位を継承する前までは、そこまで険悪な間柄ではなかったのかもしれない。

 

 

 

 その様子を見守っていると、不意に伯爵が表情を改める。

 

「ハルツ公爵。セルマー伯爵領を頼む」

「なに。コンラートは有能な男だ。案ずることはない」

「そうか、コンラートか……。継承順位から考えてもあの者しかおらぬの」

「うむ。余らも協力を惜しむつもりはない。それにアユム殿はその方の娘御のために、伯爵領の迷宮を潰すと余の前で言い放ちおった。そうは見えぬであろうが、この者は帝国でも屈指の実力を持つ男。そう遠くないうちに、その方の領から迷宮は一掃されるであろう」

 

 そう言って公爵は渾身のドヤ顔を披露した。

 

 何であなたが得意気なんですかねぇ……。

 

「なんと……。そこまでの力を有しておったのか……」

 

 セルマー伯は再びこちらへ顔を向ける。

 

「重ね重ねの願いとなり恐縮なれど、セルマー伯爵領の迷宮討伐についても、どうか助力を賜りたい」

 

 若い迷宮ならどうとでもなりそうな気はするものの、今の俺たちの力で高階層まで育った迷宮を倒せるだろうか?

 正直、不確定要素が大きく、すぐに討伐できるとは断言できない。

 

 だが、死にゆく者に未練を残してはならない。それが大切な女性の父親となればなおさらだ。

 

「伯爵閣下。私には頼りになる仲間が付いている上に、今後はルティナ様という魔法使いが加わるのです。セルマー伯爵領から一つ残らず迷宮を排除いたします。どうぞご安心ください」

 

 彼はぽっちゃりでありながらも、整った顔に安堵の表情を浮かべる。

 

「アユム殿……。そなたに感謝を……」

 

 

 

 そして、ハルツ公が重々しく言葉を発した。

 

「そろそろ頃合いであろう。セルマー伯爵。言い残したことがあれば、娘御に伝えておくがよかろう」

 

 それを受け、伯爵はルティナへと語り掛ける。

 

「ルティナよ。余は良き領主でも、良き父でもなかった。いや、ここまでの事態を招いておるのじゃ。人としても下の下であろうの」

「そんなことはございません! 父様はわたくしたちのことを慈しんでくださいました! 母様のことを本当に大切にしておいででした!」

 

 彼は泣きそうな顔で声を上げたルティナへ向けて、首を横に振った。

 

「よいのじゃ。こうなっておる以上、それは何の言い訳にもならぬ。ルティナよ。たとえ力及ばずとも、戦うことを厭うてはならぬ。体面を気にして助力を乞うことを厭うてはならぬ。苦難から目を逸らしてはならぬ。決して、余のようになってはならぬ」

 

 覚悟のこもった父親の言葉を聞き、再びルティナが声を上げる。

 

「それでも! それでも! わたくしは父様の娘として生を受け、幸せでした! それは未来永劫変わることはありません!」

 

 彼女の瞳からはとめどなく涙があふれ、頬を伝って床に落ちていった。

 ロクサーヌたちは心配そうにその様子を見守っている。

 

 ルティナの様子を見て、セルマー伯は悔恨の表情で呟きを漏らす。

 

「そなたが生まれし日の喜び。エルンストが生まれし日の喜び。レナーテが生まれし日の喜び。そなたらが初めて言葉を発した日、初めて立った日、初めて歩いた日。今はありありと思い出せるというのに、余はどうして、そのように大切なことを忘れておったのであろうの……。まったく、救いようのない男よ……」

 

 ルティナは泣きながら伯爵に抱き着くと、頬と頬をつけ、何やら言葉を交わしていた。

 

 

 

「これよりセルマー伯爵を移送する。アユム殿らは一度ボーデへ立ち寄り、預けていた荷物を受け取った後に自宅へ戻るがよい。それから此度の件についての話し合いを行うゆえ、明朝、いつもの時間に余の執務室に顔を出すがよい」

 

 俺たちの役目も終了しているし、伯爵が処刑されるところを娘であるルティナに見せるわけにはいかない。公爵の言う通り、家に帰るとしよう。

 

「承知いたし――」

「あ、あの。私たちはどうなるのでしょうか……」

 

 しかし、俺の返事は遮られ、女性の声が部屋に響く。

 

 聞こえてきた方に視線を向けたところ、顔をこわばらせている二人の侍女と、事情がよく分かっていない様子のタチアナが目に入った。

 

 その言葉に公爵は顎に手を添える。

 

「死後解放、死後相続、そして殉死。その方らの契約内容次第であろう」

 

 その瞬間、彼女たちの顔が絶望に染まった。

 おそらくデフォルトの殉死のままなのだろう。

 

 すると、タチアナが叫び声を上げた。

 

「どうして! 私は悪いことをしていないのに、どうして死なないといけないの! ずっと貧乏な暮らしをしてきて、奴隷にまで落とされて、それでもやっと幸せになれると思ったのに! どうして! どうして、いつもこうなるの!」

 

 彼女は拘束されている状態で立ち上がろうとしたため、床に倒れ込んだ。

 そのまま体を激しくくねらせ、泣きながら絶叫し続けている。

 他の二人も自らの行く末を悟り、静かに涙をこぼしていた。

 

 公爵や伯爵、騎士に俺の大切な娘たちも、彼女たちに同情しているようだが、それを止めるつもりはないらしい。

 

 この世界では奴隷は財産であり、主人の所有物。

 その常識に照らし合わせれば、これは当然の成り行きなのだろう。

 それに、遺言を書き換えるために奴隷商人を手配する時間も惜しいに違いない。

 

 しかし、統治失敗の責めを負うべきなのは、セルマー伯ただ一人。

 それに付き合わされるなんて、彼女たちが可哀想だ。

 これはさすがに見過ごすことはできない。

 何とか彼らを納得させないと。

 

「公爵閣下。新たな門出となるセルマー伯爵家は何かと物入りでしょう。それに人手も必要となるに違いありません。奴隷は大切な財産であり、彼女たちであればその価値も計り知れません。ここは他の者に相続させた方がよろしいかと存じます」

 

 公爵は眉間にしわを寄せながら、問いかけてくる。

 

「遺言の書き換えはいかがいたす? 奴隷商人を呼ぶ時間など取れぬぞ?」

 

 俺のジョブを奴隷商人にすればものの五分で済む話だが、そんなことをするわけにはいかない。

 

「私の馴染みの奴隷商人は夜明け前から活動をしております。この時間であれば既に仕事を始めているでしょう。彼を連れてまいります」

 

 アランは毎日、夜明け前にパワーレベリング用のパーティーを他の地域に送り出してから、仕事を開始すると言っていた。

 ベイルとの時差を考えると、確実に起きているだろう。

 

 ハルツ公が俺の提案を吟味していたところ、声が上がる。

 

「公爵。この者らだけではなく、他にも幾人もいるのだ。余も彼女らを巻き添えにするのは忍びない。アユム殿の申し出を受け入れてはもらえぬか?」

 

 幾人って……。どんだけ複数人プレイが好きなんだよ。ちょっとは自重しろ、このエロガッパが。

 

 内心で見事な腕前のブーメランを披露していると、公爵がこちらへ視線を向けた。

 

「アユム殿の提案を受け入れよう。ただし、あまり長くは待てぬぞ」

「ありがとうございます。では、すぐに連れてまいります」

 

 公爵に感謝を伝えて、パーティーメンバーに指示を出す。

 

「ロクサーヌ、セリー、ミリア、ベスタはここを頼む」

「かしこまりました」

 

 四人は声を揃えて答えるが、ルティナはこの状況に戸惑っている。

 これだけ状況がめまぐるしく動いているんだ。それも当然か。

 

 まあそれはともかく、さっさと行動を開始しよう。

 

「公爵閣下。それでは御前を失礼いたします」

「うむ。急ぐのだぞ」

 

 しかし、走り出そうとしたところで、声をかけられた。

 

「あ、あの! ありがとうございます!」

「ありがとうございます! あなた様のおかげで、助かりました!」

 

 拘束されているままなのに頭を下げている二人の侍女。

 一方、タチアナは床に転がったまま、呆然とした様子でこちらを見つめている。

 

 まあ、いいや。今は急ごう。

 

「俺がやりたくてやっているだけさ。気にすることはない」

 

 そう言い残し、部屋から飛び出した。

 

 廊下を駆けながら、余計なことが頭を過る。

 

 今の俺、ちょっと格好良くなかった? もしかして彼女たちに惚れられちゃったり?

 

 ……まあ、感謝はされても惚れられることはないか。ただしイケメンに限るってやつだ。

 

 自分の顔に悲哀を感じつつ、走り続ける。

 

 

 

 

 

ベイル

アランの館

 

 

 

 

 

 ノルトセルムの城からベイルの探索者ギルドへと飛び、そこから通りを挟んだ奴隷商館の前に移動した。

 夜明け前ではあるものの、周囲の様子は確認できる。これなら確実にアランは起きているだろう。

 

 リュックから取り出したワッペンを手に、ドアノッカーを激しく叩き続けると、すぐにいつもの商人が顔を出した。

 

「おや? アユム様ではありませんか。こんな朝早くにどうなさいました」

 

 訝しげな表情を浮かべている男にハルツ公爵家のエンブレムを提示し、重々しい口調を意識しながら声を発する。

 

「ハルツ公爵閣下の使いで来た。よんどころない事情により、閣下はアラン殿の力を必要としておられる。急ぎ同行願いたいので、すぐに取り次いでくれ」

「ハ、ハルツ公爵、ですか?」

「うむ。この通りだ」

 

 顔の前にワッペンをかざすと、それを見た男の表情が見る見るうちに変わっていく。

 

「た、確かにハルツ公爵家の紋章です。少々お待ちください! す、すぐに主人を呼んでまいります!」

 

 そして、狼狽えた様子でそう言い残し、大きな扉をバタンと閉め、そのまま足音が遠ざかっていった。

 

 おーい。扉を閉める必要はないでしょうよ。

 

 

 

 程なくして、先ほどの商人と共にアランが姿を現す。

 事情を聞いているだろうに、彼のポーカーフェイスはいささかも乱れてはいない。さすがの強メンタルである。

 

「ハルツ公爵様がお召しだとのことですが?」

「うむ。ここで事情を説明するわけにはいかないのだが、一秒も惜しい状況なのだ。同行してもらえないか?」

「公爵様からお声掛けいただけることは光栄の極みでございます。それに、他ならぬアユム様のご依頼とあれば否やはございません。これまでのご恩に報いる良い機会です」

 

 すまん。恩があるのは俺の方なのに、本当にすまん。

 もう二度とあんたに対して三割引や三割アップを使わないから。

 

 ……いや。明日はハルバーの迷宮を討伐する予定になっている。やはりここいらが潮時かもしれない。

 今後、これらのスキルは封印することにしよう。

 

 ……ただし、舐めた真似をするやつは別な。

 

「アラン殿、感謝する。では、パーティーに加えるぞ」

 

 彼に向けてパーティー編成の詠唱を開始する。

 

 

 

 

 

田川 歩 男 18歳

冒険者Lv62 勇者Lv57 遊び人Lv68 魔道士Lv62 防具商人Lv46 神官Lv49

装備 身代わりの硬革帽子 頑強のアルバ 剛腕のミスリル手甲 オラクルビットローファー よりしろのイアリング

 

ロクサーヌ ♀ 16歳

巫女Lv39

装備 貫通のミセリコルデ 剛健のダマスカス鋼盾 オラクルティアラ 頑強の竜革ジャケット 剛腕の古代樹手甲 セブンリーグブーツ 身代わりのミサンガ

 

セリー ♀ 16歳

鍛冶師Lv37

装備 強権の聖槍 竜革の帽子 オラクル竜革ジャケット 頑強の古代樹手甲 駿馬の竜革靴 身代わりのミサンガ

 

ミリア ♀ 15歳

探索者Lv35

装備 強権のエストック オラクル古代樹盾 耐火のダマスカス鋼額金 迅速の竜革ジャケット 頑強の竜革手甲 駿馬の竜革靴 身代わりのミサンガ

 

ベスタ ♀ 15歳

竜騎士Lv32

装備 強権のレイピア ダマスカス鋼の剣 耐風のダマスカス額金 ダマスカス鋼のプレートメイル ダマスカス鋼のガントレット オラクルダマスカス鋼グリーヴ 身代わりのミサンガ

 

BP振分 残BP:28

キャラクター再設定:1

必要経験値二十分の一:63

シックススジョブ:31

鑑定:1

ワープ:1

MP回復速度十倍:31

パーティー項目解除:1

パーティージョブ設定:3

 

所持金:8,643,619ナール

 

夏の18日目

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